「……せぃっ!」
外周部に立ったケイスはつなぎ目が無い一枚岩状になった壁に向かって、羽の剣を上段から袈裟斬り気味に叩きつける。
重量はそれなり、硬度も上げていたのだが、ケイスの一撃をもってしても、壁には僅かな傷がつくのみ。
しかも剣を引いてその部分を見ていれば10秒ほどで、斬り跡が盛り上がり消えてしまった。
先ほどの戦闘で火鱗刀の刃が無数に食い込んだ床にも、すでにその痕跡は全く見えず、つるつるの床面が光っていた。
迷宮化の影響か、それとも小さな傷ならば自動修復する魔導建材が用いられているようだ。
「だめだ。ケイスの嬢ちゃんの打ち込みで他に反応があるかと思ったけどないな。最初の扉以外に、隠し通路も無さそうだ」
「天井も、空気の流れにも変化は無いな。迷宮化が未だ解除されていないと判断した方が良さそうだ」
ケイスが打ち込んだ事で、修復時に何らかの変化や違和感が生じないかと、壁や天井付近を丹念に調べていたレミルトやファンドーレだったが空振りに終わり、最初にここに飛び込んだ入り口以外に通路は無いと匙を投げる。
「火鱗刀を調べていたが神印が無い。どうも神印宝物ではなく、こういうのも変な話だが、特殊な力を持つが普通の刀のようだ。金の迷宮には必ず神印宝物があるはずだが、これが違うと言うことは別にあるという証だ。ホノカが迷宮主では無い可能性も高いな」
迷宮主を倒せば迷宮は解放される。それはどの迷宮でも変わらない。
火鱗刀と共にあったホノカが迷宮主かと疑っていたが、どうやらその可能性は低いようだ。
しかしそうなると迷宮の中心たる迷宮主は別にいるという事になる。
「この部屋の外に迷宮主がいるとしたら、どうにか出ないと話にならねぇけど、出口が無いんじゃどうにもならねぇな」
感覚が鋭いダークエルフのレミルトや迷宮構造学を専門とするファンドーレが、他に通路が無いと断言するのだから、外へ通じる通路は、最初に入ってきた扉しかないのだろう。
しかし扉の外は今は完全に水没していて、獣人族で力自慢のブラドやウィーがどれだけ力を入れても開かず、サナが最初に開けたように血をつけた指で触ってみても反応はなく、ケイス達が完全にこの部屋に閉じ込められた形になって、既に数時間が過ぎていた。
幸いというか探索者の常として水と食料は数日分はあり、元々広いこともあるが、妖精族のファンドーレでさえ入り込むのは無理なほど細いが、通気口が天井近くに開いていて、空気の流れはあるので酸欠となる恐れも当面は無さそうだ。
だからといっても、ここは初級とはいえ最難度金の迷宮。なにもせず手をこまねいていれば、いつ状況が悪い方向に変わるか判らない。
地下空間にいるため時間感覚が鈍くなってくるが、時刻的には既に夜。あともう一、二時間もすれば、地上の燭華では、人や物を化け物へと変える発光現象が始まる。
その時にここで何が起きるか判らない。とにかく早急に何らかの手がかりを掴んで、燭華で発生している発光現象の原因を止めたうえで、迷宮主を倒して脱出する方法を見つけなければならないというのが、全員の一致した意見となっている。
ケイス、ファンドーレ、レミルトが部屋の外周、サナやセイジがいくつも設置された古式の大鎧、ルディアと好古がホノカ、魔法陣をウォーギン。
そして敵性反応は無いが一応の用心として、入り口付近で警戒をブラドとウィーという役割分担がなされていた。
とりあえず外周部の調査が一段落したので、ホノカがいる魔法陣外周部へと皆が集まり、それぞれにこの時間で判った事を報告し合う事になった。
「外は変わらず。音と感じからして水がまだたくさんあるみたいだね」
「ガーゴイル共の反応も無い。扉が破られることは無さそうなのが唯一の救いだ」
入り口を見張っていたウィーとブラドは、異常無しと簡潔に報告し終える。少なくとも、外は水で満ちているようで入ってきた扉から外へ出るのはまだ不可能のようだ。
「大鎧の方は、内側に何らかの術式が組み込まれていましたが私達では効果までは。ウォーギンさんの手が空いたら見ていただけますか。それとセイジの話では作られたのは近代ではないかと」
「はい。作りは東方王国時代風ですが、素材の一部に暗黒期後のモンスター素材が使われていたので、後の時代に作られたレプリカのようです。数は四十三領。一つ一つが獲物も含めて違う物となっていたので、個人を想定した物と見受けられます」
セイジが属するシドウは元は商いで大成した一族。今もシドウの長がロウガの港湾ギルド長を勤めているように、セイジもまた武技を磨く傍らで、商取引の基本は叩き込まれている。
武具の目利きもその1つで、日々新種のモンスターが生まれる永宮未完では、使われている素材から、その製作年代を見抜くのは基本技術の1つとなっている。
外への出口も見つからず、大鎧の方も近代の物と判るだけで手がかりには乏しい。
やはりこの状況を打破する手がかりとなりそうなのは、一連の事件の原因となったであろう、今も部屋の中心で輝く積層型魔法陣。そして未だ意識を戻さない幽霊のホノカだ。
「死霊と交信するための符を試してみたが、やはり他の強い術式で妨害されているのぉ」
死霊術は専門では無いが一応少しは囓っている好古が、その系統の符をいくつか試してみたが、そのどれもホノカの意識を目覚めさせる事は出来ずにいる。
どうやらホノカ自身が何らかの術に組み込まれているようで、おそらくその原因である魔法陣をどうにかしないと何をしても効果はなさそうだ。
「薬も効果無し。ウォーギン。そっちの方は?」
幽霊相手に効く薬などさすがに手持ちにはないが、気付け薬などの香りの強い薬や香を一応試していたルディアも首を横に振り、中央の魔法陣を解析していたウォーギンへと希望を託す。
「ちっとは判ったが、どうもこの魔法陣は構成要素が三つある。それぞれ術形式の癖、それと効果が少し違うから、元の魔法陣を無理矢理改造して使った奴が、少なくとも2ついる」
水が流れるガラス管を中心において展開する巨大な積層型魔法陣をいくつかに分けてスケッチしたウォーギンが、その作りから三構造に分けられると図を指して示すが、魔導技師であるウォーギン以外には、どこに違いがあるのかよく判らない複雑な構造式がそこには描かれていた。
そこそこの魔導知識をもつケイスでも、一瞥では違いがわからないものだが、ウォーギンがそう言うのならば、そこに間違いはないと信じて、それを前提条件として受け入れる。
「元の術式を改竄したのか? 相当高度な技術ではないか」
魔法陣とは魔力の流れや属性を制御して、同一の効果を確実に生み出す代物。そのバランスは繊細で、跡から術式を付け加えたり、全く違う物にするくらいなら、全く新規で作り直した方が手間が掛からない技巧の品。
それなのにこの魔法陣は、全く違う効果をもたらす処置を、それも二度施しているというのだから、ケイスが驚くのは無理が無い。
「最初の元になった第一の魔法陣がどうも未完成だったみたいだな。不完全な部分に干渉して次に使った奴が上手く利用して、最後に使った奴がそのおこぼれに預かってる。最初に改良した奴が天才だな。だから最後の方もどうにかこうにか形にはなっている。ただどちらにしろ、かなり無理矢理でまともに作動するレベルじゃ無いんだがな」
自他共に認める天才魔導技師のウォーギンが、手放しの賞賛を送るくらいだ。最初に改良した者、もしくは組織が相当魔導技術に長けていたのは間違いないだろう。
ただウォーギンの言い方には、天才が認めるその天才をもってしても、さすがにこの魔法陣の改竄は無理があったという雰囲気が篭もっていた。
「はて。それにしてはしっかりと稼働している様子。どういう事かな技師殿?」
「その無理筋を通すためなのが、火鱗刀とヨツヤの婆さん所の看板幽霊だったみたいだ。それでも足りない分は本当に無理矢理だな。どうもこの魔法陣の稼働には、新鮮な龍の血肉が使われた痕跡がある。それも残存反応からみてここ一年以内で起動している。龍の魔力で無理矢理に起動したみたいだな」
「新鮮な龍の血肉って、ここ一年以内に龍が狩られたって話はこの辺りでは聞かないわよ」
迷宮の王にして、この世の最強種たる龍。暗黒期ならなともかく、今の龍は最上位迷宮である上級迷宮の奥深くに篭もって外に出ることはほとんど無い。
遭遇の機会も滅多に無いのに、ましてや討伐となれば上級探索者の中でも極一部の者だけが達成でき、その際は龍殺しとして協会を通して大々的に名前が喧伝され、新たな英雄譚として謳われる祭りとなる。
ルディアが覚えている最近の龍殺しも、上級迷宮が立ち並ぶ大陸中央地域で二年ほど前に刻帝と呼ばれる有名な上級探索者による物だ。
「闇市場で龍素材を取引している国があるって噂があるけど、そっち経由かもしれねぇな。うぁっ……きな臭さが出て来やがった」
自分の予想に嫌な声をあげたレミルトの顔には、深入りしたくないと如実に書いてある。
龍素材に限らず迷宮上位モンスター素材は、武具としても魔具としても破格の物となる。
隣国に知られずに武力を強化したい国や、秘密裏に売りさばいて儲けたい国が、管理協会の干渉を嫌い、探索者登録していない隠れ探索者を抱えているというのは、既に公然の秘密。
ロウガは様々な国や組織の思惑が渦巻く探索者の街。
下手に掘り起こすと面倒な事になると予感をレミルトの話で誰もが脳裏に思い浮かべる……一名を除いて。
無論その一名とはケイスだ。
むぅと唸って少し考えたケイスは、とりあえず思い出したことを横に置いて置くことにする。
「ウォーギン……魔法陣の効果は判るか?」
「一応だけどな。とりあえず大元の魔法陣は生体改変系だな。強力な魔力ってのは存在を歪めて、変化させるってのは知ってるだろ。どうも人工的に強力な力を持つ種族を産み出すための実験術式っぽい。相当古い術式。東方王国時代の物だろうな」
「無尽蔵の魔力で特別な力を持つ者を生み出そうとしたと言うことか……未完成というのは?」
「強力な魔力の中に突っ込んだだけで、んな上手くいくかって話だな。魔力で存在自体が崩れて大気に消えるのが関の山。上手く形になっても理性を無くした怪物が生まれんぞ。こんな乱暴な方法じゃ」
ウォーギンの説明では、魔力によって人の存在その物を改変しようという意図が感じられたようだが、問題は使用者が思い描く形とするには、あまりに技術が稚拙、もしくは初期的すぎて、形とするための制御が出来てい無いらしい。
要は粘土を柔らかくする事は出来ても、それを思い描く形する技術はなく、別の予測不能な物となる可能性が高い。もはやそれは未完成と言うよりも失敗作といって良い物だ。
「大元の魔法陣は研究初期段階。その後大分長い期間放置されてたみたいだな。下手したら暗黒期直前でそこで国が滅びて、そこから先の研究がストップしたかもしれねぇな」
「ちょっと待ってウォーギン。人を他の存在に変えるって……最初の淫香事件その物じゃない? それに最近の発光事件で取り憑かれた人とか物が変貌した件とも重なるんだけど」
燭華で最初に起きていたのは、サキュバスで無い者達から、サキュバスの特徴である異性の理性を奪い魅了する淫香が発生するという事件だ。あれは魔力抵抗が低い者が不完全ながらサキュバス化し掛けていたために起こっていた。
そして最近の発光事件は、大華燭台が放つ光の花びらに当たった者が、怪物へと変貌するという事件へと悪化していた。
ウォーギンの説明を聞く限り、どう考えてもその原因はこの魔法陣にあるようにしか聞こえないが、現実は、未完成で何になるか判らないという説明とは少し違う結果となっている。
「こいつが原因だろうな。ただある程度の傾向が出来ているのは、最初の改造と2つ目の改造も絡んでくる所為だ」
ルディアの指摘に、ウォーギンは頷くと外側の図面の1つを指さす。
「最初の改造で魔法陣には火鱗刀が組み込まれてる。で、その時にナイカさんの話じゃ霊体を取り込むっていう機能を持つっていう火鱗刀を使って、どうも多数の霊魂が混ざった霊団を取り込んで、その上で一つ一つに分離しようとした意図が感じられる。最初の改変機能を使って、霊魂一つ一つとしての形を作ろうとしてたみたいだな」
魔力は変える力。それは肉体を失った霊魂にも影響する。術式の一部に霊特化の構造部分があるとウォーギンが複雑化した術式の1つを指し示す。それは積層型魔法陣の中でもかなり複雑化した中央部分だ。
「火鱗刀を組み込んだという事は、そこが火華刀鳴殿だな……霊団の解体。私が終わらしたロウガ地下の霊団を目標としていたのか?」
ウォーギンの説明でケイスがすぐに思い当たるのはヨツヤ骨肉堂の地下でであった、かつて火龍によって殺された狼牙兵団を含む旧狼牙市民達の霊団だ。
数十万の霊魂が火龍の残存魔力と自ら怨恨によって、個々の意識を無くし怨みの塊として数百年もそこに留まり、そして苦しんでいた。
火華刀こと霞朝・鳴は、伝え聞く伝説では狼牙生まれの女侍。
そしてこの場ではケイスだけが知ることだが、狼牙兵団とその長で有ったケイスの曾祖父でもある当代の邑源宋雪によって、邑源姉妹の武術指南役として兵団から抜擢されていたと、姉妹の片割れである祖母のカヨウから聞いている。
だからこそ邑源姉妹と共に避難していた霞朝・鳴は狼牙兵団の中で唯一の生き残りとなり、後に大英雄パーティの1人として赤龍王との戦いに身を投じたとも。
霊団の中には、死んでもなお苦しむ者達の中には、鳴の同僚や、親しき者達がいたと想像するのは難しくない。
「そこまでは、もっと調べないと判らねぇな。ここと旧市街の地下じゃ場所がかなり離れているから、間に何かを仕掛けていた痕跡でもあれば判るけどな。ただどっちにしろ相当上手く組み込んでいたけど、これも予定通りは上手くはいかなかったみたいだな。相性が悪すぎる」
「相性か。ふむ……火鱗刀は龍殺しの刃。火龍の魔力による霊団相手では取り込むよりも殺してしまうと言うことか?」
「相変わらずどういう理解力だよおまえ。まぁ大体予測通りだ」
一を聞いて十を知るというにも、あまりに理解が早すぎるケイスにウォーギンはあきれ顔を浮かべながら、他の仲間へとケイスが至った予測を話して聞かせる。
火鱗刀の刃一つ一つの元は、怨敵たる火龍の魔力によって竜人と化してしまった数多の勇者達を魂ごと取り込んで生体素材と化した呪術刀。
龍の魔力によって縛り付けられた霊魂を救う目的に使うには、その殺意が邪魔をし、霊魂ごと切り裂いてしまう可能性が高いのだと。
その説明を横で聞きながら、ケイスは同時に、火鱗刀が自身だけを狙ったり訳と、手に取った瞬間から反応せず、基本形態のままであった理由、そして自分には使えぬという事実を悟る。
火鱗刀は龍を殺す為の刀。
そしてケイスは人の姿をしているが、存在は龍の中の龍。今は幼きともいつかは龍王へといたる存在。
額当てに使う火龍鱗は紛れも無い火龍ノエラレイドが宿り、龍たるケイスの肉体から生まれた真性の火龍鱗。
だが火鱗刀の火龍鱗は、龍に消えぬ怨みを持つ者達によって産み出された人寄りの火龍鱗。
相性が悪いという意味では、狼牙の死霊達と比べても、その比では無く、むしろ天敵の間柄といって存在だ。
無理に使おうとしても、刀が拒否し、無理矢理言うことを聞かせようとしても崩壊する可能性さえ有るだろう。
剣士である自分が使えぬ刀がこの世にある事に、ケイスは不満を覚えるが、こればかりはどうしようも無い。
かといって手元に置いておくのも悔しいので、使える者。技量に長けたセイジにでも渡して、利用してもらうのが、ケイス的には唯一の慰めだ。
「なんであんた急に不機嫌になってるのよ」
「五月蠅い。色々有るんだ気にするな。ウォーギン。それで2つ目の改造はなんだ」
ルディアに八つ当たり気味に不機嫌な声で返したケイスは続きを促す。
「一番外側。もっとも新しいのは霊団を取り込んで分けるだけじゃなくてもう一つ進めてる。その霊魂を他の物に宿らせる機能だな。その霊を統率する役目としてこの看板娘を使ってやがる。姫さんらがさっきから調べてた大鎧にも中に何か仕込んであったんだよな?」
「はい。私達では効果までは判りませんでしたが、今のお話を聞く限りでは、より分けた魂を鎧に宿して、動く鎧にするという事ですか」
「半分正解か。どうもより分け機能で、ぶち込む魂を選別しようとしていたみたいだな。一定以上の強力な力を持つ魂を鎧に、それ以外の弱いのは外部に放出って形だ。んで、そいつが大華燭台から放たれたって言う光の正体だな。花びらの形をしていたのは火鱗刀の影響だろうよ。最初のサキュバス変化未遂も詳しく調べないと判らないが、この力が絡んでるっぽいな」
「むぅ。強い魂か。私が解放した魂には旧狼牙兵団の者達も多数いた。あの人達を鎧を動かす魂とする気だったのか……それでホノカか。あれは霊を従えるレイスロード。狼牙兵団の力と技術を己の意のままに操る計画か……気にくわん。どこの誰だ。斬ってくる」
狼牙兵団の者達はケイスにとって、曾祖父とその部下達であるがそれ以上に、己が流派の先達。ケイスが受け継いだ剣技、武技の使い手達で、敬意を持つ武人達だ。
計画は失敗に終わったと言っても、その彼らを意思を無視して己の意のままに使おうという計画は、ケイス的には嫌悪を覚える物。絶対に斬らねばならないと心が訴えている。
「あのな出られないで困っているのに、先走るな。それに。さすがに施した奴まで判らねぇぞ。しかも第二の改造でも相当古い。少なくとも40、50年。半世紀は前の術式だっての」
何かにつけて直情的なケイスが今にも飛び出しそうだと思ったのか、ウォーギンは固く閉ざされた扉を指し示す。
まずはここから生きて出られるかも判らないのだから、話は最後まで聞けとあきれ顔を浮かべている。
「……第二の改造を施した者達については私が心当たりがあります。ここの扉を閉じていた術式が彼らが好んでいた物だとお婆さまより聞かされています」
しかしウォーギンの説明に、サナが浮かない顔を浮かべる。ここの扉を開けたときと同じ表情だ。
皆の視線が集まり無言で問うたことで、サナは覚悟を決めたのか、一度ケイスを見てから口を開く。
「東方王国復興派と呼ばれる者達が、五十年ほど前に活発に活動していました。セイジの祖父。今も収監されているセイカイ・シドウもその当時の幹部だった1人。そして祖母の兄。私の大叔父だという当時のロウガ第一王子がその首魁だったそうです。第二の改造は彼らによる手のものだと思われます」
東方王国復興派とは、今は別の国や都市国家が治める東域は、元々は旧国家東方王国の領地だとし、ロウガをその後継者だとし主権を主張する一派だという。
半世紀ほど前に勢力を誇り、ロウガのみならず、周辺国家にも渡る大規模なテロ事件を幾度も起こし、サナの祖父母である若き頃のソウセツやユイナ、そして当時帝位継承の為に探索者となるべくロウガに訪れていた現ルクセライゼン皇帝フィリオネスや、大英雄双剣フォールセンさえも巻き込んだ争乱を巻き起こし、最終的に彼らに討伐され壊滅した組織だ。
今も国家間の問題となるため細かな詳細は隠されているが、ある程度はソウセツ達の英雄譚として謳われている為、ルディア達も少しは見聞きしている話になる。
そしてケイスにとっても、祖父母リグライト、カヨウ、父フィリオネスに聞かされ、さらには生き写しだという大叔母ユキ・オウゲンの死因となった事件。
今も関係者の心に深い傷を残している事件だが、それは当に終わった事件でもある。
東方王国復興派は壊滅し、首魁であった王子も討伐され、今のロウガでは東方王国復興運動は厳しく取り締まられ禁止されている。今のロウガ王家がお飾りとして、その権力を議会とロウガ支部に任せて象徴でしか無いのもその事件からの流れだ。
だがサナの顔に浮かぶ懸念は、今を苦悩する者の色だ。
「とっくの昔に終わった話だと私もここに来るまでは思っていました。ですが、ウォーギンさんの見立てでは、龍の血肉を用いてこの魔法陣を起動させたのはこの一年以内の話だと。そして燭華の騒ぎもここ数ヶ月のものです。東方王国復興派が活動を再開したのではないかと私は疑っています」
苦悩の色が深いサナの顔には、同時に決意の色も浮かんでいる。
ロウガの王女として、そして東方王国狼牙領主の血を引く者として、このような企みを決して見過ごすわけには行かぬという決意が。
誰もがサナの覚悟を感じる中、ケイスはどうにも言いにくい雰囲気になったと、少しばかり後悔する。
先に言えば良かったと。
ウォーギンの見立てで、この一年以内にこの魔法陣に新鮮な龍の血肉を捧げた者がいると聞いたとき、真っ先に思い浮かんだ事例があるのだ。
この魔法陣はロウガの地下水路と密接に関係している。
あの時、二期前の出陣式の時に、英雄噴水をぶち壊す石垣崩しと一緒に、新鮮にもほどがある龍の血肉をこの地下水道にぶちまけた記憶が。
「ん……覚悟を決めている所にすまんサナ殿。おそらく魔法陣起動犯人は私だ。少し前に龍の生肉やら血を地下水道に大量に落とした記憶がある」
傍若無人がデフォルトなケイスにしては非常に珍しく、そして申し訳なさそうに頭を下げる。
龍の闘気を完全開放状態にした状態での片腕一本と、全身から流れでた血の量だ。
世界最高の魔術触媒でもある自分の血肉ならば、起動しないはずの魔法陣を無理矢理起動させるぐらいは起こるだろうという確信をケイスは覚えていた。