桜吹雪の中で踊るように、軽やかななステップと妙技たる剣技を駆使し、危なげな様子さえもみせずケイスは攻撃を引き受け続ける。
額当ての火龍鱗に引かれるのか、ケイスの身に宿す血に引かれるのか、それとも最初に部屋に入った者を攻撃するようになっていたのか、答えは知れぬが、数百枚の火龍鱗で構成される火鱗刀が産み出した7つの刃群は、仲間達が室内に侵入した後も、そのどれもがケイスだけを狙い、四方八方から降り注いできていた。
ステップを踏み、剣を振り、全身で跳ねる。ひたすら躱し、打ち崩し、斬り込む為に前へと進もうとする。
だが前へと進むには、火龍鱗の数が多すぎる。
中央にホノカと魔法陣を見据えながらも、その周囲を廻るだけで、部屋の中央には切り込めていない。
ホノカの足元には刀身の無い柄だけがぷかぷかと浮いている。おそらくあれが火鱗刀の柄部分なのだろう。
そして本来はそこにあるはずの刀身は、今は分離状態で自在に飛び回っている。
火龍鱗一枚一枚に繋がるワイヤーの類いは見えず、絡まる様子も無いので、何らか未知の技術を使い、柄と、数百の刀身を糸も無いのに繋げているようだ。
ただの連接剣ではなく、小さな刃が自在に動き、襲いかかって来る。一瞬でも躊躇し、足を止めれば、その次の瞬間には火龍鱗の刃群によって、全身を切り刻まれるだろう。
熱を持つ火龍鱗は、身を斬り焼き、骨を炙り溶かし、そして魂を焼き尽くし喰らい尽くす。
触れれば死。
だがその程度。触れれば死ぬ程度など、ケイス基準では危険では無い。
魔力を捨てたときより、魔術に対しては常に無防備となってきた。
魔術の攻撃が一撃必殺の弱点ならば、己も一撃必殺の剣を振れば良い。
当たる前に斬る。殺される前に殺す。それだけでいい。強くなればいい。単純な、実に好みな方針こそがケイスの基本にして絶対。
「ケイス! 最初の群に力が戻ってる! こっちは矢弾きの準備あと5秒くらい掛かるからそれまで耐えて!」
ほぼ反対側に来ていたルディアの叫びに目をやれば、最初の方に躱し、一度ホノカの足元に浮かぶ柄へと戻っていた火龍鱗が再度力を得たのか、またも宙を飛び一気呵成に迫って来ていた。
体捌きの回避だけでは間に合わぬと判断し、左手の防御短剣で4度目の音速超えの剣を振り、衝撃波の壁を産み出し72枚の火龍鱗を受け止め、無理矢理作った隙間に身をかがめ31枚の火龍鱗を躱し、残り24枚の足元に刺さる火龍鱗を跳び越える。
掠らせもせず躱してみせるが、その代償に防御短剣が柄元辺りから刀身にヒビが入り、砕け折れる。
ケイスが防御のために振った音速超えの剣技風花塵は、本来は刀身に掘った溝によって力を分散させつつ衝撃波を産み出しやすい構造の専用剣を用いて使う、矢払い技。
頑丈ではあるが、ただの防御短剣では、技の威力を受け止めるには些か荷が重かったのか、刀身の方が持たなかったようだ。
柄ごと投げ捨てて、腰から別の短剣を即座に引き抜こうとするが、その間に別の刃群が右上方から突っ込んでくる。
右手の羽の剣は健在。だが体勢が悪い。風花塵を用いるには、腕をもう少し身体に引きつけていなければならない。
空いた左手を前方に回しガード。火龍鱗が当たった瞬間に自ら切り落とし延焼を防ぎ、身体だけは守るか。
一瞬で生き残るための取捨選択が浮かぶが、それは無駄な心配に終わる。
風を纏ったサナが兵仗槍と共にケイスと刃群の間に飛び込み、翼の一振りで強力な風を呼び起こし、火龍鱗の勢いを殺す。
さらにサナに合わせ飛び込んで来たセイジが、目にもつかぬ連続突きで一気に全ての火龍鱗を弾き飛ばして時間を産み出してくれる。
見れば2人の身体の周囲には矢受けや矢弾きの符が浮かび、火龍鱗の攻撃に数撃は耐えれる防御態勢が出来ている。
どうやら先に2人を優先してケイスの元へと送り込んでくれたようだ。
見れば、巫術師の好古が他のメンバーにも次々に火龍鱗対策の符を付与して、戦闘準備は順調に進んでいるようだ。
直接戦闘能力には劣るが、高度魔導技術知識を持つウォーギンや、迷宮構造学に詳しいファンドーレの安全が確保できれば、部屋中央の魔法陣を停止させる手立ても見つけやすくなる。
「助かる!」
短いながらも心からの礼の言葉を告げたケイスは、もらった時間を使い腰の防御短剣では無く、内部拡張ポーチへと手を突っ込み、始まりの宮の迷宮主だった大イカより得た十刃のうち一刀を引き抜く。
ケイスが取りだした剣は、黒色に染まりだらりと垂れ下がる柔らかな爪で出来た幅広の鞭のような刀身の剣。
剣を得たケイスは、踏み込みの角度を変え、今まで攻めあぐねていたホノカの方へと向かい、一気に攻め入る。
いくら自分に攻撃が集中していたとはいえ、仲間達の方へといくのが心配だったが、対策が出来てきたなら、攻撃に重点をおける。
「っ!? この馬鹿!? 仕切り直しなさいよ! そこは!」
もっともルディア達にしてみればたまったものでは無い。こっちの防御態勢が出来てきて、セイジとサナを前衛に回せたのだから、剣も折れたしケイスが一度引くと思っていたのが、まさかの攻勢に転じるとは。
さすがにサナもセイジも予想していなかったのか、追随は出来ていない。
突っ込んだケイスに向かって、7つの刃群の内3つ。300枚を超える火龍鱗が一斉に真正面から襲いかかって来る。
視界のほとんどを埋め尽くす死の花びらは上下左右どちらにも躱しようが無い。下がっても追いつかれる。
絶体絶命の危機。
だがそれは常人の考え。
剣を振るために生まれた馬鹿にして、戦闘狂いの天才はそうは考えぬ。
これが、かの大英雄による剣であれば、それは紛れも無い死を呼ぶ一撃必殺の剣技。
しかしここまで剣を交え判った。今目の前にあるのはただ一撃必殺の剣。
そこに技は無し。
火華刀の剣技は、心は無い。
この剣を振るうのがホノカなのか、それとも他の何かなのか、今のケイスには判らぬ。
それでもあれは剣士が振るう剣では無いと断言できる。
剣士振るう剣と、剣士ではない剣の戦い。ならば剣士である自分が勝つのは道理。
左手に構えた十刃を円を描くように振るい、速度を微妙に速め、遅めと混ぜ込み斬る。
鞭のようにしなる刀身の切っ先が複数回、音の速度を超え、空気を叩きつけ斬り破り一綴りの音を奏で出す。
狭い空間に十以上の音超えの衝撃を産み出す。
二つの衝撃波を重ねる重ね風花塵を独自進化させた技は、今思いついた。
サナとセイジの合わせ技を見て、脳裏に浮かんだ。
参考となる連携技を見て、そして思いついたのだ。ならケイスに出来ぬ訳がない。
音の残滓が消えぬ前に右腕を引き絞り最大加重させた重い突きを、全身のバネを用いて石床にヒビが入るほどの踏鳴と共に繰り出す。
「新技! 乱れ風花貫き!」
剣が呼び覚ますは、300の火龍鱗を弾き飛ばす一突きの剛風。
視界を埋め尽くさんばかりに迫っていた火龍鱗が、ケイスの産み出した一振りの突きによって周囲の空気と共に弾け飛び、空洞を産み出す。
その先には見えるのは、未だ意思があるかさえはっきりしないホノカを中心に、部屋の中央部に広がる積層型魔法陣。
新技を放った体勢から両手を開いたケイスは、両手の愛剣を手首の力で上空へと投げつつ、両腕を腰ベルトに伸ばして、空いた両手で八本の投擲ナイフを一斉に引き抜く。
「ウィー! 一瞬切り離す。ホノカだけを引っこ抜け! 私が火鱗刀の柄を回収する!」
真向かいにいたウィーに向かって簡潔にもほどがある指示を出したケイスは、返事も待たずに爆裂投擲ナイフをホノカの足元に向けて一斉に投げつける。
ケイスが振るった爆裂ナイフは対魔術用兵装。着弾と共に破裂して柄の中に仕込んだ魔力吸収物質を周囲へとばらまき、魔力を吸い取り魔術をかき消したり、一時的に効果を弱める効果が有る。
魔法陣の効果は判らない。だが見た感じで幽霊であるホノカを中心に置いてあの魔法陣は展開されている。
ならばホノカを引き抜けば、魔法陣を無力化できるのではないか。
ほとんど勘だがそう判断したケイスは、一瞬だけだが火鱗刀の刃の大半が無力化となったこの瞬間を千載一遇の好機と捉えて勝負へと出ていた。
「無茶いわないでよね。ほんと!」
ろくな打ち合わせも無い上に、いきなりホノカの救助を任されたウィーはあきれ顔だ。
相手は幽霊。実体を持たない。それを引っこ抜けなんて無理難題もいい所だ……ウィー以外には。
ウィーは聖獸とも呼ばれる白虎の希少種獣人。その爪や牙には魔を払う力を持つと謳われるように、実体の無い魔力を掴み切り裂くことが可能。
だが希少性やそれらの能力も含めて、下手に存在がばれると、出身地から連れ戻しに来たり、人買いに狙われたりと面倒事が増えそうなので、普段から毛を染めて隠しているというのに、ケイスのその要請は思いっきり正体を明かせというのと同義だ。
しかしそれら諸々の秘密がばれたときと、ケイスの指示通りに動かなくて後で色々絡まれるのとどっちが面倒かと聞かれれば、ウィーは間違いなく後者を選ぶ。
ケイスさえも遙かにしのぐ速さで、真反対側から飛び込んだウィーの目前で、ケイスが投げた爆裂ナイフが炸裂。
一応ウィーが飛び込んでくる方角を考えて投げていたのか、破片は一欠片もウィーの方には飛んでこないままに、ナイフに仕込まれていた魔力吸収物質が拡散。
宙に浮かぶホノカを縛り付けるように展開していた魔法陣の極々一部が、すっと消え、だが即時に復活を始める。
時間にすればホノカを縛り付けていた魔法陣が消失したのは0.1秒にも満たない刹那の時間。
だがウィーにはそれだけあれば十分だ。
ホノカ本体を傷つけないように、その古風な衣装の裾に爪先に引っかけるように打ち込み、ホノカ諸共、脚力に物を言わせて一気に後方へと下がる。
後方へと宙返りをするウィーの全身を覆う体毛が、茶色から、純白へ、変わって、戻っていく。
どうやら突っ込んだときに魔力吸収物質の一部が付着して、ルディアが作った毛染め魔術薬の効果も切れてしまったようだ。
意識を失った状態のホノカを連れたウィーがルディア達の元へと降り戻った時には、完全に効果がきれて白虎としての状態へと戻っていた。
そのウィーを追いかけるように、ケイスも飛び戻ってくる。
ホノカをウィーが掴んで離れた後即時に、中央へと飛び込んで火鱗刀の柄をばっちりと回収して来たのか、右手に持っている。
「いや……ほんとケイ。もう少し余裕とかもって指示を出してよ」
「ウィーなら余裕であろう。何を言うか」
元々のパーティメンバーはファンドーレ以外は知っていたが、サナ達のパーティには隠していたのに、あっさりと正体をばらすことになってしまったウィーが恨みがましい目をケイスへと向けるが、ケイスは、ウィーの文句や、気を失ったホノカよりも火鱗刀の方が気になるのか柄の方へと目を向けて、軽く振って見せた。
すると部屋の中でまだ動いていた赤龍鱗が一斉に火鱗刀へと戻ってきて、赤色の刀身をもつ長刀へと形状を変化させた。
どうやらこの状態が基本形態のようだ。
「あんただけは……で、それって制御できたの?」
「いや、とりあえず振ってみたら、自然に戻っただけで何とも言えん。使い方が判らん」
とんでもない事を平然としでかすケイスには慣れてはいるが、それでも疲れだけは覚えるルディアが尋ねるが、ケイスは不満げに首を横に振る。
回収はしてみたが、停止状態へと入ってしまっただけでうんともすんとも言わない。
「やれやれ。全員分の矢弾きの符が無駄になった気がしないでも無いが、命も時間も掛けずに済んだは僥倖と思うべきかの……それにしてもウィー殿の色はいやはや珍しい」
「やはり御山の姫か」
ウィーの毛色に好古が目を見張り驚き、ブラドはどうやら半ば気づいていたのか納得顔で頷いている。
色々と聞きたい事はありそうだが、今は優先順位が低いと考えたのか、それ以上は言葉にせず、とりあえずの危険は去ったとみて、部屋全体の調査をそれぞれ始めることになった。