城塞都市国家ロウガを、ロウガ王家の名代として実質的に運営するロウガ評議会は、ロウガ復興の主力となった管理協会を中心とし、有力ギルド長やその幹部、またそれぞれの街区から選ばれた評議会議員によって構成される。
有力街区の1つである燭華で発生した異常事態から1週間。
それぞれの勢力の思惑の違いによって日常的に発生していた諍いが自制され、有効的な対策や、原因究明の為の手立てが議論されている。
街区閉鎖というあまりにも多くの派閥の損益に関わる事例が引き出した一時的な共闘だが、それだけの異常事態である事は、朝から始まった臨時議会が、幾度かの休憩をはさみながらも深夜になったにも関わらず続行されている事からも判るだろう。
花びら状の光体が原因だとされていることから、【大華災事変】と名付けられた今回の大事に対して、議会は総力を発揮して対応にいそしんでいた。
「ソウセツ殿と警備隊の活躍によって、物的、人的被害は今夜も皆無となりそうですね」
ロウガ支部支部長であり、評議会議長も兼任するフェルナンド・ラミラスが、長時間に及ぶ議会でも疲れを感じさせない声で静かに告げる。
議会場正面に設置された魔法陣が映すのは、今現在燭華上空で行われている上級探索者ソウセツによる戦闘……いや一方的な討伐だ。
文字通りの目にも見えない速度で縦横無尽に空を駈けるソウセツが、自らに襲いかかって来る光の化け物を、交差した一瞬で一撃で葬り去っていく。
この光体は、毎日決まった時間、深夜に、燭華中央の大華燭台が発光したのちに花弁状に飛び散ると、一定以上の大きさがある生物や、製造から年月の経った古道具に取り憑き、それらを一瞬で化け物へと変貌させる力を持つ。
変貌した化け物達は周囲の人々へと無差別に襲いかかる習性をもっており、出現初日と、2日目に、多数の死傷者や、その後の討伐戦闘において大きな被害をもたらしている。
憑依対策のために、燭華を一時閉鎖し、全住人を他街区へと避難させ、比較的安全と思われる昼間に、手の空いている探索者を総動員して、憑依可能性のある古道具の運び出しという大がかりな作戦が決議されたのは3日目。
人の避難や、その避難先の確保は当日中に終わったが、難航したのはあまりにも多い古道具の運び出しだ。
とても1日では終わらないと判明した段階で、ソウセツから提案されたのが、街壁に備わった大規模結界で燭華全体を魔術的に閉鎖。
内部に残ったソウセツが、空中で化け物共を一身に引き受け、被害を最小限にするという作戦は実行され、憑依された古道具の損壊以外は、建物の被害は0という、被害減少に著しい成果を収めている。
そして事件発生から7日目となる今日の昼間にようやく全ての対象物除去が終わったのだが、今度は憑依先を失った光体その物が実体化し、襲いかかる事態となっていた。
「鬼翼ソウセツ・オウゲンの開放状態……まさか幾度もこの目で見られるなんて」
周囲を完全に取り囲まれているというのに、危険を感じさせないほどに圧倒的な戦闘力に、若い評議員の中には、興奮を抑えきれない声をあげる者さえもいるほど。
街の大事だというのに、憧れの英雄を見る目を向けるのは些か不謹慎ではあるが、それも仕方ない。
探索者達の実力は迷宮外では普段は抑えられている。迷宮で手に入れた超常の力は、迷宮内で振るわれるべき物であるからだ。
しかもソウセツは、最高位の上級探索者の中でも一握りの英雄と呼ばれ詩に詠われるほど。
あまりに圧倒的で強大な力を持つが、普段は力の大半が封じられた状態でも事足りてしまうので、その全力戦闘をこうして街の中で目撃する機会など、ほぼ皆無なのだから、この反応も仕方ない。
あと、2、3年後には、とある化け物の所為でロウガの街中で能力開放状態の探索者による大規模戦闘が頻発するようになるとは、そしてその対処に自分達が今以上に翻弄させられるとは今は知らぬが故に、評議員の大半が滅多に見られない光景に心を引かれていた。
「しかし、今度は原因その物が実体化か。これでは明日も発生する可能性が高い。神印解放をこうも連日を行い、中級神印宝物は足りるのか。いくらソウセツ殿とはいえ下級神印宝物では開放時間が足りなくなるぞ」
かろうじて冷静でいる引退した元探査者の評議員が、安堵感からか緊張感が途切れ僅かに弛緩した議会を絞めるために、懸念を口に出す。
ソウセツがこれだけの力を迷宮外で発揮できるのは、神の認めた宝物。神の力と偉功を現す神印が宿った神印宝物を消費して、一時的に全能力を解放しているからだ。
しかも稀少な中級神クラス宝物を用いているから数分の戦闘でも力を振るえるが、これがまだ手に入りやすい下級神クラス宝物となれば、物によっては数秒しか持たなくなる。
かといって下級神宝物を連続使用というわけにもいかない。
異なる神の力を連続で宿すのは、あまりに肉体負担が激しく、上級探査者でも十中八、九、耐えきれず身体が弾けて死亡する。
神印開放は最低でも12時間。出来れば1日以上の時間を空けるのが探索者達の常識だ。
今はソウセツの力によって、被害を抑えられているが、あくまでも発生後の討伐は場当たり的な対処でしかなく、根本的な解決となっていない。
「はい。ですので原因の排除を最優先としています。発光発生と同時に魔力流を逆追跡する為、地下に潜っている水狼から先ほど連絡がありました。どうやら魔力の発生源はやはり地下。狼牙地下水道遺構の深部。ただ、追跡調査の途中で強力なガーディアンが出現。撃破は出来ましたが、そこから先は水路が初級迷宮化していたため行く手を塞がれたそうです」
フェルナンドが指を振り、燭華上空を映していた映像から、地下水道の立体図へと切り変える。
あまりにも巨大過ぎて全容は未だ様として知れない、東方王国時代の遺構である地下水道網は、現在のロウガの街よりも遥かに広く、そして地下深くへと続いている。
一部が迷宮化している魔窟なのだが、今回問題とすべきは、魔力発生源があるとおぼしき付近へと通じる通路は複数が確認されているが、どれも×が付いて途中で途切れている。
深部に近づくほどに、当時の防衛機能と思われるガーディアンとの戦闘を余儀なくされた上、そのどれもが初級探査者以外の出入りを拒む初級迷宮化されており、中級探索者以上で構成された治安隊ではこれ以上の調査が不可能となっていた。
「……またですか。しかしあり得るのですか。こうも初級迷宮が何度も行く手を塞ぐなんて」
「実際に起きているんだ。考察は後回しにしろ。やはり今年のルーキー達を出すしかないか……しかしアレは外せないのか。旧狼牙の血を引くロウガ王女であるサナ殿達だけでも良いのではないか」
「ルーキーの中で、地下水道でのコウリュウ超えを達成したのはあの問題児とそのパーティだけ。それに赤の初級迷宮だけとはいえ、すでに迷宮殺しの異名さえ持ちうるほどの完全踏破率を誇る化け物だ。確実性をあげるには出すしかない。最悪でも迷宮化さえ解除できれば、精兵が送り込める」
まずは解決。その為にすべき事は議場に詰めている評議員達も理解はしているが、誰もが苦い顔を浮かべている。
物が東方王国時代の遺物であるだけに、その当時の領主の血を引くサナを送り込むのは、一部の結界やガーディアンに対する解除キーとなる可能性も高いと、サナの祖父であるソウセツ自身が提言しており、サナ自身も解決のために自分の力が役に立つならばと快諾している。
「一度破壊されたガーディアンの復活までには早くても半日。今なら途中の戦闘を考えずにルーキー達を送り込める。時間はないぞ」
だがお飾りとはいえ王女を送り込むのだ。絶対に失敗できないこの案件に対して、有効な手として、ルーキー最強戦力を同時に投入するという理屈は判る。
だがそれでも不安はぬぐえない。
まだ未熟な初級探索者達に、事件の解決を託す不安ではない。彼らの不安は、より事態が悪化するのではないかという懸念だ。
今回の異常事態に対して、一部の関係者以外には非公開とされていたある探索者に関わる詳細報告書が、事件解決のため評議員達には公開されている。
それは謎の化け物レッドキュクロープスの正体と、その関連事項。
いまだ初級迷宮に潜る資格を持つ、今期のルーキー探索者でありながら、同時にあまりに多くの赤の迷宮を完全踏破したために、史上初めて次の期を待たずに下級探索者になってしまったケイスの戦闘評価と、引き起こした一連の騒動に関してだった。
評議会がケイス達、正確にはケイスの投入を正式決定するか、葛藤に悩んでいる頃、既に評議会の思惑など全く気にせず、勝手に突入する気でいたケイスは、情報整理にいそしんでいた。
「こいつが、ここのありったけの資料をかき集めて作ったロウガの東方王国時代地下水路遺構の概略図か。ファン。これでも全体の20%くらいか?」
「現段階の予測で20%だ。正直俺が思っていたより深く広い。水路としては無意味な部分さえ多い……どちらかと言えばこれはおまえの専門のようだ」
旧友でもあるウォーギンの問いに、ファンドーレは、地図情報結合魔術を用いてテーブルの上に表示していた見取り図を縮小させ、地上のロウガとの比較をしやすい形とする。
比較的浅い部分は現在判明しているだけでも最外部の防壁よりも遥か先にまで広がり、深部も外洋大型船すら易々と遡上できる深いコウリュウ河口部のさらに下。
ケイス達が初心者講習の申込日に使ったコウリュウ超えの一番深いと思っていた地下水路よりもさらに深い部分に、今回の事件での調査で未発見区画が発見されているほどだ。
深い部分ほど当時の防衛機能であるガーディアンやトラップが生きており危険度も高く、基本的に立入禁止区域ばかりで放置気味だった地下水路遺構だが、さすがにロウガ支部も自分達の足元を無防備にしているわけではない。
時折思い出したかのように、幾度か地下通路の現状把握や、内部に発生したモンスターの討伐が行われているのだが、掃除が終われば、それらの記録は書庫の片隅に放置状態となっていた。
これら稀少かつ、普段は目につかず、誰も興味を持たない書類が数多く眠る古文書保管資料室に集まっているのは、ケイスを中心としたパーティのメンバーであるルディア、ウォーギン、ファンドーレ、ウィー。
そしてロウガ王女サナを中心としたパーティのセイジ、好古、レミルト、ブラド。
そしてもう一人。この古文書保管資料室の主とも呼ばれる司書ミルカ・レイウッドの計11人だ。
「ウォーギン殿の専門と言うことはこれも一種の魔具、いや複数の効果を持たせる儀式用の神殿かの?」
常識外れな規模に、巫術師の鬼人好古・比芙美が愛用の扇で隠した口元に呆れと困惑が入り交じった色を浮かべる。
いくら東方王国時代の狼牙がさらに大きな都市だったとはいえ、それは上下水道として用いるには、あまりにも不自然かつ、無意味な作り。
だがそこに別の意味を見出せば話が違う。
流れる水とその形が描くのは、無限の流転と無限の形。
すなわち巨大な魔法陣の集合体として用いるならばだ。
燭華で発生していた淫香発生事件。そしてこの1週間、深夜に連続して発生し続けている大華災と名付けられたこれら全ての大元は、この巨大すぎる積層複合魔法陣の奥底から浮かび上がってきている。
「いやはやそれにしては些か面妖な。規模もそうだが、東方式巫術を受け継ぐ私もついぞ見たことが無い様式と見受ける。一体何の術に用いる気であったのやら。姫は聞き覚えは? 姫の家系は領主であったのであろう」
好古の使う巫術は古式。既に滅亡した東方王国の術式体系に属する流派の一つだが、多少なりとも東方系魔術知識を持つ好古をもってしても、この巨大な魔法陣集合体の概要さえ掴みきれないのだ。
全く違う思惑、知識、思想で組み立てられた物という印象を受けている。
「私の祖先が狼牙領主だったのは確かですが、それは血を引いているという意味であって、知識を伝承しているわけではありません。実質には一度断裂していると思っていただいても相異ないです。むしろこれらに関しては……」
力になれず申し訳ないとサナが首を振ると、ケイスへと意味ありげな視線を向ける。
むしろケイスの方が詳しいので無いかと言いたげだ。
地図を見つめていたケイスはサナの視線に気づき、とりあえず判っている分だけでもと一瞬で暗記してから、サナへと向き合う。
「私も知らん。旧市街区の地下で先代の邑源宋雪には会ったが、教わったのは実戦的な闘術や魔術の知識だからな。こんな事なら地下水路についても聞いておくべきであったな。ミルカ殿の蔵書に似たような事例はないのか?」
首を横に振ったケイスが目を向けた先には、先ほどケイス自身が書きしるして渡した魔導書を読みふけっているミルカだ。
曾祖父である先代宋雪やその配下の狼牙兵団から託された失伝した知識や技術のうち、自分には不要な魔術知識に関しては、ケイスはそれらを最近は暇を見ては体系を纏めて、魔導書として書き写すと、高額でミルカへと売り渡している。
ケイスの持つ東方王国時代の魔導技術知識は、戦闘用の一部ではあるが、その大半が失われた技術、知識の一翼を担う物。
それらを応用すれば、今までは未解析だった魔法陣の使い方や、修理方法が不明でガラクタだった当時の魔具を再生産できる可能性もある宝の山であるが、同時に威力や範囲が広すぎる今では禁術とされる類いの物も含む危険な知識。
もっとも当のケイス本人がそこら変には無頓着で、知り合いや、知識を求める者に気軽に与え軽い混乱が起きたために、情報漏洩防止や、情報相場維持を目的として、ロウガ支部が魔導書という形で買い取る事になり、臆病な性格はともかく知識量と管理技術では支部でもっとも長けたミルカが情報査定係に選ばれ、ケイスに渡す代価を決定している。
稀少知識故に一冊ごとに少なくとも数年は遊んでいられる大金となるのだが、その大半が燭華で壊した建造物の修理費や、営業補償費として使われ消えているのだから、ケイスの暴れっぷりも判るという物だ。
「…………」
ケイスの呼びかけでミルカに注目が集まったが、どうやら読書に集中しすぎているようで返事がない。
「斬るか」
「だからあんたは。ミルカさん、油断していると斬られますよ」
腰のナイフに手を掛けた段階で、ルディアが先に動いてミルカの手から本を取り上げる。
ケイスが斬ろうと思ったのがミルカ本人なのか、自分が書いた本か微妙な所だが、普段より苛立っているのか手が早く油断が出来ない。
「ひっ!? な、なんでお仕事しているだけなのに!?」
もっともミルカとしては災難も良い所。
荒事には向いておらず、ケイス達が必要そうな資料は全部抜いて来たので、後は筆者の次に誰よりも早く真新しい本に読みふけれるという趣味兼仕事に没頭できると思っていたのにこの有様だ。
「読むなら後で読め。今はお金より情報が欲しい。地下水路がどうも巨大な魔法陣となっているようなのだが、些細な情報でも良いが思い当たる節はないか?」
「あ、あ、え? し、資料からの、よ、予測なら、で、でも外れてたら斬るとか、い、言わない?」
どうにもケイスを殺人鬼と同一視しているようで怯え気味なミルカが震えながらも、縮尺された地下水路の一点を指さす。
それは対岸の旧市街区の地下。しかもケイスには覚えがある場所。旧市街区職人街。ヨツヤ骨肉堂の地下に広がる作業場だ。
「ヨツヤ殿の所か。しかしあそこの術式は後から作られた物で今の形式だったぞ」
流れ着いた動物や地下水道に生息するモンスターの死骸をすぐに腐らせ、死霊魔術で扱いやすい骨だけにする術式が用いられているが、それは現代式のはずだ。
「そ、そっちじゃなくて、あ、あそこの墓守の子。しゅ、出自不明の幽霊。そ、その子が大華災事件発生後に行方不明になって、そ、捜索願が出てるって」
だがケイスの予想に反して、ミルカが指摘したのは、そのヨツヤ骨肉堂の看板幽霊の失踪と関連性があるのではないかという推測だった。
「ホノカが? ……あいつはレイスロードのなり損ないだったな。偶然とみるにはタイミングが良すぎるか」
思わず出た知人の名にケイスはどうにも嫌な予感が胸をよぎった。
幽霊となったホノカは素養があったのか、それとも生前に強い魔力でもあったのか、生前と変わらない思考力を維持したままレイス化、それも他のレイスを無意識に使役できるロードクラスの強力な力をもっている。
もっとも当の本人は、力はともかく性格的に死霊の王と呼ぶにはとことん向いていないので、ご近所で評判の看板幽霊ポジションとして落ち着いている。
「あれの服は東方王国様式だったな。ならあの時代の、狼牙地下水道が出来た頃の幽霊で関係性があるという事か?」
「そ、それがあの子は服装が一見狼牙時代の様式なんだけど、び、微妙に違って、50年くらい前の東方王国復興運動が盛り上がっていた頃の、リバイバルされた物じゃないかって個人的には思うの。ただ発見されたのはヨツヤ骨肉堂の地下。しかも記憶喪失だからって、あそこの店主の死霊術師さんが保護者になったって、根拠は、こっちの資料とかこの雑誌とか」
広い資料室の書庫の中身を全て覚えていると噂されるミルカはその噂に違わず、風魔術で手元に取り寄せた古い報告書や、大昔のファッション雑誌をその根拠の証拠として提示する。
確かにミルカが開いた色あせたページには、東方王国様式と称され新発売されたという触れ込みで、ホノカが身に纏っている物と酷似した服が掲載されている。
「むぅ、人形姫に続きヨツヤ殿か。どうにも死霊術師の影が見える……ロウガの死霊術師といえば火華刀殿も関連してくるのか」
ミルカの推測したとおり、ホノカには関連性があるようにも思えるがどうにも結論までいたらない。
死霊術がこうも関わってくるとケイスが自然と思い出したのは1つの二つ名だ。だがケイスがその名を口につい出すと、ルディア達は不可思議な顔を浮かべ、互いの顔を見回した。
「ねぇ、火華刀様って大英雄の1人よね。なんで死霊術関係なのよ」
周りの視線が自分に集中したことで、聞くのは自分の役目だと諦めたルディアが、ケイスに問いかける。
ケイスが口にした二つ名【火華刀】
その二つ名を持つのは史上ただ1人。大英雄フォールセンパーティの1人にして、唯一その生死が不明となった大英雄。
赤龍王との最終決戦時に、パーティを龍王の元へと送るために、多数の龍を引きつけ囮となり討ち死にしたとも、龍王にさえ敗れない結界を張るために神印宝物を越える力を持つ天印宝物を用いて、探索者としての力を失い人に戻ったとも伝えられる、狼牙出身の女侍【霞朝・鳴】だけだ。
普段は料理と酒を愛す華人なれど、一度愛刀の【華凜刀】を抜けば、花のように舞う血しぶきの乱舞を戦場に産み出す、当時最強の武神が1人。
だが後世に残る逸話は数多くあれど、彼女に死霊術というほの暗い影が見えるなど、欠片さえ聞いた覚えが無い。
「…………ん。私の気のせいだ。忘れろ」
自分に注目が集まっていることに気づいたケイスは、しばらく悩んでから、明らかに誤魔化しているとバレバレの態度で開き直った。
「あんたはまた……」
「ケイスさん。人には言わないと斬るといってそれは」
「姫。深き事情があるのでしょう。忘れましょう」
ため息を吐き諦めたルディアと違い、納得のいかない顔を浮かべるサナが斬り込もうとするが、セイジが諫めて止める。
何かを隠しているのは確かだが、ここで深く追求すると、しつこいと逆ギレして斬ってくるようなケイスの相手は疲れるだけだと判っている他の面々も、それぞれ聞かなかった振りや諦め顔を浮かべるだけだ。
「まぁよい。どちらにしろ斬るだけだ。時間があればヨツヤ殿に話を聞いてくるのだが……その時間はなさそうだ」
つい口を滑らせたケイスは強引に話を区切ると、ウィーとブラドの獣人組がドアの方へと目を向けた事に気づき、僅かに遅れて資料室に向かって足早で進んでくる気配を察知する。
駆け込んできた評議会の使いは、ケイス達2パーティに対して、支部前の英雄噴水から地下水道に侵入。魔力発生予測地域の調査及び、初級迷宮化解除に向けた完全踏破指令を携えていた。