地に膝を着いた火刑少女が天を仰ぎ、慟哭なのか、悲鳴なのか、怒りなのか、死人にしか発せられない叫びを謳う。
憎悪に満ちた赤黒い炎が渦巻く瞳からは、血涙を模した火が留まることなく流れ落ち、彼女の足元に広がる大火は火勢をさらに強まっていく。
火が勢いを増すのに合わせ、先ほど与えた足の傷が急速にふさがっていく様を、額の火龍鱗が察知する中、自らの望みを伝え終えたケイスは、失った息を取り戻すために軽く息を吸う。
あと十数秒もあれば火刑少女は再度立ち上がり、先ほどと同じように足を使い火を飛ばしてくるだろう。
それもより激しく、より遠くに。
自らの体を焼く火を、火勢を強めた火を少しでも、自分達から”離す”ために。
あれは純粋な攻撃だけではない。
彼女は必死で足元で燃えさかる火を払いのけようと、火を放った者にぶつけ返そうとしていたのだとケイスは気づく。
だが火種は、燃えさかる劫火の出所は彼女自身なのだから消えるはずがない。
何より彼女自身が、自分を焼き殺した火は消えないと知り、定義している為に、僅かでも彼女自身と直接繋がっている周囲の火も水を掛けても消えない不滅の火となってしまっている。
彼女はおそらくかつて、クレファルド国内の争いの最中に、野盗に扮して敵勢力領内で火付けや強奪を行っていたというファードン男爵によって殺された者。
その魂のなれの果て。悪霊と化した者。
彼女の復讐の相手、執着する存在である男爵を、ケイスが殺したため、その業までケイスに移りでもしたのだろう。
対象が死んだことも、変わった事にも気づかぬほどに、そこまでに深い怨みと怒りを生み出した理由は、火刑少女の象る姿にある。
見せしめか、それとも他者の口を割らせるためか、嗜虐趣味か、それとも商品価値を見出せず廃棄したのか。
詳細まではさすがに判らないが、野盗達の中でも特に質が悪ければ、強い絆で結ばれた者達、親兄弟、友人、恋人関係にある者達を使って、嘲り遊ぶ悪癖がある者達もいる。
上に乗る一人を首括りにした状態で肩車をさせて、下の者を的にした野盗などを実際にケイスは旅の途中で知っているし、そんな一味を1人残らず斬り殺してきている。
状況が語る。火刑少女も類似した私刑による被害者なのだと。
誰かを頭上に抱えたまま、逃げ出せないように首に縄をつけられ、足かせを嵌められ、生きたまま焼き殺されたのだと。
それでも彼女は死の直前まで抗い続けたのだ。必死に足を使って火を払い、頭上に掲げた手は最後まで下げぬまま、誰かを、大切な者を守ろうとしたのだと。
結果的には不本意ながらも、斬ったから、剣を振ったからこそ、ケイスは彼女の生い立ちを、死に様を理解した。
理解したならば、ケイスが取る行動は1つだけ。
彼女の死を覆すことは出来ない。死人は決して生き返りはしない。
それはこの世の道理。
絶対不変の法則。
だが肉体が滅びた後も、死した者の魂までも、束縛され、陵辱され続けていいはずがない。
命を救えぬならば、魂だけでも救う。
その為に必要な手は打った。
生前の意識を保つ霊魂ならばともかく、狂乱し理性を無くし人に害をなす悪霊に堕ちた者には、普通の人間の声は届かない。思いは声としては伝えられない。
そのような霊にも声を届けられる者。使役できる者が死霊術師。
知り合いの死霊術師はロウガにもいるが、この隔離された空間から脱出しなければ、呼びに行くことも出来ない
そんな遠回りをケイスは嫌う。
目の前に苦しんで、悲しんで、死んでなおも慟哭し続けている者がいるのだ。
1秒でも、一瞬でも今救わなければならない。救いたい。苦しみから解放してあげたい。
そして今この場で力を使える死霊術師は、ここにはいないかも知れないが、ここを今現在見て、力を振るえる者がいる。
ならばその者の、人形姫の力を借りれば良い。
人形姫は少なくともケイスが嫌いなタイプの、私利私欲で権力を振るう王族ではないはずだと直感する。
自身を隔離空間に閉じ込め、火刑少女をけしかけ、命を狙ってきた者だが、そこにはおそらく被害を最小限に抑えようとした意図がある。
もし現実の燭華で火刑少女が顕現していれば、大勢の建物や人が火にまかれ、消失し、死亡したことだろう。
何より、人形姫は死霊を扱う死霊術師でありながら、鎮魂の一文字を口にした。
死霊術師にとって、死霊とは己の意のままに扱う道具。そして強い死霊とは、怨み、怒り、妬み様々有れど強く暗い感情を残して死した者達の魂。
その残滓が濃く強くあればあるほど、死霊術師にとってはありがたい使い勝手の良い道具となる。
憎悪を煽り、記憶を操り、その残されし念を増幅する術式も多いという。。
悪霊の力を弱め、ましてや無力化し封じる鎮魂は、彼らの多くと敵対関係にある神職の領分。
だからこそ、悪霊を活性化させ操る死霊術師は、人々から恐れられ嫌われる日陰者なのだと。
ケイスにそんな死霊術師の当たり前を、茶飲み話のついでに話した知人の老ネクロマンサーであるヨツヤ婆は、そしてこうも言っていた。
もし鎮魂なんて言葉を口にする、職業理念に反したそんな風変わりな死霊術師が、自分以外にもいたら、その術師が困っていたら力を貸してやってほしいし、ケイスが困っていれば頼めば力を借りられるかも知れないと。
だからケイスは、一見には無理筋である要請を人形姫へとだした。
火刑少女となってしまった彼女の魂を救うためにならば、力を貸すだろうという確信をもって。
それら全ての思考は、心臓の一鼓動にも満たない刹那の間にケイスの脳裏で思い出され、思考され、決定される。
ケイスの思考は、その理論の組み立て方も、思考速度も常人とは遥かに違う領域にある。
それは、あまりに一瞬で、そして異質な結論故に、他者からは思いつきや、気まぐれで、またおかしな事を言いだしたとしか思われない。
だからケイスは言葉を重ねない。
自分の要請に未だ人形姫が応えず、無反応を通していても、理解を求めるために、頭の中で駆け抜けた思考を事細かく口に出すことはない。
物言いが、偉そうだや、傍若無人ぽいと、何故か一部の者から不評なことも、ケイスが口少なくなる一因となっている。
なによりケイスには、理解を求める百の言よりも、理屈を語る千の筋道よりも、ただ1つで済む物があるのだ。
ならば次に紡ぐべき言葉はただ1つだけ。ひと言だけで十分だ
ケイスが小さく呼気を吐きだすとほぼ同時に、傷の再生を終えた火刑少女が立ち上がる。
その両手は今も頭上高くあげられ、見えぬ何かを少しでも自らの足元で燃えさかる劫火から遠ざけようともがき苦しむ。
炎の鎖で繋がれた両足によって撒き散らかされた炎が、周囲の通りや建物を次々に飲み込み炎上していく。
池の中から突き出た庭石の上に立つケイスの周囲でも、燃えさかる劫火が木々を焼き、さらには少女本体と繋がった為に、池に落ちた火さえ消えず水面さえも、炎の海へと変えていく。
肌を焼く熱と、火の粉を纏う熱風の中、元の長さの半分ほどになった黒髪をなびかせながらケイスは自分の心臓へと意識を集中させる。
真正面で構えた羽の剣は正眼へ。斬るべき物を剣線真正面に捉え言葉を、誓いを紡ぐ。
「……帝御前我御剣也」
剣士としての掛け値無き本気を出すための誓いを口にすると共に、心臓と丹田を用いた二重闘気生成を開始。
心臓が産み出すは周囲の火海の熱さえ凌駕する燃えさかる火龍の闘気。
丹田が産み出すは周囲の火海の熱さえ遮断する凍てつきし水龍の闘気。
本来ならば、幼き人の身でありながら、龍の中の龍。龍王と呼ばれるにふさわしいだけの、空前絶後の膨大な魔力を産み出す事が可能となる心臓を、己の意思の力で闘気を産み出す器官へと変貌させる。
この世で唯一、ケイスのみが可能とする異なる属性の闘気二重化による肉体の超強化。
互いに反発し合い、対消滅するはずの異なる龍の闘気は、ケイスの意思の元に、統合され超常の力をもたらす。
異常なまでの雰囲気を発するケイスに気づいたのか、火刑少女の目がケイスを捉え、その瞳の中で渦巻く炎の色がさらに赤黒く、勢いを増す。
彼女の目にはケイスが、この火を放った者に、かつてのファードン男爵として見えている。
大きく蹴り上げた左足が最大級の大波としてケイスに迫る。
見上げるほどに高い炎の壁が迫る中、巨大な庭石がその反動で真っ二つに割れるほどの苛烈な力と共に蹴って、ケイスは高く高く飛び上がる。
軽量化マントの力もあって、軽々と炎の壁を凌駕する高さまで到達しても、その勢いはまだ衰えない。
さらに高く高く。
巨大な火刑少女自身さえも見下ろす高度まで一瞬にして到達したケイスは、身体を振ってクルリと体勢を入れ替え、眼下を見下ろす。
それは奇しくも男爵を斬ったときと似たような高さ、状況。
だがあの時は大地とした扉の破片は今は無い。
見下ろした砦の闇の中、点々とついていた篝火の代わりに、地上は足の踏み場など見出せないほどに一面の火で覆われた火炎地獄。
人が生物である以上は本能的に恐れるはずの火を前にしても、ケイスの意思は揺るぎもしない。臆しもしない。
既にケイスは、誓いの言葉と共に剣となった。剣士となった。その目に写るのは斬るべき物だけ。
斬るべき対象は3つ。そのうち1つはまだ現れていない。ならば先に2つだけを斬る。
極々単純に思考し、放つべき技を選択、決定。
極限まで高まった集中力が、言葉にするでも、心で思い浮かべるでも無く、ケイスを人刃一体とし、振るうべき剣を、二匹の龍へと伝える。
自らの愛剣である羽の剣に宿るラフォスによって、速度を出すために加速度的に重量を増していく。
額当ての赤龍鱗が強く輝き、ノエラレイドが僅かな熱の違いで炎の海の中に沈んだ斬るべき物の姿を浮かび上がらせる。
暴虐的な重量増加が産み出す殺人的な速度で降下を開始。
切っ先を炎の照り返しで輝かせながら、真昼の流星となったケイスは火の海に向かって飛び込む。
轟々となる風音を半ば意識外で聞き流しながら、羽根の剣を頭上へと振りあげる。
火刑少女は実体を持たない霊体。霊体を斬る剣は、霊体に斬られたと思わせる事で、痛みを錯覚させることで、その効果を発揮する。故に霊の肉体部への斬撃が一番効果を発揮する。
だがケイスが斬るべき物は、火刑少女自身の肉体その物ではない。
斬るべき物は、火刑少女を捉えている物。その身を束縛し、この火炎地獄に押しとどめている象徴。
つまりは首に巻き付けられた縄と、炎の海の中に沈む両足の足かせ。
火刑少女自身の肉体ではなく、しかもこれもまた実体を持たない、現実には存在しない火刑少女がイメージする物質。
そこに見えて、そこに無い物を斬る。
それは無理難題も良い所。幻を斬れといういうようなもの。
だが斬る。斬らねばならない。斬ると決めた。
そしてその為の技をケイスは既に持っている。
池に映った水面の月を斬ることで、天に浮かぶ本物の月にさえ自分が斬られたといつか思わせようと名付けた、現状ケイスが振るえる剣の中でも最速、最鋭の剣の一振り。
「邑源一刀流……水面刃月!」
寸分の狂い無く振るった切っ先が、まずは火刑少女の首筋をなぞり、その首に幾重にも巻かれていた炎のロープを一瞬で全てを両断。
しかも少女本体には傷1つさえつけない一瞬の神業をみせる。
だがケイスはそれでは止まらない。
角度、勢いを維持したままに、火刑少女の身体を這うように超高速で落下しながら、火刑少女の膝下まで上がってきていた炎の海の中へと飛び込む。
あまりの高熱で、一瞬で外套が含んでいた水分が灼熱の熱湯へと変わり、次の瞬間には水蒸気へと目まぐるしく変わり、ケイスの視界を塞ぎ、痛みを伴う熱を伝えてくる。
それでも剣を持つ以上、斬ると決めたからにはケイスの剣は揺るがない。
一切ぶれることなく突きだした剣の切っ先が、炎渦巻く火炎地獄の中から、見事に火刑少女の両足を繋いでいた足かせから伸びた炎の鎖の中心を捉え斬り砕く。
鎖が壊れたと感じた次の瞬間には、既に炎の下に隠れていた大路地の石畳は目前。
いくら闘気強化しているとはいえ、この速度で地面に叩きつけられれば、ケイスの肉体とてもたない。全身の骨は砕け、まともに動けなくなり、生前の火刑少女と同じく生きたまま炎に焼かれる事になる。
そうならないために切っ先が石畳に接触したと意識する感触を手が感じるよりも僅かに早く、地面との距離を杖に計算していたケイスは、羽の剣に意識を向け、事細かく軟化と硬化した部分を全体に折り混ぜ変形させ、バネのような特殊な形を作りあげる。
反動を使って速く飛んだ時の逆。流星と化して落ちた事で発生した衝撃の九割九分九厘近くを羽の剣によって吸収させつつ、体捌きをもって、僅かな距離で姿勢を入れ替え両足側で着地。
石畳の一部を破砕し、両足に強い痺れを伴う痛みを伴いながらも、骨にはヒビ1つ無い着地を敢行する。
「ぐっ!」
だが両足で降り立ったそこは火炎地獄の底の底。四方八方を火が渦巻き、ぶ厚い外套と顔につけた仮面を通過し、容赦なく熱をぶつけてくる。
全身を襲うのは激痛。荒いやすり紙で全身を激しく削り落とされるような痛みを産み出す地獄の洗礼。
その痛みを無視しながらケイスは天を見る。未だ火刑少女の頭上には、両手の先には何も現れない。彼女が救おうとした者が、ケイスが斬らなければならない者の形は浮かび上がらない。
一度脱出するべきか?
ダメだ。今の剣を一度体験させた。もしこれでロープや足かせの鎖が再生されたら、もう一度斬ったと思わせられるか判らない。
これが唯一無二のチャンス。
思考したのは一瞬。だが信じて待つと決めるも一瞬。
『思い出しなさい』
その時どこからともなく人形姫の声が響く。
その言葉が終わるよりも、遥かに早くケイスは、強く石畳を蹴って火刑少女の頭上へと向かって再度高く高く飛び上がる。
全部は聞いていない。意味だって伝わらない。だが今の一瞬の声で悟った。
生気を感じさせない声はそのままだが、それでも驚き、そして何やらの覚悟が篭もっていた一音。
ならばその覚悟を信じる。
人形姫が、死んでもなおも火の中に捕らわれた火刑少女の魂を救うために、ケイスが提案した作戦に乗ったと。
『守る人を』
なぜなら信じて当然だからだ。
自分が剣を振った。助けてみせると言って剣を振ったのだ。
『描きなさない』
ケイスの言うことを理解でき無い者は、この世には数えきれないほどにいる。
真の意味でケイスの言うことを、その思いから紡いだ言葉を心の底から理解してくれる者など皆無かも知れない。
だが剣が有る。己の振った剣は、言葉よりも、文字よりも、人に伝わる。人と繋がる。
そう心の底から強く信じるからケイスは強く地を蹴れる。蹴れた。
『炎の中から現れる奇跡を』
全身に炎を纏いながらもケイスは火の海を脱出し、高く高く飛翔する。
外套の一部が燃え尽き、両袖の一部が焼き切れながらもなびく炎を引き連れながら、天へと駆け上がっていくその姿は、まるで1羽の鳥。
『救いの不死鳥が現れると』
火の中から飛び出たその姿はどこか昨夜ケイスが斬り壊した壁画に描かれていた鳳凰を彷彿とさせる。
ロウガ風で呼ぶ鳳凰の別名はフェニックス。それは不死を司る不死鳥。自ら炎の中に飛び込み死して、また蘇る伝説の鳥。
少しでも言霊に力を乗せる為か、人形姫がケイスを不死鳥に例えた即興の言葉を紡ぎ終わった瞬間、火刑少女の両腕の先におぼろげながら何かが姿を現す。
それもまた炎で組まれた造形。小さな、四つ足をもつ家具。まだ幼い子供用の椅子にはそれにふさわしい小さな人の形をした何かが背もたれにロープでくくりつけられていた。
「見えた! 水面刃月返し!」
軽微とは言え全身に火傷を覆いながらもケイスの剣はぶれることはない。
先ほど火に飛び込んだときと全く変わらない鋭さを持つ剣を、かつて編み出したときには振れなかった斬り降ろしからの、切り上げに繋げる、真の意味での水面刃月を放ち、そのロープを見事に切断してのけていた。
「誇れ! 火に焼かれながらも貴女は無事に大切な者を守り抜いた! 貴女の頑張りが私を間に合わせた!」
それは詭弁。実際にはあり得なかった事。火刑少女は、守るべき者ととうの昔に死んでしまっている。
そんな事は百も承知だ。それでもケイスは褒め称える。助けたのだと強く強く断言する。
重要なのは過程でも、結果でも、事実でもない。
ケイスが認めたのだ。ケイスがそう信じたのだ。
龍の中の龍。未来の龍王が決めたのだ。
ケイスの声が天高くより響く中、火刑少女を象っていた炎が急速に崩れ、僅かに白色に色づいた霊体の塊、無数の霊体が集まって形成された霊体群へと変わっていく。
それと共に見渡す限りの眼下に広がっていた火の海も、幻だったかのように瞬く間に消失する。
焼け崩れ落ちた建物の残骸がその痕跡を残すだけだ。
中核をなしていた少女の魂が変質したことで、一時的に無力化でもしたのだろう。
だがあれほどの悪意をもっていた霊体群をこのまま放置していても、碌な事にはならない。
しかし斬る物は斬った。
後は本職の、それこそ死霊術師の出番だ。人形姫に任せれば良い。その後で今回の仕掛けてきた真意を問いただしてみるのもいいだろう。
それより今気にすべき一番の問題は、この半分に焼けた髪と、軽いとは言え全身の火傷の原因をどうやってルディア達に伝え、正確には誤魔化すかだ。
空中で息を吐きながら、ケイスは怒られなくて済む方法を暢気に考える。
だから斬るべき物を斬った満足感で、気を抜いていた忘れていた。
龍のそれも、龍王の力を使うということの意味を。
今の燭華では、予想外の面倒事を引き起こすかもしれないという懸念をすっぱり忘れていた。
だからこそ……事態はより混沌化する。
「むっ!?」
不意に強い光が発生しケイスは思わず目を閉じる。
とっさに目を閉じる直前に発光が発生した箇所をちらりと見たが、光は燭華中心方面からだと確認するだけで精一杯だった。
『……原因不明ですが、この空間の要たる人形が私の制御を離れつつあります。貴女だけでも』
少しだけ焦っている風にも聞こえる人形姫の言葉は最後まで伝わること無く、ケイスは最初にこの空間に引きずり込まれたときと同じ引っ張られる力を全身に感じた。
次いですぐに景色が暗転したかと思えば、気がつけばいつの間にやら足が地面をとらえる。
ゆっくりと目を開けば、そこは燭華の表町の通りから伸びた路地の片隅に積まれた荷物の影に隠れるようにケイスは出現していた。
表の通りに目をやれば、不思議そうに自分の身体や周囲を見てざわめく人々達がいた。
「なんだったんだ今の幻覚!? 完全にこの辺り一帯火の海だったよな!? 化け物みたいなでかいの一瞬みえたぞ」
「驚いたけど、どこかの遊郭の宣伝じゃねぇか?」
「なら昨日壊されたとか言う鳳凰楼じゃないか? なんかそれっぽいの最後に天に昇っていっただろ」
「んなのいたのか? 俺は火がついたかと思って焦って見逃したぞ! まってりゃもう一回やらねぇかな」
ざわついているがパニックになっているというほどではない。むしろ不意打ちの出し物に遭遇したとでも言うような楽しげな響きを持っている。
「どう思う?」
だがつい今し方彼らが見た一瞬の幻と剣を交えていたケイスにとっては、そのような楽しげな物では無い。
急いで羽の剣を折りたたみ懐に戻したケイスは、所々焦げ付いてはいるが一応服としての面目を保っている外套を羽織ると、通りに出て周囲を自身の目で確認する、
(最後に人形姫とやらが制御が離れた等と口にしていたがこれのことだろうか)
(いやそれは少し変ではないかノエラ殿。人間共の話ではその少し前の光景、火に覆われた街を見たようだ。どうする娘?)
「……少しだけ周囲を調べてから支部に向かう。最後の光は燭華中央方面から。ルディ達が調べに行った大華燭台とやらがある方向からだったな」
ケイスが目を向けた中央方向。建物の隙間からは、光など放たず静かに佇む大華燭台の先っぽだけが見えていた。
龍王感知
怨嗟結実刀【火鱗刀】休眠状態解除
拐奪厄災人形能力及び、大火厄災人形構成霊体群火鱗刀掌握
火鱗刀完全起動
能力一部改変。思念変貌機能を思念実体化機能へ改装
特殊イベント【大華災】発生条件到達