城塞都市であるロウガは、大河コウリュウ東岸の旧市街と西岸の新市街に別れ、その周囲にモンスターの侵入を拒む長い防壁を張り巡らしている。
なだらかで低い丘陵部に作られた旧市街は、西岸の開発に伴い元々土地が手狭なこともあって、新しく防壁を築き市街の拡張がされることはなく、防壁の外では、ロウガ名産である茶の畑が青々とした木々を広げる、古き町並みを保っている。
一方で西岸の新市街は、元々ここにあった東方王国時代の大都市狼牙の中心地であり、北部は迷宮への入り口が存在する山脈が蓋をしているが、南にはその名の由来となった牙状半島が突きだして良港となるロウガ湾を抱え込み、そのさらに先の南、そして西には広い平野が広がっていた。
人口増加に伴い、防壁は拡張新造され、それらが幾重にも連なり層となって、40以上にもなる街区を形成している。
もっとも古い防壁。一の壁の内側には、各官庁や大英雄達の像を飾った噴水広場、管理協会ロウガ支部を初めとした各種公共機関や、大陸各国の大使館、大店のロウガ支店等が建ち並ぶ。
一の壁の北側、迷宮の入り口がある山脈側には、鉄壁の防御を誇る要塞でもある、王城ロウガ城が築かれ迷宮モンスターへの睨みを利かせている。
逆に南側の端は、保護区域として開発が制限されているロウガ半島の付け根となり、その根元、内海側周辺には国際貿易港であるロウガ港が別大陸からの貿易船を受け入れ、積み降ろされる荷物で溢れた広大な倉庫街が広がる。
一の壁の外側、二の壁内は新市街地が作られた際に形成された最初の一般区画となる。
”将来的に増えるであろう需要を十分に補うだけの容量を計画して”作られ、ロウガ新市街街区の中では現状ではもっとも広い地域となっており、東岸の旧市街地に続いて古い住宅街や商店街、工房街、宿泊街といった基本的な都市機能を全て兼ね備えた複合街区となり、ロウガの中心街といえばここの事を指す。
二の壁以降は、初期計画で”予想以上”に急速に増大を続けていく需要に合わせて、その度ごとに小刻みに増築されていった小振りの街区だ。
一般的な住宅街や商業区画以外にも、その時々の要望に合わせて街の作りも工夫されており、工房からの音を遮断する防音障壁で出来た壁で囲まれた第7街区『鋼工街』
上下水道浄水施設を完備した第18街区『トルン薬師街』
定住者のみならず来訪者が使用する騎乗生物を飼育管理する為に広大な空き地を用意した第9街区『カンテ厩舎区』
関係者以外の出入りに年齢制限を設け、門を通るのにパスを必要とする色町第12街区『燭華』など、それぞれが専門色を醸し出す街区がロウガには存在する。
それぞれの街区には例外なく、今現在もっとも外側にある城壁の各所に設けられた大門と、一の壁の内側、新市街の基点たる中央噴水広場を繋げる大路が設けられ、初めてロウガを訪れた者も多少遠回りをしても迷うこと無く、目当ての街区へと到達できるようにと配慮がなされていた。
その大路の内が1つ。南西部大門へと繋がるコンラート大路では、物見高い群衆達が群れをなして、帰還した探索者達の凱旋見物と洒落込んでいた。
ロウガは迷宮隣接都市。近隣の迷宮は北側の大路から繋がる北部山脈に入り口があるので、凱旋はもっぱら北側からだが、今日の一団はロウガから国をいくつか超えた南西にあるカルデラ迷宮群へと出向いていた一行。
何時もとは違う方向から来る物珍しさという事もあるのだろうが、何より大衆を引きつけたのは、その一団が最近何かとロウガで話題となっている今期のルーキー達であるからだ。
初の迷宮攻略に対して全員が協力し合い、誰1人欠けること無く始まりの宮を踏破しきった若き英雄達。
吟遊詩人達が紡ぐ新たな英雄達を賞賛する英雄譚はロウガのみならず、トランド大陸の外も持てはやされており、生粋のロウガっ子達にとっては、俺達の街の誇りと好意的な目を向ける者達も多い。
「すげーな! 今年の新人達は! 南西門の貸し馬車屋の馬車が全て出払ったって話だぞ!」
「初級迷宮で取れる素材つっても、あんだけ稼いでこれるならたいしたもんだ」
「稀少獣リズラ狼の毛皮に、あっちはルミナス水晶か、小振りだが良い透明度だ。こりゃしばらく相場が荒れるぞ」
門近くの貸し馬車屋で借り受けた荷駄馬車に、今回の遠征での成果を山積みにした新人達は、それも数十も連ねて街の大通りを進んでいく。
この光景を見て、群衆が盛り上がらないわけが無い。思い思いの歓声を飛ばし、初級迷宮産とはいえ稀少な迷宮アイテムの数々に、早くもそれらの物資が市場に流れたときの相場を想像する商人達。
この凱旋隊列は遠征団を組んだ探索者達に協会が推奨している恒例行事だ。
探索者達は始まりの宮を踏破時に内部拡張の神術が掛かったバックを天恵アイテムとして授かるので、その身1つで大量の荷物を運べるが、荷駄馬車を借りて自分達の成果を誇るようにと。
その狙いの1つは探索者達のイメージアップと戦力の誇示。
凶暴凶悪きわまる迷宮モンスター達がいつ迷宮隣接都市を襲うかは誰にも判らない。そのような凶事に対抗するだけの力を有していると宣伝するため。
そしてもう一つが商取引推進の為の宣伝。
管理協会にとって一番大きな収入源は、探索者達が持ち帰った迷宮素材を買い取り、協会の承認印を付けて加工や、転売する事による転売差額やその手数料。
迷宮素材は、強力な魔力を有す物も多い。
下手に闇で売られたり、弄られれば大魔力災害を引き起こす恐れもある。
それら事件、事故を防ぐため、流通量や流通先を公的な販路下で管理する為の機関。それもまたミノトス探索者管理協会の仕事の1つだ。
これこれこのような素材を手に入れたおおっぴらに宣伝させることで、探索者による闇流しを防ぐという意味合いも含むのだろう。
もっとも大半の探索者達はそんな事は気にせず、自分達の成果を誇れる機会を大いに楽しみ、わざとゆっくりと歩き、歓声に胸を張る物だ。
しかし大歓声を送られるルーキー達は少し違った。むしろこんなお披露目はどうでも良いから、早く協会に着いてくれと言わんばかりに、心なしか早足となっている。
凱旋する彼らの誰もが少し緊張した顔色で、時折列の中央へと目線をちらちらと向ける。
その目線の先には、貸し馬車では無く、管理協会の印が施された大型馬車がガタゴトとゆっくりと進み、その荷台には覆いを被され中身が隠された檻が鎮座している。
ルーキー達が向ける目線に目ざとい群衆の幾人かが気づき、注目がそちらへと集まる。
わざわざ覆いを隠して運ぶ檻の中身はなんなのか。
見ればその大型馬車の横には、ロウガ王女とその恋人だと最近噂されている若きサムライのパーティや、ルーキー達のまとめ役だという長躯痩身で燃えるような赤毛の女魔術師の姿もある。
周囲にも屈強な獣人や、雰囲気のある戦士達が幾人もその大型馬車を囲み警戒態勢を敷いていた。
よほど警戒する何かがその中にいるようだ。
「ありゃ今度のオークションの目玉になりそうだ。ひょっとしたら迷宮主でも生け捕りしてきたのか?」
「騎乗用モンスターでも、護衛用モンスターでも、それこそ研究素材としても生きた迷宮主となれば桁が違うな! いやほんとすごいな今年の新人達は!」
あれほどの警戒をするなら中身はそれに見合うのだろうと早合点した自称事情通がしたり顔で頷き、それを聞いた声の大きな者が声高に喧伝する。
その噂がさらなる歓声と、根も葉もない尾ひれを付けて、瞬く間に群衆の間に広がっていく。
あの檻の中は目を合わせただけで石化する大蛇モンスターだの、いや見ただけで精神が壊れる薄気味悪い不定形モンスターだの、悪臭を放つ不浄なアンデッドモンスターだから覆いで遮断しているだの、勝手気ままに憶測を語る始末だ。
「うわぁっ……知らないって恐ろしいね」
そんな群衆の囁き声をきっちり聞き分けながら、大型馬車の横を進む獣人ウィーは、茶色く染めた毛が生える虎耳をぴくりと動かす。
人間?のくせに闘気強化でウィーに匹敵する身体能力を発揮するので、この群衆の声も聞こえているだろうが、中身の御仁は静かだ。
ただし静かだからと言って、それで安心が出来る様な性格をしていないのも、そろそろ半年以上の付き合いになるので骨身に染みている。
なんせ気にくわなければ、その瞬間には、王族だろうが、貴族だろうが、英雄だろうが、神獣だろうが剣でぶった切ろうとするいかれ具合だ。
魔術加工が施され、純粋な力では壊せないウォーギン謹製の専用檻のはずだが、中身は自他共に認める剣の天才。
どうにかして這いだして来てもおかしくない。
実際、『檻の隙間が大きすぎる。その気になれば、引っかかりそうな手足を、一度切れば外に出れるぞ』と、檻の中に自分から入った時に忠告してきたくらいだ。
斬った後どうする気なのかと問えば、上手く斬れば、すぐに切断面同士をくっつけて、包帯で縛っていれば自然とくっつくだろうと平然と述べる。街の皆が噂する迷宮主モンスター以上の化け物だ。
大人しくしているのは、気まぐれというか、本人の思念故だが、それもこの本人が激怒しそうな不快な根も葉もない無責任な噂を聞いていつまで持つか。
ウィーの懸念は、ウィーのみならず、今回の遠征に参加したルーキー達全員が共通して抱く悩みだ。
とりあえずとっととロウガ支部に届けて、その帰還を首を長くして待っているロウガ支部上層部やら、レイソン夫妻に引き合わせなければ。
カルデラ迷宮群への大遠征。そしてお披露目となる凱旋行進。
それに付随した様々な理由はすべて表向きの理由。
真の目的は1つ。この馬車に捕らえたというか、自分から合流と共に檻に入った存在を秘密裏にロウガに戻すため。
ロウガの始まりの宮のルーキー全員生還踏破の真の立役者にして、この時点でロウガ最大最悪の問題児として既に一部で認識されつつあった馬鹿娘ことケイス。
【赤のケイス】のロウガ帰還をもってして、今期のロウガの始まりの宮は真の終わりを迎えた。