賽子が転がる。
賽子の内側で無数の賽子が転がる。
無数の賽子の内側でさらに無数の賽子が転がる。
賽子が転がる。
神々の退屈を紛らわすために。
神々の熱狂を呼び起こすために。
神々の嗜虐を満たすために。
賽子が転がる。
迷宮という名の舞台を廻すために転がり続ける。
レイドラ山脈緑迷宮『氷結牢』サブクエスト『聖剣ラフォスの使い手』
次期メイン討伐クエスト『赤龍』
両クエスト最重要因子遭遇戦開始。
戦闘能力差許容範囲内。
両因子特異生存保護指定解除。
システム『蠱毒』発動。
少女と砂虫の戦いの場は砂船が停泊する位置から、灯台を廻るように北東へと移動しながら激しさを増していた。
砂船の方へ行かせず、自らが灯台を背にせずに。
常に位置関係に気をつけながら、砂漠を潜行するサンドワームが地上へと発する僅かな気配を辿り追いかける。
移動、浮上、攻撃、潜行しまた移動をする。一定の距離を保ち続けようとするサンドワームとの戦いで、元々ボロボロだった少女の外套はさらに破損している。
着弾と共に爆発した砂弾の爆風で弾け飛んだ刃物のような砂の粒によって、その右袖は千切れ、フードは切り裂かれその幼い顔が露わとなっている。
だが間一髪爆風を躱した少女本人が負った傷らしい傷は頬に鋭く走った切り傷程度。未だ戦闘に支障が出るほどのダメージを負ってはいない。
「!」
少女の前方70ケーラ(メートル)ほどの所で砂漠が盛り上がり、砂の海を割ってサンドワームが浮上してくる。
仄かな灯台の灯りの元、太く長いミミズのような姿を露わとしたサンドワームは地面すれすれで大きく頭を振り勢いをつけると、その口から大量の砂弾を発射した。
鋭い音を奏でながら高速で撃ち出された砂弾は幅30ケーラほどの範囲に濃密な弾幕を形成し少女に迫る。
今から横に移動して回避しようとしてもその範囲から逃げることは難しい……なら受け流すのみ。
直撃するであろう砂弾の弾道を少女は瞬く間に予測すると一瞬で立ち止まり右半身に構える。
――ジャ! ジャャ! ジャッ!
少女が逆袈裟に跳ね上げたナイフよりもさらに短くなったバスタードソードの刀身が、火花を散らしながらも見事に砂弾を逸らす。
だがこの攻撃を少女が躱すことをサンドワームは予測していたのか既に次の攻撃動作に移っている。
少女を足止めする事が目的だったのだろう。
胴体をしならせてその頭部を天へと向かって高々と振り上げたサンドワームの口から今度は赤色で染まった砂弾が六つ撃ち出される。
異なる二つの動作から発射された砂弾は、地面に対して平行に飛んできた高速弾とちがい緩やかな山なりの弾道を描く。
「ふん。それは既に見たぞ」
先ほど手傷を負わされた攻撃に対し、少女の理性は全力で後ろに下がれと警告する。
だが敵との距離が離れているというのに、後方へ退き逃げるのは少女の流儀ではない。あくまでも前に進み己が間合いに入れと本能が訴える。
少し吊り気味な勝ち気な目を輝かせた少女は足下の砂を蹴って前方に二歩、三歩と駆け出す。
頭上から落ちてくる前に駆け抜けようというのだろうか…………だが砂漠の上でも俊足を誇る少女の足でも数歩届かない。
暗闇の中を山なりの放物線描いた赤色の砂弾が少女の行き先を防ぐ形で幾つも降り注ぐ。
赤い砂弾は火龍薬と呼ばれる強い衝撃を加えると爆発する魔法薬が混じっており、炸裂音と共に特徴的な刺激臭を放ちながら弾け飛び、巨大な砂煙を巻き起こしつつ無数の砂の粒を高速で弾き飛ばす。
ただの砂一粒と侮ることは出来ない。
細かな粒子の砂は爆発の威力も相まって鋭利な刃と変わらない凶器へと変貌している。
先ほどは通常の砂弾に混じっていた一発で少女が僅かながらも手傷を負わされていた。
それが今度は六つだ。単純に計算は出来ないが辛うじて躱せた先ほどよりも威力は桁違いに跳ね上がっているだろう。
だが……それがどうした。
一度見た攻撃が私が躱せないと思うか。
口元に自負から生まれる笑みを浮かべる少女は、膝を鎮め体勢を低くしながら足下めがけて右腕を一閃させる。
鋭く力強い剣の一振りは砂の大地を細く深く切り裂く。
剣を振った勢いのまま少女が転がるように自ら切り開いた穴へと飛びこむと同時に、刃混じりの砂煙がその上を通過していった。
砂煙が頭上を通り過ぎるやいなや少女は埋まった穴の中から力ずくで這い出し、そのまま右前方へと転がる。
次の瞬間、少女が這い出した穴に三角錐状に鋭く尖った虹色に淡く輝く小さな砂弾が高速で次々に撃ち込まれ、砂漠に小さな穴を穿った。
間一髪で攻撃を躱した少女は安堵の息を漏らす暇もなく即座に跳ね起きると身を震わせ纏わり付いた砂を振り払って再度前に向かって突き進む。
火龍薬を含んだ炸裂弾。
高速で飛び砂を穿った小さな砂弾は軽量硬質で知られるインディア砂鉄独特の輝く虹色をしていた。
これに通常の砂弾攻撃に加えてサソリの毒を持つ毒弾。そしてリドの葉やカイラスの実の特性が混じる魔力吸収弾。
砂漠越えの前に事前に仕入れた知識にはないサンドワームの攻撃能力。
しかし予想外の攻撃にも少女は動じることなく、何とか防御したり回避しながら、その能力を推測し続けていた。
サソリの毒は別として、前者二つは自然には存在せず人の手によって調合される物質だ。
リドやカイラスの魔力吸収植物はこの砂漠には自生していない。
ここまでヒントが出そろえば結論は自ずと出てくる。。
サンドワームは食べた物を砂弾として撃ち出している。しかも特性を残したままで。
おそらく砂漠を行き交う交易船を襲って積み荷を喰らいその身に取り込みでもしたのだろう。
サンドワームが放つ種類豊富な遠距離攻撃は、未だ未熟な少女には確かに脅威だ。
それでも前に進む。
なぜならば少女の行動は、常に決まっているからだ。
相手が誰であろうが、どのような攻撃をしてこようが、いつも変わらない。
遠方から放たれる攻撃を躱し防ぎ相手の懐へと飛びこみ斬る。それだけだ。
今まで歩んできた道も、これから歩む道も何も変わらない。
何も悩む必要もない。
悩めるほどの手も昔ならいざ知らず今の少女にはない。
少女が唯一無二とする戦闘距離は、息づかいが混じり肌が触れ合うほどの近距離。
己の間合いへと、極近接戦闘圏へと接近するために、少女は前へ前へと突き進む。
――ザザザッ!
ひたすらに猛進してくる少女に対し、サンドワームですら恐怖を感じたのだろうか?
それともこのままでは埒があかないと覚悟を決めたのだろうか。
先ほどまでなら一連の攻撃を防がれると仕切り直しとばかりに砂の中へと潜行して距離を取っていたサンドワームの動きがここに来て変わる。
その太く長い胴体を砂の上に完全に出現させると、蛇のようにくねりながら逆に少女に向かって突進を開始した。
大サソリすらも軽く一飲みに出来るサンドワームの巨大な口蓋の中では放射状に連なる牙がガツガツと音を立てて蠢く。
あの歯にかかれば少女の小さな肉体など、あっという間にかみ砕かれ細切れのミンチにされてしまうだろう。
しかし少女はサンドワームの突進を前にして口元に不敵な笑みを浮かべ息を小さく吸い、望む所と、と言わんばかりに体を前に倒し極端な前傾姿勢となる。
丹田に意識を集中。
生命力を闘気へと変換。
渦を巻く闘気を足へと流し、一部を膝に留め、残りを足裏へ。
「勝負!」
滾る声と共に溜め込んだ闘気を砂地へと打ち込み加速の力へと少女は変える。
響く足音。一瞬遅れて踏み台とされた砂が後方へと吹き飛んでいく。
たった数歩で最高速へと加速した少女と、その巨体に似合わぬ速さで迫る巨大なサンドワーム。
40ケーラほどだった両者の距離は瞬く間に縮まっていく。
サンドワームの口蓋がさらに大きく開き勢いのままに少女を丸呑みにしようし……空を切った。
小さな影がサンドワームの頭上を越えていく。
突進の勢いのまま空中へと跳び上がった少女は空中で身体を捻り横倒しになった体勢へとなる。
日に当たらないために不気味な白さを持つサンドワームの無防備な胴体が眼前を駆け抜けていく。
少女は右腕を鋭く振った。
だがまるでぶ厚いハムの固まりに指を押し当てたような感触に、少女の刃はあっけなくはじき返される。
肉を切り裂くどころか、皮一枚を削ぐことすらも出来ない。
「ちっ! ダメか!」
攻撃を弾かれたことで乱れた体勢を四肢を使って立て直した少女は、砂漠へと長い足跡を残しながらも何とか着地し、
「っ!」
悪寒を感じとっさに左横へと倒れるような角度で跳ぶ。
――ブンッ!
サンドワームの尾が巨人族の振るう棍棒の一撃のような恐ろしい勢いで少女の体を掠めて通り過ぎる。
「やるな!」
まともに受けていれば吹き飛ばされた上に全身の骨が砕かれていただろう攻撃に対しても、少女は楽しげに嗤う。
それは子供が遊びを楽しむようなあどけない笑いではない。
致命的な一撃を避けたことを喜ぶ安堵の顔でもない。
身を守る鎧はなく、不十分な体勢からでは折れた剣では僅かなダメージを与える事もできない。
だがそれでも少女は嗤う。
少女の本能は気づいている。
そして……おそらくサンドワームも。
自分達の間には食うか食われるかの決着しかないということを。
少女が浮かべる笑みは己が存在理由を賭けた全身全霊の戦いに、心からの愉悦を覚える戦闘狂が浮かべる狂った笑みだった。
ちょっと短いですがキリがいいのでこれで。
最初に意味不明な中二成分たっぷりな文章が出ていますが、それは後々。
とりあえず今回の戦闘は退却不可能なボス戦だと思っていただければ……両者ともに。
あと世界観の風味付け程度の単位換算表を乗せておきます。
稚拙な小説ですがお読み下さりありがとうございます。
単位換算表
単位(単位上がり 現実換算)
尺貫法 現実と変わらず。
1寸 (1/10尺)
1尺 (基本単位 0,303m)
1丈 (10尺 3,03m)
1間 ( 6尺 1,818m)
1町 (60間=360尺 109,09m)
1里 (36町 3,927㎞)
神木法 国際単位
1ケール (基本単位 10㎝)
1ケーラ (10ケール 1m)
1ケールネアス (1000ケーラ 1㎞)
工房単位
1レド (基本単位 0,08㎝)
1レラ (1000レド 83.3㎝)
重さ
神木法 国際単位
1レィト (基本単位 100g)
1レィラ (10レィト 1kg)
1レィトネアス (1000レィラ 1メガグラム)
工房単位
1ラグ (基本単位 0.08g)
1ラグラ (1000ラグ 83.8g)
1ラズ (1000ラグラ 83.8㎏)
オリジナル世界における単位の使用設定
尺貫法
暗黒時代の最初期に滅びた東方王国で用いられた独自の度量衡。
東方王国崩壊後。神の怒りに触れた国としてその文化、風習が悪徳とされ、忌み嫌われた時期があり廃れている。
今現在は東方王国時代の宝物、特に刀剣の長さや重さを表す程度にしか使用されていない。
東方文化の復権や見直しをする動きがあり多少は復活しているが、僅かな痕跡だけを残し壊滅したので正確な情報や資料はあまり残っていない。
上級探索者には東方王国出身者もいるが、彼らのほとんどはその時代のことには口を噤んでいる。
神木法
神木法における単位の設定
神木法の元となったのは神卸しの木『ケレイネアス』と呼ばれる林檎の木。
神が降臨した時のみを花を咲かし実をつける林檎の木は、一年中雪で閉ざされた極寒の地であろうが、年間で片手の指で数えられるほどしか雨が降らない砂漠であろうが、根を生やし成長する。
普段この樹木の花弁は固く閉じられている。
だが依り代たるこの木に神が降臨すると石のような蕾が開き、宝石のように光り輝く10色の花びらで構成された花が一斉に咲き乱れる。
神が去ると花は散り黄金色の林檎が実る。
林檎は全て同一の形状と質量を持ちこの法則は木が異なっても変わらない。
その特性が利用されて基準単位として用いられるようになり、今では各国で共通単位として用いられている。
一般的に用いられ日常生活に深く根付いている。
ただし海上において用いられるのは別の単位となる。
工房単位
細かな尺度を持つ単位系であり、その元は太古のドワーフ職人達が制定したとされる。
その由来もあり緻密かつ精密な作業を必要とする彫金や鍛冶、また薬剤調合を行う工房で用いられている。