探索者は迷宮へ挑む者達の通称であるが、迷宮に対するスタンスで大まかに分けて二通りに分類できる。
1つはケイスのように、人の魔術では不可能な不可思議な力を持つアイテム【天印アイテム】や、人の理の範疇ではあるが神が認めた優れたアイテム【神印アイテム】等迷宮の秘宝を求めたり、人を越える超常の力【天恵】を求めて、迷宮踏破に命がけで挑む者【冒険探索者】
そしてもう一つは、迷宮踏破を目的とせず、前者の冒険探索者達が集めた攻略情報を買い、すでに迷宮化を解除されたり、その内部構造が判明している比較的安全な迷宮へと潜り、モンスター由来の迷宮素材を集めたり、稀少鉱石を掘り出すなど、生活の為に迷宮と共に生きる者【生活探索者】
下級探索者であり迷宮行商人であるミモザが属する、一族経営の小規模商人ギルド【猟犬商会】は生活探索者であり、その商売相手も主に同類の生活探索者達を相手にしている。
生活探索者達は迷宮隣接都市を拠点とする者も多いが、中には、年に二回起きるモンスターの異常増殖期であり迷宮が閉鎖される閉鎖期を除き、迷宮内に仮拠点【ギルドホーム】を築きそこで定住し、周辺の下位迷宮を廻って狩猟、採集、採掘をするギルドなども珍しくは無い。
猟犬商会は迷宮内ギルドホームで迷宮素材を買い付け、逆に街でしか手に入らない生活雑貨や嗜好品、武具の販売、手入れまたは手紙の配達や迷宮最新情報などを、ギルドホームへと届ける事を商いにしている。
迷宮と迷宮外を往復して、物流を担うのが猟犬商会であり行商人ミモザである。
そしてミモザが今回この東域カルデラ迷宮群を訪れたのは、特定のギルドホームとの往来ではないが、この周辺でしばらく何らかの調査をするという探索者集団への、物資配達を依頼されたからだったという。
しかし今日の夕方にその集団との待ち合わせをしていた安全地帯へと到達する直前に、先ほどの男達に強襲を受けたらしい。
必死の抵抗をするミモザに手を焼いた男達に刺されそうになったその時に、いきなり仲間を裏切って庇ってくれた中年男性に救われ、そのまま2人でここまで逃げてきたというのが、事の流れらしく、ミモザも何故自分が狙われたのかは判らないとのことだった。
「ウェルムの泉周辺は、魔禁沼みたいな未踏破だけど美味しくない迷宮が多い。でもケイスが入っていた温泉があんだろ。ここならどっかのギルドホームがあって、助けを求めれるかもしれない。最悪、誰もいなくても、霧に覆われた魔禁沼の中に逃げ込んで追っ手を撒けるって、あのおっさんが判断したんだよ。きつめにするか?」
「ふむ。私はよく動くからずれないようにしてくれ……では顔見知りでは無いのだな?」
ミモザに事情を聞きながら時折、質問をはさみつつ、ケイスは着替えを手伝って貰っていた。
ケイスが身につけるのは生乾きの物では無く、ミモザが売り物から出してくれた真新しい着替え一式だ。
何故着替えながらの説明となったかといえば、これまたケイスらしい理由。
元々着ていた服は、レイネが丈を詰めて用意してくれた探索者向けの頑丈な生地で出来ているが、さすがにこの一ヶ月迷宮に潜りっぱなしなうえに、度重なる戦闘でぼろぼろになっていた。
それに加えミモザの後に男達を尋問するが、服がまだ濡れているので着替える気はケイスには無かったのだが、それを聞いたミモザがせめて服を着ろと何とか説得したためだ。
「名前もしらねぇ。逃げながら手当をするのがやっとで、詳しい話も聞けてないよ」
助けた謝礼代わりにと譲ってくれた真新しいシャツの袖口のボタンを止めて、その上から防刃手甲を両手首に巻き付ける。
軽鎧の方は、表面上の傷は色々出来たが、強度面ではまだ問題はないのでそのまま身につけ、肘を動かして角度を確認。
「それにしても……ケイスあんた。結構金の掛かった装備を使ってんな。特に魔具なんて既存品カスタムじゃなくてオリジナルっぽいけど、どうしたんよこれ」
「うむ。友人に設計を頼んで作ってもらった。魔導技師としては天才だぞ。服をくれた礼だ。紹介してやろうか?」
服の礼として、ウォーギンを紹介してやろうとケイスは上機嫌で頷く。
「ケイスの知り合いかぁ……いや、まぁ物には罪は無いけどな。あたいが話せるのはこんな所だよ。合流する今回のお客様達絡みなのかもしれないけど、他言無用って念を押されているから細かい事情は知らない。依頼を受けたギルド長の親父は知っているかも知れないけど、使いっ走りのあたしは聞いて無いよ」
良い物を仕入れるチャンスのはずだが、何故かミモザは僅かだが警戒の色をみせて引き気味で、説明を終えた。
(話の流れに不自然な所は無い。この商人娘が嘘をついている様子は見てとれんぞ)
着替え終わりと共に終わったミモザの事情説明の内容と、その話口調から、おそらく真実だろうとラフォスが断言する。
確かに逃げるのが精一杯だったのなら、傷を負った男に巻かれた包帯がやけに乱雑だったり、傷口が開くほどに適当な応急処置だったのも納得だ。
「さて……では着替えは終了だ。しかし変な所にこだわる奴だな。あんな奴等に服装を正して礼節を持って接する必要などあるまいに」
「変なのはあんただ。礼節じゃ無くて羞恥心の問題だっての。あたいもがさつやら、女らしくないってよく言われるけど、ケイスには負けるよ」
「どういう意味だ? それよりも手伝え。顔を見たり五月蠅いと、斬りたくなるから、猿轡を噛ましてある。全員をとりあえず並べてから外してくれ」
手足の関節を外して大袋に入れた上に、猿轡を噛まして止めに小袋を被せていた男達は、意識を取り戻し、驚いているのか、それとも息苦しいのか、先ほどから地面の上でもぞもぞと動いている。
男達が入った袋はそのままに持ち上げて適当に並び座らせてから、袋と猿轡を外していく。
「くっ……くそが……きが……て、めぇ……」
猿轡を外された男達は、あえぐように空気を貪りながら、ケイス達を睨み付けたり悪態をついている。
それを無視して全員分を外してから、ケイスは男達が見渡せる真ん中に立つ。
「さて面倒だから単刀直入に聞く。なぜミモザを襲った。それとあの男はなんでおまえ達を裏切った」
ケイスは羽の剣を右手にだらりと下げながら、前置きを省略して本題をリーダー格へと問いただす。
しかしリーダー格は射殺すような目でケイスを睨み、
「はっ! 舐めんな。てめぇみてぇな下の毛も生えそろって無いようなガッ!?」
最後まで言わせずケイスは無造作に羽の剣を横に薙ぎ振る。
鋭い風音が鳴り響き終わると共に、リーダー格は声も無くそのまま真正面にバタリと倒れ、ぴくりとも動かなくなる。
「げぁっ!? メレード!?」
「ま、まじか!」
「お。俺は喋る喋るから! 殺さないでくれ!」
「……ぁ」
まさかいきなりあの言葉だけで刃を振ると思っていなかったのか、それとも剣と共に溢れたケイスの怒気に気圧されたのか、男達は引きつった悲鳴をあげ、身を縮こませ、1人は意識を失って白目を剥く始末だ。
「ち、ちょっ!? な、ななに!? やってんだ!? い、いきなり殺さなくても!?」
「むぅ。何を言っている。殺してなぞいないぞ。よく見ろ」
慌てふためくミモザに対して、ふて腐れた声で答えながらケイスは倒れたリーダー格の首元を掴みその身体を起こす。
身体が起こされると共にリーダー格の頭部からごっそりと落ちていく……髪の毛が。
起こされたリーダー格には傷1つ無い。だが先ほどまでぼさぼさの髪の毛が覆っていたその頭部は、まるで剃刀で髪の毛を全てそり落としたかのように、つるつるにはげていて、少し赤くなっていた。
「こ、これ……ど、どうなってんだ?」
「ん。頭の形に合わせて剣を振って髪の毛だけをそぎ落としただけだ。摩擦で頭が赤くなっているが死んではおらんぞ。どうにもこの手の輩は、私を子供だと侮ると、先ほどのような品の無い言葉を言って私を馬鹿にするのが多いのでな。こうすることにしている」
自由自在に形を変える羽の剣だからこそ可能な、髪の毛だけを一振りでそり上げるなんて神業ではあるが、それもケイスの技量があってこそ。
そしてケイスにとってこの程度の芸など自慢にもならない。何せ目の前の手の届く範囲にあるのだ。
剣士である自分が、斬りたい物だけを斬れ無い訳がない。
しかし、やられた方はたまった物では無い。
剣気を纏った刃が頭部をピタリと沿って高速で通り過ぎるのだ。一瞬で与えられた恐怖に魂さえもが竦み、意識を失うのは道理。
そしてそれを目の前で見せられた者たちもだ。
自分達には理解でき無い領域にケイスがいると嫌でも思い知らされ、同時に可憐な少女という見かけと反し、精神がおかしい異常者、いや化け物なのだと気づかされる。
「全く、いくら本当の事とはいえ、私の身体の特徴を馬鹿にするなど失礼であろう。本当なら私と同じようにしてやる意味で、ズボンごと下腹部の体毛を剃り落としてやっても良いのだが、お爺様が嫌がった上に、哀れすぎるから止めてやれと言うのでな」
これでも妥協してやっている頬を膨らませるケイスの額で、赤龍鱗が小さく光る。
(ラフォス殿……心中お察しする)
(確かに剣としての矜持もあるが、それ以前に種は違えど我も雄だ……恐怖のあまり下半身むき出しで失禁する姿があまりに哀れでな)
「ふん。当然の報いだ……さて今は腹立たしいが、一応は本当の事だから加減してやった。だか私の質問に答えないというなら別だ。答えたくなるまで1人1人全身の皮を剥いてやっても良いんだぞ」
種族を越えた同情をする龍2匹に憮然と答えてから、ケイスは震え上がっている男達に向けて改めて剣を向ける。
ケイスの表情には脅そうという凄みなど無い。
あくまでも普段通りで、先ほどの怒りが少しだけ残った、見た目だけは可愛らしい頬をちょっと膨らませた不機嫌顔で問いただす。
だが先ほどケイスの剣をまじまじと見せつけられた男達にとっては違う。
自分の命令を聞かないなら、その存在に価値は無い。
その剣が何より語りかける。
殺されたくなければ答えろと。
龍王の詰問に耐えられる生物などこの世には存在しない。
「毒だ! その女の荷物を奪って毒を盛るた……」
「ロウガのルーキーどものレッドキュクロープス捕獲を邪魔し……」
「ク、クレファルドの地方領主だ。あの腐れ男爵がてめぇの所の王族ルーキーに手柄を」
喋れば命を助けてやるという口約束さえケイスはしていないというのに、男達は恐怖からか我先にとばかり一斉に自分が知る限りの情報を吐露し始めた。