「ん。火を通した粘液部分が硬くなっているが甘じょっぱくて美味い。肉も歯ごたえが柔らかくてよい感じだな」
大きな西瓜ほどはあるモンスター亀の包み焼きの一部を切り取り、そのまま手づかみでかぶりつきながら、自分が寝ている間に完成した迷宮立体地図をケイスは眺める。
亀の全身を覆っていた弾力のあった粘液は、火を通したことで、黒く固まったカラメルに変化していて少々硬いが、バリバリして歯ごたえが楽しい。
蒸し焼き状になった中は、火がよく通っているので厚い皮も柔らかくなっていて、肉は脂がたっぷりなかなかの美味だ。
周りでは撤収準備が始まっているが、もう少し休んでいろと言う同期達の勧めもあり、ケイスはまずは食事を最優先していた。
食事のついでに、約束を交わしたサナと話そうと思ってもいたが、言動、生体共に非常識すぎるケイスに、サナの精神耐性許容量がついに限界を迎えてしまい、休憩を訴え、もう一人の当事者であるセイジが戻ってから改め仕切り直しとなってしまい、ふらつくサナに好古とプラドが付き添って、少し離れた場所で横になっていた。
「全容が知れたのは大きかったな。怪我人も少なくてすんだのは良いが、むぅ、私がいれば怪我人さえ出さずにすんだやもしれんのが無念だ」
事情があったので仕方ないとはいえ、寝ている間に同期全員が踏破を終えていたのはケイスとしては、嬉しいが、怪我人を出してしまったことが少し残念だった。
初日しか活動していないので、あまり役に立っていない。それがケイス自身の自己評価。
「いくらあんたでも同時に二箇所は無理でしょ。廃墟都市にあんた達が到達できたから、この時間で全員が踏破できたんだからそれで満足しときなさいよ」
もっともルディアや他の者から言わせれば、ケイス達が早々と廃墟都市に到達した上、ファンドーレが迷宮全域地図とゴールとなるミノトス神印を見つけ出したのだから、文句なしの第一貢献者だ。
さらに言えばケイスは事前準備から色々動いているのだから、もう十分働いていると断言して良い。
だがケイス的には、不完全燃焼というか不満があるのは仕方ない。何せ斬り足りないのだから。
集合地点となっている廃墟都市まで戻っていない者達が幾人かいるというので、護衛をかねて迎えに行くのも考えたが、帰還場所となるミノトス神印まで既に発見されていて、30分ほどで戻ってくるだろうから、あとは帰るだけ。大人しくしていろとルディアに釘を刺される始末だ。
不承不承ながらも承知はし、お腹もすいていたし食事をしながら、それでも一応の用心として完成した地図の把握にいそしむことにしていた。
「ふむ……少し気になったのだが、迷宮そのものが、単純だが巨大な魔導兵器の回路構造となっていないか。これは?」
手についた脂が勿体ないので指を舐めながら、ケイスはふと気づいた点を指摘する。
スタート地点はほぼ天辺付近。そこから8又に別れた通路は、複雑に枝分かれし入り組みながらも、本線は途中で一度も混ざらないまま、石化した龍の天井部分まで降りてきて合流し、そこに掘られた横穴から最深部の廃墟都市へと到達する造りとなっている。
地図の中心には、ケイス達が直接降りてきた吸魔樹の縦坑が鎮座しており、規模が巨大すぎるのでスケール感がずれるが、その周囲にある一定の規則で築かれた通路と合わせて、よくよく見れば、積層型魔法陣に用いる魔力導線と同じ構造となっている。
所々、魔力の流れをコントロールする為に人工的な魔力遮断域があるのが何よりの証拠だ。
「おう。正解だ。かなり簡略化しているが、上部でともかく巨大な魔術爆発を起こして周囲を吹き飛ばす作りだ」
先ほど渡した火龍鱗を早速用いて魔具作成をするウォーギンは、その作業の片手間ついでにケイスの指摘を肯定し頷く。
「それも対龍兵器の一種か?」
「兵器っていうよりも脱出のための準備だな。この龍天井の上の上部迷宮部分は、何百ケーラの厚さもある溶岩台地になってやがる。たぶん迷宮の直上には、さらに10倍近い厚さで冷えて固まった溶岩台地が積み重なっているだろうってのがファンの予測だ」
「……そうか火龍の地形変成特性か。近くに巨大な火山でも生成されて、降り積もった灰と流れ出した溶岩流によって都市ごと埋まってしまったのだな。石となった火龍が積み重なって傘となったから都市はこうやって残っていたのか」
石化した龍の死骸は最高級の武器防具として利用もされるが、欠片1つを切り出すために数十日以上の軟化魔術処理をしたうえで、いくつもツルハシを壊して、やっと取り出せるほどに硬く頑丈。
そんな龍の死骸が何百匹にも渡り重なっているのだ。その上に分厚く溶岩が重なっても、この空洞を保つくらい造作もなかったのだろう。
「そういう事、トランドの西域地域はいまでは高原地帯が多いけど、暗黒期が始まる前は低湿地帯だったって話だし。龍の大規模襲撃後に生き残った人達もそこそこいたみたいで、何とか脱出しようと試行錯誤した痕跡やその記録と一緒に地図を発見したって」
「まぁ……あれだ。色々やったが結局は脱出は出来ず、ここで終わったみたいだ。最上部に大規模なカタコンベがあったんだが、その遺体にも、少しでも爆発の効力を増すための仕掛けが施してありやがった。もっとも最終的にはそういう処理もなくなって、少しでも地上に近い位置で同胞を葬ろうとしてたみたいだけどな」
火龍鱗をはめ込んだプレートを弄る手を止めて、ウォーギンが敬意の篭もった瞳で真上を見上げる。過去の先達達が残した苦心の跡に技師として思う所があるようだ。
「むぅ。しかし失敗の原因はなんだ。構造的に問題はなさそうだし、この規模なら島の1つや2つを消すほどの魔力爆発が出来るはずだぞ。魔力不足か?」
「魔力自体は、どうにか出来る当てがあったみたいだな。お前も見たとかいう地底湖。あれがかなり強力な自然魔力泉。いわゆる聖地ってやつらしい。その魔力を使って対龍兵器のあの吸魔樹を改良したはいいが、逆にあれに魔力を吸われるから、その魔力を溜めるのは不可能だったみたいだな」
「ファンドーレが言ってたんだけど、泉の魔力水を封印する岩には、この都市の古代文字で絶望とか希望って書いてあったそうよ……あの樹が龍を倒す為の希望なのか、それとも脱出を拒む絶望だったのかは、当事者に聞いてみないと判らないでしょうけどね」
石化した龍達と、ほぼ死にかけながらもまだかろうじてその巨体を保つ吸魔樹。そして滅び廃墟となった古代都市。
ケイスは無意識的に、額に右手を当て、そして脇に置いて合った剣達の柄に左手を伸ばす。
そして考える。
ウォーギンの弄っている火龍鱗と宿るノエラレイドの事を。
刀身は折って付け替えたが、その柄は間違いなくこの都市で最後まで生き残っていた者達の証。そしてその心。
「……ふむ。ウォーギン、もう出来るか?」
肉を食いちぎり一気に飲み込んだケイスは、ウォーギンに作業の進捗状況を尋ねる。
普通の魔導技師なら、まともな工具があってもかなりの時間を必要とするが、そこはケイスが認めた魔導技師のウォーギンだ、
「あとちょいだな。手持ちの魔具に組み込む形で使ってるから楽だ。火龍の熱探知能力を強化して、多少はぶれるが広範囲探知と、至近距離で使える精密探知に切り替え可能だったな。どのくらいの精度がほしいんだ?」
「ふむ。広域の方は200ケーラ範囲程度でまずは良い。近距離の方は、対峙する相手の太めの血管を流れる血流とか臓器くらいなら感じ取れればいいな。内臓を動かせる相手にも急所を狙いやすくなるし、乱戦でも血管を外した手加減がしやすくなる」
「んなもんか。街1つ分が判るようにしろとかの無茶が来るとか思っていたが、かなりマシな範囲か。となりゃ一度組んで使ってみて、微調整した方が早いな。始まりの宮が終わった後は頼まれ仕事でちょっと忙しくなるから、手が空いてる今のうちに一気に組み上げちまうか」
ケイスの要求はかなり無茶な要求なのだが、ウォーギンは平然と可能だと答え、手の速度を上げる。
ウォーギンの魔具を実際に使ってみたことで、その出来や性能に惚れ込んだ同期達からいくつも製造依頼や改良依頼をもらっているらしく、魔導技師としての本業の方が忙しくなるようだ。
「それは良いけど、あたし達もこれからは一応は身分上は探索者になるんだし、ケイス相手とは違うんだから、ちゃんと協会は通してもらいなさいよ。あたしの方も頼まれた魔術薬は、フォーリアさんに正式依頼を出してもらうんだから」
協会に登録したパーティ内で魔具や薬を融通する分は管理協会も見逃してくれるが、さすがに同期とはいえ他パーティとなると、協会や各ギルドを通さないと色々と五月蠅いことになる。
ケイスの目指す迷宮探索を主な目的とする純粋な意味での探索者と、ルディアやウォーギンの様に薬師や魔導技師等の職を持ち、低位迷宮での材料集めや、迷宮素材取り扱い許可の一環で副業として探索者となる者達は、始まりの宮後の活動が違ってくる。
前者は迷宮をひたすら踏破し、後者は時折は迷宮に潜ったり、もしくは危険を恐れ迷宮には立ち入らず、本業にいそしむことになる。
「ルディアおまえな、リオラみたいな事言うなよな。それくらい判ってるっての」
「そのリオラさんから頼まれてるのよ。ウォーギンはほっとくと重要書類の提出期限だって、放置してて仕事するから見張ってくれって。月一で手紙の近況報告だってしてるわよ。あんたから連絡が無いか、きても設計書ばかりだって愚痴ってるから、探索者になったことぐらいは自分で報告してよね」
「めんどくせぇな……」
心底面倒そうな顔を浮かべるウォーギンと、あきれ顔のルディアの会話を聞き流しながら、ケイスはこの後の行動方針を密かに練り上げる。
レイネに怒られる可能性はちょっと高いが、思いついたことはケイスがやるべき事だ。ならやるだけだ。
ただ問題はどうやってルディアを躱すかだ。
ルディアに言ってもたぶん反対されるし、下手に誤魔化してもすぐに気づかれる。
かといって伝えて心配しなくても良いと言っても、心配される。
それに面倒見の良いルディアの事だ。下手したら付き合うとか言いだしかねない。
それはそれで嬉しいが、さすがに今の思いつきをルディアを庇いながら行うのは無理があるし、かといって危険に晒すのはケイス的には絶対無しだ。
どうするかと頭を悩ませながら、亀にぱくついていると、一人の戦士がケイスたちに近づいてくる。
「ルディアさん。話しが盛り上がっているときにちょっと悪い。少し良いか?」
「あ、大丈夫です! すみません。クレイズンさん達に撤収準備を任せて、私達は休憩させてもらっていて。何かありましたか?」
ルディアが立ち上がって頭を下げようとするのを手で制したクレイズンは、
「たいした手間じゃ無いから気にしないでくれ。それよりもほかの連中とも話し合って満場一致で決まったんだが、あんたらのおかげで全員無事に突破できたんだ。だからあんた達のパーティがまず始まりの宮を踏破してくれってな」
迷宮神ミノトスの神印が淡く輝く門を指さした。
大陸各地の始まりの宮を最初に踏破して脱出したパーティ達とそのメンバーは、各支部から管理協会本部に報告され、その功績をたたえ名前が喧伝されると共に、金一封が準備金として支給される。
又それだけでなく、その地域で一番優秀な新人パーティというなによりの証でもあるので、地域の有力ギルドや有力者からの覚えもよくなり、色あせない金字塔となる。
その名誉を譲ってくれるという、しかも誰からも反対がないという破格の申し出だが、ケイス的にはそれは少し困る。
困るが、同時にいくつもの懸念を一気に解決する良い案が浮かんだ。
「ケイス。どうする?」
パーティの名目上のリーダはルディアだが、その行動の中心は常にケイスだと誰よりも理解しているのがそのルディアだ。
「ん。ならルディと、クレイズン殿。それに各パーティの代表者がまずは続々と先陣を切ればよかろう。私達全員で踏破したのだ。ならば全員がその名誉に値する。それに人が少なくなって来れば襲ってくるモンスターもいるやも知れぬ。だから同期の中でもっとも戦闘力に長ける私とサナ殿、それにセイジ殿で殿を受け持つことにしよう」
ルディアの問いかけに対してケイスは胸を張って、思いついた名案を堂々と語った。