「基本は探査系魔具と通話魔具の応用だ。基点魔具を設置。これが子機魔具の距離と移動経路を記録していく。既存魔具に追加設置するで。子機魔具は魔具固有の魔力波動を増幅して、基点に位置情報を送りつづける。基本どのタイプの魔具にも簡単につけられるから簡易に同一種魔具以外なら個別識別が可能って寸法だ。対応距離は諸々条件にもよるが、基本100000ケーラ範囲ならほぼ誤差無くいける」
ウォーギンがテーブルの上に広げた杭型の基点魔具についで、既存の魔具に追加設置する魔具を指さす。
基点魔具の方はルディアの腕ほどの大きさがあるが、一方で子機魔具と称したのは、首飾りほどの長さしか無い一見ただの鎖だ。
魔具への接続も輪っかを作りどこでも良いからただ縛ってくっつけるだけ。上手く飾り付ければ、元からの装飾だといわれても違和感が無い代物だ。
魔力波動増幅及び放出をメインとし、既存魔具から魔力を拝借する形なのでここまでコンパクトかつ安価で出来たというのが、ウォーギンの談。
この小ささ、簡易さで、対応距離は、そこらの一般的な下級探索者が扱う下位探査術の数倍以上。
「ほほぉ。なるほどなるほど。それはなかなかの距離。私の式よりも優秀なことよ」
扇で口元を隠した若い鬼人娘が感嘆の声をあげて感心する様に、ルディアは胡散臭さを感じざる得なかった。
彼女の名は好古・比芙美。ルディア達が今日接触するつもりだった受講者のリストの中には、彼女の名は無い。
それも当然といえば当然。彼女は、ケイス絡みでなるべく接触は避けた方がいい他の受講者の中の筆頭。ロウガ王女サナ・ロウガのパーティーメンバーの一人だからだ。
ただでさえ色々と厄介事を巻き起こしているケイスと王族という組み合わせは、最悪な物の1つ。
「しかし常時稼働でその広さを網羅するとなれば、魔力を食い過ぎるのではなかろうか?」
「基点魔具の方は大きさもあるが、ご指摘通り魔力を馬鹿食いするから、転血石交換、直接魔力充填で二系統にして仮拠点に設置って形だ」
しかもケイスが何故か一方的に毛嫌いしているソウセツ・オウゲンの孫娘であるサナとなれば、本人は元より、そのパーティメンバーとだって、必要最低限の接触にしておくのが無難というのがルディア達の方針だった。
だから協力体制を作るにしても、なるべくなら直接的に関わり合いになる気は無かったのだが、今日の説得予定のパーティにあんまり感触が芳しくない説明を終えたあとに、好古の方から接触してきた形だ。
「ほう。しかしそれでは地図の更新はどうなさる? わざわざ拠点へと戻らねばならんとなれば、他のパーティが既に調べた後かも判らず二度手間となりかねん。長期探索の出来る迷宮はともかく、始まりの宮のような短期決戦で協力体制を敷くにはちと不具合よのう」
「子機魔具の方に位置情報共振リレー機能を取りつけてある。こっちは基点ほどの広範囲受信能力は無いが、500ケーラ以内なら他子機の位置情報を常時受信可能。子機同士がカバーし合う形で移動経路を確認出来る。もっともマップの方に自動更新が出来るほど高性能じゃ無いから、マッパーが逐一その移動経路を記載するか、追加で自動筆記魔術でも使ってくれって形だ。共通術式を使っていて、一般的なマップ生成魔術に対応可能な魔力放出になっているから、マッパーの初期知識があれば対応はできんだろ」
ルディア達のテーブルの周りには、もう消灯時間も近いというのにまだまだ多くの同期生達が残って、あからさまな聞き耳を立てている。
その中には既に声をかけ終えたが、こちらの真意を疑っているのか、使えそうだとは思っても回答は濁している者達も多くいる。
ロウガ王女のパーティと、今期で一番何かと話題をかっさらっている問題児パーティという組み合わせに、警戒と興味が半々なのだろうか?
他のパーティを落としいれたり、出し抜く悪巧みをしているわけでも無し、わざわざ声を潜めて、無用な警戒をされるのも馬鹿馬鹿しい。
他のパーティにしたのと同様の、探索魔具の技術的な説明と、攻略地図作成への要請にのみ話の内容はしぼっているので、会話を聞くなら聞いてくれというスタンスで、周囲からの注視はルディアは無視していた。
「地図作成をする私が楽が出来る話かと思えば、苦労はそれなりにありそうよの……さてレミルト殿はどう思う?」
「好古。お前な、黙って任せろつーから任せたが、アレとは関わり合いになるなって姫さんに忠告しときながら、こっちから接触してどういうつもりだよ」
自分の聞きたい事はほぼ聞き終えたのか納得顔の好古の問いかけに対して、同じくサナのパーティメンバーであるレミルトが初めて口を開き疑いの目を返した。
パーティを組んでいるが、どうやらこの二人の相性はあまりよくなさそうだというのが、ルディアの印象だ。
「おや、これは異な事を。我等は始まりの宮に挑む同期達。ミノトス教や管理協会が謳うように、共に手を取り合い、神の試練を越えるべきであろうよ」
「「胡散臭い」」
白々しい建前を扇に隠した口元から発した好古に対する、ルディアとレミルトの率直な感想が異口同音でつぶやかれる。
一々言動に裏がありそうな好古よりも、ルディア達にあからさまな警戒をしているレミルトの方が気があいそうだと、ルディアは思っていたが、どうやら間違いではないようだ。
「やれやれ。本心であるのだが信じていただけぬとは悲しいことよの。知らぬ危険よりも、どこから先が危険か知るのは大事であろうよ。あの気狂い娘と比べ、こちらの御仁達はまだまだ話が通じる様子。協力しあえる、もしくは利用しあえるか。それを探るのは私達には適任であろうよ。何せ姫は性分的にはいずれは良き王となるであろうが、些か短絡的なところが玉に瑕であるから」
「ケイスと比べんな。あいつの比較対象にされるだけで相当だ。あとこっちは利用じゃ無くて、協力体制を作るつもりだってのは理解しといてくれ。色々と面倒があるから、一時的。それこそあんたのいう建前の間だけのな」
アレ呼ばわりされても反論する気も起きないケイスと一緒にされるのが嫌で顔をしかめたウォーギンが、テーブルの上の瓶を手に取り、自分の空いたグラスに注いだあと、空のグラスを二人の前に差し出す。
「それぞれのしがらみはあるでしょうが、それを一時的にでも忘れて生き残る可能性を上げたい。それがこっちの願いです」
わざわざ腹の探り合いなどする気は無いルディアは、シンプルに自分達の基本指針を口にする。
「これはご立派な。恩讐を越えて手を取り合おうと。虚言であれば卓越した演者であろうし、本心であればずいぶんと夢想家だことよ」
「この性悪鬼の一々回りくどい言い回しはともかく、俺も額面通りに受け取る気はしねぇ。何せあんたらの所にはアレがいる」
注がれたグラスの酒には手をつけず、二人はそれぞれの言葉で否定的に答える。
ロウガには色々な勢力、派閥が集まり、上の方では主導権争いで様々な政争が起きている街だというのは誰もが知ること。
そして今現在その状況をさらに大きく引っかき回して、場を混乱させている元凶は他ならぬケイスの存在だ。
フォールセンが選んだ最後の弟子。
生い立ちは不明ながら、そこにはロウガの誇る英雄ソウセツ・オウゲンとの因縁を感じさせる。
何よりもその幼くとも人目をひく美貌とは裏腹な、凶悪凶暴なまでの戦闘能力と、常人には理解不能な独特すぎる思考。
混乱の元凶に近しいルディア達が、手を取り合い一緒に協力しようといっても、それこそ胡散臭いことこの上ない。
「今日の実戦で巣を壊滅させたのも、こいつの宣伝目的か? あんたらこれのセットを講師に渡してただろ」
今現在講師であるガンズ達は、受講生から選抜した一部を率いて、戦闘訓練用に新しい巣を探索中。その探索の補助として、ウォーギン謹製の探索魔具セットが提供されている。
実際に使用させる事で有用性を示す。その機会を得る為にケイスが昼間に巣を壊滅させたのでは無いか?
その疑念はレミルトだけでは無く、周囲の受講生達も懐いているのか、ルディア達の回答を聞くために、申し合わせたわけでも無いのに一瞬、食堂が静まりかえる。
「逆だ逆。実際に使ってもらう為じゃ無くて、ケイスが暴走したからその穴埋めだ。子機魔具は使い回しができるが、基点魔具の方は、記録を消去してまっさらにするより、中身を新造した方が手間もコストも掛からないから、使い捨てに近い構造になってる」
「こっちだって資金が潤沢にあるわけじゃ無いから手持ちを使うのは惜しいけど、これ以上の反感を集め無いためです。第一あの子の方は私達がやっている事を知らないし、知っていたとしても『ん、任せる』ってひと言で関与してきません」
またもケイスが原因で、ありもしない策謀を疑われる。何時ものことで慣れてはいるが、ルディアは諦め口調で、ありのままの事実を伝える。
ケイスは基本的に、物事の解決に他人の力を自分からは頼らない。
もっと正確にいうならば、自分の戦闘能力を高めるために頼ることはあっても、それはあくまでも自分の力の増幅や、十全に動ける治療のため。
物事を解決する際にメインで動くのは自分であり、あくまでも他人はサポート。
ただ自分の邪魔になら無いという絶対条件さえ守られていれば、他人がどう動くかは気にしない。
寛容的な個人主義とでもいえばいいのだろうか。
それとも基本的に上から目線というか、極々自然体で他の生物を見下しているせいといった方が正しいのだろうか。
「ほう。ならば貴女は昼間の件はどう説明する気であろうよ? あの娘の真意はどこにあると」
端から見ているだけならばケイスの言動には不審なところが多すぎるが、しばらく付き合えば、思いのほか単純だと判るはずだ。
目は笑っていない好古からの問いかけに、ルディアは単純明快な答えを提示する。
「そりゃ斬りたいから斬っただけですよ。講習会が始まってから座学ばかりで、生物を斬ってないって理由でストレスを溜めてましたから。基本的にあの子に深い考えなんてありませんよ。なにせ……あの子はまた」
何時ものケイスをひと言で表す言葉で答えようとしたルディアだったが、その時食堂の入り口がにわかにざわめき出し始め、非情に嫌な予感がしてそちらに目を向け、深く息を吐く羽目になった。
食堂の入り口から入ってきたのは、ルディアが今の所ケイスと関わり合いにさせない方が良いと考えている筆頭のロウガ王女サナであり、その肩にはケイスが担がれている。
気を失っても剣を手放さないケイスの右手は抜き身の剣をぶら下げたまま。その脇腹の辺りには、ずいぶんと乱雑だが止血用の包帯が巻かれている。
だがそれより異常なのは、肩に担がれているケイスが肩越しに、サナの翼の根元辺りに噛みついている事だ。
一方サナの方も自分の顔の中央辺りを左手に持ったハンカチで押さえているが、食堂の淡いランプでもはっきりと判るが、血で染まっていた。
何事かとざわつく周囲を無視して、食堂を見回したサナはルディア達のテーブルで目線を止めると、ケイスに噛みつかれたままの背中の羽根を憤懣やるせないという感じで小刻みに振るわせ、足音も荒々しく一直線に近づいてきた。
「姫……だからいったであろう。関わり合いにならぬ方が御身の為だと。何故喰われておるのか?」
明らかに一悶着あったとおぼしき、しかし何故そうなったと聞きたい両者を見比べた好古が、先ほどまでの胡散臭い態度をけして真顔で忠告するが、サナの耳には入っていない様子で、ルディアの横に立つと、
「ふぁなた! いっふぁいなんふぁのですか!? この娘は!」
何かが顔面にぶつかったのか赤くなった鼻から出てくる鼻血をハンカチで抑えながら問いただす。
「お、お腹……す、すいた……この鶏……固い……」
そのサナの肩で翼をハムハムと力なくかんでいるケイスが僅かに身じろぎ、腹が盛大に空腹を訴える鳴き声を発している。
そういえばケイスが今日まともに食べたのは朝食のみ。昼食は気絶して喰い逃し、夕食も探索に出ている者達が帰るまで食べないといって、剣を振りに出ていった。
サナとの間に何があったのかは判らないが、ケイスが倒れて意識が朦朧としている理由と、その姿はルディアにはいつか覚えがある物だった。
前の砂漠の時は自分のマントの裾がかまれていたなと、遠い目で思いだす。
「ただのお腹をすかせた剣術馬鹿です」
空腹を紛らわす為に剣を振る。そして剣を振りすぎて余計に腹を空かし目を回す。
今のケイスをひと言で表すには、ルディアの回答はこれで十分だった。