フォールセン・シュバイツァーの名の下に行われる、特別推薦者選抜武闘大会。
その名誉を与る者は若干一名。
たった1つの席を求め集まった若者の数は、主催者の予想を超える300人以上となっている。
しかしその中には、数多くの条件を満たさない者、年齢制限を上回る者も紛れ込んでいる。それを見抜くのは、ずらりと並んだ受付の役目だ。
受付はその一つ一つが独立した天幕で隠されており、その外に参加者達が列をなしていた。
まるで人気占い師のテント前のようだが、それもあながち間違いではない。
多種多様な種族の適正年齢を見分ける力が求められる受付には、参加者達の守護星からその実年齢を見抜ける星読み師達があてがわれているからだ。
暗闇の中でこそ力を発揮する彼、もしくは彼女たちによって、極めて厳正な適正資格判断が行われいた
「はっ!? 巫山戯るな俺はまだ成人していないつってるだろうが!」
天幕の1つから怒声が響く。
中を除いてみれば、まだ見た目には子供っぽさが残るエルフ族の若者が、怒りをあらわにしていた。
参加資格は、協会規定で初心者講習会への参加が認められている成人未満の者。
もっとも数の多い人間種ならば17才。肉体的精神的に早熟な者が多い短命種ならば10才から始まり、長命種ならば50才以上という枠もある。
「管理協会共通規定では、貴方の種族は45才以上が初心者講習会への参加資格を得られることになっています。貴方が生まれてから巡った星は47周。残念ながら今大会の主旨とは外れます」
薄暗い天幕の中、フードを目深に被り瞳を隠した女性星読み師はマニュアル通りの対応で答えると、分厚い種族対応表をしめす。
ごねようが何をされようが、ただ規定を示して正論で押せ。
コレが管理協会受付臨時バイトに与えられる指示だ。
何時もと違うことといえば、適正年齢に満たない者を見抜く所が、真反対の適正年齢を超えている者を弾くところだろうか。
「あ、あのババア。息子の年齢まで適当ぶっこきやがってたのか。とっくに参加資格を満たしているじゃねぇか」
どうやら自分の年齢を間違えて教えられていたらしき、エルフの若者は、がくりと肩を落とす。
長命種になればなるほど時間感覚が曖昧になっていくのか、数年単位の誤差はよくある話。
さらに臨時とはいえ協会が雇う星読み師には一定以上のスキルが求められるので、一番簡易な年齢判断を誤るはずも無く、そして協会の規定で決められている以上、いくらごねようと覆すのは難しいと判っているのか、すでにあきらめ顔だ。
あまりに気落ちしたエルフの若者へと同情したのか、星読み師がそっとその手を取り、フードの奥に隠れた朱と銀色の混じった瞳で若者を見つめる。
「今回は縁がありませんでしたが、普通に初心者講習を受けられるのだから、良しと致しませんか。もしよろしければ知り合いのお店が、講習会申し込みの代理や、武装や各種補助アイテムの手配などもしていますよ。私からの紹介と行ってもらえば良くしてもらえますから」
艶のある唇に微笑を浮かべた星読み師は、幻惑的な響きさえある声で囁き、自分の名刺と一緒に地図をそっと握らせた。
ぞくりと痺れのような快感が背中を走り若者の怒りは、なぜかあっという間に静まっていく。
「お、おう。機会があったら行かせてもらう」
星読み師の色香に堕とされた若者は上擦った声で、そう答えるのが精一杯だった。
「…………熟成47年もの。味見しちゃったぁ」
長命種が多い魔族の中でも特に有名な夢魔種族。
いわゆるサキュバスのインフィニア・ケルネは、エルフの若者を送り出すと浮かべていた営業スマイルを引っ込め、とろりとした笑顔を浮かべ舌なめずりする。
インフィにとっては、初物な若者の精は、最高級のワインにも勝るご馳走。
特に今の子の怒りの感情のピリッとしたスパイスは、ほどよく刺激が合って実に美味。
インフィが渡す名刺は一種の符となっており、精気を少量だけ吸い取りマーキングして夢に入り込む為の鍵ともなっていた。
あぁ今夜にでも夢のなかに入って、あの子の母親でも演じて少しだけ嬲ってそして怒らせたい。
その上で反撃され禁断の関係を結んで獣のように滅茶苦茶にされたい。
攻めるのも好きだし、攻められるのも好き。
インモラルなシチュエーションほど、相手が嫌がれば嫌がる悪夢ほどドッロとしたコクが生まれる。
淫魔としては至極真っ当な性癖に基づいた嗜好全開の妄想をしていると、閉じたばかりの天幕の入り口が開かれた。
「入るぞ。名刺を渡してつまみ食いしただろ。インフィさん。他にいかがわしい誘いして無いだろうな?」
若者の次に入ってきた人物は、インフィの表情を見て、中で何が起きたのか全てを察しっているのか、あきれ顔だ。
受付所には、弾かれても無理にごねたり、受付に暴力を振るおうとする不届き者を排除する巡回警備として、管理協会から幾人もの人員が配置されている。
協会で戦闘技術講師をやっているガンズ・レイソンもその一人だ。
「誰かと思ったらガンズ君じゃない。やーね。昔の知り合いに人手不足だからって頼まれたからには真面目にやってるわよ。他には店子さんのお店を紹介しているだけだし」
昔馴染みにインフィは先ほどまでの怪しげで色気のある笑みを引っ込めると、朗らかな笑い顔で若者に渡した地図をぴらぴらと振ってみせる。
インフィが既婚者には手を出さないを絶対ルールとしているのを知っているので、妖艶な淫魔から渡された地図をガンズは警戒も無く受け取る。
そこに書かれていたのはロウガではよくある探索者向けの宿屋兼酒場であり、各種仕事の仲介を行う斡旋所の広告だ。
「【青葡萄の蔓】か。聞いた事が無い店だけど新規か?」
ただその店名はガンズには聞き覚えのない。
現役を離れているとはいえ、協会で講師をやっている関係上、ある程度流行っている店ならば小耳に位は挟むはずだ。
聞き覚えが無いとなれば、最近にできた店か、それともあまり流行っていないかのどちらか。
そして悲しいかな。商売敵が多くて競争の激しいロウガにおいて、新規で開店したが流行らず潰れる探索者向けの斡旋所は、それこそ月単位でも片手に余るほどだ
「ん~もうオープンして二、三年くらいかな。リタイアしちゃった探索者の子と、あたしの知り合いの子がやってるんだけど、なかなか有望な子がいなくて紹介して欲しいって泣き付かれちゃって。他にも若手の探索者志望さん向けに色々と、ほらあたしの所は店子さんが多いから」
そういってインフィはテーブル脇に置いた、他の地図もいくつとって見せる。
それらは全てインフィが所有する建物に入っている店子の商店主から頼まれたチラシで、武具屋や、魔道具屋。地図屋など、若手や志望者向けの低レベル商品を扱う店が多い。
「相変わらず面倒見がいいな。青田刈りは他の連中も仕掛けてるだろうから止めはしないが、あんまり本気で喰うなよ。人生が狂わされかねないから」
「はいはい。味見だけで我慢しますよ。迷宮が閉まれば古い馴染みさんも来るからしばらく楽しめるから心配しないで」
インフィにとって星読み師はあくまでも趣味の延長線上。
本業はロウガで半世紀以上の伝統を誇る個人娼館のオーナーにして唯一の娼婦であり、さらには歓楽街と商業区に跨がる一区画を所有する大地主としての顔も持っている。
俗にいう裏社会の大物という立場になるのかも知れないが、そういった凄みとは無縁で、世話役として動くとき以外は、のんべんだらりと生きている自由人だ。
「そう願うよ。まぁそっちはそれでいいんだが、ちょっとインフィさんに受付をしてもらいたいのがいるんだが頼めるか?」
どうやらガンズが様子を見に来たのはついでのようで、本命の用事はこちらのようだ。
「あたしに? 星読みはあたしより上の子がたくさんいるのにまたなんで?」
「インフィさんの口の堅さをみこんでだ。どうしても自分の素顔を言うなって馬鹿がいるんでな」
「なにか訳ありみたいね。いいわよ。閨は別世界が私達の流儀だから」
ガンズの頼みに、インフィは二つ返事で頷いてみせる。
自分の氏素性を隠し、偽名で訪れるお客は本業でも多く、星読みをしているときも本名や素顔を知られ呪術の対象となる事を恐れるのか、隠したがる者もいる。
相手の深層心理に入り込める夢魔にとってはそんな警戒など無意味だが、入り込めるからといってそれを他者に漏らすようでは、娼婦だろうが占い師だろうが即日廃業すべき。
それもまたインフィの絶対ルール。破れない決まり事の一つだ。
「悪い助かる。インフィさんならそう言ってくれると思って、実はもう既に待ちは別に回してあるから、あの馬鹿が来るまでもうちょっと待っててくれ」
「それは準備のいいこと。でもそんなに自分のことを隠したがる子がこんな目立つ大会に出ていいのかしら?」
「あーそれについちゃインフィさんの想像しているような…………すまん。早速暴れているみたいだから連れてくる……俺が行くからそのまま手を出さずに待たせろ。下手に刺激すると斬りかかってくるぞ」
緊急連絡が入ってきたのか眉間に深い皺を寄せたガンズは、深く一礼してから足早にテントを出て行く。
それからほどなくして、
「大人しくしろ! この馬鹿が! 追い出されたいのか!」
すぐに雷鳴の様なガンズの怒鳴り声が響いてきた。
出て行ってから声が聞こえるまでの時間から推測するに、少し離れている場所のようだが、すぐ耳元で鳴られたような大きな怒声にガンズの怒りのほどが知れる。
それからほどなくして戻ってきたガンズが、まるで猫の子のように首根っこをつかんでぶら下げて持ってきた土産を見せた。
「悪い。インフィさんこの馬鹿だ」
その第一印象は実に怪しいのひと言。小柄でまだ幼い子供としか思えない身長しか無い。
顔はマスク付きの覆面で覆いその風貌は完全に隠され、軽鎧に隠されたその体躯からは、種族や男女の区別さえできない。
全身の至る所にナイフを止めたベルトを身につけ、細剣と剣の両刀を腰に下げており、さらによく見ればその身につけたマントも含めて、その装備のほとんどがオーダーメイドらしき魔具という構成。
武闘大会参加者というよりも、これから戦争に行きますといった方がしっくり来るほどの重装備と、それには何とも似つかわしくない体躯の珍妙な珍客だ。
「ほれケイス。とっとと受け付け済ませろ。お前が顔を見られるのが嫌だからってごねるから、わざわざ口の堅い知り合いの所に連れてきたんだからよ」
ガンズが掴んでいた手を放すと、その珍客はすたっと降り立ち頭頂部を痛そうにさすっていた。
「ごねてなどいない。わざわざ覆面で顔を隠しているのに何故見せなければならないと、抗議していただけだぞ。それなのにいきなり拳骨は酷いぞガンズ先生」
声まで変えているのかやけに低い声でケイスと呼ばれた人物は答える。
しかしその声に反し、言っている事は拗ねた子供のような答えだった。
「俺が止めに入らなければ斬ろうとしてただろ。やっぱりこっちに来て正解だったな。お前が絶対に何かやらかすって予想を見事にぶち当てやがって」
「あれは私の覆面を無理矢理にとろうとしたからだ」
自分が何故悪いのか理解出来ないケイスは立腹しながらも、ガンズの言葉には素直に従い、先ほどまでは頑なに外そうとしなかった覆面を取る。
連れてこられた天幕の星読み師が誰かは知らないが、信頼するガンズが口が堅いと保証するならば信用するだけだ。
だがそれでも腹が立つことは腹が立つ。
「おい星読み師。一応だが言っておく。この大会が終わるまでに、私の素顔を誰かに話したら、先生の知り合いでも斬るぞ」
その美少女然とした素顔と、裏腹の言動に、唖然としているのか固まっているインフィと呼ばれた星読み師に向かって、ケイスは苛立ち交じりに忠告をする。
「お前は狂犬か。悪いインフィさん。こいつ見た目だけは令嬢然とした容姿だろ。この顔だからって舐められるのが嫌いで顔を隠してんだよ。見た目で侮ってくるなら楽だってのに」
「むぅ。それは私の望みではない。極限の戦いの中で勝ち取った勝利こそが、フォールセン殿の推薦という名誉に唯一値するからな」
剣を交えていないのに容姿で侮られるのは、剣に誇りを持つケイスにとっては一番の屈辱。
ましてや今回は名誉を掛けて挑む武闘会。油断や驕った相手を斬って得た勝利など意味は無い。
なぜその自分の気持ちが理解してもらえないか、ケイスには納得ができない。
それ以前に何故天才たる自分が、その戦いを見せてもいないのに、容姿で侮られなければならないと腹が立っていた。
「この子を今回の大会に放り込むの。可哀想じゃ無い?」
星読みに使う水晶のレンズ越しに、ケイスの顔をまじまじと見つめていたインフィはなぜか意地の悪い笑みを浮かべると、そんなケイスの怒りをさらに続伸させるようなひと言を放り込んできた。
星読み師とは、天にある星だけを見て判断するのではない。地上にある生命それぞれを1つの星として読み取り、その行く末や辿ってきた運命や他者との関係性を見通す魔術の一種だ。
「どういう意味だ。私を侮辱するつもりなら斬るぞ」
ケイスの瞳に剣呑な色が浮かぶ。しかし何時もなら剣に手をかけているところだが、そこまでは動かずただ睨み付ける。
心配して言ってくるならばまだ許せるが、どうにもそういう感じでは無い。かといって、バカにしているようでも無い。
「あら、あたしは相手が可哀想って言ったつもりなんだけど。それでも斬られるのかしら。ふふ、いいわよ。貴女みたいな可愛い化け物に虐められるのもゾクゾクしちゃう。貴女に殺されたくなって来ちゃった」
情欲におぼれたとろんと目尻を下げたインフィが明確な好意を示しながら、早く斬ってくれといわんばかりに両手を頭の上に上げて無抵抗をしめす。
明確な敵意を持つ者や、殺さなければならない相手ならば命乞いされようが気にもせず斬れるが、こういうのは別だ。
もし斬ったら本当に喜びそうだが、ケイス的には、今のインフィを斬るという選択肢はあり得ない。
自分をからかっているのは明白だが、かなり歪んでいるが向けられているのは明らかな好意、というか欲情だ。
「ガ、ガンズ先生! これはなんだ! おかしいだろ!」
今まで自分の周りにはいなかったタイプに、ケイスはどうしていいか判らず、隣であきれ顔を浮かべていたガンズに泣き付く。
「落ち着け。この人はこういう人なんだよ。相手から何をされても快楽に持ってける究極の被虐嗜好者ってやつだ。しかも美少年、美少女好きで常々小間使いではべらせたいって公言してる性的倒錯者だ」
「なんでそんな変なのを私に紹介したんだ!?」
「性癖以外はマジで頼りになるし口が堅い。裏世界にも顔が利くから知り合いで損は無い。あと、騙されてあくどい娼館に売られたガキの借金を肩代わりしたり、貧民街の炊き出しに資金提供なんかもしてるから、その辺はお前にも好評価だろ」
ただでさえ問題を起こしやすいケイスの事。下手に暴れていつどんな恨みを買うか知れた物では無い。
それらを考えればかなりの変人ではあるが、面倒見のいいインフィと知り合っていた方が良いだろうというのがガンズの考え。
誤算は相性がいいというべきか、それとも悪いというべきか、インフィをケイスを気に入ってしまった事だろうか。
「ますます斬りにくいではないか!」
確かにガンズの言う通りケイス的には、インフィの行いや、口が堅いという評価はケイス的には好印象。だが情欲の目を向けられるとなると、ケイスとしてはどうしていいのか判らない。
変なことをしてこようとするなら敵と認識して斬れるが、斬って欲しいとねだってこられるとなると敵と思うのも難しい。
「ねぇ……はやく。忘れられない傷をこの胸に刻んで」
困惑しているケイスを見て、ますますそそられたのか、インフィがさらに甘い声をあげ始めた所で、さすがにガンズが見かねて仲裁へと入る。
「あんまりからかってやるなってインフィさん。こいつこう見えても、かなり生真面目なんだからよ」
「あら、それは失礼。でも誰でも良いわけじゃないわよ。気に入った子以外に虐められても楽しくないじゃない。さてと見終わったから、こちらをどうぞ」
インフィは先ほどまでの怪しげな蕩け顔を一瞬で引っ込めると、テーブルの上に置いてあった細い腕輪を手に取りケイスへと差し出してきた。
どうやらケイスをからかっている間も、一応は星読みとしての役割をこなしていたようだ。
「はいお嬢ちゃん。コレが参加資格証明になる腕輪よ。特別な魔術が付与されているから外さないでね」
「……本当だろうなガンズ先生」
「間違いねぇよ。そんな警戒するなって」
ガンズが頷いたのを見てから、ケイスは引ったくるように腕輪を取って、一足跳びに後ろに下がる。
「最初に言ったとおり私の素顔を語るなよ。本当の本当に斬るからな!」
腕輪をつけ、覆面を被り直したケイスは、たぶんに負け惜しみ成分を含んだ捨て台詞を残してから、天幕から出て行った。
「嫌われちゃったわね。ああいう所も可愛いけど」
ケイスを見送ったインフィは、堪えきれなくなり笑いをこぼす。
アレは反則だ。あの”顔”であんな初心な反応をするのは反則だ。
同時に、ここの所不審に思っていた全てが線で一つにつがった。
昔馴染みのソウセツが乱入者によって怪我を負ったという、耳を疑うような不覚を起こした理由も。
引退していたはずのフォールセンが、今になって動き出したわけも。
当然だ。あんな子が現れれば、彼らが、自分が乱されないわけが無い。
「だからほんとに虐めるなって。あいつアレで本当に腕は立つから、切れたら斬りに来るぞ」
「でしょうね。全てをかき乱す大きくて不規則な巨星。総てを引っかき回して喰らい尽くす凶星。どう考えても普通じゃ無い星が見えたから……全く、あんな子がいるならもっと早く言って欲しかったわね」
今回の仕事を依頼してきた古なじみに向けるべき愚痴をガンズに向けて、インフィは楽しそうにこぼしていた。
ロウガ王城野外鍛錬所の端。回廊壁そばに観客向けの特別席が設けられていた。
本来の閲覧席に使われる天幕席は、来賓や一部の有力者達に独占されており、大半の観客は階段状になった移動式の木製席を並べただけの急造の席に座っている。
元からある閲覧席の両翼に弧の字型に並べ延長された観客席の中央には、大型魔法鏡がいくつか設置され、鍛錬所に散開した使い魔達が送ってくる各所の映像が映し出されていた。
その中の一つ。一番大きな鏡には、観客席から少し離れた広場での受付が終わり、ルール説明を聞くために並ぶ全参加者達が映し出されていた。
「ふぁっ。さすがにケイスは見つけられねぇか……ルディア。眠気覚ましになる薬ってなんか持ってねぇか?」
観客席のベンチに腰掛けて大きなあくびをしたウォーギンは、ケイスを探すのを諦めると、入り口で配られていた大会規約に目を通していたルディアに尋ねる。
ここに来るまではまだ歩いていたから良かったが、座っていると眠気が強くなってきて、目を開けているのさえ億劫になっていた。
眠気覚ましにケイスを探してもみたが、さすがにあの背丈では人の群れに埋没していて探し出すのは無理だ。
多少の仮眠は取っているが、あくまで多少。いくら慣れているとはいえほぼ3日連続の徹夜はさすがにきつかった。
「珍しいわね。薬なんか飲んだら手先がぶれるとか言ってるのに」
眠気覚ましの薬には、意識を覚醒させるために興奮剤が含まれているので、精密作業も多い魔導技師はあまり服用したがらない者も多い。
典型的な職人気質のウォーギンもそんな一人で、薬よりも濃いめに入れた泥のようなコーヒーで十分だと宣うタイプ。
そんなウォーギンからの珍しい頼みに疑問を覚えながらも、何時も身につけているポーチから薬ケースを取りだしたルディアは、青色の丸薬を一つ取りウォーギンへと渡す。
「うげぇ。にげぇなコレ……覆面以外に作った別物があって、そっちが気になってるからな。居眠りなんてできねぇよ」
「ほいお水。ボクもそっちにちょっと協力したけどよく短期間で作れたね。なんでそれだけの技術があって貧乏なんだか」
あまりの苦さに顔をしかめているウォーギンに、前の席に座っていたウィーが水を差しだす。
野ざらしの観客席は日差しも強く、よく冷えた水やジュース売りも出ているが、万年金欠状態のウォーギンでは、子供の小遣いで買えるそれらにも事欠く有様だ。
「うるせえよ。イロイロあんだよこっちも」
「別物って、またケイス向けにとんでもないの作ってそうね」
なんかいろいろやっているとは思っていたが、まさかこの二日で別の魔具まで作っているとは。
何を作ったか気にはなるが、下手にその手の話題に触れると、難解な技術的な説明から入って長くなるのは判っているので、ルディアはそれらの疑問をスルーして、規約へと目を戻した。
今回の選抜武闘大会は大きく二つの部に分けられている。
まずは予選である集団戦で行われる第一次選抜戦。
そして予選を勝ち残った者達で行われる一対一の文字通りの武闘会という二部構成だ。
「最初の予選会ってのが結構くせ者ぽいわね。チーム分けは参加者の自由。ただし制約ありだって」
主旨やルールが書かれた頁を開き、ルディアは指し示す。
一次選抜の集団戦はルディア達がいる野外鍛錬所の広大な敷地全域を用いて行われる事になっている。
簡易地図で示された敷地内には、森や平地といった通常の風景以外にも、広大な池や、小さな村を模した建物群、さらには地下に人工的に作った洞穴まで書き込まれている。
人工的に作られた多種多様なフィールドには、探索者に重要視される、応用力や判断力を示すために色々なトラップも仕掛けられているとのことだ。
さらにフィールド内には、防衛拠点となる場所も用意されており、そこには有志の商人やギルドからの提供という形で、無料で使用できる各種武具やら魔具も用意されている。
その広い戦場を舞台に、参加者達は7つのチームに分けられ、一つの勝利アイテムを巡り戦いを繰り広げることになる。
勝利条件となる勝利アイテムは、最初は今回の武闘会に協力している下級探索者5人で組まれたパーティが所持しており、彼らを倒すか、アイテムを奪い去る必要がある。
アイテムがどこかのチームに渡ってから、五時間の制限時間がカウントされ始め、最終的に他のチームが総て敗退条件を満たすか、制限時間が切れたときに、アイテムを保持していたチームの勝ちというのが基本ルールとなっている。
そしてそのチーム分けというのが、ルディアの言う通り実にくせが強い物だ。
まず第一のチーム。参加者数は自由。敗退条件は1割が戦闘不能。
第二のチーム。参加者数は50~70人。敗退条件は4割が戦闘不能。
第三のチーム。参加者数は40~60人。敗退条件は5割が戦闘不能。
第四のチーム。参加者数は30~40人。敗退条件は6割が戦闘不能。
第五のチーム。参加者数は20~30人。敗退条件は8割が戦闘不能。
第六のチーム。参加者数は10~20人。敗退条件は9割が戦闘不能。
そして最後の第七のチームは残り全員。敗退条件は1割が戦闘不能。
という組み分けになる。
ただし勝利アイテム所有時は、敗退条件は参加者の全滅へと変更。
勝ち残った一チームだけが、第二次選抜の武闘会へと駒を進めるという方式だ。
参加者全員に、身代わりの腕輪というアイテムが配られており、戦闘不能状態つまりは死亡した際にだけ発動し、一切の怪我が完治した状態でフィールドの外に排除される事になる。
無論自己判断でのギブアップも認められるが、その場合は身代わりの腕輪は発動せず、怪我はそのままで、治療費などは自己負担となる。
チーム分けには主催者側は一切関わらず、参加者間の話し合いで自分の判断で誰を仲間にするかを選ぶ形式となっている。
結成人数条件を満たし申告したチームから順に、フィールドへと出陣という形だ。
闘技場などで名が知れた者や、知人などもいるだろうが、大半の参加者同士は顔も実力も知らぬ者ばかり。
誰と組めば勝ち残れるか。
どこのチームの所属すれば自分の力を発揮できるか。
もしくはずば抜けた強者とは別チームにはいり、予選で如何に落とすか。
第一のチームで大人数パーティを作り、勝利アイテムを真っ先に保持し敗退条件を変更し、良い防御拠点を確保し最後まで粘るか。
それとも下級とはいえ現役探索者と刃を交えるリスクを避け、制限時間の針が動き出してから狙いにいくか。
時には、予期せぬ凶暴なモンスターと遭遇し、行きずりの者と臨時のパーティを組むこともある探索者に求められる、勝ち残る為にはどうするべきかを見抜く、様々な判断力が試されるルールとなっていた。
「また荒れそうなルール。勝ち残った人達で二次選抜じゃ、自分の実力隠したりとか出そうだねぇ」
「そこら辺も含めて資質を見るって事でしょ。間髪入れずに次だから、どれだけ温存できるかとかもみてるんでしょ。しかしお祭りね。これだけ見ると」
先ほどからどうにも不安が胸をよぎるのだが、その正体がどうにも判断がつかない。
ウィーに返事を返しながら、ルディアは何か無意識でも不安を覚える物があったかと、観客席となった広場を見渡す。
各種飲料や軽食の屋台はまだいいが、この大会で使用されるトラップやら、参加者が使う武具やら魔具を、現役探索者や小売り店主に向かってアピールする工房の出店。
さらには暇を持てあましている子供向けの芸人やら、どこの誰がや、何人が二次選抜に残るかを賭ける公認賭博など、色々な催しが行われている。
ごった煮な印象だが、それでも上手く住み分けているのか、トラブルは見受けられない。
さて、ではこの不安は気のせいだろうか。
「ロウガ王家っていうか、前女王のユイナ様はやり手で有名だからな。どこかを優遇すると文句が出るが、いろんな派閥を一緒くたに集めて文句を最小限に抑えてんだろう」
「何時もは仲の悪い人達も一緒に楽しましょうって所? それだけ聞くとほんとにお祭りだねぇ……ん。始まるみたいだよ」
のんびりと尻尾を揺らしていたウィーが耳をぴくりと動かした瞬間、鍛錬所の中央付近で大きな音と共に、青空に稲光が空中に向かって駆け上がっていった。
大会を盛り上げるための儀式用魔術かと思ったが、その稲光は、ある高さまで駆け上るとその高さで留まり雷球を作り出す。
その雷球は花が芽吹くようにふわっと広がっていくと、瞬く間に一つの陣形を描き出す。
「ありゃ雷光魔法陣だな……地上の様子はあっちか」
ウォーギンが一枚の魔術鏡を指さす。そこには長い魔術杖を持つ魔術師とその周りに待機した4人の人影が映し出されていた。
空中の魔法陣と呼応しているのか、その魔術師を中心にして、土が盛り上がって同じ図形を描く様子が映し出されていた。
それと同時に中央の魔術鏡に映っていた参加者達が一斉にばらけはじめる。大会の開催と共に早速仲間集めに動き始めたようだ。
『皆様大変長らくお待たせいたしました! 我がロウガが、いや世界が誇る大英雄!『双剣』フォールセン・シュバイツァー様のご推薦という名誉を賭けた若者達の大会! 第一回ロウガ特別選抜大会の始まりです! この名誉ある大会! ロウガ闘技場の熱血ジャッジメントこと火神派神官カノス・キドウが司会をさせていただきます!』
拡声魔術で自己紹介をしながら出て来たのは、威勢の良さがその言葉の端々にも表れた女性神官だ。
『本来ならばまずは主催者挨拶といくのでしょうが、そこは我等が大英雄! 今回の大会は若者達が主役。老人は〆の言葉だけにさせてもらうとのお申し出。いやぁ判っていらっしゃる! 主催者挨拶30分! 試合5分! 観客からの金返せコールが今でも思いだします!』
額には大きな角が目立つ鬼人女神官は、軽快なトークで観客の笑いを誘いながら、注目を集めていく。
手に持っていた杖を一振りして伸ばすと、つい先ほどウォーギンが指した魔術鏡を指し示しその映像を、中央の巨大魔術鏡へと映しだした。
『こちらがまずは若者達が挑む魔術塔となります! こちらはロウガ新鋭の魔具工房ロイズルート工房の最新作となっております。作成終了まで僅か3分。モンスターの大群に囲まれても慌てず用意で、即防御施設完成といった優れものです!』
カノスが観客向けの説明をしている間にも、地上に描かれた魔法陣の下から地面が盛り上がり、土で固められた塔が姿を現しぐんぐんと伸びていく。
ほどなくして観客席の目の前にある森の上からもにょっきりと姿を現すほどに、大きくなっていた。
「アレってただの土壁かな? なんか魔力の流れがみえるんだけど」
その肉眼で塔を確認したウィーは、土壁の表面に細かだが魔力が流れている反応を捉えていた。
「大元は白の迷宮系の技術ぽいな、そこにゴーレム系をアレンジで足して、土壁自体に攻撃力を付与をしてやがる。迂闊に近寄ったら壁に飲み込まれるぞ」
魔法陣から解析が出来た情報を答えたウォーギンは眠たげだった目を見開くと、メモを取り始める。
新作と聞いて魔具制作者としての血が騒ぎ出したらしい。
「一筋縄じゃいかないって訳ね……嫌な予感がますます増すんだけど」
なんとなく、そう何となくだが、その不安が何かルディアには判ってきた。
正確に言えばあえて無視していた第一予想を、見るしかなくなってきた。
制約の多いルール。困難な状況。
『この塔を作り上げた魔術杖こそが今回の勝利アイテムとなります。杖を奪い所有したチームこそがこの一次予選の勝者! 塔の各階には一人ずつとはいえ若手の有望下級探索者が待機し、大いなる壁と成り立ちはだかる! 若者達の戦いにご期待ください! ではここでそんな若者達の様子を見ながら、我々が独断で選んだ有望者への突撃インタ……はっぁ!? もう第1チームが決まった!? しかも一人!?』
立て板に水を流すように流暢な語り口調をしていたカノスへと、慌てた表情で駆け寄った一人のスタッフが耳打ちすると、カノスがすぐに素の驚きの声をあげる。
『どこの誰! 早く調べて!?』
その漏れた声から観客もある程度の事情が察しがついた。
どうやら、どこかの馬鹿がたった一人で第1チームとして名乗りを上げたのだと。
「一人っつたよな今?」
「目立ちたがりの馬鹿か」
「だっ! どこのバカ野郎だ! 第一に賭けてたのがパーじゃねぇか!」
「あの馬鹿」「ケイスか」
「あ、やっぱりそうなんだケイらしいね」
観客達がざわつく中、ルディア達はそんな馬鹿なことをしでかす、とびっきりの馬鹿の顔がはっきりと浮かんでいた。
『よ、予想外ですが早速、出陣したという勇気ある若者がどうやって単独であの塔に挑むのか使い魔を向けて見てみましょう! しかしあまりに無謀です! 塔には現役探索者が待ち受け、さらにはあちらの塔自体にトラップが!』
何とか気を取り直したカノスが出陣した馬鹿を追って使い魔を向けるように、大慌ての大会スタッフの魔術師に指示を出しながら、木々の上から姿を現していた塔を指さす。
映像を切り変えている間の繋ぎのつもりだったのだろうが。その配慮は更なる混乱をまき散らす引き金となる。
完成したばかりの見上げるほどに大きな土製の塔。それが徐々に横に動き出していた。上空の魔法陣は既に消え失せている。
塔は完全に完成していた。
だが動いている。
ずるりと言う幻聴が聞こえるほどに、それは物の見事に動いている。
やがて自重に耐えかねたのか塔が横に倒れ始め、角度が深くなるほどにその勢いは増していった。
大勢の観客達の目の前で、出来上がったばかりの塔は、周囲の木々を巻き込みながら轟音をまき散らしながら横倒しに倒れていた。
「今の倒れ方……斬ったわね。あの馬鹿」
何が起きたのか、目の前で起きた事を信じられない観客の中で、どうやったかは知らないが、何が起きたのか、正確に察していたのもまたルディアだった。