ギルドの雑用と言っても完璧に文字が読めない以上は書類整理など出来るはずもないので普段は酒場関係の手伝いを多くやっている。
この日もミコさんから笑顔と共に頼まれたおつかいを済ませギルドに戻ってみると入り口の扉の前で何やら男の人がかがんでいる。
体調でも悪いのかと声をかけようと思ったがどうやらギルドの中を覗いているようだ。
…何やってんだあの人?
ギルドは別に冒険者しか入れないわけではない。依頼に来る人もいるし酒場として経営しているため食事や飲みに来る人や女将のミコさんに会いに来る人も多いくらいだ。
この前ミコさんを人妻だと知りながら堂々と求婚した若い冒険者が現れたのは流石に驚いたが。
因みにソイツはミコさんファンの他の冒険者にボコボコにされた揚句バルサさんから強烈なジャーマンスープレックスを喰らって泡を吹いて倒れた。
シオ曰くアレは全治三カ月はかかるらしい。
合掌。
またミコさんファンの奴かな? にしては見かけない顔だけど。
ここで働き始めてからまだ一か月もたってないが大体の常連の顔は覚えた。
客側も俺の黒髪黒目が珍しいのかよく話しかけてくるので随分馴染んだほうだと思う。
もう一度男を観察する。
修道服のような格好の20代後半か30代前半の少し精悍な顔つきをした男だ。
髪は明るい金髪で太陽の光のおかげかより輝いて見える。
うん、やっぱ見たことない。あんな金髪だったらすぐ分かるし。
と言うか扉越しにハアハア息が荒くなっているような奴は俺の知り合いにはいて欲しくない。
裏から入るかこのまま無視して入るか悩んでるとその男の独り言が聞こえてきた。
「むっはあ! なんという愛らしさ! なんという美しさ!
あのような存在がこの世にあってよいのだろうか? いや良くはない!(反語)
ああ出来る事ならば誰の手にも触れぬよう敷居を作ってその周りを我が同志達と共に歌い踊り奉りたい!
しかし、それが出来ぬゆえこのように遠くから眺めるしかないこの狂おしさ! おお神よ! これも貴方が私に与えた試練なのでしょうか?」
よし、裏口に行こう。
踵を返してその場から去ろうとしたが男の独白は続く。
「ああ、ああ! あのように家の手伝いとしてお盆を持ち、落ちないようにバランスを保ちながらその小さな胸を張って危なげに歩く姿は正に可憐な花を咲かせる蕾!
スー・アチェート! その仕草一つ一つが旅に疲れしこの身を癒す万能薬よ!」
「死ねや変態」
何故か裏口に向かったはずなのに俺の身体は変態の横に移動していた。
腹筋から上を左に捻って、その後に膝をまっすぐ上げて軸足の回しと腰を入れ振り抜く。
軸足を強く強く踏みしめ対象となる屈んだ変態の後頭部へとミドルキックをかます。
我ながらかなりの力を込めて振り抜いた蹴りは変態の頭を扉へとぶつける事に成功した。
せめて勇者として召喚してほしかった8
……あ、やべ。つい条件反射で。
やってしまった事にさあっと血の気が引くのを感じたが後頭部と額を打ったはずの変態はなんの問題もなくこちらを振り返る。
その顔には痛みなどまるで感じられない。
整ってはいるが何処か無機質な顔は先ほどハアハア言っていた変態とは別人のようだ。
「ふむ、随分と変わった挨拶だが君は誰だ?」
立ち上がった変態は俺よりも背が高いが身体つきはバルサさん程ではなかった。
だがさっきのやりとりでこの変態も一般人ではないことくらいは分かる。
……変態な一般人というのがいるかは知らないけど。
「む? 聞こえなかったか? 君は誰だと聞いているのだ? 人に名を聞かれて黙っていると言うのは失礼ではないか?」
少し上から目線的な言い方が何処かの誰かに被ってカチンとする。
「……それを言うなら自分の名も言わずに名を聞くアンタの方が失礼じゃねえか?」
「む? …ふむ、確かにそうだな。これは失礼した。私の名はセウユ。セウユ・キッコーマ。ここのギルドの冒険者だ。では君の名前は?」
「…佐藤秀一だ。ここのギルドで下働きをしている」
「ふむ、サトーか。悪くない名だ。親からもらった名は大切にするがいいぞ」
サトーは名字だ。別にいいけど。
変態、もといセウユはどうも尊大な態度だが俺の事を馬鹿にしているとかではなくてどうも素のようだ。
「で、何故にあんな変わった挨拶をしてきたのだ?」
心底不思議そうな顔で聞かれるが俺としても返答に困る。
アレはついやってしまったことで本来は謝らなければならないのに当の本人がまるで気にしてないとどうしていいか分からない。
と言うかさっきと態度が違いすぎて何かの間違いだったかと思えてきた。
「ええと、済まん、さっきのは挨拶ではなくて、その、スーちゃんを見て変な事言ってたから危ない奴がスーちゃんを狙ってるかと思って」
「何? スー・アチェートが危ないだと!? それはいかん! 一体どいつだ、その幼女を狙う不届き者は!?」
きょろきょろとあたりを見渡し怪しい人物を探そうとしている怪しい人物が今俺の眼の前にいる。
「アンタだアンタ」
「何? 何故私が! 私はただスー・アチェートを眺めて興奮して妄想していただけだ!」
「やっぱりアンタ変態だろ!」
「変態? 何を言っている、私は変態などではない。よしんば変態だったとしてもそれは変態と言う名のロリコンだ」
「結局変態じゃねえか!」
よかった、間違ってなかった。ここ最近疲れてたから一瞬俺の方を疑っちまったよ。
「ふむ、どうやら君は私がスー・アチェートを見て興奮していたため何か勘違いをしたのだな?」
勘違いじゃない気がするが頷いておく。
「スー・アチェートが中にいる時に私がギルドに入るとバルサ殿が怒髪天を衝かんばかりに攻撃してくるのでな。
以前コップを渡す仕草があまりに可愛らしかったのでそのまま抱きしめたかららしいのだがそこまで怒らんでもよいとは思わんか?
私が本気になればバルサ殿にも引けはとらぬがそうなるとお互い無事では済むまい。
スー・アチェートは父であるバルサ殿が怪我をすると本当に悲しそうな顔をする。もしそうなれば私のこの薄氷よりももろい心は粉々に砕けてしまうだろう。
故にこうしてクエストから帰ってきてもスー・アチェートを外から眺めるに留めているのだ。理解されたかな?」
往来の中であれだけ危ない事言ってる人の何処が薄氷の心だとか手前スーちゃんに抱きついたのか殺すとか言いたい事は色々あるけど
「あんたさっきここの冒険者って言ってたよな?」
取りあえず一番聞きたい事を聞いておく。
「うむ。一応Sランクに所属している」
「…元聖騎士団?」
「む? 私の事を知っていたのか?」
何やら意外そうな顔をされるが
「一応ここで働いてるから噂は聞いていた」
何でもSランクには元は敬虔なイジャ教の信者だったが破門され今は冒険者として働いている変わり者がいるのだと。
長期クエストばかり受けているため中々戻ってこないと聞いていたから今まで会った事はなかった。
話だけでは複雑な事情があるのかなと思っていたし破門神父ってちょっと影ある感じするから見てみたいとか思っていたけど。
「うむ、相違ない。私の幼女への愛を司祭様達は認めては下さらんかったのでな。
幼女への愛かイジャ教の教えを守るかとなり結果として破門されたのだ」
……幼女への愛を取ったのか。それまでの立場を捨ててまで。
コイツ本物だ。
本物のロリコンだ!
俺の身の回りにはズレた恋愛観を持つ奴しかいないのか!?
少しその事実にぞっとしていると店の中からドテッと何かが倒れたような音がした。
なんだ?と中を見るとスーちゃんが腕を前に投げ出す形でうつ伏せに転んでいた。
「「ああ! スーちゃん(アチェート)!!」」
吃驚して扉に近づいたが変態も同じように動いたせいで扉につっかえた。
邪魔だアンタ、君のほうこそ退きたまえ と言い合っているうちに転んだスーちゃんはのろのろと身体を起こした。
どうも持っていたお盆の上に乗っていた木皿が多すぎてバランスを保っていたせいで足元が見えていなかったようで周りにはお皿が散乱していた。
ちょっとぶつけたらしく鼻を赤くしていて少しだけ泣きそうになっていた。
ハラハラと見守る俺と変態。
だがぐっと我慢するような表情になってぐしぐしと袖で目をこすり、回りの客達にぺこりと【おさわがせしてすみませんでした】というようにお辞儀をしてお皿を集め出した。
その姿が可愛らしくて回りで心配そうに見ていた客達も皿を一緒に集めてくれている。
ちょっとキョトンとなったスーちゃんだが「はい」とお皿を渡されると「ん!」とお礼を言いカウンターで微笑んではいるが少し心配そうにしていたミコさんの許へと歩いて行った。
その後ろ姿を店内のほぼ全員が優しげに見守っている。
…ああ、癒されるなぁ
お皿を置いて「ん」と【転んじゃったけど泣かなかったよ】というようにちょっとだけ自慢げなニュアンスの声に母親らしく微笑みながらミコさんは頭を撫でていた。
そんなスーちゃんの心温まる光景を見てなごんでいた俺だったが何やらすぐ傍から視線を感じた。
あん? なんでセウユは俺の顔をじーっと眺めているんだ?
何かわかったのか鷹揚に頷くとそのよく通る低い声を出した。
「ふむ。どうやら君からは私と同じ匂いを感じるな」
「なんだよ匂いって」
それじゃ俺がまるでロリコンみたいじゃないか、まったく失礼な奴だな。
「よかろう、君も我がイザードロリコン同盟に入会するがいい。今なら我が精鋭達が独自に調べたおすすめロリスポットを教えてしんぜよう」
「勝手に決めんな。誰が入るか」
なんだイザードロリコン同盟って。なんだおすすめロリスポットって。
「同志サトーよ。君にも我がイザードロリコン同盟初代会長の有りがたき言葉の一つを教えてしんぜよう。
ロリ経典第2章1節
『吾輩はロリコンである。前科はまだない。
どこで道を踏み外したかとんと見富がつかぬ。
ただ薄暗い路地裏でハアハア幼女を見て興奮していた事だけは記憶して居る。
吾輩はそこで初めて幼女というものを見た。
しかもあとで聞くとそれはツンデレという幼女中で一番萌える種族であったそうだ』
どうだ、一見タダの変態だがその奥に隠された幼女への愛に打ち震えそうになるだろう?」
「何処がだ! ってか誰が同志だ!」
あとその初代会長は絶対俺の世界出身の転生者か何かだ。
俺以外にもそういう人がいたのかという驚きよりも何やってんだ、という突っ込みの方が大きかった。
日本の誇る文学作品になんて事を。
「ふむ。確かに急に入れと言われてもしり込みする気持ちは分かる。新しい事を始める時は誰でも緊張するものだ。
だがしかし! それを乗り越えた時君にも見えるはずだ。我々と同じロリコンの領域が!
その平たくも柔らかい幼児体型に抱きつかれたいと! その舌っ足らずな喋り方で『お兄ちゃん大好き』と言って欲しいと!」
もうやだコイツ。
「さあ恥ずかしがる事はない。同志サトーよ。君の理想の女性像を上げてみるがいい。因みに私は聖騎士団だった頃出会った吸血鬼の幼女だ。
永遠のロリなどこの世にいないと思われていたが実際にいたのだ!
出会った時には尊大に構えていた幼女が何故かそのうちに涙目になり最終的には拠点の城を捨てて逃げていったがあれほど素晴らしい幼女はおるまい。
それ以来何度も探しては逃げられているがその度に『来ないでよ変態』や『いい加減に死んで』と言われるのは快感を覚える」
「明らかにその吸血鬼の子アンタのこと嫌ってんじゃん!」
「ふ、まだまだ甘いな同志サトー。あんな事を言って置いて実はさびしがり屋な幼女は私が来る事を心待ちにしているに違いない。
無論、まだまともに会話も出来ていないし一撃で致命傷を負いかねない攻撃を放ってくるがそろそろデレて『何でもっと早く来ないのよ変態!……ちょっとさびしかったじゃない』と言いだす頃ではないかと私は睨んでいる。
……ふおおお! 想像するだけで興奮が止まらん! 同志サトーもそう思うだろう!」
「思わん! あと俺の好みは俺とそう歳の変わらないくらいの胸がそこそこ大きくてすらりとした体型の性格の良いロングヘアーな子だ!」
あとで考えれば人目のある中で俺も何やってんだと殺したくなるがその時の俺は大まじめだった。
そして俺以上にショックを受けていたのが変態でロリコンな性職者だった。
「な、何…だと、ロリと言う天上の存在の魅力を理解していながらまだそんな事を言っているのか?
君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? それでは真のロリコンとは言えんのだぞ!!」
いいよ言えなくて! あと低くて通る声で言ってるせいかちょっとカッコよく聞こえるのがむかつく。
「考え直せ同志サトー。我々が幼女を求めるように幼女も我々を求めているのだ。君がロリコンになれば一人の幼女が救われるかもしれんのだぞ!」
「ないないない。そんな幼女は居ない。あんたらの仲間になる気もない」
セウユはよほどショックだったのかガクリと膝をつき空を仰いで嘆いている。
「なんと言うことだ……。前途ある若者がその殻を破ることが出来ずにその才能を開花させることなく終わるなどとはあまりにも無情!
このような事が許されていいはずがない!
……そうか。これもまた神が私に与えた試練なのですね。この若者を無事立派なロリコンの道へと導けと言う私に与えられた宿命なのですね!
分かりました神よ! どうかご安心下さい。忠実なるあなたの下僕がその役目、しかと果たして御覧に入れましょう!」
あ、なんかここ最近身についてきた嫌な予感がひしひしと。
「よし、決まりだ。 同志サトーよ! ロリコン同盟副会長セウユ・キッコーマの名に駆けて君を何処に出しても恥ずかしくない立派なロリコンにして見せよう!」
止めて!止めて! 変な方向に自己完結しないで! ここで俺の名前とロリコンと言う言葉を同時に叫ばないで!
「同志サトー安心するがよい! 今日はこのまま去るが次に会う時は君にさらなるロリの魅力を教えよう。楽しみにしているがよい!」
ではサラバだフハハハハ、と砂煙を上げるほどに真っすぐ走っていったセウユだったが途中で「む、幼女の香り!」と人体ではありえない曲がり方をして右に走っていった。
……確かあっちの方向にはよく近所の子供達が遊び場にしている空き地があったな。
街の自警団にでも通報するか。 あ、駄目だ、あの変態Sランクだからまず勝てねえや。
とりあえずバルサさんにSランクのセウユが帰ってきてる事を報告しておくか。
ヒソヒソ ヒソヒソ
「あん?」
変態が去った方向を見てぼうっとしていると何やら遠巻きに注目されてる気がする。
―キャ、こっち見たわ―
―やあねぇこんな真昼間から気持ち悪いこと言い合ってたみたいだし―
―ママ、ロリコンって何? あの人ロリコンなの?―
―駄目よ見ちゃいけません! 速く家の中に入りなさい―
「―――………」
…ああ、結局こうなるのね。
泣いてないよ。何となく関わった瞬間からどうせ不幸な目に合うんだろうなとは思ってたから。
これ? 汗だよ汗。いやあこっちに来てから俺汗っかきになっちゃったみたいだからね。
とにかく噂が広まらないうちに何とか誤解を解こう。
この日からある意味ではシオ以上に関わって来る変態の所為で誤解とその対処の日々が続くこととなった。
後書き
醤油登場。
さ、し、す、せ、は出ましたが『そ』はしばらく出ないでしょう。
所で皆さん、ロリってどう思いますか?
私は別にどうでもいいんですけどね。
スーさえいればどうでも