「おいシオ、お前どうしてそう俺に喧嘩売ってくんだよ?」
「喧嘩を売る?」
「そうだよ、スーや他の人には優しくしているのに俺にはいっつも腹立つことばっかするだろ?」
「それはしょうがないじゃないか。君が変な事ばかり言うからさ」
「変な事ってなんだよ」
「どうせなら女の子に召喚されたかったとかスーが可愛いとかさ」
「それがどうした? 純然たる事実だろ?」
「それでも嫌なんだよ。好きな人が他の人にとられそうでさ」
「は?」
「知ってる? 男って好きな人には意地悪しちゃうんだよ」
「シオ、それって…」
「気づくのが遅いよ」
そう言うと二人の影は少しずつ近づきやがて一つに―――………
「というようなうらやましすぎる展開になってないか心配なんです!!」
「とりあえず俺をBLの受けにするのは止めてくれ」
見ろ、ものすごく鳥肌が立っとる。
「そんな!? シオ様を攻めたいと言うんですか? 駄目です。それは私がいずれ傍に着いた時の特権です!」
「言ってねえから落ち着け」
あとお前が襲うんかい。
せめて勇者として召喚してほしかった7
キャラ変わってんじゃねえかと言わんばかりのたわごとをのたまったのはこの前知り合ったミリン、18歳、性別(男)だ。
カウンター越しに見えるその姿はどう見ても美人の女性にしか見えず実のところ男と聞いた今でも信じられない、と言うのが本音だ。
だって想像してみろよ。言ってみればTVに出てる人気美人アイドルが実は男でしたって聞かされたようなもんだぞ。
男の娘とか妄想とかの産物だと思ってたんだぜ?
それがリアルに目の前に現れても困る、と言うかもし今一緒に風呂に入るなんて事になったら俺は全力で拒否する。
その位コイツは下手な女性よりも女性らしいのだ。少なくとも俺がコッチに来てから出会った中で一二を争うくらいには。
「全く、サトーさんは自分が如何にラッキーな状況にあるか分かってるんですか?」
いきなり召喚されてそれが完全に間違いでチートすら与えられずさらにはこき使われている俺以上に不幸な奴はそういないと思う。
「シオ様はギルドに所属してから僅か半年でSランクにのぼり詰めただけでなく、魔法使いであるにも関わらず常に一人でクエストをこなしているんです!
Sランクには他にも元聖騎士団の人や龍殺しなどがいますが彼らと比べてもSランクの筆頭とも言える人物なんです。
その方のお傍に仕える事が出来るだなんてどれほど羨む人がいる事か」
うん、一番羨んでるのはミリンだけどな。俺は一度たりともアイツに仕えて良かったなんざ思っちゃいない。
Sランク云々は確かにそうらしいけど俺はシオと喧嘩してある程度は勝ってるから正直眉唾物なんだよな。
…いや、あの時の魔物倒した魔法の事考えればあながち嘘じゃないのか? 俺ほかの人の魔法見た事ないから比べようがないけど。
「ですので私はサトーさんがいつシオ様と関係を深めるんじゃないかと心配なんです」
「話が飛躍しすぎだろ……」
そうでしょうか、と少しすねたようにしてコーヒー(この世界にもあった)を傾けるミリン。
カップを細い指で持ちもう片方の手を添えて飲む仕草もまた見事な物だ。
冒険者にも女性はいるがミリンは鎧ではなくドレスとかの方が似合いそうだった。
コーヒーを一口含むとすねた表情から少し感心したようなものに変わった。
「あ、これおいしいです。サトーさんの入れたコーヒーは初めて飲みましたけど中々お上手なんですね」
っしゃあ! 上手いって感想もらえた!
俺のガッツポーズが面白かったのかミリンはフフ、と美術品のように綺麗にほほ笑む。
丁度扉から入ってきてその姿を見た先日新しくギルドに冒険者登録した新人の男の子が顔を赤らめている。
哀れ新人君。君も俺と同じショックを味わうことになるだろう。
発覚したら酒くらいは出してやるよ。 有料だけど。
「で、大丈夫なんですよね?」
「あん? 男の俺がシオに興味持つわけねえだろ?」
「そんなのは証明になりません。私も男なんですから」
本人が平然と返してきた!
嘘であってほしかったけどやっぱりマジだった!
なぜこんな風に詰問されてるのは例によってシオとの喧嘩の所為でお互い寝不足の状態だった俺達を見たミコさんの
「昨晩はお疲れだったみたいね」
という発言に俺もシオも頷いたためである。
それを見ていたミリンが近寄ってくると分かった瞬間シオは青い顔して即効で逃げやがった。あの野郎! その位速く動けるなら自分で走れよ!
まあ俺が焚きつけた日からミリンはどんどん修行してシオと同じSランクになろうとしているし
一緒にクエスト行こうとは言わないまでも買い物だの食事だの他の誘いをしているからかもしれないが。
因みにこの時、俺はカウンター内にいて逃げようがなかった。
少し焦りはしたが基本は落ちついた雰囲気の真面目な子なのでそこまで避ける必要はない。
逃げるとしたらシオが絡んだ時だけだ。
それでどうせなら、とミコさん監修の元ようやくコーヒー程度は合格点をもらえたのでミリンにサービスがてらに振る舞ってみたわけだ。
……おいしいと言われてちょっと嬉しかったり。
「と言うか俺は、その、田舎暮らしでよく分からないんだが、なんで同性同士でも問題ないんだ?」
前に聞いてから思っていた疑問を尋ねる。宗教とか大丈夫なのか?
「そんなのは簡単です。それがとても尊い愛だからです」
…………はあ? 尊い?
「男女間の愛は言ってしまえば当然のものです。この世に生きる生物ならば種を残そうとその行為に及びます。
ですがそれは獣とて行っていること。それに対して同性同士の愛はどうです? 獣のように種を残すためではない、人だからこそ出来る愛の形です。
故にそれは性欲や種の保存などと言った本能的なものではない正に究極の愛。
シオ様と出会うまでは私もそんなのは信じていませんでした。男たる私もいずれは女性と共にするのが当然と思っていました。
ですがあの方に会った時私の中の何かが音を立てて崩れたのです。そう、その時私は真実の愛に目覚めたのです!!」
たぶんその時に崩れたのは常識と倫理という名の壁だ。
「まあ大丈夫だって。俺は普通に女の子が好きだからミリンの心配するような事にはならねえしシオとの事も応援してやるって言ったろ?」
ミリンが男って知った時はショックだったけどあとで考えれば俺に被害がないなら別にいんじゃねと結論出たし。
……少しだけ残念ではあったけど。
誓って言うが残念なのはミリンが男であることにであってミリンがシオに惚れている事にではない。
「あ、ありがとうございます。そうでしたね。サトーさんもミコ姉さんも応援してくれると言ってくれたんですよね。……ふふ」
「? 何がおかしいんだ?」
「いえ、…私、男友達がほとんどいなくてそう言う事言われたの初めてです。
何故か初めて会う男性は私に気軽に声をかけて下さるんですけどしばらくすると皆どこかよそよそしくなって最終的には離れていくので」
そりゃ初見で女だと思ってた奴らは男だと知れば大抵は気不味いだろう。
特に声をかけるってことは当然そういう下心が大なり小なりあっただろうから余計にな。
俺がこうして会話出来てんのは一種の諦めと言うかあまり深く考えないことにしているためと言うか。
「だからこんな風に相談とかが出来る相手がいるのは少し嬉しくて。
……これからもこうして話を聞いたりしてくれますか?」
「んあ? 別にいいぜ。俺もこっち来てから友達まだあんま出来てないし。今んとこ男の友達はミリンくらいか?」
実際そんな暇ないしな。
仲良くなった他の男の人と言えばバルサさんと髭もじゃのおっさんくらいだけどあの二人は友達って感じじゃないし。
シオ? アレは怨敵と書いてオンテキと読む。
「友達……」
そう言うと何か感極まって喜んでいたがクエストを受注したのを忘れてました、と慌てて出ていった。俺は俺で仕事があったので丁度良い、とそのままミリンの使ったカップを回収した。
俺の中の悪魔と天使が『なんだコイツ、フラグか?』『いえ、彼に限ってあり得ません。せいぜい友情止まりです』とか言ってたが男にフラグなんか立つか。
「ん」
「ええっと『お酒』」
「んーん」
「あれ、んじゃあ『リンゴ』」
「ん♪」
「おお当たった」
昼にて。休み時間は普段は休憩したりしているが最近は文字の勉強に当てることにしている。
会話が出来ても文字が読めないとやはり不便な事が多いのでこうして書きとりを行なっているが英語の成績どころか古文だって苦手だった俺には中々身につかない。
速くマスターしたいな。そうすりゃバルサさん曰くもっとギルドらしい仕事させてくれるって言ってたし。
「んー!」
「お、スーちゃんお帰り」
入り口が空くと同時にスーちゃん独特の声が聞こえる。
視線を紙からそちらへ向けると目が合ったスーちゃんは、ん!、と元気に手を上げて返事をして学校(この世界では12歳までは誰でもいけるらしい)から帰ってきた。
「んん?」
「ああこれ? ちょっと文字の勉強をね」
トコトコとこっちへ来たスーちゃんが【何やってるの?】と軽く首をかしげながら横から覗き込んできた。
俺は机の上で勉強していて机の高さはスーちゃんよりちょっと低いくらい。
なので必然的にスーちゃんは少し背伸びした形で顎を載せて腕でぶら下がってるようになってる。
足がプルプル震えているところがポイントだ。
…ああ、癒される。
「ん、んんん」
「え、何?」
じーっと俺の書いた文字を見ていたスーちゃんが何か気付いたようでこっちを見た。
俺はまだスーちゃんが何を言いたいか完全には理解出来ない。
ミコさんやシオはなぜか何となく分かるそうだが。
「んーん」
スーちゃんは首を振りながら俺が書きとりしている文字を指差している。
「…もしかして間違ってる?」
「ん」
頷くスーちゃん。
こりゃまいったな。何が間違ってるのか良く分からない。
どうすっかなー、間違った勉強しててもしょうがないしシオに借りた教材は家に置いてきちゃってるしな。
俺が困ってるのを見てなにか閃いた、と手を叩いたスーちゃんはトテテ、と自宅となっている二階へと駆けていった。
どうしたんだと思って待っていると何やら本を胸に抱えて降りてきた。
うんしょ、うんしょ、
ふー、
「ん!」
と小さい身体で頑張って俺の横の高椅子に座るとこっちにその本を見せる。
なお擬音は全ての脳内再生である。
本のタイトルはまるで読めないが4人の男女の絵が描かれてありスーちゃんが指し示す下の方には手書きで文字が書かれてある。
その文字は見覚えがあった。
確か以前スーちゃんが見せてくれた胸のドッグタグの文字と同じものだ。
「これってもしかしてスーって読むのか?」
そう言うとスーちゃんは嬉しそうにコクコク頷いてそのままページを開いて次の文字を指さす。
それだけじゃちょっと分からなかったかも知れないが絵本であるらしく絵がかかれているためなんとなく読むことが出来る。
かくして、スーちゃん先生による昼休みを使った絵本での文字講座が始まったわけなのだが
「……えーっと贈り物」
「ん♪」
スーちゃんは俺が正解すると飽きずにコクコク頷いてくれる。
最初はその反応が見ていて楽しく俺も頑張っていたが本を読み進めていくうちに何やら嫌な気がしてきた。
リーダーっぽい女性と一緒に旅をする二人の男性が主役らしい。
それはいいのだが今のページでは戦士っぽい男性が僧侶のような格好の男性にプレゼントを渡していた。
思い返されるのは午前のミリンとの会話。
――……いやいやまさかスーちゃんがそんな本を読むわけが
「ん」
次にスーちゃんが示したページでは先ほどの男性達が思いっきり熱い抱擁を交わしていた。
「薔薇かよ!」
「んーん」
いや絵の答えを言ったんじゃなくて!
「サトー君、そろそろ休憩終えて手伝いに戻ってくれるかしら」
「それどころじゃないですミコさん! なんつう本をスーちゃんに読ませてるんですか!」
「落ち着いてサトー君。そんな大声出したらスーが怯えるわ」
言われて見るといきなり立ちあがってミコさんに文句を言った俺に対してスーちゃんがビクッとしていた。
いけないいけない。
少し落ち着くが返答次第ではミコさんへの今後の対応を考えなければならない。
「なんて本と言われても、それ子供用の絵本の『ミズーとアーブラ』の本でしょ? 特に変な本じゃないと思うんだけど。
勇者様と共に旅した二人の男性が最初は仲違いしているもやがて真実の愛に目覚めるラブストーリーで有名なのよ」
なんて本が有名になってんだ! そこは女勇者に惚れろよ戦士と僧侶!
どうなってんのこの世界は!?
この世界に来て俺の常識が最も通じないと感じた瞬間だった。
…常識か。何か不安になって来るなー。こんだけ同性愛が問題なくてしかも俺がこの世界に来て一二を争うほどの美人と思った一人は男性だったワケだ。
………残るもう一人も男性って事はないよな。
「……一応聞いておきますけどミコさんは女性ですよね?」
「? そうよ」
セーフ! もう一人はセーフ!
「スーちゃんもですよね? 男だったりしませんよね?」
「当たり前じゃない」
良かった。これでもしスーちゃんまで男の娘だったら俺は自殺していた。
いつの間にか額に浮き出ていた汗をふ~、と拭う。
いやあ良かった良かった。
くいっくいっと袖をひっぱられたのでそっちを向く。
「ん! ん、ん!」
そこには目に涙をためたスーちゃんがこっちを見ていた。
そのうるうるとした瞳が【私、女の子に見えないの? 女の子っぽくないの?】と言っている。
ヤベエ。 俺バルサさんに殺される。
初対面で泣かせたとばれた時の恐怖がよみがえる。
あの時は本気で死ぬかと思った。
というか何よりスーちゃんを泣かしてしまうだなんて俺はなんて事を!
「ごめんごめんごめん!! スーちゃんは可愛いよ!すっごく可愛いらしい女の子だよ!」
そう言って慰めるがグスッと涙を浮かべ鼻をすするスーちゃんは今にも大泣きしそうだ。
「あらあら泣かせちゃって。男の子か女の子かなんて見れば分かるのに変な事聞くからよ?」
そんなこと言って苦笑してないでスーちゃん泣きやますの手伝ってください!
あとその普通が通じない人が実際にいたからこんな疑心暗鬼になってるんですよ!
「あーただいま~」
あの後はなんとかスーちゃんを泣きやますもその後は目を合わせても、ぷん、と【お兄さんなんかしらないです!】というようにそっぽをむかれてばかりだった。
明日会ったらまた謝ろう。スーちゃんはここでの俺の癒しな存在だから嫌われるとか辛すぎる。
「お帰りサトー。随分疲れてるね?」
「うるせー。ってかお前ミリンから逃げた時俺を見捨てやがったな」
「あー、それは僕も悪かったと思ってるよ。でもどうせ仕事だったでしょ?」
「へ、どうだか。俺を良いように利用してるだけじゃねえのか?」
「そんなことはないよ。その証拠にほら」
そう言うとシオは何やら机の上に置いてあった腕輪のような物を俺にさし出した。
あれ? この流れやっぱりどっかで聞いたような。
具体的にはミリンの妄想とかスーちゃんの絵本とか。
「今日クエストの帰りで見つけたんだけどこの前の幸福草の時のお礼も兼ねてってことで」
はい、と女性ならば一発で落ちてしまいそうな笑顔を向けて俺に渡そうとするシオ。
その姿が先ほどスーちゃんに見せてもらった絵本の男性達と姿が被り
「いぃぃいやあああああああああああ!」
「うお、また!? 今度は何なんだ!?」
いつもならそのまま喧嘩に繋がるからかシオは身構えるが俺はシオとは逆方向、玄関の方へと向かう。
「俺はノーマルなんだあああああ!!」
おいサトー何処行く気だ!?もう夜だぞ、と後ろから聞こえるが無視する。
今は一刻も早くここから離れなければ!
俺のtwenty-one cherry boy(21歳の童貞)は美人の女性にささげると決めてんだ!
そう言って一瞬脳裏に浮かんだのが赤毛の軽鎧を着た戦士だった事に軽い絶望を抱きながら再び俺は叫びながら走り出した。
その日魔物に襲われなかったのは運が良かったからなのか魔物もこんな奇声を上げている人間を食いたくなかったからなのかは俺にも分からない。
P.S
翌日、ミコさんから認められてはいるが実際にそういう関係になる者はそこまで多くはない、少なくともシオは普通だから安心しなさいと聞くまで俺は男性恐怖症になりかけた。
P.P.S
シオがくれた腕輪は回復力を微量に増す腕輪だった。
お礼と言ってくれたこの腕輪の真意に俺を前回のように魔法をかけて力仕事をさせようとしていると考えるのはいくらなんでも邪推だろうか?
後書き
書き終えて思った
なにを同性愛についてこんなに語ってるんだ?
みりんの量が多すぎたか。そろそろ醤油を足すか。
ちなみに砂糖は前に20と書いてますが大学三年なんでもうすぐ21です。
落ちつきのない大学三年だな砂糖
最後に、
BLにはなりませんよ。少なくともサトーは