「前に言ったと思うけどこの世界の人間や魔物は大きく分けて10の属性に分けることが出来る。
光、雷、火、土、剣、闇、木、水、風、杖とね」
「………」
シオが説明を続けるが俺は反応しない。
「この属性は光の5属性と闇の5属性に分けられていてそれぞれの順番で同じ番の者同士は相性が悪い。光と闇、火と水と言ったようにね」
「………」
シオが説明を続けるが俺は反応しない。
「ここで注意しなければならないのは自分に合った属性は当然適性が高くそれに関した才能を持つが相対する属性にはほとんど才能を持たない。
僕の属性は『杖』。魔法の才能に最も適した属性であり反面、『剣』の属性である武術や体力等は一般人並みかそれ以下だ。
僕が君との喧嘩で負けることがあるのもそのためだね」
「………」
シオが説明を続けるが俺は反応しない。
「故に僕は何かあった時、例えば走って逃げるような状況ではまず遅れる。君にすら勝てないと言うわけだ。分かったかい?」
「………」
シオが説明を続けるが俺は反応しない。
「何だい? せっかく教えてあげてるんだから返事くらいはしてもいいんじゃないかい?」
「だったら自分で走れや!!!」
反応したくなかったのに我慢できずに突っ込んでしまう。
ただいまの状況
俺、ひたすら走る。
シオ、体力切れで俺が背負ってる。
場所、崩れかけてる洞窟内。
ライブでdieピンチです。
せめて勇者として召喚してほしかった6
事の起こりは数日前の酒場での会話から始まる。
「おまたせしました。犬鳥のシチュー大盛りとエールです」
「おほー、待ってました! にしてもこの前は大変だったな黒の兄ちゃん」
「ミリンのことっすか? あの時はありがとうございました。まあ命の危険はなくなりましたがいつまたトラブルに巻き込まれやしないかびくびくしてます。なんせあんま運はないようなんで」
「がはは、運がないっつうんなら幸福草でもありゃいいんだがな」
「幸福草…すか?」
「応よ。持っているだけで運が良くなり多く集めれば珍しい秘薬の材料にもなるって代物だ。
生えている場所を探すのが大変な上に似たような草の中に生えるから手に入りづらいんだがその群生地らしきもんがこの前クローブの北の山の洞窟の奥で見つかったとか何とか」
「へー、でもそんなもんがあるって分かってるんならなんで取りにいかないんすか?」
「そりゃおめえ、あの山の洞窟には凶暴な魔物がいるって噂だし、群生地そのものを見つけてもその中から本物の幸福草を見つける手間暇考えりゃ他のクエストに行ったほうが効率いいかんな。
ま、冒険者じゃねえ黒の兄ちゃんにゃ行けねえからどだい無理な話だったか!」
「ハハなんすかソレ、期待させといてそりゃないすよ」
「悪い悪い、お詫びにホレ、注文頼むわ。エールお代わり!」
「毎度!」
「と言う話を髭もじゃのおっさんから聞いたんだが」
「良くやったサトー。それは勇者召喚の触媒の一つだ!」
家に帰ってシオにその話を伝えるとグッと親指をたてて喜びを顕わにする。
「やっぱりか。前に聞いた触媒の中にそんなのがあった気がしたからもしかしてと思ってたんだが」
「幸福草は難易度自体は低いけど探す手間などからあまり出回らないんだ。こんな近くで手に入るなんて文字通り運がいい」
「そっか。んじゃそれを取りに行くのか?」
「もちろんだ。ただあれは一人で探すのは大変だから君にもついてきてもらうよ」
「はあ? 何でおれが?」
俺ギルドの仕事あんだけど?
「前に手伝うって約束したよね」
そう言われると確かにそうだ。
まあ興味がないと言えば嘘になるんだが
「魔物とかは大丈夫なのか?」
「そっちは問題ないよ。僕はこれでもSランクの冒険者だからね。よほど凄い魔物じゃない限りは倒せるさ」
ふむ。そこまで言うからには大丈夫そうだな。なら行ってもいいかもしれない。俺なんだかんだでこっちに来てからシオの家と街の往復しかしてないしな。
よしんば余れば俺の幸運値を上げられるかもしれん。
「いいぜ。んじゃ明日バルサさんに報告して休みもらってくるわ」
俺は決まった属性がないので申告すれば一週間のうち一回いつでも休んでいいと言われている。
ただ日本人特有の気質か何もなしに休むのは申し訳ないので結局一度も使っていなかったが今回は使わせてもらおう。
女運を上げたいなあ、この前からそっち方面で不幸な目に合ってる気がする。
「どっちかと言うと男運だけどね」
「勝手に人の心を読むな」
「君は女運がないと言うより女運”も”ないと言った方がいいんじゃないかい?」
「…あー確かにこんな魔法使いに”間違って”召喚されちまうんだから運はねえよな」
「…そうだね。僕に召喚されておきながらなんの魔力も特技も持ち合わせていなかったんだよねサトーは」
「……でもまあしょうがないか。なんせ俺を召喚したのは素人の俺に喧嘩で負けるような奴だもんな」
「……いやいや、接近戦の苦手な魔法使いの僕と互角程度な人に言われちゃおしまいだね」
「………男に好かれてるくせに」
「………男に惚れかけたくせに」
「ニコポ野郎」
「ロリコン」
「貧弱もやし」
「同性愛予備軍」
「馬鹿」
「アホ」
「ドジ」
「間抜け」
「「………フンッ!!!!」」
クロスカウンターが決まるのはこれで何度めだろうか。
戦績53戦13勝20敗20引き分け
北の山の洞窟というのはシオの家から歩いて半日ほどの場所にある。
山の途中までは途中まで一緒に行く荷馬車に乗せてもらいその後は徒歩で洞窟へと入って行った。
洞窟内は暗いから松明とか使うのかと思ったけど陽光苔と言う自発光する苔が生えていたため洞窟内でも明るかった。
一応魔物がでてもすぐにシオが戦えるように前をシオが進み、
後ろにシオから今回の探索に必要だと言われて持たされたバッグを背負った俺が追う形で続いていく。
シオが手ぶらなのは何かあった時に荷物を持っていたら戦えないかもしれないというシオの意見のためだ。
何か釈然としないが実際襲われたらコイツ頼みなので黙って持っている。
「所でその幸福草ってどんな草なんだ?」
中に何が入っているか知らないが随分重いバッグを背負い直しながら前にいるシオに尋ねる。
「そうだね……幸福草自体は小さな草でね、大きさは大体指先くらいのものかな。小葉が四枚ついているのが特徴だね。
ただ似た種類の三枚の葉の草、こっちは幸福草より葉が一枚少ない事から普通草と言われてるんだけど、これが必ず回りに大量に生えているから見つけるのが大変なんだ。
確率で言えば一万分の一くらいかな」
…なーんか聞いた事あるような
そう思っていると細い洞窟が急に広がり校庭くらいの広さになる。
「っと、どうやらここ見たいだ。ほら、話で聞くより見た方が早いよ」
そうシオが言って指差した先はまるで緑のカーペットのように広く長く生えた草があった。
「凄いね。これほどの規模の群生地が今まで見つかっていなかったというのは奇跡だね」
シオは何やら感動しているようだが俺はしゃがんでその草を一本手に取ってみる。
それはマメ科シャジクソウ属(トリフォリウム属、Trifolium)の多年草。一般的には白詰草とも呼ばれる親しみのあるものだった。
「四葉のクローバーかよ!」
「うん? もしかしてサトーの世界にも幸福草はあるのかい?」
あるにはあるけど幸せ云々は伝説だっての。
「これ本当に効果あんのか? 迷信とかじゃなくて?」
疑いの眼を向ける俺に対してシオはしっかりと頷く。
「もちろんさ。君の世界じゃどうかは知らないけどこれはれっきとした薬草に数えられる。
幸福草を持っているだけで運が上がるしそれを齧れば僅かの間だけど激増する中々のものだ。
僕達は運を上げるワケではなくそこから秘薬を作るからこの小壜いっぱいになるまで集めなきゃいけないから大変だよ」
さあ始めよう、と早速シオは手元の草を調べ始めた。
どうやら本物らしいが元の世界でも一本探すのに結構時間食った物をこぶしほどの小壜いっぱいってどのくらい時間かかるんだ?
俺が明らかにやる気を損ねているとシオがふと思い出したかのように呟いた。
「……そう言えばこの前スーが幸福草をお守りがわりに欲しがってたな。もし余分に余ってプレゼントしたらきっと喜んでくれるだろうね」
「こっからこっち側は俺にまかせろ!」
荷物を置き目を皿のようにして一つの見落としもないように一枚一枚確認していく。
スーちゃんならきっと「ん!」と言いながらありがとう、と言うように笑ってくれるだろう。
待ってて俺の癒し!
「……まあこんなもんか」
後ろでシオが何か言ってた気がするけどどうでもいい。
小壜の大きさから考えて50本は必要だろう。少しでも多く探さなければ!
これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、あダンゴ虫だ、これも三枚、これも三枚、これも三枚――……
あれから随分時間がたったがまだ幸福草は見つからない。
最初の頃はシオと適当な会話をしながらやっていたがしばらくすると話題も尽きその後は黙々と作業を続けている。
シオの方からも何も聞こえないからまだ見つかってないんだろう。
長く座りこんでいるため腰が悲鳴を上げているがドンっと背中を叩いてごまかす。
陽光苔に照らされながらただひたすらに無数とも思える草の中から幸福草を探す。
これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これは四枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、
ちょっと待った! 今違うのあった!
少し戻って探し直すとそこには他のものとは違う見事な四つの葉をつけた幸福草が他の普通草に守られるように生えていた。
元の世界ではそれなりに何度か見たことのある草だ。
だが今の俺の目にはどの植物よりもきれいなものとして映っていた。
「いよっしゃああああああ!! 見付けたぞおおお!!」
あまりの歓喜にその場から立ち上がりひゃっほうひゃっほう言いながら跳ね回る。
「おいシオ見ろ! 一本あったぞ!!」
手にした幸福草を突き付けるようにしてシオの方へ向く。
「おーやったねサトー。その調子でどんどん見つけよう」
そこには椅子に優雅に座りながら紅茶を飲みつつ本を読んでいるシオの姿が!!
「何やってんだテメーは」
とび蹴りをかました俺は悪くないと思う。
ごろごろ転がって痛がっていたシオだったがしばらくしてすくっと立ち上がり埃を払う。
「少し休憩していただけだというのにいきなり蹴って来るとはサトーは心が狭いね」
さっきのを見て切れなかったらそれはもう菩薩か何かだ。
「どっから出したんだよその椅子と紅茶セットと本は?」
最早怒りを通して呆れながらシオに尋ねる。
「これ? サトーに持ってきてもらったバッグに入れてたんだよ」
「全然必要ないもん持たせんなよ!」
重かったと思ったらそんなもん入れてたのかよ!
大変だったんだぞソレ持ってくんの!
「いや必要だよ。何せ小壜ほど集めるとなると何日かかるか分からないからね。暇つぶしの道具を用意しておかないと耐えられないだろうしね」
ええーマジでー? これあと何日もかかんの?
「まあ半日もしないうちに一個手に入ったんだしいい方だよ。ほら頑張れサトー」
「だからお前もやれよ」
せっかく一個見つかった時は飛びまわるほど嬉しかったのに急にしぼんでしまった気分だ。
取りあえず見付けた幸福草を小壜に入れようとしながら思う。
これ持ってりゃ運が上がるんなら次はもっと早く見つかんねえかな。
……あれ?
「なあシオ、これって噛めば運は激増するんだよな?」
「うん? まあ少しの間だけだけどね」
「それで十分だ」
聞くや否や俺は小壜から幸福草を取り出して迷わず口に運んだ。
野草独特の苦みを感じながらしっかりと噛む。
「ちょ、何やってるのさサトー! せっかくの一個を!」
「いいんだよ。さあてどんどん探すぞ!」
ちょっと気分も良くなってきたしな!
テンション高めでなんかあの辺にありそうだなと思った所を探し始めた。
「ほいまたみっけ! これで45本目!」
最初の頃が嘘のようにどんどん見つけていく。
幸福草の効果は本物だった。
噛んだあとは探す所から次から次へと見つかっていき小壜ももう埋まる頃だ。
噛んだときは驚いていたシオも俺がたくさん見つけ出すと同じように噛んで探し始めた。
ただこの幸福草の効果。本当に短い。
時間にして30分もないだろう。
そのため効果が切れたらまた噛むと言うのを繰り返している次第だ。
「よし、これで50本っと。サトー、せっかくだからこのまま集められるだけ集めよう。幸福草は高く売れるから資金集めにも丁度いい」
シオ曰くこれほど広い群生地はそうないらしい。
正直俺のような探索方法はここが広かったから出来たようなもので、もし狭い場所ならさっきの一本しかなかった可能性もあったようだ。
危なかったがそうならずに済んだのももしかしたら幸福草のおかげかもしれない。
「おお、スーちゃんへのプレゼントもあるしな」
そう言って手にした51本目をしまい再び探し出すがどうやらさっきの幸福草を取った時点で効果が切れたようだ。
いくら探しても見つからない。
また噛むか、と小壜に近づこうとした時、普通草とは違うのを見つけた。
すわ幸福草か、と注目するも残念ながら幸福草ではなかった。
だが普通草でもない。それには葉が二枚しかない。
初めてみたな、と手にとってまじまじと見ていると後ろから声がかかった。
「ああそうだサトー。言い忘れてたけど幸福草が生える場所には必ず普通草より葉が少ない二枚葉の『不幸草』と言うのがあるから。
これは手にしただけで不幸になるから気をつけてね」
………やべえ
グルルルルルと俺が自覚したと同時に洞窟の奥から唸り声が聞こえた。
そちらをみやるとそこには熊くらいの大きさの犬のような生き物がいた。
ようなと言うのはその生き物には通常ではありえない足が6本あったからだ。
唸る口は頬を割いてその口から見える牙は鋭いナイフのようにギラギラしていた。
間違いない。こいつが噂の魔物だ。
「な、魔物!? さっきまで全然現れる気配がなかったのに!」
シオも魔物を見て驚いている。
たぶん俺のせいだな。
投げ捨てた不幸草を忌々しく思う。
魔物がどすっとその重さが分かるような足音を立ててこっちに歩いてくる。
やばい、こわい。魔物ってのがどんなもんか分かってなかったけど確信がある。
アレは俺じゃ絶対に勝てない。例え剣やら槍だの持っていてもだ。
銃でも効くか分からない。アレはきっとそんな物を喰らっても平然と俺に突っこんできて俺の身体を引き裂き喰らうだろう。
そのくらい威圧感を放っている怪物に立ち向かえるか。
なにかカタカタと音がする。
それが俺の歯がぶつかる音だと分かった時もう俺はその場から動けなかった。
けれどそれはある意味幸運だったかもしれない。
もし走って逃げていたら魔物は本能に従い真っ先に俺を追ってきただろう。
だからと言ってこの状況が望ましいとは思えないが。
「まったく、せっかくいい調子で探していたと言うのに水を差すなあ」
けれどシオの方は何でもなさそうに魔物に向き直った。
魔物の方も自分に近づいたシオを標的に定めたようだ。
おい大丈夫か! そう声をかけたくとも情けないことにのどが震えて声が出ない。
それを知ってか知らずかシオは俺の方を見やる。
「分かってると思うけど動かないようにねサトー。アレはBランクの魔物、キャバンウルフ。洞窟に潜み入ってきた獲物を喰らう凶暴な魔物だ。一般人じゃ一秒で死ぬよ」
俺に視線をそらしたシオに好機と判断したらしい魔物は残像が残るようなスピードでシオに迫った。
危ない、そう言いたくても声に出ない。
だがそんなのは杞憂だった。
シオは冒険者、それも最高位のSランク。
俺はそれの意味を目の当たりにする。
『ネァーカ』
シオが一言、たった一言唱えた途端、シオが伸ばした手から巨大な火球が生まれ、それは意志を持ったように魔物へと向かった。
火球は魔物にぶつかってもその勢いを止めることなく突き進み50メートルは離れているであろう洞窟の壁へと炸裂した。
瞬間、轟音が響くと共に激しい揺れに襲われた。バラバラと破片が舞う中で呆然としていた俺はシオの放った火球が壁を砕いたのだと気付くには少々時間がかかった。
魔物の姿など跡形もない。あれほど威圧感があった魔物をシオは動くことなくたった一言で倒してしまった。
「す、すげえ、すげえ! シオお前マジで凄い魔法使いだったんだな!」
あまりの凄さに声が戻るが頭の中には初めて見たシオの戦闘とその強さがリフレインしている。
シオの魔法は見せてもらった事はあったがここまで凄い威力だったとは!
「ふ、このくらい大したことはないね」
さも当然のように勝ち誇るシオが普段より輝いて見える。
いやー凄かった。なるほど、ミリンがあれだけシオを褒め称えるのも分かる気がする。
「さて、余計な邪魔が入ったけど続けよう『ゴゴゴゴゴゴ』……うん?」
シオと二人して上を見上げる。
陽光苔のおかげではっきり見える天井はまるで蜘蛛の巣のようにひび割れていた。
シオに目を戻す。
…なんだその『うわーやりすぎた。このままじゃ崩れるかも』みたいな顔は
「すまないサトー。少しやりすぎた」
「だと思ったよチクショウ!」
俺もシオも慌てて小壜を持って洞窟から抜け出そうとするも僅か十数メートルでシオがへばった。
そして冒頭へと繋がる。
「大体なんで洞窟が崩れるような魔法使ったんだよ!」
「いや何、君は常々僕を大した事ないように思っているようだったからここらで僕の実力を見せてあげようと思ってね。
どうだい、尊敬したかい?」
「今お前への尊敬度は底辺中の底辺だよ!」
さっき凄いと思った俺が馬鹿だった。
「て言うかヤバい!マジでヤバい! 俺そんな一人背負って走れるほど鍛えてない! このままじゃ二人とも死ぬ!」
上からガラガラと音を立てて崩れていく洞窟内を走るのはさっきの魔物とは違った死の恐怖だ。
足はがくがくだし息は荒い。腹も痛むから正直会話なんてしてらんないけど何故か愚痴はこぼれる。
因みに持ってきた荷物はなんの躊躇いもなく捨ててきている。
コイツも放り捨てて一人で逃げるか? 今から出口まで全力で走れば俺一人なら間に合うだろうし。
このままなら100%死ぬ。でも見捨てれば半分以下になるだろう。
…良く考えたらいい考えじゃね? どうする俺?
『迷うことはねえよそいつ腹立つんだろ? 捨てちまいな』
俺の脳内で悪魔がささやく。
それに対して現れた天使が俺に注意する。
『ただし捨てたと言う事は誰にも言ってはいけませんよ。特にミリンには』
捨てることは決定事項だったようだ。
………よし。せーっの
「言っとくけどもし僕を置いてこうとしたら後ろから全力で魔法を撃つよ」
死の確率が一気に増した! アブねえギリギリだった!
「でも無理! やっぱ無理! なんとかしろシオ!! 脱出の呪文とかないのか?」
「あいにくそんな便利な魔法はない」
使えねえな魔法! もっとRPG的なの作っとけよ。
「…ああ、脱出の魔法はないけどこういうのなら有った」
『アクォーク』
俺が愚痴っているとシオが何かの魔法を唱えた。
……あれ? なんか身体が楽になった。それどころか何かシオが軽くなった気がする。
うおランナーズハイになったみてえにガンガン行ける! まるで羽になったみてえだ。今なら風にだってなれそうだ!
「強化魔法『アクォーク』 人間の力を限界近くまで引き出し強化する魔法だよ」
シオの魔法のおかげか! 尊敬度、底辺中の底辺から底辺までは上げてやるよ!
かけられた魔法のおかげであっという間に加速して間一髪で洞窟を抜けそのまま家まで走った俺は何故シオがこの魔法をシオ自身にかけなかったか気付かなかった。
翌日
「……あ……い……うっ……え……お、お………」
俺はもう寝慣れて愛着も沸いた長椅子から起き上がることすら出来ずにいた。
別に金縛りでも魔物と出会った時のような恐怖からでもない。
もっと単純な話。
「やっぱりこうなったか。鍛えられた戦士ならともかく僕やサトーみたいな身体を鍛えてない人には反動が大きすぎるんだよねあの魔法は」
筋肉痛である。
「……て……シ……か……」
手前ェシオ分かってて俺にかけやがったな。
そう言いたくても声を出すだけで痛い。
「やれやれ、その分じゃ今日はギルドに行くのは無理そうだね」
当たり前だ。起きることすら出来ねえんだぞ。
俺が何も言わないのを判断したのか軽く首を振るとシオは幸福草の小壜を持って扉の方へ向かう。
「仕方がない。ギルドには僕が適当に理由つけてサトーは今日は休むと言っておこう」
「……そ……て……」
そうしてくれ。
目線だけでそう伝えるとシオは頷いてそのまま部屋から出て行った。
しゃーない。今日はゆっくり休むか。
力を抜き筋肉通に響かないように身体を落ちつける。
「ああそうそう。スーへの幸福草は僕から渡しておくから心配しなくていいよ」
扉の向こうからそんな声が聞こえる。
ああそうしてくれ。
………っておい!!
「ちょっ!―――――っ!!」
跳ね起きようとして身体中の激痛に悶える。
そうこうするうちにバタンと玄関の扉を閉めた音が聞こえた。
くそ、アイツが渡したらどうなるかすげー簡単に想像つく!
プレゼントだよ、と言いながらスーちゃんに幸福草を渡すシオ。
最初驚きつつも嬉しそうに頬を染めて受け取るスーちゃん。
それを見て微笑みながら頭を撫でるシオ。
気持よさそうに頭を預けるスーちゃん。
前に欲しがってたからね、と告げるシオ。
それでさらに顔を赤らめて照れるスーちゃん。
チクショウ! あの野郎!
なんて運がねえ。俺が渡して喜んで欲しかったのに!
って俺がいきなり大変な目に会いだしたのってあの不幸草とったせいか。
あれまだ続いてんのか!
チクショウ!!
後日、体調が戻りギルドに行くとスーちゃんから嬉しそうに幸福草を入れたペンダントを見せられて俺は泣いた。
またバルサさんから『下痢が止まらなくて大変だったらしいな』と聞かされて再び俺は泣いた。
後書き
『せ』のキャラはまだ登場しませんでした。
砂糖と塩が多かったので今度は酢とみりんを加えますかね