朝食は昨日のごちそうと違いパンと卵のみの簡単な食事だった。
まあ昨日のは勇者のために用意していたみたいだから別に文句もないんだが。
「さて、食事も終えたし昨日も言ったように触媒集めの話をしようか」
これがその必要なものだ、と出された紙には何行もインクで書かれた文字が連なっている。
ふんふん。なるほどなるほど。そうかそうか。
「読めないんだが」
訳分からん記号の羅列にしか見えない。
「へ? …あ~そうか。君は異世界から召喚されたから文字も読めないのか。あれ? でも言葉は通じてるな…」
そう言われればそうだ。普通に会話してたから特に疑問に思わなかったけどよく考えればおかしいよな。
は!! まさかこれが俺に宿った力か! あらゆる言葉が通じるとかそういう能力か!
動物とか魔物とかとも会話が出来t「って忘れてた。召喚されたものはある程度の意志伝達が出来るように会話くらいは出来るようになるんだった。
『話』の能力持ちと違って魔獣と話すなんて出来ないけど日常生活レベルには話せるんだっけ」…………
「仕方ない。文字が読めないなら今度僕が教えてあげるよ」
「お前なんか大っきらいだ」
「え!? 何でいきなりカミングアウト? 僕いま結構親切心出したぞ」
知るか、ぬか喜びさせやがって。
「因みにサトーの世界ではどうか知らないけどこの世界では子供でも文字は読めるから」
「お前も俺のこと嫌いだろう!? なぜわざわざそれをいま俺に伝える!?」
俺はガキ以下か。ガキ以下なのか。ちくしょう。
「絶対あとで教えろよ。…っとそうだ、文字でもそうだけど俺はこの世界の常識というか知識がほとんどないんだが大丈夫か?」
意趣返しをした、と満足げなシオだったけれど一利あると思ったのか俺の質問を優先してくれた。
「まあ簡単に説明するとこの世界は幾つかの国がありそれぞれに特徴がある。産業がさかんだったり農業が盛んだったりね。
今僕達がいる国はイザードと言ってつい数年前に先代が亡くなられて新しい王に変わったばかりだけれど国力なら世界でもトップクラスの大国だ。
基本、どの国も自国のための軍を持っているけど普段は戦争レベルで争う事はない。
今は魔王と戦うために大半の国が力をつけているけれどね。因みに魔王と戦おうとしてるのは王国軍だけでなく冒険者達の中にもいる。
冒険者って言うのは王国軍に属さずに外来の仕事を受けたり自らの意志で魔物との戦闘や探索を行う者の事でこれらの者達が集まった組合を冒険者ギルド組合と呼ぶ」
ふむふむ。相変わらずRPG的な世界観だな。まあその方が俺としても分かりやすいから助かるけど。
「王国軍に入るのは大抵が貴族やそれに準じた身分を持つ者達。冒険者になるのは身分の低い者や貧しい者が多くたまにすねに傷を持つ者もいる。
軍属と冒険者はあまり仲が良くないから騒ぎが起きてたら速効で逃げなよ。貴族関係者が多いから面倒事になりやすいから。
他にもイジャ教が持つ聖騎士団と言うのがあるけどこちらはイジャ教の信者の中でも特に敬虔な信者達で構成されているから馬鹿にするような事は言わないように。」
「あいよ」
えーっと注意事項その1 軍属、つまり貴族様にはあまり関わらないこと、その2聖騎士団も同様、と。
心の中の重要メモにしっかりと記録しておく。
「王国軍は基本は王都を主に置いているけどギルドはある程度大きな街には大抵ある。
僕達が今いる街はクローブと言ってイザードの領土の中でも辺境の位置にあるんだけど魔物が多く住むこともあってギルドの規模はそれなりに大きい。僕も一応そこに属している」
ほほう、シオは冒険者、と。
「ギルドには希望すれば誰でも入れる。その代わり死んでも文句は言えないけどね。今後の僕達の活動はこのギルドを上手く使っていく。と言うわけで出かけるよ」
「ん? 何処にだ?」
「はあ…今の会話の流れで分かってもよさそうなもんだと思うんだけどね」
やれやれと首を振るしぐさが相変わらず腹立たしい。
「この街のギルドにだよ」
せめて勇者として召喚してほしかった4
「ここだ」
時が飛んだ気がするけど気にしない。
クローブの街は回りを高い城壁で囲んでおり東西南北の四つの門のみで出入りが可能な街だった。
シオの家は街の中には無くそこから少し離れた高台の上にあった。
魔物とか大丈夫なのか、と聞いたところ強力な結界を張ってあるので盗人の心配をしなくて済む分街より安心だそうだ。
俺にはよく分からんが他に外には家が無い点を見るとシオの魔法の腕前が高いのは本当なんだろう。
見張りの兵士の人に挨拶を終え先に進むシオの後をしばらくついていくとでかい盾に剣と杖を十字にして描かれている看板のある店に着いた。
つまりは今俺達の眼の前の家になるが。
じゃあ入るよ、と言うシオが観音開きの扉を開けて中に入る。
中には屈強な男達が酒を飲み、あるいはそれぞれの武器の手入れをし彼らの生業たる冒険への士気を燃やしている、
なんてことは無かった。
「あれ?」
どうやらシオにもこの光景は予想外だったらしくキョロキョロとを見渡している。
当然だろう。シオの話ではここには酒場も兼ねているらしく多くの冒険者の溜まり場となっているとの事だが何故か人っ子一人いない。
どうなってんの、と二人して頭を傾けていると
「応! シオ坊じゃねえか!」
カウンターの奥から凄いガタイの背の高いゴツイおっさんが出てきた。
「あ、バルサさん! 良かった。誰もいないからどうしちゃったのかと思ったよ」
「あん? 何だシオ坊は行かなかったのか?」
「行くって、何処に?」
「一昨日から東の門の方で大量のゴブリンが発生したとかで街直々に依頼があったのさ。人数は無制限。ランクも関係なしで早期解決を望む、てな」
東って言うと俺達が来た門とは反対側か。そういや門の兵士の人達も東側は今は行くなよ、とか言ってたな。
「ゴブリン相手で報酬もたけえボロい依頼だからどいつもコイツも我先にと受注してみ~んな行っちまいやがった。全く、最近の冒険者はがッついていけねえ」
「はは。僕はここ数日やることがあったからギルドに顔出して無かったからそんなのは知らなかったな」
恐らくそれは勇者召喚のためだったんだろうな。結局失敗してるけど。
「フンッ」
「!!!」
「なるほどな。んで今日はどうした? 飯ならちと我慢してくれ。今ミコの奴に用頼んでて外に出てるんだわ」
「いや、ちょっと頼みたい事があってね。バルサさん、彼はサトー。僕の遠縁の親戚でこの前訪ねてきたんだよ。ほらサトー、バルサさんに挨拶して」
思考を呼まれたのか足を思いっきり踏まれて声も出ない俺に話題を振るな。
「…っう。ええとサトーです。佐藤秀一。シオの家で厄介になってます」
【厄介】
●世話になる事
●面倒な事←ここ重要
因みに俺の正体、異世界から来たというのは言わない方が良いと言う事で遠縁の親戚という設定になった。
「ほおー、シオ坊がなあ。俺はバルサ。バルサ・アチェート。ここのギルドの管理者をやってる。黒髪黒目じゃなかなか大変だろうが宜しくな兄ちゃん」
強面の割りにニカッと人好きのしそうな笑顔で握手を求められそれに応じる。
ギュ
ゴキュゴキュ
「痛ってええええ!!」
「ふむ、あんま強くはねえな。もっと鍛えな兄ちゃん。でねえと高ランクの冒険者にはなれねえぜ」
握りつぶされるかと思った。なんちゅう握力だ。
ガハハと笑いがらバンバン俺の肩を叩くバルサさんだが豪放磊落と言う言葉が似合いそうなためか何故か怒りは湧いてこなかった。
ただしシオ、テメエはだめだ。俺が痛がってんの見てにやにや笑いやがって。
後で覚えてろ。後ろから肩叩いて振り向いたところを指さしてやる。
**********
シオがバルサさんと話があるから、ということで二人が奥に行ってしまったのでやることもなく椅子に腰掛けて店を見渡す。
酒場も兼ねていると言うだけあって中はかなり広いが誰もいないせいで余計寂しさを感じる。
壁に掛けられた古そうな絵。
随分と使いこまれた頑丈そうな机。
こっちを不思議そうにみている幼女。
かなりの数がある長椅子。
………あれ? なんか今気になるフレーズがあったような。
もう一度。
いくつもの紙が貼られている掲示板。
たくさんの酒が並ぶカウンター。
とことこ、とこっちに歩いてくる幼女。
喧嘩でもしたのか壁に着いている刀傷。
「ん」
うん、やっぱりなんかおかしい。
「ん~? ん、ん」
具体的に言えばいつの間にかすぐ傍にいてこっち見て首をかしげている幼女とか。
「んー、ん!」
幼女はいつまで経っても俺が反応しなかったせいか座ってる俺の足をペチペチ叩いてきた。
喋ってないけど【こっち見てこっち見て】と言ってる気がする。
「ああごめんごめん。無視して悪かったから足を叩くのはやめてもらえる?」
正直ぜんぜん痛くないしむしろくすぐったい感じだったけど幼女に叩かれて喜ぶ趣味は俺にはない。
俺が反応を示したからか幼女はぱあっと擬音がつきそうな笑顔になる。
何となく微笑ましく思いながらも改めて少女を見やる。
茶っけの少しふわっとした髪に鳶色の眼をした大体8~9歳くらいの女の子だ。
「えーっと、お嬢ちゃん、名前は? 何でここにいるの?」
まさかとは思うけどこの子も冒険者とかじゃないよな?
俺の質問に対して幼女はよくぞ聞いてくれたとばかりにいそいそと胸にかけた何かを取り出す。
「ん!」
どうやらドッグタグのようなものらしく差し出された金属の板には何かが書いてあった。
だが当然今の俺にはそれに対して問題があるわけで。
「あー、ごめんお嬢ちゃん。俺、字が読めない」
ガキ以下の俺だった。
字が読めない、と言う返答が予想外だったのか手を伸ばしたまま目を開いて吃驚した、という表情になる。
そのあと【どうしようどうしよう、文字が読めないなんて思わなかった】というようにオロオロし出した。
……何この子可愛い。
しかしいつまでも放っておく訳にもいくまい。
文字が読めない以上会話しかないのだろうがこの子の言葉は全部『ん』だから何言ってるか分からない。
単に話さないのかそう言う言語なのかも分からない。
そういやシオが俺はある程度の意志伝達が出来るようになるって言ってたよな。
……試してみるか。
「んっんーんん、んんんーん」
「ん!?」
「ん~~~んん~んんんん」
「ん!! ん!!」
うん、全く通じなかった。
ぽかぽかと変な真似をした俺に対して叩いて来る幼女に対してどうしたもんかなと悩んでいると
「だから何やってるのさサトー」
話を終えたらしいシオがいつの間にか戻ってきて俺を呆れた目で見ていた。
「おおシオ。済まないんだが助けてくれ」
「一体何をやったのさ? 全く。おかえりスー、よく分かんないけどその辺で止めてあげて。彼は僕の友人だから。…一応」
シオの声が聞こえたのかスーと呼ばれた幼女は殴るのは止めてくれたけど未だにムー、と頬を膨らましてこっちを睨んでいる。
「本当に何やったの? スーがここまで怒るなんて珍しいんだけど」
「言葉が通じないかとこの子の真似をしてんーんー言ってみた」
俺の発言を聞くと少し憮然となったシオがスーちゃんに近づきながら俺にきつく言い放つ。
「…はあ。サトー、この子はスー、スー・アチェート。バルサさんの娘で小さい頃病気でのどをやられて声が出せないんだ」
げ!
「すまん嬢ちゃん! 知らなかったとはいえ酷いことしちまった! 本当ごめん!」
自分のやった事の大きさを理解した瞬間、日本古来の低姿勢、土下座を行う。
障害持つ子を馬鹿にするようなことしてしまうなんて俺はなんてことを!
土下座の意味は知らないだろうけどこっちの意志は伝わったのかしばしの沈黙ののち下げた頭に手が添えられた。
恐る恐る頭を上げるとスーちゃんが俺の頭を撫でながら【もう怒ってないよ】というように笑っていた。
何この子。俺いま普通にニコポとナデポのダブルパンチを食らってるんですけど。
「偉いねえスー。こんな酷いことするサトーを許してあげるなんて優しいね」
そう言われシオに頭を撫でられたスーちゃんの頬は少し赤くちょっと上目づかいでシオを見ている。
……ッケ! さっきスーちゃんを止めてくれたから笑った事許してやろうかと思ったけど気が変わった。帰り道の坂で膝かっくんしてやる。
「なんかまた嫌な感じがしたけど何を考えてた?」
「別に。所でもう話は終わったのか?」
「ああ、取りあえずサトー、君にここで働いてもらうことにしたから」
「は?」
働く? ここってギルドで? 俺に冒険者になれと?
いやだから俺にチートはないから戦闘は無理……
待てよ。もしかしてこれはそういう奴か?
大した才能もない者が泥臭く必死に努力することで強くなっていくフラグか?
それなら冒険者になることも吝かではない!
「分かった。んじゃあこの後は俺の装備とか揃えに行くのか? 一応剣道はやってたからやっぱ剣のほうがいいのか?」
「は? 何でサトーが剣持つ必要あるの?」
「ん?」
「ん?」
「ん?」
俺とシオがお互いの言ってる事に首をかしげる。
それを見てスーちゃんも真似して首をかしげる。
「俺ここで働くんだよな?」
「そうだよ。ここは冒険者が多く集まるし依頼に来る人達も多くの情報持っているからなかなか見つからない触媒の噂も集めやすい。
だからバルサさんに頼んだんだ。『サトーをここで雇って欲しい』って。お金も稼げるし丁度いいしね」
えーとつまり
「ギルドの雑用?」
「兼酒場の雑用だね」
「……ふ」
「ふ?」
「ふっざけんなあああああああ!!」
何処の世界に冒険に出ずに裏方に回る異世界来訪者がいるんじゃああああ!!
叫ぶ俺に対してシオとスーちゃんが可哀そうな物を見る目が痛かった。
この日、俺の職業が決まった。
【名前】 サトー
【ジョブ】 雑用
【能力】 なし
後書き
サトーの方針決定。
冒険? 一般人に出来るとでも?
今回の新キャラ
バルサ
ミコ(名前だけ)
スー
あれ? 続いてる…だと…