ガコン、と重苦しい音と共に分厚い扉が開かれる。
開けた男は完全に開かれるのを確認した後ゆっくりと歩を進める。
人の入り込まない古城の玉座の間へと歩く姿はどこか重々しい雰囲気を漂わせる。
コツ、コツ、と石造りの廊下に足音が響く。
やがてたどり着いた視線の先にあるのはゆらゆらと揺れる蝋燭の明かり。
床に横たわる先に来ていた彼の仲間達。
そしてそれらに囲まれる少女は優雅に玉座に座り微笑を浮かべていた。
まだ年端もいかない子供であったがタダの子供がこのような場所に居るはずがない。
それもそのはず。彼女は吸血鬼。闇の属性の中でも代表格とされる種族の一つだった。
根城を構え人を攫っては血を飲み干すと言われるその種族は人々からは畏怖の対象とされていた。
当然、そのような存在に何もしない程人間も大人しくはなかった。
特に吸血鬼討伐に力を入れていたのは光の存在を信仰するイジャ教、その中でも最強と言われる聖騎士団だった。
殺し殺される彼らの関係は数千年の間続き何代もの時代が過ぎても変わる事はなかった。
せめて勇者として召喚してほしかった17
「あら、また愚かな人間が来たの? 何回も良く飽きずにこうも無駄な事をするものね」
少女は手に持つ本から視線を男へ移すと笑みを崩さずに傍らの机から紅い液体の入ったグラスを手に取る。
それが少女の足元に転がる男たちの血液であることは想像に難くなかった。
男は何も言わない。ただ何も言わないからといって何も感じていない訳ではない。
その証拠に彼はじっと強く少女を見ていた。
「不滅は光の神のみの力、ゆえに不死者の存在は認められない、だったかしら? そんな事で自らの命を投げ出しに来るのだから理解に苦しむわ」
男はぎゅっと手を握りしめる。
唇はふるふると震えて言葉を発しない。
「まあ結局はどうでもよいのだけれど。どうせあなた達人間は只の贄。私の欲求を満たすために存在するようなものだもの」
本の続きが気になるのかチラチラと本と男の間を交互させる少女の言葉に男の身体がびくん、と跳ねる。
それを見た少女は気を良くしたのかフフ、と見た目に合わぬ声を漏らす。
「あらあら震えちゃって。大丈夫よ。そこまで悪いものじゃないわ。あなたの仲間もそう思っているわよ」
ちろり、と舌で軽く唇を舐めると少女はパチンと指を鳴らす。
すると少女の回りに倒れていた男たちはのろのろと身体を起き上がらせた。
その顔に血の気はない。いや、意識も感情も生気もない。
あるのは血を求める欲求だけ。
男の震えはさらに増す。
だがそれは先ほどとは違う。まるで何か許せないものを見たような震えだった。
その証拠に男の表情には確かな憤怒の影が見える。
「あら? 怒ったのかしら。 それはごめんなさいね。でも直ぐにあなたも仲間にしてあげるわ」
少女の声を聞くたびに男の身体が震える。
少女の声に従うように男の仲間、否、吸血鬼の配下達は元は仲間であった男へと近づく。
助けを求めるのではなく道連れを増やすかのように。
「大人しくしていればご褒美にキスしてあげる。その温かな首筋にね」
その瞬間、我慢が出来なくなったのか男は叫んだ。
「なんてうらやましいのだ貴様ら!!」
怒号と共に囲んでいた吸血鬼達は皆吹き飛んだ。
そうとしか言いようがない現象だった。
「え? え? え?」
少女は今見たものに対して脳が追いついていない。
ぱちくりと瞬きをして目の前で血の涙を流す男を見張る。
「私は未だかつてこの職についてから一度も少女にチッスをしてもらった事などないと言うのに貴様らチッスをしてもらっただと!?
どんなだった? どんな感触だった!?
しかも幼女の欲求を満たすために何をしてもらった? 何をしてもらったのだ!?
ええい、色々と妄想をかきたておって!
あまつさえ同族にしてもらってそばに置いてもらえる等とはどんなご褒美だ!!」
耳を疑うような事を男はのたまった。
「ちょ、ちょっと! そいつらあなたの仲間だったんでしょ!? いくら吸血鬼になったからってそれはないでしょ!」
思わず口調が素に戻ってしまったが問わずには居られなかった。
何故なら今まで来た人間達は元仲間とは戦えない、という理由で負けていったのだから。
いや、もちろん覚悟を決めた者もいたがそれでも躊躇は多かれ少なかれあった。その隙をつくことなど造作もなかった。
しかし今のこの男の行動には躊躇いなど微塵も感じられなかった。
清々しいほど見事な攻撃だった。
「そんなことは知らん! ロリコンの妬みはいついかなる相手であろうと常に平等なのだ!」
それは平等とは言わない。思いっきり妬みと本人も言っている。
「大体、せっかくロリというものがどれだけ素晴らしく魅力的かを説明してあげたと言うのにコイツらと来たら『お願いですもう勘弁して下さい隊長! どんだけ説明されても幼女に興奮するとか変態としか思えません』などと言ったのだぞ!
全く、私の15時間を返せというものだ。それだけの時間があれば一体どれだけの幼女ウォッチングが出来たと思っているのか」
15時間もの間延々と男の恐らく阿呆な談義を聞かされた者たちに対して自ら下僕にして置きながら同情が禁じえない。
少女があっけにとられているとその男と目が合う。
嫌な予感がする。
椅子から立ち上がりいつでも動けるように構える。
その際持っていた本が落ち開いていたページが顕わになる。
そこには先ほどまでの少女の科白や『人間が入ってきたら尊大に座っている事』『相手が震えていたらこのセリフ、威勢がよかったらこっちのセリフ』『ここで指パッチン』などの注意書きが添えられていた。
まるで台本のよう、というか台本だった。
ここで不運だったのは台本に相手が変態だった場合の行動が書かれていなかったことだ。
ゆえに少女は自分の判断で男に対処しようと考えた。
しかしこれが間違った判断だったと少女は後に思った。
「っとそんなことを言っている場合では無かった! お初にお目にかかる吸血鬼の幼女よ。私はセウユ、セウユ・キッコーマ。
セウユ兄ちゃんでもお兄さんでもニイニでも好きに呼んでくれてかまわない」
兄しか選択肢が無かった。
「何言ってるのよ?」
「む? ああ、もちろんセウユお兄様でもよいぞ?」
「誰があなたなんかを兄なんて呼ぶか! というかあなた何しに来たのよ? あたしを倒しに来たんじゃないの?」
「ふむ。その質問に答える前に幾つか聞きたいのだが構わんかね?」
「…いいわよ。何が聞きたいの?」
警戒しながらも少女は男へ質問を促す。
正直この訳のわからない男と会話するのは危険だと本能が言っているが彼女とて吸血鬼。
たかが人間相手に恐れなど抱くものか。
吸血鬼の誇りにかけてこの男を殺してくれよう。
それが二つ目のミスだと彼女は後に思った。
「まず一つ目の質問だが君は吸血鬼だな?」
「? 当たり前でしょ。だからあなた達はあたしを滅ぼしに来たんじゃない」
男は右手でガッツポーズ。
少女は意味が分からずコテン、と小首を傾げる。
男は左手で親指を立てる。
ますます意味が分からない。
「うむ。では次の質問だが吸血鬼も成長するのか?」
「一応はするわよ。ただあたしの場合は肉体的にはこれ以上成長する事はないわ。あ、だけど強さは別よ。時を経れば経るほどあたし達吸血鬼の力は強まるんだから」
「おお神よ!! 私は成し遂げました! ついに! ついに見つけた我が理想! 来たかいがあったというものよ!」
少女の返答を聞いた瞬間、天を見上げて両手を組みひざまずいて喜びを顕わにする男。
どうでもいいが吸血鬼の城で神に祈りをささげるな。
少女の警戒心が一層増した。
「さっきからなんなの? あなたあたしを滅ぼしにきたんじゃないの?」
「そのつもりだったのだが気が変わった。幼女であるならば例え魔獣だろうが魔族だろうが私は倒さん。
いわんや吸血鬼の幼女など私がずっと追い求めていた理想の体現者ではないか。これを滅ぼすなどとはとんでもない!」
「り、理想?」
「うむ。なにを隠そう私は幼女が好きだ。大好きだ。フォーリンラブだ。そこに幼女がいる限り愛さずにはいられない幼女という名の鎖に囚われた哀れな男。それが私、セウユ・キッコーマだ」
初めてみた人種に思いっきり引き気味の少女。
だが男は気にしない。
「悲しいことにこの世の幼女は須らく皆成長する。それ自体は悪い事ではない。頑張って大人になろうと背伸びをしている幼女の姿はそれだけで夜も眠れぬほど。
だがそのために幼女という究極の存在を失ってしまうことには常々疑問に思っていた。何故神は幼女を幼女のままにしておかなかったのか、と。
そして私は考えた。きっとこれは試練だと。世界中を探してでも永遠のロリを探せという神から私に与えられた試練だと。
私は探した。入会から修行をし聖騎士団に入り各地で理想の幼女を探した。時にはとてつもない強大な敵と戦うこともあった。
くじけそうになったこともある。だが私は諦めなかった。なぜならそれは神の御意志であり試練なのだから!
そして今日! ここで! その試練は果たされたのだ!」
信仰などするはずもないが相反する神については少女も多少は知っている。
だから断言できる。間違いなくそんな試練は神は出さない。
少女から一瞬たりとも目を離すものかとばかりに固定した男の視線は少女のぽかんと開いた口の中にある牙を捕らえる。
「おお! そう言えば私の血が吸いたかったのだったな。これは待たせて済まなかった。さあいくらでも吸うがいい! 私の首にその桜色の唇をつけカプリといくがいい! さあ! さあ! さあ!」
ハアハア息を荒げながら服を脱いで上半身裸になり首筋を差し出すように近づいてくる男、もとい変態。
「ち、近づかないで!」
寒気を感じながら少女は座っていた玉座を片手でつかむと轟、と音が鳴るほどの速度で男に投げ出した。
人が喰らえば原型など残るものかと言わんばかりの威力。
変態はせまる玉座など視界に入っていないかのように(実際、幼女しか見えていないのだろう)無防備なその身体に直撃を受ける。
弾丸と化した玉座は変態の回りの床すら粉塵へと変える。
もうもうと床と玉座の破片が舞うなか、
「ふむ? これはアレか。いわゆるツンデレという奴なのだな? 素晴らしい! 正に最高のロリ!」
男はピンピンしていた。
傷一つなかった。
「意味分かんない!?」
「む? ツンデレとは普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつく、もしくは好意を持った人物に対し、デレッとした態度を取らないように自らを律し、ツンとした態度で天邪鬼に接するような人物、つまりは君のような者の事を指すのだ吸血鬼の幼女よ」
「誰も言葉の意味なんか聞いてない! あとあたしはツンデレじゃない! 傷一つ負ってないあんたが意味分かんないって言ったの!」
「む? 私が頑丈なのは幼女がもし悪龍や魔王に囚われていたとしたら、あるいはもし幼女が危険に包まれた秘境や密林に居た時助けに行けぬのでは不味いと思い至ってな。
ひたすら身体を鍛えていたらいつの間にかこのような身体になっていたのだ。これもひとえに幼女への愛が為せる業!!」
あまりの阿呆加減に一瞬意識が飛びそうになった。
その間にも変態は気にせずズンズンと少女に近づく。
上半身裸で。
ハアハア息を荒くして。
目は血走っていて。
この状況でどちらが悪か聞かれれば100人中99人は男だと答えるだろう。
残りの1人は男の同類に違いない。
「さあそれでは吸うがいい! 遠慮することはない。むしろ吸ってくれ! いや吸って下さい! さあ!」
「や、やあ」
「さあ!!」
「やああ、来ないで…」
「さあ! さあ!! さあ!!!」
「嫌ああああああああ! 助けてお父様ー!!」
バッと背中から蝙蝠のような翼を出し空いた窓からべそをかきながら少女は逃げ出した。
吸血鬼が自分の根城を捨てるというのは非常に珍しい。基本、純粋な吸血鬼は自分の血や歴史に誇りを持つため城へ攻められた場合は命をかけても戦う者がほとんどだ。
つまりこの変態と戦うのは命や誇りを失うより嫌だったのだろう。
「ま、待て!? 何故逃げる? せめて名前を! あと肉体年齢と服のサイズと好みのお菓子と好きな花と(中略)と就寝時間をー!」
夜空を羽ばたきながら少女は思った。
二度とあの変態には会いたくない、と。
そのためなら人間を襲うのをやめてもいいと思ったほどだ。
しかし願いむなしくこの日を境に少女は追ってくる変態と何度も遭遇することになる。
その度になんとかしよう、二度と追ってこれないようにしよう、というか殺そう、と画策するが変態はある意味自分以上に不死身だった。
ある時は落とし穴に毒蛇を大量につめて。
またある時は潜んでいた屋敷そのものを爆破させて。
またある時は上空から大岩をたたき落として。
その全てが男には効果が無かった。
あれは人間じゃない。変態と言う名の化けものだ。
少女は考えた。
あの変態は悔しいが自分では倒せそうもない。
なら他の誰かに倒してもらおう。
幸いにも自分は吸血鬼。手下を作るなど造作もない。
問題は誰にするか。
あの変態を倒せるくらいとなるとそこらの雑魚では駄目だ。
数十回にわたる殺傷目的の攻撃のおかげで物理攻撃はほぼ効かないと分かった。
そう言えば噂で聞いた事がある。
冒険者と呼ばれる人間の中で特に強い奴らは龍すら殺せる、と。
そう考えてからたまたま近くで見つけた人間の集落で情報を集めると何でも街の外の屋敷に済む魔法使いは非常に凄腕らしい。
ソイツにしよう。まずはどんな奴か確かめなければ。
「だからあなたを待ってたのよ」
「だから俺はここの居候だって言ってんだろ」
「嘘言ったって駄目よ。あたしが子供の姿だからって騙せると思ったら大間違いなんだから」
「…まあ良いけどさ。つまりは俺にその変態をやっつけてほしかったわけね」
「そう! あの変態め! あたしが何言っても自分に都合よくとらえる上に何やってもへっちゃらなんだから! あの変態にはもうほんのちょっとでも関わりたくないわ」
「実際に血を吸って下僕にしてから自害させれば?」
「イ! ヤ! あの変態に口づけるだなんてそんな怖いことあたししたくない!」
「……実はなんだかんだ言いながら寂しくてちょっと来るのを楽しみにしてるとかは」
「冗談のつもり? あの変態がもし死んでくれるのならあたしは人間になったって構わないくらいなんだから」
嫌悪感だらけの表情が少女の発言が嘘ではない事を証明してくれている。
その変態が俺の知り合いだって言ったらこの子どんな反応するんだろうな。
ぷんぷん怒りながら口のまわりを真っ赤に染めた(血ではなく俺が出したスパゲッティのトマトソース)少女を見て捕まえたはいいがこの後どうしようか悩む俺だった。
あとがき
「俺のターン! 『倫理』と『常識』を生け贄に捧げ『変態という名のロリコン』を召喚!」
「何ィ!? 生け贄が指定されているあの伝説のカードだと!?」
「『変態という名のロリコン』の特殊能力により幼女が場にいる限り『変態という名のロリコン』は攻撃を受け付けない!
さらに魔法カード発動! 『ロリコン同盟緊急集合』のカード。この魔法によりデッキ内のロリコンをこのターンのみ場に全て召喚する事が出来る!」
「す、全てのロリコンを、同時召喚!? だ、だが俺の幼女の攻撃力は4500ロリ! 幾らロリコンを召喚したところで返り討ちにあうのが関の山だ!」
「それはどうかな?」
「何?」
「魔法カード『ロリ魂(コン)』 このカードにより場のロリコンどもは自身の全ての力を発揮出来る! 良く見ていろ」
「な、2000、2500、3000、馬鹿な、まだ上がるだと!」
「理解したか、これがロリコンというものだ」
「クッこのままでは……などと言うと思ったか?」
「何だと?」
「罠カード発動! 『上目づかいでおねだり』!」
「な、なんだ? 俺のロリコン達の前に1人の幼女が――」
『――おにいちゃん、て呼んでもいい?』
『『『『グフォ!!』』』』
「な! 俺のロリコン達が一瞬で消滅していく!?」
「『上目づかいでおねだり』は敵の場がロリコンで埋まり自陣に幼女がいる時のみ発動可能なカード。
発動後は幼女は攻撃も防御も出来ないが全ての駒を失ったお前など次のターンで新たな幼女を召喚して攻撃すれば終わり、俺の勝ちだ!」
「…フ」
「何がおかしい?」
「俺の陣を良く見ろ」
「何? ば、馬鹿な!? 一体残っているだと!?」
「そうだ。このロリコンの名は『自覚なきロリコン』! ある幼女以外は通常の反応しかしない特殊ロリコン! そしてお前の場の幼女は攻撃も防御も出来ない!」
「ま、まさか最初から俺に『上目づかいでおねだり』を使わせて幼女を素通りさせるつもりだったのか!」
「当たり前だ! 幼女を攻撃など出来るか! 行け『自覚なきロリコン』! プレイヤーにダイレクトアタック!」
「ぎゃああああああ! ってあれ?」
「し、しまった! 『自覚なきロリコン』の攻撃力は最弱だった!」
「……俺のターン、『無口な幼女』を召喚」
「ああ! よりにもよって『自覚なきロリコン』が反応する幼女! これじゃ壁にならない!」
「攻撃」
「ああ! 幼女に攻撃されて負けちゃううううう!」
後書きじゃないって? アハハ、この話書いててこんな話が思い浮かんだんです。
こんなの本編にのっけてもしょうがないんで後書きで。
きっと初代オリシュの手によりロリコン同盟ではこんなカードゲームが流行ってるんです。
たぶん名前は幼女カード、Lolicon&youjo 略してL&Yみたいな。
肝心の名前は次回に