「ってなわけでな、同じSランクでもウチの非常識と違ってすげー常識人で腰の低い人だったんだよ」
「ふーん、ところでウチのSランクって僕も含まれてるの?」
「当たり前だろ」
「てい」
「目があああ!?」
「全く、もう少し主である僕に尊敬の念ってものを持とうとは思わないのかい?」
「いつお前が俺の主になったよ?」
「家主」
「ごめんなさい」
「よろしい。それにしてもそんな人が来てたなんて知らなかったな」
「おお、帰る時明日ここを去るって言ってたから会うのは無理かもしんないけどな」
「そっか。ところでどうして震えてるんだい?」
「あん? あれ? なんで震えてるんだ俺?」
「冷え性?」
「ちゃうわ馬鹿」
食事をとりながら馬鹿騒ぎをしつつ何で震えてるのか考える。
今日の出来事でなんか震える原因なんかあったかな?
いつも通りギルドで仕事をしていた。
「えーっとこれで先月の受注クエストの整理はオッケーっと」
今日はカウンター側でなく裏に回って書類整理のお仕事。
最近では文字も大分読めるようになってきたし「こういうのはやらなきゃ覚えないものよ」とミコさんからの温かい一言で任された仕事だ。
とは言え年月日順に並べて見出しを作ればいいのでそこまで苦になる仕事ではない。
しかしながら油断は禁物、しっかりとチェックしながら仕事を続けていると
「おーいサトー! ちっと来てくれ!」
「はーい、今行きますバルサさん」
なんだろ? 人手が回らない程受注がいっぺんに来たとか?
バルサさんに呼ばれる事自体は珍しくない。冒険者がそれなりに居るウチのギルドでは仕事なんざ山のようにある。これまたいつもの事だ。
取りあえず手元の資料を簡単にまとめて表の方へと向かう。
「お、来たな。フェン、紹介するぜ。ウチで今雇ってるサトーだ」
顔を出した瞬間、待ちわびたようにバルサさんは俺の紹介を“その人”にした。
“その人”は初めて見る人だった。
青みがかった灰色の髪に笑っているように見える細い目。
俺の姿を見て驚いているのかその口は少し丸く開けられている。
歳の頃は俺より少し上くらいだろうか?
中肉中背の身体に地味な服装は人の良い近所のお兄さんといった印象を受ける。
「サトー。コイツは昔俺が冒険者だった頃の後輩、今じゃSランクの冒険者、“フェンネル”だ」
バルサさんの紹介を受けて軽く会釈を返すにとどまる。
その瞬間、俺の“いつも”は壊れた。
せめて勇者として召喚してほしかった14
「えっとどうも。ここのギルドで下働きやらせてもらってます佐藤秀一です」
「ああいえいえこちらこそ、Sランクの冒険者をやっていますフェンネル・シードです」
俺が挨拶するとフェンネルさんも慌てて立ち上がって返してくれた。
随分腰の低い人だなと思いながらも改めて観察する。
身長は俺と同じくらい、顔つきは優しい印象を受けるが戦いをするような雰囲気は感じられない。
腰元やカウンターを探してみても武器一つないからとてもではないが冒険者、しかもSランクとは思えない。
むしろ商人とか先生と言われた方がしっくりくる。そんな人だった。
「あの、何かおかしかったでしょうか?」
じろじろ見てしまった感があったのだろう。
少し不安げに聞かれたので慌てて詫びる。
「すんません、最後のSランクの方は龍殺しだと聞いてたんでもっと屈強なイメージを勝手にしていましたから、ちょっと驚いちゃって」
「龍殺し、ですか? えーっとボクはまだ龍と相対した事は無いですね」
あん? おかしいな、確かに前にウチのSランクの冒険者3人は魔法使いと元聖騎士団と龍殺しだって聞いてたんだが。
魔法使いと元聖騎士団はシオとセウユの事だから必然的に龍殺しのはずだけど。
「ああ違うぞサトー。コイツはウチのギルドじゃなくてガラムマサラのギルド所属の冒険者だ」
頭をひねらせていた俺の疑問はバルサさんが解消してくれた。
ああ、なるほど。クローブのギルドじゃなくてガラムマサラのか……って
「王都の冒険者!?」
「ええまあ、恥ずかしながら」
照れているフェンネルさんはやはり腰が低い。
けれどそんな謙虚になるような身分ではないはずだ。
ガラムマサラ。この国、イザードの王都であり最も栄えている街。
遥か昔、勇者が現れる前から存在していた長い歴史を持つ街。
街の中心にはこの世界で一番と言われる城がそびえたち、その周りを貴族が囲み十年かかっても全てを把握出来ないとまで言われる城下町がある。
政治、軍、経済、物流などほぼ全てにおいての中心でそれは冒険者ギルドも例外ではない。
受ける依頼の内容も基本的にランクが高く所属する冒険者のレベルも高い。
国からの依頼も良く入ってくるほどの信頼性もあるという。
なぜならガラムマサラのギルドに所属するには他の街のギルドからの推薦をもらうかギルド認定試験を受けなければならないためだ。
その他のギルドでは本人の意志さえあれば入れるのだからその違いが分かるだろう。
つまりガラムマサラのギルドのSランクという事は全冒険者の中でトップといっても過言ではない、とギルドで働くうちに覚えた知識が告げている。
言ってみればここは地方の子会社でフェンネルさんが所属するのは首都の本社と言ったところだ。
「すげえ! 王都の冒険者なんて初めてみました!」
「いやあ、運が良かっただけですよ。バルサ先輩を始めたくさんの人がいたからこその話です」
「謙遜すんなフェン。運だけで王都のSランクになれるわきゃねえだろ。俺がおめえをガラムマサラに推薦したのだっておめえならきっと出来ると思ったからだ」
照れて頭を掻くフェンネルさんを豪快に笑いながらバルサさんがばしばし叩いている。
その姿はギルドのマスターとSランクの冒険者ではなく気心知れた先輩後輩の関係だった。
温かい光景に元の世界の大学の後輩達を思い出して少しばかり羨ましく感じる。
「っとイケねえイケねえ。つい懐かしくなっちまった。サトー、コイツはクローブに仕事で来たんだが実はここは初めてでよ。色々と街を見て回りたいんだが案内が欲しいらしくてな。
てぇこってフェンの街案内を頼めねえか?」
「街を、ですか?」
「おう、フェンが『1人で回るよりは誰かに教えてもらいながらの方が楽しく見て回れそうなので誰か居ませんか?』って言いやがるからな。
可愛い後輩にそんなこと言われちゃ先輩としちゃなんとかしてやりてえのよ」
どうだ? と訊くバルサさんだが元より俺に拒否権などない。
それに俺としても王都の話には興味がある。
「いいっすよ。俺でよければ」
「おお、んじゃ早速で悪いが今から言ってきてくれや。後の仕事はいいからよ」
言われた通り直ぐに身支度を終えた俺は、済まなそうに頭を下げるフェンネルさんを連れて何処を紹介して歩いていくか考えながらギルドを後にした。
「あれ? おいミコ! サトーの奴何処行きやがった? またサボりかアイツ?」
「? 何言ってるのあなた? サトー君ならさっきあなたが後輩のフェンネル君の街の案内をするように言ったじゃない」
「お? ……ああ、そういやそう言ったような。いかんな、良く覚えとらん」
「あなた、せめてスーが大きくなるまではもってね」
「……シオ坊が毒を吐くようになったのは間違いなくお前のせいだな」
「何言ってるの? 私もシオ君も魔物じゃないんだから毒を吐くわけじゃない」
「自覚なしか……シオ坊もガキの頃は可愛げがあったのになあ」
「えっと、フェンネルさんはバルサさんと昔パーティとか組んでたんですか?」
「ええ。ただクローブではなくもっと王都に近い街のギルドに所属していました。バルサ先輩がクエストでクローブに来た際そのギルドの娘さんに一目ぼれしてからは別になりましたが」
「ああ、ミコさんっすね。美人ですからね。今でもまだ独身だと勘違いして告白してくる人いるんすよ。その度にバルサさんに潰されてますけど」
「はは、変わってないですね。昔から何かあったら物理的に叩き潰す人でしたよ」
フェンネルさんの思い出話を聞きながら街を案内する。
フェンネルさんは商人の護衛というクエストで王都からわざわざ辺境のここまで来たとのこと。
街道を通っての護衛だからDランクレベルのはずなのだがどうやら行き先を見てバルサさんに会いたくなったのだそうだ。
折角の再会なのだからもっとゆっくり話さなくて良かったのかと訊いたところあまりそういうのはお互い好まないらしい。
ともかく大通りや街の主要機関などの場所を案内しているのだが、フェンネルさんはなんというかとても会話しやすい。
穏やかな喋り方や柔らかい笑顔なので案内している際に街の人達と会話しても誰もが好印象を抱いているのが分かる。
中には食事に誘ってくる女性もいたが街を回りたいということでやんわりと断っていた。
これがシオだったら取りあえずホワタア!なのだがフェンネルさんに対してはそんな気にすらならない。
そこにいるのが当たり前のように、極自然にクローブの街に溶け込んでいる。そんな感じだった。
「いい街ですね。よその人でも当たり前のように受け入れている」
「でしょう。ちょっと皆騒がしいとこありますけどね」
「流石クローブ、『辺境の園』とも言われただけのことはありますね」
「あん? なんすかそれ?」
「え? サトー君はそれを知っていたからクローブに来たんじゃないんですか?」
??? 言っている意味が分からない。
「ここはもともとイザード国の中でも迫害された人々が作り上げた街なんですよ。元奴隷や難民、貴族からは卑しい身分と言われまともに扱ってもらえなかった人達がなんとか自分達が住めるようにと長い年月をかけて出来たんです。
昔のイザードは選民思考が強く差別など当たり前でしたからね。今でもところどころにその名残はあります。
けれど唯一この街だけはあらゆる民族を受け入れる街と言われています。王都からは遠く、近隣に魔物が多く住まう森や山があり危険度で言えば他の街よりはるかに高いですが、それでも国内でも上位に数えられるほど発展した街なのはそのためですよ」
はー、なるほど。だから俺を見た時も皆最初は吃驚するけどその後は当たり前のように接してたのか。
そういやいやに簡単にバルサさんが俺を雇ってくれてたけどアレはシオの紹介以外にもそういう理由があったからか。
今さらな事実に相槌を打っている間にもフェンネルさんの説明は続く。
「黒髪黒目などある意味その最たるものです。魔力もなく属性もない。人類は皆本来の属性の奥に光を持つと言われ魔物は闇を持つと言われています。
そのどちらでもない黒髪黒目は人によっては不吉の象徴とも言う事があり、特にイジャ教の狂信者に至っては悪魔の手先だと今でも信じている者も居ます。
魔王が現れた今の時代、黒髪黒目である貴方がもし王都に行けば命を狙われる可能性がありますから気をつけてくださいね」
え、なにそれ王都こわい。
「だからボクはてっきり貴方が他の街から平穏な生活を求めて来たと思ったのですが」
「あ~、すんません。俺ちょっと特殊な育ち方してるんで常識とか薄いんですよ。ここに来たのは俺の遠い親戚の魔法使いに呼ばれたからです」
「魔法使い?」
「ええ、フェンネルさんと同じSランクの冒険者ですよ」
「……ほう」
「っと案内の途中でしたね。まだ時間は大丈夫ですか?」
「ええ宜しくお願いします」
「オッケーッす。俺もまだ全部分かってるわけじゃないですけど色々案内しますよ」
少し暗めの話を打ち切り案内のために一歩先に出る。
フェンネルさんも空気を読んでくれたのか黙ってついてきてくれた。
「ここがクローブで一番大きい書店です」
「結構品揃えがいいですね。おや? 特集が組まれてますね、ええっと『究極の愛』のコーナー…」
「さあ、次の場所に向かいましょう」
「え? 今来たばかり」
「そこにいてはいけません見ちゃいけません知っちゃいけません」
「ここが学校ですね。大体子供達は昼ごろに終わるみたいです」
「ああ学校ですか。懐かしいですね。ちっちゃい頃は運動が嫌いでしたがいい思い出です。サトー君はどうでした?」
「俺は(この世界の学校は)通ってないです。おかげで今でも文字の勉強の毎日です」
「………すみません」
「お気になさらず」
「教会です。イジャ教の教会は中央のここ以外に東西南北に一か所づつあり誰でも受け入れてくれています」
「魔王が現れた今、人々は神に祈ることで救いを求めていますから。なんとかしなければいけませんね」
「ええ本当に」
「この先がクローブの街の行政を取り仕切ってる議会です。残念ながら一般人は立ち入り禁止ですが」
「先ほども言いましたがクローブは国から迫害された者たちが作り上げたのが元ですので王都と違い身分による差別が少ないのが特徴ですね。
議会を組む際も王都では全員貴族ですがクローブでは民衆の意見も取り入れるために代表者を選出して共に議題を取り組む形となっています。
もちろん国の方針が第一ですからそこまで突飛な事は出来ませんが」
「……俺より詳しいですね」
「こういうのは得意なんですよ」
「ここに扉があるんですが見えますか?」
「ええっと何処にあるんですか?」
「…どうして他の人には見えないんだ?」
「ここまでですかね」
夕日が大分傾いたのを見ながらフェンネルさんに確認を取る。
「いやあありがとうございます。おかげで楽しい時間を過ごせました」
夕日に当たりながらも優しげな笑みのまま満足したと喜んでくれている。
所々では俺よりも詳しかったフェンネルさんだけどこっちこそ楽しんでもらえて何よりだ。
笑っていたフェンネルさんだが何か思い出したような顔をして俺の方に向き直る。
「ところでサトー君」
「あん? なんすか?」
「貴方は確か親戚の魔法使いの家に住んでいるんですよね?」
「え、ええ」
どうしたんだろ急に?
「どんな人です?」
「どんな、って、えーっと、生意気で自信家でSっ気があって腹が立つことにイケメンで」
「ああいえいえ違います。ボクが聞きたいのはそう言う事では無くてですね。
そうですね――……」
「あん?」
「例えばですが」
「『その魔法使いは銀髪ですか?』」
「え?」
「答えてください。『その魔法使いは銀髪ですか?』」
「え、ええ」
何だ? これ?
「そうですかそうですか。では次の質問ですが『その魔法使いは男ですか?』」
「そう、ですけど」
いつの間にかフェンネルさんの笑ったような細い眼が開かれてる。
薄紫の綺麗な眼。
例え開いていてもワラッテいるように見えるのは変わらない。
少し光を放っているようにも見えるその両眼から俺は目をそらせない。そらせられない。
「ふむふむ。なるほどなるほど。では次に『その魔法使いの属性は『杖』ですか?』」
「はい」
あれ? 今俺勝手に返事してた?
もしかしてその前も?
「ほうほう、ああすいません変な質問ばかりしちゃって。でももう少しだけお付き合いください」
「はい」
「ありがとうございます。それでは次の質問ですが」
おい、どうなってんだ!? 何でさっきから俺が答えようと思う前に返事してんだ!?
強制的に喋っている訳でも身体が動かせない訳でもない。
ただ、それが当たり前のように話してしまう。
訊かれているのだからそんなことする必要が無いというように身体が動かない。。
というかさっきからフェンネルさんは何を訊いている?
魔法使いとか『杖』の属性とか
シオのことを聞きたがってる?
でもどうしてまるで“条件に当てはまっているか確かめるような”質問をするんだ?
困惑で思考が回らない。
身体も言う事を聞かない。
でもこのままじゃ不味い気がする。
このまま答え続ければシオにとって、俺達にとってどうしようもないくらい不味いことになる気がする!
「その魔法使いは大体、そうですね」
答えるな。答えるな。答えるな。答えるな!!
シオが何かを隠してることくらい分かってるしそれに対してどうこういうつもりも俺はない!
勇者の触媒を集めるのを手伝うって言った時から邪魔する気なんざない!
だから喋るな! きっとこれ以上は不味い。だから、頼むから、喋るな!
『ボクや貴方と歳が同じくらいですか?』」
けれど俺の意に反して口は勝手に動く。
フェンネルさんの質問に答えるのが“当たり前”と言わんばかりに。
「いいえ」
「……おや?」
? 少し空気が軽くなった気がする。
「ええっと、『男なんですよね?』」
「はい」
「でも『歳は僕達と同じではない?』」
「はい」
「…………」
なんだ? 俺の口は結局勝手に喋ってしまっているけど何かフェンネルさんの意図からずれたようだ。
「……下の方は既に死んで……生き残って………は兄のほう。でも歳が違う……」
なんなんだ? シオを何かと疑ってたんじゃないのか? シオとは関係ないのか? くそ! 意味分かんねえ!
「……そう言えば確かこの前シナモの闇オークションで……。すいません、『この前行われたシナモの闇オークションに参加されましたか?』」
「はい」
「…ふむ。では『落札したのは『炎輝竜の牙』ですか?』」
「いいえ」
「…あら? ……では『何を落札したのです?』」
「エルフの親子です」
「え、エルフの親子? ええ、っと『何故?』」
「離ればなれになってしまう親子を助けたかったから、というのとあの変態共の慰み者にされることが許せなかったから。俺もアイツも同じ考えでした」
「助けるため……ぷっくく、くくく、あははははは! た、助けるためですか。そうですかそうですか」
俺の答えの何が面白かったのか分からないがフェンネルさんは声に出して笑い始めた。
開いていた眼が元の糸目に戻ると違和感、いや、当たり前であるような感覚が消える。
「ははは、ああ、いやいや、どうもすみません。どうやら人違いをしていたようです。いや本当にすみません。
実はちょっと探している人がいたんですが中々見つからなくて。ボクとしては何とか見つけ出したい一心なのですがそのせいでサトー君には酷い事をしました。
怖い思いをさせて申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げるフェンネルさん。
その姿は俺が最初に見た時と変わらず腰が低い印象を与えている。
「い、いえ。誤解が解けたようで何よりです」
そう言ってごまかすものの内心は冷や汗でいっぱいだった。
今この人はなんと言った?
『炎輝竜の牙』を落札したかと聞いた?
炎輝竜の牙は希少性も高く大きさによっては武器にもなるとシオから聞いた。
だからそれを求めること自体は別におかしい事ではないのだろう。
だがこの場合は違う。
フェンネルさんの質問の意図は違う。
恐らくフェンネルさんは知っている。
『炎輝竜の牙』が勇者の触媒であると言う事を知っている!
だから不味い。とても不味い。
誤解なんかじゃない。恐らくフェンネルさんの探している人とはシオのことだ。
どうも炎輝竜の牙でなくエルフの親子を取ったことから違うと判断されたようだがもしも、もしもだ。
『勇者の触媒を集めていますか?』
こう聞かれた瞬間アウトだ。
何がアウトになるかはわからないが確実にアウトだ。
実はフェンネルさんも勇者を召喚しようとしていて協力を求めているとか?
……何甘い考えしてんだよ! なんでシオが自分が勇者の触媒を集めている事を誰にも言わないのか考えればわかるだろ!
アイツは魔族に知られたくないとか言ってたけどそれだけじゃないだろ。
こういう人(フェンネル)の目から逃れるためだろ!
「いやあ、本当にすみません。っと随分時間を取ってしまいましたね。ボクはこのまま宿の方へと戻ります。サトー君はギルドへ戻るんですか?」
「え、ええ。フェンネルさんはギルドに寄らないんですか? 二階が冒険者用の宿になってますけど」
「ご心配なく。ボクの依頼人が自分の泊まっている宿にボクの分も取ってくれているので。Sランクは信用があって助かりますよ」
明日の朝には出発しなければいけませんしね、と肩をすくめて苦笑するフェンネルさん。
それに対して俺は乾いた笑いしかできない。
「ははは…そうですか。それでは俺もギルドに戻りますのでこれで…」
なるべく表情にでないようにしながら背を向けて歩き出す。
一刻も早くここから離れたい。これ以上いてもし核心的な質問をされた時俺はきっと“答えてしまう”。
不自然にならない程度の速さで足を動かしていく。だが
「あ、すいません。最後にもう一つだけ」
「――――ッ!」
落ちつけ、慌てれば逆に怪しまれる。
「―――なんです?」
ゆっくり振り返ってなんでもないような口調で訊き返すも心臓がどくどくとうるさい。
顔がこわばってないか確認できないのが辛い。
「ああ、そんなに身構えないでください。さっきのは本当に悪かったと思っているんですよ。今度のは大したことじゃないんです」
どうやら俺の取りつくろいなどバレバレだったらしくフェンネルさんは苦笑している。
「本当に大したことじゃないんです。ただの興味本位なんですが“サトー君は勇者がいないことについてどう思いますか?”」
「え?」
口は勝手には……動かない。
「ですからただの興味本位ですって。それで、どう思います?」
「………どう、と言われても」
次の言葉にも俺の口が勝手に動く事はない。どうも本当に興味本位の質問のようだ。
けど気軽には答えられない。もし下手な事を言ってまた何か疑われたら目も当てられない。
「…………」
「あー、サトー君。別にそこまで真剣に悩まなくてもいいですよ?」
勇者がいない事について。正直なんでいないとは思ってる。でもシオに聞いてもまだ召喚されてないから、としか教えてくれないし他の人に聞くのも変に疑われるからやめてくれと言われていた。つまり今いないこと自体に疑問を抱くような答えはだめ。となると―――…
「悲しいですね。はやく現れてほしいって思います」
当たり障りのない答えだと思った。
魔王がいる世界なら救いである勇者を求めるのは当然だと思った。
だからそれっぽい答えにした。
けれどこの瞬間、俺は自分が最大のミスを犯した事を悟った。
何故ならフェンネルさんの両目が俺に質問していた時よりも大きく開かれていたからだ。
「現れてほしい、ですか」
「え、いや、ただそう思っただけで」
「いえ、別にかまいませんよ」
見開かれていたのは一瞬で直ぐに元の糸目に戻っていた。
けれど身にかかる気味の悪さはさっきまでの比ではない。
さっきまでのは目標への手がかりレベルの関心。
言ってみれば獲物の足跡を見付けたようなもの
今受けているのは完全にターゲットとして認識された、獲物として捉えられた感覚だ!
何も答えなければきっと俺の事は珍しい黒髪黒目程度の印象で済んだんだろう。
でももう駄目だ。きっとこの人は俺に対する印象を決して軽くはしない。
なぜかそれが確信出来る。
それこそ、死ぬまで、ずっと。
「そ、それじゃ俺はもう戻ります!」
限界だった。
返事を返すと同時に全速力で駆けだした。
疑われるとか怪しまれるとかどうでも良かった。
直ぐにフェンネルさんの傍を離れなければ俺は駄目になる。
そう確信できた。
「――――――――――――――」
走り去る俺に背中からフェンネルさんの声が届いたが俺は何も答えずに走った。
サトーが走り去ったのを見届けるとフェンネルもまた自らの宿へと足を運んだ。
「ふう、辺境まで足を運びましたけど結局は人違いという事ですね。もし『彼』なら触媒を目の前で放っておいて他のを、しかも人助けのためだなんて理由でふいにはしないでしょうし。それに性別や容姿はまだ変装などでごまかせますし名前は偽名を名乗ってるでしょうから意味がありませんけど年齢までは流石に無理がありますからね。まあこれはいつもの事ですね。いるかいないか分からない存在を探しているのですから大したことではないです。………それよりも」
立ち止まり身をかがめる。
腹を抑え何かを必死で耐えるようなしぐさをする。
「“はやく現れてほしい”? “はやく現れてほしい”!? 今この世の中で勇者に対して“はやく現れてほしい”!!? 勇者が“はやく現れてほしい”!!??
うふ、うふふ、うふふふふ、うふふふあはうふあはうふはははあはあははあはははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははうふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!! これはどういうことなのかな? 本人の言った通りただ世間知らずなだけなのかな? それとも別の何かかな? ああ興味が沸くなあ、興味が沸くなああんな事を普通に言えるだなんて興味が沸くなあ、他の人だったら変わり者とか勇気があるで済ませられるけど黒髪黒目がそんなこと言うなんて興味が沸くなあ沸くなあ沸くなあ、勇者なんかよりずっと興味が沸くなあ、魔王が現れて、勇者がいなくて、代わりにいるのはほとんどおとぎ話レベルの黒髪黒目! なんの力も魔力も持たない、光の側にも闇の側にも味方がいなくて全部殺されたとも言われた黒髪黒目が今ここに、この時代に居るのは偶然かなあ? その黒髪黒目がまったく負の感情も持たせることなく勇者を望むだなんて偶然なのかあ? 、面白い物見つけちゃったなあ、ああ興味が沸くなあ、本当に興味が沸くなあ、仕事が無ければここに居座るんだけどなあ、どうしよっかなあ、辞めちゃおっかなあ、でもなあ、流石に勝手に辞めたら殺されちゃうかなあ、殺されるのはいやだなあ、死ぬのは嫌だなあ、しかたないなあ、我慢するかなあ、我慢して次に会うのを楽しみにしようかなあ、そうだね、うん、そうしようそうしよう」
狂ったように笑った後、誰かが聞いている訳でもないのに勝手に喋りつづけ自己完結した。
サトーと話していた時とは口調も幼くまるで楽しいおもちゃをみつけた子供のように。
再び歩き出した誰もいない宿までの帰路。
フェンネルは笑みを絶やさず言葉を繰り返す。
「ああ、興味が沸くなあ」
バタン!!とギルドの扉を勢いよく開けカウンターに崩れるように座りこむ。
走っている間の事は良く覚えていない。とにかくここに戻ることしか頭になかった。
俯いて荒い息をなんとか落ち着かせようとしていると誰かが近寄ってきたのが分かる。
「サトー、そんなに疲れた顔してどうしたの?」
「シ、オ」
そういや今日の夜くらいに帰ってくるって言ってたな。
って、そうだ、伝えなきゃ。 さっきの事を伝えなきゃ!
「シオ! ヤバい! ヤバいんだ!」
「うん? 何がヤバいの?」
「何がって…………何がだ?」
「…君の頭じゃないの?」
反射的に繰り出したこぶしを避けられるがラビットパンチをかます。
首の後ろを抑えて悶えるシオを見てバルサさんが「やっぱアイツの影響だよな」と呟いているがどうでもいい。
今の自分の科白が気にかかる。
本当に何がヤバかったんだ? 別に今日は何か問題が起きたわけでもないはずだ。
特に何でもない“いつも通り”の一日だったはずだ。
ギルドで仕事しててバルサさんに呼ばれてフェンネルさんに会って街の案内をしていろんな話をして
最後に幾つか“質問”をされただけのむしろいつもよりも平和な一日だったはずだ。
「何かあったの?」
復活したシオがこっちを不思議そうに見ている。
因みに喧嘩で負わせた怪我云々にはお互い謝らない事にしている。いちいち言ってたらキリが無いので。
「いや、気にすんな、どうも勘違いっぽい。っとそうだ。今日王都のSランクの冒険者に会ったぞ」
「え?」
「初めて会ったけどえらぶってないし常識人だしイイ人だったぜ。話訊いた限りじゃ王都のクエストはこっちよりもレベルが高いらしいし報奨金も高いんだとよ。
シオは王都に行こうとは思わないのか?」
そうすりゃ俺の生活もある程度平和になるはず。
「……」
「シオ?」
「思わないよ。僕は別に地位や名誉のために冒険者をやってるんじゃないんだから」
「あん? …ああ、そっか。むしろこういうとこの方が国のクエストが無い分自由に動けるのか」
王都のギルドは国からの依頼は逆指名、半強制的に受ける場合もありSランクなんかは引っ張りだこって言ってたしな。
触媒集めるシオからすりゃそんなのは勘弁ってわけか。
「そう。それに………」
「あん? 何か言ったか?」
「いや、それより今日はもうここで食べていこう。奢るよ」
その後はやっぱりいつも通りの会話やらド付き合いやらで今日会ったことなどほとんど薄れてしまった。
けれど、何故だろう?
最後の別れ際のフェンネルさんの一言。
特に変わったところのない“当たり前”の言葉なのに
それを思い出すだけで身体が震えそうになるのは?
「サヨウナラ、マタアイマショウ」
あとがき
…………なんだこのドシリアス?
こんなのせめて(ryじゃない!
でも物語の展開上どうしても何処かで書かなきゃいけなかったんです。
しかしやはりこれでは何なので今回はもう一話投稿
次話でシリアスブレイクします。