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No.21417の一覧
[0] せめて勇者として召喚してほしかった[古時計](2011/08/29 01:34)
[1] せめて勇者として召喚してほしかった2[古時計](2011/08/24 23:20)
[2] せめて勇者として召喚してほしかった3[古時計](2011/08/24 23:20)
[3] せめて勇者として召喚してほしかった4[古時計](2010/11/02 02:01)
[4] せめて勇者として召喚してほしかった5[古時計](2011/08/30 22:48)
[5] せめて勇者として召喚してほしかった6[古時計](2010/11/02 01:59)
[6] せめて勇者として召喚してほしかった7[古時計](2010/10/30 17:26)
[7] せめて勇者として召喚してほしかった8[古時計](2011/08/30 22:47)
[8] せめて勇者として召喚してほしかった9[古時計](2011/02/18 23:23)
[9] せめて勇者として召喚してほしかった10[古時計](2011/02/21 12:42)
[10] せめて勇者として召喚してほしかった11[古時計](2011/03/04 00:55)
[11] せめて勇者として召喚してほしかった12《前編》[古時計](2011/03/10 01:30)
[12] せめて勇者として召喚してほしかった12《後編》[古時計](2011/03/21 16:10)
[13] せめて勇者として召喚してほしかった13[古時計](2011/07/18 21:24)
[14] せめて勇者として召喚してほしかった14[古時計](2011/07/24 19:01)
[15] せめて勇者として召喚してほしかった番外1[古時計](2011/08/16 00:23)
[16] せめて勇者として召喚してほしかった15[古時計](2011/07/31 17:27)
[17] せめて勇者として召喚してほしかった16[古時計](2011/08/16 00:24)
[18] せめて勇者として召喚してほしかった17[古時計](2011/08/21 20:00)
[19] せめて勇者として召喚してほしかった18[古時計](2011/08/31 01:14)
[20] せめて勇者として召喚してほしかった番外2[古時計](2012/01/05 00:43)
[21] せめて勇者として召喚してほしかった19[古時計](2012/08/17 02:02)
[22] せめて勇者として召喚してほしかった20[古時計](2012/09/17 22:26)
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[21417] せめて勇者として召喚してほしかった13
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/18 21:24





ドンドンドン、と小気味良い音が手元の金槌より響く。

バルサさんにギルドの倉庫の一つが雨漏りし始めてるから修理しろと言われ、そんなもん素人にやらすなよ普通に大工とか呼べよ、
と思いながらも雑用に断る権利などなく屋根に上りひたすら板を打ち続けた。





ギルドの倉庫にはギルド関係の資料のほかに冒険者が集めた素材や武器なども保管している。

冒険者がクエストで手に入れた素材や武器は依頼の範囲外ならば基本はその本人の物となるのだが、生活をしていく以上ただ持っているだけでは何の意味もない。

本人が使えれば何の問題もないが不要な武器や素材は宝の持ち腐れとなってしまう。

そこで、それらの品をギルドは冒険者から買い取り、一定期間保管した後で武器屋や呉服店など多方面へ売る仲介を行っているのだ。

これはギルドと冒険者の契約の一つでありギルドを介さずに他へ売るとペナルティを喰らう。

こう言うとギルドの一人儲けのようだが代わりにギルドは買い取った武器や素材を保管中に欲しい冒険者がいれば格安で売るという事も行っているので文句の声は少ない。

実際冒険者になったばかりの初心者は装備をギルドから集めるのがほとんどだ。

他にも曰くつきの武器や普通の店では買い取り拒否の物も保管している。これらは希少価値としては高いのだが日の目を見ることなく埃をかぶるのが常だ。






最後の釘をトン、と丁寧に打ち終えてぐぐっと背を伸ばせばいつの間にか太陽がてっぺんに登っていた。

昼はいつもミコさんの賄いだが今日はなんだろうなと思いをはせつつ梯子の方に足を向けると


ミシリッ


屋根が抜けた。

足一つ抜けるとかへこむとかそんなレベルではなく落とし穴よろしく見事に抜けた。

「ぬおおおおおお!?」

舞空術も二段ジャンプも出来ない俺は重力に逆らうことなど出来ずに無様に倉庫の中に落ちた。

ビクンッビクンッ

擬音で表すならそんな音であろうほどに悶えていたがしばらくすると痛みも引いてきた。

どうやら倉庫内の部材がほどよくクッションになってくれたらしい。

腰をさすりつつ立ち上がると整理とかで見慣れた倉庫がブチ空けた天井の穴から照らされ俺の回りだけ散乱していた。

こりゃあバルサさんに大目玉食らうな、と脳裏に浮かぶ未来予想図に涙しながら取りあえず少しはまともにしておこうと片づけ始める。

両手で抱えなければ持てない剣や盾、何に使うか分からないものをある程度整理していったところで“ソレ”を見つけた

「あん? なんだこりゃ?」

何処か不思議な文様の描かれた箱が投げ出されている。

落下の所為で壊してしまったかもしれない、と焦って箱を手に取ると何か入っている感覚がある。

確認のためにやけに簡単に外れたふたを取ると

「これは…」

中身は黒いナイフだった。

鞘もなく装飾もされていない。ただ柄も刀身も黒いという異色なナイフだ。

「ヘー、黒いナイフねえ」

しげしげとそのナイフを見つめる。




……

…………

……………………ハッ!!





ピンと来た。

漫画で表すなら頭上に電球。

これはもしや俺の強化イベントでは!?

力を持たない主人公がひょんなことから伝説の武器を手に入れるってのは王道じゃないか!

しかも色は黒だし装飾がされてないってところが無能な俺にあってる気がするし!

蓋が簡単に外れた辺りが俺が選ばれた証とか!

ヤベエわくわくしてきた。ついに主人公(笑)を脱却か? シオの野郎にひと泡吹かせられるか?

期待に胸を膨らませながらナイフを手に取った。






俺は忘れていた。

俺にそんなチートなどあるはずがないと言う事を。

この倉庫は買い取り拒否系の武器などを置いてある倉庫だったという事を












≪ふはははははーーーー!! 久しぶりの身体だーー!!≫












そんな声と共に俺の意識は途絶えた。























せめて勇者として召喚してほしかった13























「ハハハハハ! まさかまた身体を得る事が出来るとは思わなかったぜ。この身体の持ち主には感謝しねえとな」

黒いナイフを掴んだ瞬間笑いだしたサトーは昂揚とした口調で自身の身体を見つめる。

「にしても信じらんねえくれえ乗っ取りやすい身体だったな。今までさんざん人間を乗っ取ってきたけどここまで簡単に支配出来た奴は初めてだぜ」

普段のサトーより口調が荒いが本人はそれを気にした体も見せずに口の端を釣り上げる。

その顔もまたいつものサトーとは違い何処か邪悪さを含んだ笑みだった。

それもそのはず。今のサトーはサトーであってサトーでない。

先ほどサトーが手に取った黒いナイフは所謂呪われたアイテム、持ち主の体を乗っ取りナイフに宿る精神体に支配されるという危険な代物だった。

黒いナイフの精神体は宿主の身体を使って自らの望みを果たす。それはナイフとしての使い道。すなわち人を切るということ。

今までにも幾人もの体を乗っ取っては数え切れぬほどの犠牲を出したこの呪いの黒いナイフだが十数年ほど前、
ある冒険者によってその存在がばれ封印を掛けられて倉庫の中で埃を被ることになっていた。

しかし、その封印が運悪くサトーが落ちた際に解け、結果としてまた新たな犠牲者を出す事になってしまった。



因みに封印が解けたのはサトーが転落した際に箱につけていた呪符が外れたためであって決してサトーが封印を無効化するような能力を持っていたわけではない。



ともかく乗っ取られたサトーだったが、しかし、呪いのナイフにも誤算があった。

楽しそうに笑っていたが何かに気付いたように眉を動かす。

何度かナイフを持った腕をひゅんひゅん、と振り調子を確認するがその顔には先ほどあった笑みはなく不満が見えている。

「しかし支配しやすいのはいいが如何せん体が弱えな。て言うか魔力がねえ人間なんざいんのかよ。こんなんじゃあっという間にガタが来ちまう。
おまけにちっと強え人間と戦り合ったら間違いなくこっちがやられる。

…しょうがねえ、今すぐ切り刻みまくりてえ所だがすぐに捕まっちまう訳にもいかねえ。長く楽しむためにも新しい宿主を探しに行くとするか」

そう呟くと黒いナイフによって支配されたサトー、略して黒サトーは穴のあいた倉庫から抜けだしクローブの街道へと足を運んだ。


呪いの殺人ナイフが解き放たれたクローブの街、今、この街に危機が迫る!!







街道には昼すぎということもあり多くの人が賑わっていた。

その中を黒サトーは目をギラギラさせながらポケットに手を突っこんだまま歩く。

もちろん片手には本体であるナイフを握ったままだ。

(くああああああ、こんなに獲物がうぞうぞいるのに切れねえってのは拷問だろ! やっぱやっちまうか?
……いや待て待て、間違いなくこの体じゃ1人切ったくれえで他の奴に取り押さえられる。見たところ結構冒険者の奴らがいるみてえだし下手は出来ねえ。
大抵の奴はコイツよりスペックが高えからさっさとオレを渡させちまうのもアリだがどうせならかなりイイ身体にしてえし。
もう前みてえに中途半端な体に入った所為で捕らえられんのは御免だぜ)

イライラしながらも道行く人を1人1人をしっかりと観察していく。

人を乗っ取る力を持った黒いナイフからすればその肉体のスペックくらい姿を見ればある程度は分かる。

以前捕まった時にはCランクの冒険者だったが今回は出来ればAランク以上の身体が望ましい。



「ん? ありゃあ…」

黒サトーの視線の先には子供に飴を与えている修道服姿の男がいる。

陽に当たった輝く金髪に穏やかな笑みを浮かべ回りに集まる子供たちに施しを与える姿は正に聖職者と呼ぶにふさわしいだろう。

……それがくれよー、よこせよー、ひいきすんなよろりこん! と服を引っ張ったり蹴飛ばしたりしている男の子たちを完全に無視して幼い少女達にのみ渡してさえいなければ。

付け加えるなら穏やかな笑みの鼻先には赤い筋が流れている。

分かりやすく言えば変態だった。

「へえ、なかなかじゃねえか」

だが黒サトーにとっては男の性癖などどうでもいい。問題なのは男のスペックだ。

明らかに身体能力が高い。魔力もそこそこであり人間とは思えない身体だ。

さらに言えば恐らくかなりの頑強さを持つという事も黒サトーからすれば+要素である。

よし、コイツにしよう。と子供たちに囲まれた修道服姿の男に近寄ると



「あ、黒の兄ちゃんだ! 昼なのに仕事しなくていいのかよ!」

「サボり? サボり? サトー、サボり?」

「あ、ホントだ! お兄ちゃん暇なの? なら遊ぼうよ!」

「黒い兄ちゃん今日は追っかけられてないんだね。大丈夫?」

「サト兄ぃ文字読めるようになったのかよ? オレもう読めるようになったぜ! どうだ!」

「サトーお兄ちゃん毛ぇ頂戴! 黒髪のお人形作りたいんだけどいい毛がないんだもん」

修道服姿の男の回りにいた子供達がわらわらと黒サトーの回りに集まってきた。

クローブの街に住んで以来、黒髪黒目という物珍しさから一気に知れ渡り、興味を持った子供達からは珍獣扱いされつつも慕われているサトーだった。

サトー自身、別に子供嫌いというわけではないので暇な時には元の世界の遊びなどを教えているうちにいつの間にか懐かれていた。

当然、そんな事を知らない黒サトーからすればまとわりつく子供達など邪魔なだけである。

因みにお目当ての子供(幼女)達全てがサトーの方へ流れたので親の仇を見る目があるがこれはどうでもいい。

「んだあガキ共! オレはテメエらと遊んでる暇はねえんだ! 散れ! 散れ!」

きゃー、兄ちゃんが怒ったー、わー逃げろ―、と怒声を浴びたにも関わらず何故か楽しそうに駆けだしていく子供達。

この辺りがまるでサトーを脅威と感じてない事がうかがえる。

最もそれが慕われてのことなのか、黒髪黒目の特性によるもの(威圧感なし)のための効果なのかは定かではないが。

ともあれ障害(子供たち)が去った事でようやく目標の男、セウユに近づける、と思った時

「何のつもりだ?」

低く良く通る声が目の前の男から届いた。

声音からは明らかに友好の意は感じ取れない。

まるでそれは敵に向けるようなもので。

(まさか感づかれたか? いや、オレの擬態は並みじゃねえ。だがこの男から伝わる気配、これは敵意だ! クソッ! いい身体だと思ったが逆に良すぎたか!?)

思わず身構えポケットに入れた右手のナイフを握りしめる。いざとなれば戦闘も辞さないが問題は身体のスペック差が大きすぎる。

戦ったところで敗北は必至、なんとか逃走だけでもと考えた黒サトーだが次の言葉に頭が真っ白になった。

「私の天使達を奪った事は百歩、いや千歩、……万歩譲ってよしとしよう。彼女達の意志も尊重しなければならんしな。

だが! 笑みを浮かべ傍に寄ってくるなどという私ですら中々味わえないその幸運を自ら不意にするなどとは一体どういう了見だ!!

同志サトー! 君はそれでもロリコンかね!?
あの日西に沈む夕日の下、荒れる海辺で「幼女!幼女!ツルペタ幼女!」と幼女への熱い思いを叫びながら私と殴り合った君は何処へ行ったのだ!?」

「は?」

「正気に戻れええええ同志サトー!!」

肩をガッと鷲掴みにされガクガクと揺すられながら黒サトーもようやくこの男は(別の意味で)ヤバイんじゃないか?と気付く。

揺すぶられて気持ち悪くなりそうな脳内で(いつどこで俺がお前とそんなことしたよ! お前が正気に戻れ! あと同志言うな!)と宿主の声が響いた気がする。

「よろしい! 君が幼女への愛を忘れたと言うのなら私が思い出させてあげよう!
ロリコン経典第1章3節 『汝、幼女を愛せよ』
これはすなわち全てのものは等しく平等なのだからまずは幼女を愛せというありがたいお言葉……」

「こらー! 近隣の住民から子供達を集めている怪しげな者がいると聞いて来たがまたお前らか!」

朦朧とした頭に妙な刷り込みを受けかけていた黒サトーだがその声にハッと我に帰る。

振り返れば長い棒を持った男性達がこちらへ走ってきていた。

いずれも修道服の男には及ばないが今の身体より高性能な身体達だ。

「ええい! 今日という今日は現行犯で捕まえてくれる!」

助かった、と思った黒サトーだが肩に合った手がいつの間にか無くなっている事に気付く。

視線を回すとはるか先にセウユの後ろ姿が見える。

あの一瞬で米粒に見えるほどの距離まで駆けて行ったその身体の見立ては間違ってなかったがまるで惜しいと思えなかった。

性癖は受け継がないはずだがあの身体を乗っ取った時、精神体である自分がまともでいられる自信がまるで沸かない。

「あ、先輩!1人逃げました!」

「クッ仕方ない! あの黒坊主だけでも捕まえるぞ! 今日こそ街の自警団の意地を見せてくれる!」

「「ハイ!」」


あれ? オレも狙われてる?
















「ハアッハアッ、くそ、アイツらめ覚えていやがれ、強い身体を得たら真っ先に切り刻んでやる!」

数十分後、何とか自警団の追手を逃れた黒サトーは負け惜しみを吐きつつ息を整えていた。

三人ほど今の身体より高性能な人間に追いかけられたので仕方なく撤退を選んだ。

正直追いつかれるかもしれないと不安だったが何故かこの身体、逃げ足は妙に速かった。

まるで日常的に逃げ足を鍛えているような感覚だったが黒サトーが欲しいのは逃げ足ではなく人を切り刻めるほど強い身体である。

気を取り直してまた良い身体探しに向かうがセウユほどの身体は中々現れない。

いささか劣る身体はあるもののセウユのスペックを見た後ではどうも選ぶ気にはなれない。セウユを選ぶ気もないが。

どうしたものかと唸っているとふと視線を感じてそちらを向く。

随分と低い位置から感じるなと思えば首輪に青い宝石をつけた真っ白な猫がこっちをじっと見ている。

「…………」

「…………」

何故か真っ白な猫は動こうとせず何かを確認するように頭を動かしている。

奇妙な猫だとは思ったが猫など乗っ取ることも出来ないし切り刻んでも楽しくない。

とは言え猫ごときになめられるような行動は黒サトーとしても気分のいい物ではないのでさっさと追っ払うことにする。

「オラ、何見てんだ猫! シッシッ」

「!?」

瞬間、毛をビクッと逆立て猫らしくシュタタタタとあっという間に何処かへ逃げ去っていった。

去っていく猫を横目で見やりながら苛立たしげに頭を掻く。

(ったく、さっきのガキどもといい今の猫といいこの人間には妙に何か寄ってくんな)



「あら、サトーさん?」

軽く呆れのため息をつけば再び声をかけられる。

またかよ、と声のした後ろに振り返れば




「こんなところでどうしました? ギルドのおつかいですか?」




そこには理想があった。


魔力は少ない。正直平均的な量をかなり下回っているだろう。

だが魔力値など身体を操るナイフにとってどうでもいい。

「? あの、どうして黙っているんですか? 私の顔に何かついてます?」

何か訊いているのは分かるが頭に入ってこない。

改めてその女(のはず、何故か確信できない)の姿を確認する。

赤い髪を後ろでひとくくりにして背中に流している。

軽鎧に身を包み腰には細剣を指している。

容姿はどうでもいいと思っている黒サトーだがそれでも間違いなくこれは人間の中でも上位の物だと分かる。

そしてとりわけ注目したいのがその身体だ。



全くといっていいほど無駄のなく、柔軟かつしなやかな筋肉。

訓練だけでは成り立たない、生まれによる性質。

だが決してそれに溺れず鍛えられた洗練された身体つき。

恐らく何度も繰り返した鍛錬や戦闘で培われた戦士独特の気。



完璧だった。黒サトーにとって理想としか言いようのない身体だった。

属性も魔力が少なく身体が強化されていることから『剣』であろうことは想像に難くない。

正に自分の求めた身体! これだ! 今まで大勢の身体を乗っ取ってきたがこの身体こそが自分の追い求めてきたものだったのだ。

どの人間にも何処か欠点があっていつも不満が絶えなかったがこの身体ならば間違いなく自分の力を十全に発揮できよう!

気がつけば黒サトーは空いている左手でその理想、ミリンの手を取っていた。




「やっと見付けた。あんただ。あんたこそがオレの理想だったんだ」

「へ? え? あの、え?」

「ああ、済まねえ、柄にもなくマジで喜んじまった。まさかオレが探し求めていた存在にこうして会えるとは思わなくてな。

だが間違いなくこれだけは言える。オレはあんたに会うために生まれてきたんだと!」

思わず大きくなった声に周囲の注目が集まる。

そこには一見すれば二人の男女。

男性が女性(?)の手を掴み真剣な眼差しで見つめ、女性の方は突然の事に驚き目を見開いている。しかし、その頬は赤い。

誰がどう見ても告白現場だった。

「あんたを知らなければオレはきっと他の奴で満足していただろう。それできっと問題なかっただろうよ。だがもうだめだ。あんたを知っちまった。あんた以外もう考えられねえ」

「さ、サトーさん、い、一体どうしたんです? 急に何を言い出すんですか?」

「何って……通じてねえのか。あんたが欲しいと言ってんだ」

「なっ!?」

黒サトーの言葉にミリンはさらに顔を赤くし言葉を詰まらせる。

うおー!とギャラリーから歓声が沸く。

先ほどまでは人通りも多かったのだが黒サトーとミリンのやりとりをみて全員邪魔にならない程度の距離まで行きしっかりと二人を見ている。

クローブの住人は空気の読める人達だった。

いいわねえ若い子ってのは、うちの旦那も確かと、奥様達は昔話をしつつも視線は二人に固定されている。

「な、なんでそんな突然、大体私には心に決めた方が」

「ワリいな。でもオレもあんたを諦めるってのはもう出来ねえ。もう一度いう。あんた以外はもう駄目だ。あんたじゃなきゃだめだ。
こんな風に言うのはオレも初めてだがアンタだからこそ言いてえ。頼む、俺と一つになってくれ!」



そう言ってポケットから何かを出し掴んだミリンの手に持っていく。

ギャラリーからは良く見えず指輪か! と興奮しているが実際は体を乗っ取るナイフを渡そうとしているだけである。

だが幸か不幸かギャラリーはもちろん至近距離のミリンですら恥ずかしげに顔を伏せている所為でそれに気付かない。



「……わ、私なんかの何処がいいんです?」




ミリンの戸惑うような、困惑しつつも真意を問う発言。

いけ! そこで決めろ! とギャラリーの中の男共が沸くが今いいとこなんだから静かにしろ、と女性陣達にのされる。

「何処って……そりゃ決まってんだろ」

そんな周囲の言葉などまるで気にならない黒サトーは寄せたナイフを止めミリンの顔をしっかり見つつ答える。





























「カラダだ」
























「横にね、飛んだんですよ。いえ、その男の方が。殴られた瞬間こう、つーっと、まるで見えない台車に乗っているみたいに真っすぐ、しかも鳥が飛ぶみたいな速さで。

いやー、長年この街にいたけどあんな振られ方した男は初めて見たわ」――――後日、見物客の1人による証言




























目が覚めれば夜空に月が輝いていた。

「いてて、クソ、オレの理想の身体どこに行っちまった?」

黒サトーが身を起してみればもう暗くなった街には人影など見当たらず目的のミリンも当然いなくなっていた。

ちなみにナイフは気絶しても握り続けていた。奇跡である。

取りあえず立ち上がると彼の横には『この男、傷心中にて触れるべからず』と看板が立っている。

何の事か良く分からないがとにかくあの体は修道服の男と違い絶対に諦めきれない。何日でも探そうと決意する。

「しっかし、流石にもう誰も切らないってのもチイッと無理だな。夜になったし1人くれえならいっか」

理想の身体は明日探すとして今は気晴らしも兼ねて辻斬りをしよう、と思った瞬間向こう側からゆっくりと歩いてくる人影が見える。

「運がいいねぇ、いや、悪いのかねぇ」

黒サトーにとって最高の、相手にとっては最悪のタイミングの遭遇。

何故なら見えた身体の持ち主はスペックでは黒サトー以下だった。

その代わり魔力は信じられない程高かったから魔法使いなのだろう、と想像つく。

魔法使いは大抵接近戦に弱い。獲物としては最適だ。

すれ違いざまに切りつけてひるんだところをめった刺しにした事など今まで何度もある。

さあて、やるかと思えば

「サトー、遅いから迎えに来たよ。なんかまた馬鹿やったらしいね」

「ア?」

どうもまたこの身体の知り合いらしい。まあこの身体の街なのだから当たり前といえば当たり前だが獲物がコイツの知り合いばかりとはどういうことか。

「ほら、早く帰るよ。今日は君がご飯作る番だろ?」

「ん、おお」

くるり、と無防備に背中を向けて歩き出す銀髪の魔法使い、シオに黒サトーはニヤァ、と笑みを浮かべおざなりな返事をする。

すたすた、と歩く姿はどう見ても不意打ちに対応出来そうな身体ではない。

(このオレに背中向けるなんざ襲って下さいって言ってるようなもんだぜ魔法使い。ま、恨むんなら乗っ取られたこの知り合いを恨むんだな)

ぎらつく目を背中の左側に固定し足音を忍ばせゆっくりと近づく。

振り返る気配もないシオに少し物足りなさを感じつつもナイフを一気に突き出す。

(あばよ、魔法使い)

本体たるナイフは自分の思った通りにシオの背中の左側に吸い込まれるように進み―――


「『エヴァク』」


見えない壁に阻まれた。

ナイフはシオに届く手前で固定されたかのように動かない。



「な、んだこりゃあ!?」

「魔法だよ、『ラニマ』」

黒サトーが驚いている間に眼前に伸ばされたシオの右手。

そこから青い電撃が走り黒サトーの身体を駆け巡る。

「ぐがああああああああ!!」

「サトーの身体だからね。死なない程度には調整した。でもしばらくは指一本動かせないだろ」

倒れこんだ黒サトーを見下すようにシオは呟く。その内容は明らかに今話している相手が自分の知り合いではない事を見抜いていた。

シオに言われた通り身動きは取れないが口は自然と動いた。

「あ、ありえねえ! 何だ今の詠唱の速さは!? 魔法の詠唱ってのはもっと長えはずだろ!?」

記憶の中の魔法使い達の何人かは切りつける前に気付けるほどの実力者もいた。

だが魔法を発動させるためにはそれぞれの属性を司る精霊に干渉するための術式を使わなければならない。

人がそれを為すためにはいくつもの複雑な理論によって構成された詠唱を唱えなければならないのだがその間はほぼ無防備になる。

そんな隙をナイフは見逃すことはしなかったし事実、魔法使い達はそうしてやられてきた。

それが詠唱の発動呪文のみで魔法を使えるなど聞いた事が無い。

「お前は知らないだろうけど僕はギルドのSランクの冒険者だよ。魔法使いが1人でクエストに行くんなら最低でもこのくらいは出来なきゃ」

「っく!意味わかんねえ!――つうか何でオレがこの身体の持ち主じゃねえって分かったんだよ! 幾ら魔法使いでもオレの擬態は見ただけじゃ分かんねえはずだ!」

「それこそお前がサトーじゃない証明だよ。今日白い猫にあったろ? あの仔、ミントは精霊獣でね、魔力や属性、思考まで見抜ける高位の精霊獣さ。

一切読み取ることのできないサトーから邪な気を感じるって僕に教えに来てくれたのさ。サトーはミントに懐かれてるからいつも会った時には楽しそうに会話するって言ってたしね。
……僕と話す時は怯えてて距離も凄く離れてたのはちょっと傷ついたけど」

後半は良く聞こえなかったが黒サトーの脳裏には確かに奇妙な猫が浮かび上がった。

真っ白な猫は言われてみれば普通の猫よりも纏う気配が違った気がする。

「あの猫か! クソ、追い払わねえで殺しとくんだった!」

「まあ、そんなことしなくても僕はサトーじゃないって気付けただろうけどね」

身動きも取れず悪態をつく黒サトーの右手、黒いナイフにシオはゆっくりと近づく。

「サトーはね、僕との喧嘩の時には絶対に武器を使わないんだ。冒険者最高のSランクの僕相手に最弱といっていいはずなのに素手でやろうとするんだ。

だから後ろからナイフを使うなんてことをサトーがするはずがない」

「馬鹿でお調子者で意味分からないこと言いだしたり弱いくせにエルフの親子を助けるために動こうとしたり
「もう二度とやるか」とか文句を言いながらも何だかんだで僕の触媒の収集に付き合ってくれるお人よしが人を殺そうとするはずがない」

口調は穏やかだが伝わる雰囲気から怒気が混じっている、とここで黒サトーもようやく気付く。

「だからお前みたいなのがサトーを乗っ取ってると思うと何だかいらつくんだ。『イサラ』」

風が吹き黒サトー、いやサトーの手からナイフが離れカランカラン、と地面を跳ねやがて止まる。

サトーの身体が解放されたか確認したシオは今度は飛ばした黒いナイフに近づいていく。

支配する身体を無くした黒いナイフはそれのみでは何も出来ないただのナイフにすぎない。だがその中に宿るナイフの意志は持ち合わせてもいないはらわたが煮えくりかえりそうだった。

(クソッ!クソッ! せっかく理想の身体みつけたってのにこんなとこで終わってたまるかよ! このクソ魔法使いめ!
イイ気になっていやがるが回収のために少しでもオレに触れてみやがれ! オレはそうやって安心した奴らを何人も乗っ取ってきたんだ!
あの冒険者みてえに腕が義手にでもなってねえ限りどんな奴だって乗っ取ってやる!)

見たところシオの両手は生身の物だ。ならば問題なく乗っ取れるはず。

すぐ傍まで寄ったシオがゆっくりと屈んでナイフに手を伸ばす。

(いいぞ! 乗っ取ったらまずそのお前が助けようとしたあの弱え身体を殺してやる。 さあ、触れ。触れ。触れ! 触れ! サワレ!!)

伸ばした手がナイフに届くかと思われた時

シオは掴まずに手を開いた。



(サワ………エ?)



「相棒が乗っ取られたのにどうしてこんな遅れたと思う? ギルドでお前の事を調べてたからだよ“オレガノのナイフ”。
対象に触れる事で身体を支配し動かす事の出来る意志ある武器。
魔法使いとしては実に興味を注がれるし研究材料にしてもいいかなって思ってたんだけどやっぱりやめた」

シオの右手に魔力が集中し赤く光を放っていく。

今サトーが気を失っていなければ驚愕しただろう。

無能ゆえ魔力の凄さが今一分からないサトーですらはっきりと確認できるほどその魔力は強大だった。

至近距離にある黒いナイフ、“オレガノのナイフ”にはそれが死神の鎌のように思えた。

「さっきも言ったけどお前がサトーを支配して僕を殺させようとしたってのが僕には凄くいらついたんだ!」




「『エツァ・ネァーカ』!!」






この時、クローブの街に夜にも関わらず一度陽が照ったと言われた。

数え切れぬほどの犠牲を出し“姿なき殺人鬼”と恐れられた正体である呪いのナイフは



こうしてこの世から消滅した。















「全く! 魔力を持たない君は魔法に対しての抵抗がまるでないから気をつけるようにって僕前に言ったよね?」

「はい」

「しかもギルドの倉庫の物を触るなんて何考えてるんだ? あそこは呪いの品ばかりでしょうが」

「はい、面目次第も御座いません」

俺TUEEEがしたかったなんていったら多分魔法打ちこまれそうだ。

仁王立ちするシオの前で平身低頭を繰り返す。

気がつけば街のど真ん中で寝ていたけどナイフに身体を乗っ取られてる間もほんの薄らだが意識はあった。

起きたらすぐ忘れる夢みたいな感覚だけどろくなもんじゃなかったのだけははっきりと覚えている。

今は自宅に帰りシオからお説教を受けている真っ最中です。

「反省してる?」

「はい」

「………まあ、いいか。今後は気をつけるようにね」

「はい。あ、一ついいか?」

「うん? 何?」

さっきまで怒っていた顔だが直ぐにキョトンとした顔になる。

この辺がそこらのお姉さま達を夢中にさせている点の一つなのだが俺にはどうでもいい。

「えっと、助けてくれてありがとな。お前のおかげで俺も無事だったし誰も被害が出なくて済んだ」

「……別にいいよ。君は一応僕の相棒だからね」

「ああ、それでもありがとな」

この前のオークションでも思ったがシオはどうも純粋なお礼やらが苦手らしい。

照れてそっぽを向くも耳が真っ赤なのであまり意味が無い。

この辺がそこらの女の子達を(ry

ニヤニヤしていた俺に腹が立ったのかむっとした顔でこちらに向き直る。

「……サトー、今日のことって覚えてる?」

「あん? いや、なんかろくなもんじゃなかったってことくらいしか」

「そう…明日は多分大変なことになると思うから気をつけてね?」

「待て! 何だ!? 乗っ取られてる間に俺は何をした!? そして何でお前はそんなに嬉しそうなんだ!?」

「そんなのサトーが不幸な目、じゃなかった面白そうな事になるからに決まってるじゃないか」

「言い直す意味が無い! どっちも悪いわコンチクショウ!」

「甘い! そのパターンはもう覚えた!」

そしてその後はいつも通りの喧嘩でこの日は終了した。

あん? 戦績? 百を超えた辺りからもう数えんのめんどくてやってねえよ。












因みに次の日





「コラァ!!サトー!! 屋根直しておけっつったのに大穴開けてどっか行っちまうとはいい度胸だな!!」

「すんませんバルサさん!!」

「午前中に全部直しとけ!」

「はいバルサさん!」




「ん!」

「お、お帰りスーちゃん。うん、今日も元気そうだな」

「ん、ん、ん!」

「あん? …ああ、先生に褒められたのか。 良かったね、よしよし」

「ん~~~」

「ふむ。昨日の様子からどうなる事かと思えば復活したようで何よりだ同志サトー」

「脈絡もなく現れんな。あと同志言うな」

「しかしこれではせっかく用意した『ロリコン読本part6 なぜ幼女は成長するの?』が無駄になってしまったな」

「ソレ今すぐよこせ。火種にすっから」






「あ……サトーさん」

「お、ミリン。えっと、昨日はどうも迷惑かけて済まなかったな」

「い、いえ迷惑だなんて。ただ、その」

「あん?」

「……ごめんなさい。昨日一晩考えたんですがやはり私はシオ様の事が……」

「? シオのことなら分かってるよ。応援するって言ったろ?」

「!! そ、そうですか。…あ、あの、こんな私が言うのもなんですが、まだ私と友達でいてくれますか?」

「……当たり前だ。ミリンが拒否しない限り友達をやめたりなんかしねえよ」

「あ………はい!」

(迷惑かけたってことは覚えてんだけど何やったんだ俺は?)











帰宅後


「割りといつも通りの一日だったわ」

「君も大分タフになったね」





















あとがき

まずはかなり間が空いてしまいすいません!

引っ越しやら何やらで余裕が出来ていざ書こうとしたらなんかスランプに陥ってました。

次がいつになるか分かりませんがどんなに時間がかかってもなんとか完結までは持ち込みたいです。




そしてどうしてミリンを男の娘にしてしまったんだ私は!

さらにシオのフラグも進んでいる気が!

でもBLにはしませんよ?

例え今のところ攻略対象がいなくとも





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