『魔王』
それはこの世界、エシプスにおいて数百年に一度現れる文字通り魔に属する者達の王である。
世界は大きく分けて光と闇で構成されている。
全ての物に光と闇は存在する。
生物、無生物、感情、魔法、自然現象。
そして時も例外ではない。
長らく平和と言う『光』の時代が続くとその間に表に出てくる事の無かった『闇』が形を為し顕現する。
『闇』そのものであるそれは他の闇に属する者を従える力を持ち本能的に『光』を浸食しようとする。
これが魔王の正体である。
当然、狙われる対象には人間も含まれており『闇』に対抗する手段として多くの方法が取られてきた。
その中で最も確実なのは強大な『闇』に対抗できるほどの『光』を持つ者に戦ってもらうという方法。
「その『光』を持つ者のことを『勇者』と呼ぶんだ」
「すげー分かりやすい説明をありがとよ」
本当に分かりやすいほど勇者と魔王の関係じゃねえか。
せめて勇者として召喚してほしかった2
真っ暗になったことでお互い熱が冷めたのと腹の虫が同時になったので取りあえず目の前のコイツに案内されて階段を上り(地下室だったらしい)食堂のような部屋に通された。
長机の上には豪華な料理が並び食器や量から明らかに二人分だと分かる。
そして天井から俺には読むことの出来ないが何らかの文字の書かれた幕が吊るしてある。
読めないけど多分『勇者様 大☆歓☆迎』とでも書いてあるんだろうな――…
…あえて言おう。
どんだけ勇者心待ちにしてたんだよ! つうか個人パーティーか! 勇者召喚規模ちっちゃ!
ともかく元々腹が減っていた事もあり俺も銀髪も黙って少し冷めた料理を腹に納めた。
もう一人分の食事を俺に食っていいと言った時のコイツの顔は「本来ならお前に食わすもんじゃねえんだありがたく思え」と言っていたが知ったこっちゃない。
食後一息ついた後、まず何故俺を召喚したのかと言う話になり始まったのが今の説明である。
「まだ勇者の召喚魔法がなかったころは人間達全員が魔王を倒すために戦ったと言われているが召喚魔法が確立されてからはほとんど勇者が魔王を倒している。
一度倒してしまえば次に出るのは数百年後。今回の魔王は前回から随分間があったせいでかなり強力だからなんとしても勇者を呼びたかったのに…
呼びたかったのに…、それなのに出てきたのが」
「俺か」
「君だ」
「………」
「………」
「どーしてくれるんだ!? 勇者さえ召喚出来れば全て上手くいったのに!!」
「だから失敗したのはお前なんだろうが! 何で『光』の象徴であろう勇者呼ぼうとしてあんな暗闇の泥沼みたいなのが出てくんだよ!」
「何だと! 僕が悪いって言うのか?」
「100パーお前だ! 何か間違えたんだろ!?」
「間違えるか! 召喚用の触媒集めるだけで一生遊んで暮らせるようなお金がかかるんだぞ!? 何十回も確認して万全の状態で臨んだわ!!」
「んだと! あれ? んじゃ俺がやっぱり勇者ってことは」
「それはない」
「急に冷静になんなよ」
「それじゃ聞くが君は自分が聖人君子のような人間だと思ってるのかい? その『気』だけで魔を祓うような存在だと? もしそうなら僕は今までの発言を取り消すが」
「俺は至極何処にでもいる平平凡凡な一般人です」
……まあこのへんの文句の応酬はさっきからずっとやっているからもうこれが不毛だってことは俺もコイツも分かってるんだけどね。
でもやらずにはいられないのよ。そんだけ俺もコイツも今の状況に不満を持ってるわけだから。
「……取りあえずその事は置いておこう。今話すべき事は今後の事だ」
「そうだな」
「今回、僕に過失は一切ないが召喚は失敗に終わった。だがもちろん僕は諦める気はない」
……コイツ意地でも自分は悪くないって言い張る気だな。
「そこでだ。…あー、そう言えば君の名前を聞いてなかった」
「ん? おお、そういやお互いの名前も知らずに喧嘩してたのか。俺の名前は佐藤秀一。因みに歳は20だ」
「サトーか。僕はシオ。歳はもうすぐ16だ」
15か。年下だろうとは思ってたけど思ったより下だな。ただ顔が整ってるからジャ○ーズの若手みたいだ。これで女勇者召喚してつき従ってたらたらさぞ映える光景だっただろうに。
姫騎士とその魔法使いの青年みたいな?
召喚されたの俺だけどね! 別にイケメンでもなんでもない普通の顔ですけどね! 彼女いない歴イコール年齢ですけどね! 需要無くて御免なさいね!
「おい、聞いてるのか」
「あ、わり、もう一回頼む」
「やれやれ、ちゃんと聞いてて欲しいな。僕は勇者を召喚したい、そして君は自分の世界へ帰りたい。ここまではいいかい?」
年下の方が偉そうなのはちとむかつくけど黙って頷く。
「けれどどちらを行なうにしても今の状況では無理だ。召喚は言わずもがな。送還の魔法を行なうにしても一人分しかない」
「それで俺を帰せよ」
一人分で十分だろうが。
俺の当たり前の文句を聞いてもコイツは首を横に振るだけで話を続けた。
「これは勇者の送還用だ。万が一勇者を召喚しても送還することが出来なければ大変なことになる」
大変な事? RPGとかファンタジーとかじゃよく召喚された勇者がそのままその世界の誰かと結婚するなりして幸せに暮らすみたいのがあったと思うけれど何か問題でもあるのか?
あれか? 勇者の力を妬んだ人間達の手によって殺されるとか? 確かにそれはバッドエンド一直線だけど。
「勇者は『光』の力を強く持つ。それがずっとエシプスにいれば光と闇のバランスが崩れてしまう。最悪、闇が全て消えてしまい光だけの世界になってしまうかもしれない」
「? それの何処がいけないんだ?」
「大ありだ。闇がなくなるとそれに属する全てが消える。例えば『争い』は闇に属するんだが誰もが争わないって言えば聞こえはいいけどそれは他者と競うこともない。
つまりは個を無くすということ。他には『悲しみ』や『怒り』も闇に属するからそれもなくなる。だから何が起こってもニコニコしてるだけ。極めつけは『死』や『老い』もなくなる」
……えーっと、つまりシオの言った通りだとすると死なないし老いないから永遠にニコニコしてなんの変化も無く皆同じような人だけで生き続けるってことか―――……
「想像するだけで気分悪くなってきた」
「そうだろう。行き過ぎた善は悪と同意義と言うが正にそれが起こる。だから勇者は魔王を倒してもらったらまた元の世界に戻ってもらわなければいけないんだ」
身勝手な話だとは思うけどね、と肩をすくめるシオ。そのしぐさも絵になるのが何ともうらめしい。じゃなくてうらやましい。
まあシオの説明は分かりやすかった。なるほど、それなら俺に使って触媒を切らしたら今度は勇者の召喚用と送還用の触媒を集めるのにさらに時間がかかってしまうってワケか。
そりゃどっちが優先度が高いかは言うまでもないわな。
「理解してもらえたようで何よりだ。だからサトーにはすまないがこれは使えない。よって僕がやらなければならないのは勇者を召喚する触媒と君を送還する用の触媒を集める事となる。
まずは召喚用の触媒を優先的に集めていく。もちろんサトーを還す触媒も探していくがその間に世界が滅んでは元も子もないからね」
う~む。確かにシオの意見は尤もだ。
俺としては俺に用が無いんなら早く帰せというのが正直な答えだがシオにやってもらわなければ俺は元の世界には帰れない。
それなら多少は時間がかかってもシオに協力したほうが……ってあれ?
「なあちょっと聞きたいんだけどさ。勇者を召喚すれば魔王を倒せるんならどっかの国とかに頼んでパトロン、資金援助とかしてもらえばいいんじゃねえか」
言った瞬間、その発言を後悔した。さっきまでは何処か生意気だが根はいい奴、といったシオの雰囲気が一変した。
ぞっとする。前に不良にからまれて喧嘩になった時に感じた怒気とは比べ物にならない感情。
切る線を間違えれば即お陀仏な時限爆弾の前に立たされたような死の恐怖。
これが殺気ってやつなのか? もしそうなら俺は今まで随分と平和な世界に生きていたんだもんだ。
唯一の救いはこの殺気の対象が俺ではない、ということだろう。何故か分からないがそう感じた。もし俺に対してだったらきっとこうして思考することすら出来ずに失神していただろう。
その殺気の発生源であるシオは自分の中に渦巻いているそれを必死に抑え込むように震えていたが何とか上手くいったのかまだ軽くピリピリした感じはあるものの俺の無遠慮な質問に答えてくれた。
「…今、この世界で勇者を召喚しようと考えているのは恐らく僕以外にいない」
「そ、そうか。変な事聞いて悪かったな」
別にいい、とシオは目を閉じた後何も言わずにじっとしている。
………。
……………………………。
……………………………………………………。
き、きまずい!!
原因は間違いなく俺だから俺がどうにかすべきなんだろうけど何言やいいの?
また地雷踏んだらもうどうしようもないじゃねえか。
えーっとさっきの事には触れずに話を戻してなおかつシオを怒らせないように話を進めるには
「あー俺はさっきので構わないぜ。協力するぞ」
「え?」
黙ってたシオが何かびっくりしたような顔をこちらに向けている。ん? 俺今そんな変な事言ったか? 悪くない内容だと思ったんだが。
「いやだから勇者を召喚するのを手伝うって言ってんだよ。そうすりゃ俺を送り返すのにも手をつけられるんだろ?
早く帰りたいし何もしてないよりはマシだしな。あ、でも言っとくけど俺は強くもないし魔法とかも出来ない一般人だから人権は守れよ。奴隷扱いとか家畜扱いとかしたら即手伝うの止めるからな」
勢いに乗せて思いつく事どんどん言ってったけどあながち嘘じゃない。
そうだ。こんな状況になっちゃった以上もうコイツにどうにかしてもらわなきゃどうしようもないならコイツに協力するしかないじゃんか。
それによくよく考えればこれはこれでいいと思える自分がいる。何せ俺は勇者じゃないらしいが、勇者ではないみたいだが、もしかしたらまだ勇者じゃないだけかもしれないが!
違うとしても勇者を召喚する場に立ち会えるだなんて普通に生きていればまず味わえない状況だ。今の状況を嘆くよりはいずれ現れる女勇者とやらを見るのを楽しみにしたほうが何倍もマシじゃないか。
そんなことをシオに伝えると
「プ、ククク、ハ、ヒ、ハハハ」
さっきまでの鋭い殺気を出していたのが嘘のように笑いだした。
「バ、バカだ。バカがいる。そんな理由で勇者を召喚するって、あはははははははは」
こっち見てげらげら笑ってんのがむかついたのでチョップかまして黙らせる。
馬鹿笑いは止まったけどまだおかしいのか腹を抑えてるし笑いすぎて目に涙がたまってる。
「あー笑った。久しぶりにあんなに笑った。…そうか。よし分かった」
そう言うとすっと真面目な顔をしてこっちに向き直る。
「サトー、君は僕の勇者召喚に協力する。そして僕、シオは君を元の世界に必ず送り返す。これを契約となす。構わないか?」
急に仰々しい口調で俺の眼を見るシオに少したじろぎそうになるが別に問題はない、と内容を吟味して返事をする。
「おう、宜しくな。シオ」
俺とシオの間に穏やかな空気が流れる。
「まあ僕が召喚してしまった以上はサトーは無条件で帰すつもりだったんだけどね。いやー、丁度いい助手が出来て良かった。流石にまた一人で集めるのはしんどかったから助かるよ」
あれ、俺余計な事言ったか? わざわざ突っこまなくていい首を突っ込んだか?
……まあいいや。約束したしな。
きっとこのあと大変な事になってもこの約束は守るんだろう。
まだシオという人間がどんな奴なのかははっきりとは分からないけれどそんな風に思えた。
「今日はもう遅い。詳しい事は明日話そう。悪いけどベットは僕の分しかないから君は応接間にある長椅子に毛布を使って寝てくれ」
「あいよ。まあ一人暮らしみたいだししょうがなッ!!!」
マテ。イマコイツハナントイッタ?
「……おいシオ。ちょっと聞きたいんだが」
「ん? ああ毛布なら今持ってくるよ。応接間はその後案内するから少し待っててくれ」
違う。俺が聞かなきゃならないのはもっと重要な事だ。
「お前は何処で寝るんだ?」
「? 僕のベットに決まっているだろう?」
「じゃあ聞くが”女の勇者を召喚したら何処に寝かせるつもり”だったんだ?」
「え? あ、あーそう言えばその事は考えてなかったな。ん~さすがに女性を長椅子に寝かせるわけにはいかないから僕と一緒にベットで「やっぱりかコンチクショウ!!」うわ!?」
顔面を貫く勢いで放ったこぶしはシオの髪をかすめただけだった。くそ、外した。
「いきなり何すんだサトー!?」
「黙れ! 好感度もない状態からいきなりベットインなんざ許せるわきゃねーだろうが! 普通無理でもお前ならニコポとか出来そうだから余計むかつく!
っていうか”女性を長椅子”云々言うんならお前がそっちで寝ろよ? 紳士的発言が変態宣言になってんじゃねえか!」
「仕方ないだろう。僕はベットじゃなければ寝れないんだ。かと言って女性をぞんざいな扱いには出来ないだろ。なら選択肢は一つしかないじゃないか」
「何を偉そうに言ってんだよ。だったら俺もそっちで寝かせろ」
「……悪いが僕は男と同衾するつもりはない」
「やめろ! 距離を置くな! 何で俺の方がより変態な扱いになってんだよ!」
初日にして約束を守る気が失せたがコイツと上手くやっていけるんだろうか?
続けるつもりはないよ?
でもちょっとだけ書いてみただけだよ?