兄貴がピリピリしています……。
ラーデスもピリピリしています……。
軍隊の皆さんが、厳しい目で兄貴を見ています……。
なんだ、この空気。
途中、何度かゴブリンと戦闘したが、パッション(全ステータスアップ)とパッション(回復)で事無きを得た。
兄貴も良く戦っているが、やはり後衛なのに手軽く使える呪文が無いのはきついらしい。
何度かラーデスが兄貴のピンチを救う場面があったが、何かそんな事がある度に空気の微妙さが加速する。
「くぅ、さすが戦時。予想もつかないフラグが……」
などと言っているが、訳がわからない。
それはともかく、目的地が近い今、ラーデスに言わなければならない事がある。
「ラーデス。向こうに行ったら一日時間が欲しい。俺ら、一週間ごとに一日休まないと駄目なんだ」
兄貴がぎゅっと足を踏む。
「痛い、痛いよ兄貴!」
「リキ……弱みを軽々と人に話すとはいい度胸ですね……」
兄貴が怖い。こういう時、整っている顔は迫力でるんだ。
「何よ、あんた達、どっか悪いの?」
ラピスが心配そうに俺を見つめる。おお、俺心配されてる。感動だ。
「生まれつき、少しね。詳しくは話したくありません。一週間に一日時間をもらえれば通常通りに動けるので、問題はないですよ」
「しかし、それは冒険者としては致命的ではないか? やはり汚らわしい混血ともなると、問題も出るのか」
「普段は純血よりも頑丈なんですがねー」
ラーデスは、しばし考え込む。
「ならば、その一日、この私が守ってやる。有難く思うが良い」
若干、ラーデスの顔が赤い気がする。兄貴はぎこちなく微笑んだ。
しばらくして、守りの森が見える。
そこで、俺達は休憩を取る事にした。ちょうど一週間だ。
「僕とリキは、弱っている所を見られたくないので失礼しますよ。一日したら必ず戻ってきますが、万一戻るのが遅れたらひとまず撤退してください」
そして俺と兄貴は、人目のつかない場所へと行き、テレポートした。
恙無く、現実へと戻る。
昨日のようにゆっくりとシャワーを浴び、ストレッチを行い、食事をして、兄貴にデータを送ってもらう。
その後、皆でそれぞれの冒険を話しあった。
やっぱり、注目を浴びるのは俺達の様子だ。
「一番弱い魔将軍が近くにいるなんて、運がいいよなぁ」
「あれって、再ポップはしないんだよな、やっぱ」
「能力との相性もあるから、俺らが行ったって駄目だろ」
「ペッタン嬢テラ羨ましすぎ。超可愛いよな、ツンデレって感じで」
なんだよ、ラピスだって可愛いんだぞ。でも、そんな事を言うとライバルが増えるので言わない。
「で、プレゼント、ペッタン嬢と巫女さんとどっちにやるの?」
「リキにやる振りをしてお茶を濁そうかと」
「えー。そしたら俺、ラーデスに渡すぜ。きもいもん、首なんて」
俺と兄貴の言葉に、周囲は固まる。
その後、お調子者っぽい奴がよよよ、と泣き真似をした。
「酷いっラピス泣いちゃう! やっぱりリキはペッタン嬢の事が好きなのね! しかもその為に実の兄でオカマでホモのツトムまで誑かすなんて最低よ!」
「惨いっついに白馬の王子様が現れたと思ったら、あっさりプレゼントを弟に渡しただと!? 私の魅力は獣人の混血などに劣るのか!? 同情でプレゼントを貰ったとて、全く嬉しくないわ!」
「あいつらマジでホモなうえに、ラーデス様と皆のアイドルラピスちゃんを弄んだ……だと……」
「ざわ……ざわ……」
皆の小芝居に、俺と兄貴の顔色はどんどん蒼くなっていく。
「ご、誤解だラピス!」
「そんな、巫女アリスになんと申し開きすれば!」
すると、皆はげらげらと笑った。でもなぜか、皆がほっとしたような、緊張が解けたような、そんな安堵も感じていた。
「まあまあ、まだペッタン嬢のフラグは決まったわけじゃないんだし。そしたら、しっかり断れよ? 巫女アリスの為にな」
兄貴は頷く。兄貴が嫌だって言っても、きちんとはっきりさせるからな!
「いーよな、お前ら、お気楽で。俺、盗賊にあっちゃってさー」
軽く言われた言葉。でも、声は震えていた。
「俺、馬鹿だから護衛依頼受けちゃって。それが可愛い女の子なんだ。俺が逃げたら、この子が酷い目に会う。でも、俺、どうしても相手を刺せなくて。もう、女の子抱えて超ダッシュ。でさ、他のキャラバンにあって、戦闘になって、それで、キャラバンに怪我人でてやんの。すっげ痛そうでさ。重傷って奴? 俺、何も出来なくて。本当に、何も……凄い、怒られて……」
俺は思わず何も言えなくなって、そいつを見た。
「盗賊なんて刺せばいいのに。例え盗賊じゃなくても、二、三人殺したくらいでBANされませんよ」
兄貴は何言ってんのこいつ? という感じに言った。
全員がショックで呆然とした顔でこちらを見る。
「あ、兄貴!?」
「だってゲームでNPCじゃないですか」
「あーまあ、確かに」
納得した。
「だってよ、とてもゲームとは……」
なおも言い募るそいつの肩を掴み、兄貴は良い笑顔になった。
「何があってもこっちの警察には捕まりません。それが全てです。それでもどうしても殺すのが嫌なら、両手両足切り飛ばせばそれで済むでしょう」
「お前の強さの理由が知りてぇ……いや、知りたくないです、ごめんなさい」
不良っぽい奴が素直に兄貴に謝った。
俺もこんなにも兄貴が強かったなんて知らなかった。愛は人を強くするという事なのだろうか。そうだな、ラピスの為なら俺も盗賊ぐらいやっつけられるようにならないとな。
そして、夜遅くまで話し込んだ俺達は就寝する。
でもなんか、散歩ぐらいはしたいよな。多分体、一か月で凄くなまっていくんだろうな。テストプレイヤーって辛い。
次の日の朝、俺達は早速ゲームの中に入った。
ゲームの中に入ると、最初に来たみたいな真っ白な場所に巫女アリスが佇んでいた。俺と兄貴と、巫女アリスだけ。おおっ兄貴、脈あるんじゃねぇの?
「ツトム様……私は、女の子を泣かせない人が好きです。頑張ってください」
兄貴の手を握って、巫女アリスが言う。
「巫女アリス、貴方の願いなら、私はこの身を賭けてお守りしましょう」
兄貴が、陶然とした顔で言う。
しかしっ俺はびしびしと感じ取っていた。こいつ、生首欲しがるし、めちゃくちゃ貢がせるタイプの面倒な女だと!
あ、兄貴、あんなタイプの女が好きなのか……。俺は嫌だなぁ。
でも、内容がゲーム関係で良かったのかもしれない。あーしかし、ゲームが終わったらリアルで付き合うんだよな……。
速攻で車の免許取らせて送り迎えさせるとか普通にありそうだ……。
本当に付き合いそうになったら、弟として少し話しあおう。今はまだいい。だって本当に付き合うかどうかわからないんだし。巫女アリス、美人だもんな。
そして俺達は無事ログインし、それから元の場所にテレポートした。
戦いの気配。
急いで俺達は駆けつける。
そこには、ゴブリンの大群と戦っているラーデス達がいた。
「悪いっ加勢する!」
俺が叫ぶと、ラーデスは数匹のゴブリンをこんがりと焼きながら叫ぶ。
「遅いぞ、混血共!」
「無事だったんだ、よかったぁ!」
ああ、ラピス。やっぱり女の子はこうなのがいいよな。俺は世界にラピス一人がいればいいや。
そして俺は、軍の中に飛び込み、守ってもらいながら叫ぶ。
「パッション!」
癒えよ、癒えよ。
「パッション!」
俺の前に、いかなる傷も許さない。
「パッション!」
何故なら、俺にはドリステン様がついているのだから!
『いやー、そこまで頼りにされても困るんじゃが。いきなりゴブリン魔将軍って……主神様―。これだと死なせてもしょうがなかろー? わーいお役御免じゃー』
ドリステン様のお言葉を聞くだけで元気が出てくる。これが狂信者って奴なのか?
俺はついでに、兄貴の方を見た。美しく舞う兄貴。
しかし、もうどうにでもなーれは大きな隙が出来る為、多人数と戦う時は使えない。元々兄貴は、後衛よりのスペックだ。兄貴は、舞う。舞う。舞う。
その舞いは的確にゴブリンの首を裂いていく。……大丈夫そうだ。
もしかして、兄貴の方が強い?
いかんいかん。情熱を込めて舞う事に集中しないと。
ゴブリンの群れの退治は、信じられない事に丸一日掛かった。
俺の呪文効果が無ければ、とっくに負けていたと思う。
「混血が、そこそこ役に立つようだな」
息を切らせて言うラーデスの服は、既にボロボロだった。
「ラーデスさん、服を交換しますか?」
けろっとして兄貴が問う。
「誰が貴様の服なんて着るというのだ! ふざけるな!」
「でも、女性が肌を見せるのは良くないのでは? この服、割と丈夫ですよ?」
ラーデスは、半眼で兄貴を見た。
言葉通り、兄貴の服は傷一つついていない事に、ラーデスは眉を顰める。
「ラーデス様、デザインはちょっと高度すぎて私達には毒ですが、神様の服ですし。私だとサイズが合いませんし、ラーデス様の服は男物でしょう? 丁度いいですよ」
ラピスは凄く気のきく女性だと思う。ラーデスはその言葉に頷いて、着替えを始めた。一応、軍隊の人が壁を作る。
そして着替えた二人を見た俺は、思わず息を吐いた。
「兄貴かっこいーじゃねーか」
ラーデスの着ていた服はボロボロとは言え、かなり重厚で偉そうな服だった。兄貴も満足そうにくるりと回る。
そして、ラーデスは恥ずかしそうに顔を赤らめて俺達を睨んできた。
すげー綺麗だ……。スリットって、男が着るのと女が着るのじゃ全然違う。
「似合うじゃないですか。ずっと女物の服を着ていればいいのに」
「お前は、女に貢ぐ為に命を賭けるというのか?」
「当たり前じゃないですか。男として、愛した女にそれぐらいはしないと」
言ってしまった後、兄貴はやばいという顔をした。ラーデスは、頬を赤らめ、うつむいている。
「この森は……私の故郷だった。生き残りは私一人だけ。父は殺され、母は、私を守る為に強力な魔術を使ったが為に命を落とした。それ以来、私はゴブリン魔将軍の首を得るまでは男として生きると誓ってきた……。私は一人だ。もはや氏族もない。ならば、相手が混血というのもありなのやも知れぬな……」
どうしよう、兄貴。今更違うって言えないっぽい。
俺は兄貴を見る。しかし兄貴は、ラーデスを抱きしめて言った。
「僕に全て任せて下さい!」
兄貴、いいのか!? 巫女アリスは!?
『今、メリールゥ様に確認しました。強力な魔術を使えば死ねます。とりあえず、死んで逃げましょう』
『ええ!? だって、ラピスは!?』
『ですよねぇ……。しばらく別行動します?』
女か兄貴か……。普通だったら女って答える所だけど、俺、こんな所で独りぼっちって嫌だぜ。
『ちょっと考えさせてくれ』
『了解』
そして俺達は、森の中へと進んだ。
「ゴブリンの気配が消えたな……」
「誘いこんでいるのだろう」
軍隊の人が話し合う。
まだ気配を感じ取れない俺や兄貴は、軍隊の中心で守られながら進むのみだ。
そして、森の中心部に来た時。
俺達を囲み、全範囲からゴブリン達が攻撃して来た!
「混血! 頼んだぞ!」
俺はマラカスを取り出し、叫ぶ。
「パッション!」
『適当に盛り上がって来た所で、メリールゥ様のお力を借りますから、よろしくお願いします』
『オッケー、兄貴』
顔つきだけは真剣に、至って気軽に俺達は応答した。
そして戦う事、三日。体力気力は俺が回復するけど、戦いはそれだけじゃない。
なんて言ったらいいんだろう。それは、飽きが来るというのが一番近いのかもしれない。
単調な戦いが、延々と続いていく。
段々と押されてくる俺達。回復の頻度が、攻撃の頻度に追いついて来なくなる。
「くっこんな……こんな……こんな所で負けるなど、ありえない……っ」
ラーデスがついに弱音を吐いた。
「まだです! まだ、ゴブリン魔将軍さえ確認していない。貴方の覚悟は、その程度の物なのですか」
「ふざけるな! 混血などに言われる筋合いはない! 皆、何をしている! 隊列を整えろ!」
兄貴はふっと笑った。なんかちょっと良い空気かも。
そんな時、地面が影で真っ暗になる。
「ギャハハハハハハハ! 随分、持つではないか! しかし、これで終わりだ! お前達が近づいて来た時から、ドラゴン魔将軍からドラゴンを借りて来たのだ!」
喋るゴブリン。今まで戦ってきたゴブリンは、喋ったりしなかった。俺は攻撃する事を躊躇する。
ラーデス達は、別の意味で躊躇したようだった。しかし、躊躇しない人間がここにいた。
「メリールゥ様!」
舞う。舞う。舞う。美しく、華麗に。優雅に。
そして、兄貴の足元に、巨大な魔法陣が現れる。
「馬鹿な! 馬鹿、馬鹿、やめろ……混血っ」
ラーデスは叫びだした。
「ラーデス、貴方に泣き顔は似合わない……これから、笑顔だけの人生を送るんですよ」
『じゃあ、僕は先に戻ってますから、後の雑魚と死体の回収、よろしくお願いします』
『了解―』
至って気軽に、兄貴はその技を使った。そして、兄貴が踊りをやめる。
「やったーっもう腹グロに怯えさせられずに済むーっけど、いいの? 本当に? そう、なら……遠慮なくっこの体が完全にぶっ壊れるまでっ暴れちゃうから!」
そう言いながら、兄貴はゆったりと扇を投げた。
「ごうっ」
兄貴は可愛く掛け声をして、宙を飛んだドラゴンを衝撃波で叩き落とす。
その瞬間、兄貴の右腕が弾け飛んだのが見えた。
驚きの表情のまま落ちてくるゴブリン魔将軍。兄貴は、笑顔のまま、怖い程笑顔のまま、ゴブリンの首から下を踏みつぶした。
そして、ゴブリンの群れに蹴り。その代償は、足の破裂。
俺もラーデスも軍の人達も、立ちつくす。
兄貴は、笑顔で、笑顔で、体を壊しながら戦っていく。
時間にして、五分も掛からなかっただろう。
敵を皆殺しにした兄貴は、ずたぼろになって地面に転がっていた。
「あはははははっあー楽しかった。あーでも、これで死んじゃうね、キミ。だから、最後に体、返してあげるよ」
そして、顔つきその物が変わって行く。
「……リキ、首を」
「兄貴、大丈夫か?」
俺は聞きながら首を兄貴に渡す。
「ラーデス、ハッピバースディ……貴方の、新たな誕生を祝って」
「馬鹿っツトム……!」
「泣かないでください。ほら、笑って、笑って。僕には、全ての女の子を笑顔にする使命があるのです」
「うん、うん……」
二人の世界に入っている二人。
ラピスも目を潤ませている。俺はラピスを抱きしめた。
「泣くな、ラピス。兄貴は、大丈夫だから」
「何が大丈夫よっあんた、お兄さんなんでしょ!?」
「初めから兄貴の計画通りだし、兄貴はあれで得る物があるんだから」
「知ってたの!? 信じられない、この冷血漢! あんたなんか大嫌いよ、この、この……!」
投げられた贈り物。ラピスに振られた!? 俺は、頭を思いきり殴られたような錯覚を受けた。
そんな、ラピスに振られたら、ラピスに振られたら……!
俺は目から涙がじわっと滲んでくるのを感じた。
俺は半分泣きながら兄貴の体をラーデスから取り戻し、ダッシュでしばらく駆けてから、テレポートをしたのだった。