神殿に戻ると、俺達は真っ直ぐ中央神殿に向かった。無論、神々に初めての冒険を報告する為だ。見守って頂いていたじゃないかというなかれ。その場で見守ってもらうのと、報告書を読んだのではまた違うのだ。こんなに成長しましたよ! という所を見せるのである。
俺達が行くと、何故かラーデスが……こう……まるで、主神様の様に、主神神殿の立派な椅子に座ってどどんっと控えていた。ラピスは思わず歩みを止める。それは恐怖からではない。ラピスの顔が驚きに撃たれたのを見て、それが恋情ではない事に最大限感謝する。
「来たな、混血」
ごごごごと擬音がしそうなほどの威圧感をさせていたラーデスが、軽く噴き出した。
そしてふるふると震えながらこめかみを抑える。そこに、スタスタと兄貴は歩いていく。まるで吠える直前のライオンに向かって駆け寄る猫のようだ。兄貴は、時々凄いと思う。
「久しぶりです、純血様」
にこりと兄貴が笑うと、ラーデスは更に眉を顰め、手招いて兄貴の襟首を絞めあげた。
「竜族との混血だと言うだけでも忌々しいのに、その女装か。貴様は。どこの氏族の物だ」
ハッとするほどの美貌と顔半分の火傷が、その威嚇に迫力を与えていた。
氏族? そして俺は思いだす。エルフは誰の氏族と、獣人はどこの群れと称する。
「もはや僕には関係の無い事ですね。それより、これから懺悔をするのですが、ラーデス様が聞いて下さるのですか? 出来れば他の者に懺悔を聞かれたくないのですが、個室はありますか?」
「そうだろうな、お前達のような面汚しを氏族に置いておくとは思えない。そして混血ごときに用意する個室も無い。さあ、さっさと懺悔をしろ」
俺とラピス、そして兄貴はそれぞれラーデスに跪き、冒険の事を語って聞かせた。
それは良いんだが、ラピス、ホモでオカマで女王様と犬と何度も大声で繰り返すのはやめてくれ。なんか人がさわさわとざわめいて集まってきているじゃないか。
「お前達、主神様に向かって嘘偽りを言うつもりか」
きりりと、怖い顔で睨んでくるラーデス。
「ほら、ラピスが俺達の事をホモとかオカマとか女王様と犬とか言うから、ラーデスが怒っているじゃないか」
「それは真実だろう」
俺がラピスを突っつくと、目をつむってラーデスは言い放った。
そして、カッと目を見開き俺を剣で指し示す。
「貴様のような筋肉馬鹿に、しかも野宿も知らなかったような若造に、神聖なる回復魔法が使えるはずがない!」
そして、ガッと兄貴の手の甲を刺し貫いた。
「ハハハ! 誠だと言うなら、癒して見せろ!」
「兄貴!」
俺はほとんど発作的に唸り声をあげて兄貴を庇った。
兄貴は痛そうに手を抑えながらも、声を低めて言う。
「いいから、ラーデス様の言う通りに」
「けど兄貴!」
兄貴を傷つけられて、黙っていられるはずがない。ラーデスはもちろん、恐ろしいが、不良にだって守らねばならないプライドがあるのだ。
「いいから早くなさい。傷が痛い」
俺はぐっと黙り、ラーデスを睨んだ後、儀式の舞いを踊った。
ザカザカザカ。どうして、ラーデスはこんな事をするのだろう。
『あー。ぺったん嬢は色々あったらしいからなぁ』
「ぺったん嬢!? 女だったのか!? 声低くて背が高くて胸も無いのに!?」
ドリステン様の声に俺が驚くと、空気が変わった。ぺったん嬢……どうみても男だが、神様が言うからには女……その名をラーデス……が極寒の空気をばら撒き始めたのだ。俺、死んだ。女の子に今の言葉は無い。
「ふふん。私を罵ろうとも無駄だ。私は女を捨てた身。それはむしろ誉となる。ハハハ。褒められて気分が良い。お前は特別に私のワインへと変えてやる、血袋め」
そう言い放ち、滑らかに呪文を唱えるラーデス。
「お待ち下さい、ラーデス様! 犬はきちんと躾けておきますから……!」
「お怒りを鎮めてください、レディ。私の舞いをお見せしましょう」
ラピスが前に出て、傷を布で縛った兄貴が舞いを踊り始める。
「ふざけているのか!?」
なんて理不尽に怒るんだ、ぺったん嬢、いやラーデス。そこで俺はドリステン様の言葉を思い出す。ぺったん嬢は色々あった。酷い火傷。突き放すような言葉。躊躇なしに攻撃する所。きっと色々なドラマがあり、その上にぺったん嬢、いやラーデスがいるのだろう。
俺の意識が集中されていく。癒すのは兄貴だけではない。ぺったん嬢の心を癒すのだ。
ラーデスの手から火球が放たれる。
「もう! どうにでも! なーれ!」
兄貴が、それを撃ち返して神殿の外に上手く飛ばす。
そして、俺は高らかに謳った。
「パッション!」
その響きに、ぺったん嬢……ラーデスが一瞬、呆れたような目をする。
俺と兄貴は舞い続けた。
「パッション!」
この想いは癒しとなり。
「パッション!」
ぺったん嬢、ラーデスへと降り注ぐだろう。
「パッション!」
届け、俺の想いよ。
「パッション!」
そうしてぺったん嬢、ラーデスの傷へと降り注ぎ。
「パッション!」
その傷を埋めてゆけ。
「そして素敵なレディになってくれ! ぺったん嬢!」
パッション!
あ、俺死んだ。
背筋がぞっとするほど美しい美貌が、拳を振りかざす。
その右ストレートは、過たずに俺をふっ飛ばし、兄貴は肩を竦めて首を振った。
「リキ、今のは貴方が悪いです」
「うん、俺も……げほっ……そう思う……」
俺は咳込み、立つ事すら出来ずに答えた。兄貴が布を取ると、その傷は癒えている。
しかし、それを兄貴が示す必要はなかった。
何故なら、ぺったん嬢……うん、心の声が聞こえたらまずいからもう彼女をぺったん嬢というのはやめよう……ラーデスの顔から、火傷が綺麗に消え去って、エルフと比較してすら美しい顔を晒していたからだ。
「ラーデス様の火傷を癒した……?」
「馬鹿な、いくら回復呪文の重ね掛けとはいえ、遠い昔の傷跡を……?」
さわさわと俺達を取り囲む人々がざわめく。
ラーデスはその言葉を聞き、震えた手で火傷のあった場所を抑え、駆け去って行った。
「あーあ……。後で謝るのは、あたしなのよ?」
「お手数をおかけします、ラピス」
深々と兄貴が謝る。俺はまだ立てなかった。
「ま、良いわ。ラーデス様の普段見れない顔を見れたし。やっぱエルフって美形だわー。なかでもラーデス様は絶品ね。火傷があった時は、もちろんそう見えなかったけど。あんな綺麗な生き物がこの世に存在するなんてちょっと信じられないわよね」
「ラピスの方が可愛い」
俺が間髪いれずに答えると、ラピスは驚いた顔をした後、半眼で俺を見た。
「あんた、本当に節操がないのね。まるで犬! 睦言を囁くなら、せめて竜人か獣人にしなさいよ。ま、いいわ。報告終わったし、ついてきなさい。食事つきの宿を紹介してあげる」
俺と兄貴はラピスを追う。ラピスはその場にいた神官から依頼料を貰い、分配すると、そのまま神殿から少し離れた立派な宿屋へと向かった。
「こいつら、馬鹿で混血で兄弟でおかまでホモで女王様と犬だけど中央神殿の大事な客だから、気をつけてやってよ。そうそう、こいつらの儀式五月蠅いから、よろしくね。あんたらも、夜中に祈りを捧げちゃ駄目よ?」
ラピスが、気の良さそうな恰幅のいい男に向かって俺達を押しだす。
「兄弟だと言う事以外、全てでたらめだから信じないでくれ」
「馬鹿ですね、リキ。馬鹿と混血と兄弟と中央神殿という事だけが本当ですから、ホモと女王様と犬は信じてはいけませんよ?」
俺と兄貴が言うと、ラピスは笑って答える。
「馬鹿なのを否定しないのは褒めてあげるわ。じゃあ、また明日にでも来るから」
それを兄貴は遮る。
「待って下さい。僕達もこの町に来たばかりで、観光も終えていません。必ず近いうちにそちらの神殿に顔を出すので、しばらくゆっくりさせてもらえませんか」
それに、ラピスは長い赤毛をくるくる巻いて考えた。
「いいわ。早く神殿に顔を出しなさいよ!」
そういって、ラピスはブンブンと腕を振って去って行った。
宿は、神官たちの使うものらしく……そういえば、ここの冒険者は全員なんらかの神の信者だった……二つのベッドと、その間の広いスペースに祭壇があった。
祭壇を前にして、交互に儀式が出来るわけだ。
良い部屋を紹介してもらった。俺は早速荷物を降ろそうとするが、逆に兄貴は纏めていた。
「兄貴……?」
「リキ、指輪を置いて。そろそろ一週間です。向こうに一度戻りますよ」
あ、そうか! 向こうの体が持たない! 俺は慌てて荷物をまとめた。
「だから、指輪をまず置きなさい」
兄貴はそう言って、砂時計を出す。砂はあと少し余裕がある。俺は三十分くらいかけて広げた荷物を纏め、そうして俺達はテレポートした。
戻った先は自室だった。俺は急いで一番ポッドに入る。
すると、ポッドの中に液体が満ちて、気がつけば俺は現実世界のポッドの中で目を覚ましていた。
本物のようにリアルなゲームだった。
ずっと同じ姿勢でいた為、体が強張っている。まるで死後硬直のようだと、俺はぞっとして、まず外に出てシャワーを浴び、体を動かす事にした。
うーんと伸びをすると、骨が音を立てる。
俺は立ち上がって、部屋の外へと向かった。時計は、午後7時を指示していた。