暗くじめじめした牢屋の中で、俺達は途方に暮れていた。いや、途方にくれているのは俺だけかもしれない。兄貴は荷物や服を取られても、下卑た冗談を言われても涼しい顔をしている。
全体チャットでは、俺達がこれからどうやって逃げ出すかについて、俺達そっちのけで真剣に議論されていた。
「兄貴、これからどうしよう?」
試しに俺が聞いてみると、兄貴は肩を竦めて言った。
「どうするもこうするも、こうなってしまってはどうにも……」
『ま、本当に危険になったらルビスタルで戻ればいいだけなんですけどね。今はまだ様子見です』
『あ、そっか』
全体チャットで会話すると、チャットから安堵の声が漏れる。早く帰っておいでよ、というのが大半だ。というか、皆まだ旅立ってはいない。俺達がしょっぱなから躓いたのを見て、旅立ちに躊躇しているらしい。
いつでも逃げられるなら、何故逃げないのか。兄貴は、何かを待っているように思えた。余裕たっぷりで、皆が覚えた術についての話を聞いている。
兄が待つ者を俺も待ったが、待ち疲れて眠ってしまった。
その時、激しい喧騒がした。
「断罪断罪断罪! 魔王に与する者は全て塵となるが良い!」
「お、お前は異端審問官ラーデス! 何故ここに……」
「ぎゃああああ!」
激しい爆発音。争い合う音。金属音。兄はにこりと笑って言った。
「来ましたか」
扉が吹き飛び、兄貴は感激した風を装った。
「ああ、異端審問官ラーデス様! 助けに来て下さったのですね。これも主神様の御加護!」
ラーデスはエルフだった。右半分が火傷で焼けただれていて、あれほどの争いの音がしていたのに豪奢な服は些かも汚れていない。そしてラーデスは獣人達を引き連れていた。
「ほほぅ、一目でわかったぞ。お前が邪神に与する異教徒か! それでも被害者は被害者だ。救出してやった後に火炙りだ!」
そこで兄貴は初めて余裕のない様子を見せた。
「邪神……!?」
「ドリステン様って邪神だったのか!?」
兄貴と俺は大いに戸惑う。
「そんなはずはありません、メリールゥ様は立派な補助神です!」
しかし、ラーデスは俺達を見下した目で笑った。
「そんな神の名前など、聞いた事がない。火炙りだ、火炙りだ。ハハハ。ひっ立てろ!」
ラーデスの合図とともに、獣人達は俺達の事を捕える。
「兄貴……!」
「中央神殿の神のリストを調べてもらえればわかります。貴方はきっと後悔する」
兄貴は落ち着きを取り戻し、ラーデスを諭す。
「は、混血ごときが私に意見をするのか?」
「事実ですから」
「……連れて行け」
兄貴と俺は獣人達に捕まり、中央神殿まで連れて行かれた。マントをかぶせてくれたのは不幸中の幸いだった。
中央神殿の広場では、大きなキャンプファイヤーの準備をしていた。
いいや、現実逃避はやめよう。あれは俺達を焼く準備だ。
俺達は、木に括りつけられる。
『兄貴、どうする?』
『ギリギリ限界まで待ちましょう。ここで指名手配されたらどのみちこの体は使えなくなる。疑いが晴れるなら晴れた方が言い』
ラーデスが俺達に向かって呪文を唱える。ラーデスの手から、大きな火球が現れて俺は息をのんだ。
俺がテレポートを発動させようとして、兄貴がそれを制止した瞬間。
「待って下さい! 彼らには中央神殿より賞金が掛かっています!」
兄貴の懺悔を聞いていた神官が、駆け寄ってきてラーデスから俺達を庇ってくれた。
「賞金だと? ならば、首を切り落とすか」
神官は首を振る。
「違います。ドリスタン様もメリールゥ様も、今まで一人も信者を受け入れた事のない補助神であらせられます。お二人の授ける力など、わからない事も数多い。それを究明する為……」
ラーデスは、つまらなそうに首を振った。
「ああ、わかったわかった。全く、久々の狩りが台無しだ。荷物を返してやれ。そして尋問を開始するんだ」
俺と兄貴は息をついた。
そうして、返してもらった服を着た俺達は、中央神殿の接客室へと案内された。
紅茶のようなものをごちそうされ、俺は酷く喉が渇いている事に気付いた。香り高いそれを味わう暇もなく飲み下す。俺と違って、兄貴は優雅にお茶を口にした。
「いや、失礼をしました。こちらの勉強不足で……」
神官が頭を下げ、兄貴はそれを笑って許した。
「わかってもらえればいいのです。こちらもあのままだと売り飛ばされていたに違いないのですから、助かりました。賞金まで頂けるそうで……」
『余計な事は喋るなよ?』
兄貴は俺にメッセージを送り、俺はそれに頷いた。今までの状況は、全体チャットで皆に知らせてある。
神官はほっとした顔を見せて言った。
「そう言って頂けるとこちらも気が楽になります。何故ドリスタン様とメリールゥ様をお選びになったのですか?」
神官の質問に、俺は躊躇する。
『えーと、答えていいのか?』
『なんて答えるつもりですか?』
『正直に、名前が覚えやすそうで教義が気にいったからって』
兄貴は、お茶に口をつけて時間を稼ぐ。そしてゴーサインを出した。
『わかりました。どうぞ』
「俺は、戦士系で、名前が覚えやすくて、教義が気にいったから」
俺が答えると、神官は大いに驚いた。
「パッションがですか!? ……いやまあ、それは人の好き好きですが」
すると、兄貴がそれに付け足す。
「僕も似たようなものです。魔術師系と言う違いはありますが」
「いやメリールゥ様の教義って言葉ですらありませんよね!?」
そして、神官は気の抜けた顔をして体をへにょへにょさせる。
「これですよ!? メリールゥ様の教義こんなんなんですよ?」
言い募る神官。そうか、楽しそうな教義なんだな。
「いやぁー……。それだけ肩の力を抜いて生きる事が出来るという事に、憧れたのですよ。こんな人がいたらぜひ調教したいと常々……いやなんでもありません」
俺は兄貴の言葉に深く納得した。何か変な言葉が混じってたような気がするが、兄貴は真面目すぎると常々思っていたのだ。兄貴にとって自由とは憧れの物なのだろう。
「そ、そうですか……。それで、ルビスタルボックスは?」
「この首輪だ」
「このガーターリングです」
俺達が指し示すと、神官は俺達に再度念押しした。
「ほんっとーーーーーーーーーに、後悔していないんですか?」
「何が?」
「何がですか?」
俺達がきょとんとして聞くと、神官は深くため息をついた。
「では、覚えさせてもらった技をお教え下さい」
神官の言葉に、兄貴は首を振った。
「それは困ります。新入り冒険者の僕達にとって、誰も知らない技があるというのは切り札になりえます」
「その為に、こちらも賞金を出しているのですよ」
兄貴と神官は笑顔で睨みあった。
そこに、バタバタと駆ける音がして、勢いよく戸が開いた。
現れたのは、赤毛の可愛い人間の女の子だった。年は俺と同じくらいで、茶色の目を爛々と輝かせている。
「パパ! あのくそプライド高くて自分の種族が一番で他の種族は汚らわしいとすら思ってる竜人とエルフと汚らわしい獣人の混血で、血のつながった兄弟で、ホモ野郎で、女王様と犬で、オカマで、旅芸人で、新米冒険者で、邪神の信者で、前例がなくて、教義が糞ふざけている、人身売買されそうになった間抜け野郎の懺悔を聞いているって本当? 私も混ぜてよ! ずるいわ!」
そんな愉快な人がいるのか。しかし、やっぱり神官も懺悔で噂話をしたり楽しんだりするのか。
「悪いけど、そんな奴はいないぜ。俺達はただ賞金について話しているだけだし」
女の子は、俺と兄貴を交互に指差して声をあげる。
「獣人の体に竜人の翼! 犬! 竜人の肌にエルフの長耳! 女王様! やだやだ、ほんとに? きりきり事情を話しなさいよっ」
女の子は俺に詰め寄る。
「これこれ、ラピス。落ち着きなさい。自分が何を言っているか、わかっているのかね?」
兄貴は涼しい顔でお茶を飲み、淡々と告げた。
「僕達は冒険者です。冒険者の事情を聞くのはマナー違反ですよ」
「いいのよ、あたし、神官だから! さあ、きりきり懺悔しなさい!」
ラピスは元気いっぱいに言い募る。困った子だが、さあさあと小さい体で詰め寄る様がとても可愛らしくて、俺は微笑ましく思う。
「さて、僕達はもう行きます。願わくば、今度こそ安全な宿と仕事を紹介して欲しいのですが。盗賊から盗まれたお金は返してもらいましたし、今までの情報料は宿と仕事の情報で支払ってもらうという事で手を打ちましょう。情報については、明かせるものから少しずつお渡しするという事で」
そう兄貴が言い、俺も兄貴に続いて席を立った。
ラピスはぱっと笑顔になって言った。
「あるわよ、仕事! あたし、これから魔物退治に行く予定なの。どうせこの辺での魔物退治、初めてなんでしょ? ここら辺の魔物がどれくらい強いか不安じゃない? あたしが守ってあげるわよ。あたしも情報収集にもなるし、人助けになるわ。もちろん、夜の見張りはあんた達がしてよ? それで……」
ラピスは喋りながら、俺の手を引っ張る。強引だが、凄く可愛い。
兄貴の方を目で伺うと、一つため息をついて頷いた。
『まあ、神殿との繋がりはこれで出来そうですか。当初の予定通りになったといえばなりましたね。過程が大いに違ったのは反省の余地がありますが』
そうして兄貴も共に進む。俺は気になっていた事を聞いた。
『そういや、兄貴。どうして盗賊に捕まった時に落ち付いてられたんだ?』
『安全な宿が細道を通った先なんかにあるわけがないんですよ。それに、その指輪。恐らく……発信器機能がついてます。研究所に戻る時は外して行かないと。いや、リキがそのままテレポートしようとした時には焦りました』
兄貴の言う事はよくわからなかった。俺は発信器のついているらしい指輪をそっと外し、ポケットに突っ込むのだった。
メリールゥの教義を文字で表すとこんな感じ。\(′▽`)ノ