「うう、ラピス、ラピス……」
俺はテレポートで戻ると、男泣きに泣いた。なんだ、何が悪かったんだ。
「ツトム! どうしたんじゃ!?」
マルゴー爺が駆けてくる。
兄貴のガーターベルトが消えて、ルビスタルがばら撒かれた。
そういや、あの後ルビスタル回収してねーや。
「おおお、ツトム、ツトム……」
「あ、マルゴー爺。この死体どうすればいい? 研究に使ったりするのか?」
「いや、埋めてやろう……。ゴブリン魔将軍は倒せたかの?」
「ああ、倒せた」
マルゴー爺は、肩を震わせて泣き始めた。それは、喜びに涙にも、悲しみの涙にも見えた。
「頑張ったのぅ、頑張ったのぅ、ワシは親として誇らしい……じゃが、願わくば生きて帰って欲しかったのぅ……」
「マルゴー爺さん……」
俺はしんみりして、マルゴー爺さんの肩を叩いた。
体、もうちょっと大事にしよう。
そして、俺とマルゴー爺は穴を掘って兄貴を埋めてやった。
二人、静かにお参りしていると、兄貴がやって来た。若干竜の配合が増えているが、前とほとんど変わらない姿だった。
「あー、死んだ死んだ! おや? 何をしているのですか、リキ、マルゴー爺」
「兄貴のお参りー」
俺が答えると、兄貴は呆れた様子を見せる。
「前の体なんぞどうでもいいでしょうに」
「製作者の前でそんな事言うなよ」
「それは失礼しました」
素直に兄貴は謝り、三人でお参り続行。その後、お茶をして、現実世界に戻った。
さて、今日の飯は何かな。思いながら外に出ると、兄貴の部屋に白衣の連中が出入りしていた。
「おいおい、何なんだよ。兄貴? 兄貴!」
俺は近づこうとするが、それは許されなかった。
か細い声で、大丈夫、やれますという兄貴の声が聞こえてくる。
「おいおい、何なんだよ……」
「何かあったのか?」
他にも起きて来た奴らが集まり、俺に問う。
「わからない、何も……」
「事故だったら嫌だな……。あっもしかして、冒険で大怪我したとか?」
なんでそんな事を聞くのだろう。俺は不安に思いながらも答える。
「体のあちこちが破裂して、死んだ……」
「おい、死に方と痛みによってはこっちで死ぬこともあり得るって言ってたよな。よりによってそんな死に方、大丈夫なのか?」
俺の不安は加速する。
「声はした、声はしたんだ。兄貴は生きてる!」
こんなに大騒ぎになっているのに、白衣の連中は何も答えてくれない。
二時間くらい兄貴の部屋で何か作業をしていて、お粥とかお湯とか運びこんで、そうして鍵を閉めやがった。
「兄貴、兄貴はどうなったんだ!?」
「俺達も死んだら勉さんみたいになるかもしれないんだろ。教えてくれよ」
詰め寄る俺達。
「勉君は安静にする事が必要だ。命に別状はないが、仮想世界での無茶はしばらく控えるように。心配なら、明日仮想世界で直接聞きたまえ」
「そんな……」
命に別状はないって、裏を返せばそれだけ危険だったって事じゃねーか……。
「リキ……何があったか教えてくれ」
真剣な顔で問われて、俺は頷くしかなかった。
その後、皆無言だった。俺はそうそうに部屋に戻って寝る事にした。
ちょうど小杉から電話が来たので、取る。
『どうしたの、今日はデータ送るの遅いなって思って』
「小杉……今日はちょっと、な……。兄貴がゲームの中で死んだら、医者っぽいのが兄貴の部屋に詰め掛けててさ。命に別状はないって話だけど……」
『大丈夫なの!? たかがゲームで死んだら医者が詰めかけるって、普通じゃないよ』
「わっかんねぇ。兄貴の部屋、鍵掛かってて。会わせてもらえなくて。明日の夜、電話するわ」
『小坂井君……元気だしなよ。仮想空間でしか会えないっておかしいよ。明日、会えるように掛け合うべきだ。明日、お兄さんと一緒に楽しい冒険の話を聞かせてくれるのを楽しみにしてるよ』
俺は頷く。電話を切って、とにかく寝た。明日、兄貴に会うんだ。
けれど、夜中に何度も兄貴の部屋に来客の気配があって、俺は結局眠れないのだった。
翌朝、俺は朝食の時間になると、兄貴の分の食事も持って兄貴の部屋に向かった。
「兄貴、一緒に飯食おうぜ」
かちゃり、という音がして、鍵が外れた。
俺が足でドアを開けるよりも、他の奴らが扉をこじ開ける方が早かった。
「兄貴……」
「何、深刻な顔をしているんですか」
兄貴は、いつもどおり笑っていた。でも、俺には無理をしているのがわかる。
「兄貴、何があったんだ?」
「痛みのフィードバックが顕著に行われただけです。想定内の事ですよ。契約にもあります。まだちょっとだるいので、すぐにもう一回死ぬのは無理そうですね。ま、しばらくは怪我をしないように気をつけますよ。という事でリキ、食事。一人で食べます」
「大丈夫なのか?」
「ゲームは続行します。文句は言わせませんよ。他の皆も、仮想空間で話します。良いですね」
俺はしぶしぶと頷いた。
そして、食事を終えてゲームの中へと入る。
俺達は、またしてもあの空間に入った。
「ツトム様……。貴方のプレゼント、確かに……」
優しげに話しかける巫女アリス。
「巫女アリス! もう少し、もう少し待っていて下さい。魔将軍の首は必ず用意しますから! そしたら、一緒に食事でもいかがですか?」
巫女アリスは、微笑む。
「ええ、それを楽しみに待っています。そうですね、あれはラーデスさんに捧げられたもの。私には、もっと素晴らしい贈り物をくれるというのですね。けれど、神の力を使うという切り札を使えるのは5回だけ。どうか、気をつけて」
兄貴はこくりと頷き、巫女アリスの手の甲にキスをする振りをした。
「貴方が望むなら、次は生きて魔将軍の首を取ってみせましょう」
どんどんハードルが高くなっていく気がするんだけど、兄貴。俺の気のせいか?
そんなこんなでゲームの中に入った俺達は、マルゴー爺を交え、新たに判明した神の力を借りるという事や死ぬという事について話し合っていた。
「命に別状は無くとも、かなりきついのは確かです。テストプレイが終わってすぐ、学校に復帰は出来ないと思われる程度には」
「そんな……」
「それを覚悟で契約した。違うか? 生きていたんだ、良かったじゃないか」
俺、そんな覚悟していないんだけど。これ、そんな危険なゲームだったんだな……。兄貴ひでぇ。
「もう一つ、問題があります。恐らく、レベルが1に戻るという事です。そこそこパラメーターが上がっていたので、これは痛いですね」
「なんにせよ、死ぬのは最終手段って事だな」
話し合いが終わり、兄貴はマルゴー爺の所に行って祈りの儀式をやり直しした。
俺も色々あったので、気を鎮める為に祈りの儀式をする事にした。
マラカスをパッションのままに振ると、ほら、有難い神様の声が聞こえてくる。
『ったく、メリールゥめ、ついでにうっかり犬も死なせておけば楽じゃったのに……まあよいか、モルモットじゃし。あーあーレベルアップ作業めんどいのぅ。ってメリールゥ、どうした!? お化けじゃと!? オカマが化けて出たじゃと!? 今までのレベルアップ作業を行わないと祟ると脅すじゃと!? 何寝言をほざいておるのだ』
「兄貴はオカマじゃないぜ。次の体に移ったんだ」
『次の体……だと!? そんなワシらじゃあるまいし、どこまで面白い生き物なのじゃ』
「俺達、一人五体まで持ってるんだぜ」
『五体もか。ん? つまり、空の器があるわけか』
「そうそう」
『お前、一体ワシに貢げ。……ええいっメリールゥ! それはお化けではない、良い年した女が男に縋りつくな!』
「良いぜ、神様」
俺は自室に戻り、二番のヒーロードールに手を添えた。しかし、どうやって貢げば良いかわからないので、心の赴くままにパッションな舞いを舞う。
『ちっ犬以外勝手に入れないようプロテクトが掛かっているではないか。ちょっと犬の魂を赤子に送るから、ワシを招き入れるんじゃ』
そして、俺は突然赤子になっていた。とりあえず、マラカスなしでパッションの舞いを舞う。赤子の体だと結構しんどい。
体の中に、とてつもなく大きな何かが入って来る。
『もう良いぞ。ただし、ワシから三百メートル以上離れんようにな。それ以上離れると、プロテクトが発動するんじゃ』
そして俺は、獣人の体に戻っていた。
赤子は、急成長して行く。
すらりとした鱗の肌。がっしりした体。耳は長く。
試験管から生まれた『彼』が虚空に手を伸ばすと、ローブが現れた。それを身につけていく。
「主神様―っわしゃ少し休暇を頂きますっ ひどいっわしは普段から休暇を取ってばかりじゃと!? メリールゥ、ずるいというならお前もやれば良かろうに」
そうして『彼』はしばらく虚空に喚いた後、俺を促す。
「ほれほれ、わしゃ腹が減っておる。さっさと食事を用意するんじゃ」
「おう、ドリステン様!」
そして俺は食事を用意しにマルゴー爺の所に駆ける。事態を聞いて、マルゴー爺が卒倒したので、自分で食事を用意しないといけなくなって大変だった。
んもっふんもっふんもっふんもっふ。彼らは必死で食事をする。
「下界の、食事など、うん千年ぶりじゃのう」
「んー、お肉が美味しいっ」
「おやおや、我が邪神様は豚となる事がお望みのようだ、これからは喜んで豚のような神とメリールゥ様の事を語り継がせて頂きますよ」
メリールゥ様が涙目で果物を投げつける。結構な速さで投げられたそれを、兄貴はなんなく受け止めて食べた。ちなみに、メリールゥ様はドリステンの魔法で女になっている。兄貴は女顔だと思っていたが、兄貴の体に本当に女になられると微妙な気分だ。ちなみにこちらの配合は、竜、人、獣。ちょうど俺と兄貴の配合を、メリールゥ様とドリステン様は逆にしたという感じだ。違うのは、俺が狼と竜が混じったような顔なのに対し、メリールゥ様は猫耳の女の子という事。
「有難く頂いておきますよ、邪神様」
兄貴の周りには、何故綺麗な女が集まるのだろう。俺は少し羨ましい。ラピスがいるから、いいけどさ。
「しかし、技術も進んだもんじゃのう。マルゴー爺よ、そなたはワシにならぶ天才じゃ」
「有難きお言葉……」
マルゴー爺は恐縮しきりだ。
ほかにも、ドリステンの真似をして神が何柱か降臨していた。
信仰している神しか呼べないらしく、主神様は地団太踏んでいるらしい。
一応、モグート様とかいう神様がマルゴー爺を手伝う事になっている。
「体を差しあげたのですから、当然魔将軍の首を手に入れる為に手伝って頂きますよ」
兄貴の言葉に、ドリステンは難しい顔をした。
「一応、直接的に関わってはならんという法があるし、わしらが全力を込めればこの体、弾け飛ぶわ。赤子から育てたから、多少は耐性があるがのぅ。まあ、見守る位はするし、振りかかる火の粉も払うわい。あとドラゴン焼きが食べたい」
「ドリステンが行くなら私も行くわ。オカマと一緒にいるのは嫌だけど、せっかくの下界だもの。後ドラゴン焼きが食べたいわ」
ドラゴン焼きって美味しいのだろうか。ドリステン様とメリールゥ様は少しよだれを垂れ流して陶然とした表情をしている。
「僕の体を乗っ取った時に食べれば良かったのに」
「美味しいのとまずいのがあるのよ。ボロボロの体で食事する気にはなれなかったし」
「そうなのですか。まあ、竜の魔将軍ならば巫女アリスも喜ぶでしょう。レベルも以前の物に戻して貰えた事ですし。しかし、首から下は好きにして構いませんが、首はあげませんよ」
「竜の魔将軍は、確か美味しい種だったはずよ。美味しい体なのに生き残っているから魔将軍なのね」
竜の世界って厳しい。