恐怖心ゆえか、激しさを増す胸の鼓動。
脱退記者会見の時よりかは幾分かマシだけれども……それでも、恐ろしいものは恐ろしかった。
つーか、なんで毎度毎度ご丁寧にビビってんだよ、俺の心臓は。
相手はただのガキんちょじゃねェか。しっかりしやがれってんだ。
そう、俺が右胸を押さえながら歯を食いしばっていると、シャオメイが不思議そうに眉根を寄せた。
「気安く呼び捨てにすんじゃないわよって言いたいところだケド……。その前に、なんであたしの名前を知ってんのよ?」
「な、なんでって。そりゃあ、今朝のテレビでお前さんを観たからな」
「ああ、そういうことだったの。はっ、有名になったものねぇ……このあたしも」
左手を腰にあて、まるで他人事のように薄く笑うシャオメイ。
「有名になったもなにも、お前さんトップアイドルだったんだろ? たしか、えーと。ハッピーラピッドの赤をやってたんだっけか」
「さぁね、どうだったかしら。昔の話なんて更々興味無いのよね」
「昔って、辞めたの今朝じゃねーか」
「チッ、いちいち細かい男ねぇ……」
小さくそれだけ言うと、ばつの悪そうな顔をして目を逸らす。
前職の件については、あまり触れられたくないって感じだな。
まあ、それはともかくとして――こいつ、意外に話せるヤツじゃねぇか。
もしかして、俺が勝手にビビっていただけで、本当はそんなに悪いヤツじゃないのかも……。
言ってもまだ十歳にも満たない子どもだしな。そう思うと、ホッとしたのかすぐさま動悸が鎮まっていく。
安心したというのもあるが、腕を組んだまま上空を仰ぎ見ているといったそいつの無防備さ加減も相まって、俺は改めてやっこさんの格好を観察することにした。
やはり長いツインテールの赤髪が一番に目に付くが、次いで目立つモノはと言われたら、そりゃもう黒いマントしかないだろう。
それはシャオメイの体躯をすっぽり隠すほどのバカでかい代物で――というより、これ程までになるとマントではなくローブと言ったほうが正しいのかもしれねェな。
んでもって、そいつが動くたびにチラチラ見える中の服装――オレンジ色のフリルワンピースについてだが、これがまあ短いのなんのって。
ローブは丈長なのに、どうしてワンピースはこうも、
「おい、バカシラガッ!」
「うお!?」
急に耳元で怒鳴られたもんだからたまらない。
俺が目を白黒させていると、
「なにやってんだ、ボーっと見てる暇があったら逃げろって! ふざけるのも時と場合を考えてくれよな、死にたくなかったらダッシュを召喚しろ!」
これはこれは。クロエさん、すげぇキレてらっしゃるぞ……。
怒髪衝天とはまさにこのことだな。凄まじく毛が逆立っているぜ。
だがね、と。俺は眼前でまくしたてる黒猫の背中を一つ撫でながら、
「死にたくなかったらって、何を物騒なことを言ってやがるんでぇい。こいつもピースのババアに選ばれた魔法少女なんだろ? だったら俺たちの仲間じゃねーか。存外、悪いヤツじゃあなさそうだし……」
言った次の瞬間。
こみ上げてくる吐き気と共に、目の前がぐにゃりと歪む。
「か、かは……っ!」
なんだ、なんだよ、これ。一体なにが、起こってるんだ?
立っていられるハズもなく、その場にうずくまっていると、
「……あたしの前でピース様を侮辱するだなんて、どこまでもバカな男」
内臓が体中をグルグル這いずり回っているかのような感覚。
そのたびに、胃酸混じりのヨダレが口からだらしなくたれ落ちる。
前からにじり寄って来るシャオメイの気配に、かろうじて動く頭を持ちあげようとしたのだが、驚くほどの間もなく後ろから踏みつけられてしまった。
また、こいつ妙な移動方法を……。瞬間移動の魔宝石でも持ってやがんのかよ。
「口は汚いクセに、白くて綺麗な髪をしてるわねぇ。純白ってヤツかしら――穢したくなるくらいに、ムカつく色ね」
そいつはそう呟くと、凄まじい力で俺の頭を何度も踏みつける。
「何も知らない、何も知ろうともしない。何も解らない、何も解ろうともしない」
「ぐはっ!」
何度も、何度も、何度も。
意味が分からないことを恨み言のように並べながら――狂ったようにシャオメイは続ける。
「そうやって、真っ白のままいつまでもいられると思ってんのかしら。自分だけは白いまま終われるとでも思ってんのかしら」
機械のような冷たい口調とは裏腹に、激しさを増す足の動き。
何も言えずに、ただやられるがままとなっている俺に飽きたのか、そいつはピタッと足を止めて、
「……あたしさァ、あんた達が模魔を捕まえるところ全部見てたのよね。十番石ネオン、六番石ホバー、八番石ダッシュ――この三つを捕まえるところを、全部ね」
俺のアゴをクイッと持ち上げる。
三つだって? ホバーとダッシュは知っているが、ネオンなんて石知らねェぞ。
そう言おうとしたのだが、口の中を切ってしまったらしく、上手く言葉が出ない。
「疑問だって顔をしているわね。それはネオンのことかしら、それとも全部見てたってところかしら」
口角を上げて、俺の頬を優しく撫でるシャオメイ。
「ネオンは、あんたがこの世界に来る直前に『猫憑き』が捕まえた石のことよ。ランクはたしかFだったかしら。あまりにクズ石過ぎてどーでもいいケド」
それからそいつは訊いてもいないのに、全部見ていたことについて話し始めた。
なんでも彼女は魔法少女の中でも、特別な存在らしい。ピースのヤロウの片腕と呼ばれる地位、紗華夢 夜紅(しゃげむ やこう)というふざけた名を持っているとのことだ。
チビ助のような旧魔法少女でもなければ、俺のような新魔法少女でもない、もっと格上の魔法使い。
『ヤコウ』の力を持ってすれば、どれだけ離れていようとも模魔や他の魔法少女の居場所を知ることが出来るし、頭の中にそいつらの映像を俯瞰視点で映すことも可能だとさ。
プライバシーもへったくれもねぇ話だね。
以前、クロエが強力な魔力を持つモノ同士は惹かれ合うし、遠くに居ようとも相手を感じることが出来るとか言っていたが、紗華夢の持つ能力はそれを軽く凌駕していた。
もっと言うならば、さっきみたいに瞬間移動よろしく闇の中から飛び出したり、魔力波を発しただけで相手を倒れさせたりも出来るってワケだろ?
シャゲムだかジュゲムだか知らんが、模魔の居場所が手に取るように分かるってだけで反則級なのによ。いくらなんでも優遇されすぎだって。
「ったく、俺も紗華夢のような瞬間移動能力が欲しかったぜ」
そう言い捨てたのを聞き逃さなかったようで、そのシャゲムヤコウさんとやらは俺のキャミをグイッと掴むと、
「はっ、バッカバカじゃん。いくら夜紅様でも、瞬間移動なんて出来ないわよ。あれは『第七番模造魔宝石シャドー・ザ・ライラエル』の能力っ!」
ふふんと自慢げに中指にはめた黒い指輪を見せつけながら、そいつは続けてこう言った。
「それも、あんた達のようなザコ共が持つクズ石とは違うの。このあたしのシャドーはランクAの凄い模魔なんだから!」
シャオが、まるで買ってもらったばかりのおもちゃを嬉しがる子どものように指輪――ライラへと恍惚の眼差しを向けたその時だ。
俺の前にヌッと巨大な影が現れたかと思うと、
「てめぇ、クソガキが。よくもシラガ娘を傷つけてくれたなァ……?」
「きゃあ!」
はるか後方へとぶっ飛ばされるシャオメイ。
どうやら巨大化したクロエが何かしらの魔法をあいつに当てたようだが(でかい背中が邪魔でよく見えなかったぜ)、それでもさすがは夜紅サマと言ったところか。そいつは器用にも空中で指輪に口づけをしやがった。
つまるところのシャドー召喚。
次の瞬間、背後、何も無い空間に裂け目が入り――そして、そこにすっぽり落ちると、何事もなかったかのように前方から闇を引き裂いて現れる。
もちろん無傷だ。普通ならばあの勢いで地面に叩きつけられたらかすり傷一つでは済まないだろう。
これがシャドーの能力。
これがランクAの模魔。
やられながらも一瞬の判断でシャドーを召喚したシャオメイにも恐れ入るが、この模魔の能力は素人目でも飛びぬけた能力だと分かる。
ここまでくると、もはや感嘆の言葉も尽きてしまうな。鬼に金棒なんてレベルじゃねェ。
「第一番大魔宝石、クロエ・ザ・マンデイ……! あんた、魔力空っぽのハズじゃ無かったの?」
不意をつかれたのが悔しかったのか、ギリッと唇を噛みながら睨みつけるシャオに対して、
「まぁな。ま、あんだけ『魔気』を垂れ流しにしてりゃあ、イヤでも腹が膨れるぜ。味は最悪だったけどな。にっしっし」
巨大な尻尾を一つ揺らして、余裕そうに返す。
つーか、魔気ってまた妙なワードが飛び出したな。
紗華夢なんたらでも混乱してるっつうのに、もうこれ以上は処理しきれねーぞ。
「ふうん、あたしの魔気を食べて自分の魔力へと変換できるだなんて。とんだ泥棒猫もいたものね」
「まあまあ、あんまし褒めてくれるなって」
黒虎はそう軽く笑ったあと、小声で俺に、
「……シラガ娘、おそらく今のあいつは大魔宝石との契約はおろか、霊鳴の封印もまだ解いていない状態だ」
ん、どういうこった?
シャドーは持ってるのに、杖も霊獣も無いって意味がわからん。
じゃあどうやってシャドーを捕まえたんだ。いくら紗華夢でもすっぴんでランクA捕獲なんて無理じゃないのか。
そんな俺の問いに、
「分からねぇんだよなぁ、それが。とりあえず、オレが時間を稼ぐからその間にダッシュを召喚して逃げるんだ」
「オーケイ、わかりましたんで。俺だって、今は杖も霊獣もいねーしな」
そりゃ、逃げるしか手はないぜと言いかけたところで、シャオメイがくすくすと笑った。
「バッカバカじゃん。丸聞こえだってーの。大体さぁ、あんたが百パーセント充填された霊鳴を持っていようが変身しようが、ザコはザコなのよね。まさか、このあたしに勝てるなんて夢見ちゃってるワケ?」
「…………」
ひでえ煽りをしやがる。
夢見る以前に、俺は端から戦う気なんて微塵もねぇよ……。
ただ仲間が増えて、石集めが楽になるなって浮かれていただけだってのに。
「あーあ、つまんない。ここまで言われてんのよ? 集束の一つでもして、あたしを困らせてみなさいよ」
「集束って言われても……。やり方、知らねぇし」
「あはははっ、なーんにも出来ないのね」
「やめろ。シラガ娘は、まだ魔法使いになってから日が浅いんだ。あまりムチャなことを言うんじゃねぇ」
俺の前へと守るように進み出たクロエに、シャオはさっきまでの笑みを消した。
そして、酷く冷たい表情で俺を睨みつける。
「毎回そうやって、誰かに守ってもらってばかり。ホバーのときもそう、ダッシュのときもそう……反吐が出るわね。今日は様子見だけのつもりだったケド、気が変わったわ。あんたなんて要らない。あたしのシャドーで仕舞ってあげる……」
スッとシャドーの指輪を唇まで近づけた、その時。
雷鳴を響かせながら、何かが上空を駆け抜けていった。
一瞬しか見えなかったが、あれはもしかして――
「猫憑きの霊冥石零式!?」
驚いた表情で空を見上げて言い放つシャオメイに俺は確信した。
ゆりなだ。あいつが、異常事態に気付いたんだ……!
「チッ、どうして猫憑きが……。マンデイ無しであたしに気付くハズないのに」
霊冥が飛び去っていった方向を憎々しげに睨みつけたあと、そいつは俺へと向き直った。
「何よその顔。あんた、もしかして期待してんの?」
「き、期待って何のことだよ」
「また守ってもらえる。救ってもらえるってさ。ピンチのときは必ず猫憑きが飛んできてくれる……。いいご身分よねぇ。ホント、羨ましい限りだわ」
「うるせぇっ、いちいち嫌味なヤロウだな!」
「あら。褒めたつもりだったんだケド。日本語ってイマイチよく分からないわ」
そう言って、わざとらしく肩をすくめるシャオメイ。
クソッ……いつまでもこんな奴の悪罵に付き合ってられねェや。
ゆりなが霊冥に乗ってここにやってくるまでの時間、ダッシュを使ってなんとか稼がせてもらうぜ!
「出てきやがれっ、ダッシュ・ザ・アナナエル!」
右手をひねり、勢い良く指輪にキスをした――のだけれども。
「あれ!? おいっ、ハチマキ娘! 出番だぞっ」
何度もキスをして召喚を試みるが、一向に出てくる気配が無い。
あのチビ鮫、まさか寝てるなんてオチじゃないだろうな……。
指輪を見てみると、宝石中心部にある液体――金色の海で小さな鮫が気持ち良さそうに泳いでいるではないか。
「あっ、いるじゃねーかテメェ!」
サボりやがって、と続けようとしたのだが急にスカートを引っ張られ、尻餅をついてしまう。
一体何事かと見上げると、先ほどまで俺が立っていた場所にサッカーボール大の暗い穴がぽっかりと開いていた。
幸い、それは上半身部分だけだったから助かったのだけれども……。
いや待て、徐々に広がっていってるぞ!
「あわわわっ」
慌ててそのままの体勢で後ずさっていると、何かが俺の背中に当たる。
振り向いた先には、俺のスカートを咥えた黒虎が険しい表情で立っていた。
「落ち着けって、シラガ娘。あいつの持つシャドーは移動手段であると同時に、対象を闇の中へと葬ることが出来る強力な模魔だ。だが攻撃時に限り、発動までに時間がかかるのがネックなんだ。さっきみたくボーっとしてるとすぐに飲み込まれるが、『疾駆』で逃げ回っていればそれほど恐ろしい相手じゃない」
「そ、そうは言ってもよぅ……。何回召喚しようとしてもハチマキ娘のヤツ、出てこねーんだ」
もしかして俺の接吻がイヤなのかねぇと、返されたスカートのファスナーを上げつつ言うと、
「そりゃ呪文無しで召喚できるわけねーだろっ!」
モーレツに怒鳴られてしまった。
いやいや。召喚に呪文が必要なんざ、今初めて知ったぞ。
ゆりなに呼び出したい模魔の名前を呼んで、指輪にキスするだけでいいって言われたんだぜ。
それにシャオメイだって、呪文無しでシャドーの召喚をしてるじゃんか。
そう、俺が疑問の数々を口にすると、
「おめぇは二人と違って、レベルが低いからな。呪文無しじゃあ、まともに召喚出来ねーんだよ」
「レベルって――さっきあいつが言ってたレベルツーうんたらってヤツのことか?」
だが、返答は無かった。
再びスカートを引っ張られたからだ。今度は尻餅程度では済まなく、後ろへと強い力でぶっ飛ばされる。
しこたま塀へ打ち付けられた腰をさすっていると、シャオメイが大笑いした。
「きゃは、あははっ! そうよ、あんたはあたしや猫憑きとは違うの。低レベルなの。LevelⅡマイナー程度で呪文の省略なんかしたら効果が弱まるどころか、出すことすら無理だと思うわ」
「へぇ、そうだったのかィ。そりゃご親切にどーも……」
細く長い赤毛を指先でクルクルと弄びながら言う、そいつの余裕っぷりったら。
人を苛立たせるコンクールに出たら間違い無く優勝だろうな。
「だからあんたの場合、呪文はちゃーんと全部言わないとダメよ。こういう風にね……」
「完全召喚をするつもりか!? 走れっシラガ娘!」
ただならぬ雰囲気にクロエが叫ぶ。
なにが始まるのか分からないが、いささかにヤバそうだな……。
退避するべく俺が立ち上がったと同時に、そいつは呪文を唱えた。
「我は欲す。汝が纏う忌むべき力を――来なさい、シャドー・ザ・ライラエル!」
シャオメイの背後に薄っすらと黒髪の暗そうな少女が現れたかと思うと、突如として俺の周り――全方向の空間に数多の亀裂が入る。
「いやはやどうも……。走れって言うが、これじゃあね」
さっきと違い、凄まじいスピードで広がっていく穴に、俺はすぐさま決断する。
こうなったら一か八かだ――あいつの呪文を俺も使うっきゃねぇ!
「我は、我は欲す。汝が纏う忌むべき力を……。今度こそ頼むぜ、ダッシュ・ザ・アナナエルゥウ!」
見よう見真似で呪文を唱えてキスをすると、俺の背後にぷんすこと怒った顔のハチマキ娘が現れた。
そいつは、あらかじめ用意していたのであろうメモ帳の切れ端を、俺の眼前にずいっと押し付けてくる。
それには拙い字で『おまえさん、もっと早く、あなな使え。危なっかしくて、見てられないし』と書かれてあった。
「ご心配かけました……」
ぺこりと頭を下げようとしたところで、何故か両足のカカトから白煙が上がっているのに気付く。
「なんだなんだ!?」
覗き込んだ直後、大量の火花が眩しく足元を照らし――そして、いつの間にか俺は空中へと舞っていた。
『間一髪。シャドーが自分の髪の毛を使って、おまえさんを引きずり込もうとした。だから、あなな、最善の方法を取った。結晶爆破、反動、強制ジャンプ』
「よ、よくわかんねーけど、とりあえず助かったぜ。さんきゅうな、ダッシュちゃん。にしても、これが模魔召喚の力か……。素晴らしいぜェ、まったくもって」
変身も杖も無しで、こんな便利な能力が使えるたぁ、なんとも気前の良い話だねェ。
なんて飛びながらに喜んでいたのだが、度が過ぎる跳躍に段々と顔が引きつってくる。
「えーと、それでダッシュちゃんよぉ……着地がスゲェ痛そうなんだけれども」
未だに俺の背後で悠々とハチマキを風になびかせているチビ鮫に訊いてみると、
『へーき、よゆう。おまえさんの足裏に、自動走行可能な結晶を生成済み。それ、着地の衝撃も、よゆう』
腕を組みつつ、事も無げに言ってのける。
確かに着地に全然衝撃が無かったのだけれども――なんか、キャラ変わってねーか。
ちょっとどころか、かなりカッコいいぞこいつ。
「いやあ、何から何まで頭があがらないぜ。チビ鮫がこんなに頼れる奴だったなんて……」
と、素直な感想を述べてみると、ニコッと微笑んで俺の頭に手を乗せるダッシュ。
『おまえさん、杖無い、大魔宝石もいない。今、あななだけ。だから、あななが頑張る。全力で、守るの』
「守る……」
そいつの笑顔にズキッと胸が痛む。
シャオの言う通りだ。
チビ助も、コロナも、ダッシュも――俺を守ってくれる。守ろうと必死になってくれる。
だが、俺は。俺は……。
「なにこれ、バグってんのォ? 模魔が喋ってるだなんて。いえ、心があるだなんて、ありえないわ」
シャオが俺と後ろにいるダッシュを交互に見て、顔をしかめる。
こいつもコロ美と同じこと言ってやがるな。そんなに模魔が喋るのが珍しいのか?
首を傾げていると、そいつは自分の背後にボーっと佇む黒髪のおかっぱ少女を怒鳴り散らした。
「ちょっとシャドー、あんたは話せないの? ランクAなのにランクEのクズ石なんかに劣るっていうの!?」
しかし、シャドーは答えない。
それどころかピクリとも動かんぞ。一回だけ、瞬きをしたがそれだけだ。
聞こえているのか聞こえていないのか……どこか遠くを見ているような目がとても不気味だった。
「いいわ。それなら、あたしがピース様からもらった紗華夢の力で、あいつの声を潰してやる……。あたしのシャドーが一番なんだから!」
言うと、マントをひるがえし――スカートの中から長細い変なものを出しやがった。
それはまるで生きている蛇のような動きで俺たちを威嚇する。
「く、クロエさんよぉ。ありゃあ、一体どんな魔法なんでぇい」
股下からニュルリと伸びる、お世辞にも可愛いとは言えないソレについて訊いてみたのだが、いつの間にかクロエの姿が消えていた。
『さっき、あなな言った。大魔宝石いない。今、おまえさんと、二人だけ。ぽっ』
大魔宝石ってコロナのことだけかと思っていたが、その中にクロエも入っていたのか。
またあんにゃろう勝手に消えて……。ていうか、なんで頬を染めてやがんだ。
『とりあえず、あの尻尾、怖いから逃げる。自動走行の許可欲しい。望むならおまえさんの意思で走れるように、結晶調整する』
「なるほど、言われてみれば確かに尻尾に見えるな。あ、初めてなんで自動走行で頼むぜ」
『おっけ』
途端、爆音と共にホバー走行で急速後退する俺。
「どわわわっ、もうちょっと丁寧に……」
『無理。あの人の尻尾、思った以上の動き。あななのスピードについてくるなんて、よっぽど』
ダッシュの言う通り、どこまでも伸びて追っかけてくるあの触手――じゃなかった、尻尾はかなり厄介だ。
それだけならまだしも、シャドーの完全召喚もまだ生きているようで、俺が走り抜けたところにボコボコと穴が開いていく。
すんでのところでそれらを回避するが、チビ鮫の余裕を無くした表情を見るに、状況の深刻さが窺える。
かなりヤバイかもな……。
「あんまり、無理すんなよ。キツくなったらいつでも引っ込んでいいからな」
『へーき、よゆう。あなな、頑張る』
口ではああ言ってるけれども……。
さすがに、こいつだけ働かせて俺だけ見てるだけってワケにもいかねェって。
まだ数十分しか経っていないが、少しくらいだったら霊鳴も動くだろ。
ダッシュの負担を出来るだけ軽くしてやらなきゃな……。
そう考え、杖を呼ぼうと手を掲げたその時、小さな声が聞こえてきた。
「あ、あんだぁ?」
チビ鮫の声じゃないのは確かだ。なにを言ってるんだろう――と耳をすませてすぐに、
「ダッシュ、今すぐ指輪の中に戻れ!」
『えっ? だから、あなな、へーきだし。おまえさん、守るし』
俺は続けて叫ぶ。
「これは命令だ! ご主人様の言うことを聞け!」
『りょ、了解だし』
背後のダッシュが消えた直後、そいつがさっきまでいた空間――頭のあった場所に穴が開き、そしてシャオの尻尾が飛び出した。
鋭利な刃へと先を変えたそれを見上げて、俺は喉をゴクリと鳴らす。
もし、もしも一瞬でも戻すのが遅れていたら。今頃、ハチマキ娘は……。
「しゃっちゃん!」
不意に声を掛けられ、振り向くと、そこには杖に跨ったゆりなが浮かんでいた。
「おお、チビ助! って、その格好……お前さんいつの間に変身したんだァ?」
黄色いネクタイに、黒いドレスといった旧魔法少女のコスチューム。
ホバー戦以来の魔法使いモードだった。
改めてその姿を見て思ったが、相変わらずチビ助によく似合っているというか、なんとも可愛らしい格好だな。
いや、可愛いというよりカッコ可愛いというべきかね。この窮地な状況も重なってか、とても頼もしく見えるぜ。
そんなことを考えていると、カランという乾いた音が耳に入ってきた。
音のした方へと顔を向けてみると、黒い杖が地面へと落ち――
「うわあぁああんっ!」
いきなり飛びつかれ、また盛大に尻餅をついてしまう。
「いってってて。ど、どうしたんでェい?」
「ひっぐ、無事で、しゃっちゃん、無事でよかったよぅ……。クーちゃんが、恐い敵さん来たって。少しでも遅れたらしゃっちゃん死んじゃうかもって、だから、だからっ」
泣きじゃくるチビ助に抱きつかれたまま、ただひたすらと困惑する俺。
ていうか、困惑どころじゃないぞ。
すげぇ力で押さえつけられるわ、ぼさぼさの長い黒髪が鼻やら目やら、至るところの穴に入ってくるわで、むしろ苦しいぜ。
チビ助め、変身後の力はムチャクチャになるのを忘れてやがるな……。
このままじゃ無事とは言えない体になっちまうので、
「ばーろぉィ、俺様はそう簡単に死なないっつーの。どこぞの虫さんよろしく素早いのと、しぶといのが取り柄なんでさァ」
言って、全力でチビ助の肩を押し戻す。
ぐおっ。なんて力だ。お、重すぎるぜ……。
顔を真っ赤にして踏ん張っていると、
「ふえっ。どこぞの虫さんって、チョウチョさんのこと?」
と、急に体を起こしたもんだから勢い余って、
「きゃっ!」
「わっぷ!」
今度は俺がゆりなを押し倒す形になってしまった。
わりィわりィと言いつつ、顔を上げたのだけれども――倒れたまま俺を見つめるそいつの潤んだ瞳を見て、胸に痛みが走るのを感じた。
チクっとする痛み。初めて会ったときの、あの苦手な瞳。
慣れたハズだと思っていたのに……。どういうこった、こりゃあ。
「しゃ、しゃっちゃん?」
「…………」
時が止まったかのような一瞬。
「はーあ、やだやだ。人前でイチャついてくれちゃってさ。この紗華夢様がいるってぇーのに、危機感ってものが無いのかしら」
背後から聞こえるシャオの呆れた声に、慌てて飛び退く俺たち。
そうだった、こいつが居たんだ。
胸の痛みの正体なんざ、今はどうでもいい。とにかく、シャオメイを――ジュゲムなんたらをどうにかして撃退しねェと。
「あの子、もしかしてシャオちゃん……?」
隣のゆりなが自分のネクタイを握りしめつつ言う。
「ああ。顔色こそ悪いが、あいつは間違いなく本物のシャオメイだ。お前さんの好きだったハッピーラピッドのリーダーさんだぜ」
「そっか……」
と、辛そうに俯くチビ助。
ううむ。そりゃあ、そうだよなぁ。
自分の憧れだったアイドルが急に『敵』として現れたんだ。
普通は混乱するだろうし、ましてや戦うなんざ絶対に無理な話だろうよ。
いやはや、どうしたもんだか。そう腕を組もうとしたところで――
「すっごい!」
そいつは、バッと顔を上げたかと思うと、
「すごいよっ! 本物のシャオちゃんだっ、わーい、わーい! 芸能人さん初めて見たよっ」
ぴょんこぴょんことその場でジャンプし始めたではないか。
まさかの反応にズッコけそうになる俺。
「あ、あのなァ……」
「にゃはは。やっぱり近くで見るとめっちゃんこ可愛いなぁ、お肌もちもちつやつやだし、髪もさらさらふわふわで綺麗だし。ねっねっ、しゃっちゃんもそう思うでしょ!」
そう思うでしょって言われましてもねェ。
だが、そいつの爛々と輝く眼に気圧された俺は、
「えっ、いや。い、言われてみれば可愛いかもな……」
と言う他なかった。
実際、性格はアレだけれども、見た目だけは飛び抜けてるからな。まあ、目の下のクマは相変わらず酷いが。
「いやあ、ももちゃん居ないの残念だよぉ。そうだっ、ももちゃん用にサイン書いて貰っちゃおうかな。ついでにボクの分も――あっ、サインペンないや……。ど、どうしよう。もうこんなグーゼン、二度と無いかもなのにぃ」
喜色満面の体ではしゃいだかと思うと、急に落ち込んだり……。
手の付けられない興奮状態のチビ助に、俺はやれやれとこめかみに人差し指をあて、嘆息した。
「おいおい。チビ助、頼むぜェ。サインが欲しいだなんて、んな悠長なこと言ってる場合かぁ?」
「あら。サインぐらい何枚でも書いてあげるわよ。ペンも、こんな時のために持ち歩いてるし」
あっさり了承したかと思うと、マントの中に手を突っ込んでペンを取り出すシャオメイ。
用意が良いっつーか、それよりも意外な反応に驚いたぜ。
てっきり、『バッカバカじゃん』とか言って一蹴するものとばかり思っていたのだが。
「わ、わ。シャオちゃん、本当に書いてくれるの!?」
「だから書くって言ってるじゃん。なんだったら、このペンもあげよっか?」
ひらひら振られたペンに引き寄せられるように、シャオのもとへと走っていくチビ助。
「そ、そのペンってハピラピが結成したときに記念で作った、すっごーく大事なペンじゃ……」
「へぇー。よく知ってるわね。この世に七つしかない特別なペンで、それぞれメンバーの誕生石が埋め込まれてるのよ」
「確かシャオちゃんは十二月だから、ラピスラズリだっけ?」
「うげっ。本当によく知ってんのね……」
「ボク、シャオちゃんの大大、だーいファンだもん! シャオちゃんが写ってるポスターとかフロクいっぱい持ってるよっ。でも、そんな大事なのボクなんかが貰っちゃっていいのかな……」
「大事なんかじゃないわよ、こんなの。どーせ今日で捨てようと思ってたし、あたしのファンに使ってもらえるんなら、こいつも喜ぶと思うわ。別に使わないで売ってもいいケドね。五十万くらいで売れるんじゃない?」
「う、売らないよ! 一生の宝物にするもんっ」
そんな二人のやり取りに、俺はうーんと唸る。
なんなんだ、こいつは。俺にはスゲェ態度悪いクセに、ゆりなにはやけに優しいじゃねぇか。
怪しすぎるぜ……。一体なにが目的なんだか。
そう、訝しげな目で見ていたのがバレたのか、そいつは赤毛ツインの左側をふわっと払って、
「なによ、なんか文句でもあるワケ?」
まるで虫けらを見るような目つきとは、よく言ったものだ。
現実にこんな顔をするヤツがいるとはね……。
俺が「別に」と言って、顔を背けると、
「ねぇ、猫憑き」
ゆりなへと視線を戻すシャオメイ。
「ふえっ。ネコツキってボクのこと?」
おそらく猫型の霊獣であるクロエと契約してるからそう呼んでるんだろうな。
そいつは戸惑うチビ助に構わず、
「サイン書いてもいいケドさ。一つだけ、あたしからもお願いしていいかしら」
薄く笑い、スカートの中から尻尾を伸ばすシャオメイ。
それを見たチビ助は、ギョッと目を丸くして一歩退いた。
「お、お願いってなぁに?」
「簡単なことよ……。あたしと戦って欲しいの」
「戦うって――シャオちゃんが何を言ってるのか、わかんないよ」
ジリジリと。
恐ろしい形相でにじり寄るシャオに、青ざめた顔で後ずさるゆりな。
もしかしてクロエのヤツ、『恐い敵さん』がシャオメイだってこと言ってねーのか?
「頭の悪い、女ねェ……。ピース様が選んだ、あたしとあんた。どっちがよりピース様に相応しいか、決めようって言ってんのよ!」
「ひゃっ!?」
ムチよろしく振り下ろされた尻尾を紙一重で避け、俺のもとまで走って逃げるチビ助。
かわいそうに、すっかり怯えきったそいつの震える肩を抱いて俺はシャオを睨み付けた。
「へっ。そんなこったろうと思ったぜ。油断させておいて殺そうとするなんざ、いささかにスマートじゃないねェ。紗華夢サマともあろうお方が、そんな汚い手使っていいワケ?」
「うるさい男ね。たかだか、こんな牽制如きで死ぬようならそれまでってことよ。まあ、猫憑きはあんたみたいなザコ虫と違って、それなりにあたしを楽しませてくれると思うケド」
口を開けばこいつは……。
こっちからも何か嫌味の一つでも言ってやろうかと眉をピクつかせたとき、
「ど、どうして。なんでシャオちゃんが、ピースのおばあちゃんのことを知ってるの? もしかして、ボクが魔法使いだってこともバレてるのかな……」
腕の中のチビ助が不安げに俺を見上げる。
って、いやいや。ちょい待ってくれよ。
「んな格好して空飛んでんだ、そりゃバレバレだって……。つーか、それ以前によォ。今朝の記者会見を観たとき、あいつの目を見て金縛りになったじゃん? チビ天は平気っつう、俺たち限定の奇妙な金縛りのコトさ。あんな芸当が出来るヤツとくりゃあ、だいたい見当がつくだろうよ」
「…………」
ボーっと俺を見つめるチビ助。
表情から察するに、やっとこさあいつの正体に気付いたのだろう。
「そう、あいつは俺たちと同じ――魔法少女だ。三番目のな。何故かは分からんが、俺たちを殺そうとしている」
というより俺を、だろうな――
ゆりなに対しては、どちらが強いか決めようとしているだけで殺そうとまでは考えていないと思う。
なんとなくという言葉はあまり使いたくないけれども。
ま、なんとなく。
そのままに、あいつが旧や新を超えた魔法使い――紗華夢夜紅であるということまで説明しておく。
無論、大雑把にだけど。
「というワケだ。だから、あいつは敵なの。やらなきゃやられるってなモンで、辛いだろうが解ってくれ」
「…………」
説明は終わったっつうのに、未だに俺の顔を見ているチビ助。
気が抜けたようなそいつのツラに慌てた俺は、ゆっくりと近づいてくるシャオを横目で見つつ、
「お、おい。何をボケっとしてやがんでぇい? お前さんがしっかりしてくれねーと、あいつにやられちまうんだぞ!?」
情けない話だけれども、魔力が残っているチビ助に頼らざるを得ないんだよ……。
だから、と肩を揺すっていると、不意にゆりなが口を開いた。
「しゃっちゃん、その髪どうしたの? 土で汚れちゃってるよ」
って。今更、俺の有様に気付いたのかい。
なんて思ったが、正気を取り戻したゆりなに安堵した俺は苦笑混じりに、
「え? あ、ああ。これね。あの赤毛に踏まれちまってさァ」
別に痛くも痒くもねーけど、そう続けようとしたのだが、
「しゃっちゃん、その顔どうしたの? 血で汚れちゃってるよ」
俺の言葉を待たずしてボソッと機械的に呟くチビ助。
おかしい。
なにやらどうも――様子がおかしい。
よく見ると、そいつの目の焦点が合っていないことに気付いた。
「ゆ、ゆりな?」
背筋が凍るような感覚に襲われる。
「しゃっちゃん。シャオちゃんに、イジメられた、の?」
やけに冷えた口調で言ったかと思うと、眼だけをギョロリと動かして俺を見るゆりな。
光を失った暗い瞳の奥に、チカチカと藍色の光が明滅しだす。
その異様な姿に、俺はホバー戦のゆりなを思い出していた。
これって、まさか……。
「そうよ、あたしがこいつを痛めつけたのよ! 這いつくばって許しを請う姿、猫憑きにも見せてあげたかったわ。笑っちゃうくらい無様だったもの」
見やると、腕を組んで仁王立ちのシャオメイ。
「おいっ、許しなんて誰が請うか! デタラメ言ってんじゃねぇっ」
「ホント、惨めよね。弱いってかわいそう。そのクセ、デカイ口を叩くんだから、もうつける薬は無いってカンジよね。いっぺん死んでやり直したほうがいいんじゃないかしら」
さらっと無視し、饒舌に俺を馬鹿にするそいつに違和感を覚える。
なぜ、こいつはチビ助を襲わないで俺を挑発してやがんだ?
攻撃するなら今が絶好のチャンスだろうよ。
「どうして、」
徐々にゆりなの瞳が藍色の光に支配されていく。
いや、待てよ。もしかして、俺を挑発してるんじゃなくて――
「あんたも大変よねぇ、こんな弱くて馬鹿な『ハズレ』なんか引いちゃってさ。本当はもっと強くて賢い人が良かったんでしょ?」
「どうして、しゃっちゃんを、」
「今からあたしがピース様に頼んであげよっか。そこの、その、使えないゴミを処分してくださいってさ!」
「どうして、しゃっちゃんを、イジメるの……かな?」
やがて、完全に光りきった瞳をゆっくりと閉じ、ゆりなは俺の腕の中から抜け出した。
生気の感じられない後ろ姿に、俺は思う。
やはりそうだ。この現象――『集束』に違いない。
「いくらシャオちゃんでも……ダメだよ。許せないよ」
「チビ助、お前……」
「ごめんね、しゃっちゃん。悪いけど下がっててくれないかな」
「あ、ああ」
言われるがまま半歩だけ下がり、一つおかしい点に気付く。
俺を『しゃっちゃん』と呼んだってことは集束じゃないのか?
髪も燃えていないし、体中を纏うオーラや稲光だって変色していない。多少動きが活発化しているけれども、それだけだ。
だが、しかし。あの眼の光はどう考えても……。
そう思案しようとしたその時、シャオメイのスカートから尻尾が飛び出し――チビ助を猛然と襲った。
「マズイ! ゆりな、あいつの尻尾は先っぽを自在に変形させることが出来るんだ。大きく避けないと危険だぜ!」
停止しかけた頭を奮い起こして無我夢中で叫ぶと、
「そう……。おいで、霊冥」
冷静にそれだけ言い、転がっていた杖を手元へと呼び戻すゆりな。
そして、尻尾が顔面に到達する瞬前。
「らいらい」
杖をくるぅりと回転させたかと思うと、そいつの左手には何故か独特な形の小さい黒鎌が握られていた。
そ、そんな物騒なモノ一体どっから出したんだ?
「サンダーシックル……」
妙な三枚刃で尻尾を器用に絡め取る鎌――全体に黒い雷を走らせるそれを見て、すぐにその正体が霊冥だと知ることになる。
なるほどねェ。俺のアクアサーベルと似たようなものか。それより、スゲェ反射神経をしてやがるなコイツ……。
普通あんな正確にあいつの尻尾を受け止められないぞ。というか、避けないで受け止めようと判断したのが、また何とも。
無謀なのか、はたまた――余裕というものなのか。
どちらにしろシャオメイのヤツ、さぞかし悔しがっていることだろう。
そう、そいつへと視線をスライドさせると、
「あははっ! 思ったとおりだわ。猫憑きの集束の引き金は、この男ね!」
心底楽しそうに笑っていた。
ああ、やっぱりそういうことかよ。
俺を挑発していたんじゃない――チビ助を怒らせて、『集束』を発動させようとしていたんだ。
ふざけた真似をしやがって……。
「でも、裏束じゃないのは少し残念ね。あのゾクっとする魔気を間近で触れてみたかったのに。まあ、『表』でも十分楽しめるケドさ」
そう言ってシャオメイが黒い指輪を掲げた、その時だ。
大音量の警報音が頭上で鳴り響き、それと同時に空に凄まじくデカイ亀裂が走った。
にゃろう。出やがったな、シャドーめ。
「空の亀裂に気をつけろ、ゆりな。こいつの持つシャドーは、ランクAのとんでもねぇ模魔だ。穴が開いたら最後、闇に飲み込まれちまうぞっ」
「うん、わかった……」
相変わらずどこを見てるのか分からない目だが、話は通じるようで良かったぜ。
それにしても――ここまで巨大な穴を開ける力がシャドーにあったなんて、思いもよらなかったな。
ま、どうせ俺相手じゃあ出すまでも無かったってことだろう。とっておきの大召喚は、お楽しみの対チビ助戦で、ってか。
「チッ、なんてタイミング。せっかく良いところだってーのに、邪魔しやがって……」
亀裂を睨むシャオメイの顔に、何故か焦りの色が見える。
どういうことだ、と訊ねるよりも前に、そいつは俺に向かってこう言った。
「バッカバカじゃん。鳴き声で判らないのかしら。あれはシャドーじゃなくて、コピー・ザ・ヨムリエル……十四番目の模魔よ」