俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「お父様……、となり、いいですか?」
娘。娘である。
可愛い娘だと思う。
多分、これが目に入れても痛くない、という奴なのだろう。
可愛い娘だ。
娘とか言い出したら、春奈も娘みたいなもんだが。
しかし、春奈とはまた違う放って置けなさがある。
繋いでないとどこへ行くか分からないような、聞かん坊の犬とは違う、手を離すとふわりと消えてしまいそうな風船のような。
まあ、しかし、ここまで可愛い可愛いといっておいてアレだが。
いや、可愛いからこそなのだろうか。
まあ、なんとなく。
「駄目だ」
意地悪してみたくなった。
無論、次の台詞は『嘘だ、嘘。別に俺に了解とらんで良いって言ったろ?』である。
しかし、反応が見たいので、ちらっとなんでもない風を装って、俺は由美を見る。
いや、しかしなんというか、今更になって罪悪感がひしひしである。
これは、どうしようか、大丈夫かこれ。
一体由美はどんな反応を……。
「……ヤ、です」
……こいつは驚いた。
其の八十四 俺と父親度。
照れている。
ぽかんとする俺の前で、なんだか妙に由美が照れていた。
それを誤魔化すように、由美は俺の隣に座る。
由美はこちらを向こうとしない。
赤いのは横からでも分かるのだが。
しかし、それにしても。
と、俺はやっと再起動を果たす。
そうか、俺は由美にお断りされてしまったのか。
反抗された、と。
そうか、そうか。
駄目だ、にやける顔が治まらん。
思わず、ぽんぽんと、由美の頭を撫でる。
「お、お父様……?」
やっとこちらを見た由美。しかし、まあ、今度は俺が由美の顔を見れそうにない。
結局、俺は黙って由美を撫でた。
由美も戸惑いながらもされるがまま。
しばらくして、やっと俺の顔の筋肉は制御下へと戻ってきた。
にやけた面を元に戻して、俺は手を離す。
すると、おずおずと由美は言った。
「お父様」
「なんだ?」
「お父様にお願いがあるんです」
「よし、言ってみろ」
お父さん頑張っちゃうぞー。金が絡まなければ。
と、そんな俺に、慣れないから戸惑うのか、たどたどしく由美は言葉にした。
「お父様、と。お出かけ、したい……、です」
そんな娘のお願いに。
よし、わかったと、まあ、即答しかけてしまう俺だったが。
「嫌だと言ったら?」
少し考えて、なんとなく、聞いてみる。
すると、由美は細い眉を八の字に下げて、困ったように俺の手を握って言ってくるのだ。
「そんなこと、言っちゃ、ヤです……」
俺はNOと言えない日本人でいい。
そうして、俺は腰を上げ、由美が準備を済ませてやってきた。
「で、何処に行くんだ?」
のだが。
「……えっと。そこまで考えてませんでした」
まさかの俺達、居間で立ち往生。
どうするんだ。俺は年頃の少女が喜ぶ場所なんて知らんぞ。
腕を組み、考えてみるが何も出てこない。
しかし、そんな中。
そんな困り顔の俺たちに向かって歩いてきたのは、憐子さんだった。
「ふむ……、お困りのようだから、私がオススメのデートスポットを教えてやろう」
そう言って、憐子さんが由美を連れて俺から離れるとなにやら会議を始める。
「じゃあ、私、レストラン、教える」
そして、何に誘われたのか、手を上げて銀子が現れ。
「では私は巡回ルートを設定しましょう」
藍音がいつの間にか交じり。
「わ、私は時間を設定しようっ」
季知さんまで。
なんか愛されてるなぁ……、由美。
俺は仲間はずれだぜ。
「俺は外で待ってるぞー」
輪から外れた所で言い残して、俺は玄関から外に出ることにした。
俺にできることは無いんだろう。あの空間で。
扉を開けば、曇り空。なんかむかつくから羽団扇で風を送っておこう。
そうして、待つこと数分。
「お待たせしました、お父様」
由美が笑顔でやってきた。
「ん、じゃあ行くか」
二人、歩き出す。
「わぁ、いいお天気ですね、お父様」
「ん、そーだな」
俺と由美が最初にやってきたのは公園だ。
無論、うちの者どもが書いたメモに従ってだ。
そして、そんな中由美は、池にいる鯉に餌をやっている。
その隣で俺は、とある一枚の紙片を読みながら、鯉の餌用の麩を食っていた。
「鴨さんも居ますよ、お父様」
「ん」
紙片は、出る寸前に憐子さんが渡してきたものだ。
まあ、こちらは連れる側の注意点、というべきものらしい。
手を繋げ、などちらほらと指示が書いてある。
確かに、はぐれるかもしれないし、もしかしたら池に落ちてしまうかもしれない。
そこらを考えると、こうして手を繋ぐのも自然な流れか。
憐子さんにしてはまともな指示を出す。
「んーっ」
と、そんな中、由美の妙に力の入った声が聞こえて、俺は由美を見た。
すると、背伸びした由美が、俺の口元に向かって手を伸ばし、麩を差し出してきている。
……餌付け?
まあいいか。うん。頑張る由美がなんか可愛いから。
差し出された麩を口でくわえて噛んで嚥下。
「ふふ、おいしいですか? お父様」
「んー、……素材の旨み?」
正直味はしないんだぜ。それでもなんとなく食っちまった俺は馬鹿なのさ。
「それじゃ、お父様、少し、ベンチで休みましょうか」
「おう」
多分、これもメモに書いてあるのだろう。
メモの中身がやたらと細かかったのは、横目からちらりと見えたのだ。
詳しいところまで確認はしてないが。
しかし、ベンチか。確か、俺の方でもベンチに座ったらこうしろ、という指示があったはずなのだ。
どうやら、この紙片は憐子さんなりに気を使って寄越したものらしく、ベンチに座ったら、の指示の前にこんな前置きがあった。
『突然お前を誘ってきたのは、もしかするとお前との家族愛が不確かで、不安なのかもしれない。安心させてやる必要があるだろう』
一理ある。俺はそういう性質ではないし、由美も甘えるのが得意ではないから、いつの間にか由美は不安になっているのかもしれない。
やはり、憐子さんにしてはまともなことを言う。まあ、季知さんとかも意見を出したのかもしれないが。
まあ、それはともかく、だ。
とかく、俺はベンチに座ると、指示通りに行動することにした。
「なあ、由美」
「なんでしょう」
笑顔で首を傾げる由美の耳に、俺は顔を寄せた。
「お前さんは可愛いな。愛してるよ」
『いいか、耳元に近づいて、「可愛いな、愛してるよ」だ。これでいい』
ふう、任務完了だぜ。
さて……、由美は、と。
一度離れて俺が由美を見ると、由美は真っ赤な顔で固まっていた。
まあ、あれかもしれんな。確かに、いきなり家族愛ささやかれちゃ、照れもするか。
……て。
くらり、と、由美は卒倒した。
「おーい、由美、大丈夫か? おーい」
「……大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ、れす」
俺の目の前で、由美は目を回している。
「本当に、熱中症とかじゃないんだな?」
「はひ……」
まあ、確かに熱中症になるには少々気温は低いのだが。
そうして、俺が羽団扇で超極微風を送っていると、赤かった顔も落ち着いてきた。
「えと、もう、だいじょぶです」
「そうかい。歩けるか?」
「はい。えっと、次は……」
結局、由美に連れられ右へ左へ。ソフトクリーム食ったり、水族館行ったり。
なんだかんだと、言っているうちに時刻は夜になった。
意外と常識的な道のりでここまでやって来られてほっと一息。
何度か由美が倒れかけたが、大丈夫。問題ない。
まあ、そんなこんなで、最後。夕飯を食べて帰る、だ。
その後にあるいかがわしいホテル外の羅列は二人一致で無視することにしたので最後ったら最後なのだ。
まあ、いささかこの後のメモの内容がアレだったが、夕食の場所は変に気取った所もなく、雰囲気のいいファミレス。
由美は、オムライスを頼んだ。
俺はAセットなるものを。
しかし、オムライス美味そうだな。
半熟の卵が食欲を掻き立てる。
「お父様?」
と、俺の視線に気付いたらしい由美が俺を見て首を傾げる。
「ああ、いや」
なんでもない。そう言って俺は目の前の自分の食事に視線を戻そうとするが、何故かスプーンが目の前にあった。
「食べますか?」
……餌付けか。
本日二度目の餌付けである。
「貰う」
しかし、欲望に素直な俺。矜持? 誇り? そんなもので腹が膨れるかよ!
ふむ、美味い。
しかし、それにしても……。
「お、お父様? 私の顔に何か付いてますか?」
おっと。俺は考え事をやめて、由美から目を逸らす。
じっと俺は由美を見つめていたらしい。
「いやあ、なんか、嫁にやりたくねーなってな」
そうか、こんな心境か、とどうも俺は新たなる親父の境地が拓けそうだ。
微妙な思いに浸りながら、俺が苦笑する。
まあ、どうせ何言ってるんですかお父様、と返ってくることだろうと思っていたのだが。
だが――。
そんな俺に、由美は照れながら、顔を赤くして言ったのだ。
「……いいですよ」
「ん?」
「私、ずっと、お父様の傍にいます」
上目遣いで照れながら言われ、俺は思わず唸る。唸った。
「ぬう……」
「ど、どうしたんですか?」
「いや、嫁にやりたくないような、いい男見つけて幸せになって欲しいような……。そんな二重の仮定が」
その考えに決着が付いたとき、俺は親父として新たなる階梯に上がれるのだろう。
と、変な感慨にふける俺に、由美は口を開いた。
「じゃあ……」
「ん?」
「……お父様のお嫁さんに、なります」
……こんな由美にも、いつか反抗期が来てしまうのだろうか。
とりあえず加齢臭に気をつけよう。
―――
ことしの ごーるでんういーくは かぜを ひかなかったぞ!
返信
奇々怪々様
現在の自分の中では山崎君メインヒロイン昇格で固まってます。なにか、百人中百人に止められない限りは。
そして、生首で座布団の上に鎮座とか、シュールグロ画像ですね、分かります。病んでやがる……、遅すぎたんだ。
薬師の、不意打ちじゃなきゃってあれはきっとあれですよ。『俺の専売特許だからやめろ。金取るぞコラ』ってことです。
山崎君ボディはですね、つまりケモノやら、その他人外系の夢のボディまで完備できるということ。愛沙さんの生体技術に期待が高まります。
cial様
初の感想に感謝です。ありがとうございました。これからもどうぞよろしく。
変化球……、確かにもう生首とか暴投ですよねー。自覚はありますが、やめません。
これからも暴投続けます。頑張ります。キャラの魅力が出尽くすまで。……いつ枯れるんでしょ。
全力で叡智の結晶書き連ね続けますよ。いつか腱鞘炎になる其の日まで。
ズトラ様
また薬師なんです。そう、薬師なんです。
山崎君が堕ちないなんて、嘘だったんや! ファミ通の攻略本並ですよ。
そして、誰が上手いことを言えと。確かに首は発送されてきましたが。だれが送ったんでしょうね。
その内、如意ヶ嶽家の置物になりそうです、生首。
黒茶色様
首が取れる……、そこが致命的にいいんじゃないか! って友人に言ってみました。友人からは『俺はスライム娘が……』と返ってきた。そうか、私の友人ってそういうことなのか。類友。
ちなみに、山崎君は妖精さんなので、一族皆首なしだとは思われます。ただし、固体の絶対数はそう多くもない模様。
というか、デュラハンが子供生んだら首はどうなるのやら。半分切れてるとか斬新過ぎてどうしよう。
まあ、山崎君はぱっと見アレですが、あれでも意外とエースなので、お見合いの話は出るんです。上司とかから。
通りすがり六世様
山崎君のイメージはあれです。シノービ、フジヤマ、ゲイシャ。つまり外国人観光客。日本かぶれ。
つまり、時代劇とかは大好きだけど、生での経験はあんまりです。候の使い方とかおかしいし。
なんでも無自覚に落とす薬師関してはは、もう語尾に「いや、他意はないんだぜ?」ってつければいいと思います。いや、他意はないんだぜ?
そして薬師なら生首でも、「うへぇ、首が取れちまった。超痛ぇ」とか言いそうな気がします。
ぬこ様
首が取れるのはむしろ我々の業界ではご褒美……!
まあ、うん、常に変な文字Tの女もいることですし。首が取れるくらい変わりませんよ。
というかあれですね。ここまで駆け抜けた猛者達だと、生首くらいじゃ小揺るぎもしない。すばらしき漢達です。
落ちた首を拾うところから始まるラブロマンスだってきっとありますよ。
最後に。
くそ……、薬師めぇ……! 娘さんを僕にくださいっ。