俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「ふぅ……」
「どうしたのご主人。物憂げに溜息なんてついて」
「いや、な。近々また、要らんことに巻き込まれそうでなー……」
「あはは、ご主人も好きだねー」
「好きじゃねー。むしろ嫌いだ」
「えー?」
「俺なんてもう小豆洗って生きていきたいくらいだっての」
「ご主人がスーツの袖巻くって小豆洗うとか面白いね?」
「……よし、決めた。俺、小豆洗いになる」
「……ご主人、正気?」
「正気も正気。俺はある事実に気がついた」
「どんな?」
「天狗だから悪い。誰も小豆洗いに荒事を押し付けまい」
「まあ、そうかもしれないけど」
「そう、表舞台に出てこないような妖怪ならばいいわけだ」
「うん」
「その点小豆洗いは申し分ない」
「そっか」
「小豆を洗う地味さ。そもそも姿のない妖怪だと伝えられることもしばしば」
「そうだね」
「これほど地味な妖怪がいまだかつて居ただろうか。いや、いない」
「つまり?」
「小豆洗いに俺はなる」
其の六十七 俺と小豆洗い。
「時ににゃん子」
座敷に座って猫と話す。
見た目とても危ない人だが、返事はちゃんと返ってきた。
「なぁに? ご主人、愛の告白?」
なんだかにゃん子は唐突に人間状態になって、わざとらしく小首を傾げながら寝ぼけたことをいっているが、黙殺する。
「小豆洗いになるにはどうしたらいい?」
「知らにゃい」
「神殿にでも行けばいいのかね……、それとも職安で斡旋してるか?」
「……してないと思うよ?」
まあ、そりゃしてないだろう。
「そもそも、小豆洗いって職業じゃないよな」
「うん」
「種族か、どうやったらその壁を越えられるだろうな」
「むずかしいと思うけど」
「ああ、しかし俺は越えるぜ、その壁を」
「ご主人かっこいー」
「いや、むしろ小豆洗いってのは職業でも種族でもない」
「じゃあ、なんなの?」
「生き方だ」
今俺格好良いこと言った。
「つまり、小豆をとぐことこそ肝心」
「うん」
「要するに」
「要するに?」
「小豆を買って来よう」
「ご主人とお出かけだー」
「小豆って普通に売ってるもんかねー」
歩く俺の隣の塀を、黒猫が歩いている。
「あ、でも先に作戦会議しようよ」
にゃん子が、唐突に声を上げる。
「ん、もう取り敢えず小豆洗うで決定したじゃねーか」
「んー、ほら、小豆洗い業界も今厳しいみたいだし」
「うわ、なんだそれ初耳だ」
「小豆の価格が高騰して大変らしいよ?」
「うわぁ、なんだそれ世知辛い」
初めて聞いたぜ小豆洗いの事情なんて。
「お前さん小豆洗いに知り合いなんているのかよ」
居たら紹介しろよ。参考にするから。
なんて言ってみたのだが、隣の黒猫は曖昧に口を開いた。
「んー、会議で聞いただけだし」
「会議ってなんだよ」
「空き地の」
「ああ、アレか」
「うん、アレ」
どうやら空き地に猫が集まって、というお話らしい。
まあ、信用度に関しては微妙な井戸端会議だ。
しかし、にゃん子の言う作戦会議とはなんだろうか。
すでに方針は決まっているはずなのだが。
そう、小豆を買う、この一言に尽きる。
「でもまあ、ほら、小豆買って洗うだけだしな?」
言うと、にゃん子は唐突に俺の前に降り立った。
そして、人間状態に戻り、俺に指を突きつける。
「あまい、あまいよご主人! 適当に買った市販品の小豆に、百均のボウルで小豆洗って小豆洗いなんてガムシロップみたいだよっ?」
「ぬ」
一理、あるかも知れん。
「小豆洗いはね、小豆を洗うことに全てをかけてるんだよ? 全精力全て掛けて。全ての人生掛けて小豆洗ってるのにご主人は……」
「むう……、一理あるな。いや、二理と少しくらいは認めよう」
「だから、喫茶店辺りで一回どうするか考えようよ」
確かに……、そうするのが無難か。
って、なんか丸め込まれた気がするが、気のせいか。
「そうだな、そうするのがいいかもしれないな。丁度良く、そこに喫茶店もあることだし」
そして、丁度よく。思ったよりも利用回数の多い、常に閑古鳥が雄たけびを上げる店はそこにあった。
いつもの店だ。果たして閻魔妹はいるだろうか。居たら小豆洗いに付いて詳しく訪ねたいのだが。
「いらっしゃいませ……、って貴方、また女連れで……」
からんからんと音を鳴らして店内に侵入すれば、そこには由比紀の姿が。
果たしてなにを呆れているのか知らないが、疲れた表情だ。
「ところで閻魔妹よ。お前さん、小豆洗いについて詳しいか?」
「……ごめんなさい、質問の意味が良く分からないわ」
誰も居ない、寂しいまでの喫茶店の一角に陣取って、俺はにゃん子に問う。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「んー、まずは小豆とかより先に個性をどうにかしないといけないんじゃないかにゃー?」
「個性……、って小豆洗うだけじゃいかんのか」
他に何があるんだと訪ねた俺に、あまいあまいとにゃん子は指を左右に振った。
「今更ご主人が小豆洗ったってダメダメ。小豆洗いなんてたくさんいるのにご主人がちょっと小豆洗っても小豆洗ってるご主人だよ。現存する小豆洗いに負けない個性がなきゃ」
「まあ、なあ……」
「にゃん子を頭に乗せるとかどうかな?」
「何故」
「マスコット」
「何故マスコット」
「トレードマークでもいいよ」
「いや、しかし……」
確かに、妖怪は地域ごとに話が違ったり、各伝承での目印のようなものがあったりする。
牛鬼のように、ある地方では牛の胴に鬼の頭だったり、頭が牛で胴が鬼だったり、果ては蜘蛛の胴だったりと、各地方ごとに特色があるものだ、が。
小豆洗いと黒猫の関係性が良く分からない。
いや、でも、あれか。
「いないよかマシか」
「うんうん、人生妥協が肝心だねっ」
俺の妥協に、にゃん子がうれしそうに肯く。
「じゃあ、次だ」
そう黒猫と一緒に現れる小豆洗いという個性を手に入れたことだし、次の話だ。
「……何か選んでくれるかしら?」
と、思ったところで、由比紀から声が掛かる。
確かに何も頼んでなかったな。
思い直して、俺は口にする。
「お茶で」
「喫茶店でそのチョイスはありえないわ」
「駄目か」
そして、普通の緑茶を要求した俺を差し置いて、今度はにゃん子が声を上げた。
「あ、じゃあショートケーキとカフェオレでっ。カフェオレは牛乳八割に砂糖二十七杯ねっ!」
「それはもうミルクカフェじゃないわ」
うん、その通りだ。コーヒー味の砂糖ですらない何かが出来上がるだろう。
「が、まあ。それ二つずつくれ」
「……牛乳八割に砂糖二十七杯の砂糖的半液状物質を?」
「いや、普通のでいいから」
信じられない、とばかりの顔をして聞いてくる由比紀に、俺は手を振って否定。
すると、にゃん子が横槍を入れる。
「……ご主人にケーキって、似合わないよね?」
そこかよ。
「……うるせー」
「そういうハイカラなのよりほら、ご主人はようかんとか食べてればいいよ」
「だ、そうだ」
言いながら、由比紀を見る。
匙を投げたがごとく由比紀は溜息をついた。
「……喫茶店よ、ここは」
「もちろん、茶店じゃない、と」
「ええ」
肯く由比紀。
そんな時、カウンターの奥から店主の声が。
「あるよ、羊羹。本当は由比紀君の休憩のお茶請けにしようと思っていたのだがね……。お客様の願いとあらば、不肖、この私、断腸の思いで! 実に遺憾ながら!! 提供いたしますが、いかが?」
「え、ちょっと……」
「よし買った、と言いたいところだが、閻魔妹が涙目で恨めしげににらんできそうだから普通にケーキで」
「かしこまりました」
店主の声が聞こえ、ほっと息を吐いた由比紀もまた、それの準備へと去って行く。
俺とにゃん子だけが取り残された。
「さて、じゃあ、次にどうするか」
そうして、話は本題へと戻る。
「んー。次は何をするか決めたらどうかな?」
「へ? 小豆洗うんじゃねーの?」
小豆洗いに小豆を洗う以外の職務があるとは意外だ。
と、聞いてみれば、にゃん子は顎に人差し指を当てて考え込む素振りを見せた。
「んー、ほら。聞いたら川に落っこちるとか。人攫うとか、何もしないとか、逆に縁起いいとか」
「あー」
なるほど、小豆洗いに付随するなにか、ということか。納得だ。
確かに、小豆洗いと一口に言っても、だ。
一番有名なのはその音に誘われると川に落ちる、だが、群馬や鳥取あたりでは人を攫うと言うし、福島は音が気になって外に出てみても何もいないという。
貧乏で赤飯が炊けなくて困っていた農家が小豆洗う音を聞いて外に出ると赤飯が置いてあったという話もある。
法師の姿で現れて、そこへ子持ちの女が小豆持って川へ行くと早く嫁ぐとか。
要は、俺、いや、俺とにゃん子で新しい属性を作ろうということだ。
「しかし、川に落としたりするのはごめんだな。閻魔に怒られそうだし」
「うん、そだね。というか、二番煎じもよくないし」
「まあ、音がしても何も居ないって言うのは音を風に乗せて送ればいいわけだし楽なんだろうが」
「でも、風なんて使ったら結局天狗じゃん」
「だよな」
どうするか、とだらしなく椅子に座りなおす俺に、にゃん子は言う。
「あとで考えようよ。ほら、ケーキ来たよ?」
「おー、そーだな」
「ねえねえ、ちょっと思ったんだけどさ。こう、小豆を洗う音が聞こえたら黒い猫がその人のほうを見ながら横切るっていうのはどうかな?」
「ああ、なんとなくそれっぽいな。実害もないから怒られないだろ」
にゃん子にしてはありな案だ。
「うんうん」
笑って、にゃん子がケーキを口に運ぶ。
「じゃあ、ご主人のマスコットは完璧ににゃん子でおっけーだねっ」
「まあ、そーなるな」
そりゃ、横切って貰ったりとかな。
する以上はにゃん子が隣に居ないと困る。
にゃん子が他の猫を斡旋してくれるならその限りではないが、そんなこともないらしく。
「んー、じゃあ、決定っ。んふー」
にやにやするにゃん子に、俺は怪訝な目を向けようかとも思ったが、本人が楽しそうなのでいいか、と結局ケーキを食う。
「あ、ご主人」
そんな時、不意ににゃん子は俺のほうを見て、唐突に机に乗り上げた。行儀が悪いな。
そして、なんだ、どうした、と言う前に、俺の頬に生暖かい感触。
「んっ、ご主人、クリームついてる」
にゃん子が身を乗り出して、俺の口元をなめている。
「……おい」
なんつーか、くすぐったいものがあるのだが。
「んーっ、取れたよ」
しばらくして、にゃん子が離れる。
「とりあえず。行儀が悪いぞ」
「うん」
非難するように俺が言えば、にゃん子は素直に机から降りようとした。
聞き分けがよくて助かるぜ。
「でも、その前にっ」
と、そこで不意打ち。
唇にちゅ、とやわらかい感触。
「えへー、ご主人とキスしたー」
……何を突然。
まあ、猫と口付けなんて猫愛好家の中では日常茶飯事らしいが。
衛生に気をつけろよ、と言ったら、それで死ぬなら本望である、と返ってきたことがある。
尊い馬鹿な奴だった。
「んー、ご主人反応うすーい」
「あー、すまん、どうでもいいこと考えてた」
「うにゃー、ひどい。乙女のキスなのにー」
「乙女っつーか、猫だろ」
「うん。雌猫だよ? と、それはまあいいや! 話も纏まったし帰ろっか」
「ああ、そうだな」
憐子さん。俺、立派に小豆洗いやっていけそうだよ。
重要なことに気がついたのは、夕暮れ時、家に帰ってからである。
「……小豆買って来てねー……」
結果、再び自室で会議勃発。
「んもー、仕方ないなー。じゃあこの際、新妖怪猫洗いとかいいんじゃにゃい? にゃん子貸すよ?」
「ほう……、確かに、夜中に黒い猫を撫でる男とか不吉っぽくていいかもしれないな」
……なんかにゃん子に丸め込まれてる気がしてきた。
「あ、お前さん、人間状態に戻るなよ、おい」
「やだー。もうこの際飴買い幽霊とか産女とかそんなんでもいいと思うよっ」
「……まったく」
「にゃん子はご主人のマスコットで相棒だもん」
そう言って、にっこり笑うにゃん子。
釈然としないが……、まあ、そうなんだろう。
「まあ……、そーだな」
膝の上、黒猫だけが、ほくそ笑む。
「んふー」
―――
結局、今回の話で何が言いたいのかといえば、にゃん子大勝利。
返信
春都様
藍音さんは今日も平常通り運行しております。藍音さんは基本Sだけど、薬師に対してはMの人。
そして、勝てる試合しかしないであろう藍音さんの勝負を普通に受けてしまう薬師のお馬鹿さん。
結局藍音さんに甘いのが透けて見えております。
基本的に好き放題口にしてるように見えて、変な所で回りくどい藍音さんは今日も薬師にくびったけ。
奇々怪々様
流石の藍音さんでも、ストーカー仕様の部屋に居ると、ベッドの上で恥ずかしげにころんころん転がっちゃうんです。
そして、不意打ちじゃなければたいしたダメージもないのに、不意打ちなせいでクリティカル。これが要塞の本領か……。
とりあえず、薬師は藍音さんの写真を財布に忍ばせて、女性陣にリンチにされればいいと思います。
男に見せたら式の日取りを決められそうな気がします。
SEVEN様
一流のエンターテイナーな琴弾きならきっと……! まあ、しませんよね。というか琴って割るの大変そうだし。
とりあえず、薬師の頭でお琴割りを敢行したいと思います。どうせ奴なら痛いで済むでしょうし。
そして、薬師のSは相手が嫌がることを前提とした部分で、無自覚M向けなんです。つまり、相手からヘイヘイカモンカモンカモン! されるとどん引きするんです。
そして引かれてドMがきゅんときて更に引いてきゅんときて更に引く無限機関が完成します。
通りすがり六世様
勝負を買っても得をしない的な意味なら通るかもしれないけれど明らかに苦しいです。誤字です。指摘に感謝です。修正します。
琴は、安物で五万、余裕で十万行って、五十万とか越えるそうですね。さすが楽器、恐ろしい。
学校で触れたことだけはありますが、アレだけでかいものを畳相手に振り回して割るとかいう時点で正気の沙汰じゃありませんね。
しかし、藍音さんの全力ぶりは凄まじい。油断をすればあっというまですよ。別にあっという間でもいいはずなんですが。
黒茶色様
メイドゲットには、館の主になる必要があるんですかね。
よほど金も要るのだ、と言うことでしょうか、非常に世知辛い。
それとも、私が紅茶の機微もわからないハイパーマーベラス庶民だから悪いのか。
まるで中世の貴族のような暮らしぶりと気品を見につける必要があるのか……、ハードルが高いです。
空箱様
メインが多くないといえば、ビーチェですね分かります。なるほど。
あ、違いますか。では魃ですか。やはり出て日が浅いですしね、ええ、はい。
あ、違う。まあ、でも想い出せなくても問題ないですよ。
漫画なんかでよく言うじゃないですか……、無理に思い出さないほうがいい、と。
男鹿鰆様
お久しぶりです。気がつけばテストとか始まってましたが、いつもどおり更新です。
とりあえず、六十六のアレは誤字でした、はい。修正しておきますね。
じゃら男は久々に出たと思ったら幸せいっぱい携えての出演です。各方面から妬ましいとか死ねばいいとか温かいお便りが。
AKMさんは出ないことがステータス。むしろ簡単にあっさりぽろっと出してしまうのも勿体無くなってきた今日この頃。渾身のタイミングで出したい。でも、渾身のタイミングっていつなのだろうか、と。
最後に。
米とぎ婆とかも居るらしいですね。