俺と鬼と賽の河原と。生生世世
かつん、かつんと、河原で石に石を乗せる作業。
通常の俺ならば、二百五十六分の一秒で飽きる作業だ。
そんな作業を俺が続けていられるのは、そう。
「薬師……、ちょっといいかな」
このちっこい鬼さんのおかげだろう。
「おう?」
「い、一緒に……、夜の学校に行ってくれない、かなぁ……?」
其の三十八 俺と学校の怪談再来。
「また……、その、学校の見回りのお願いが来てて。断れなかったんだけど」
とは校門前での前さんの台詞である。
なるほど、学校の見回りか。前回の記憶は俺に鮮明に残されている。
二宮金次郎は全裸から半裸となり、人骨標本と人体模型は愛し合い、グランドピアノが滑走し、階段の滑り止めの溝は増え、手抜き工事で、体育館ではゴーレムが闊歩し、猫モアイ。あと花子さん。
全て拝んだ俺ですら何が何だか理解しきれてはいないのだ。
そんな七不思議……、もとい実は八不思議あるという最後の不思議含め九つの不思議をどうにかしてほしい、と言われたのが前回。
今回は、
「なんか、増えちゃったらしいよ」
「なにが」
「……不思議」
わあ不思議。あんな濃い面子が増えたと。
なるほど、へえ、そうですか。
「……いこっか」
「ああ」
俺は頷いた。
校門前で立っていても何の意味もない。
そう考えて頷いた俺に前さんは脚を一歩踏み出し、
踏み出し――、踏み出し、踏み出さない。
「えっと、前さん?」
俺が困り気味に声を上げると、前さんは大きく肩を震わせて俺を見上げた。
「ふぇっ!? あ、う、うん。そうだね。あはははは」
言いはするが、足は動かない。
そうか、相変わらずか。
前さんの怖がりは。
どう考えても俺らも霊的産物だと言うに。
しかし、昔言ってみたが最後、そういうのは理屈じゃないと小一時間説教されたので俺は何も言わない。
「あはは……」
前さんの笑いも止まる。
足は止まったまま。
はて……、どうしようか。
このままじゃ朝まで立ったままだぞ。そんなのは御免だ。
そして、ふと考える。俺が進めば前さんも一緒に来ざるを得ないのではあるまいか? と。
思い立ったが吉日。即座に俺は脚を前に。
そして、歩き出そうとしたら。
「おう?」
俺はスーツの上着を掴まれていた。
ギュッと、前さんは顔を俯けながら俺の上着の端を掴んでいる。
「あーっと……、前さん?」
「きゃふあっ! え、えええっと、なに?」
「いや、手」
瞬間、ばっと前さんが手を離す。いや……、そんな汚物に触れたみたいに離さなくても……、なあ?
と、内心傷を負う俺を余所に、前さんは言う。
「ご、ごめんっ。なんでもない、なんでもないからっ」
離された手は、何かを求めるように彷徨っていた。
それを見て、俺は苦笑しながら口にする。
「いや、別に掴まれる分にはいいんだが。歩きにくいからな」
「あ、うん、別に気にしないでも――」
「手、繋ぐか?」
前さんの話をぶったぎって俺が発した質問は、前さんの意外そうな顔で返された。
「えっ?」
「いや、手」
俺はいまいち分かってない前さんに手を差し出す。
「……ええっと」
「手なら、別に歩くのに不便はないだろ?」
俺が言えば、ゆっくり数秒して前さんは意味を理解し、赤くなり、躊躇い、俯き。
最終的に。
「うん……」
頷いた。
そうして、俺は歩き出す。俯いて顔を赤くしている前さんの一歩先位を。
「で、この廊下が何だって?」
「ええと……」
俺が問えば、前さんは持っていた紙を確認する。
暗くて見辛くはあるが、幸い今日は月夜であり、廊下は夜にしては明るい。
「手、というか腕だけですごい勢いで走ってくるリーマン風の男性が、だって」
「ははあ、なるほど。テケテケか」
「テケテケ?」
首を傾げる前さん。
やはり怖がりだからこういった話は聞かないようにしているのだろうか。
そんなことを思いながらも俺は説明する。
「女の場合が多いんだがな。まあ、あれだ。北海道で列車に撥ねられて、上半身と下半身が離婚届に判を押した奴が、自分の足を探して動き回るのさ」
「な、なんで北海道なの……?」
不安な瞳で前さんは俺の手を強くギュッと握った。あまり強く握らないでほしい。鬼の握力で握られたら俺の指が粉砕骨折だ。別に俺の体は特別耐久力が高いわけでもないのだ。
あと、前さん疑問にするとこ間違えてないかね。怖さのあまり思考もよく回ってないのかもしれないが。
「北海道の寒さのあまり、血管が収縮して即死できず、しばしもがき苦しんだ、と噂だ」
ボキィッ。
あれ、これ俺の指やばいんじゃないかね。これ以上言葉を発したら折れるんじゃ、もしくはもう折れてるのか。
俺は考えるのをやめた。ぶっちゃけると都市伝説や怪談より前さんの方が怖いね全く。
「さて、来たか?」
てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけてけてけてけてけてけてけ。
更に、前さんの指に力がこもる。
廊下の先に、俺の半分もない大きさの、丁度下半身を失ったかのような影が映る。
そいつは、腕だけを使って走って来ていて――。
そいつの下半身は。
足は。
足は――。
「異様な速度に、異常な笑み。その恐ろしさが。恐ろしさが……」
足、あった。
「……」
座禅を組んで、床に手をついて体を浮かせながら、そいつは動いている。
「……小学生か!!」
思わず、叫んでいた。半ば無意識に。
「あ、なんかすいません。すいません。失礼しまーす」
男は、普通に会釈してその場を辞した。
あまりにも普通すぎて、
「あ、いえ。別に」
と返してしまう位に普通すぎた。
いや、まあ……、なんつーか。
とりあえず、あの得体の知れなさは恐怖である。
「あ、でもあの男、職員室で見たな……」
さて、学校によくわからない変態が増えたのはよくわかった。
しかし、だからと言ってすぐどうこう、とはいかない。
俺はいったん保健室へと向かう。
「おーい、花子さん、居るか?」
そう、保健室にいるのは花子さんだ。保健室に住み、来る人来る人を引きずりこんでは恋人同士にしようとする迷惑な奴だ。
ちなみに、恰好はまるで小学生のようなのに、外見は既に高校生な、変態である。
「あっ、あーっ!!」
そして、花子さんは俺を見るなり指差して大口開けながら奇声を上げる。
「なんだよ」
「やっと来たのねっ、いい度胸ったらありゃしないっ。また来るって言ったくせに!!」
「来たじゃねーか」
「何カ月来てないと思ってるの? 細かい気配りができないから彼女の一つもできないのよ? 身だしなみは気にしてる?」
「まずなんでそんなことをお前さんに気にされてるんだ」
「彼女居なさそうな顔してるもの」
「ざっくり来た、帰る」
「あ、ちょっ、ちょっちょっちょ、待った待った待った、待ってよお兄ちゃんっ」
「おぞけがした」
「せっかく小学生にお兄ちゃんと呼ばれるレア体験をさせてあげたのに……」
しゅんとする花子さん。しかし俺は騙されん。
「お前さん小学生じゃないだろ」
「心は」
「俺たちゃ魂だ」
「思いだけは……、この思いだけは誰にも汚せぬななちゃい」
「七歳……、いや、ないだろ。こんな小学一年生どつきまわしてくれるわ」
「よ、幼児虐待っ、どきどき」
「微妙に期待した眼で見つめないでくれ。俺にはお前さんがよくわからない」
そもそも、そんなことを話に来たわけじゃない。
俺は、無理矢理本題に話題を変更する。
「最近、怪談……、いや、変態が増えてるみたいだが」
「ねえ、言いなおすとこ逆じゃない?」
「お前さん、なんか知らないか?」
花子さんの言葉はとりあえず無視。本題とはこれである。
変態の増加傾向の原因を知らないか、と変態の中でも比較的話ができそうな花子さんに聞きに来たのだ。
「え? ああ、うん。増えたけど。呼んだもの」
「お前の仕業か」
黒幕、あっさり自白。
しかし。
「実はね……」
不意に花子さんは悲しげな顔をする。
何か理由でもあるのだろうか。
「分身できなかったの」
「……おい」
それは、あれか?
花子さんの趣味、人の恋を成就させる、において、ターゲットが二人以上だった場合掛かりっきりになるのが難しいため分身する目標が、達成できないから人手を増やす、と。
「阿呆か。第一そんなに役に立つのは集まったのかよ」
「ええ、紹介するわ。暮露々々団さんよ」
「……え?」
前さんが不意に首をかしげたその瞬間。
俺達は布団に何故か引きずり込まれていた。
「これは、一体どういうことだ?」
げんなりと、呟いた一言。
何故か布団に引きずり込まれ――、俺は前さんを押し倒している。
「あ、やっ……」
しかも、体を密着させようと容赦なく俺を押しつぶしに掛かるのだ。
腕をつっかえ棒にしながら耐えるも、ぎりぎりと力をかけてくる。
「カップルになってベッドインっ、だけど中々手間取ってしらけちゃう。そんなときも安心なのが彼よ」
「どうも」
俺の耳元で、布団が囁いた。野太い声で。
暮露々々団。要するに動くぼろい布団。
「密着体勢で安心サポート。これで初めてでも安心ね!」
「……土に還れ」
ぎりぎりと、腕に力を込めて、俺は布団に抵抗する。
力自体はたいしたことはない。まあ、天狗や鬼基準だが。
しかし、跳ね除けるには問題があった。
両腕が使えれば余裕がかなりあるのだが、要するに片手が使えないのだ。
何故であろうか。
「やっ、やく、やくしっ、そんな、大胆なっ――!」
俺の右手は。
俺の右手は――。
前さんの胸元にありました。
「……すまん」
これで無理やり右手に力をかければ、細い前さんの体を手折ってしまいかねず、右手はふにふにとした感触を得るのみだ。
よって、左手で踏ん張る。しかし、左手だけで、右手に体重をかけないように、となると現状維持のほかに選択肢がなかった。
真っ赤な顔の前さんを見るに、できる限りはやく退くのがいいのだが、どうしようもない。
そして、もう一つ問題があった。
「や、くし……!」
俺を支えようとする、前さんの手と、膝である。
「ぐふう……」
――前さんの膝は俺の鳩尾に突き刺さり、手は俺の肋骨を折らんとしていた。
いや、折れる折れるマジ折れる、肋骨折れる。肺が肋骨に突き刺さるよ、いや、肋骨に肺は突き刺さらねーよ。
あと、膝のせいで俺の胃は死にそうに候。
おかげで、吐く息に対し、吸い込む空気が足りない。
「あ、や、やくしっ?」
肺から空気が抜けると同時に、徐々に、力が入らなくなってくる。
脅威の挟まれ方に、俺はじわじわと前さんの方へと近づいて行っていた。
俺の顔と前さんの顔の距離、一寸もない。
「やくしっ……、 だ、だめ」
どうにかその言葉に答え、耐えようと俺は身じろぎを一つ。
「あんっ……!」
前さんがあえぐ。俺は、身じろぎの際に右手を動かしてしまっていた。
「うごかないで、やくしぃっ……」
いや、こんな状況で止まるとか、無理にひとし……。
瞬間、俺の思考は途切れた。
そう、俺の胸からまるで何かが軋む鈍い音がしたからだ。
何の音かは――、考えないことにした。
「ごめんね。今度は痛くない方向で行くから」
花子さんは、俺を見てバツが悪そうにそう言った。
いや、そう思うなら帰らせてくれ。
しかし、そんな俺を余所に花子さんは別の奴を紹介した。
「今回来てもらうのは、エロスさんよ」
「えろそうな名前の奴だな」
「え、えろくないっ」
俺の素直な感想に、えろを否定して、小さな羽の生えた金髪の幼児が入ってきた。
「キューピッド的な何かだからっ、ねえ? エロくないよ?」
そんな男児は、ハートの鏃の矢と、弓を持っている。
「で、お前さんは何をするんだ、えろい人よ」
「エロくない、と……。まあいい、そこのお嬢さん、ちょっと来てもらえるかな」
「え? あたし?」
前さんが、うっかり前に出る。
そもそもまともな何かをやるわけがないのに。
「では、貴方に正直になれる矢を射って進ぜよう」
決まった、とばかりに男児は言う。
前さんは、大きく後ろに下がった。
「ええっ!? そ、そんなのっ!」
「まあ、遠慮なさらず」
えろい人が、弓に矢をつがえる。
瞬間、前さんが横に体を反らそうとして――。
「ソオゥイッ!!」
「弓は使わねーのかよっ!!」
えろい人は矢を手で刺した。
「常識にとらわれないのが、このエロスなのだよ」
そうして、男児は浮かびながらうごいて、前さんの肩を掴むと、俺と向かい合わせた。
「ささ、お嬢さん。思いのたけを」
「えっ……、あ……。うん」
俺と向き合う前さん。
真っ赤になって頷く。
俺は無意識に居住まいを正した。
「や、くし」
「おお」
前さんは、真っ赤な顔で、顔を伏せてしまう。
でも、それでも俺の瞳を見詰めていた。
「……その、あの」
そして、ばっと、顔を上げ。
「す、すすすす、す、すす……」
叫んだ。
「――すかぽんたんっ!!」
ああ……、そうか。正直な気持ちで、すかぽんたん。そうですか。
「その、ね?」
「なんだい、すかぽんたんに何の用だ?」
「あ、あれはっ! ぎりぎりで、あの矢の効果から抜け出せたから――」
「から?」
「……その」
「その?」
「すかぽんたんな薬師が……、あ、あたしは好きだよ?」
ぎこちなく笑って、俺に言う前さん。
「……そうかい。すかぽんたんですかそうですか」
そうして、ふと思う。
結局怪談に対し何もしなかった、と。
―――
三十八です。
返信。
奇々怪々様
私も猫を撫でまわしたいです。この上なく。確か近くの河原に野良猫が集まる場所があったはずなんですが……、邪念を感じ取られたか最近みません。
そして、薬師ならもう、男だろうが女だろうが猫でも犬でもフラグ立てそうな気がしないでもないです。
で、そんな変態でも許せる心、それは愛。まあ、でも、オスというところは余分でも、猫に欲情するならにゃん子的に逆にばっちこいという。
ちなみに、柑橘類や、歯磨き粉なんかを猫が嗅ぐと、これでもかって位のしかめ面をします。眉間にしわ寄せて。自分で嗅いだのに。
l様
薬師も基本的にあっちふらふらこっちふらふらと気ままに生きるライフスタイルですからね。
ただ、なんだかんだ言って人情味があるのも猫っぽいと言えば猫っぽいです。猫は家に義理を立てるそうですし。
そして、確かに子猫の噛みつきは加減を知らないので痛いことがよくあります。兄弟同士で加減を覚えるそうです。
まあ、でも、そんな話でも笑い話にしてしまうのはありじゃないかと思います。子猫のことまでひっくるめて忌々しいものとして扱うのは、お互い浮かばれないんじゃないかと思います。まあ、個人的な考えで申し訳ないですが。
黒茶色様
こたつは恐ろしい生き物です。引きずり込まれたが最後、こたつで寝て風邪を引くか、こたつから出て寒さで風邪を引くかという過程の違いでしかありません。
これに打ち勝てるのは間違いなく、温い布団だけです。そして、自分はこれ書いてる今も下半身をこたつに食われてます。
しかし、可愛い言い回しの薬師とか、本当に誰得だというのか。あれですかね、藍音さん辺りが録音すれば、薬師の弱みゲットで。
脅迫から始まるラブロマンスでも始まるんですかね。
SEVEN様
冬場風邪をひくランキングにこたつは三位くらいに入ってると思います。ああ、でもこたつってどれくらい普及してるのか。
そして、確かに。薬師がにゃん子に向かって飼い猫発言はどう見ても変態。
ああ、でもよく考えれば薬師がにゃん子に向かってなんか言えば大抵変態ちっくなんじゃないかと思われます。
三毛猫は、うん、浮気だ。基本的にメスしかいませんからね。ふと、三毛猫しかいない島でハーレムとか思いついたけど記憶の底に沈めます。
春都様
私も猫飼いたいです。現住居的に不可能なのが悔しいです。
私もにゃん子欲しいです。現世的に不可能なのが悔しいです。いや、例え地獄だからってどうこうできる気しないんですけど。
化け猫とかってどこにいるんですかねぇ……。こう、人間に化けれて、現在の住居でも隠し通せそうな。
和風建築の家とか行ったら家に憑いてませんかね。
志之司 琳様
基本的に象並みの鈍さを誇るのが数珠一家です。そして、春奈が元気をなくすと、愛沙の性格的に数珠家が静寂に包まれるので愛沙は困るようです。
尚、春奈が全力で押せば薬師の指だって貫通します。なんてったって手加減を知らない。
愛沙は、恋愛もしてないのにお母さんだから大変なんだと思われます。薬師ですら可愛いと思うほど可愛い訳ですが。
しかし、確かにこの二人にはデレ分が多い気がしますね。相手の可愛らしさ、小動物っぽさに比例するんでしょうか。
私は茶トラの猫が欲しいです、いや、この際猫ならオールオッケーでごぜえます。今ならスフィンクスでも……。
そして、千年組は思いが深すぎて薬師ならなんでも行ける状態の模様。愛が深い。薬師のことなら笑って許せます。
食物連鎖で考えれば、にゃん子の発情期が来たら薬師は遂にベッドインですね分かります。頑張れにゃん子。
で、薬師の猫耳なんて誰得、と思ったら多分藍音さんとか憐子さんとかにゃん子とかが得なんですかそうですか。
最後に。
今回は、全編前さんと手をつないでお送りしています。