俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「良い本はあったかね」
「知らねー。こういうのは畑違いでな。手探りだよ」
下詰神聖店。どこにこんな空間あるんだっていうくらいの図書館じみた書庫にて。
「まあ、支援は惜しむまい。どうどん勤しんでくれるがいい」
本を探す俺を見守っていた下詰は、親切すぎて落ち着かなかった。
「気持ち悪いな。下詰、どうせ裏があるんだろーが」
守銭奴な訳でもないが、下詰は決して妥協しない。
対価無しに決して物を売りはしないのだ。物を売っているという誇りがあるのかどうかまでは知らないが。
対価の種類にはこだわらない。しかし、絶対に何か受け取る。
だから、絶対に何か利益があるはずだ、と言えば、下詰は頷いた。
「まあ、その通りであるな。魃という生き物に価値は見出しているよ」
「お前さんのことだから、さほど心配はしてないが、一体何をする気なのやら」
流石に非人道的と言える行いとなれば、黙っていられはしないが。
横目で下詰を見た俺に、彼は薄く笑った。
「活性化。これがあれば中々有効な道具が作れそうだと考えている。やることは、装飾品を一日身につけていて貰うだけだな。まあ、そこは本人との交渉になるが」
「ははん、お前さんのやりそうなことだ」
「だから、早めに結界を完成させてくれたまえ」
「簡単に行くなら運営がとっくにやってるだろーに」
吐き捨てるように呟いた言葉に、下詰は今度は愉快そうに笑う。
「そうでもないかもしれん、と言っておこう」
「なんでだよ」
「運営ができなかったのは、組織上制約を受けるからだ」
わかりやすく言ってしまえば、と下詰は続けた。
「御禁制の品という奴だな。体面上、運営が使えない手だ。他にも、一定の費用がかかる、とか等があるな」
確かに、閻魔の性格上も、運勢の体面上も、御禁制の品とやらは使えないだろう。
一定の費用がかかる場合もまた、その費用を賄うのは税である。それを魃のためだけに多少なりとは言え使うのもまた、難しい。
「用は手段を選ばなければいい、ってか?」
「まあ、そのようなものだな」
「考えてみるよ」
其の十七 俺と午睡。
夕暮れのマンション。そこに俺は入るなり、電気をつけることにした。
「よお、いるかー?」
俺は今、閻魔のお宅にお邪魔している。
それなりに立派なマンションの最上階というやつだ。
何でまた、と聞かれれば、前回の事件中最も世話になったというか、一番迷惑を掛けた相手故に、菓子折りの一つでも持ってくか、とここ数年で一番の殊勝さを俺が見せたわけだ。
と、言うのは半分嘘だ。俺が殊勝になんてなるものか。
まあ、実のことを言うと、心配になったのである。
忙しさにかまけて、俺はしばらくまともに閻魔の家に行っていなかった。
仕方ないといえば仕方がない。閻魔から始まった事件なのだから。
しかし、しかしである。
閻魔の家事能力は、零。
否、負の方向へ突き抜けている。
よって、もしや、閻魔の部屋は腐敗聖域と化しているのではあるまいか、と俺はここに来たわけだ。
しかし、返事がない。
まあ、閻魔も忙しいやつだ。仕事を止めたら死ぬかもしれない。マグロみたいに。
だから、別に居ても居なくても構わないと思って、俺は脚を進める。
「む、意外と綺麗だな。閻魔妹が掃除くらいはしてるのかね」
そして、予想に反して、部屋は綺麗。
窓の桟を指で擦っても無駄。姑ごっこも出来やしない。
と、溜息を吐いたそんなときだ。
「むう? 居たのか」
ソファの上に、閻魔の姿。相変わらずの三つ網と、セーラー服であった。
そして、その閻魔はソファの上に力なく鎮座し、眼を閉じている。
「し……、死んでる……っ」
嘘だ。
死んだように眠っているだけである。
形のいい鼻をつまんだら、苦しそうにしていたから間違いない。
まあ、起こすこともあるまいと、俺は手を離した。
そして、溜息交じりに――、
「まったく、制服が皺になるぞ」
って、俺、今何を言った。俺はこいつのオカンか。
やばいな、こいつの母親ぶりが板についてきている。俺は人知れず恐怖を覚える。
しかし、まあいい。それよりも、だ。
気を取り直し、俺は閻魔を見る。
「平和な面して寝てるなー……」
平和な面、安らかに、だ。その穏やかな眠りっぷりは異常である。死んでるんじゃないかと疑うほどに。
まあ、だが、寝てるのは別にいい。閻魔だって寝る。
起こすこともない、というかどうせ仕事で疲れているのだ、寝かせておこう。
そう考えて俺はソファに座った。
座って、黙る。
当然話す相手は居ない。部屋には俺と閻魔だけ。閻魔は寝ている。
そうして三十秒。
「暇だな」
俺はぼそっと呟いた。
早くも、飽きていた。
辺りを見回す。しかし、何もない。緩やかに時間が流れているだけだ。
暇つぶしもない。ぷらいばすぃとか、そんなモンがあった部屋でもないのだが、勝手に漁るのもいかん。
そんな時、ふと、閻魔が俺の目に入った。
「幸せそうな顔して寝やがって」
溜息交じりに苦笑。
こんなのが、地獄の長だってんだからしょうもない。
こうやって見たらただの女学生じゃあるまいか。
そんなことを思って閻魔を見ていると、ふと思った。
柔らかそうだな。
そう思ったら、既に俺は閻魔の頬を指でつついている。気になったことを決して放置はしないのだ。
ぷにぷにと、柔らかい感触を楽しむ。
「本気で柔らかいな」
どれくらいそうしていただろうか。
次に、俺の興味の対象は髪へと移った。
さらさらと、手を透き通る髪を撫ぜる。
もう既に、俺とこれじゃ別生物だな、と俺は笑う。
ざる蕎麦と月見蕎麦くらい違う。蕎麦には変わりないのだが。
そして、あいも変わらず閻魔は幸せそうに眠っている。
「んん……」
不意に上がった声に、起こしてしまったか、と思うものの、
「薬師さぁん……」
結局寝言だ。
夢の中でも俺に面倒ごとを押し付けているのだろうか。
「薬師さん……、ずっと、うちに……」
ずっとうちに?
もしや、ずっとうちで家政夫してろこのインターネットウミウシが、とでも?
果たして夢の中で俺はどうなっているのだろうか。
まあいいか。なんか俺も眠くなってきたしな。
俺は大きく欠伸をして、目を閉じたのだった。
「んぅ……、あれ……? 私、何時の間に眠って……」
浮上する意識。
隣に感じる体温。
由比紀だろうか、と隣を見て、私の頭は沸騰することになった。
「へ……? ひゃわっ!?」
私の妹はこんな黒いスーツを着ていないし、そこまで大きくもないし、髪も黒くない。
「や、やや、やくしさんっ!?」
彼は、私の隣で、力なく座っている。眼は閉じたまま。
「ど、どうしてここにっ?」
答えはない。
それに、指紋認証に彼も登録してあるのだ。当然入れる。入れて当然。
落ち着こうと、私は深呼吸を繰り返す。
「えっと、薬師さん?」
やっと落ち着いた心で、薬師さんを呼ぶ。
しかし、返事はなかった。
「死んでる……っ、わけないですよね……」
殺しても死にそうにない。地獄でそれを言うのは矛盾が生じるわけだが。
ともかく、安らかに、彼は寝息を立てている。
「幸せそうに寝てますね……」
見上げた横顔に、そう呟いた私の頬は少しだけ熱い。
それにしても、本当に安らかに眠っている。
別にそれは構わない。
結局、物事の解決に彼を使ってしまうのは私で、彼の疲れの一端を担っている。
だから、寝かせてあげようと、起こすこともなく、私は黙っていることにした。
しかし――、落ち着かない。依然と頬は熱い。
でも、このソファから降りようとも……、思わなかった。恥ずかしい。恥ずかしいけれど――。
戸惑うように私は視線をさまよわせる。
外は既に暗かった。だいぶ寝ていたらしい。そして、いつの間にか電気が点いている。薬師さんが付けたのだろうか。
しかし、暗くなってしまった今、窓の向こうを見ても、何もない。
時間だけが、緩やかに流れている。
そんな時、ふと、彼が私の目に入る。
「薬師、さん……」
どんな感触を、しているんでしょうか……?
湧き上がった思いはそれだ。
どきどきと、心臓を高鳴らせながら、私は指を伸ばす。
すぐそこの距離が、遠い。指がさまよう。
そして、たっぷりと時間を掛けて、遂に私の指が彼の頬を捉える。
「あ……、思ったよりやわらかい」
ふにふにと、彼の頬をいじる。
彼の顔に触れるのはあまりない経験だった。
背の低い私では、基本的に彼の頭部に向かって手を伸ばすことはないのだ。
逆ならばよくあるのだが。
「こ、この機に……、ちょっとだけ」
心中が語りかける甘いささやきに、いとも簡単に私は屈した。
次は、頭に手を伸ばす。
やっぱり、男の人ですね……。
少しだけ、自分より硬い髪。
彼の頭を、撫でる。
初めての経験だった。
更に頬は熱くなり、心臓は破裂しかねないほど騒ぎ出す。
「あと、もうちょっと……、少しだけ」
少しだけ、と私は彼の顔に接近した。中腰になり、顔の高さが同じになる。
そして、彼の肩を掴み、少しずつ、顔を近づける。
心臓が早鐘を打つ。頬は火を噴きそうだった。頭はくらくらして、思考がまとまらない。
そして――。
「むぅ……、閻魔……」
「ひゃいっ!?」
びくぅっ、と面白いほど私の肩は震えた。
あわてて、私は椅子に深く座り込む。
起きてる……?
ちらちらと、私は彼を横目で見る。彼は未だに眼を閉じたままだった。
あ、寝言か何かですか……。
でも、私をいきなり呼ぶなんて……。
「閻魔……」
もう一度、声が聞こえる。私はその声に耳を傾けた。
何を言うのかと、今か今かと待ち続ける。
そして――。
「着替えたもんは……、かごの中に入れとけと――」
「貴方は私の母親ですか」
思わずつねってしまった私は悪くない。
夜、とあるマンション。
「いきなりつねるとは鬼畜だな」
「ええとですね……、ごめんなさい」
「まあいいさ、飯でも作るか」
「あ。ありがとうございます」
「ところで、疲れてんのか?」
「誰かさんが要塞を叩き切ってくれたので、後始末がたいへんだったんですよ」
「悪かった」
「知りませんっ。あの後鬼達総出で落ちる要塞を押さえたんですからねっ!?」
「むしゃくしゃしてやった。要塞なら何でも良かった。今では反省している」
「謝罪に心がこもってませんっ!!」
「ところで、なに食いたい?」
「あ、カレーが良いです」
「ほいほい」
マンションの最上階では、しばし騒がしい声が響いていたという。
ただ、それも静かになった時――、
「美沙希ちゃん、ただいま……、って。妙に仲よさそうね」
寄り添いあって眠る二人の姿があったとか。
―――
第二期初閻魔メイン。ただ、ここまでメイン張ってなかったとか気のせいな気がしてくる不思議。
ぺけ美のときに出すぎだったんですね分かります。
明後日の夕飯の献立程度に重要なお知らせ。
基本的に三日に一回十時前後更新を標榜しているこの作者ですが、このたび資格試験を受けることとし、補習を受けることとなりました。
とある資格試験といっても、危険物の乙四なのですが、それに向け補習を行うので、更新の時間帯が安定しない可能性があります。ご了承下さい。
まあ、分かり易く言うと、更新が十一時になったり十二時なったりするやもしれません、とだけ。
日が空くわけでもないからそこまで気にすることもないかもしれませんが一応。
返信。
SEVEN様
流れに身を任せ、自然体で生きる男、由壱。一番薬師の周囲のことを理解しているんじゃないかと思われます。
ただ、兄に薬師を添えた時点で既にして終了。手遅れも手遅れ、誰もが匙を投げます。
しかし、ネコ耳スク水のコスプレをさせる兄というのはいかがなものかと。
あと、十ロリは違うんですっ……! ホームポジションが右にちょっとずれてただけなんですッ……。僕は無実なんです。
奇々怪々様
薬師の周りにある分かり易い属性を合体させると、ネコ耳眼鏡メイドになります。流石に未亡人とかはコスプレの範疇がいなので不可ですが。
あと、薬師はなんだか知らないけれど珍妙なダメージならよく受けてますよ。金棒受け止めて手に穴開いたりとか。すぐ直るからどんどん行けば良いのに。
というかむしろ今回由美の行動に一番ダメージ受けてましたけどね。やっぱり精神ダメージが一番いい気がします。平成の孔明由壱と、ヒロインが組めば薬師を倒せるんじゃないですかね。
しかし、ロリ神様のお告げですか……、なるほど、増量しろと。
通りすがり六世様
驚きの誤字です、申し訳ありません。見直したときに気付けば良いものを、すっかりスルーしてました。すぐに頭部ってどういうことだ。
そして、きっとトゲアリトゲナシトゲトゲTシャツも、親しい人、冗談の通じる人相手ならきっと人気者です。滑ったら地獄ですが。
そいで、前回は総て由壱の手のひらの上という、そんなお話です。
そんな孔明は、これから先もきっと面白おかしくヒロインズを動かしてくれるに違いありません。薬師がげぇっ!とか言う紐近いです。
Eddie様
由壱の成長はまだまだ止まりません。最終的に悟りきって新たな宗派を作るまで――!!
後、薬師は薬師で、父として生きてます。ただし、余計なほどに父として生きるから皆困る。男として生きろよと。
そして、薬師の心情的には、由美に悩みがあるのか、自分の脳がクレイジーなのか、どちらか二択。迫られてると一瞬でも過ぎったならば、今頃藍音さんに美味しく頂かれてます。
意外と自分の脳を信用していないんですね、薬師は。まあ、あの脳を信用しろというのも酷ですが。
光龍様
全てを許す微笑み。由壱。明らかに神への階梯を上り詰めています。どこに行こうというのやら。
精神的には薬師よりも大人かもしれません。薬師を反面教師にいい男になってくれると良いですね。
そのまま悟り開いて女に興味なくなる可能性もある辺りなんともいえない状況ですが。
果たして、由壱は自分もかわいい彼女が欲しい、と思っているのか、女自体食傷気味だと思っているのか。
志之司 琳様
薬師とその周囲を見守り、手のひらの上で踊らせる男、由壱。ラスボスはこいつか……!! 由壱が本気を出したら薬師をノイローゼに出来るのではあるまいかと。
憐子さんは、かわいい子を面白おかしく応援したい派。完全に愉快犯です。でも、それでいい雰囲気になったらなったでちょっと嫉妬しちゃう、勝手なお人。まあ、全体的に薬師が悪いです。
あと、地獄において死にたくなる事象に、薬師に常識を説かれるのと、閻魔に私生活を説教されるの二つは高ランクであると思います。
そしてなるほど、十ロリは間違っていなかったんですね。世界が間違っていたと。そういうことですか。柱は、何時だそうかとどきどきしてます。
最後に。
セーラー服の女学生の頬をぷにぷにと突付くスーツの男。どこからどう見ても怪しいことこの上ないです。