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No.19828の一覧
[0] 少女の愛した狼 第三部完結 (和風ファンタジー)[スペ](2022/01/30 08:17)
[1] 命名編 その一 山に住む狼[スペ](2010/11/01 12:11)
[2] その二 出会う[スペ](2010/11/08 12:17)
[3] その三 暮らす[スペ](2010/10/23 20:58)
[4] その四 おやすみ[スペ](2010/06/28 21:27)
[5] その五 雨のある日[スペ](2010/06/29 21:20)
[6] その六 そうだ山に行こう[スペ](2010/06/30 21:43)
[7] その七 天外という老人[スペ](2010/07/01 20:25)
[8] その八 帰る[スペ](2010/07/03 21:38)
[9] その九 拾う[スペ](2010/07/12 21:50)
[10] その十 鬼無子という女[スペ](2010/11/02 12:13)
[11] その十一 三人の暮らし[スペ](2010/07/07 22:35)
[12] その十二 魔猿襲来[スペ](2010/07/08 21:38)
[13] その十三 名前[スペ](2010/09/11 21:04)
[14] 怨嗟反魂編 その一 黄泉帰り[スペ](2010/11/01 12:11)
[15] その二 戸惑い[スペ](2011/03/07 12:38)
[16] その三 口は災いのもと[スペ](2010/11/08 22:29)
[17] その四 武影妖異[スペ](2010/12/22 08:49)
[18] その五 友[スペ](2010/10/23 20:59)
[19] その六 凛とお婆[スペ](2010/10/23 20:59)
[20] その七 すれ違う[スペ](2010/10/23 20:59)
[21] その八 蜘蛛[スペ](2010/10/23 20:59)
[22] その九 嘆息[スペ](2010/10/23 20:59)
[23] その十 待つ[スペ](2011/03/25 12:38)
[24] その十一 白の悪意再び[スペ](2010/12/01 21:21)
[25] その十二 ある一つの結末[スペ](2010/11/08 12:29)
[26] 屍山血河編 その一 風は朱に染まっているか[スペ](2010/11/04 12:15)
[27] その二 触[スペ](2010/11/09 08:50)
[28] その三 疑惑[スペ](2010/11/13 14:33)
[29] その四 この子何処の子誰の子うちの子[スペ](2010/11/20 00:32)
[30] その五 虚失[スペ](2010/11/22 22:07)
[31] その六 恋心の在り処[スペ](2010/11/29 22:15)
[32] その七 前夜[スペ](2010/12/13 08:54)
[33] その八 外[スペ](2010/12/22 08:50)
[34] その九 幽鬼[スペ](2010/12/27 12:12)
[35] その十 招かざる出会い[スペ](2011/01/03 20:29)
[36] その十一 二人の想い[スペ](2011/01/07 23:39)
[37] その十二 味と唇[スペ](2011/01/16 21:24)
[38] その十三 雪辱[スペ](2011/02/16 12:54)
[39] その十四 魔性剣士[スペ](2011/02/01 22:12)
[40] その十五 血風薫来[スペ](2011/05/25 12:59)
[41] その十六 死戦開幕[スペ](2011/02/24 12:21)
[42] その十七 邂逅[スペ](2011/03/20 20:29)
[43] その十八 妖戦[スペ](2011/03/23 12:38)
[44] その十九 魔弓[スペ](2011/03/31 09:00)
[45] その二十 死生前途[スペ](2011/05/17 08:55)
[46] その二十一 仙人奇怪話[スペ](2011/05/22 21:31)
[47] その二十二 魔狼と魔剣士[スペ](2011/06/05 20:58)
[48] その二十三 真実[スペ](2011/06/20 12:56)
[49] その二十四 別離[スペ](2011/09/02 23:49)
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[19828] その十七 邂逅
Name: スペ◆52188bce ID:87e9f2f7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/20 20:29
その十七 邂逅


 疾風も鈍間と蔑む事の出来る速さで雪輝はその背中に鬼無子を乗せて、山中を駆ける。
 四本の肢が大地に触れる際、接地面に妖気を回して小規模の爆発を起こさせて加速し、一歩ごとに走行速度を加速させる。
 あまりの移動速度の為に風はごうごうと全身を打つかのように流れて行く。その中で、雪輝は確かに、久しぶりに人間達が来たと、暖かな血肉や臓物の味を思い出して騒ぐ妖魔達の歓喜の声を聞き、既に妖哭山の大地や木々を朱に濡らしている人間の血の匂いを嗅ぎ取っていた。
 複雑に混ざり合った匂いから、妖哭山に足を踏み入れた愚かな人間達の数を、雪輝は数百単位と判断していた。
 地面の下から、はるか頭上から、木々や草花に擬態していた大小無数の妖魔達の襲撃を受けて、既に交戦状態に入っている事も時折人間の呻き声の中に、妖魔の苦しみの声も混じっている事から分かる。
 対妖魔戦闘を考慮した訓練を受けた組織規模での侵攻、とは妖魔改が動いている事を考えれば当然の事ではあるが、狗遠を匿った生贄小屋への移動速度が苗場村の村人達がひなを生贄小屋に置いて言った時と比べると、格段に早い。
 雪輝の縄張り以外の場所での妖魔との遭遇戦が広がり続けてはいるが、生贄小屋までの道筋に関しては戦闘がほとんど発生しておらず、人間達の歩みを阻む者が居ない。
 まだ異母弟に負わされた怪我の癒えきらぬ狗遠ではいささか荷が勝つ相手であろう。
 これは雪輝にとって妖哭山外部の人間の力がどれほどであるのか、全くの未知数であるがための不確定要素の強い判断であったが、鬼無子から話を聞いた黄昏夕座なる男が居たならば、狗遠の命の灯はまさしく風前に揺らいでいる状態だ。
 雪輝は背中に乗せているのが非力なひなではなく、人間の規格を超越した鬼無子である事から、疾走に加減を加える事はなく全力で大地を駆ける。
 妖気の防御膜を展開して空気抵抗を軽減し、尋常な生物にはあり得ない身体能力を有する雪輝が、高速移動で周囲に及ぶ影響を考えずに全力で走れば、狗遠の居る生贄小屋に辿り着くのにさしたる時間はかからない。
 ただ、それはなにも邪魔が入らなかった場合の話だ。
 速度を維持していればまもなく着く、といった所で雪輝の巨躯を四方から茶色の何かが絡め取らんと迫る。
 先端に行くにつれて細まり、丸い吸盤がいくつもあるそれらは烏賊か蛸の足であった。合計八本。
 直径は二尺五寸(約七十五センチ)にも及び、一巻きで人間の体など全身の骨と内臓を潰すに足るものだろう。
 久々の獲物の出現と内部の妖魔の出現に気を荒くしていた妖哭山外部側の妖魔の一種、大王陸蛸である。
 海の中に棲む蛸をはるかに巨大化凶暴化させ、尚且つ陸上生活に適応させたものと考えればよいが、足にずらりと並ぶ吸盤それら全てが、刃の様に鋭い歯を幾重にも生やした口である事が大きな特徴だ。
 面倒な時に、と雪輝が舌打ちしながら背中の鬼無子の名を叫んだ。

「鬼無子!」

 雪輝の叫びに応じた鬼無子は、雪輝の背中を両足で強く挟み込んだまま上半身を起こし、腰帯に佩いた愛刀崩塵を虚空に一閃させ、降り注ぐ陽光を繚乱と散らして白銀の満月を描く。
 愛する狼の意図を声の調子から即座に組み取った鬼無子の振るった一閃は、四方より高速で迫り、さながら破城鎚のごとく映る大王陸蛸の足を四本鮮やかに断つ。
 崩塵の一閃で切断された四本の蛸足の先端は、白い断面を晒しながら木々の彼方へと慣性の法則に従って飛んで行った。
 残る四本の蛸足を雪輝は細かな動作で尽く回避し、普段は締まっている爪を伸ばして更に真珠色の爪に妖気を乗せて不可視の刃を延長してから、前肢を四度振るう。
 鬼無子の技量と崩塵の斬断力にも匹敵する雪輝の爪が、雪輝達を追って迫ってきた残りの蛸足を纏めて斬り飛ばした。
 さらに雪輝の苛立ちの混じる妖気は斬り飛ばした蛸足の先端を侵食し、空中で蛸足を腐敗させて目に見えないほど小さな塵へと分解する。
 木々をへし折りながら雪輝を追おうとしていた大王陸蛸に止めを刺すべきか、と雪輝が一瞬首を巡らして背後を振り返ったが、足を半ばから失った大王陸蛸は更に別の大王陸蛸数匹に襲い掛かられて、二階建ての家屋ほどもある体を貪られていた。
 大王陸蛸最大の武器である足を尽く失った為に、同族からすればただの食料と判断されたがためであろう。妖哭山では種を問わずによく見られる同族食いの光景に過ぎない。
 雪輝はさしたる関心を示すこともなく、視線を狗遠の居る生贄小屋の方向へと向け直すが、その道中に次々と新たな血の匂いと殺し合いの気配が生じている事に気付いて、白銀の眉間に皺を刻む。
 雪輝と鬼無子であれば妖哭山外部の妖魔で叶う者はいないが、いちいち相手にしていては無視できないほど時間を取られることになる。

「鬼無子、急ぐぞ」

「それがしの事はお気になさいますな」

 すまぬ、と短く告げて雪輝は更に肢を速めた。


 雪輝の取ってきた鹿を食べつくし、血の一滴、毛の一本、骨の一辺に至るまでを食べ尽くして、前肢の毛づくろいをしていた狗遠は雪輝にわずかに遅れて近づいてくる人間達の存在に気付いていた。
 腹の当たりの毛皮をにかわを塗った様に固めていた自分の血を舐め取って毛づくろいを済ませてある。
 狗遠は身嗜みという概念は持ち合わせてはいなかったが、また雪輝が来た時にみすぼらしい姿を見せるのはいかんな、となんとはなしに思ったのである。
 体毛に隠れる傷跡はうっすらと皮が覆いはじめており、ある程度の戦闘行為にも耐える事は出来る。
 自分の状態が完全とは言えぬ事を誰よりも狗遠は認識していたが、それ以上にこの雌狼の心を占めていたのは極めて凶悪な衝動であった。
 殺戮と破壊を本能の中核に備える妖哭山内部の生粋の妖魔である狗遠にとって、例え我が身が傷を負っていようとも、血の雨と死の風を降らす事こそがなによりも優先される。
 久方ぶりに人間の血肉の味が楽しめるのかと、狗遠は舌舐めずりをして立ちあがる。狗遠は死ぬ寸前の人間の臓物を引きずり出し、わざと目の前で喰らう事を好んでいた。
 大狼の出現や外部への移住に前後して、めっきり妖哭山内部に人間が足を踏み入れる事は無くなっていたから、本当に久しぶりの事である。
 さて目玉をほじくり出して舌の上で転がしてやろうか、それとも指を一本ずつ齧り取って咀嚼してやろうか、いや四肢を一本ずつ端から食ってやるのも面白い。
 残虐無比な事を考えていた狗遠であったが、生贄小屋の戸口からのそりと雪輝にも肩を並べられる巨躯を覗かせた時、不意に雪輝の顔が思い浮かぶ。

「雪輝の奴めは人間殺しを嫌がるかもしれんか」

 口にしてみれば困った様なそれでいて怒るわけにもいかぬ表情を浮かべる雪輝の姿を、簡単に思い浮かべることが出来て、狗遠はこの雌狼にとって初めてといっていい苦笑を浮かべる。
 自分自身でも気付かぬその苦笑は、しかしすぐに消え去った。ほとんどの人間達は山の妖魔達との戦いに足を止められているようだが、一部の者達は変わらずにここを目指している。

「ここをまっすぐに目指しているか。となれば、これは雪輝めに売られたか?」

 妖哭山内部だけが世界の全てであった狗遠にとって、妖哭山の外に広がる人間達の世界は知識の外にある別世界であったが、外の世界を騒がせた大狼が自分や雪輝と同じ狼の妖魔であった事や、妖哭山に足を踏み入れた人間達が妖魔との戦いに慣れている者達である事は既知だ。
 大狼は既に過去に雪輝が滅ぼしているが、外の世界の者達はその事を知らないだろう。ならば大狼を滅ぼすべく動いた人間達に、狗遠を大狼と誤認させるためにこの小屋に匿ったのかもしれない。
 雪輝が自分を狙われない為に、狗遠に身代わりをさせる為に生贄小屋へと匿ったのだと考えれば、まるで雪輝にとって得のない話ではなくなってくる。
 しばし狗遠は黙考していたが、今度ははっきりと笑みを浮かべて首を左右に振る。

「そんな賢しい事が出来る位なら、あ奴は外に移り住んだりはせぬか」

 雪輝がそういった誰かを犠牲にしてまで自分の利益を求める思考を有しているのなら、とうの昔に狗遠の求めに応じて番になり、不穏分子である飢刃丸を排除して魔狼一族の長にでもなっているだろう。
 ここ数日の間、毎日仕留めたばかりの獲物を狗遠の元へと欠かさず運び、実に献身的に狗遠の世話をしていた雪輝の姿とこれまでの言動から、狗遠は自分の思いついた可能性をすぐさま思考の海の奥底に捨てることにした。
 あるいはその行為の中に、そうであって欲しい、雪輝が自分を売ってなどいない、と信じたい思いがどれほど含まれていた事か。それは恋慕した相手に裏切られたと思いたくないと切に願う乙女の心に他ならない。
 そもそもそんな自分の心に気付いていない狗遠には、まるで思いつく事の出来ないことだろう。
 先ほど食べ終えたばかりの鹿の血の薫りが口の中に乗っていた。その余韻に気を高ぶらせ、全身から雪輝に勝るとも劣らぬ妖気を迸らせる。
 だがその妖気に含まれる悪意は雪輝とは比較にならぬほど濃密で、敵対していない者への死さえも望む残虐性に満ちている。
 それこそがなによりも雪輝と狗遠との在り方の違いを示すものであるだろう。
 狗遠が殺戮――戦闘ではない――の意識を高めていれば、人の手が入った道の向こうからこの小屋を目指して歩いて迫る人間どもの姿が瞳に映る。
 いずれも男ばかりで体格の優れた真ん中の男は、背に身の丈ほどもある肉厚の巨大な刀を背負っている。
 他には僧侶くずれと思しい数珠を首から何重にもかけて、所々に損傷の痕跡が見られる錫杖を手にした禿頭、異常に痩せこけて墨染の着流しから骨の浮き上がった体を覗かせ、腰の左右に刀を履いた浪人。
 どれも体から血と屍の匂いを立ち昇らせる凶人共。まっとうに生きようとしても周囲からの迫害と、殺し合いに首まで浸かりきった感性から陽の当たらぬ道でしか生きられないのは明白な連中である。
 人の世界の事など考えた事もない狗遠からすればそんな事はどうでも良い瑣末な事であったが、雪輝からの施しを受けて毎日腹を満たして鈍りを感じ始めていた体を解すには丁度よい相手なのは確かだ。
 雪輝がこちらに来るまでの間にこいつらやその他の人間どもで、死体の山を築いたらどんな顔をするだろうかと、狗遠は冷酷な笑みを浮かべる。
 もしこの場に鬼無子か凛がいたならば、三人の退魔士の内、人斬り包丁を背負った男が七風の町で出くわした退魔士もどきである事に気付いただろう。
 鬼無子はさしたる力を持たぬと判断した大男だが徒党を組んだことでその力をどこまで高める事が出来るのか。
 不意を突いて襲い掛かる事も出来たが、敢えて待ちかまえていた狗遠の姿に気付いた三人の退魔士は、それぞれの顔に緊張のさざ波を起こしてからすぐさまそれぞれの獲物を手にする。
 大男は背の人斬り包丁を抜き放って両手で構え持って剣先を狗遠へと向ける。僧崩れは錫杖を右手に持ち、左手は連続して印を組み始めて、口からは経文の一節が零れ落ちる。二刀流の男は腰の獲物の柄に掌を置いている。
 狗遠自身の人間との戦闘はじつに数十年ぶりの事となる。久方ぶりの人間相手の戦闘ではあったが、狗遠は慎重である事よりもこれまで抑え込んでいた闘争本能や苛立ちを発散する相手を見つけられた喜びを優先した。

「おい、人間ども」

 大男の切っ先がかすかに揺れる。大狼が口を利いた事に対する驚き、強力な妖魔が稀に持つ言葉で相手を支配する言霊への警戒、機先を制する為の機を見計らう為の神経の集中。

「大狼の首が目当てのなのだろう? ならば、ほら、ここに貴様らの目当てのものがあるぞ。ほら、ほらさっさと取りに来ぬか。来ぬのなら私から行くぞ。人間を食うのは久しぶりなのでな、遠慮も加減も出来んしするつもりもない」

 大狼云々というのは狗遠の当てずっぽうではあったが、三人の男どもはその言葉に反応を見せて、狗遠の言葉が正鵠を射た事を示した。
 狗遠の口元が大きく歪む。狼の面貌にも明らかな凶笑であった。ようやく与えられたおもちゃで遊ぶ事を許された子供の笑みをとびきり邪悪にすればなる――そんな笑みだ。
 分かりやすい狗遠の挑発の言葉に、三人の退魔士達はそれぞれ目の前の狼の妖魔が知恵ある存在であることを認識し、強敵だと認めた。
 拙く言葉を操る程度ならば最下級の妖魔にも居るが、明らかに挑発の意図を持った言葉を操るとならば、単なる獣の経立と侮るわけにもゆくまい。
 退魔士としては上位に位置する鬼無子からすればもどきとしか思えない大男たちだが、彼らは彼らなりに、生死の境を彷徨う危険を犯しながら妖魔との戦いを経験してきた戦士ではあった。
 その経験に基づいて彼らは狗遠を大狼と勘違いしたまま囲い込む動きを見せている。対して狗遠はというと大男と二刀流の動きよりも僧崩れが朗々と謳いあげる経文をこそ、警戒していた。
 こちらの動きを縛る法術かあるいは大男と二刀流の身体能力を向上させる補助系か。直接狗遠を殺傷する攻撃系統かもしれない。狗遠は首筋の毛が逆立つのを感じてその場から僧崩れ目がけて跳躍する。
 雪輝も同じような形で自分に対する脅威を予感した事があるが、この時狗遠が感じたのは正しく脅威であった。
 狗遠が足を留めていた位置に天まで焦がすかと見える真紅の炎の柱が生じたのである。呪術や魔術に対する耐性の低い者であったならば、その場で火達磨になる相手の殺傷を前提とした火系統の法術である。
 仏への信仰心から奇跡を起こす仏僧の扱う法術の中で、穢れを払う神聖なる浄化の炎を扱う術だ。
 灰色の体毛を真紅の炎の照り返しを受けて同じ色に染めながら、狗遠はそのまま僧崩れへと目がけて視線を固定し、肢を撓めて跳躍の力を貯め込む。
 浄化の炎を外し、術後の精神集中が齎す硬直状態に陥った僧崩れを守るために、二刀流が軽妙な足捌きで素早く狗遠の進路を遮る。
 左右の刀の柄を逆手に握る二刀流の目は糸の様に細められて、狗遠のあらゆる動きを見逃さぬようにと神経を研ぎ澄ましている。
 狗遠が跳躍を行って二刀流の刃圏に入った瞬間に、両腕は疾風の速さで動いて二振りの刃を狗遠へと叩きつけられるだろう。
 二刀流が腰に佩いた刀は銘のある品ではなかったが、各地の寺社に足しげく通って住職や神官らに幾重にも加護を受けて、標準的な対妖魔装備を超える霊的攻撃能力を備えている。
 これまでに五十近い妖魔を斬り捨てて来た二刀流が頼みとする愛刀だ。
 幼い頃から剣術に明け暮れて、遂には人斬りの快楽に溺れて家と国を追われ、殺人や妖魔退治の依頼を受けて生計を立てるにまで墜ちたが、その分振るう剣技は数多の命で磨かれている。
 狗遠の踏みしめていた大地が爆発する。大地が耐えきれないほどの狗遠の脚力の発露である。
 灰色の弾丸が僧崩れに迫り、瞬きする暇もないほどの時間の中で、二刀流の腕が意識を超えた速度で動き、虚空に×の字を描く。腰から抜き放たれた二振りの刃の交差点に、狗遠はまっすぐに飛び込んだ。

――馬鹿が。

 狗遠は激突の衝撃に耐え切れずに砕け散った二振りの刃に、驚愕の視線を向ける二刀流に嘲りの視線を向けながら、右の前肢を軽く一振りした。
 人生のほとんどを人斬りと妖魔狩りに捧げた痩せの二刀流の鼻から上が、狗遠からすれば何気ない肢の一振りでごっそりとはじけ飛び、空中に赤い花を咲かせる。
 技量も経験も武器も水準以上ではあったが、この三人が戦ってきた妖魔共とは格の違う狗遠を相手にするには、どれもがあまりに程度が低すぎた。
 雪輝には及ばずとも飢刃丸に長の座を追われるまでは、妖哭山第二位の力を持った狼である狗遠の力は、夕座に捨て駒として集められた彼らが立ち向かうには無謀以外の何ものでもない。
 血と骨と脳漿混じりの花が満開に花開くよりも早く、狗遠は僧崩れの首筋に牙の先端をぷつりと音を当て、皮一枚に穴を開ける。
 皮一枚に開けられた穴から僧崩れの血の玉が浮かび上がった時、二刀流がわずかに稼いだ時間を使って僧崩れの唱えていた攻撃法術が完成した。

「烈!!」

 短くも力強い一語が僧崩れの荒れている唇から零れるのと同時に、僧崩れの体内で練られていた気と法力が術式に従って、強力な衝撃と熱量を伴う光と変わり、二刀流の死体ごと狗遠の巨体を飲み込む。
 頭の上半分を失っていた二刀流の体は頭から腹部にかけてまでが消し炭と変わって、ばらばらに砕け散る。残った肘から先の両腕と下半身がどっと音を立てて地面に落ちるまでの間に、狗遠は大きく後方へと弾き飛ばされる。
 灰色の狗遠の体がどっと倒れ込むのを見て、首から血を流しながら僧崩れは勝利を確信して笑みを浮かべ、そのままがちんと音を立てて打ち合った狗遠の牙によって、首を胴体と泣き別れにされた。
 再び、狗遠は馬鹿が、と嘲りの念を思い浮かべる。あの程度の法術で自分の体に傷をつけようなどと、なんとも甘い考えだ。脳味噌が砂糖で出来ているのではないだろうか。
 完調とは行かぬまでも数日の休息と満腹に至るまで獲物を腹に納め続けたお陰か、八割程度の力ならば発揮できる。
 それだけ力が戻っていれば、体毛に浸透させた妖気と周囲に展開する何重もの防御圏があればあの程度の攻撃法術など造作もなく防げる。
 位階で言えば中の上と言った所の術を、あれだけの短時間で発動にまで持ち込んだ技量は評価に値するが、既に死んでしまった以上はなんの意味もあるまい。
 二刀流の死体とたったいま噛み切ったばかりの僧崩れの首が、重い音を立てて地面に落ちてから、狗遠はゆっくりと背後で凍った様に動きを止めている大男を振り返った。
 人斬り包丁を青眼に構えたまま大男は動く事も出来ずに、一歩また一歩とこちらに近づいてくる狗遠に、その命が尽きるまでの短い間怯えた視線を向けることしかできなかった。


 五本の指を広げた腕が何万本も天に向けて伸ばしている様に空を覆っている木の枝を揺らして、雪輝は飛翔から着地へと移行する。大王陸蛸との遭遇から実に十回近くも狂奔する妖魔達との戦闘を終えて、ようやくの到着であった。
 雪輝の肢が着地の衝撃を吸収しきり、青い満月の瞳を巡らして狗遠を見つけ出す。同時に狗遠の背から軽やかに飛び降りた鬼無子も、雪輝と同じく話だけは聞いていた狗遠の姿を見つけてを睨み据えた。
 ちらりと狗遠の周囲に視線を巡らせれば、まさに複数の生き物が食い散らかされたとしか形容のしようがない惨状が広がっている。
 元々はいったい何人いたのか分からないほどばらばらに解体された人体の部分が、血に塗れて地面を真っ赤に染めてそこらじゅうに散らばっているのだ。
 惨劇の現場を血の雨が降る、と表現する事があるが正しくその喩えを再現した光景である。見れば灰色の毛皮を纏っていたはずの狗遠の姿もまた朱に染まっている。
 特に口元は鮮血の泉に突っ込んだ様に血の滴を滴らせている。闇夜に浮かぶ月の様に煌々と輝く狗遠の瞳が、雪輝の姿に気付いて凶光を霧散させた。
 遠慮も加減も出来ん、その言葉通りに退魔士もどき三人を血祭りに上げて、その死肉を貪る寸前に、雪輝達は狗遠の目の前に姿を見せたのである。
 一歩間に合わず既に人間達と邂逅して戦闘を行っていた狗遠に対し、殺人を責めるつもりは雪輝にはなかった。
 今回の場合では狗遠が生命を狙われた側であるから、自分の命を守るために相手を返り討ちにする事を悪い、と感じる感性を雪輝は持っていない。
 人間と妖魔とで考えるのなら、人間よりの思考と感性を持っている雪輝であるが、自衛行動や食事の為の殺傷行為であるのならばそれを責めようとは思わない。
 善性を備えているのは確かな事実であるが、通常の妖魔とは異なり、また人間とも異なる精神構造と感性を有する狼なのである。
 流石に命乞いをしている人間を狗遠が嬲っている様な場面に直面していたなら、顔を顰めて制止の声をかけたであろうが、既に決着のついた現状では口の挟む余地はない。
 惨状に対して眉根を顰めたまま雪輝は狗遠に声をかけた。

「まずは無事でよかったと言うべきなのだろうな」

 大きく肩から力を抜く雪輝の様子と心底から狗遠の無事に安堵した声音に、狗遠は、ほら、やっぱりな、こいつが私を売るなどという真似をするものかと囁く自分の声を聞いた気がした。
 理由は分からぬがなんとなく上機嫌になったが、それを表に出すのは面白くない様に感じられて、狗遠は顔を背けた。

「はっ! 大急ぎで来て開口一番にそれか。お前は人間殺しを忌むかと思ったがな」

「お前が何の罪もない人間を傷つけようと言うのならば、力づくでも止める。だが今日はそうではないからな。とはいえ気分の良いものではないな」

「ふん、相変わらず貴様は妙な妖魔だ。ところでそこの女は何だ? ソレが貴様が庇護している人間か? もっと小さいのを拾ったのかと思っていたがな」

 狗遠の鬼無子を見る視線には、敵意が色が着いていないのが不思議なほどの密度で込められている。対する鬼無子が狗遠に向ける視線も同じである。
 人間の命どころか同族の命さえも取るに足らないものとしか考えていないとりわけ凶悪な妖魔の狗遠と、その妖魔と戦う事を使命として千年以上戦い続けた一族に産まれた生粋の退魔士である鬼無子とでは互いに相容れない部分が多すぎる。
 それにもう一つ、鬼無子と狗遠はお互いを一目見た瞬間から妖魔と退魔士という関係よりもはやく別の点に置いて、相手を不倶戴天の大敵であると直感して理解していたのである。

(この女、純粋な人間ではないな。腰に差した刀の放つ霊気も驚くほど高い。先ほどの屑どもとは別格だろうな。……だがそれ以外になにか理由は分からぬがいけ好かん)

 狗遠が咽喉の奥で敵対者を前にした時にだけ挙げる威嚇の唸り声を挙げれば、鬼無子は腰の崩塵の鯉口を切って答える。雪輝がいなければ即座に殺し合いに発展しかねぬ剣呑な空気が両者の間に流れ始めていた。

(この雌狼、こやつめが狗遠か。ふむ、雪輝殿には見劣りするがこれは確かに強力な妖魔である事よ。しかし、理由は分からぬがとにかく気に入らぬ)

 奇しくも全く同じことを考えているとは気付くわけもなく、狗遠と鬼無子とはお互いの視線をぶつけ合い、それぞれの体から闘争の気配を陽炎のごとく噴き上げている。
 そんな一人と一頭の不穏な空気に気付いた雪輝が、それぞれの顔の間で視線を彷徨わせる。
 雪輝のちぐはぐな知識と発展途上の思考形態からすれば、そもそも初対面の両者がいきなりこのような不穏な気配を醸す理由がほとんど見当たらないのである。
 精々が妖魔退治を職としていた鬼無子と、凶悪無残な妖哭山内部の妖魔である狗遠とでは相性が悪かろう、位なものだ。
 当の狗遠と鬼無子も雪輝と同じ程度の認識ではあるのだが、よもや恋敵であると気付いたから、敵対の意識を高めているなどと雪輝に理解しろというのはまだまだ難しい話なのである。
 内心では首を捻じ切れるくらいに捻りつつ、雪輝は二人の間を取り持つべく口を動かすことを決める。ただ問題があるとすれば、雪輝の会話の語彙と経験が乏しい事と交渉能力がいまだに未発達である事だ。

「狗遠、鬼無子、なにやらいがみ合っておるようだがいまはそのような場合ではあるまい。狗遠よ外の者どもが私を大狼と勘違いして、命を獲りに来ている。既に遅かったがお前も勘違いされて余計な諍いに巻き込まれてしまう。飢刃丸の事もあって動きにくくはあるが、とりあえずこの場を離れるぞ」

「…………」

「…………」

 鬼無子と狗遠にとてつもなく冷たい瞳で睨まれて、雪輝はなぜだ? と自問するがそもそもその答えが分かるのなら、両者から睨まれるような事にはならなかっただろう。
 女心に対する理解は欠片ほどしかない雪輝ではあったが、言っている事はまあ間違いでもなかったので、狗遠と鬼無子は矛を収めるがお互いに向ける視線はとにかく冷たい。
 雪輝にとってはとかく居心地の悪い空間が出来上がっているのだが、それを解消する術を知らぬ雪輝には只管に耐えるしかない。状況を改善する為の言葉を見つけられないのが、現状の雪輝の限界であった。

(どうしてこのような剣呑な空気になったのか、よもや当の鬼無子と狗遠に問うわけにもゆかぬし……。ううむ、ひなが居れば良い知恵を出してくれたかも知れんがそのひなも居らぬし、いやいやそれよりもまずは夕座なる者から狗遠を遠ざけなければなるまい)

 とはいえ外部と内部の妖魔との間での闘争が激しさを増す一方の現状の妖哭山では、狗遠を匿うのに適した場所などほとんどない。
 ひなを山の民に預けてあるから、狗遠を樵小屋のほうに匿うのも手段の一つではあるが、元は樵が使っていた小屋である事を考えれば、なにがしかの記録が残されていると考えておいた方が良いだろう。
 となれば妖魔改を相手に稼げる時間は精々が一日か二日になるだろう。一方で山中の妖魔達相手には時間稼ぎにもなるまい。
 雪輝を相手にする事の危険性から二の足を踏んでいた妖魔達も、人間達の侵入なども相まって痺れを切らして遮二無二襲い掛かってくるようになっている。
 妖哭山はもはやどこに居ようとも戦いからは逃れられぬ修羅地獄と変わりつつあるのだ。
 数百の人間達が争う気配も時が経つにつれてさらに激しさと惨さを増しており、このままぐずぐずとこの場に留まっては人間の本隊との接触も時間の問題だ。
 雪輝の危惧を感じてか狗遠が不機嫌そうに鼻を鳴らす。いや、不機嫌そう、なのではなく真実不機嫌なのであろう。

「ふん、人間どもめ、ほどなくして我らの前に顔を見せるだろうよ。やつらの事だ、どうせ大狼の首目当てであろう。ならば私かお前を大狼と勘違いして首を取るまでは退かぬのではないか? ま、私の同胞の首でも代わりにはなるかも知れぬがな。それとも我らで人間どもを皆殺しにするか? 私とお前なら容易い事だ。そこの人間の女がどうするかは私の知った事ではないが」

 狗遠には言っていなかったが十中八九妖魔改の狙いは、大狼と誤認した雪輝の命のほかに鬼無子が目当てでもあるのだ。雪輝と鬼無子の両方を手にしない限りは、妖魔改の者達がこの山を去る事は無いだろう。
 そういう意味では狗遠の提案は全てを肯定するわけにはゆかぬが、一理ないわけではなかった。流石に夕座級の力を持った退魔士が妖魔改にそう何人も居ないだろうから、夕座と妖魔改の中核戦力を戦闘不能に追い込めば、人間達が山を去る可能性は少なくない。

「逃げてばかりでは事態の解決には繋がらんか。皆殺しというのは認められぬがある程度戦力を削るのは悪くない。ただ私が良しと思った判断はこれまで尽く外れているから、今度も同じような事になりそうなのが気になるな」

「飢刃丸を血祭りにあげる前の前哨戦と行くにはちょうど良い相手であろう。いまなら奴らに気付かれる前に狙えるぞ。お前の判断の目が良しとでようが悪しとでようが、力づくでどうとでもできる」

 よほど鬱積が溜まっていたのか、狗遠は雪輝の同意が得られたらすぐさま人間達に襲い掛かりに行きかねない調子だ。直接雪輝が対峙したわけではないが、十全の信頼を置く鬼無子が夕座を強敵と断じた事が雪輝に慎重を強いる。
 妖魔改の撃退と妖狼一族の長となった飢刃丸の撃退と狗遠の長の座への復帰、及び内部の妖魔の争乱の鎮静化とどれ一つをとっても命を賭けて断行せねばならぬ難事ばかりが、ずらりと雪輝の目の前にある。
 とりあえず一番近い所から片づけるのが妥当だろうか。ここで雪輝はちらりと鬼無子の方を見る。
 美貌という他ない白い顔に不機嫌の色を隠しもせず浮かべている鬼無子は、雪輝のどう思う、という視線を受けて一つ溜息を吐いてから自分の意見を口にする。
 狗遠とかいう雌狼の事は気に入らない事この上ないが、雪輝を無視すると言うのは鬼無子の選択肢の中には存在していない。

「夕座めはそれがしが抑え込んで見せましょう。その間に雪輝殿らが他の妖魔改を無力化すればあるいは夕座も退くかもしれませぬし、また退かぬともそれがしと雪輝殿でかかれば倒せましょう」

 敢えて狗遠の事は考えから外した鬼無子の意見に、雪輝はふうむと分かっているのかいないのか曖昧な返事をする。妖魔改は妖哭山最外部に居て、内部の妖魔達の行動範囲からはまだ遠く、強力な妖魔達の介入の可能性も少ない。
 対処するならば今の内だろう。
鬼無子と雪輝が二手に分かれて二面戦を展開する事態は何としても避けたい。雪輝と鬼無子は共に単体での戦闘能力において、妖哭山有数の強者であるがそれでも数で挑まれればやがては倒されるのが落ちだ。

「では決まりだな。鬼無子を手古摺らせた夕座とやらを見物しに行くとしよう」

 そう言った雪輝が屈みこんで、鬼無子が背に跨りやすいように姿勢を変える。再び雪輝の背に鬼無子が跨ろうとした所を目撃した狗遠が、自分でも気付かぬうちに強い口調で雪輝と鬼無子を制止する。

「おい、なぜ雪輝の背に跨ろうとなどとしてる。女」

 自分でも理由の分からない苛立ちに襲われている狗遠の口調は、再び敵意に満ち溢れている。それどころか全身からも戦闘の際の妖気が立ち上り始めている有り様だ。
 雪輝の方を向き白銀の体毛を掴んでいた鬼無子はゆっくりと狗遠の方を振り返って、無表情のままに答えるが、どこか優越感の様なものが見受けられた。

「その方が早いからだ、狗遠とやら。雪輝殿はそれがしがお背中に跨る事を許して下さっているからな」

「ふん、生意気な口を利く雌猿だな。雪輝が気の緩い奴とは言え、妖魔を相手に気の安い真似をする」

 鬼無子は見せつける様に、というよりも見せつける為に雪輝の左前肢に腕をからめてたわわな乳房を押しつけた。雪輝はなぜ二人がまたいがみ合い始めたのか分からん、という表情を拵える。

「雪輝殿の肢の方が早いのは明白な事だ。それがしは雪輝殿と“何日も共に過ごしているから”良く知っているが、それ位は出会う度に“雪輝殿に避けられていた”というお前でも知っているだろう?」

「?」

 鬼無子はなぜそのような事をわざわざ狗遠に告げるのだろう、と雪輝。自分の左前肢に回されている鬼無子の腕に力が入って、ぐにゃりと鬼無子の乳房が潰れる。

「ほう? なるほどなるほど何日も寝食を共にしながら、肢の速さ位しか知らぬとはな。いやいや当たり前か。雪輝が“毛のない猿などに欲情する筈もない”か。“女として扱われぬ”のも当たり前だな」

「??」

 妖魔改に対する対処の話をしていたはずなのに、どうして女がどうとか欲情がどうとかいう話になるのか、と雪輝はおろおろと鬼無子と狗遠の顔を交互に見やる。

「はっ、同じ狼でありながら相手にもされない貴様の方が惨めなものよな」

「…………」

「…………」

「???」

 睨みあう鬼無子と狗遠の雰囲気に気圧されて、雪輝はなにも口に挟めぬままおどおどするしかない。
 下手に何か口にしようものなら余計に事態を悪化させないと判断して、何も口にしなかったのは雪輝としては比較的賢い判断ではあったが、如何せん初めて経験する精神的な修羅場への初遭遇に、雪輝はそう長くは耐えられなかった。
 それにどうにも狗遠と鬼無子がいがみ合っているのは自分が理由であると言う事は、両者の会話を聞いていれば分かる事だ。場の空気を変える為にも、ここはなにか自分が行動を起こさねばと雪輝は奮起する。

「二人とも私が理由で不機嫌になっておるようだが、とりあえずは私の顔に免じて矛を収めてはくれまいか。鬼無子は私にとって大切な家族であるし、狗遠、お前とて私は……」

「ふむ、狼が二匹に人間一人。さてどちらが大狼か」

 狗遠と鬼無子が一語一句逃さず聞きとげようとした雪輝の言葉を遮ったのは、あの三人の退魔士が歩いてきた道に、いつの間にか雪輝と鬼無子の知覚をすり抜けて立っていた夕座であった。
 七風の町で鬼無子と遭遇した時と同じ青の着流し姿に、背には長い鉄製の黒鞘を斜めに背負っている。
 さらには夕座の背後には覆面を被り全身を黒一色の意匠で覆い隠した忍びらしい者達の影も複数あった。
 いや、木々の向こう、茂みの下にも蠢く気配が感じられる。
 それまでのいがみ合いをすぐさま忘れて、雪輝に跨ろうとしていた鬼無子は抜刀し、雪輝と狗遠も周囲の気配の探知と目の前の夕座への警戒に意識を割く。
 妖刀紅蓮地獄を既に右手に握る夕座は、人とは思えぬ途方もない美貌に無邪気な笑みを浮かべた。無垢な子供の様にあどけない笑みを浮かべたまま、夕座はこういった。

「四方木鬼無子、やはりそなたは大狼と所縁のあるものか。よしよし、まだ人間であるな。どれ、そこの狼めらの首をはねてからたっぷりと可愛がってやろうほどに」

<続>

Lさま

こんな具合で雪輝はおろおろすることになりました。ある意味ではナイスタイミングでの夕座の登場といえるかも。狗遠も鬼無子の登場で自分の感情に気付きはじめているので、三角関係は面倒なことになるでしょう。

ヨシヲさま

あらゆるものに対して厳しい環境の山ですので萌え人外の方々も非常に危険です。夕座がどの程度彼女たちに思い入れがあるかで、生死が変るでしょう。夕座は基本的に酒池肉林の毎日を過ごしている暇人です。ガンダムキャラでの例えはああ、なるほどという感じがしますね。ハマーンとララァとナナイがいっぺんに姿を見せたときのシャアの反応も興味がありますけれども。レコアがいないのはせめてもの掬いですかねえ・・・・・・。

taisaさま

そうですね外見的にはエルフ系統は一般的なファンタジー系統で、他の人外連中は人の血が混じっていると耳や尻尾がある程度。純粋な人外ですとクロビネガ系の外見と考えていただいてよろしいかと。
雪輝との子供の場合は父親の血がどの程度濃いかで全く変るものとお考えいただければと思います。
夢に出てきた双子は片方はまんま狼で、もう片方が耳と尻尾程度でしたが、場合によってはワーウルフやアヌビスくらいに狼と人間が混ざった子が産まれることもあるという設定です。
また鬼無子には無数の妖魔の血が流れているので、猫、鳥、羊、牛、狐、馬、象などほとんどの獣系や蛇なんかの特徴を持った子供が生まれる可能性もありますし、それぞれがごちゃまぜになったキメラの子供になることもあります。いわば鬼無子はサキュバスと魔物の母であるエキドナの特性を持った母親ですね。
余談ですが私はデュラハン、ダークマター、エキドナやラミアなどの蛇系、稲荷や妖狐、ホルスタウロスやアヌビス、ドラゴンが大好物です。

マリンドアニムさま

忘れた頃に出てくるキャラが意外と重要だったりするのですよ~。凛はなんだかんだで一歩引いた場所にいますからね、ツンデレ枠確定ではなかったのです。鬼無子とひながデレキャラに当てはまりますから、狗遠のツンデレ具合もわかりやすく描写しやすいです。夕座は所業に相応しい応報を受けることになるでしょう。

武山さま

遅まきながらご指摘いただいた箇所の修正を致しました。ご忠告ありがとうございました。


ではでは少しでも皆様に楽しんでいただけたなら幸い。また次回にて。

3/6 14:16 投稿
3/20 20:24  修正


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