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No.19828の一覧
[0] 少女の愛した狼 第三部完結 (和風ファンタジー)[スペ](2011/12/14 12:47)
[1] 命名編 その一 山に住む狼[スペ](2010/11/01 12:11)
[2] その二 出会う[スペ](2010/11/08 12:17)
[3] その三 暮らす[スペ](2010/10/23 20:58)
[4] その四 おやすみ[スペ](2010/06/28 21:27)
[5] その五 雨のある日[スペ](2010/06/29 21:20)
[6] その六 そうだ山に行こう[スペ](2010/06/30 21:43)
[7] その七 天外という老人[スペ](2010/07/01 20:25)
[8] その八 帰る[スペ](2010/07/03 21:38)
[9] その九 拾う[スペ](2010/07/12 21:50)
[10] その十 鬼無子という女[スペ](2010/11/02 12:13)
[11] その十一 三人の暮らし[スペ](2010/07/07 22:35)
[12] その十二 魔猿襲来[スペ](2010/07/08 21:38)
[13] その十三 名前[スペ](2010/09/11 21:04)
[14] 怨嗟反魂編 その一 黄泉帰り[スペ](2010/11/01 12:11)
[15] その二 戸惑い[スペ](2011/03/07 12:38)
[16] その三 口は災いのもと[スペ](2010/11/08 22:29)
[17] その四 武影妖異[スペ](2010/12/22 08:49)
[18] その五 友[スペ](2010/10/23 20:59)
[19] その六 凛とお婆[スペ](2010/10/23 20:59)
[20] その七 すれ違う[スペ](2010/10/23 20:59)
[21] その八 蜘蛛[スペ](2010/10/23 20:59)
[22] その九 嘆息[スペ](2010/10/23 20:59)
[23] その十 待つ[スペ](2011/03/25 12:38)
[24] その十一 白の悪意再び[スペ](2010/12/01 21:21)
[25] その十二 ある一つの結末[スペ](2010/11/08 12:29)
[26] 屍山血河編 その一 風は朱に染まっているか[スペ](2010/11/04 12:15)
[27] その二 触[スペ](2010/11/09 08:50)
[28] その三 疑惑[スペ](2010/11/13 14:33)
[29] その四 この子何処の子誰の子うちの子[スペ](2010/11/20 00:32)
[30] その五 虚失[スペ](2010/11/22 22:07)
[31] その六 恋心の在り処[スペ](2010/11/29 22:15)
[32] その七 前夜[スペ](2010/12/13 08:54)
[33] その八 外[スペ](2010/12/22 08:50)
[34] その九 幽鬼[スペ](2010/12/27 12:12)
[35] その十 招かざる出会い[スペ](2011/01/03 20:29)
[36] その十一 二人の想い[スペ](2011/01/07 23:39)
[37] その十二 味と唇[スペ](2011/01/16 21:24)
[38] その十三 雪辱[スペ](2011/02/16 12:54)
[39] その十四 魔性剣士[スペ](2011/02/01 22:12)
[40] その十五 血風薫来[スペ](2011/05/25 12:59)
[41] その十六 死戦開幕[スペ](2011/02/24 12:21)
[42] その十七 邂逅[スペ](2011/03/20 20:29)
[43] その十八 妖戦[スペ](2011/03/23 12:38)
[44] その十九 魔弓[スペ](2011/03/31 09:00)
[45] その二十 死生前途[スペ](2011/05/17 08:55)
[46] その二十一 仙人奇怪話[スペ](2011/05/22 21:31)
[47] その二十二 魔狼と魔剣士[スペ](2011/06/05 20:58)
[48] その二十三 真実[スペ](2011/06/20 12:56)
[49] その二十四 別離[スペ](2011/09/02 23:49)
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[19828] その十五 血風薫来
Name: スペ◆52188bce ID:e5d1f495 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/25 12:59
その十五 血風薫来


 その日、ひな達の住まいである樵小屋には先日知己を得た狸親子の姿があった。ひなの膝の上には額に白い斑点のある母狸の朔が乗り、鬼無子の方には子狸である嶽がじゃれ付いている。
 朔の許可を得たひなは自分の膝の上で丸まっている朔の背中を優しく撫で、鬼無子の方はというと頬が落ちてしまいそうなほど顔面の筋肉を緩めて、小さな嶽の身体を撫でくり回している。
 体中あちこちを触られている嶽が嫌がる様子を見せていないことから、鬼無子の撫で方は相当に気を遣ったもののようだ。
 秋の風が冷たさを深める季節の、中天にお天道様がかかる時刻の事である。
 この場からは父狸の主水と樵小屋の大黒柱たる雪輝が席を外していたが、これは珍しく雪輝の男だけで話がある、という提案によるもので、男と女とで分かれている。
 嶽の咽喉下を撫でてその毛並みの感触と暖かく柔らかな体の触感に、ほんわかとした気持ちになって目尻を下げている鬼無子を、ひなと朔は微笑ましく見守っていた。
 朔と主水は一応狸の妖魔という事もあって、その体長は四尺に迫り、狸としては規格外の巨体と言っていい。
 であるのに膝の上に朔を乗せていても、ほとんど重さが感じられない事がひなには不思議だった。雪輝とはまた異なる狸の毛並みの感触を楽しみながら、ひなは朔に声を掛けた。

「それにしても雪輝様は主水さんに一体どのような御用向きがあるのでしょうね、朔さん」

 ひょい、と顔を上げた朔は自分を見下ろすひなの瞳を見つめ返して口を開く。狸と狼といえども同じイヌ科の生き物と接する時間の長かったひなには、朔が微笑を浮かべているのが手に取るように分かった。

「殿方同士の御話という事ですから、私どもが無用な詮索をする事もないでしょう」

 どこまでも慎ましく、夫の一歩後ろに立った目線で物事を考える朔らしい発言であった。
 少しばかり残念そうなそぶりを見せるひなに、朔はこの聡明な母狸にしては珍しい子供っぽい悪戯っ気を見せて、言葉を続けた。

「とはいえ、夫と雪輝様の耳のない所でなら多少はお話をしても構いませんでしょう」

 是非、とばかりにひなは首を縦に振る。その様子からよっぽど雪輝の内緒話の事が気になっている事が見てとれる。
 主水親子が樵小屋を訪ねてきたのは今日が初めての事ではなく、また逆に雪輝の方から主水達の所へ赴いた事も日常の中で何度かあった。
 その中で幾度か今日の様に雪輝と主水だけで話をする為に席を外した事があり、 雪輝は珍しい事に主水との密談の内容についてだけは、ひなにも鬼無子にも一切口を噤んで、教えようとはしなかったのである。
 とはいえ嘘をつくのも物事を誤魔化すのもほぼ初めてに等しい雪輝であるから、口籠って目を逸らすなどしかできず、雪輝に気を遣ったひなと鬼無子が追及の矛を収めなかったら、とっくに密談の内容を吐露していただろう。
 雪輝がなんとか秘密を守り通しているのに対し、主水はというと既に妻に対して雪輝から何を相談されたのか、妻によりよい助言を求める意味もあって教えていたのだ。
 朔は既に雪輝が何を思って主水ど密談を交わしているのか把握していたが、それを口にしては折角の雪輝の思惑が無駄になってしまう事から、敢えてひなには内緒にする事に決めていた。
 雪輝様の為ですから、お許しくださいね、と朔は心の中でひなに頭を下げた。
 
「この山で夫に出来て雪輝様に出来ない事というものは、おはずかしながらほとんど御座いません。なのに雪輝様は私の夫に助力を求められました。その事自体が、雪輝様と夫が何を話しているのか、という問いへの答えに近いのではありませんか、ひなちゃん」

「主水さんに出来て、雪輝様に出来ない事ですか?」

 といってもひなには主水の出来る事をまるで知らないので、まったく答えが思いつかず、眉根を寄せてううん、と可愛らしく唇を尖らして悩む様子を見せる。
 言動のほとんどが年齢に似合わぬ大人びたもので、ほとんど我儘というものを口にしないひなであるが、今の様な挙措を見せると途端に年相応の愛らしさが顔を覗かせる。
 狸と人間という種族の違いはあったが、同じ女である事から想う相手の事を知りたいと願うひなの心中を正確に理解した朔は、もう一つ答えに近づくための助言を加えた。

「あとは、そうですね、私達狸はよく狐と一緒に喩え話や諺に使われますが、その事も考慮すると答えに近づけるかもしれませんね」

「狐と狸、ですか? あれ、朔さんは雪輝様が主水さんと何をお話しているのか、御存じなのですか?」

「あら、少々口が滑ってしまいました。ふふ、夫は雪輝様ほど口が固くございませんから。ああ、ただ勘違いなさらないでくださいましね。私に雪輝様に対してどう御助言するのが良いか、と相談してきたから私も知る事が出来たのですよ」

「そうですか。では、朔さんから雪輝様のお話の事を聞くのは良くないですね」

「ええ。私の口から申し上げては雪輝様にも夫にも申し訳が立ちませんし、それに雪輝様の事ですから、貴女や鬼無子さんにとって悪い事ではありませんよ。ただそれはひなちゃんが一番分かっている事でしょうけれどね」

 実のところ、雪輝の相談ごとの内容はひな達の為、というよりは雪輝自身の為という部分が非常に大きいものなのだが、ひな達にとって悪い事でないのも事実であるから、その辺りの経緯については朔も口には出さなかった。

「それは、はい。先日も雪輝様に大事だと仰っていただきましたから」

 先日も、とは先雪輝と凛が約一ヶ月ぶりの決闘を終えた後、樵小屋で話した時の中で雪輝が口にした台詞の事である。

「あら、ごちそうさま」

 とは言うものの、その言葉の中に嬉しさに混じってかすかな悲しみが混じっている事に、朔は気づいたが言及する事はしなかった。
 その悲しみを払うのは自分よりも雪輝の方が相応しいという事を理解していたからである。
 もっとも、その悲しみの理由が雪輝がひなをなによりも優先するが故に、己の命の安全を蔑ろにする事への罪悪感の故である以上、雪輝こそが原因に他ならないのだが。
 ひなはそれ以上口を開く事はなく、朔の毛並みを撫で続け、朔もひなの好きなようにさせていた。
 一方で鬼無子はと言えばひなと朔の真剣な様子に気づく事はなく、無我夢中で嶽を撫でまわし可愛がり続けていた。
 もとより可愛い生き物に目のない鬼無子ではあったが、この様な態度を取るのは雪輝と主水の秘密の会合について、ひなほどには気にしてはいなかったからである。
 世間一般的な生活と価値観は、鬼無子にとって縁遠いものではあったが、ひなよりは世間というものを知っていたから、男だけでしか出来ない話もあるだろうと、さほど気に留めていないのだ。
 ただ今回ひなと朔の会話に一貫して無反応を通したのは、単に手の中の嶽の触り心地の良さに心を奪われた事が非常に大きいだろう。
 女達がその様にして時間を過ごしていた時、話題に挙がっていた雪輝と主水は樵小屋の外に広がる畑の片隅で、互いに腰を降ろして言葉を重ねていた。
 既に用件は済んでいるのか、二頭の雰囲気は弛緩したものである。
 器用に両の前肢を左右に広げて二本肢で立ち、団栗の様にまんまるい尻尾で体を支えながら、主水が三十がらみの男の声で雪輝に問いかけた。
 外見の可愛らしさに比べると余りにも落差があり過ぎて、大概のものなら噴き出すか唖然としそうなものだが、人間的な感性とはいささか縁遠い雪輝は、特に気にする様子もなく主水の声に耳を傾けている。

「旦那は物覚えが早いですねえ。にしてもやっぱりこんな相談を持ちかけてきたのは、ひなお嬢ちゃんと一緒に暮らし始めたのが原因ですかい?」

 満身に秋の憂鬱な光を浴びながら、この世のものと思えぬほど美しい狼の姿をした雪輝は、ふむ、と一つ呟いて首肯する。ふむ、と一つ置くのはこの狼の癖の一つだった。

「そうだな。切欠は確かにお前の言うとおりにひなと鬼無子と暮らし始めた事だが、この頼みごとばかりは私の我儘というものよ」

「別に悪い事じゃありませんやね。旦那の我儘とは言っても、上手くいけばお嬢ちゃん達も喜ぶと思いますよ」

「そう思うか?」

 雪輝はどことなく嬉しそうに、そして照れたように言う。その様子に、主水は胸中で旦那も随分と変わられたもんだ、と密かに驚きの念を抱いていた。
 主水夫妻と雪輝との初めての出会いは、夫妻がある妖魔に襲われていた所を、疾風のごとく駆けつけた雪輝に助けられたものである。
 しかしながらそれまで妖哭山の妖魔と言えば、同族でさえ襲って食らいかねぬ凶暴無比な者ばかりと思っていた夫妻には、新たに姿を見せた雪輝も先に襲ってきた妖魔同様に恐るべき死神としか映らなかったのである。
 もはやこれまでか、せめて妻だけでも、と覚悟を決めた主水であったが、口を開いた雪輝の第一声が、大丈夫か、とこちらの安否を問うものであった事に驚いたのは今でも鮮明に覚えている。
 それ以来雪輝との縁が出来て、時折話し相手になったり、嶽が産まれる前後には身重の妻ともども守ってくれたりと良くしてくれていたが、その頃の雪輝と今の雪輝とを比べるとこれはもう別の狼なのではないか、という位に感情表現が豊かになっている。
 精神の根底に流れる優しさは変わらぬが、以前は喜怒哀楽の表現が乏しく、それがどこか超然とした雰囲気を雪輝に付加していて、妖魔である主水の目から見ても超常的な畏怖すべき存在と見えたものである。
 翻っていまの雪輝はどうだろう。まるで子供の様に悲しみや喜びを素直に表現し、分からぬ事があれば素直に疑問を口にして、好奇心を露わにして様々な事に興味を示している。
 かつての様な威厳はすっかりとなりを潜めてしまったが、はるかに親しみを持てるようになっているし、いまを楽しんで活き活きとしている。
 いまの雪輝の姿こそがこの狼の生来の性格であるのかもしれない。そう考えると主水は、雪輝がこのように変わる切欠となったひな達に出会えた事が、天の配剤によるものではないかと思えてくる。
 それはとても幸福な事であるだろう。

「旦那、お嬢ちゃん達に出会えて本当に良かったですねえ」

 しみじみと呟く主水に、雪輝は種の壁を超えて相手を見惚れさせる笑みを浮かべて答えた。

「全くだ。あの娘達と出会えた事は、私にとって何よりの幸運だよ」



 程なくして今日の内緒の話を終えた雪輝と主水が樵小屋に顔を出すのに合わせて、主水親子は塒に帰る事となった。
鬼無子はまだ嶽を触りたいのか非常に名残惜しそうな顔を作り、主水らが見えなくなるまで手を振り続けた。
 雪輝の縄張りの中ならば安全、というのはつい数日前の話で、どういうわけでか昨今は雪輝の縄張りの中にはいなかった妖魔達が姿を見せるようになっており、妖哭山の力の序列と食物連鎖の中では下位に位置する主水達ではいささか危険というもの。
 その為、主水達が地理を把握している塒の近くまでは、雪輝が護衛として着いてゆくのが、誰言うでもなく決まりとなっていた。
 いまも雪輝の聴覚と嗅覚、更に第六感の知覚範囲内には常と比べて倍近い数の妖魔の気配がひしめき合い、殺気だっている。
 ただ奇妙なのは顔を合わせればまず互いを食い殺そうとするか、実力差を把握して逃げ出す筈であるのに、睨みあって牽制し合うばかりで殺し合いをしているものがほとんどいないことであった。
 このような事態は雪輝のこれまでの経験の中でも初めての事であり、雪輝は無意識の領域で全身に緊張と警戒の意識を巡らしていた。
 特にそれはひなや鬼無子らと一緒に樵小屋の中で寛いでいる時に度合いを強いものにしている。
 ひなからするとすっかり楽にしているようにしか見えず、床にだらんと横たわっている時にこそ、雪輝は周囲への警戒を最大限にしている。
 周囲の状況が異変と呼ぶに値するものである為、この時の雪輝の警戒の度合いはひな達と共にいる時と同じであった。
 雪輝が先頭を歩き、その次に嶽、その左右を主水と朔が固めて歩く中、雪輝が前方を向いたまま背後の主水と朔夫婦に話しかけたのは、主水達の塒まであとわずかという所での事。

「近頃妙にここら一帯で妖魔共の気配が増えているが、君達は何か知っているか?」

 雪輝以上に主水らの方にこそ重大事であろうから、自分達よりはなにか知っているかもしれないと、考えたうえでの発言だったのだが、返ってきた答えはいささかキナ臭いものであった。

「ええ、そいつがどうも元いた場所から逃げてきた連中が多いみたいで」

「逃げてきた?」

 主水に続き、今度は朔が答えた。

「はい、話を聞けるような相手が居りませんから、私共も詳しい話を聞く事が出来ておりません。ですが、かろうじて耳にした情報の断片を繋ぎ合せてみますと、どうやら……」

「待て」

「え?」

 不意に雪輝が朔の言葉を遮り、足を止める。
 主水と朔は、折り重なる枝葉から差しこむ木洩れ日が、一瞬陰ったように見えた。雪輝の固く冷たい声音が、世界の暗く残酷な本性を暴き立てたのかと思われた。
に わかに雪輝の全身から闘争の気配が滲みだす事に気付き、それが何を意味するのかまず朔が、続いて主水が理解して緊張に全身を浸す。
 狸にしては規格外に巨大な全身に緊張をこそ漲らせながらも、主水と朔は闘争の気配を纏う事はなかった。
 目の前の白銀の狼に対する絶対の信頼に加え、雪輝の敵わぬ相手であるのならば、自分達夫婦が百組いた所で、結果は変わらないと知悉しているからだ。
 二等辺三角形の耳を後方に倒した雪輝の咽喉から低い唸り声が零れだす。
 雪輝の全身から戦闘を意識した途端に抑制されていた妖気が溢れ、主水達は目の前に立つ白銀の巨狼が自分達など及びもつかない強大な存在である事を、改めて思い知らされた。
 そしてそれほど強大な存在が、自分たちの味方である事の幸運もまた。
 雪輝の青い双眸が一度だけ左右に振られる。なんら異変の見られない山中の光景の中に、如何なる異変を認めたのか、雪輝は一歩前へ。

「主水、朔、嶽、隠れておれ。そう時間はかけぬが、念のためな」

 闘争を前に全細胞に妖気を通し、身体能力を劇的に強化させる一方で、主水達に向けられた雪輝の声音はどこまでも優しかった。
 友愛の情を向ける相手に対して、雪輝は優しさと慈しみを向ける事を惜しまない。
 その雪輝の声に、主水と朔は全身の緊張を解きほぐし、それぞれに笑みを浮かべる。雪輝に対する信頼と同じだけの親愛の情が浮かばせる笑みであった。

「はい」

「すみません、雪輝様にだけお任せしてしまって」

 逆らう意見など口に出来る筈もなく、雪輝が前に進むのに合わせて、狸親子らは徐々に後ろへ下がってゆく。
 雪輝に比べてあまりにも非力な狸親子らが遠ざかるのに合わせ、雪輝は知覚の中に捉えた敵に牽制の気配を放ち続けている。
 敵がどう動こうとも、その瞬間に雪輝の体は地から地へと迸る白い雷となって襲い掛かるだろう。
 同時に雪輝の脳裏の片隅には、いくつかの疑問符が浮かび上がっていた。身を伏せて隠している者たちから感じられる妖気の質は、明らかに山の外の者達とは異なる。
 敵の正体は妖哭山内部の妖魔か?
 なぜ内部の妖魔が外部にいる?
 偶然、それともなにがしかの意図があってか?
 山の妖魔達が騒がしいのはコレが理由か?
 表には出さぬ疑問を胸の内に抱く雪輝と、いまだ姿を隠す敵とどちらが先に動くか、我慢比べになるかと思われたその瞬間に、がさりと茂みの一つが音を立てて、灰色の塊を産み落とした。
 雪輝にとっての幸いは、すでに主水達がこの場から遠ざかっていたことだろう。
 雪輝めがけて疾風の速さで飛来するその塊を、雪輝は四本の肢が大地に根を張ったかの如く、泰然と不動のまま受け止める。
 風に押されているかのような勢いをそのままに灰色の塊は雪輝の首筋に、一切の停滞なく迫り食らいつく。雪輝の首筋に食らいつくその寸前に、陽光を真珠色の何かが弾いて散らした。
 所々に白や赤の斑点を散らした灰色の毛皮を纏い、雪輝の首筋に食らいついたそれは、雪輝よりも小さな狼であった。
 とはいっても通常の狼に比べればはるかに大きな体を持っているのだが、いかんせん食らいついている雪輝が、途方もない巨体であるために成獣と子狼ほどの違いがあるように映る。
 雪輝は体表に展開していた流動する妖気の防御圏を敢えて薄くし、食いつかせた狼を王者の威嚇と共に睥睨し、自身の首を上下に動かしてそのまま地面に叩きつけた。
 確かに狼は雪輝の首筋に食らいつき、雪輝の防御圏を“突破させてもらって”はいたが、その先に待ち受けていた雪輝の体毛の防御を貫く事は叶わなかったのである。
 絹糸の柔軟さと鋼鉄と同等以上の硬度を併せ持つ体毛に絡み取られて、狼の牙は貫く力を瞬く間に喪失し、まったくの無力な存在へと堕していた。
 雪輝が自分の牙がまるで通じぬ事に驚愕している首の狼を地面に叩きつけた行為は、その気になれば狼を挽肉に出来たものを、かなり力を抜いて気を失う程度に留めている。
 例え生命を狙われてもそう簡単には相手を敵と見做さぬ雪輝であるが、今回の襲撃者に対してはいささか奇妙な対応をとっていた。
 敵と見做さば、見做す以前の態度からは信じられぬほど冷徹に、一切の容赦を排して滅殺に動くのが雪輝の常であるが、今回は既に敵と見做しているのに、さほど傷をつけぬようにと手加減を加えているのだ。
 ぎゃん、と肺の中の空気と共に短い苦鳴を零して離れる狼には目もくれず、雪輝は左右から自分の腹をめがけて飛びかかる二頭の狼に、青い視線を向けている。
 見た目こそ巨大なだけで後は尋常な狼であるが、実際には妖魔たるこれらの妖狼(ようろう)達の身体能力は、大自然の生み出した健全なる生命である狼とは比較にならない。
 狙い澄ませば空中に弧を描く飛燕をも容易く牙の中に捉える事が出来るだろう。
しかし、同じ狼の妖魔でありながら、雪輝と彼らとの間には越える事の出来ない厳然たる壁が存在していた。それは『格』という、短いが揺るがしがたい名前を持っていた。
 跳躍の一瞬前、撓めた四肢に蓄えた力を解放せんとする妖狼達の視界に、眩い白銀の輝きが光った瞬間、全身をばらばらに砕かれんばかりの圧倒的な力が妖狼達を叩きのめしていた。
 数歩後退し、振り上げた両前肢でもって跳躍寸前の妖狼達の頭を真上から踏みつけて、大地との間に挟み込んだのである。
 妖狼達の灰色の頭部を中心に、大地は陥没して蜘蛛の巣状の罅を四方に広げて、雪輝の踏みつけにどれほどの力が込められていたのかを語っている。
 巨木の幹を貫き大岩を噛み砕く鋭い牙が並ぶ顎をあらん限りに開き、鮮血と同じ色の舌を長々と伸ばして、頭蓋が軋む音を立てるほどの圧力に喘ぐ妖狼達に、雪輝は冷徹の二文字以外では表現しようのない声で問いかけた。
 ひなが耳にすれば信じられないとばかりに瞳を見開くだろう。普段の優しくて暖かい雪輝しか知らぬ少女には、別の狼の声としか聞こえまい。

「狗遠の一族の者達だな。山の内部で殺戮に狂う貴様らが、なぜこちら側に足を伸ばしている? 狗遠の命令か? 彼女が私の命を狙えと言ったのか?」

 氷の刃かと錯覚する冷たさで心に斬り込んできた雪輝の声音に、妖狼達は痛みを忘れて苦しみの呻き声を止めた。
 縫いつけられた昆虫の標本の様に、雪輝の肢ひとつで身じろぐことしかできない妖狼達は、視線を動かして雪輝を見上げた。
 怯えを主にしているが、その他に余裕? いや、嘲りの混じる視線である。
 雪輝はこれまで出会った妖狼達が自分に向けて来た視線とは違う事に、疑問という名の鑿で、白銀の眉間に浅い皺を彫り込む。
 親も兄弟も持たぬ突然変異体である雪輝に対して、妖狼達の中で表だって敵意を見せなかったのは、雪輝と番となることを望む若き長狗遠だけだった。
 狗遠の異母弟である飢刃丸は雪輝に対して一度敗北したことから、炎の様に燃える殺意を隠さぬ敵意の視線を注ぎ、その他の妖狼達は彼我の実力差から怯えの視線を向けてくるのが常の事であった。
 しかるに、今雪輝の肢によって頭を押さえつけられ、雪輝がわずかに力を込めれば頭蓋を割られて、妖気に汚染された脳味噌をぶちまける事になる窮地に追いやられた妖狼達の態度はどうだ。
 この状況では雪輝の優位は絶対的に揺るがぬ筈であるのに、まるでそれを信じてはおらぬかのように、ふてぶてしい態度をではないか。
 くくっ、とこればかりは人間とそう変わらぬ嘲りの笑い声が、妖狼達の牙の奥から零れる。

「狗遠様、いや、狗遠の命令だと? くくく、これまでは狗遠めの命令によって貴様への手出しを禁じられていたが、これからは違うのだ。もはや貴様に狗遠の加護はない」

「長である狗遠を呼び捨てにするか。どうやら、狗遠は長の地位を追われたらしいな。貴様達が長に求めるのは純粋な力だ。危機を予測し、推測し、察知し、予防し、回避する能力に長けたものではなく、敵対者を殺戮する事にもっとも優れたものを選ぶ。狗遠は、誰かに敗れたのか……」

 妖狼達は、奇妙なものを耳にした、という顔を狼の面貌に浮かべる。狗遠が長の座から零落した事を口にした雪輝の声音に、悲しみが混じっている事が理解できないのである。 
 いや、そもそも彼らには悲しみの感情そのものが理解できていないだろう。そんな感情は妖哭山の内側で生きる彼らにとって、生涯縁のない代物に過ぎない。
 彼らにとって未知の響きが、雪輝の声の中に込められていたから訝しんだだけなのであろう。
 遠い目をしていた雪輝は、すぐに気を取り直して肢下の妖狼達を睥睨する。
 それは正しく妖狼達の記憶の中に在る、妖哭山に住まう狼の妖魔の中で最強と謳われる白銀の狼に相応しい、孤高の高みから地上の塵芥を睥睨する王者の眼差しそのものであった。

「その口ぶりでは理解しておるまいが、私が貴様らに我が牙と爪を振るわなんだのは、狗遠の身内と思えばこその事。貴様らがすでに狗遠の下ではなく何ものかの走狗となり下がったというのならば、貴様らの命を奪う事に遠慮する理由はない」

 青い水面の映る満月を思わせる雪輝の瞳に、小さな、しかしこの上なく冷たい殺意の光が宿る。それは見つめられた者の心臓の鼓動を止め、背筋を凍らせる魔性のモノの瞳であった。
 妖魔とは、少なくとも妖哭山の妖魔は、例え肢を引きちぎられようと、腹を割られ臓物を引きずり出されようと、首を刎ねられようとも、命の躍動が止まる最後の瞬間に至るまで敵対者に死を齎すべく足掻く。
 生存への欲求よりも破壊と殺戮への衝動と欲求の方がはるかに上回る歪な、いわば不自然な生命であるからだ。
 しかして雪輝の瞳は、例え命尽き果てんとしている瞬間でさえ、最後まで相手の息の根を止める事に執念を燃やす異形の生命たる妖魔である妖狼達をして、愕然と瞳を見開いて抗弁の口を凍らされる恐怖そのものであった。

「狗遠を長の座から追い落としたのは、飢刃丸だな」

 それは質問でも尋問でもなく、単なる確認であった。
 飢刃丸は妖狼達の中で狗遠を打ち倒す事のできる可能性がある者の最右翼だ。妖哭山で、特に内部に住まう妖魔達に置いて、血族であるからといってそこに情が存在する事はまずあり得ない。
 血を分けた子も、兄弟も、同胞もすべては互いに争いを生き残るために必要な戦力――戦いの為の道具としか見做していない。
 なんらかの理由によって戦えなくなったのなら、その場に見捨てて行くというのはまだましな方で、同族でさえ食い殺して腹の足しにする事がほとんどなのである。
 ましてや飢刃丸が、雪輝に対する敵対行動を禁ずる姉の事を大いに疎んじていた事は、雪輝でさえ気づいていた。
 飢刃丸の名にわずかに肢の下の妖狼達が反応したことから、雪輝は自身の推測が正しかった事を認める。

「飢刃丸がどのようにして狗遠を長の地位から追いやったのかまでは知らぬ。だが、私への怨讐に目を曇らせたままでは、あ奴が私に一矢報いる事な出来はせぬ。私が貴様らに対し牙を剥かなかったのは、なにより狗遠が長であったからこそ。断じて貴様らの力を恐れての事ではない」

「…………」

 雪輝に頭部を踏みつけられたままの二頭の妖狼達も、そして雪輝に地面に叩きつけられた衝撃から目を覚まし、隙を伺っていた妖狼も、雪輝の言葉と瞳に込められた氷雪の殺意と迸る殺傷を辞さぬ気配を交える攻撃的な妖気を浴びて、心胆をこの上なく寒からしめている。
 それは雪輝の言葉に、嘘偽りの響きがわずかにも存在していない事を理解したからである。
 目の前の白銀の狼は、告げた言葉通りに狗遠が長でなければ妖狼達と争わぬ理由はない、必要とあれば貴様らを全滅させる事も出来るのだ、と単なる事実として告げているのだという事を。
 この時、妖狼達は初めて新たな長となった飢刃丸の命令に、疑問と後悔の念を抱いた。
 白銀の狼に牙を剥く、その事の本当の意味を我らと飢刃丸様は本当に理解していただろうか、と。
 改めて体感した雪輝との格の違いに、冷や汗をかく事も出来ない妖狼達は、不意に自分達の頭を押さえつけていた雪輝の肢がどかされている事に気付く。
 雪輝の首筋に食らいつき、大地に叩きつけられてその場で雪輝の放つ重圧に身動きが出来ずにいた妖狼も、全身を押し潰さんとする圧力の突然の消失に気付いた。

「帰るがいい」

 恐怖に魂と体を凍らせていた妖狼達にとって、短く告げられた雪輝の言葉は理解しがたいものであった。
 それまでの殺意の炎を小さなものに抑え、雪輝は無防備なほど呆気なく妖狼達に背を向けるのみならず、主水達の向かった先に向けて歩を進めているではないか。
 なにを、と妖狼達は問いただしたかったことだろう。
 自分達を殺さぬ理由を、まるで警戒している様子もなく背を向ける理由を。
 気配でそれを悟ったか、雪輝は歩みを止めることなく告げた。

「お前達に何が出来る。背を晒す私に、三頭がかりで、何が?」

 それは圧倒的強者の傲慢でも余裕でもなく、生ある者にはいつしか死が訪れるのと同じ様に、揺るがしがたい事実であると雪輝の声音は冷たく、それ以上に厳しく告げていた。
 あるいはそれが雪輝の最後の警告と慈悲であったのかもしれない。再び我が身に襲い掛かってくるのならば、もはや容赦はしない、そして手を出さぬのならこのまま見逃すと。
 そして、その雪輝の言葉の正しさを証明するように、雪輝の姿が遂に木々の彼方に消えるまで、妖狼達はただただその場に立ち竦むことしかできなかったのである。
 雪輝の姿が消えた後、妖狼達の胸に去来したのは屈辱の炎ではなく、死を告げに訪れた筈の死神が、何もせぬままに立ちさった事に対する安堵の一念であった。
 背後で彫像のごとく立ち尽くすだけの妖狼達を意識の外に捨て、雪輝はすぐさま主水達の後を追うべく、歩みを速める。
 主水達はまだ幼い嶽がいることもあってか、妖気や匂いを隠しきれずにいるから、追跡は容易であった。
 追跡を始めてからほどなくして、灌木の根本にある洞の中に隠れた主水達の匂いと気配を感知した雪輝は、洞のすぐ近くで足を止めてから、ひょいと顔を伸ばしてその中に居ある主水達に声を掛けた。

「私だ。あれらはもう追い払った。出てきてくれ」

「旦那、ご無事ですかい?」

 雪輝の声にこたえて最初に顔を覗かせたのは主水であった。
 いくら雪輝とは言え複数らしい敵を相手に、怪我をしないで済むかどうか、とどうしても心配せずにはおられなかった為に、真っ先に雪輝の安否を問う声を出したのである。
 まず首を出し、次いで両前肢をじたばたと動かして洞から這いずり出てきた主水に、その愛嬌のある様子と思わず笑みを誘う滑稽さから雪輝は自分を案じてくれたのだと分かり、相好を崩した。
 その雪輝の様子は嬉しさを隠さぬものであった。他者から向けられる好意にいまだに慣れていないのである。

「あの程度の相手ならどうとでもできる。それよりも主水、朔、嶽、事態は私が思う以上に危険なものだった」

 主水達と話す時には穏やかであるはずの雪輝の声音が、固く強張っている事に、主水達は自分達の手に負えない事が起きているのだと、否応なく理解させられた。
 妖哭山外側に置いて雪輝はほぼ最強の座に座る妖魔であり、内側でも十分に通じる力を持っているはずだ、と主水達は勝手ながらに推測している。
 その雪輝が危険と口にした以上は、これは主水達に成す術などあろうはずもない事態であることは明白。
 良くも悪くも嘘のつけぬ雪輝は、それが吉事であれ凶事であれ正直に口の端に乗せてしまう。自分の言葉が相手に与える不安や恐怖というものを、いまひとつ察しきれぬ未熟さのせいである。

「妖哭山の内側の妖魔共がこちら側に出てきている。外側の者達が騒がしかったのはその所為だ。私は事態の収拾を図るつもりだが、それでも山には血の雨と死の風が吹くであろう。お前達は山を出よ。朔がおれば外でもやっていけよう」

「内側の、って旦那が前いた所の連中ですかい!?」

 飛び上がらんばかりに驚く主水に、雪輝は淡々と事実を告げる。

「ああ。外の妖魔達と違って獣そのものの姿を持った者達が多いが、外側の者達よりも強く、残忍だ。一刻でも早くした方が良い。私が出くわしたのは狼であったが、それ以外の者が来ておらぬとは限らぬ」

 険しさを増す雪輝の声と雰囲気に、主水と朔は互いに顔を見合わせた。
 あまりにも急な雪輝の忠告であったが、この狼が嘘を吐くわけもなく、心底から自分たち親子を心配しているからこその言葉である事は、良く分かる。

「急に言われてなにをと思うだろうが、ここは私を信じて山の外に避難してはくれぬか? 君達が出来うる限り早くこの山に戻ってこられるよう、最善を尽くす」

 紛れもない誠(まこと)の込められた雪輝の言葉であった。他者に対して誠意を示す事を惜しまないのは、この狼の美点の一つと言える。単に嘘を吐けない性格だから、というのがいささか珠に疵ではあったが。
 主水夫妻は雪輝の誠実さに答える様に、真摯な顔つきで雪輝の瞳を見つめる。左右の青の瞳に、主水と朔の姿を映して、雪輝は黙して二頭の言葉を待つ。

「分かりました。旦那のお気持ち、ありがたく頂戴いたします。なあにおれらはもともと身一つで山野を駆け回って生きて来たんでさ。場所が変わったってなんとかなりますし、なんとかします。おれには朔と嶽もいますから」

「はい、夫もこれで如才ない所がございますし、私ももとは妖哭山の外から参った他所者でございますから、夫婦と子供で暮らして行くくらいは大丈夫です。いざとならば私の父や同胞に頼る手もございますから」

「そう言えば朔のお父君は名のある大霊狸かもしれぬ、と鬼無子が申しておったな。これは訪ねることになったら、嶽は可愛がってもらえるかも知れんが、主水は口の利き方に気をつけなければならぬやもな。顔を見せた事はないのだろう?」

 珍しく他者をからかう雪輝の言葉の効果は、まさしく覿面であった。
 主水は団栗の形をした尻尾を、雷に打たれた様に逆立たせて、目と口を限界一杯にまで開いて固定する。
 主水自身には自覚のないことだろうが、生まれつき道化めいた才覚のある狸なのだろう。

「ええぇえ!?」

「まあ、それは大変。私が父との仲立ちを務めませんと、夫の命が危のうございますね」

 ころころと笑いながら、朔が雪輝のからかいに乗じてそんな事を言うものだから、主水は開いた目と口とをそのままにして、ぐりんと首を動かして愛妻の顔をまじまじと凝視した。

「さ、朔、お前、いつだったかお前のお父さんは大らかな方だと言っていたじゃないか!」

「ええ。身内には優しい方ですよ。ですからお婿さんやお嫁さんで来られた方にはいささか厳しくなってしまうのです」

 笑みを押さえながら、ではあったが朔の言った事に偽りはなかった。言葉も出ない様子の主水に、そろそろからかうのはよしましょう、と主水を安心させるべく口を開く。
 夫への愛情は確かなものであったが、そこには年下の恋人をからかう姉女房の悪戯っぽさが混在しているらしかった。

「安心して下さいな、あなた。あなたは私が自分の意思で選んだ殿方です。必ず父の目にも適うことでしょう。ね、嶽?」

「くう!」

 何時の間にやら朔と主水の間に鎮座していた嶽が、大好きな父親の顔を見上げて、同じく大好きな母親の言葉を肯定する。
 妻と息子に励まされた主水は、なんとも分かりやすくそれまでの動揺をあっという間に消し去って、照れ臭そうに自分の頭の後ろを右の前肢で掻いてみせた。妙に器用な狸である。

「そ、そうかな?」

「ええ、自信を持ってくださいましな」

「うん」

 主水の百面相とでも言うべき変貌ぶりに、雪輝は思わず忍び笑いを漏らしたが、鬼無子やひながいたら、普段の雪輝とそう変わらないと思うに違いない。
 夫婦と親子のやり取りを微笑を浮かべ、暖かな気持ちで見守っていた雪輝であるが、これ以上目の前の三頭を山に留める事は危険だ、という意識を忘れていたわけではなかった。

「私は暫くこの辺りを探って外側の妖魔達を牽制してくる。例え屍の山を築こうとも奴らの好きと勝手にはさせぬ。しばしの別れだが、なに、すぐに元通りにして見せよう」

 告げるや否や、雪輝は颯爽と踵を返して主水達に背を向ける。
 主水達には遠ざかる雪輝の背が纏う厳しさと冷酷さの影が、決して似合っているものとは見えなかった。
 目の前の狼にはあのひなと鬼無子と共に笑みを浮かべている姿こそが最も似合う。
 だからであろうか、主水は千の言葉を尽くして伝えたいと思いながらも、胸が詰まりただひとつの言葉だけを雪輝の背に送った。

「旦那、どうかご無事で」

「お前達も、達者でな」

 背後を振り返り、狼の面貌にも明らかな優しい笑みを浮かべて、雪輝は一時の別れを主水達に告げた。
 再び無事に出会う事を願う言葉の残響が消え、雪輝の姿が見えなくなるまで、主水達は木漏れ日の中に遠ざかる雪輝の姿を見送り続けた。


 青く透き通る空に悠々と翼を広げた影に、一条の白銀の光が差し込んだ。大地から天へとさかしまに落ちる雷を思わせる、電光石火の速さであった。
 空に浮かぶ影は翼長二丈(約六メートル)にもならんとする、途方もなく巨大な鷹である。
 風を捕まえて力強く羽ばたく翼や一掴みで人間の二人も三人も浚って行けるような足も、そこに鋭く伸びる禍々しい爪も、なにもかもが巨大だ。
 しかし、その首は付け根から赤い血飛沫を撒き散らしながら空中を舞い、首と生き別れにされた胴体は、羽ばたく事を忘れて大地へと落下し始める。
 妖哭山内側に生息する魔鳥の中でも凶悪無残な殺戮鷹を一撃の下に殺傷せしめた白銀の光の正体は、言うまでもなく雪輝である。
 はるか上空を舞い、地上の獲物を狙っていた妖鷹(ようおう)を見つける度に、このように爆発的な跳躍力を持って、妖鷹へと襲い掛かりそのすべてを一撃の下に滅ぼしているのだ。
 目標の首を噛みちぎり、空中で体を支えるものもなく重力の見えざる鎖に巻かれて落ち行く雪輝の知覚に、純然たる殺意で構成された殺気の針が突き刺さる。
 雪輝は妖鷹の異臭を放つ血で赤に濡らした牙を剥き出しにしたまま、殺気の針の放出元へと視線を向けた。
 視覚と嗅覚、触覚、直感に加えて、水に落とした墨の一滴の様に薄めて四方に放出している妖気による探知網に、いくつかの殺意で血肉を形作っているかのような気配が触れている。
 いまだ空中にある雪輝を中心に旋回している妖鷹達である。既に外側に生息する空の妖魔達を駆逐し終えたのか、目に着くのは外側の飛行妖魔達ばかりであった。
 雪輝の全身から漂う尋常ならざる妖気に気付いてはいるだろうが、常に満たされる事のない飢餓と、殺戮への欲求に突き動かされている妖鷹達は、ひと際強い羽ばたきと共に雪輝を目指して急下降ないしは急加速を行い、生ける弾丸となって白銀の狼へと襲い掛かる。
 空中で凄惨なる鳥葬が催されるその寸前、雪輝が虚空を蹴り、狙い澄ました妖鷹達の視界から消失する。
 いや、雪輝が蹴ったのは虚空ではなかった。わずかに一瞬だけ大気中の水分を凝縮させて、作り出した氷の足場を蹴ったのである。
 雪輝の跳躍と同時に氷の足場は砕け散って遮る物のない陽光の中に溶け消える。
雪輝が存在していた空間を、妖鷹達の嘴と爪が通り過ぎ、なんら成果を得られなかったその次の瞬間、彼らの首は噛み千切られ、頭部は割られ、全身を燃やし尽くされ、一羽の例外もなく絶命した。
 再び氷の足場を作りだしてそれを蹴って、再度白銀の雷と化した雪輝の、一切の容赦なき非情なる殺戮の連続である。
 知覚内の外側の妖魔を一通り掃討し終えた事を確認し、雪輝は今度こそ優しくも拒絶を許さぬ重力の手に体を預けて、ゆるゆると大地に落下した。
 踏みしめた草こそ雪輝の四肢に押し潰されたが、それ以上大地が窪む事もなく巨大な狼の着地音もなにもない。
 この世のいかなる狼にも勝さる美しい姿には、あらゆる音が伴う事を遠慮しているのかもしれなかった。
 最初に遭遇した妖狼から数えて先ほどの妖鷹に至るまでの間に、既に主だった内側の妖魔達とあらかた遭遇し終えている。
 長の変わった妖狼達が外部に向けて殺戮の牙を振るうのは、まだ分からなくもないがそれが他の妖魔種にまで及ぶとなると、これは雪輝がいくら頭を捻ってみても答えを見つけられそうにない。
 妖狼達の動きを真似て? あるいはその動きを牽制するために? あるいは白猿王を滅ぼした我が身を狙って?
 ここは一度ひな達の元へと戻り、事態の異変を告げて鬼無子の知恵を拝借するほうが事態の改善には建設的であろう、と雪輝が首を巡らして視線を樵小屋の方角へ向けようとし、不意にその動きが針で大地に縫いつけられたように止まる。
 雪輝の知覚の琴線に何かが触れたのである。
 四方は変わらぬ木々と草花が造り出す山中の光景が続いている。
雪輝が屠った妖鷹達の死骸に、他の妖魔や野獣達が群がって骨の髄に至るまで啜ってはいるが、それはこの妖が哭き叫ぶ山では日常の範囲だ。
 雪輝はついと顔を上げて、鼻を幾度かひくつかせて秋風の中に混じる異分子の匂いを嗅ぎ取る事に集中する。
 憶えのある匂いであった。そして現在妖哭山に吹き荒れている濃厚な血臭を孕む風を止ませるのに、おそらくは一助となるであろう存在の匂い。

「命は助かっていたようだな」

 雪輝は匂いの元へと可能な限り早く辿りつくべく、四肢の運びを滑らかなものにする。
 内側の妖魔達はともかくとして、外側の妖魔達で雪輝に挑む命知らずはよほど知能の低い、本能のみで動いている類の妖魔くらいのものだ。
 周囲の内側の妖魔達はあらかた掃討し終えている為、雪輝の肢を止めんとするものが姿を見せる事はなかった。
 既に雪輝が訪れる前に内外の妖魔同士での抗争があったようで、大地が抉られ木は薙ぎ倒され、膨大な量の流血が既に凝固して黒い領土を広げている。
 ただし死骸はない。わずかな肉片や骨の欠片もない。全て生き残った方の胃袋に収まっているのだろう。
 雪輝は鬼無子やひなの食事風景に対する憧れと興味を吐露し、最近では時折食事を共にするようになっていたが、妖魔の死骸ばかりは到底口にする気にはなれなかった。
 倒木が砦の防壁の様に折り重なっている一角の内側に、雪輝は風に舞う蝶を思わせる軽やかな跳躍で飛び込んだ。
 妖鷹を抹殺した時と同じように、静謐と伴う着地と同時に、雪輝は目の前でこちらに警戒の眼差しを向けている妖魔に声を掛けた。

「無事で何よりだな、狗遠よ」

「皮肉か、銀色の」

 久しぶりに銀色と呼ばれた事に、雪輝はどこか懐かしい気持ちになって小さな笑みを浮かべた。雪輝の視線を受けて倒木に背を預ける様にして、かつて妖狼の長として君臨していた若き雌狼、狗遠は自嘲と共に答えた。
 口の利き方を間違えれば躊躇なく相手の手足の一本どころか、首ごと噛み千切りに行く苛烈さが、狗遠の常であったが、相手が雪輝であるからなのかそれとも凋落の衝撃によってか、牙を剥く事さえしない。
 雪輝にも匹敵する巨躯を長々と横たえる狗遠の体からは、乾いた血の匂いが昇り立っている。
 出血そのものは既に収まっているようだが、失った血と体力はまだ取り戻せていないのだろう。狗遠から感じ取れる妖気は、雪輝の知るものと比べて大幅に減衰している。
 四肢の欠損などはなく五体満足ではあったが、腹のあたりに赤い染みが広がっているし、心身ともに衰弱しているのは間違いない。
 弟に図られて長の地位を追われ、他者に対して強い警戒を示す所であろうに、狗遠は自分に近づいてくる雪輝を、邪険にする事もなかった。

「外側の妖魔達がずいぶんとこちら側に移ってきている。最初に出会ったのはお前の同胞であった。その時にお前の事を聞いたぞ」

 一間の距離を置いて肢を止めた雪輝の言葉に、狗遠は屈辱の記憶を思い起こされて、不愉快気に顔を背ける。

「飢刃丸ごときに後れを取った我が身の愚かさが憎らしいわ」

「そこが解せぬが、怪我をしている女子(おなご)に無理に口を開かせるのも良くはないか。動けるか? とりあえずこの場を離れようと思うが」

 狗遠の身を案じる雪輝の言葉に、狗遠は理解が及ばぬのか白銀の狼面を正面から見つめて、訝しさを隠そうともせずに瞳を細めた。
 妖狼達が雪輝の悲しみを理解できなかったように、狗遠もまた雪輝の心の動きが理解できないのである。ましてや血の繋がりも何もない自分を案じるなど。

「お前は私を食おうとは思わぬのか?」

 この狗遠の言葉に、今度は雪輝が理解できないと言う顔を拵える。いや、確かに内側の妖魔たちなら共食いも日常茶飯事であるのだが、それを自分にも当て嵌められるとは思わなかったのである。

「なぜその様な事を聞く。そも私が食物を必要とせぬ身の上である事はお前とて知っていように」

「……だが、他の妖魔を喰らえば力を高める事が出来るのはお前とて同じであるはず」

「他の妖魔を滅ぼした事はあるが、食らった事はなくてな、どうなるか分からぬよ。まあ、白猿王やら怨霊やらと戦う度に、少しばかり強くはなっている様だがな。それで、動けるのか、動けぬのか、どちらだ?」

「動く事は出来る。ここに来るまでの間に、傷は塞がっているからな。だが、全力で走る事は難しい」

 自分の弱みをこうも正直に口にしている事に、狗遠は疑問を抱いていない様子であった。例え同族であろうと決して弱音を口にした事のないのが、狗遠であったが雪輝ばかりは狗遠自身も気づいていない例外であるらしい。
 ひどくゆったりとした動作で、体に負担がかからぬように立ちあがる狗遠の様子に、本調子からは余りにもかけ離れている事を悟り、雪輝は立ちあがった狗遠の腹の下に自分の体を潜り込ませた。

「な、銀色、何をする!? 降ろせ、ええい、降ろさぬか」

 喚き立てる狗遠を無視して、狗遠を背中に乗せたまま雪輝はゆるりと歩を進め始める。

「全力で走れぬと言ったのはお前であろう。とりあえずお前を匿える所に連れて行く。食べ物は私が適当に用意するから、お前は体力の回復に努めると良い」

 狗遠の身を案じての雪輝の言葉であったが、それが狗遠にはなによりの疑問となった事に、雪輝は気づいていなかった。

「銀色、お前はなぜ私に肩入れをする? 血の繋がりも何も無かろうに」

「そんな事が気になるのか? いや、お前たちならばそうか。なに、私が内側に居た時、お前だけは私に敵意を向けなかったからな。敵意ばかりを向けてくる者達の中で、お前だけが例外だった。お前は気づいて居らんかったのかも知れんが、私にとってそれはとても喜ばしい事だったのだ」

「ふん、お前の血を我らの一族に入れれば、山での闘争に終止符を打てると思ったまでの事だ。もっとも、お前は私の求めに応じる事はなかったがな」

 雪輝の背中で揺れながら、狗遠は抗議する事は諦めたのか、愚痴を零しはじめている。雪輝は狗遠の好きなように喋らせることにした。それ位は男の甲斐性だ、と考えていたのかもしれない。

「あの頃の私にはお前の求めている事が良く分からなかったからな。とはいえ、お前が他の者達と違う事は認識していた。今、こうしてお前を助けようとしているのも、その為だ。それでもなお納得が行かぬのなら、お前に手を貸して妖狼の一族だけでも味方にしようとしている、と思っておけ」

「恩を感じるほど、我らは殊勝には出来ておらぬ」

「それでも良いさ。頼まれてもいない事を、私が勝手にしている事なのだから」

 つまるところ見返りを求めてはいない雪輝の行為に、狗遠は終始理解が及ばぬようで、自分を担ぐ雪輝の事を、異次元の生物を前にした眼差しで見つめていたが、結局それ以上文句を言う事はなかった。


 七風の町の中心部に広がる武士らの住まう一角の片隅に、その屋敷はあった。
 櫓の着いた黒渋漆塗り、白海鼠壁の長戸門を備えた豪奢な屋敷である。織田家の中でも特に石高の高い家臣にのみ許される門構えの屋敷だが、これはいささか奇妙なものであった。
 七風の町を統治する領主は中心部に聳える城に住んでいるし、その領主以外にこの造りの屋敷を構える事を許された者はいないはずであった。
 屋敷が領主の邸宅や妾を囲うためのものでない事は、門に掛けられた表札に記された名前からも分かる。
 だから、この屋敷は存在する事自体がおかしいのだ。ただし、公的には、とつく。
 その屋敷の奥に設けられた四十畳はあろうかという大広間は、一切の灯りが灯されておらず、また四方の障子や襖は閉じられて外界からの光の侵入を拒絶している。
 その大広間に、あの美貌の妖剣士黄昏夕座が居た。朝廷と織田の国境で死と破壊を振りまいていた赤死党を壊滅させたその足で、七風の町に設けられた夕座の為の屋敷に帰っていたのである。
 妖魔改の番所と分けられているのは、あの場に夕座が常駐しては要らぬ一方的かつ凄惨な死が生まれる事を、これまでの惨劇から妖魔改と織田家の上層部が理解した為であったし、夕座を市井の人々から隔離する為でもあった。
 襖の向こうから、夕座に声が掛けられた。影座である。
 声ではなく視線だけ襖に向けた夕座の気配が答えであったのか、音もなく襖が開かれて、黒い衣装で全身を覆った影座が首を垂れていた。
 襖が開かれた事で、大広間に立ちこめていた凄まじい匂いが影座の全身を包み込む。
 男と女が体中から溢れさせた体液が気化する事によって発生する、濃密な淫臭であった。大気がいやらしい薄桃色に染まっていないのが不思議なほどに濃密で、一嗅ぎでどんなに厳格な戒律を守っている尼僧や神職に在る者でも欲情の嵐に襲われるだろう。
 影座が頭を上げて大広間の中央でしどけなく裸身を晒す主の姿を見つめる。暗がりの中に白々と浮かび上がる夕座の逞しい体に、白いものがいくつも絡みついていた。
 稀に存在する白い鱗の大蛇かと見えるそれは、女の腕や足であった。
 かすかな光に照らし出された大広間の中を見渡せば、先日夕座の欲望を受け止めた影兎や影馬の姿を見つける事が出来る。
 だが大広間に人形の様に転がっているのは影馬と影兎の双子の姉妹ばかりではなかった。彼女ら以外にも五人、いや七人はいる。若きは十代後半、年長のものでもおよそ二十代後半と言ったところか。
 一人の例外もなく一糸を纏わぬ裸身を晒して、穴という穴から雄の欲望の名残をどろりと垂れ流しにしている。裸身の色も、白や黄ばかりでなく褐色、黒、血の気のない青白いものなど多種多様に富んでいる。
 特異なのはこの多種多様という言葉が文字通りである事だ。
 影馬と影兎は純粋な人間であったが、大広間に転がる女性達の中に、耳が笹の葉の様に伸びている者や頭頂に獣の耳を生やし、尾てい骨の辺りから尾を生やしている者、あるいは肩甲骨の辺りから鳥の羽を生やしている者など、人間種以外の女性達が含まれているのだ。
 神夜国の主要な種族は人間種であるが、十三大神の創造した人間以外の亜人種も生息しており、それぞれの生活を送っている。
 連日連夜繰り広げられた荒淫の果てに気をやって転がっているのは、人間種以外で妖魔改に所属し、夕座の配下となっている者達なのである。
 様々な獣の特徴を持った獣人種(ワービースト)、古来より存在する深き森林に住まう緑樹人(エルフ)、地下に広がる大空洞や洞窟に住まう黒樹人(ダークエルフ)、峻嶮な山岳地帯に住まう羽在人(ハルピュイア)、高位緑樹人(ハイ・エルフ)と対を成す亜神人(シリアン)、と種族も年齢も外見も異なる美女たちとの道徳と倫理の乱れ切った行為を終えて、夕座は気怠るく忠実な下僕に瞳を向ける。
 影座は大広間の光景にはさしたる興味はなく、というよりはすっかり見慣れているので拘泥する様子はなく、淡々と口を開く。

「退魔士百名、兵五百、揃いましてございます」

「私とお前と、妖魔改の者が総勢三十。六百と三十か。退魔士は十分の一も残るまいが、兵とこの者らはなるべく残さねばならぬな」

 夕座は自分の膝の上ですやすやと安らかな寝息を立てている影兎と影馬の頭を撫ではじめた。意外にも優しい手つきである。自分の所有物に対しては、それなりに愛着を覚えて大切に扱うらしい。

「大狼を討つだけならば、夕座様お一人で事足りるかと」

「私はものぐさでな。楽をしたいのだ、楽を」

 全くこの方は、と影座は深い溜息を吐いた。何度吐いたか分からぬ溜息であった。

「では女人一人を手に入れる為に、妖魔の跋扈する山に向かうなどと仰られますな。金も人も時も使いまする」

「お前も言う様になった。初めて私の下に来た時は子犬の様に震えておったものを」

「貴方様にお仕えして長うございますゆえ」

 影座の声の響きからして、少なくとも夕座よりは年上であろうに、これではまるで夕座の方が影座よりも年上であるかのような、二人のやり取りだ。

「まあよい。この者達の体を休めてから、妖哭山に向かうぞ。退魔士どもを餌に山中の妖魔を尽く殺せ。まあ、返り討ちにあうものがほとんどであろうがな。その後、私が先陣を切って山に踏み入る。兵達には第二種対妖魔戦の用意をさせておけ。我らの後を着いてこさせれば死人はそうは出まいよ」

「はっ。仰せのままに」

 雪輝は知らなかった。妖哭山の内部でのみ活動する筈の凶悪な妖魔達の突然の凶行のみならず、鬼無子に妄執を抱く妖剣士夕座までもが、妖哭山に向かい狂気と敵意を向けて迫りつつある事を。
 この後、まもなくして自分自身に襲い掛かる苦難の連続を。

<続>

>天船さま

ご指摘をありがとうございます。早速修正いたしました。夕座はあれです、鬼畜ゲーの主人公的なキャラクター造形を心がけておりますです。雪輝も極端な所があるので、サブタイトルどおりの真似をしかねない危うい所のある狼です。ご期待に添える努力いたします。

>ヨシヲさま
( ゚∀゚)o彡°モッフる!モッフる!(挨拶お返事)
なんだかんだでひなを危険に晒してきたのが雪輝ですからね。二度目が三度あるのか三度目の正直、ということでひなが無事に住むのか、難しい所でございます。夕座は、わりと気に入っている人物ですので、これからも活躍してもらうつもりです。

>taisaさま

 クロビネガさんというサイトは初めて耳にしたので、調べてみましたらなんともはや魅力的なところでした。ジョロウグモに関してはまさにあのサイトさんのイラストどおりですが、スケルトンの方はまんま武者鎧を着た骸骨です。ただ、鬼無子が死んだらあのイラスト系統のスケルトンにはなるでしょうね。胸を大増量しないとですけれども。
 ネタ読みの事をお気になさっていますが、私としましては、イエスだね、とブレンパワードの台詞にて返答させていただきたいと思います。シリアス真っ最中なので、いささか言い回しは変るかと思いますが、その時はご容赦ください。

ではではここまでお読みくださった皆様と感想を下さった皆様に感謝を。ありがとうございます。大変励みになります。では、また次回で。

2/7 修正


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