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No.19828の一覧
[0] 少女の愛した狼 第三部完結 (和風ファンタジー)[スペ](2022/01/30 08:17)
[1] 命名編 その一 山に住む狼[スペ](2010/11/01 12:11)
[2] その二 出会う[スペ](2010/11/08 12:17)
[3] その三 暮らす[スペ](2010/10/23 20:58)
[4] その四 おやすみ[スペ](2010/06/28 21:27)
[5] その五 雨のある日[スペ](2010/06/29 21:20)
[6] その六 そうだ山に行こう[スペ](2010/06/30 21:43)
[7] その七 天外という老人[スペ](2010/07/01 20:25)
[8] その八 帰る[スペ](2010/07/03 21:38)
[9] その九 拾う[スペ](2010/07/12 21:50)
[10] その十 鬼無子という女[スペ](2010/11/02 12:13)
[11] その十一 三人の暮らし[スペ](2010/07/07 22:35)
[12] その十二 魔猿襲来[スペ](2010/07/08 21:38)
[13] その十三 名前[スペ](2010/09/11 21:04)
[14] 怨嗟反魂編 その一 黄泉帰り[スペ](2010/11/01 12:11)
[15] その二 戸惑い[スペ](2011/03/07 12:38)
[16] その三 口は災いのもと[スペ](2010/11/08 22:29)
[17] その四 武影妖異[スペ](2010/12/22 08:49)
[18] その五 友[スペ](2010/10/23 20:59)
[19] その六 凛とお婆[スペ](2010/10/23 20:59)
[20] その七 すれ違う[スペ](2010/10/23 20:59)
[21] その八 蜘蛛[スペ](2010/10/23 20:59)
[22] その九 嘆息[スペ](2010/10/23 20:59)
[23] その十 待つ[スペ](2011/03/25 12:38)
[24] その十一 白の悪意再び[スペ](2010/12/01 21:21)
[25] その十二 ある一つの結末[スペ](2010/11/08 12:29)
[26] 屍山血河編 その一 風は朱に染まっているか[スペ](2010/11/04 12:15)
[27] その二 触[スペ](2010/11/09 08:50)
[28] その三 疑惑[スペ](2010/11/13 14:33)
[29] その四 この子何処の子誰の子うちの子[スペ](2010/11/20 00:32)
[30] その五 虚失[スペ](2010/11/22 22:07)
[31] その六 恋心の在り処[スペ](2010/11/29 22:15)
[32] その七 前夜[スペ](2010/12/13 08:54)
[33] その八 外[スペ](2010/12/22 08:50)
[34] その九 幽鬼[スペ](2010/12/27 12:12)
[35] その十 招かざる出会い[スペ](2011/01/03 20:29)
[36] その十一 二人の想い[スペ](2011/01/07 23:39)
[37] その十二 味と唇[スペ](2011/01/16 21:24)
[38] その十三 雪辱[スペ](2011/02/16 12:54)
[39] その十四 魔性剣士[スペ](2011/02/01 22:12)
[40] その十五 血風薫来[スペ](2011/05/25 12:59)
[41] その十六 死戦開幕[スペ](2011/02/24 12:21)
[42] その十七 邂逅[スペ](2011/03/20 20:29)
[43] その十八 妖戦[スペ](2011/03/23 12:38)
[44] その十九 魔弓[スペ](2011/03/31 09:00)
[45] その二十 死生前途[スペ](2011/05/17 08:55)
[46] その二十一 仙人奇怪話[スペ](2011/05/22 21:31)
[47] その二十二 魔狼と魔剣士[スペ](2011/06/05 20:58)
[48] その二十三 真実[スペ](2011/06/20 12:56)
[49] その二十四 別離[スペ](2011/09/02 23:49)
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[19828] その六 恋心の在り処
Name: スペ◆52188bce ID:e0398f80 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/29 22:15
その六 恋心の在処


 鬼無子と雪輝との間に満ちる無音の雰囲気を打ち破ったのは、腹ばいになっている雪輝の身体に全身を預けていたひなの口から零れた、妖精の吐息の様に小さな寝起きの声であった。

「ふぁ……。あ、いけない。私、眠ってしまったのですね」

「おはよう、ひな。よく眠れたかな。なに、まだ日は高いから気にする必要はない。そうでありますな、雪輝殿」

「ああ。それはそうだが……」

 雪輝の毛並みのふわふわもこもことした感触の心地よさと、思う存分雪輝に甘えたことに満足したひなは、自分でも知らない内に深い深い眠りの世界に入ってしまっていた事を悟り、瞼を瞬いて霞がかかった様に頭に残っている眠りの霧を払おうとする。
 どうにも歯切りの悪い雪輝に奇妙な印象を受けて、どうかしたのかしら? とひなは不思議に思いながら雪輝から自分の上半身を起こし、鬼無子の姿を黒瑪瑙の瞳に映した所で、驚きの表情を表す仮面を被った。
 まだ眠たさの名残が残る瞼を小さな握り拳でこすりこすりしながら目を覚ますと、身体を預けていた雪輝の体勢などには変わりがなかったのだが、どういうわけでか向かいに座っている鬼無子の様子が、ひどく悲しげなのである。
 いや、悲しいという言葉では千回万回繰り返しても全く及ばないくらいの辛い感情が、鬼無子の心の中に去来しているのは間違いない。それ位の事が分かる程度には、ひなは鬼無子の事を理解している。
 鬼無子は目を覚ましたひなにおはよう、と告げたきり穏やかなまなざしでこちらを見ている。纏う雰囲気と浮かべる表情がまるでそぐわぬ事が訝しく、ひなは雪輝に問いを発した。
 聴覚もまた人間離れている鬼無子にはこの距離で声を潜めた所でまるで意味がないが、鬼無子の耳に届くような声で話す事は自然と憚られ、ひなは声を閨で交わす甘い睦言の様に小さく潜めた。

「雪輝様、鬼無子さんになにかあったのですか? 笑っていらっしゃいますけれど、とてもお辛そうです」

 ひなの声音が雪輝の耳を震わせ、くすぐったかったのか、雪輝の耳はぴくぴくと先端を動かした。あるいは心地よさを感じたのではなく、返答せねばならぬ事への気まずさの表れであったものか。

「う、む。私にもよくは分からぬ。ひなが眠ってしばらくしてから鬼無子も昼寝を始めて、ほどなくとても幸せそうな寝顔を浮かべたのだが……」

「だが?」

 小さな人形の様に小首を傾げるひなの所作は、思わず雪輝が見惚れるほどに愛らしかったが、問われた事に答えなければならない事実は、その和んだ心をどんよりと灰色の曇り空の様に重く押し潰した。
 気まずい事や後ろ暗い事であっても、他者に対して隠しだてするような事はしない素直な狼ではあったが、口籠る位の事はするようで、話を切り出すのに多少ごまついた。

「うう、む。まあ、私が起こしたのがまずかったのか、幸せそうと勝手に思っていた夢がひどかったのか、起きてからずっとあの調子なのだ。ああやって笑ってこそいるのだが、内心がまるで正反対である事は、いくらなんでも私だって分かる。あれは」

「心の中で泣いていらっしゃいます。すごく、すごく悲しそう」

 ぎゅっとひなの椛の葉の様な小さな手が、雪輝の首回りの毛を掴んでいた。鬼無子の心中を慮り、ひなの黒瑪瑙を思わせる円らで透き通った瞳にもうっすらと透明な滴が滲み始めている。
 雪輝とひなとがそろって鬼無子への同情から心を切り裂かれる悲しみを募らせているのを察したか、鬼無子は崩塵を片手にゆったりとした動作で立ち上がる。
 十分に目で追える悠々とした動きであったが、一度修羅の空気を纏えばそこから雷光の速さで崩塵の刀身が走るのは間違いない。たとえ使い手たる鬼無子の心が千切に乱れていても、骨身に刻み込んだ闘争の記憶が油断や慢心を許さない。
 鬼無子は一層笑みを深めて、目を覚ましたひなとずっとこちらを心配という感情で満たした瞳を向けてくる雪輝に、いつもと変わらぬ響きの声で告げる。

「少し風に当たって参りまする。夕刻までには戻ります故、ご案じめさるな」

「今の君を、一人にしたくはないが」

 雪輝の言葉に、鬼無子はゆるゆると首を横に振る。口元の笑みにはほんのわずかだけ苦みが混じり、苦笑へと形を変えていた。
 前から分かっていた事ではあるが、雪輝は狼の妖魔であるというのが信じられないくらいに優しい気性をしている。自分が心配されてみて改めてその事を実感したのである。

「いえ、女といえどもいい歳をした大人でありますぞ。自分の面倒くらいは見れまする。大丈夫、少々お時間さえいただければ、いつも通りのそれがしに戻ります」

「鬼無子さん……」

 それでもなお言い募るひなの悲哀という言葉が変わった様な顔を見て、鬼無子は笑んだ。それまでの透き通る様な儚さで形作られたものとは違う、慈しみの感情が変わった笑みだった。

「ひなも雪輝殿も優しすぎるほどに優しい。それがしには勿体無いほどです。それがしを信じてくだされ。いつまでも二人を心配させている様な鬼無子ではありませんよ」

 ひょい、と悪戯な風の妖精に浚われた様に軽やかな動きで鬼無子は居間から土間に下りて草履を履き、蒼と黒の二色の視線を背中に浴びながら鹿皮から戸板に変えた戸口から外へと出て行った。

「鬼無子さんになんて言えばよかったのでしょうか。私、こんなに鬼無子さんの御心を軽くして差し上げたいと思っているのに何も言えず、少しもお慰めできませんでした」

「私も同じだ。あの様な鬼無子は初めて見たが、一体何を夢見たのか。鬼無子が戻ってきた時に、なにか私達に出来る事があればよいのだが」

「はい」

 囁き合う一人と一頭は、戸の外に消えた鬼無子の背中がまだそこにあるかのように、それぞれの視線を暫くの間、消えた鬼無子の背中を追うように見つめていた。
 雪輝に比べれば格段に人生経験があり、人間の情緒に対する理解のあるひなであっても、鬼無子の心中が悲哀の嵐の最中に在る事は分かったが、その理由や悲しみを慰める為に何をすればよいかとなると、流石に良い手段が考え付くはずもない。
 せめて鬼無子さんがお腹一杯に食べられるように腕を振るう、ということしかひなには思いつかなかったし、雪輝にしても以前のように自分の身体を好きなように触らせる程度の事しか思いつかない。
 図らずもお互いに自分の無力さを噛み締めて、ひなと雪輝は一心同体であるかのように、そろって長々と溜息を吐いた。
 生来の心優しさゆえに鬼無子を思いやる気持ちで胸を満たしていた一人と一頭であるが、ひなの知らない所で雪輝は雪輝で、鬼無子の言葉によって大きな体には不釣り合いな、感受性が強く繊細な構造をしている心を、それなりに傷つけていた。
 鬼無子が珍しくも雪輝に少々悪戯心を起こして言い放った、『三回り、せめて二回り小さく生まれては来られなかったのですか』という発言によってである。
 その言葉を脳が理解してからの雪輝は、全幅の信頼と好意を寄せる鬼無子に自分が気にしている事を露骨に指摘された事、さらには大きく失望されたかのように溜息を吐かれるという二重の衝撃に、何も考える事が出来ずにいた。
 なにしろひなを丸呑みに出来る様な大きな口を、がこんと顎の関節が外れたように広げて、突如痴呆に蝕まれた様にして硬直し続けたのである。
 硬直の最中、雪輝はひなの健やかな寝息も、かすかに感じられる規則正しい心臓の鼓動も、心安らぐ匂いも、母を知らぬ雪輝が母を連想するぬくもりさえも心の片隅に押しやって、鬼無子にそう言われてしまった事の理由を、必死に探し続けていた。
 自分はただひなに構ってもらえるのが嬉しくて嬉しくて、精々笑みを浮かべている位のはず。それがどうして、鬼無子にあんな事を言われてしまう結果に繋がったのか。
 やはり狼の姿で生まれついてしまったのが良くなかったのか。それとも最近は少しくらいは人間の心も分かるようになってきた、というのはとんだ思い違いで実際にはまるっきり人間の心の機微など分かっておらず、知らぬ所で鬼無子を失望させていたのか。
 であるとしたならば、近頃は人の心というものが分かってきたつもりになって少しばかり自分の事を褒めてもいいかな、などと調子に乗っていた自分のなんと滑稽で、愚かな道化であった事か。
 いや、滑稽だった事、道化であった事などは問題ではない。問題なのは鬼無子を失望させてしまった事だ。
 といった具合に、責任の重きを自分に置いてこれ以上鬼無子に失意を抱かせないためにはどうすればよいのか、などと考えていたのである。
 あくまで責任が自分にあると考える辺り、いささかこの狼はお人好しが過ぎると言えよう。
 しかしそれも夢の国から鬼無子が現実の世界へと帰ってくるまでの事。
 夢現に子供は、と問うた鬼無子のそれ以降の気の落ちようから、雪輝は持ち前のお人好しぶりを発揮して自分の傷心など瑣末事と放り捨てて、鬼無子の心を案じる事だけを考えている。
 もちろん、鬼無子の事を案じて思い悩む今も、雪輝の心の傷心は別に癒えてはいない。それ以上の大事を前にして一時的に忘れているだけである。
 だが、もし鬼無子が夢の国から帰って来た時にまるで悲しむ素振りを見せなかったとしても、雪輝は鬼無子の言葉に思い悩む様子を見せまいと、必死に隠しただろう。
 今日に至るまでのひなと鬼無子との暮らしの中で、雪輝なりにあることを学習してそれを実地しようと心掛けていたのである。
 その学習した事とは、自分が男である以上は、悪戯に鬼無子とひなに心配を掛けてはいけないという事である。
 元々雪輝が他者に迷惑を及ぼすことを嫌う性格という下地があった事に加えて、凛や天外というかねてから縁のあった者達との交流の親密化、ひなに四方木鬼無子という山の外からやってきた来訪者との生活による刺激と経験。
 これらの要素が加わりそれまでの暮らしが激変した事によって、日々雪輝が学習してきた事の中で、男は女を率先して守ろうとする、あるいは守らなければならない生き物である、という事を雪輝なりに学習していた。
 一夕一朝で結論付けた考えではなく、日々を過ごすうちに自分以外の他者の言動などを仔細に観察し、雪輝なりに分析し、数日の時を費やして導き出した答えだ。
自分で考え、自分で結論付けた答え、あるいは決まりとでも言うべきモノに従い、雪輝は例え自分が肉体にせよ、心にせよ、どれほど傷ついていたとしてもそれを表に出して鬼無子やひなを心配させることは、断じてあってはならないことと認識するに至った。
 その為に、雪輝は自身の傷心などまるで顧みず只管に鬼無子の事ばかりを案じている。もし雪輝の心情を知る者がいたら、あるいはこんな風にまとめたかもしれない。要するにそれは、男の意地だ、とでも。
 そう、雪輝は時折酷く間の抜けた所を見せ、手痛い失態を犯す事もあるが、それでも男の子であった。
 である以上は多少なりとも見栄を張り、自分は大丈夫だ、心配されるような事は何もないと嘯いた態度をとるのも、ある意味では当然のことであったろう。
 そうして雪輝が自分の事を心の棚の片隅に放置している間、樵小屋を出た鬼無子はあてどもなく歩き回り、木漏れ日がそここそに滴る雑木林の中で足を止め、適当に選んだ気の幹に背を預けた。
 金色に輝く太陽は中天を過ぎ去っている。陽の登りきらぬ早朝や見る間に暗くなってゆく夕暮れ時はことさら冷えるようになっているが、まだ寒さを覚える様な時刻ではない。
 心細さを誤魔化す様に、鬼無子は知らぬうちに愛刀の柄に指を添えて、飼い犬を撫でる様な動きをしていた。
 近頃はひなと雪輝のどちらかが必ず傍にいるのが当たり前になっていたが、自分から進んで雪輝とひなから離れた事は数えるほどしかなく、鬼無子は思いのほか寂しがっている自分の心にわずかな戸惑いを覚えていた。

「ふう。たかが夢一つでこうも落ち込んでしまうとはな。父上や母上に見られたなんとお叱りを受ける事やら。夢魔への対抗術など嫌というほど教えられていたのに、あのような夢を見てしまうとは、気を緩めすぎたかな」

 確かに雪輝とひなと暮らし始めてから、鬼無子は両親や同僚達が健在だった頃と同じかそれ以上に穏やかな気持ちで日々を過ごしている。
 一度、家族も仲間も家も名誉も全てを失った後に手に入れたぬくもりであったから、鬼無子の心は自分で思う以上に弛緩していたのかもしれない。
 その心の隙を、体内に宿る妖魔の血に付け込まれて、鬼無子の心を大いに惑わす幸福な夢を見る事に繋がってしまったのだろう。
 あるいは、傍らに居る事の多い雪輝の存在に影響を受けて、鬼無子の抑制を越えて体内の妖魔の血が強力になってきているのか。
 どちらの推測が原因であるにせよ、雪輝とは暫く距離を置かなければ、事態の改善は見込めないだろう。
 しかし、今の鬼無子にとって雪輝とひなは、例え自分の身に危難が及ぶとあっても傍に居続けたいと願わずにはおれぬ存在である。
 自らの意思であの一人と一頭の傍から離れるのは、鬼無子にとって既に自らの身体を二つに裂かれる以上の苦痛を伴う事となっていた。
 いつかは雪輝達との別離を真剣に考えなければならない事であったが、鬼無子はせめて今だけは考えたくないと首を振り、頭の中から一時的に忘れる事にし、先ほどの自分の様子を見た雪輝とひながどう反応するかについてを考えることにした。
雪輝とひなとが顔を見つめ合わせて頭を深く悩ませている事を、鬼無子はあまりにも簡単に想像する事が出来て、小さな嘆息の息を苦笑の形をした朱唇から零した。

「今頃、雪輝殿もひなも気落ちしたそれがしを励ますにはどうすればよいかと頭を捻っておるのだろうなあ」

 あんなに気持ちの良い相手とは、鬼無子のこれまでの人生を振り返ってみても片手の指ほど位にしか、出会った記憶がない。
 鬼無子はその出自の関係からどうしても人間関係に血生臭いものが否応にもまとわりついていたが、妖魔である雪輝はともかくとしてひなに限ればまったく血や死の匂いと言った物を纏っていない例外的な存在である。
 鬼無子も、自分が数多の血と死と負の感情に塗れて生き抜いてきた自覚がある分、ひなの存在は闇夜に輝く月のごとく眩く、魅力的な対象となっている。
 ひなの存在が、鬼無子の精神に置いて『人間』の部分を大きく支えているのは間違いのないものであった。

「ふふ、居心地が良すぎるのも考えものだな。まったく、それがしも雪輝殿と子を作る夢を見るなどと、どうかしている。確かに雪輝殿はあのもふ具合といい美しい外見といい、温厚篤実なお人柄といい、それがしにとってはまさに好ましさのど真ん中を射抜く方ではあるけれど」

 一族が尽く死滅し、ゆくゆくは夫となる相手が決まる事もなくなり、自分の身体の特異性の事もあって新たな命を育む事も諦めていたから、たとえ夢の中とはいえ、母となって自ら産んだ子を腕に抱いた記憶と感触は、忘れようもない強い印象を鬼無子に刻み込んでいる。
 確かに鬼無子自身、心の奥底で子供が欲しいと願っている事は正直否めないが、だからといって好ましく思っているとはいえ狼の妖魔を夫にする事を、諸手を挙げて歓迎した上に子供をもうける夢を見るとは。

「まあ、確かに雪輝殿は少々抜けた所もあるし、時折真面目な顔をしてすっとぼけた事を口にする事もあるが、それはそれで愛嬌というもので可愛らしいし、穏やかで争いを嫌うご気性は好ましく、傍に居ると心地よく何もせずとも一緒に居るだけで心が安らぐ。だからといって………………ん?」

 亡き父母や自分自身に言い訳する様に雪輝に対する考察を口にしていた鬼無子であるが、ある程度口にしてから、ふとある事に気づいて口を止めた。
 雪輝の良い所はもちろん、欠点と言うべき所さえも極めて好ましく思っている自分に、今更ながらに気付いたのである。
 それだけではない。雪輝の長所も短所も含めて全てを肯定している自分。時にひなよりも幼く感じられる言動をし、また時には限りない包容力を見せる雪輝の事を、好ましく思っている自分。
 改めて鑑みれば、自分が雪輝に対して抱いている感情は、すべてが好意に基づくものばかりだと分かり、鬼無子は呆然とした様子で口を開いた。

「…………いや、まさか。ひなだけでなく、雪輝殿の事を好いているのは、それがしも……なのか?」

 以前から鬼無子は雪輝に対して、狼の姿こそしているがその人格に対してとても好ましい感情を覚えていて、異性に対して抱いた感情としては鬼無子の人生至上において最大の好意と言って良かった。
 しかしそれはあくまで友誼的な意味合いにおいての好意であり、決して、決して恋慕の愛情ではありえないはずであった。
 そもそも多少悪く言ってしまえば、雪輝の気性がどれほど好ましくあれ、その姿は所詮巨大な犬畜生に過ぎないのである。
 どこの世界に獣のままの姿をした相手に対して、人間が恋慕の情を抱いて想いを寄せるなどという話があろうか。
 命と心を救われたひなが依存に近い形で雪輝に恋し、愛情を抱くのはまだ理解できなくもなかったが、それが自分もとなるとこれは鬼無子にとって文字通りの驚天動地、天が降ってきたとばかりに驚愕の事実となる。
 むしろ自分は幼い心であらん限りの愛情を雪輝に向けるひなの事を、愛する妹の初恋を見守る様な微笑ましい気持ちで見守っていたはずではないか。
 ひなが雪輝の事を大好きだと言った時も、子供が欲しいと言った時も素直に雪輝への好意を口にするひなに対して、嫉妬などの感情は欠片ほども抱かなかったし、いまも心の中に芥子粒ほども存在していない。
 そもそも男女の色恋というものは鬼無子にとっては、まったく別次元の世界の話だ。
 これまでに蓄積した経験と言えば、男女間での恋愛のもつれから恨み辛みを重ねて怨霊と化した相手と対峙した、とか色事好きの同僚の話を耳にしたくらいのものである。
 鬼無子もこれまで誰かと恋仲になった事はなかったし、結婚について同年代の女性によくある甘い希望や夢というものを抱いたりはしていなかった。
 神夜国南方を統治する朝廷にしろ、織田にしろ、源氏にしろ、一般的にこの時代で武士や公家と言った支配階級の婚姻というものは、経済的権力的な観点で家門をより一層発展させるための方法の一つに過ぎない。
 この婚姻観は鬼無子にとってもごく当たり前の事であり、もし朝廷に対する反乱がおきていなかったら、今頃は親が将来の夫となる相手を決めていてもおかしくはなかっただろう。
 一般的な婚姻と違う点があったとすれば、対妖魔戦闘に置いて長い年月を掛けて作り上げた切り札の一つである四方木家の血を確実に残し、さらに強大なものにする為に、朝廷のお偉方も含めて相手を吟味に吟味を重ねて選び出す点くらいだろう。
 つまり鬼無子はその肉体が清らかな乙女であるのと同様に、精神の方も恋愛経験値が皆無の初心者なのである。
 ひなが雪輝に対して抱いた恋心が初恋であるのと同様に、もしも万が一にも鬼無子が雪輝に対して抱いている感情が、異性に対する恋愛の情であるとしたならば、これは鬼無子にとっても初恋という事になる。
 その事実に気付いた鬼無子は、呆然と瞳を見開いて身体を硬直させる。
 言葉にはし難い喪失感に大きな虚無を穿たれた心を、どうにか繕っていつもの自分に戻ろうと、風に当たりに外に出たにもかかわらず、それまで思っていた事とは全く別方向の予想だにしていなかった事に気付き、鬼無子の心はそれまでの悲愴さなど忘れてしまう。
 ひなと雪輝が鬼無子の傷ついた心を思って心を痛めている一方で、当の鬼無子本人はと言えば、自分の心が雪輝に対して抱く感情について途方もない困惑に襲われることとなったのである。

「そ、それがしも雪輝殿の事が好き、なのか? ひなと同じ様にお慕いしている? あああ、あのゆ、夢を見たのもそれがしが雪輝殿に、ほ、惚れているから、なのか? い、いや、雪輝殿は狼の、よよ妖魔であって人ではないのだからそ、そん、そんな事はあるはずが。……い、いや、しかし確かにそれがしは雪輝殿の事は好ましく思ってはいるが、ええと、えと、雪輝殿の事が好き? す、すすす好き?」

 口にするうちにその事実が鬼無子の脳に浸透して行くにつれて、鬼無子は頬を熟した林檎の色に変え、首筋から耳に至るまでも瞬く間に同色に染めてゆく。
 あ、あ、あ、としばらく言葉にならぬ声が鬼無子の唇から零れ出て、思考回路が崩壊した鬼無子は遂に

「――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

 というような声にならぬ絶叫を挙げる。誰かが隣にいたら二人だろうが三人だろうが、鼓膜を破られて耳から血を噴いたに違いない途方もない声量だ。
 巨大な獣の咆哮にも似た絶叫は、辺りの木々を盛大に揺らして緑の葉を雨のごとく降らす。
 雪輝に初めての唇を奪われた時もそうだが、鬼無子はどうも感情が対処しきれない事態に遭遇すると、叫びを挙げる癖があるらしかった。
 咽喉がひりひりと焼けるような痛みを発するほど叫んでから、ようやく鬼無子は落ち着きを取り戻して、ぜえはあと荒くなっていた息を整えるべく、背を預けていた木にさらに体重を預けてもたれかかる。
 一万回だろうが二万回だろうが、重さ十貫の木刀を振りまわして息一つ乱さない鬼無子でも、精神的な動揺はまた別の話になる様だ。
 普段の凛々しさなど欠片も残さずなくした様子の鬼無子は、かろうじて息を整えることに成功し、頬を何度か叩いて意識の焦点を戻す努力を繰り返す。
 うっすらと頬が赤みを帯びるほど叩いてから、ようやく鬼無子は背筋に針金を通しているかのようにぴんと伸ばした姿勢を取り戻す。
 ひどく疲れ果てた表情を浮かべた鬼無子は、絞り出す様にして擦れた声でこう言った。

「……とりあえず落ち着きは取り戻したのだから、帰るか。しかし、なんというか帰り辛いな」

 より正確には雪輝と顔を合わせるのが辛い、というべきであったかもしれない。
とぼとぼと歩く鬼無子の様子からは、普段の落ち着き払った様子や鞘に納められた刀を思わせる完全に制御された揺ぎ無さは見る影もなく、その精魂尽き果てたとばかりに肩を落とす姿は無惨とさえ言えた。



「遅くなり申した」

 がらりと板戸を開いて告げる鬼無子の声は、その雨に打たれて震える子犬の様にしょぼくれた様子に相応しいものだった。つい先日、食べ過ぎてしまった件で落ち込んだ時以上の落ち込み様である。
 ひなと雪輝に元気になった姿を見せねばと考えていたはずの鬼無子であったが、自分の雪輝に対する認識を改めて実感した所為で、それまで考えていた事がまるっと抜け落ちてしまった様である。
 最近は鬼無子さんが落ち込んでいる事が多いなぁ、と思いつつひながお帰りの挨拶をした。

「お帰りなさい、鬼無子さん。外は寒くはありませんでした?」

「はは、ただいま。いやあ、すっかり風が冷たくなってきたものだ。日が傾くにつれてめっきりと寒くなってきている。それがしはともかく、ひなは半纏か被衣でも羽織る様にしないと風邪をひきかねぬな」

 そう言った最後にはあ、と小さな溜息を吐いて鬼無子は腰に佩いていた崩塵を引き抜いて、囲炉裏前に敷かれている自分専用の座布団に正座で座る。
 出て行った時の悲愴な雰囲気は払拭されていたが、代わりになにやら疲れに疲れ果てたといった様子になっている。精神的な重圧や辛苦、悲哀のような感情は薄れたようだが、それらがそっくり疲労に変わっているようだ。
 台所に居たひなが、鬼無子が戻ってきた時の為に用意していた粟団子と暖めた麦茶を盆に載せて、鬼無子の前に置き、鬼無子の真正面の位置で腹ばいになっていた雪輝の隣に腰を降ろす。
 ひなは、自分を振り返る雪輝の瞳をまっすぐ見返した。

――外に出た時にまた何かあったのでしょうか?

――ふうむ、鬼無子も休む暇のない事だな。だが前よりもましではないのか。この調子なら一晩寝ればけろっとした顔をしそうだ。

――そうでございますねえ。なんだかもうへとへとに疲れたというご様子ですものね。

――その方が私達にとっては対応もしやすいが、しかし、鬼無子も災難な事だな。悪い夢を見て気を落としていたと思えば、今度はなにやら疲れる様な眼に遭うとは。

――本当に。

 鬼無子の精神的肉体的疲労の根源は雪輝にあるのだが、心を読む力のある筈もない雪輝とひなに、鬼無子の心を正確に読み取る事は流石に無理があった。
 ひなと雪輝は目線で無言の会話を交わしながら、変調した鬼無子への対処について相談するものの、外出した後の状態の方が二人にとっては対処しやすいという結論を下すのに、そう時間はかからなかった。
 単に体が疲れているだとかお腹を減らしているというのなら、鬼無子の胃袋を満たす位にたっぷりと食事を用意し、鬼無子が好きな熱い風呂を用意して、雪輝の毛で作った布団にくるまってぐっすりと眠れば、それでもう翌朝は元気が体の隅々にまで満ちているのはまず間違いないからだ。
 一人と一頭は少しは事態が良い方向に動いたことに、揃って胸中で安堵の息を吐いたのだが、とはいえ鬼無子が肉体的にはともかく精神的には本調子からほど遠い事実は変わりがない。
 ひなが用意してくれた熱い麦茶と粟団子を口の中に放り込んで、舌の上に広がる味を楽しみながら、鬼無子が若干無理のある笑みを浮かべた。
 表情一つ浮かべるのも億劫なほど疲れているのに、という調子であり心の痛みを無理矢理押し殺して浮かべたわけではない分、心配の度合いも小さなもので済む笑みだった。
 それでも心配はするのが、雪輝とひなが鬼無子に愛されている由縁であろう。

「いやあ、なんというかひなと雪輝殿にはいつもいつも心配ばかりを掛けてまこと申し訳なく」

 雪輝は鬼無子がひなの方は真っ直ぐに見つめるのに、どういうわけでか自分を見る時はちらちらと視線を逸らす事に気付き、不思議そうな表情を狼面の上に浮かべてから口を開いた。

「気に病まんでくれ。君に元気でいて欲しいというのは私の我儘であるしな。なんなら、また私を好きに触って構わぬよ。ほら」

「え? あ、いや、それはその」

 ずいと突き出された雪輝の顔を前に、鬼無子は不意に頬を紅潮させて上半身をのけぞらせた。
 胸元で揺れる剣士というには豊かすぎる乳房が、雪輝に向かってどうぞ味わって下さいと突き出される姿勢だ。
 雪輝がもう少し身を乗り出せば、鼻先を鬼無子のそれはそれは深い谷間を描く乳房に埋めて、その匂いと暖かさに弾力を堪能する事が出来る。
 もっとも、そういう邪な考えをしない雪輝であるから、ここまで鬼無子の信頼を得られたのであろう。
 食べ過ぎた事で気落ちした鬼無子を慰めた時と同じように慰めようという意図によるものだが、同時に雪輝が頻繁にする善意のみの、しかし相手を少しばかり困らせてしまう行為でもあった。
 自分の心が雪輝に向けられているのではないか、というにわかには信じ難い衝撃的事実に気付いたばかりの鬼無子には、こうも雪輝に肉薄されるのは歓迎せざる事であった様で、上半身を仰け反った姿勢はそのままにずりずりと後ろに数歩分下がる。
 以前なら喜び勇んで首根っこにかじりつく位の事はしたであろう鬼無子が、なぜか恥じらいを感じて遠ざかる様子に、雪輝は少しばかり不思議そうにしたが、構わずに一歩二歩と、鬼無子の手が届く位置にまで身を乗り出す。
 鬼無子が自分を撫でやすいようにという雪輝の心づかいである。ただしこの場合は使い方を大いに間違えているのが玉に疵という他ない。
 するとそれに比例して鬼無子もまたずりずりと後ろに下がり、雪輝から遠ざかるのを止めようとはしない。
 鬼無子の初めて見せる反応に、人生経験の浅い雪輝は不思議そうな顔を一向に変えることなく、良く分かっていないままであった。その為に、雪輝は遠慮しているのかな、と判断してこう口にする。

「遠慮など要らぬよ。また君の好きなように私をいじり回してくれて構わん」

 普段なら鬼無子が瞳を輝かせて即座に抱きついたであろう雪輝の許可の言葉を耳にしても、鬼無子はすぐに食いつく反応を見せず、雪輝とひなにすこしおかしいぞ、と思わせた。
 鬼無子は仰け反っていた上半身を今度は丸めて、その月光夜に花弁を開く花の様に美しく気品のある顔を俯き加減にし、両手から伸ばした人差し指の指先をちょんちょんと突き合わせる。
 自分でも定かではない恋心に戸惑い、恋しているかもしれない相手に対し、恥じらいを覚えてその豊満かつ魅惑的な美駆をくねくねと小さく揺らしながら、鬼無子は雪輝の顔色を伺うようにして告げる。
 見る者が見れば初心なことこの上ない少女が精いっぱいに恋心を隠そうとしている様子に、暖かな笑みを浮かべていたことだろう。

「え、遠慮というわけではございませぬ。そのう、いまは少しそれがしの心の準備ができていないというか。べ、べつに雪輝殿の事を嫌いになったとかそういうわけではございませぬからね!」

 何も言わずに雪輝に触れるのを拒み続ければ、この気の良い狼は嫌われたのかと思い込んで傷つくだろうことが容易に察せられ、鬼無子は咄嗟に自分の心情について言い繕った。
 慌てて口走ったせいかどうにも鬼無子らしからぬ言い方になったが、その事に気づかぬほど鬼無子は慌てていたという事だ。

「私に触るのに心の準備が必要なのか? 今朝までの君なら構わず私に触れていただろうに」

 素朴で朴訥な雪輝の疑問は、単純であるからこそ答えにくいものとなって鬼無子にぐうの音を挙げさせた。

「ぐう。あー、いや、まあそのですな。それがしも少々自分では信じ難い心の動きがあったと申しましょうか。一言では言い表せない事実に直面してしまいまして、少々普段通りとはいかぬ事態になってしまったのです」

「?」

「雪輝様雪輝様」

 太い首を捻って困惑する様子を見せる雪輝の尻尾を、不意にひなが握りしめて引っ張り、制止の声を掛ける。
 今度もまた理由は不明だが、鬼無子がなぜか雪輝に対して距離を置きたがっている事を、敏感に察したひなの配慮である。

「鬼無子さんを困らせてはいけませんよ。とにかくいまは鬼無子さんの仰る通りにしてください」

 ひなに対しては自覚があるのか無いのか盲目的な信従を示す雪輝が、自分の尻尾を握るひなと相変わらず仰け反った姿勢の鬼無子の二度三度と振り返る。鬼無子は、と言えばひなの言葉を肯定する様に何度も首を縦に振っている。
 我儘を言う子供を穏やかに諭す母の瞳をしたひなと、縋るようにひなを見つめている鬼無子の様子から、このまま自分が鬼無子に迫るのは良くない事だと、ようやく納得した雪輝は、申し訳なさように耳と尻尾をしょんぼりと垂らして乗り出していた体を元に戻す。

「すまぬな。気の利く様に心掛けてはいるのに、結局君を困らせてしまうとは」

「いえ、いつものそれがしに戻っていたならば、喜んで雪輝殿の提案を受け入れたのですが、まあ、あの、そのぅ、ちと口にし難い事情がありまして、雪輝殿が気を落とされる事はありませんよ」

 ほっと息を吐く鬼無子の様子に、雪輝はひなの言葉が正しかった事を悟り、ううむ、と自分の思慮が及んでいなかった事を認識してやや消沈する。
 その雪輝の大きな頭を、よしよしとひなの小さな手が撫でて慰めはじめた。
 ひなの手が何度も雪輝の頭の上で往復してゆくにつれて、気落ちしていた雪輝も元気を取り戻して、しょぼくれていた尻尾がゆらゆらと左右に嬉しそうに揺れている。
 その様子を姿勢を正して見ていた鬼無子は、胸の内に嫉妬に類する様な感情が全く発生しない事を確認し、やはり雪輝殿に対して恋心を抱いているというのは単なる勘違いだったかと首を捻っていた。
 そのままじっと雪輝とひなとを見つめていると、鬼無子の視線に気づいた雪輝が鬼無子を振り返り、蒼い満月の瞳で見つめ返す。雪輝の頭を撫でていたひなの手は、雪輝の首筋の辺りに移っていた。

「やはり触るかね?」

「え、あ、いいえ。け、結構でございます」

「おかしな鬼無子だな」

 何でもない、と思った矢先に雪輝と視線が絡み合うと、途端に火が点いた様に頬が熱くなり、急速に心臓の鼓動が勢いを増して心音が煩いほどに忙しくなる。
 雪輝の瞳に自分だけが映っている事実が、甘く鬼無子の胸をときめかせていた。
 かろうじて表には出さずに済んだが、自分の気持ちを認めざるを得ない現象に見舞われて、鬼無子は内心で愕然とした驚愕に固まる。
 ひなと雪輝が触れ合っても別に嫉妬を覚える様な事はないというのに、そのくせ雪輝に見つめられると体の奥の方に火がつけられたように熱くなって、瞳を見つめ返す事が出来なくなってしまう。
 これだけの事実が積み重なれば、いかに恋愛経験皆無の鬼無子といえども否応にも認めざるを得なくなってくる。

(やや、やはり、それがしは、雪輝殿の事を一人というか一頭というかともかく、殿方としてお慕いしている、のか!?)

 ひなは雪輝の事が好き。雪輝もひなの事が好き。それだけなら何の問題もなかった。しかし、そこに鬼無子も雪輝が好き、という一文が加わると、これは問題が大いにややこしくなる。
 もっとも当人である鬼無子は自分の気持ちに気づいてしまった事に対する困惑に襲われていて、そこまで考えの及ぶ余裕は全くなかったが。

<続>

頂いた感想へのお返事です。

通りすがり様

いきなりな展開で申し訳ありません。おそらくは皆さんが気付いていたであろう夢オチではありました。IFの鬼無子ルート孕みというかひなも孕んでいるので、鬼無子主体のハーレムエンドというべきかもしれません。

taisaさま

誤字脱字の指摘などありがとうございます。
>もしひなに精を与える様な事になったら、それはもう溺れるほどの愛情を込めるである事は想像に難くない。
注ぎすぎて破裂させたりしないよーに(汗)。

犬は30分は出すらしいですから、本当に物理的に破裂しかねませんからね。場合によってはひなの全身を濡らすことになるかもです。

>「雪輝殿の子を欲しいと言ったのはひなであったのに、まさか先に子を孕んだのがそれがしであったとは、いかなる運命の皮肉かな」
寝取られ!? と思ったら夢オチ(安堵)

寝取られというかまとめていただかれてしまいました。

>妊娠中の安定期に入るまでの間も散々雪輝に開発されてしまったからだが随分と夜泣きしたものだが、その時はその時なりの方法で雪輝とひなが慰めてくれたのでなんとかなったが
どういう方法でひなが慰めたんだろう? まさか百合百合な方法……(汗)。ま、まあ、夢だし。

百合百合もありではないかと思うこの頃です。ほんのつい最近までダメだったのですが、いつのまにかありだなと思える様になっていました。

マリンド・アニム様

鬼無子本人はべつに淫乱とかそういうわけでは無いのですが、体つきと感度が良いのでどうしてもそういうエロス担当になってしまうのです。次に目指すべきは、なんでしょう? 触手ですかね? 
そしてわかっておられる。○乳はステータスなのです。なのでひなは数年経過しても貧○なのです。小学生高学年~中学生くらいの年齢ですけども。
羽衣狐様は女子高生姿も素晴らしいですが狐耳装備の初代も素敵だと思います。尻尾をにぎにぎしたいです。

ヨシヲさま

正直、この展開なら終わりに出来るなあ、と脳裏によぎったものがありました。一応週間PVが1000切るか感想がひとつもいただけなくなったら、一度見直さないとな、とは思っております。
カルラ的なキャラクターは私も必要性をひしひしと感じているのですが、話の都合上出てくるのはもう暫らく先なのです。天然な所のある鬼無子ですからからかわれる事でさらに生きてくるとは思っているのですが、少々組み立てを間違えたかもです。

天船さま

鬼無子なら本当に体を張って教えかねません。そういうどこかずれた所のある人物ですので。雪輝も同席したいといいかねないのが問題点ですね。仰られているとおり、その通りでない夢なら適える事が出来るかもしれないので、そこが要点ですね。副題の血生臭さはきちんと表現してゆくつもりですのでご期待いただければ幸いです。


雪輝はモテ獣の称号を手に入れた!

ロリ獣姦ものからロリ百合巨乳武士娘3P獣姦になるかもしれないでござるの巻でした。どうしてこうなった。設定集もちょこちょこ加筆しておりますので合わせてお楽しみくださいませ。
ほのぼのが続いた分、私の好きな菊地秀行先生の魔界行や魔王伝ばりの血塗れの切ったはったエロバイオレンスが書きたい衝動がむらむらとしております。雪輝と鬼無子には気の毒ですが、今回も苦労をかけることになるかと思います。
それではお読みくださった皆様とご感想をくださった方々に格別の感謝を。ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。


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