気がつくと俺は綺麗な湖畔に立っていた。
湖の中央には巨大な城が見える。
周りを見渡すと林や草原もあるようだ。
生物は見える範囲にはいない。
「なるほど、これが全感覚投入というやつか」
息を大きく吸い込むと草の匂いがする。
意識しないとこれがバーチャルであることを忘れそうだ。
それにしても一体どうすればいいのだろうか。
公式のHPにはほとんど何も書いてなかった。
書いてあったのはクライアントのインストール手順とログアウトの方法くらいだ。
あそこまで何も書いてないと逆に清々しい。
俺は周りの景色を眺めながら湖へと近づいていった。
澄んでいてきれいな水だ。
魚とかいるのだろうかなどと考えながら水に手を伸ばしてみると。
「うぉ、手がない!」
手を見てみたらあるべき所には何もない。
というか体もない。
気分はまさに透明人間。
地面に生えている草をつかもうと思ったが見事なまでにすり抜ける。
なぜこんなことになっているかと思案していると目の前に突然一人の女性が立っていた。
「キュリオシティオンラインにようこそ。私の名前はスタティナと申します」
俺は突然のことにスタティナと名乗る女性を凝視することしかできなかった。
見た目は20代前半、軽くウェーブのかかった金色の髪にゆったりとした白いドレスのようなものを着ている。
「どうかなさいましたか?」
おっと見とれてしまっていたようだ。
なんとか気を取り直し返事をする。
「いっいや何でも無いです」
「そうですか、それではアカウントの作成を行いますね。まずはプレイヤーネームをお教えください」
ふむ、どうやらこのスタティナさんはNPCのようだ。
時折揺れる髪の毛や小首を傾げてこちらを見る表情が可愛らしい。
…NPCだよね?
あまりにも違和感がなさすぎて自信がなくなってくるが流石に一人ひとり対応する訳にはいかないだろう。
「えーっと、名前はイツカで。綴りはItukaでお願いします」
この名前は昔からゲームでよく使っていた名前だ。
愛着もあるしこのゲームでも使えるといいなぁ。
「かしこまりました、そのお名前が使用できるか確認しますね」
うーむ、ちょっとドキドキするな。
使えなかったらどうしようかなぁ。
流石に†とかつけるのは避けたいな。
すると他の名前ってことになるがいまいちピンと来ないし。
でもこのキャラネーム作成は変な名前をつけにくいな。
面と向かってスタティナさんに言わないといけないわけだし。
ある意味世界観をぶち壊すネーミングの抑制になっているのかな。
それにしてもやたら確認に時間がかかってる。
どうしたんだろう、イツカという名前は何かまずいのかななどと思いながらスタティナさんの方を見ると。
【LinkDead】
スタティナさんの頭上に神々しく光り輝く文字が!
あーなるほどね、回線が切断されてるのね。
「っておい!NPCがLDスンナ!!」
これは一体どうすればいいのだろうか。
というかアカウント作成NPCがLDするって結構な問題じゃないのか。
さすがオープンβ、想定外のことが起こるな。
というかなぜかリンクデッドしたスタティナさんはたったまますーすーと寝息を立てていらっしゃる。
「これ本当にLDしてるのか?」
確認しようにも俺の体は現在絶賛空気中。
とりあえず接続が復活するのを待つしか無い。
この仕様がプレイヤーにも適用されるとするとLDしたら顔に落書きとかされそうだな。
そんなことを考えながらぼーっと周りを眺めているとスタティナさんがビクっと動いた。
「ハッ!ねね寝てないですよ?」
何も言っていないのに言い訳を始める姿を見て軽く不信感を抱きつつも声を掛ける。
「えーっと、名前のチェックはどうなりました?」
すると彼女は満面の笑みを浮かべながら言った。
「はい、大丈夫です。タメゴローは使用可能です!」
「ふざけんな!バグってんのか!」
思わず大声で突っ込んでしまった。
タメゴローなんて名前一体どこから拾ってきやがったんだ。
「え、え、間違えちゃいましたか?」
オロオロしながら尋ねてくるスタティナさんはちょっと可愛いななどと思いつつもタメゴローは嫌なのでもう一度確認をお願いした。
「タメゴローじゃないです。イツカですItuka!」
「はい、かしこまりました。そのお名前が使用できるか確認しますね」
なにやらデジャビュを感じつつも待っているとスタティナさんの目がとろんとしてきた。
これはまさかまたLDするつもりじゃ。
「まった、寝るな。寝るんじゃない!」
「わたしはNPCですよぉ、ねたりしないれふぅ」
「いやヤバいって、どう見てもお休み3秒前だって!」
俺の説得も虚しくスタティナさんの頭上にはまた無常にも【LinkDead】の表示が灯る。
…俺は一体いつになればゲームを始められるんだ。
この現象はアクセスが集中してサーバー負荷が高まったのが原因だったそうだ。
掲示板ではアカウントが作成できない人々が書き込みしまくりすごい勢いでスレが消費された。
このひたすらスタティナさんが居眠りするのを見るしかなかった現象は『スタティナオンライン』と呼ばれるようになった。
一部メーカーのVRヘッドセットに付いている撮影機能によりこの模様がアップロードされキュリオシティオンラインの人気上昇に一役勝ったとか。
確かにあれは尋常じゃない可愛さだった。