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No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
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[19023] 第二十五話 ~物語の始まり~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/15 22:41

「――――さい」

遠くで声が聞こえた。
この声はきっと俺を呼んでいるものだ。
でも、駄目だ。温かい蒲団は俺を掴んで離さない。
ああ、憎い奴だ。憎いが、この温かさと優しさを俺も手放したくない。
開きかけた目を瞑って、再び意識を沈ませていく。

「いい加減起きてください、兄さん。……セイッ!」

次の瞬間、俺は腹部に衝撃を受けた。
痛みのあまり眼を開けると、俺の腹に肘を乗せている少女がいた。
完全に眠気が吹き飛んだ眼を擦りながら、彼女の姿を見る。
あどけなさが残っているが、ところどころ大人っぽい顔立ち。
肩よりやや伸びた青掛かった髪の左側はピンで留められている。
俺の通っている学園と同じ制服を着た彼女は、俺の顔を見てきた。そして、満足気に笑う。

「おはようございます、兄さん」
「……誰だ、お前は?」
「あらあら、まだ夢の中のご様子で。貴方の妹、佐藤市代を忘れてしまったのですか?」

なんだ、それは。混乱する頭を必死に落ち着かせようとする。俺に妹なんかいただろうか。いや、いないはずだ。
もう一度彼女をしっかりと見る。どこかで見たことがある顔だ。
しばらくして思い浮かんだのは織田伸樹の妹、織田市代だった。
目の前の彼女も織田市代と似てはいるが、織田市代が俺の家にいるはずはない。
ここは佐藤尚輔が一人暮らししている家なのだから。

「なんで、いるんだ……」
「妹が兄と同じ家にいるのは当たり前です。それと、そんなにまじまじと見ないでください。……は、恥ずかしいです」
「すまない。ところで、君は――」
「おっはよー! なおっち起きてるかー!」

ドアが突然開かれた。元気な挨拶と共に入ってきた女。
今度は俺が知っている人だ。織田の幼なじみである柴田加奈。
彼女はポニーテールを揺らしながら俺のベッドの近くまで来た。
大して親しくもない彼女が、どうして俺の部屋に来たんだ?
第一彼女たちはどうやって家の中に入ったんだ?
昨夜、玄関の鍵は確かに閉めた。戸締りはしっかりしていたはずだ。それなのにどうして?
まだ少し痛む腹を摩りながら、いくつもの疑問が浮かんでくる。

「あら、加奈さんおはようございます。今日もお早いですね。でも兄さんを起こすのは私の仕事ですから、もう来なくていいですよ。帰ってください。ていうか帰れ」
「いやいや、なおっちは私の幼なじみだから私が起こさないと」
「いいえ、結構です。ほら、貴方が来たから兄さんも迷惑しています」
「迷惑というよりは、状況が理解できなくて混乱しているんだが……」
「ほうら、妹だからって兄のこと理解できていないじゃんか。なおっちはね、いっちゃんが起こしたから困っているんだよ」
「そんなはずがありません! 私が兄さんを困らせるような真似をするわけないじゃないですか」

気がつけば、勝手に彼女たちは睨み合っていた。肉体的ではなく、精神的な意味で腹が痛み出しそうになる光景。
それを俺はパジャマのままベットの上で眺めることしかできなかった。

「ねえねえ、どっちが起こしてくれた方が嬉しい? モチのロン、私だよね」

そう言ってから、柴田加奈は俺に抱きついてきた。
突然押しかかってきたので、二人一緒にベッドに倒れてしまう。
柔らかい感触の何かが二つ。ふわふわ。いや、ふにゃん? とくにかくパジャマ越しでも伝わってくる柔らかさ。
これは仕方ない。たまたま起きてしまった偶然の産物だ。故意ではない。ゆえに、俺は悪くない。
悪くないはずなのに、鬼如き形相で睨みつけてくる女がいる。

「兄さんから離れなさい! この馬鹿女!」
「いやだよー。これは意味がある行為なんだよ。こうして私が抱きついて幼なじみ成分を補給しておかないと、なおっちがヤバいわけですよ。
授業中にエネルギー切れを起こしたら大変じゃん。当然、私の補給も兼ねているけどね」
「だったら、早くそこを退いて下さい。そんなものがあるなら、兄さんには妹成分も必要なはず」
「うわ、そんなもんあるわけないじゃん。なに信じているのさ」
「ムキーッ!」

ついには、キャットファイトを始めだした二人。
状況が飲み込めない内に、なにやら大変なことになっている。
とりあえず何とかしないといけない。適当な口実を考えて、争っている二人に言った。

「あの……着替えるから二人とも部屋を出てくれないか」
「了解! じゃあ、私は下で待ってるねー」
「朝御飯はいつものところにありますから、着替えたら食べてくださいね」

意外と聞き分けが良かったことに安堵する。二人が部屋を出て行くと、急に静かになった。
改めて部屋の中を見渡しても、そこは間違いなく俺の自室だった。
机の上は昨日開いた教科書がそのままだし、家具の位置も変わらない。
いくら頬をつねっても覚めないのは、夢ではない証拠だからだろうか。
下の階から彼女たちの騒ぎ声が聞こえてきた。急いで着替え、俺は一階に行くことにした。

「いったい、何が起きているんだ……」

織田が俺の妹だと言った。
柴田加奈は俺を幼なじみだと言った。
本来その役割は、織田伸樹だ。それなら、彼はどこにいるのだろう。
状況を理解しようとするため、ゆっくりと階段を下りていく。
二段ほど下りた時、背後に人の気配を感じた。振り返ろうとすると、背中を押された。
足が前に進む。踏み込んだ先に、足場はない。一秒に満たない短い時間の中で、自分の体が落ちていくことが分かる。
そして、落下。階段に胸を打ちつけて、次に頭をぶつける。体は、衝撃を受けながら一階まで転がり落ちていく。
最後に背中を床に打ちつけて、ようやく止まった。助けを呼ぼうとすると、胃液が込み上げきた。
吐き出すために立ち上がろうとしたが、体の節々から悲鳴を上がった。結局、吐き出すこともできず、首を横に向けて口の隙間から垂れ流す。
気持ち悪さと痛みで視界がぼやけてくる。そして、胃液の酸っぱさに我慢できなくなった時、俺は眼を閉じた。
遠くで声が聞こえた。あれは彼女たちの悲鳴だろうか。







正しい主人公の倒し方 第二十五話
 ~物語の始まり~







蒲団を跳ね除けて、体を起こした。

「はぁ……はぁ、はぁ…………」

右手で心臓の辺りを掴みながら、周囲を見渡す。
電気がつけられていない自室。昨日寝た時と変わっていない。
織田市代も柴田加奈もこの部屋にはいなかった。
寝汗がまとわりついたパジャマは既に冷たくなっていた。
時刻は4時20分。まだ太陽は昇っておらず、鳥の声も聞こえない。
気持ち悪さは若干あるが、体の痛みはどこにもなかった。

「なんだよ……。驚かさないでくれよ」

どうして、こんな夢を見たのだろうか。
答えはすぐに分かった。俺はつけっぱなしになっているゲーム機を見た。その隣に置かれているのは、恋愛シミュレーションゲーム。
昨夜、俺は『School Heart』をプレイしていた。どこまで進めたのかは覚えていないが、学校から帰ってきた後ずっとやりこんでいた。
そして、あんな夢を見てしまった。
のそりとベッドから立ち上がってゲーム機のところまで行く。
ゲームケースを開けてディスクを取り出した。ディスクを両手で持って、じっと一分ほど眺める。
キャラクターが描かれた方を表にして、両手に力を加えていく。ディスクが少しずつ曲がっていく。

「……いや、止めておこう」

ディスクを再びゲームケースにしまいこんだ。
昨日、ゲームをプレイした目的は『佐藤尚輔の登場』を確認するためだった。
2学期以降、シナリオに関われそうな場面を探してみた。
結果、登場場面は二回あった。1つは、この前あった体育祭の出場種目決め。
そしてもう1つは、期待していたものから大きく外れていた。
『そういえば、夏休みの間に謹慎処分くらった奴がいるんだってな』
クラスメイトの何気ない会話場面に出てきたのを最後に、佐藤尚輔はシナリオに関わらなくなった。
希望があるとすれば、俺がプレイしたのはハーレムルートでないことだ。
ルートが確定する前にバッドエンドに入ってしまったため、仕方なく他のルートをプレイした。
だが、それでも少なすぎだ。佐藤尚輔はゲームに関わることは、ほぼ無いと言っていいだろう。
もう既にこの世界から用済みなのではないかと思ってしまう。それならいっそ、この世界から消えてしまいたい。
俺は暗い部屋の中で何もせず、学校が始まるまでただ起きていた。
日が昇り、新聞配達のバイクの音が聞こえ出してから、俺は部屋を出た。
今日も1日が始まる。





特に大きなイベントもなく、普段通り授業が進んでいく。
行事などがあると否応無しに『主人公の存在』を意識することになるが、それ以外なら話は別だ。
目立つクラスメイトがいる。ゲームを考えなければ、織田伸樹はその程度の認識になる。
放課後になると、田中が俺に声を掛けてきた。

「佐藤、ゲーセンでも行こうぜ」
「……すまん。遠慮しておく」
「そうか。気が向いたら声を掛けてくれ。じゃあ、また明日な」

田中は嫌な顔一つせず、手を振って教室を出ていった。
俺には俺の友人がいる。ということは、俺だけの生き方もある。
ゲームに囚われずに生きていくことも有りかもしれない。
そんなことを考えながら、学校を出た。
しばらく道を歩いていると、見覚えのある白いセダンが横を通り過ぎた。
運転手もこちらに気づいたようですぐに急停車した。そして窓が開き、運転手が顔を出す。

「久しぶりだね、佐藤くん」

細目で人の良さそうな顔をした男性、斉藤さんのお父さんだった。
文化祭前の台風。斉藤裕と一緒に雨宿りをした時に送迎をしてもらった以来だ。
あの時はまだ、世界の仕組みを理解せず、悩みながらも純粋な気持ちでヒロインと接していた。
そして、一学期の終わりに俺斉藤さんに頬を叩かれて、泣かせてしまったことを思い出した。
そうなったのは俺が悪いのだが、その事について聞かれるのではないだろうか。
そんな不安に駆られている俺を知ってか知らずか、彼は食事に行かないかと誘いかけてきた。

「どうかな? そんなに時間は取らせないつもりだけど」
「……いや、その」
「君と話したいことがあるんだよ」

彼は俺の眼を見ながら、そう言った。
結局俺は断ることができず、車に乗せてもらうことになった。
話したいことがあると言ったわりに、車内での会話は当り障りのないものばかりだった。
それでも話すことによって多少の緊張は解れる。始めにあった不安が薄くなってきた頃に、車が目的地に着いた。
車から降りると、『喫茶ドワール』と描かれた看板が目に入る。文化祭の買い出しで一度斉藤さんと入った場所だ。また彼女を思い出してしまう。

「いや~、裕がこの喫茶店が良いって言ってたから一度来てみたかったんだ。洒落た店に一人で入るのは勇気が居るからね」
「俺も入ったことありますが、良い店ですよ」
「佐藤くんもそういうなら本当に良い店なんだろうね。それじゃあ、早速入ろうか」

扉を開くと、カランカランッとベルが鳴る。
店の内装も相変わらず綺麗で、前に比べて観葉植物の数が増えていた。
夕食前の時間帯ということもあり、店内はさほど混んではいない。すぐに店員が駆けつけてきた。

「何名様で?」
「ニ名、禁煙席で」

店員に連れられて、店の奥にある四人掛けのテーブルに座る。
改めて対面すると、不安がまた沸き上がってきた。メニュー表に目を通すが、まるで頭に入ってこない。
まだ決まっていないのに、店員がメニューを聞きに来た。

「ご注文は?」
「僕はケーキセット、ドリンクはストレートティーで。佐藤くんはどうする?」
「えっと、俺は……」
「お金の心配はしなくていいよ、僕が出すから。高いのも頼んでいいからね」
「ありがとうございます。それじゃ、俺もケーキセット、ドリンクはアイスコーヒーでお願いします」
「かしこまりました」

手と首筋が汗ばんでいる俺に対して、斉藤さんのお父さんは呑気にメニューを読み返していた。
話したいこととは何だろうかと考えていると、店員がドリンクを持ってきた。
俺は気分を落ち着かせるために急いで一口啜った。

「へえ、ブラックのまま飲めるのかい?」
「……はい。ここの珈琲は無糖でも美味しかったので」
「大人っぽくていいね。僕はコーヒーの苦味が駄目で、角砂糖を3ツほど入れないと飲めないんだ。羨ましい限りだよ」

彼は笑いながらカップに口をつけた。俺も二口目を啜る。

「ところで、君は娘に何かしたのかい?」

ゴホゴホッと咽てしまった。狙いすましたかのようなタイミング。紙ナプキンで汚れてしまったところを急いで拭いた。

「はははっ、そんなに驚くってことは何かやらかしたみたいだ。どんなことをしたんだい?」
「…………」
「言いにくいことかな。それなら無理しなくていい」

彼はカップを受け皿に置いて、両手を組んだ。

「君はまだ結婚していないから分からないと思うけど、子は親にとって命より大事な存在なのさ」
「……そうだと思います」
「だからこそ、父親にとって娘の恋人ほど厄介な存在はないよ」
「厄介?」
「ああ、そうだよ。娘に恋人がいれば、自分の愛娘を取られたと嫉妬する。けれども、いなければ逆に不安にもなる。
裕は男手一つで育ててきたから、その厄介さはそこらの父親よりも倍以上だよ」
「斉藤さんにはお母さんがいなかったんですか……」
「ああ、そうだよ。僕の妻は裕が幼い頃に亡くなってね。昔は僕が料理を作っていたんだけど、ここ数年は裕の方が上手くなってしまったよ」

フォークでショートケーキを崩しながら、彼はあっさりと家庭事情を話した。

「君をここに連れてきたのは娘の近況を聞きたかったのもあるけれど、それだけじゃないんだよ。
夏休みを境にかな、君の話題が食卓に全く上がらなくなって不思議に思っていたんだ」
「……夏休みは斉藤さんと会っていませんから」
「そうだろうね。それで気になって聞いてみると、裕は黙りこんでしまう。それと、仕事が遅くなった日のことだった。
寝ている娘の部屋を覗いたら君の名前を寝言で言っていたんだ。そして、涙を流していた。それを見た時、何かあったんだと感じたんだ。
同時に君の顔を一発殴りたい気持ちになったよ」
「どうぞ。覚悟ならできています」
「冗談だよ。殴っても君の方が強そうだから、返り討ちに遭いそうだ。それに僕が本当に殴りたいのは自分自身だからね」

彼は再びアイスティーを飲み始めた。静かに時間が過ぎていく。

「さて、娘に何があったのか話してくれないかな?」
「……俺は彼女を怖がらせてしまったんです。斉藤さんが織田と一緒にいたことに嫉妬して」
「織田君というのは、裕や佐藤くんと同じクラスメイトなのかい?」
「ええ、そうです」
「差し詰め、恋のライバルというところか。いいね、青春だ」

ライバルなんて言えない。同じ舞台にすら立っていないのだから。

「聞いてください。織田は――」

直感に近いものだった。この人になら、俺の気持ちを打ち明けていいと思った。

「複数の人と付き合っています。その中に斉藤さんも入っているんです」
「……本当かい?」
「俺は許せなかったんですだ。だから、俺は織田のハーレムを潰そうとしました」

軽く呼吸をして、腹を括る。

「俺は斉藤さんが好きでした」

それは始めの頃にあった間違いない気持ち。今は揺れ動いているが、それが有ったことは確かだ。

「お父さんは、織田のそんな付き合い方をどう思いますか?」
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない……とか言いたいんだけど、今はそれが問題じゃないね。
本音を言うと僕も許し難いことだと思う。けどね、娘を信じたい気持ちがある。娘が幸せだったら、それでいい」
「……そうですか」
「佐藤くん、僕に縋ってはいけないよ」
「えっ?」
「もしも僕が『絶対に許さない。その男から裕を遠ざけるべきだ』と強く言っていたら、君はきっと喜んでいただろう」
「そんなことは……」
「だったら、何故がっかりしたんだい? 声の覇気もなくなったよ」

珈琲に入っていた氷が、カランッと音を立てて崩れた。

「君が何をしようとしているのかは、僕には分からない。けれども君は今、僕の言葉で自分の行為を正当化しようとしていた。
あの人も言ったから、自分は正しいのだと。だから、僕に免罪符を求めていた」

言い逃れはできない。俺は賛同者が欲しかったのかもしれない。
俺の選択を支えてくれる人を見つけて、それに縋ろうとしていた。

「佐藤君は織田君よりも裕を幸せにすることができるのかい?」

それを言われた時、俺はどうすることもできないことを知った。彼女を悲しませてしまったという事実。
例え作られたものだとしても織田といる時の彼女の笑顔は本物で、俺がしてきた妨害はそれを潰すことだったから。

「ごめん、ごめん。落ち込ませるつもりはなかったんだが、思っていた以上に口が動いてしまった。
正直に言えば僕もショックを受けた。娘がそんな付き合い方をしているのだと知って……。てっきり、君と付き合っていると思っていたから」
「……それはありえません」
「そう悲観することはないよ。寝言で名前が出てくるなんて、よほど気にしているか恨んでいるかのどちらかだから」

彼は慰めにもならないような言葉を掛けてくれた。
それからアイスティーを半分ほど飲み、カップをこちらに見せてきた。

「君はコップに半分入った水を見てどう思う?」
「それは斉藤さんから一度聞いたことがあります」
「なんだ、裕が先にしていたのか。こりゃ格好がつかないね。ところで、どう答えたんだい?」
「半分しかないと言いました。お父さんならどう答えますか?」
「飲んでしまいなさい」

半分残っていたアイスティーを飲み切り、空にした。

「渇きを感じるなら、自分が飲めばいい。友人が欲しいと言うなら、飲ませてあげればいいい。
半分しかないと悲観することも、半分もあると楽観することも、どちらも正しいとは言えない。何もない状態にすれば迷う必要はない。
コップに入った水は飲むためにある。それなら、折角ある水を飲まなければ勿体無いだろう」

一理ある答えだった。だが、その答えは質問に合っていない。

「納得していない顔だね。うん、確かにそうだ。どう思うのかと聞かれて、どう行動するのかを答えている。
でも、思っているだけでは何も始まらない。価値はね、行動を起こして初めてつくものだよ」
「そういう考え方もありますね……」
「質問を変えよう。佐藤君、君はコップに半分入った水を見てどう思い、どう行動する?」

自分の手元にある珈琲カップを見る。やっぱり俺は、半分しかないと思う。
その後の行動は、どうすればいいのだろうか。
答えが見つからずに迷っていると、携帯の着信音が鳴った。
斉藤さんのお父さんは、急いで鞄から携帯電話を取り出した。

「おっと、ごめんね。……もしもし……その件について……締め切りは………はい、承りました。お願いします」
「仕事の電話ですか?」
「そうだよ。ちょっと出掛ける必要がありそうだ。ごめん、先に出るね」

レシートの横にお札が四枚置かれた。

「お釣りが多いですよ」
「帰りのタクシー代。それと今日はありがとう。若い人と話すのは良いものだね」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」

彼は荷物をまとめて立ち上がると、子どもっぽい笑みを浮かべた。

「僕個人としては、やっぱり君が裕と付き合って欲しいと思ったよ」
「えっ?」
「でも、これを口実にして正当化しちゃ駄目だよ。何を迷っているのか知らないけど、迷うだけ迷ったほうがいい。
自分の気持ちを誤魔化したり嘘ついたりしたら、後になって悔やむだけ。迷って導き出した答えは全て及第点だ」

斉藤さんのお父さんはそう言ってから、すぐに出口に向かった。
残された俺は、氷が溶けて混じった薄い珈琲を飲んだ。
苦味、酸味も全てが薄かったが、琥珀色の液体はすっきりと喉を通っていった。





「あなたの名前を教えてください」

家に帰った俺は、再び『School Heart』をプレイし始めた。
斉藤さんのお父さんと話した後、迷うだけ迷ってみることにしたからだ。
勿論、ただ闇雲に迷っているだけでは無駄だ。だから、俺はこの世界の手掛かりとなるゲームをする。
手始めにどのルートでもいいから、ゲームをクリア。そしてハーレムルートの攻略が目標だ。

「苗字はこれで良し。名前はナ行からで……次はア行で……」

漢字欄から自分の名前を探そうとしたが、途中で実名プレイの恥ずかしさを思い出した。
一文字削除のボタンを押して、デフォルトネームの『織田伸樹』にする。
OPが流れて、最初のイベントが始まった。
物語はここから始まる。


『一番好きな桜の咲き時は?』


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