その現実に俺は絶望した。
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正しい主人公の倒し方 第二十三話半
~桜の樹の下から~
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物語の始まりは、この桜の木の下から。
緑の葉を生い茂る桜の木は、大きく、そして静かに、俺の前に立っている。
木の下から見上げると、視界が緑で覆い尽くされて青い空が全く見えない。
それが綺麗だと思う反面、自分の価値を問われているようで、気味が悪くなった。
人を魅了するだけの価値が、この桜の木にはある。
それでは、自分はこの世界でどれほどの価値を持っているのか。
いくら考えたところで、この桜の木には追いつけなかった。
気味悪さは吐き気へ変わる。
自分がこの世界に来てから、してきた事を思い出して憂鬱になる。
どれだけ足掻いても、俺は遂に主人公に追いつくことはなかった。
舞台に立とうとしても、あらすじを知っていたとしても、俺にスポットライトが当たることは一度としてなかった。
1学期が終わった。けれども、2学期、3学期とこのゲームはまだまだ続いていく。
そして、ゲームを終わっても俺はこの世界に存在しなければいけないのだろうか。
葉桜は、そんな俺を見下すかのようにそびえ立っている。
しかし、もう恐れる必要はない。
俺に価値がないのなら、この桜の木も同じように価値が無くなればいい。
物語の終わりは、この桜の木の下で。
グッドエンディングを迎えた主人公とヒロインはこの桜の木の下で将来を誓い合う。
どの終わり方においても、それは共通した終わり方だった。
これが俺の最後の妨害になるだろう。
俺が準備してきたものは3つ。ポリタンク、新聞紙、ライター。
ポリタンクのキャップを開けて、ガソリンを桜の木に浴びせかける。
新聞紙は雑巾のように絞り、ライターで火をつけて松明代わりにする。
そして、これを近づければ桜の木は無くなる。
「何をしているんだ!」
いよいよ、着火だという時に教師が現れた。
急いで桜の木に近づけようとしたが、新聞紙に点いていた火が消えかかった。
慌ててもう一度ライターで火をつけようとするが、中々上手くいかない。
教師が俺を羽交い絞めにする。自棄になった俺は、新聞紙を桜の木に投げつけた。
新聞紙は放射線をえがき、ガソリンをかけた場所に落ちる。
そして、着火。一瞬で燃え広がる。
「な、なんてことをするんだ!」
「……いいぞ。燃えろ。燃え上がって、全てが無くなってしまえ」
しかし、桜の木は焼け落ちなかった。
突然、ポツポツと降りだした雨。気がつけば、周りが見えなくなるほどの豪雨へと変わった。
見る見るうちに火の勢いは弱まり、やがて消えた。
俺は教師に取り押さえられながら、立ち昇る煙を力なく見上げた。
煙は空へ向かって上がり、次第に見えなくなっていく。
こうして、俺の最後の妨害は呆気無く終わった。