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No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
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[19023] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/21 04:12
じっとりとした寝汗を首元に感じて、目が覚める。
時計を見ると、セットしたアラームより1時間前だった。
明智さんからキーホルダーを預かった日の妨害も失敗。その次の日も失敗。
もはや成功なんて有り得ないのではないかと思うほど、俺は失敗を繰り返している。
残された期間は、一週間と少しだけ。妨害できるイベントにも限りが出始めてきていた。
俺はベッドから下りて、誰もいない1階に向かう。
冷蔵庫を漁りながら朝食の準備をして、TVをつける。
普段あまり見かけないアナウンサーの挨拶を聞きながら、食材を刻んでいく。
いつもと変わり映えのないニュースが流れ、次に占いが始まる。
動かしていた手を止めて、なんとなく眺めてると結果は1位と最下位だった。
俺の誕生日だと1位で、佐藤の誕生日だと最下位。ラッキーカラーはベージュとブルー。
どちらを信じればいいか分からないので、とりあえずそれぞれの色のハンカチを持っていくことにした。
黒髪が綺麗な女子アナは、占いの最後にコメントをつける。

「最下位の人も大丈夫。思いがけない出来事に気をつければ、今日一日も良い日になりますよ」

思いがけない出来事なんて、予測がつけば誰も苦労はしない。
今日のイベントの舞台は体育倉庫だ。5時限目に体育があるので、その時にイベントが起きると踏んでいる。
妨害の方法をいくら考えても、不安は消えない。今だにイベントを起こさせないための何かを掴めずにいるからだ。
だが、これまでの失敗を振り返りいくつかポイントを押さえてある。
まず、イベントの話題となるキーアイテムを奪う。それだけでは代わりになるものが出てくる可能性がある。
次に、イベントが起きている最中に邪魔をする。これは、できた試しがない。良い例が文化祭前日の屋上だ。あまり期待はできない。
最後に、ヒロインをイベントが起きる場所に行かせない。織田がヒロインのいる場所に現れれば、明智さんのように勝手にイベントが進んでしまう恐れがある。
しかし、そこでしか起こりえないイベントなら妨害ならどうだろうか。この学園に体育倉庫はグラウンドに1つしかない。
ゲームの中でも気に入っていたイベント。
ヒロインの斉藤裕と一緒に主人公が体育倉庫に閉じ込められてしまうというイベント。
今の俺にとっては一番起きてほしくないイベントとなってしまった。
蛇口を捻り、コップに溢れかえるほどの水を入れる。今日初めて口にする水は、体の隅々まで染み渡っていくようで美味しかった。







正しい主人公の倒し方 第二十二話
 ~無様な脇役がそこにいた~







その日は朝から授業にろくすっぽも出ず、妨害のために校舎を駆けまわっていた。
朝の職員会議の終わり頃を見計らって、職員室から体育倉庫の鍵を盗み出す。
教師や生徒が慌ただしく出入りしている時だったので、誰も盗んだことに気がつかなかった。
次に向かったのは、校舎から離れたプレハブ小屋。
元々どこかの文化部の部室だったようだが、今は物置替わりとして使われている。
幸い鍵は開いており、中に入ると芝刈り機から体育祭で使われるであろう大玉まで、様々なものが置かれていた。
その中を何か役立ちそうなものはないかと物色する。

「これは使えるかもしれないな」

積み上げられたダンボールを退かすと、錆びかけの脚立を見つけた。
他にもロープや長い木の棒があったので、とりあえず借りておく。
その3点をプレハブ小屋から持ちだし、体育倉庫の裏に隠しておいた。
いよいよ、舞台となる体育倉庫で下準備を進める。
始めるにあたって、閉じ込められるシチュエーションを起こさせないことを考えなくてはいけない。
まずは体育倉庫の錠前を外して、扉の開閉を確認した。
今のところ問題なく開閉できるようだが、イベントが起きればどうなるか分からない。
心配になり注意して扉を見てみると、レールに砂や小石が溜まっていた。
これが原因で扉が開かなくなることは……ありえなくもない。
手近にあった木の棒を拾い、地道に取り除いていく。
7月の外は暑い。風が運んでくるのは熱気。日除けもない倉庫前での作業は思っていた以上に体力を使う。
汗を流しながら、無心で手を動かし続ける。砂や小石を取り出して、レールの周りにも何も残らないようにする。
そんな地味な作業が終わったのは、1時限終了のチャイムが鳴るのと同時だった。

「……何やってんだかな、俺は」

主人公を倒すと息巻いて、やっていることは小細工。
右ポケットに入っていたブルーのハンカチを取り出して、額の汗を拭う。
でも、これでいいんじゃないんだろうか。
効率の良く効果的な方法も見つからなかったから、こうするしかないのだ。
気合を入れ直すために、自分の頬を三度叩く。

「よしっ、頑張るか」

そう気合を入れたものも、流れ落ちる汗は依然として止まらない。
喉も乾き始めて、唾液が出にくくなっていた。
五時間目までは時間もあるし、一旦休憩を入れよう。
作業を中断して、体育館前にある自動販売機に向かう。
休み時間にわざわざ体育館前の自動販売機まで来る生徒はいないようで誰にも会わない。
自動販売機の前で財布を取り出し、ラインナップを見て何を買おうか考える。
俺の好きな珈琲を選ぼうとしたが、ボタンに手を乗せたところで止まった。
缶コーヒーには地雷が多い。少なくともこの自動販売機には飲みたい珈琲がない。
それなら炭酸ジュースにしようかと思ったが、そうもいかない。赤いランプで映し出された売切の文字。
いっそのこと水道水で我慢しようかと考えるが、自動販売機前まで来て何も買わないのは勿体ない。
人間、小さなことでも迷い始めたらきりが無い。
そうやって時間を浪費していると、突然冷たくて硬いものが首筋に当てられた。

「うひゃぁっ!」

思わず変な悲鳴を上げてしまった。
首に手を当てて振り返ると、そこには松永がいた。
彼女の手にあるのは林檎ジュース。冷たくて硬い感触の正体はそれだった。

「お疲れ様。体育倉庫の前で何をしていたの? しかも、私に内緒で」
「……見ていたのか」
「ええ。暇な時に窓から外を見ていたら、偶然あなたの姿が見えたのよ。あと、これは差し入れ」

差し出された林檎ジュース、お礼を言いつつ受け取る。
プルタブを開けると、冷えた林檎ジュースの爽やかな匂いが鼻を擽る。
耐え切れずに一口だけ飲む。透明感のある甘みが口の中に広がり、さっぱりとした後味で締められる。
そして、気がつけばごくごくと喉は音を鳴らしながら飲んでいた。思っていた以上に自分の喉が渇いていたようだ。

「それで、あなたはあそこで何をしていたの?」
「アリの観察だよ。アリは餌を見つけると、仲間のために道しるべフェロモンを出すんだ。知っていたか?」
「…………」
「あー、すまん。妨害の下準備をしていた」
「いつもなら何をするかぐらい言ってくれたのに」
「その点はすなまかった。どうしても今日のイベントで焦っていたんだ」

休み時間終了のチャイムが聞こえた。
レールの部分はあらかた終わったが、体育倉庫の中はまだ見ていない。
缶を捨ててグラウンドに向かおうとすると、松永も着いて来た。

「私の顔をじっと見つめているけど、何かしら?」
「お前、授業があるよな」
「あなただってあるじゃない。それと、私のクラスは次の時間自習になっていますから大丈夫」
「妨害には協力しないんじゃなかったか?」
「しないわ。ただね、あなたが何をするのか興味があるのよ」

溜息をついた後、俺は仕方なく了解した。松永がいたところで作業の邪魔になることはないだろう。
体育倉庫に着いて扉を開ける。扉は先程より開けやすくなっていた。扉に関しては、ひとまずは気にしなくて良さそうだ。
薄暗く埃っぽい体育倉庫の中を見渡して、イベントを起こさせないためにすべきことを考える。松永も同じように見渡していた。

「ふ~ん、ここで斉藤裕と織田君が閉じ込められるのね」
「ああ、そうだ。好感度を上がりやすいイベントだ。ハーレムを狙ってるなら外すことは考えられない」
「閉じ込められるなんて安っぽい恋愛小説に有りがちな出来事ね。ところで、あなたは斉藤裕のことが好きなの?」

何を言い出すかと思えば、この女は。
俺は振り返って、すぐさま松永を睨みつけようとした。だが、俺の首は動かなかった。
戸惑いと言うべきか、躊躇いと言うべきか。好きかと聞かれた時、その感情が浮かばなかった。
だから、俺は怒ることも恥ずかしがることもできなかった。

「……そんなのどうでもいいだろう」
「確かにどうでもいいことね。どうせ、私には関係のないことだったわ」

なんとなく尋ねただけだったのだろう。
俺の返事には興味を示さず松永は、倉庫の状況を指さしながら確認し始めた。

「マットやハードル。体育や部活で使うものが置かれているわね。要らなくなった机や椅子、本棚なんかもあるわ。
そして、出入りができるのは鉄製の扉と窓のみ。けれども、窓は高い位置にあって手を伸ばすぐらいでは届かない」
「だから、この脚立を持ってきたんだ」

錆びかけの脚立を窓の近くで広げた。登ってみると、手が鍵に届いた。
無理すればここから出れるぐらいの高さだ。次にすべきことが決まった。
レールの掃除は閉じ込めさせないための準備だった。次は起こさせないための準備だ。

「松永は一旦体育倉庫から出てくれ」
「今から何をするの?」
「バリケード作りだ」





太陽が西へ傾き始めてきた。バリケード作りが終わると松永はすぐにクラスに戻った。
5時限目の体育は既に始まっている。その間も、俺はずっと体育倉庫前に居座っていた。
誰一人として中に入れていない。いや、扉を開けたとしても机やマットで作ったバリケードがあるから入れないはずだ。
腕時計で時間を見ると、授業終了まで残り10分。長い。時計を見る動作が多いと時間の進みが遅く感じるそうだが、まさにその通りだった。
ちらちら腕時計を見ても針は一向に進んでいないように感じる。
残り5分。誰かが近づいてきた。体育の教科当番になってるクラスメイトだった。

「あれ、佐藤? 今日は欠席じゃなかったの?」
「午後から来たんだ。それより体育倉庫に入るのか?」
「違うよ。朝から体育倉庫の鍵がないみたいでね、教官室にメジャーを返しにいくところさ」
「ということは、もうそろそろ体育が終わるのか」
「うん。グラウンドで挨拶している頃じゃないかな」

会話をしながらも、俺は気が気でなかった。本当にこのまま無事に終わるのか分からないからだ。
クラスメイトが離れていき、俺は再び倉庫前に座った。
残り3分、2分、1分。30秒、10秒、3、2、1、0。そして、5時限目終了のチャイムが鳴った。
ようやく終わったと安堵の溜息をつこうとした瞬間、倉庫の中から物音が聞こえた。
何かの聞き間違えだろうと思ったが、それを否定するように再び音がした。
まさか、そんなことが、起こりえるのだろうか。
急いで錠前に鍵を差し込んで回す。だが、いくら捻っても錠前が外れることはなかった。
鍵穴が壊れている。しかも、こんな時に限って。
急いで俺は体育倉庫の裏へ回りこみ、窓の様子を確認する。
動かした形跡は見られない。俺はプレハブ小屋から持ちだした棒を使って、窓を開けた。
入れなくてもいい。中を確認できればいいんだ。
助走をつけて窓に向かって跳んだ。駄目だ。これぐらいじゃ届かない。あと5センチほど足りず、地面に着地する。
もう一度挑戦する。今度は前上に跳ばず、壁に向かいながら跳ぶ。ぶつかる瞬間、右足で力一杯壁を蹴り上げる。
良い感じだ。ジャンプが最高地点に到達する時を見計らって手を伸ばす。ぎりぎり手が窓枠に引っかかった。
両手を窓枠にかけ直し、そのまま体を持ち上げる。厳しい体勢だが、倉庫の中を辛うじて見ることができた。
出る時に使った脚立はそのままだ。バリケードも動いていない。そして、倉庫の中には誰もいなかった。
安心した瞬間、手の力が抜けた。真っ逆さまに体は落ちていく。無様に腰を地面に打ちつけてしまった。

「…………はあ」

情けない溜息が出た。そして、自然と口元が緩んでいた。

「……あはははははは。なんだよ、これが成功なのかよ」

起こさせないようにしたのだから、これが正しい形なのは分かっている。何もないことが成功の証拠なのだ。
けれども、失敗がありすぎて実感が湧かない。失敗の方が目について分かりやすかったからだ。
体についた埃を払いながら立ち上がる。腕時計を確認すると、まだ休み時間だった。
6時限目からの参加。大遅刻だが、とりあえずは教室へ行く。
教室の扉を開けると、体育終わりの男子生徒たちが着替えをしていた。様々な制汗剤の匂いが入り混じっており、むせ返りそうになった。
それを我慢しつつ自分の席につこうとした時、アイツがいないことに気づいた。
既に着替え終わっていた徳川に話しかける。

「織田はどこかに行ったのか?」
「いいや、知らないな。授業の途中で体育倉庫に行ったみたいだが……」

それはないはずだ。5時限目に織田は倉庫に来なかった。
体育倉庫でイベントは起きていないはずだ。納得のいかない俺は考え続ける。
閉じ込められるイベントを前提として考えた時、1つの可能性が浮かんだ。

「織田は何を取りに行ったんだ?」
「確か番号の着いたビブスを取りに行ったはずだ」
「ビブスは体育倉庫以外にも置いてあるよな?」
「ああ、そうだな。体育館倉庫にもあったはずだって、どこ行くんだよ。授業始まるぞ」

徳川が頷いた瞬間、俺は駆け出していた。呼び止める声は無視した。
おかしい。ゲームで起きた場所はグラウンドにある体育倉庫であり、体育館倉庫ではないはずだ。
似たようなロケーションなら何でもいいのか。そこまでご都合主義なのか。
上靴を脱がずに体育館に入り、そのまま倉庫に近づく。
中から聞こえる物音。先程とは違う。間違いなく誰かがいることが分かる。
扉に手を掛けて、すぐさま横へ動かす。だが、開かない。俺は阿呆か、錠前が掛かってるじゃないか。
職員室まで鍵を取りに行く時間が惜しい。大事な時に扉が開かなくなるのは、もう飽きた。散々だ。
苛立った俺は拳を扉に向かって叩きつけた。

「開けってんだよッ!」

金属が擦れた音がした。
咄嗟にその音がしたところを見ると、錠前の取り付け部分が緩くなっていた。
扉が木製だったのが幸いした。力任せに錠前を引っ張ると取り付け部分ごと外れた。
これで入ることができそうだ。俺は荒くなっていた息を静めるように、ゆっくりと扉を開けた。
薄暗い体育館倉庫、その中にはマットの上に倒れている二人の姿があった。織田伸樹と斉藤裕。
扉が開いたことに気がついた織田は立ち上がった。

「佐藤くん、助けに来てくれたんだね」
「……」
「ありがとう」

その一言で、張り詰めていた糸が切れた。それがきっかけだった。

「馬鹿にするのも大概にしろ……」
「えっ、何を言ってるんだい?」
「何もできていない俺を見下してんだろう! そうさ、俺は失敗続きだ! 何が『ありがとう』だ!」

血の全てが頭に上っていく感覚。
ただ目の前にいる男が憎くて仕方がなかった。織田の胸倉を掴んで持ち上げる。
織田はじたばたと足をばたつかせる。鬱陶しい。織田の体を壁に押し当てて黙らせる。
俺は空いている左手を固めて、振り上げた。

「止めて!」

斉藤さんの叫び声が体育館倉庫に響く。振り下ろす直前だった手が止まった。
織田を掴んでいた手が緩むと、織田は床へどっさと落ちた。

「けほけほっ……」

咽ている織田を無視して、斉藤さんを見る。斉藤さんは困惑した表情で俺を見ていた。

「突然どうしたの? なんでこんなことをしたの?」
「したら駄目なのか? 織田が憎くてやったんだ」
「嘘だよね? 佐藤くんにも理由があるんだよね。……あのいじめの噂だって本当は違うんだよね?」
「違う。……けど、信じてはくれなさそうだな」

彼女の目には今まで見たことがない怯えがあった。

「俺も斉藤さんに言いたいことがあるんだ」

自分の声が脅すような低く太いものになっていた。
俺が斉藤さんに一歩近づくと、彼女も一歩引いた。
壁際まで詰めていき、両手を壁に当てて彼女が逃げないようにする。

「なあ、どうして織田なんだ?」

頭の中で何度も警告が鳴る。情けない姿を彼女に晒すなと。でも、言葉は止まらない。

「どうして織田を選ぶんだ。アイツはハーレムなんかを作ろうとしているんだぜ。馬鹿げてる。
けどよ、そんな馬鹿げていることすら、俺は止めることができないんだ。世界の中心は主人公。
そういう風に世界が回っていることは、もう十分承知した。けれども、それを邪魔する隙すらないのかよ。
主人公、主人公。憧れても成れないんだよ。俺にも万が一の可能性は――」

倉庫に渇いた音が響いた。
その一瞬だけ、世界が止まったように思えた。
振り払った斉藤さんの右手が赤くなっていた。きっと俺の頬も同じくらい赤くなっているのだろう。
幸いなことに口の中は切れていないようだ。彼女は息を切らせながら、俺を睨みつける。
怯えが消えて、敵意だけが剥き出された瞳。けれどもそれは一瞬で、聞こえてきたのは弱々しい涙声だった。

「ご、ごめん……」
「…………」
「ごめんね。ごめんね。ごめんね、ごめんね――」

彼女の涙が落ちるのを見て、取り返しがつかないことをしてしまったのだと気づいた。
今まで積み上げてきた信頼は、ほんの少しの行動と時間で崩れ落ちてしまった。もう元には戻らない。

「……あ、ああ」

口元が震えて、どんな言葉も掠れてしまう。
どうするべきなのか考えようとするが、頭の中は徐々に霞んでいき、やがて真っ白になった。
もう何も考えられない。思考停止。それでも吐き気がするほどの後悔だけは残っている。
気がつくと、俺は夢中になって体育館倉庫から逃げ出していた。
その姿は、おおよそ主人公とは似ても似つかない見苦しいものだった。
無様な脇役がそこにいた。







このまま泡になって溶けて消えてしまいたい。
屋上で夕日を浴びながら、俺はそう思った。大の字に寝っ転がて、ぼうっと遠くにある雲を眺める。
結局、体育館から逃げた後は授業には出ずに屋上で時間を潰していた。
家に帰ってしまったら、そのまま腐ってしまう気がした。だから、一人になれて落ち着ける場所としてここを選んだ。
しかし、落ち着けることなんてなかった。バリケードを放置したままだったとか、鍵を返していなかったとか、無駄なことを考える。
けれども、すぐに体育館倉庫での出来事を思い出して悶絶する。

「どうしてあんなことをしてしまったんだろう……」

大きな独り言。口ではそう言ったが、理由は分かっていた。
溜めすぎていたからだ。
デートに誘えなかったことも、石川がいなくなったことも、妨害が上手くいかなかったことも。
全てが積み重なっていき、自分でも知らないうちに大きな負担になっていた。
織田の一言はきっかけに過ぎない。
残された期間は、一週間と少しだけ。今日の放課後は明智さんのイベントを妨害しないといけないのに――。
もう何かをしようという気力は無くなっていた。
今の俺は、空気が抜けた風船のようなものだ。
せっかく入れた空気も、見当違いなところに飛んでいって無駄になってしまった。
空気をもう一度入れる時間は残されていない。飛ばない風船なんて無価値同然だ。
オレンジ色をした空を眺めながら溜息をつこうとした時、黒い影が俺の視界を覆った。

「どーしたんですか、先輩?」

慌てて飛び起きると、それは秀実ちゃんだった。逆光のせいで一瞬誰なのか分からなかった。

「……おっす、秀実ちゃん」
「おっすです」

制服を着た秀実ちゃんは俺の顔を見下ろしている。
今は放課後で部活の時間なのに、どうして彼女はここに来たのだろうか。
校庭からは運動部の声が聞こえてくる。フェンスの向こうでは陸上部が個人種目の練習をしていた。
その中に柴田さんの姿もあって、秀実ちゃんは確か柴田さんと同じ陸上部に所属していたはずだ。

「部活はどうしたんだ?」
「いきなり単刀直入ですね、先輩」

秀実ちゃんは人差し指で頬を掻きながら、恥ずかしそうに言った。

「……実は足を捻挫してしまいまして、部活を休みました」
「大丈夫なのか?」
「全然平気! ……だったら、良かったんですけどね」

突然、秀実ちゃんは靴下を脱ぎだし始めた。
彼女が屈むと、シャツの隙間から胸の谷間がチラリと見えそうになる。
多分、秀実ちゃんは気がついていない。その証拠に彼女の視線はずっと下を向いている。
けれども、俺は揺れ動く彼女のサイドテールをずっと眺めていた。

「見てください、見てください。こんなに腫れっちゃったんですよ」

彼女の足首はぷっくりと赤くなっていた。

「痛そうだな。でも、怪我しているんだから早く家に帰った方がいいんじゃないか」
「そうなんですけど、なんというか一人になれて落ち着ける場所に行きたかったんです」

それは俺と同じ理由だった。

「でも、先輩がいたから一人にはなれなかったんですけどねー」
「それなら俺は帰ろうか。俺は屋上を十分に堪能した。ここは後輩に譲るよ」
「いえいえ、譲らなくても結構です。というか一緒にいてください。そっちの方が私は嬉しいですよ?」
「嬉しいと思うなら語尾を上げて疑問にするなよ」
「えへへっ、照れ隠しですよ。言わせないでください」

秀実ちゃんはへらへらと気の抜けたように笑う。
いつも変わらない無邪気な表情。けれども、どこか無理があるように見えた。

「……いいよ。秀実ちゃんが飽きるまで一緒にいるよ」
「さすが、先輩! 物分かりが良くて助かります」
「どういたしまして」

どうせ今の不抜けた状態で妨害なんてしても成功するはずがない。
それなら、誰かと一緒にいた方が気が紛れるだろう。
今日は、もう妨害のことは考えない。
俺はあぐらをかいて、鳥も飛行機もない空を黙って見上げた。秀実ちゃんも俺の横に座って、それを見始めた。
街を赤く染める夕日は、どんなビルよりも大きかった。

「この夕日がどんどん近づいてきて、私をジュワーッと溶かしてくれればいいのに……」
「それは俺も思った。この夕日が溶かしてくれないかって」
「あっ、そうなんですか。奇遇ですね。……もしかして、先輩も嫌なことがあったんですか?」
「何でそう思った?」
「夕日を見て、そんな風に思ったからです。あと、声かける前の先輩は魂が抜けたみたいだったから」

秀実ちゃんは首を傾げながら、訊ねてきた。

「どうなんですか?」
「あったよ。とても嫌なことが」
「そうなんですか。……私も嫌なことがありました」
「そうか、大変だったね」
「……あの、話してもいいですか?」

心配させないように、笑顔で頷く。
学園祭の時も、俺は彼女に話を聞いてもらった。ならば、彼女の話を聞くのは当たり前のことだ。
体育座りをしている彼女は、顔を膝に埋めながら話し始めた。

「始めは嫌なことではなかったんです。むしろ、それは良いことだと思っていたんです。
でも、今になって悪いことだったと知ってしまって――。気づいてしまったら後戻りはできませんでした」
「……それは何のことだ?」
「ええっと、秘密です。けど、部活で怪我してブルーになったら、余計に思い出しちゃったんです」
「そうか。無理に話さなくていいさ」
「ありがとうございます。……ねえ、先輩。自分の幸せとみんなの幸せ、どちらが大切なんでしょうか?」

自分の幸せとみんなの幸せ。きっと秀実ちゃんの嫌なことと関係しているのだろう。

「どちらも大切なんじゃないのか?」
「それは分かっているんです。けれども、どちらかしか選べないんです」
「そうか……」

二択、どちらかを選ばないといけない。それなら、こっちしか俺には有り得ない。

「そうだな、俺だったら自分の幸せを選ぶよ」
「どうしてですか?」
「自分自身のことでも精一杯な奴が、みんなの幸せなんて選べない。自分のことが終わったらみんなを幸せにすればいいさ」
「そういうものなんでしょうか……」
「そういうもんだ。だから、秀実ちゃんも焦らなくてもいいんじゃないのか?」

俺の肩に何か柔らかいものを感じた。秀実ちゃんが肩にもたれ掛かってきたからだ。
彼女は顔を伏せたままだったので、表情まで見ることはできない。

「やっぱり先輩は優しいですね」
「優しいのかな? 俺はな、女の子に怖い思いさせてしまったんだ。それが俺がした嫌なこと。優しくなんてないさ」
「でも、私には優しいですよ」
「それは秀実ちゃんだから」
「私だからですか? ……先輩にとって、私は特別ですか?」
「特別さ。こんなに話ができる後輩は他にはいないから」
「そうなんですか。私にとっても先輩は特別ですよ」
「話ができる先輩として?」
「違います。好きな人だから」

隣に座っている秀実ちゃんは顔を上げた。俺は聞き間違いなのではないかと疑う。
だが、間違いなく彼女はその言葉を口にした。主人公でもない脇役の俺に対してだ。

「……友達としてだろ?」
「いいえ、違います」

彼女の顔が赤くなっているのは、夕日のせいだとか陳腐な言い訳はしない。

「私は一人の女の子として、先輩が好きなんです」

告白。
あの羽柴秀実が俺に告白をした。想像もしていなかった出来事。
俺の顔は熱くなって、頭の中はぐしゃぐしゃになって、みっともないほど動揺する。
そのせいか、口からは出任せに言葉が出てくる。

「……俺は人から好かれるような面じゃないぞ」
「先輩の笑顔、素敵ですよ」
「性格もひねくれている。一緒にいると嫌な気分になるかもしれない」
「まっすぐなところもあります」
「君の知らない嫌な所が沢山ある。ついさっきもそれで失敗した」
「人間誰しも嫌なところはあります。それを含めて先輩です」
「俺自身、佐藤尚輔がよく分からない。そんな状況で君と付き合うことはできない」
「……だったら、私と一緒に探しましょうよ」
「今から君を押し倒すかもしれないぞ」
「えっ……」
「冗談だ。だからな――」
「いいですよ。先輩にだったら押し倒されても……」

スカートを両手でぎゅっと掴みんで、顔を真赤にしながら彼女は呟いた。
ここまで彼女にさせておいて、俺は何をしているんだろうか。
焦らず、落ち着かさせるように、深く息を吸い込み、吐き出す。
まずは考えなくてはいけない。俺自身が秀実ちゃんをどう思っているのかだ。
羽柴秀実、『School Heart』のヒロイン。仲が良い後輩で、俺のことを慕ってくれている。
秀実ちゃんと過ごした日々を思い出す。ああ、どれも楽しかった思い出だ。けれども、俺は彼女に対して恋愛感情を抱いていただろうか?
いや、絶対に抱いていなかった。それは俺には好きな人がいたからで、その相手は斉藤さん……だったんだ。
それなら今はどうなんだ? 分からない。それなら、受け入れてもいいんじゃないのか?
『あなたがヒロインと付き合って、織田君よりその子の好感度を上げることよ』
松永が言った台詞を思い出す。俺は彼女の気持ちを利用してまで妨害をしたくない。
考える度に泥濘に嵌り込んでいくようで、終いには自分の気持ちすら分からなくなってきた。
夕日はだんだん沈んでいき、小さくなっていく。

「なあ、秀実ちゃん……」
「な、なんですか?」

躊躇っていはいけない。言わなければいけない。

「ごめん。夏休みが終わるまで返事は待ってほしい」

泣き出しそうになる秀実ちゃん。彼女の肩を支えようとしたが、思いとどまる。

「或ることが終わるまで俺は純粋な気持ちで君と向き合うことはできないんだ」

ここで受け入れたところで、気持ちを利用したという罪悪感が残る。
もちろん、彼女の思いに答えを出さないなんて、卑怯な選択だってことは分かってる。
受け入れた訳でもなく、拒否した訳でもない。結局は織田と同じなのかもしれない。
けれども、中途半端な気持ちで答えを出すことだけはしたくなかった。
全てが終わった後にもう一度自分の気持ちと素直に向き合おう。

「そうなんですか、やっぱり……」
「ごめん」

居心地の悪くなった俺は立ち上がって、屋上階段への扉に向かった。
俺がドアノブを掴んだ時、後ろから声が聞こえた。

「……扉なら開きませんよ」

その言葉に戸惑いながら、ドアノブを捻ると奇妙な違和感があった。それは何度か味わった感覚。
妨害が失敗する時にいつも感じるものと同じだった。それでもかとドアノブを開けようとするが、やはり開かなかった。

「屋上階段の近くで織田先輩と明智先輩が話しているんでしょうね」

俺はすぐに振り向いた。

「扉が開かない理由は――先輩なら分かっていますよね?」
「分かってる? 一体何のことを言っているんだ」
「イベントが発生した場合、どんなことをしても中断することはできない。これはルールなんです」
「本当にどうしたんだ? 何のことか分からない」
「とぼけないで下さい。私はヒロインですよ」

彼女はゲームソフトのケースを取り出した。見覚えのあるパッケージに描かれたイラストとタイトル。
『School Heart』
間違いなくそれは本物であり、この世界の設定を証明するものだった。


「分かっていますよね、先輩?」


羽柴秀実、『School Heart』のヒロインは涙を流しながら、そう言った。


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