<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

オリジナルSS投稿掲示板


[広告]


No.19023の一覧
[0] 正しい主人公の倒し方(架空恋愛シミュレーション)[Jamila](2013/04/18 00:55)
[1] 第零話 ~さくら、さくら、来年咲きほこる~[Jamila](2010/05/22 19:29)
[2] 第一話 ~背景、十七の君へ~[Jamila](2013/02/21 04:08)
[3] 第二話 ~涙が出ちゃう モブのくせに~[Jamila](2010/08/31 10:27)
[4] 第三話 ~世界の端から こんにちは~[Jamila](2010/08/31 10:28)
[5] 第四話 ~ういのおくやま もぶこえて~[Jamila](2010/08/31 10:29)
[6] 第五話 ~群集など知らない 意味ない~[Jamila](2010/09/05 22:46)
[7] 第六話 ~タイフーンがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!~[Jamila](2010/08/31 10:32)
[8] 第七話 ~ある日サブと三人で 語り合ったさ~[Jamila](2010/06/12 17:03)
[9] 第八話 ~振り返ればメインがいる~[Jamila](2010/06/12 16:58)
[10] 第九話 ~そのときは主人公によろしく~[Jamila](2010/10/13 21:06)
[11] 第十話 ~文化祭の散歩者~[Jamila](2010/06/18 13:21)
[12] 第十一話 ~俺の前に道はない~[Jamila](2012/09/02 16:11)
[13] 第十二話 ~被覆鋼弾~[Jamila](2012/04/12 01:54)
[14] 第十三話 ~主役のいない事件の昼~[Jamila](2012/09/02 16:10)
[15] 第十四話 ~一般人、佐藤尚輔~[Jamila](2010/12/31 11:43)
[16] 第十四半話 ~サブヒロイン、松永久恵~[Jamila](2012/04/12 01:53)
[17] 第十五話 ~それでも俺は主人公じゃない~[Jamila](2012/04/08 20:03)
[18] 第零話其の二 ~あめ、あめ、ふれふれ~[Jamila](2012/07/14 23:34)
[19] 第十六話 ~正しい主人公の倒し方~[Jamila](2011/04/24 15:01)
[20] 第十七話 ~友情は見返りを求めない~[Jamila](2012/04/12 01:56)
[21] 第十七半話 ~風邪をひいた男~[Jamila](2012/04/16 01:50)
[22] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~[Jamila](2012/04/22 14:56)
[23] 第十九話 ~日陰者の叫び~[Jamila](2012/04/22 14:58)
[24] 第二十話 ~そうに決まっている、俺が言うんだから~[Jamila](2012/04/25 19:59)
[25] 第二十一話 ~ふりだしに戻って、今に進む~[Jamila](2013/02/21 04:13)
[26] 第二十二話 ~無様な脇役がそこにいた~[Jamila](2013/02/21 04:12)
[27] 第二十三話 ~School Heart~[Jamila](2012/09/02 16:08)
[28] 第二十三半話 ~桜の樹の下から~[Jamila](2012/07/16 00:54)
[29] 第二十四話 ~諦めは毒にも薬にも~[Jamila](2012/08/06 10:35)
[30] 第二十五話 ~物語の始まり~[Jamila](2012/08/15 22:41)
[31] 第零話其の三 ~No.52~[Jamila](2012/08/17 01:09)
[32] 第二十六話 ~佐中本 尚一介~[Jamila](2013/02/21 04:14)
[33] 第二十七話 ~3+1~[Jamila](2013/02/21 04:24)
[34] 第零話其の四 ~No.65~[Jamila](2013/03/05 22:53)
[35] 第二十八話 ~雨降る中の妨害~[Jamila](2013/03/04 00:29)
[36] 第二十九話 ~信じて、裏切られて~[Jamila](2013/03/12 00:29)
[37] 第三十話 ~少しは素直に~[Jamila](2013/03/25 02:59)
[38] 第三十一話 ~早く行け、馬鹿者~[Jamila](2013/10/05 23:41)
[39] 第三十二話 ~覚悟を決めるために~[Jamila](2013/10/05 23:39)
[40] 第三十三話 ~New Game+~[Jamila](2013/10/17 02:15)
[41] 第三十四話 ~ハッピーエンドを目指して~[Jamila](2013/10/17 02:17)
[42] 読む前にでも後にでも:設定集[Jamila](2010/05/22 20:02)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19023] 第十八話 ~馬に蹴られて死んでしまえ~
Name: Jamila◆00468b41 ID:7200081a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/22 14:56
示し合わせたわけでもないのに、不思議と静かになる時がある。
誰かが「喋るな」とか「黙れ」とか言ったわけではない。理由があるとすれば、なんとなくだ。
一人一人がその場の空気を読んで、自然と出来た沈黙の空間。奇妙な一体感。
たまたま今日は、朝のHRが始まる前にそれがあった。
だから、俺の行動は皆の視線を集めた。
机に座って担任の到着を待っていたクラスメイトたちは、教壇に立った俺に注目する。
好奇の目に晒されながらも、俺は日直の下に書かれた名前を消した。
沈黙は、ざわつきへ。そして、それすらも上回る大きな女性の声。

「あー! なんで私の名前を消すのさ!」

俺が消した柴田の文字。消された本人は立ち上がって俺に抗議をしてきた。
とりあえず俺は彼女の声を無視して、クラスメイトたちに向かって声を出した。
大切なのは、他の人にも俺の行動を認識させることだ。

「みんな聞いてくれ。今日は俺が日直をすることになった。もし仕事があるなら俺に持ってきてくれ」

日直が変更されたという平凡な業務連絡。
なんだその程度の話だったのかと、興味を失ったクラスメイトは、もう俺を見ていなかった。
俺は教壇を下りて、自分の席に向かう。
柴田さんの横を通り過ぎようとすると、彼女は俺の服を掴んで止めた。

「私も日直なんて面倒だからやりたくないけど、どうして変わってくれるの?」
「なんとなくだ」
「ふ~ん、別の仕事を代わりを押し付けたりしないよね?」
「押し付けたりはしない」
「むむ? まあいいや。じゃあ佐藤お願いね」

掴んでいた手を離すと、彼女は笑顔で俺を見送った。
席についた俺は担任が来るまで、今日起きるイベントをシミュレートした。
HR、休み時間、昼休み、授業、放課後。自分に何かを出来る可能性はないかと模索する。
時々、攻略ルートを書き出したノートを見ながら今日の予定を確認していく。
このノートを作ったのは、まだ自分が物語に関われるんじゃないかと希望を持っていた頃だ。
まさかこんな使い方をすることになるとは、あの頃は夢にも思っていなかっただろう。
HRが始まる前の少し時間、俺は同級生の恋路を妨害をすることだけを考えていた。
人の恋路を邪魔するだけの存在。
馬に蹴られて死んでしまうのも、そう遠くないかもしれない。









正しい主人公の倒し方 第十八話
 ~馬に蹴られて死んでしまえ~







HRが始まり、出席を取った担任は教室を見渡した。
この後、彼は連絡事項を伝えてから日直に今日の仕事を任せるはずだ。
仕事はプリント運びなど簡単なものだが、織田がその仕事を手伝うイベントがある。
イベントの内容を思い返してみる。
仕事を手伝おうとした織田が、柴田さんにぶつかりプリントをぶちまけてしまう。そして、倒れた織田の視線の先には丁度良い感じに捲れたスカート。
前に選んだ選択肢によってパンツの柄が変わるというパンチライベントだった。
全種見るためにはセーブ&ロードを繰り返す必要があるので、面倒臭いイベントということも合わせて思い出した。
特に妨害することは難しそうでもないし、これが起きても俺がパンツを見られるわけではないので、妨害を実行しようと思い立ったわけだ。

「今日報告した以上の事を守ってくれ。それで、今日の日直には……あれ、佐藤だったか?」
「柴田さんと代わりました。仕事があるんでしたら俺がやります」
「あ~、そうだったか。おい、柴田。面倒事を押し付けてんなよ」
「ち、違いますよ! 佐藤がなんだかよく分からないんですけど代わってくれたんですよ」
「ほうほう、そうなのか。それなら三時限目は柴田が数学のプリントを配布してくれ」

会話の流れに変化が起きた。
クラスメイトたちにはこの流れが自然と思えるはずだが、俺は一人だけ焦っていた。
俺の知っている内容と少しだけズレたからだ。それは俺とって都合の良くない外れ方だ。
一呼吸だけ、深く吸い込んで浅く吐く。落ち着くように自分に言い聞かせた。
流れが変わったなら、無理に抗う必要はない。流されながらも、自然に変えればいいだけだ。
柴田さんが担任へ文句を言おうとした瞬間を見計らって、俺は口出しをした。

「先生、そういう雑務だったら日直の俺がやりますよ」
「いや~悪いな佐藤、今回は柴田にやらせてくれ。あいつはこの前の補習をサボったんだ。数学は俺の担当授業なのにな」
「え、えへへ~、その件はすみませんでした。何はともあれ、補習の代わりに雑務一回ならいいかな?」

柴田さんの言葉を担任は鼻で笑って、切り捨てた。

「誰が代わりだと言った。これは逃げた罰だからな、当然補習もある。今日の放課後とかいいだろう、丁度陸上部も休みだったからな」

教室に一人の悲鳴と多数の笑い声が包まれた。
駄目だ。このまま流されたままでは変えることができない。

「あ、あの……!」

俺は席を立って、声を上げた。クラスメイトの視線が突き刺さる。
場違いな事をしている自覚はあるし、明らかに俺の行動は浮いている。
でも、限られた機会があるなら俺は行動しなければいけない。

「俺がやります! 俺がやらなきゃいけないんです!」
「どうしたんだ佐藤!? 本当に柴田に弱みを握られているんじゃないんだろうな? 柴田は何を仕出かすか分からん奴だからな」
「先生、違いますよ~。もう私がやりますから。ていうか先生はいつも私をそんな眼で見ていたんですか?」
「そうだが、なんか問題あるか?」
「大アリですよ!」

俺はもう一度割り込もうかと思ったが、口を開けなかった。もう流れを変えられる雰囲気ではない。
これ以上口出しても、クラスメイトから白い目で見られて終わるだけだ。
俺は黙って席につき、眼を瞑りながらため息を吐いた。
何も出来やしないじゃないか……。
その後は、普段通り委員長の号令がかかり朝のイベントは終わった。
もちろん、三時間目プリントは盛大にぶちまけられ、教室中に舞った。
織田の選択肢なら黒パンを見たのだろうと思いながら、俺は次の妨害を考えた。







昼休みのチャイムが鳴り、俺は教室を出て購買部に向かった。
昼食用のパンを適当に買い漁り、レジまで持っていく。

「あれ? 今日はコッペパン買い占めなくていいのかい?」

俺の顔を見るなり購買部のおばちゃんは笑顔で尋ねてきた。
俺は引きつった笑みを浮かべながら、おばちゃんに返事をした。

「今日は……いや、今後はあんなことしないと思います」

織田の妹イベントでコッペパンを食べる場面があったので、買い占めたことがあった。
その日のコッペパンは全て俺の手元にあったはずなのに、一つだけ棚の奥に落ちていたコッペパンがあり妨害は失敗した。
結局、俺は余ったコッペパンを十個ほどやけ食いして気持ち悪くなり、残りは田中に無理矢理食べさせた。
この購買部には、そんな苦い思い出があった。

「そうかい、こっちはあれからコッペパンたくさん仕入れたのに。……はいよ、おつりの40円」
「すみませんね、もうコッペパンは飽きるほど食べたので」

パンとおつりを受け取る。
コッペパンの控えめな甘さは嫌いではないが、流石にあれだけ食えばもういらない。
おばちゃんが「私の若いころは惣菜パンなんか」とか「栄養が偏っている」とか言ってくるので適当な相槌を打ち、頃合いを見て学食で待っている田中と石川の元へ向かった。

「お~い、佐藤。こっちだ、こっち」

混み合い始めた学食の片隅で手を振っている田中を見つけた。
俺は田中の横に座り、購買で買った惣菜パンを袋から取り出した。
既に田中は担々麺を食べており、向かいにいる石川はいつものカレーを食べていた。あの具がないレギュラーカレーだ。

「なあ、石川。そんなに毎日カレー食べてて飽きないか?」
「ん? 飽きるはずがなかろう。ほら、これを見ろ」

スプーンの先に乗せられた茶色い物体。石川は自慢気にその物体を見せてきた。

「牛肉がどうかしたのか?」
「レギュラーカレーに牛肉があったら、今日一日は運がいいらしい。どうやら今日の俺はついているようだ」
「……これまでに牛肉が入っていた回数は?」
「二回。そのうち一つは塊で入っていた。残念ながら、今日は塊ではないがな」

そう言って、石川はスプーンを口の中に入れた。一口一口しっかり噛んで味わっている。
スーパーで売られてそうな薄い肉を幸せそうに食べる石川。本当にこいつは金持ちなのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。

「そういえば田中、何か話したい事があったんじゃないか?」

昼休み前に、深刻そうな顔で田中が話しかけてきた事を思い出した。

「あるぜ。今日はお前たちに相談したいことがあるんだ。……にして、この坦々麺うめえな」
「食べるか喋るか、どっちかにしろ」
「わりい、ちょっと待てくれ。スープまで飲んだら話す」

ゴクゴクと喉を鳴らしながら、田中は赤いスープを次々と飲み干していく。

「良し、準備OKだ。話していいか?」
「よく激辛坦々麺のスープを一気飲みできたな……」
「美味しいもんだったら、一気飲みできて当然だぜ。それにこの学食の激辛って名前ほど辛くねえし。
それで相談の事なんだけどよ、とりあえずコレを見てくれないか」

田中はポケットから携帯を取り出して、メール欄を開いてこちらに見せてきた。

「携帯の……メールがどうかしたのか?」
「実はこの前滝川さんとメールしたらな、これを間違えて送っちまったんだ」

スクロールされていった画面に映った文字。
『気合があれば生きましょう』
向かいに座っている石川は危うくカレーを吹き出しそうになった。

「何なんだ、これは? 田中よ、お前は滝川女史に闘魂でも注入する気であるのか?」
「女の子相手に闘魂ビンタするつもりなんてねえよ。『機会があれば行きましょう』の打ち間違いなんだよ」
「……そうだったのか。それにしてもお前はメールだと敬語になるのだな。普段の柄とは違って笑えるぞ」

口の端に茶色いご飯粒をつけて不敵に笑う石川。本当にこいつが財閥のエリートだと思えなくなってきた。

「うるせえやい、石川なんか字だけの黒いメールしか打たねえだろ。うう、佐藤助けてくれよ」
「こんなところで泣かれても困るんだが……。ところで、返信はどうだったんだ? それによって対応も変わるだろうし」
「それなんだが『生きていれば良いことありますよ』って返されたんだ。それ以来メールというか会っても話せない……。どう返せばいいんだ?」
「哀れだな。俺が柴田さんに送るならば『貴方が生きている限り、私は生きられる』ぐらい送るぞ」
「……逆に引くぞ、それ。俺だったら無難に『すみません、誤字です』って送るな」
「おお、そうだよな! サンキュー佐藤!」

当たり前の回答をしただけなのに、田中は頭の上に電球が浮かびそうな驚きを見せた。
恋は盲目なり。周りが見えなくなるほど夢中になれるものがあるのは、良いことなのかもしれない……時と場合によりけりだが。
アドバイスを受けた田中は早速メールを打ち始めた。

「そうか、そうだよな。そうやって送れば良かったんだよな。クソッ、テンパリすぎた過去のオレを蹴り飛ばしたいぜ」
「過去を消すことはできない。書き加えられるのは未来だけだ。俺としてはこれからメールの題名に『拝啓、麗しき姫君へ』とつけておくことを薦める」
「石川は黙れ。突然そんなメールが来たら怖えぜ。スパムより先に即効削除だぜ。だいたいお前が誘えた試しないだろ? そろそろ諦めたらどうだ?」
「五月蝿い奴だ。そう簡単に諦めるはずがなろかろう。それに、誠意があればいつかは振り向いて貰える」
「いやいや、お前のメールだと無理だぜ。早く諦めろよ」

石川は無言で立ち上がった。そして、カッと眼を見開いて田中を睨みつけた。

「田中よ、右か左、どちらの拳で殴られたい。……ほぅ、両方がいいとは田中は欲張りだな」
「ちょ、タンマ、ストップ、ヤメてくれ! お前が殴ったらマジで洒落にならんから」

石川はテーブルから身を乗り出して、田中に掴みかかろうとしていた。
石川の体が田中の食器に当たったが、幸いなことに田中がスープまで飲んでいたため惨事には至らなかった。
いつものじゃれ合いだが、周りにいる生徒が迷惑そうに二人を見ていたので、俺は二人を止めに入った。

「二人とも席に着け。……まずは田中、石川に謝れ。石川もこんな狭い場所で暴れるな。他の人に迷惑がかかる」
「わりい、石川。調子に乗ってた……」
「俺もすまなかった」

互いに頭を下げた二人は、周囲の目を気にしながら席についた。

「そういえば佐藤よ、少しばかりお前に聞きたいことがある」
「いいぞ。ただし恋愛相談はヤメてくれ。面倒だから」

この二人の恋愛相談は実に面倒くさい。
意中の子の興味を惹く朝の挨拶とか、好意を抱かれるデートの誘い方とか。
自分のことすらままならない俺に、色々なことを聞かれても返事に困る。
そのため先手を打っておいたが、石川の話は恋愛事ではなかった。

「いじめの話だ」
「それはどんな話だ?」
「お前が織田伸樹をいじめているという話だ。他愛もない噂話だかな」
「……チッ、オレも聞いたことある。でもよ、オレそれ信じてねえから」

自分の耳を疑った。どういうことなのだろうか。

「詳しく話してくれないか?」
「お前が織田のものを壊したり、体育館裏に呼び出したりしているような噂が流れている。勿論、俺は何かの誤解だと信じているがな」

身に覚えがないと言えば、嘘になる。
今日までに妨害のため辞書をその時間だけ隠したり、嘘をついて他のヒロインを誘導したことがあった。
それを誰かに見られていたのかもしれない。石川たちに気づかれないよう唾を飲み込んだ。

「そんな噂は嘘だ。最近、織田とうまくいってないんだ。それを見た誰かが間違った噂を流したんじゃないか」

友人たちには笑顔を見せた。顔の裏にある動揺を見せたくなかった。

「ほう、それなら良かった」
「そうだよ、そうだよな! ハハハ、わりいわりい一年の頃のお前ならまだしも、今のお前がそんなことするわけねえよな」
「痛えよ、そんなに背中を叩くな」
「気を悪くさせるような話題を出してすまなかった。俺もお前が弱者を虐げるような男だと始めから思っとらんよ」
「……弱者か、そうだったら楽なんだがな」
「ん? 佐藤何か言ったか?」
「いや、なんでもない。一人一つずつなんか聞いてるから、俺もお前たちに聞いていいか?」
「構わんぞ。ただし、柴田さんに関する相談なら即却下だ」
「また柴田さんかよ、オメエも飽きねえな」
「人には譲れない物があるのだよ。それで佐藤、相談事とは?」

なんとなく思いついた疑問があった。
主人公とモブという越えられない壁が俺の前に立ちはだかっている。
俺はそれを友人たちに聞くことにした。

「例えばの話になるけれど、どうしても追いつけない相手がいたらどうする?」
「へえ、なんつうか哲学っぽいな。それって何が追いつけないんだ? 勉強? 運動? 恋愛?」
「全てだと思ってほしい。自分の全てを越える相手がいたらどう立ち向かうべきか」
「力を蓄える、然るべき刻に挑む。諦めるぐらいなら死んだほうがマシだ」
「オレも諦めんのは癪だしな。ただポテンシャルっていうのかな。そういうのオレ多分ねえからさ、一人では追いつかねえなら二人で。二人でも駄目なら三人で勝負するぜ!」
「……人によって考え方も変わるんだな。ありがとう、参考になった。さて、しみったれた話は終わりだ」

俺は惣菜パンの最後の一欠片を口に放り込んだ。
やはり味がついたパンの方がコッペパンより食べやすいし、美味しい。
時計を見ると、昼休みも残り少なくなっていた。

「そうだよな、オレたちにしみったれた話は合わねえぜ。気分転換にここらでボーイズトークいっとく?」
「ボーイズトーク? 何だ、それは?」
「ガールズトークってあるじゃん。それの逆バージョン」
「具体的に言うと?」

田中は腕を組んで、しばし考える素振りを見せた。

「……猥談?」

疑問形で聞かれても、こちらが困る。

「ハイハイそこの二人、ヤング雑誌の袋とじを期待して裏切られた少年みたいな顔をしない」
「田中よ、まだ昼だ。それに公共の場ではそのような話題は控えよ」
「おいおい、石川もこの手の話題は嫌いじゃないはずだぜ。あの残念会で『おっぱい記号説』を熱く語った仲なのによ」

俺はかつて田中のために開いた残念会を思い出した。
深夜特有の異常なテンション。思春期真っ盛りの男子校生。あと、少しのアルコール。
そこにあったのは理不尽で低俗な漢だけの宴だった。

「いや、確かにしたが……。いやはや、その手の話題には適した時間が――」
「人間とは記号の集まりである。それならおっぱいもただの記号でしか無いはず……であるのに、我々を魅了して止まない不思議な存在。いやあ、熱くも感慨深い夜だったな」
「佐藤よ、お前まで裏切るのか!?」

縋るように見つめてくる石川。今日に限り俺は田中の話を聞くことにした。その方が面白そうだから。

「乗り気じゃない石川は置いてといて話すぜ。
あれは昨日寝る前の出来事だ。蒸し暑くて中々寝付けない夜。
丸型の蛍光灯を見ていてふと思ったんだ、おっぱいのどこまでがおっぱいなんだって?
ブラで隠せる範囲だと思ったんだけど、それじゃあ上乳が当てはまらない。
他の横乳、下乳、どれもみんな同じくらい大切だからそう簡単に決められない。
だから、どこで境界線を区切るべきなんだろうかって考え出したらその日は眠れなくなっちまったんだ」

昼の学食に、馬鹿が一人いる。

「考えついた先にオレは砂山のパラドックスを思い出したんだ。
砂山の砂を取っていくと、どの段階で砂山は山の状態で無くなるのか分からないというパラドックス。
これっておっぱいでも同じこと言えんじゃないかって」
「……つまり、どういうことなんだ」
「おっぱいの境界線は作れない。境界線が曖昧であるゆえ全てがおっぱいになるんだ。一箇所でも肌を露出しているならば、それはおっぱいを露出しているのと同義なんだぜ」

極論だ。酷すぎるほどの極論だ。
それなら、マスクや手袋を着けていない女性はみんな露出していることになる。
でも、こういう話で大切なのはその場の乗りだ。
俺は近くにいる制服のリボンが黄色い女子生徒の方を向く。

「それなら、そこでサラダライスを食べている同級生も」
「おっぱい露出中だ」

きっと小さすぎず大きすぎず、形の良いものを持っているだろう。

「あそこにいる黒髪の綺麗な上級生も」
「おっぱい露出中だ」

少しばかり物足りないボリュームだが、柔らかくて上品なものだろう。ぜひ鑑賞してみたい。

「俺達に学食を作ってくれているおばちゃんたちも」
「おっぱい露出中だ」

あまり想像したくない……。なんでこんなことを言ったんだろうか。

「さっき通り過ぎたポニーテールも」
「おっぱ――グエッ! 痛えじゃねえか石川! なんでマジで殴ってくんだよ」

相手が悪い。通り過ぎたポニーテールは、柴田加奈。石川の想い人だった。

「し、痴れ者が! その下衆な眼で柴田さんを見ただろう! 許さんぞ貴様、恥を知れ!」
「ま、待ってくれよ! 石川もさっきまでしっかりとボーイズトークを聞いてたじゃん。助けてくれよ、佐藤」
「おっ、チャイムが鳴ったな。田中も次の授業に遅れんなよ」

パンの袋は丸めて、ゴミ箱に投げ捨てる。テーブルの汚れはハンカチで落としておく。
そして、忘れ物がないか確認してから席を立つ。
後ろの方から何か叫び声が聞こえてくるが、俺は無視して教室へ向かった。

「親友を置いていくのか! 殺意の波動に目覚めた石川を前にして置いていくのか!」
「……さて、あと二、三発は我慢してもらおうか」
「助けてくれーー!」

遠くで聞こえる悲鳴に向けて、俺は黙祷を捧げた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02660608291626