誘拐事件が起きる。
今日の文化祭は中止になる。
それでも、織田伸樹は活躍をする。
未来が見ているわけではない。
展開を知っているのだ。
この先どんな事が主人公の周りで起きるか知っている。
それは俺のアドバンテージだった。
ルートが違えば、今日誘拐事件なんて物騒な事は起きなかっただろう。
しかし、織田が文化祭実行委員になり、お化け屋敷は繁盛し、前日には斉藤さんと屋上で二人きりになっていた。
誘拐事件が起きる『フラグ』は順調に立っている。
此処まで来てしまえば、あとは必然的起きるだろう。
止まらない、止まれない。
誰かにこれから起こる未来の事件を話しても良い。
道行く人を捕まえて、今日この学園で誘拐事件が起きますよと。
だが、そんなトンデモ話をまともに聞いてくれる人がいるのか。
いない。いたとしても、俺の頭を心配してくれる心優しい人だ。
白い部屋には閉じ込められたくはない。
とにかく俺ひとりで事を進める必要がある。
赤いワンピースを着た少女。
名前は、足利良美。
俺が今回の文化祭中に探し出さなければならない子どもだ。
ゲームでは誘拐され、織田伸樹によって助け出された少女。
俺が覚えているのは、彼女の名前と立ち絵の服装ぐらいだ。
犯人の方は顔がサングラスとマスクで隠れている立ち絵だったので、手がかりになりそうになかった。
ゲームでの立ち絵は、この世界でもほぼ再現されている。
学園の制服に関して言えば、ほとんどのキャラクターが同じような格好をしていた。
織田ならしっかり着込んで、徳川なら崩している。それぞれの特徴を捉えてあった。
しかし、私服まで立ち絵と常に同じとは言えなかった。
休日に織田を見かけた時、ゲームでは見たことのない服を着ていた。
当然の事だ。
三日以上同じ服を着ている人は、不衛生か変わり者のレッテルを貼られる。
今日の探し人、足利良美も服装が変わるかもしれない心配があった。
だが、よく考えるとその心配も無くなった。
足利良美の登場は、今回が初めて。文化祭にしか出てこないキャラクターだ。
そうなれば立ち絵と同じ服装である可能性が高い。
だから俺は赤いワンピースを探して歩く。
「見当たらないな……」
時刻は10時を少し過ぎた。
一時間前から探し始めたが今だにそれらしい子どもは見つからない。
徐々に学園内に人が混み合い始め、騒がしさが増してきた。
廊下を通りすぎていく一人一人の顔と服装を確認していく。
午後3時までに見つけ出さなければ、終わってしまう。
事件が起きてしまえば、文化祭は即中止だ。
最悪見つからなくても、事件は解決される。
ただそうなってしまう事は自分が許せない。
俺の足を動かすのは、小さな意地だ。
男の子はカエル、カタツムリ、小犬の尻尾。それとちっちゃなプライドで出来ているらしい。
ほんの少し力でプチっと潰れてしまいそうなプライドかもしれない。
でも、それでいい。
無理矢理でも足を動かして、学園内を歩く。併せて目も忙しなく動く。
学園祭二日目、楽しんでいる余裕はなかった。
▽
正しい主人公の倒し方 第十三話
~主役のいない事件の昼~
▽
「王子よ、王子よ、そんなに慌ててどこへ行く?」
廊下を早足で歩いていると、後ろから声を掛けられた。
それは、聞き覚えのある声。
振り返ると声の主である田中、それと石川もいた。
「どうした佐藤、そんなに慌てて。お姫様にでも逃げられたのか?」
結局昨日は石川と会えずじまいだった。
俺は石川に昨日言えなかった演奏の感想を話すことにした。
「おはよう石川。昨日のヴァイオリン良かったぞ」
「ありがとう。……だが、俺としては80点の出来だ。彼女の事を気にし過ぎて一部リズムがズレた。完璧とは程遠い」
「柴田さんの事か?」
「当然であろう。それに最後まで彼女が来ているかどうか分からなかったのが心残りだ」
「それなら……」
続けようとしたが、止まってしまった。
織田が柴田加奈ルート狙いなら、残念ながら彼女は来ていない。
それ以外なら、顔を出しているはずだが、俺はあの時彼女の姿を確認することが出来なかった。
それに、あの時は織田の行動を見る余裕がまだ無かった。
だから俺は、あの演奏を聞いて思ったことを言う事にした。
石川の友人として。
「お前の演奏なら学園内に響いたはずだ。あの場にいた誰もが息を呑んで聴いた演奏だからな。届いているはずさ、きっと」
「……そうか。そうだったら良いな」
顔を見合わせた俺達は、互いの握り拳を当てた。
それが何の健闘を讃えるものか分からなかったが、自然としていた。
拳が離れると、なんとなく可笑しくて俺達は笑った。
「ちょぉぉぉぉっっと待っっったぁ!!」
突然、隣にいた田中が叫びだした。
「なんだ田中いたのか?」
「『いたのか?』じゃあねえぞ! 俺が先に声を掛けたじゃねえかよ、石川より先だったぜ!」
「あれ、そうだったか? でも、お前も石川の演奏に感動したって言ってたじゃないか?」
「うっ! それはオレもそうだけど……。けどよ、お前らが青春ごっこしている間、除け者扱いで寂しかったんだぞ!
オレも混ぜろよ! オレもやりたかったぞ、畜生!」
「にしても、石川の柴田さんへの想いは見ていて清々しいな」
「至極当然、自分の気持ちに嘘をつきたくない」
「無視するなよ! ……いや、二人でどこか行こうとしないで下さい。マジでお願いします。無視しないで下さい」
だんだん声が小さくなっていく田中。
ウサギは寂しいと死んでしまうという噂は、実は間違いらしい。
それでも適切なケアとコミュニケーションは必要である。
田中の場合、このままでは死んでしまいそうなので、悪ふざけは止めることにした。
「冗談はこの程度にしておこう」
「まったく質の悪い冗談だったぜ……」
「ところで、田中は赤いワンピースを着た女の子を見なかったか?」
「う~ん。多分見てないぜ」
「石川は?」
「田中と同じく見かけなかった」
収穫は0。
目立つ服装だったのでどちらかが見かけていると思っていたが。
もしかすると、まだ学園に来ていないのかもしれない。
「佐藤よ、何故そんな事を聞くのだ?」
「…………」
――誘拐事件を未然に防ぐため。
そんな突拍子も無い事を言っても駄目だ。
後ろめたかったが適当な理由を作る事にした。
「迷子になった子どもを探しているんだ。名前は足利良美。特徴はさっきも言ったが赤いワンピース。
もし見かけたら俺の携帯に連絡をしてくれ」
「分かった。連絡しよう」
「じゃあ、俺は探さないといけないから。またな」
俺が二人から離れようとすると、肩に手を掛けられた。
田中は俺に向けて親指を立てた。
「一人じゃ大変だろ? オレも手伝うぜ」
「……いや、ありがたいが――」
「心配するなよ。迷子探しならオレに秘策ありだぜ?」
自信たっぷりに田中は笑った。
やれやれと外国人のように肩をすくめた石川も笑った。
そして石川も「俺も手伝おう」と言った。
どうしようもない友人だ。
俺には勿体無いぐらいのどうしようもない友人だ。
「……悪いな。手伝ってもらおう」
「おうさ。クレープ一つで手を打つぜ」
「俺はレギュラーカレーでいい」
「おいおい無料奉仕じゃないのか。……わざわざすまない」
『秘策がある』と言った田中は俺達をある扉の前まで連れてきた。
扉の手前に『立ち入り禁止』のロープが張られていたが、そんなものは無視した。
扉の先は、屋上だ。
田中はドアノブを右に回した。
あの時開かなかった扉はあっさり開いた。
コンクリートの床。
それを囲んでいるのは緑色のフェンス。
時折心地良い風が吹く。
見上げれば蒼く澄んだ空が広がっていた。
しかし、学園内で太陽に一番近いこの場所は暑かった。
「あちー! ヤベえぜ、上履きがヤバすぎる。絶対ゴムの部分が溶けてきているぜ」
一番に屋上に入った田中はタップダンサーのように足を動かした。
彼が言うように上履き越しでも床の暑さが伝わってきた。
暑さを我慢しながら、フェンスに近づいた。
そこからは、学園全体の様子が一望出来た。
「なるほど、確かに此処なら見渡せるな」
「そうだろ。これがオレの秘策だぜ」
そう言いながら、田中は今だにタップダンスを続けていた。
そのダンスをずっと見ているわけにもいかないので、早速学園内の様子を見た。
学園内を歩く全ての人が、まるで蟻のように小さく見える。
蟻のように小さいかもしれないが、服の色ぐらいは識別できる。
目を細めて俺は赤色を探した。
運動場、校舎、中庭、校門、体育館通路、武道場。
様々な場所へ眼を移すが、そう簡単には見つからない。
けれども、そう簡単に諦めたくはない。
「んっ。 アレじゃないか?」
声を出したのは、石川だった。
石川がゆっくり指を指した方向は校舎裏だった。
静越学園では校舎裏の暗いイメージを払拭するため、花壇やベンチなど配置してある。
ゴミ置き場などにはせず、なるべく開放されたイメージを持たせていた。
それでも、午前中は影が差し、人が集まりにくい場所だ。
俺はフェンス越しにその場所を見つめた。
そこにはそぐわない明るい色があった。
赤だ。
明るい赤いワンピースを着た女の子がいた。
「でもよ、男の人と一緒にいるぜ。迷子じゃなかったのか?」
「確かに……」
女の子の横には、スーツ姿の男性がいた。
花壇の周りではしゃいでいる女の子とそれを見つめている男性。
見ようによれば学園祭に遊びに来た親子に見えなくもない。
しかし、妙な違和感があった。
しばらく観察していると、自ずと答えが見つかった。
男の顔だ。
遠くからでも分かる。それは楽しんでいる顔ではない。何かを思い悩む顔だ。
確かめなければいけない。
他の場所を見まわっても、赤いワンピースは他にいない。
赤色はその女の子しかいない。
「田中、石川。少しの間、ここであの女の子を見張ってくれないか」
「おう。いいけどよ、お前はどうするんだ?」
「確かめに行く。校舎裏に近くなったら、携帯で連絡する」
「えっ? おい、もう行くのか」
「ああ、これは俺がするべき事なんだ」
屋上の扉に手を掛けた時、後ろから声が聞こえた。
友人二人の応援だった。
「よく分からんが、頑張れよ! あと、缶ジュース追加な」
「佐藤よ、悔いは残すな!」
手を振って田中と石川に答え、屋上を後にした。
屋上から校舎裏まで駆け足で移動した。
その間も他の赤色を探したが、見当たらなかった。
やはり彼女が足利良美なのだろうか。
校舎裏に出る通路の前で、田中に電話を掛けた。
「どうだ? まだ女の子はいるか?」
「早いなあ、お前。まだ校舎裏から動いていないぜ」
「分かった」
「それと、オレも石川もクラスの仕事があるから手伝えるのは此処までだぜ。ごめんな」
「いいや、本当にお前たちがいてくれて助かった。――ありがとう」
「…………」
「どうした?」
「いや、なんでもないぜ。オレもお前といると飽きねえから楽しいんだ。じゃあな、頑張れよ」
俺は携帯電話を耳から離して、ポケットにしまった。
さて、仕事をしなければいけない。
通路に出て、校舎裏の様子を覗った。
――いた。
そこには、まだ女の子と男がいた。
屋上で見た時よりも鮮明に男の表情が分かった。
眉間に皺を寄せ、何かを憂うような顔。
刻まれた深い皺は、歳だけが原因ではないだろう。
白髪混じりの髪がそれを物語った。
男が女の子を姿を見て、溜息をついた。
その時、確信した。
コイツは間違いなくこの女の子の親ではない。
俺が校舎裏に近づいているのに、男は気がつかない。
蝶々を追いかけていた女の子だけが気がついた。
だから、俺は嘘をついた。
「良美ちゃん、お母さんが待っているよ」
「えっ、ほんとう!?」
「でも、少しだけ待ってくれるかな」
「うん、いいよ!」
再び良美ちゃんは蝶々を追いかけた。
男が俺の方を見て驚き、その場から立ち去ろうとした。
すぐに男の肩を掴んだ。
「何か驚くことがあるんですか?」
「別に驚いてはいない。それより肩に乗せた手を退けてくれないか?」
「……少しだけ話を聞いてくれたら離します」
俺は肩を掴んだまま、男の隣へ座った。
男が面倒臭そうな顔をしていたが、そんな事は無視した。
座った後、すぐには話さなかった。
無言の時間がしばし続く。
俺と男はその間、蝶々を追いかける女の子を眺めていた。
「可愛らしい子ですね」
「…………さっさと用件を話せ」
「それに幸せそうだ。あの女の子が誘拐事件に巻き込まれるとは思えない」
俺はあえて隣の男を見なかった。
男がどんな表情をしているか分からない。
再び驚きの表情を浮かべているのかもしれない。
必死に感情を顔に表さないようにしているのかもしれない。
どちらにせよ俺の話は続く。
「会社が潰れて人生がどうでも良くなった。他人の幸せがとても羨ましくも妬ましくもなった。そんな時、道連れが欲しくなった」
「何の話をしている?」
「友人から聞いたドラマの話です。続けますよ。それで、男はとある学園の文化祭で幸せそうな子を見つけた。
その子には未来がある。しかし、自分には先がない。そして、男はその子を道連れにしようとした」
「…………」
「でも、このドラマは結局主役に男が捕まってしまうんですよ」
隣から反応がない。
「ポケットにあるサングラスとマスクは使わなくていいんですか?」
「…………」
「そのナイフは学園祭でいつ使うんですか?」
「…………」
「どうして学園祭に来たんですか?」
「…………」
「後悔しても、誘拐しますか?」
「…………………お前、何者だ?」
ようやく男から言葉が発せられた。
返答する前に、一呼吸置く。
その答えは、もう大分前から決まっている。
それこそが、俺なのだから。
「『男子生徒B』ってところですかね」