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No.18972の一覧
[0] 蒼海の波濤【火葬戦記・日欧戦モノ】[waiwai](2010/07/26 00:40)
[1] 第一章“開戦”  第二話[waiwai](2010/06/19 12:17)
[2] 第一章“開戦”  第三話[waiwai](2010/06/19 12:17)
[3] 第一章“開戦”  第四話[waiwai](2010/06/19 12:17)
[4] 第一章“開戦”  第五話[waiwai](2010/06/19 12:16)
[5] 第一章“開戦”  第六話[waiwai](2010/06/19 12:15)
[6] 第一章“開戦”  第七話[waiwai](2010/06/19 12:15)
[7] 第一章“開戦”  第八話[waiwai](2010/06/19 12:13)
[8] 第一章“開戦”  第九話[waiwai](2010/06/19 12:13)
[9] 第一章“開戦”  第一〇話[waiwai](2010/07/03 09:08)
[10] 第一章“開戦”  第一一話[waiwai](2010/07/03 09:07)
[11] 第一章“開戦”  第一二話[waiwai](2010/07/17 07:28)
[12] 第二章“激浪”  第一話[waiwai](2010/07/25 21:38)
[13] 第二章“激浪”  第二話[waiwai](2010/07/25 21:37)
[14] 第二章“激浪”  第三話[waiwai](2010/08/07 06:59)
[15] 第二章“激浪”  第四話[waiwai](2010/08/07 19:03)
[16] 第二章“激浪”  第五話[waiwai](2010/08/14 08:54)
[17] 第二章“激浪”  第六話(今回長いのでご注意ください)[waiwai](2010/08/21 07:54)
[18] 第二章“激浪”  第七話[waiwai](2010/08/28 08:31)
[19] 第二章“激浪”  第八話[waiwai](2010/09/11 09:18)
[20] 第二章“激浪”  第九話[waiwai](2010/09/18 08:39)
[21] 第二章“激浪”  第一〇話[waiwai](2010/09/25 08:38)
[22] 第二章“激浪”  第一一話[waiwai](2010/10/02 08:38)
[23] 第二章“激浪”  第一二話[waiwai](2010/10/02 08:39)
[24] 第二章“激浪”  第一三話[waiwai](2010/10/16 09:06)
[25] 第三章“煉獄”  第一話[waiwai](2010/10/16 09:08)
[26] 第三章“煉獄”  第二話[waiwai](2010/10/31 08:38)
[27] 第三章“煉獄”  第三話[waiwai](2012/03/19 22:56)
[28] 第三章“煉獄”  第四話[waiwai](2010/11/20 08:14)
[29] 第三章“煉獄”  第五話[waiwai](2010/11/20 08:40)
[30] 第三章“煉獄”  第六話[waiwai](2010/11/27 08:02)
[31] 第三章“煉獄”  第七話[waiwai](2010/12/04 08:23)
[32] 第三章“煉獄”  第八話[waiwai](2010/12/11 08:36)
[33] 第三章“煉獄”  第九話[waiwai](2010/12/18 08:53)
[34] 第三章“煉獄”  第一〇話[waiwai](2010/12/25 08:35)
[35] 第三章“煉獄”  第一一話[waiwai](2011/01/16 22:29)
[36] 第三章“煉獄”  第一二話[waiwai](2011/03/06 10:49)
[37] 第三章“煉獄”  第一三話[waiwai](2011/03/06 10:43)
[38] 第三章“煉獄”  第一四話[waiwai](2011/05/29 12:36)
[39] 第三章“煉獄”  第一五話[waiwai](2011/05/29 12:35)
[40] 第三章“煉獄”  第一六話[waiwai](2011/05/29 12:36)
[41] 第三章“煉獄”  第一七話[waiwai](2011/07/09 08:50)
[42] 第三章“煉獄”  第一八話[waiwai](2011/12/19 23:59)
[43] 第三章“煉獄”  第一九話[waiwai](2012/03/19 22:55)
[44] 第四章“混沌”  第一話[waiwai](2012/07/15 20:09)
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[18972] 第二章“激浪”  第一二話
Name: waiwai◆d857e3b9 ID:6795534f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/02 08:39

一九四三年九月三日  アンダマン諸島近海





 鉛色の重く垂れ込めた曇天の中、一機の二式飛行艇が飛行を続けている。その機内で、電測員植松昭上等飛行兵曹が声を上げた。

「機長、左一五度に反応。感三」

「了解。変針するぞ」

 第八〇一海軍航空隊七号機機長蔵持和繁少尉は時計を見やりながら短く命じる。それに応じ、副操縦員の松崎正治上等飛行兵曹は操縦桿を倒した。四発の巨大な機体が、ゆっくりと旋回を始める。

「しかし、荒れそうな天気ですね……無事帰投出来ますでしょうか?」

 松崎が外の天気を眺め、ぽつりと呟いた。蔵持もむっつりした顔で頷く。

「ああ、ほぼ確実に荒れるな、この調子だと。……そうなったら、操縦は貰うぞ」

「どうぞどうぞ。俺はまだ自信ありませんから。にしても……人使いが荒いっすね、上の偉いさんも」

「お前、最近文句が多くなってないか?」

 そうは言いながらも、蔵持とて不満が無いわけではない。いや、むしろ彼がこの機の乗員の中で最もその度合いは高いだろう。今はともかく、ポートブレアの酒保で、愚痴を延々と垂れ流していたのは彼だったのだから。

 程なくして、機首機銃員と右機銃員が同時に声を上げた。

「前方に友軍の大艇!」

「右下方に艦艇多数を視認!」

 蔵持の視線の先には、同じ二式大艇──八〇一空三号機が飛行していた。こちらに気づいたのか、機首を向けて迫ってくる。無線機が、あちらの機長の声を流した。

『こちら八〇一空三号機。任務は終了、これより貴機に引き継ぐ』

「八〇一空七号機了解。引き継ぎます。お疲れさまでした。天気が荒れそうですので、帰路はお気を付けて」

『なんの。そちらも気を付けてな。くれぐれも、先に手を出すんじゃないぞ』

 短いやり取りが終わり、三号機が速度を上げてすれ違う。蔵持は相手方の機長と窓越しに敬礼を交わした。遠ざかる三号機から視線を外し、蔵持は爆撃手の村岡茂治飛行兵曹長に呼びかけた。

「村岡、隻数と艦種は事前の情報通りか?」

「隻数同じ!ですが、艦種はもう少し高度を下げないと大雑把にしか判別できません!せめて、四〇(四〇〇〇メートル)辺りまで降りられませんか?」

「分かった!……聞いての通りだ。高度下げろ」

「やれやれ……無防備に下がるのは怖いんですがね……」

 そうは言いながらも、松崎は操縦桿を押し倒して高度を下げた。すると、眼下の艦隊の様子がはっきりしてくる。三隻の大型艦と二隻の草鞋のような艦を中心に、中小型艦が輪形陣を形成している。その舷側に対空砲火の閃光が瞬くことも、高角砲弾の炸裂による衝撃波や弾片が機体を打ちのめすことも無い。艦隊上空は、二式大艇の発動機音以外、不気味なまでに静まり返っていた。村岡が大声で報告してくる。

「確認!『リヴェンジ』級三、『マジェスティック』級二、『カウンティ』級二、『アリシューザ』級二、駆逐艦一二!間違いありません!」

「よし、これより当機は監視任務に──」

 そう蔵持が言いかけた時、上部機銃員が絶叫を迸らせた。

「左上方、不明機一、接近!」

「っ!」

 蔵持が息を呑み、松崎が即座に反応して左旋回をかける。

「各員、戦闘態勢のまま待機!撃たれるまで撃つなよ!」

 蔵持は厳しい声で命じる。間違っても、こちらから攻撃することは許されない。それは、出発前に飛行長から口酸っぱく言われてきたことだった。それが分かっているのだろう、各機銃員は安全装置こそ解除したが、射撃することは無い。二式大艇の“火星”発動機のものとは違う、異質な爆音が近付き、次の瞬間には単発機の機影が二式大艇の鼻先を掠めて下方へと抜けていった。

「“不明機”、離脱しました!」

「左下方より新たな“不明機”!当機と並進します!」

「っの!危ないじゃねえか!何考えてやがる!」

 相次ぐ報告の中、松崎が悪態をつく。蔵持は何気なく二式大艇の鼻先を掠めていった機体に視線を向け、目を大きく見開いた。

「……女かよ」

 無意識のうちにそんな呟きが漏れる。そのパイロットは何を思ったのか、にこりと笑いかけてきた。相手からすれば只の愛想笑いだったのだろう。だが、今しがた挑発行為ともとれる機動をとられた彼は、無表情になって松崎に言う。

「……ちょっと操縦代われ」

「え?は、はい」

 きょとんとしながらも、松崎は操縦席を明け渡す。蔵持は操縦桿を握りしめると、キャビンに向かって声を放った。

「総員、何かに掴まってろ!ぶん回すぞ!」

「え、ちょっと、何言って……」

 松崎の問いを最後まで聞かず、蔵持は速度を上げて大艇を降下させていく。何をしようとしているのかを悟り、松崎は青ざめた顔で叫ぶ。

「機長!それはまずいですって!」

「何のことだ!」

 そう叫び返しながらも、蔵持はスロットルを緩めない。三隻の『リヴェンジ』級、その先頭の一隻──恐らく旗艦──の艦橋に突っ込んでいく。艦尾に掲げられた軍艦旗や、甲板上の水兵が何かを叫んだのが見えたかと思うと、二式大艇は艦橋すれすれに飛び去り、再び高度を上げていく。

「ふいーっ、すっきりしたぜ」

「な、何考えてるんですか……」

 さっぱりしたとでも言いたげな表情の蔵持に、松崎は唖然として尋ねた。キャビンでは「いやあ、スリル満点だったな」「これ、まずくありませんか?」「別に平気だろ」「……電探、壊れてないだろうな」等といった会話が流れてくる。

「ん、何って、『操縦士が急病で操縦を誤り、間一髪で事故回避に成功した』だけだが」

「いや、どう考えても貴方わざとやって……」

「そういうことにしておけ。後々面倒だぜ」

「じゃあそもそも面倒なことしないで下さいよ……」

 胃の辺りを抑えて呻く松崎の様子に、蔵持は明るい声を出して笑った。ふと見れば、右側に来た先程の“不明機”のパイロットが、何やら抗議しているようだった。が、蔵持は鼻歌混じりに見なかったことにする。

 表では陽気な様子を繕っていた彼だったが、内心では苦い思いを抱えている。先程、一瞬だけ見た軍艦旗──白地に鮮血のように紅い五芒星と同じ色の鎌と槌、下の一部が水色──は、あまり思い出したくない旗だったのだから。










一九四三年九月四日  トリンコマリー





 昨日から続く曇天の下に、英領インド帝国の要衝トリンコマリーは存在した。軍港全体が重苦しい空気の中にあるのは、重く垂れ込めた鉛色の雲が陽射しを遮っているからだけではないだろう。停泊している艦艇を、英東洋艦隊司令長官ミッキー・サザーランド大将は司令部施設の長官室から眺めていた。

 如何にトリンコマリーが東洋艦隊の根拠地として整備された軍港であるとはいえ、現在この方面に集結している四か国全ての軍艦を留め置くだけの余裕はない。そのため、ここに停泊しているのは英仏の二か国の艦隊だけだが、それでも『セント・アンドリュー』級や『ダンケルク』級、『リヨン』級等が一堂に会しているのは壮観の一言に尽きるだろう。だが、サザーランドの表情は決して明るくはなかった。

 扉がノックされる。サザーランドが許可を出すと、副官が書類を抱えて入室してきた。執務机に置かれたそれを、彼は手にとって一瞥した。

「……“例の艦隊”は、もうマラッカ海峡に突入した頃か」

「は。途中、幾度か日本軍からの挑発行動がありましたが、やはり彼らは手出しをするつもりはないようです」

 “例の艦隊”とは、シベリア共和国に売却、もしくは有償で貸与される計二三隻もの軍艦のことだ。

 ノモンハン紛争時、ウラジオストックにはソ連時代の遺産である、戦艦一、巡洋艦三、駆逐艦一六等から成る太平洋艦隊があったが、二度の海戦とウラジオストックへの徹底的な攻撃により、事実上消滅していた。港湾施設は辛うじて復旧できたものの、消滅してしまったほぼ唯一の海軍の再建など覚束なかった。

 そこで、英国は旧式艦を中心にシベリアに売り渡すこととした。それは決して善意や同情からなどではない。有力な軍艦が北方海域に出現すれば、日本海軍はそちらにそれ相応の兵力を割く必要に追われるはずだ。自国の近海を、無防備にできるはずなどありはしないのだから。

 回航には、日本軍の勢力圏のど真ん中を突っ切るしかなかったのだが、それについては本国や地中海で訓練したシベリア人を乗せ、シベリア海軍の艦隊であることを証明して押し通るつもりだった。日本も、これ以上戦端を開く余裕は残っていまい、と踏んでの行動だった。

 しかし、サザーランドは鼻を鳴らすと忌々しげに呟いた。

「時期を完全に逸してしまっている。今では、一部しか期待通りに動いてはくれないだろう。開戦時に比べれば、余裕を持って対処されるぞ。開戦前、遅くとも直後にやっておけばパラオでも勝てたかもしれんのだ。大体……」

 延々と独り言を紡ぐサザーランドに、また始まったと副官は密かに嘆息した。元々、サザーランドは優秀な指揮官として名を馳せていたが、同時に上層部に常に批判的であることでも有名だった。しかも陰口ならともかく、上官の前でも首相の前でも堂々と言ってのける性格のために、上層部には煙たがられていた。対日開戦にも反対を唱えていたため、結局左遷され閑職に回されていた。

 そんな彼が、何故東洋艦隊司令長官などという、現在最も重要な役職に就いているのか。それは、パラオにおける大敗が原因だった。そもそも、戦前の英海軍上層部には日本軍を軽視する者が多くおり、前任者であり、現英南洋艦隊(チューク諸島を根拠地とする、パラオ戦後の残存艦を主力とする艦隊)司令長官ジェームズ・サマヴィル大将が二度も敗北した後、ようやくその認識を改めていた。

 しかし、日本軍をよく知る人材など、海軍内部にはほとんど存在しなかった。大半の目は、米国を仮想敵国として見ており、極東の島国を強敵とみなす者は少数派だったのである。

 そんな中でも、サザーランドは戦前より日本軍を脅威とみなしていた。性格に難はあるが、他に適任者がいない以上、この際仕方ない、と彼に辞令が下ったのである。

 サザーランドはしばらく愚痴り続けていたが、不意に立ち上がると制帽を被って出口へと向かった。副官は我に返ると慌ててその後を追う。

「長官、どちらへ?」

「どちらへ、だと?決まっていることを言うんじゃない」

 馬鹿にしたような言い方だが、短くない付き合いの中で、そんな性格は掴んでいるので、副官は顔色一つ変えなかった。彼の返事を待たず、サザーランドは規則正しい歩調で廊下を歩きながら言う。

「方針会議だよ。そろそろその時間だろう?」





 司令部施設の中には、広い会議室が存在した。扉の前には二人の衛兵が警備していたが、サザーランドと副官が近づくと直立不動の姿勢をとって敬礼し、扉を開けた。室内では、十数名の将官が円卓状のテーブルを囲んで座っている。

「いやいや、遅れて申し訳ない」

 口ではそう言いながらもまったく悪びれた様子を見せず、サザーランドは自分の席についた。この場にいるのは、英仏独伊四か国の陸空海軍司令官計一二名と数名の従兵、通訳、副官のみ。サザーランドが何気なく見回すと、親しい間柄になった仏太平洋艦隊司令長官ジュール・マルロー大将が遅いぞとでも言いたげに見つめてきた。彼は肩を竦めて応じる。

 まず口火を切ったのは、英陸軍インド方面軍司令官ケヴィン・カーライル大将だった。彼らは既に何度も顔を合わせているため、前置きは必要ない。

「既に御存じであるかと思いますが、現在インドシナ戦線に展開中の欧州連合軍は補給を断たれ、戦闘単位を維持できなくなりつつあります。今のところ、日本軍からの攻撃は散発的な空襲に留まっておりますが、中国軍の攻勢が強まり、弾薬と燃料の消耗が激しくなっています。各国陸軍の総意として、補給体勢の増強をお願いしたいのですが……」

「それは難しいのではないかな」

 マルローが気難しげな表情をしながら発言する。サザーランドは涼しげな顔をしていたが、独海軍のギュンター・リュッチェンス中将と伊海軍のアンジェロ・イアキーノ大将は顰め面をして見せる。

「現状、あちらの手駒は空母と戦艦が四隻ずつ。それも『ショウカク』クラスと『キイ』クラスだ。そして、未確認情報として『ヤマト』クラスも進出しているようだ。一方で、それらに対抗できる空母は英海軍の『インプラカプル』級だけだが、軽空母が何隻かあるとはいえ二対四では勝ち目はないだろう。戦艦では十分な戦力を持っているが、足並みが揃わないのは確実だ」

「護送船団による大規模海上輸送でも、大きな被害を受けておりますしね……」

 イアキーノが手元の書類を繰りながら憂鬱そうに呟く。これまでに、三回程輸送作戦は立案され、実行に移されていたが、合計で輸送船一〇〇隻以上に加え、英海軍が護衛空母三、軽巡四、駆逐艦一七、コルベット等一五隻を、仏海軍が駆逐艦九隻を、独海軍が軽巡一、駆逐艦五を沈められていた。この被害には小規模な船団の被害も含まれている。当然ながら、陸揚げ出来た物資は多くなく、また、陸揚げ後の輸送手段も限られているため、あまり意味を成さないと判断され、打ち切られようとしていた。

「空軍はどうなのです?」

 仏陸軍司令官アンリ・ジロー中将が期待を込めた眼差しで各国空軍の司令官を見つめるが、英空軍司令官ベネティクト・ゴールトン中将は力なく首を振った。

「よくはありませんな。ラングーン陥落以来、マンダレー、そしてチッタゴンには連日のように空襲が行われており、地上撃破される機体が続出しています。また、そうでない機体も損耗が激しく、補充が追いついていないのです」

 独空軍司令官グスタフ・エーベルヴァイン中将が横から補足する。

「その上、マンダレーを経由していかなければ輸送機はインドシナに入れないのですが、行動を読まれているのか、日本軍の戦闘機隊が出現し我が方の輸送機を片端から叩き落としてしまうのです。マンダレーの防空隊は当てにならず、かといって長距離を護衛できる戦闘機が存在しないのが原因です。当面、夜間に少数編隊での輸送に切り替える方針ですが、どこまで続くか……」

「いっそのこと、インドシナなんぞ日本や中国にくれてやればいいんじゃないか?」

 唐突にサザーランドはそんな言葉を口走った。それを聞いた途端、各国の陸軍司令官は表情を険しくし、マルローは呆れかえり、その他の将官は彼らを交互に見やった。

「何しろ、あそこに拘っているせいで、我々はこうして頭を悩ましているんだ。戦線の縮小、戦力の集中は防戦における鉄則だと思うが」

「馬鹿な事を言うな!」

 ジローは机に拳を叩きつけ、憤怒の形相でサザーランドを睨みつけた。

「あそこは我が国の植民地だぞ!それを軽々しくくれてやるなど……!」

「そうやってしがみついていれば、いずれ泥沼の消耗戦に引きずり込まれるぞ。いや、もう既に手遅れかもしれんな……」

 それに反論しようとジローが口を開きかけたところで、カーライルが少し大きな声で強引に遮った。

「とにかく、この場では結論が出ない以上、次の機会に持ち越しましょう!幸い、対応可能な時間はまだあるのですし」

 ジローは不満げな表情であったが、これ以上言葉を紡ぐことなく引き下がった。険悪な空気が薄れ、その場にいた全員がほっと息をついた。カーライルは咳払いを一つすると、話を始めた。

「では次に……」





 数時間後、四人の海軍司令長官は別室にいた。会議終了後、三軍に分かれての協議に移ったのだ。他には、やはり副官と従兵、通訳のみだ。従兵が運んできた紅茶を手に、誰もが沈黙している。

「……今回の方針、皆様はどう思いますかな?」

 サザーランドはそう言って話を切り出した。あの後、陸軍の強い要請の結果、セイロン方面に展開している空軍戦力の半数以上をチッタゴン、インパール、マンダレー等に派遣し、一時的に航空優勢を確保しようという決定がなされた。だが──。

「……難しいだろうな。日本軍とて、あれだけの戦力を動かすとなれば気づかぬはずもない。結局、消耗戦に突入することになるだろう」

「それに、あそこに日本が拘泥する必要性もありますまい。自由に動かせる海軍力では、あちらの方が勝っている。なのに、彼らは大兵力を展開している」

「それは私も考えておりました。やはりこれは……」

「陽動でしょうな」

 他の三人の会話を聞き、サザーランドは確信を持って言う。リュッチェンスが怪訝そうな顔をして問いかける。

「しかし……情報によれば、日本軍はラングーンに二個師団と強力な航空部隊、それに巡洋艦五隻、一個水雷戦隊を常駐させています。それだけの大兵力が、陽動のためのものとは思えないのですが」

「逆に言えば、奴らの“真の目標”を予想することも可能だ」

 サザーランドの発言に、マルローが思案するように俯きながら口を開く。

「航空部隊と二個師団を要しない目標、か……言い換えれば、機動部隊や戦艦を必要とする目標、ということになるな」

「私が考える目標は二つだ」

 そう言って、サザーランドは従兵に海図を広げさせた。テーブルの上に広げられた海図──ハワイより西からインドから東までを記したそれに、全員の目が自然と集まる。

「一つはオーストラリア方面の南洋艦隊とオランダ、オーストラリア海軍の撃滅、並びに同国政府の降伏。我々がビルマ、そしてインドシナにかまけている間に、側面の安全を確保する。こうすれば、不必要な戦力の分散は避けられ、今以上の攻勢に押されることだろう」

 誰もが口を挟まず、サザーランドの説明に耳を傾けている。彼は淀みない口調で続けた。

「だが、私はそうは思わない。この方面の艦隊など、その気になればパラオやその周辺の航空戦力でも対処できる。となるともう一つは……」

 トントン、と人差し指で示した場所に、イアキーノは唖然として呟いた。

「まさか、そんなことは……」

 そこは、セイロン島、トリンコマリー。つまり、今彼らがいる場所だった。そしてここは、当然ながら防備は極めて堅固な守りを誇っている。機動部隊と有力な水上艦部隊だけで攻略できるとは、思っていないらしい。

「いや、確かに有り得ることかもしれん。一見無謀にも見えるが、ビルマ方面に兵力を集中するよう仕向ければ、こちらも艦隊のみが頼れる防衛部隊となる。それに、奇手は彼らの得意とするところのようだからな」

 マルローが渋い顔をして同意した。パラオへの攻撃時、想定外の数の潜水艦に襲撃され、艦隊の戦力を半減させてしまったのは、彼を始めとする仏海軍将兵にトラウマとなって刻み込まれているようだった。

「そして、現に今、そうせねばならないような戦況になっている。まったく……このような策を考えたのは悪魔のような輩のようだな」

 サザーランドが苦笑して言うと、しばしの間、室内に沈黙が満ちる。それを破ったのは、マルローだった。

「そうだとしても、我々は座して彼らの思い通りに事を運ばせるわけにはいかない。時間稼ぎ程度にしかならずとも、行動せねばならないのだ」

「その戦いに、恐らく我が海軍は貢献出来ませんが……」

 イアキーノが苦々しげに答える。伊海軍の軍艦は、地中海での運用を前提としているため、航続距離が他国に比べて短くなってしまっている。故に、攻勢作戦に参加することは出来ない。

「貴国の艦隊には、ここの守りをお願いしたい。全力出撃をする必要はないわけですからな。それに、軍港を空にされては、他の将兵が不安になる」

 サザーランドが慰めるように応じる。マルローが話を再開する。

「そして、低速の軍艦は今回の攻勢には参加させないべきだろう。強力な軍艦を置いていくのは勿体ないとは思うが、敵制空圏下で戦うことになる可能性が高いとなると、足の速い艦で統一するべきだ」

「うむ」

 サザーランドは短く頷く。『セント・アンドリュー』級は一八インチ三連装三基、『リヨン』級は三三センチ四連装四基を持つ強力な戦艦だが、速力が二三ノットと低速だ。他の艦の足を引っ張ってしまう恐れがあった。

「そして各隊の目標だが……」

 彼らは海図を囲んであれこれと議論を戦わせた。それが終わったのは、夜の帳が降りた頃だった。





「やれやれ……難儀なもんだ」

 マルローが椅子に深くもたれかかりながら嘆息する。リュッチェンスとイアキーノは旗艦をコロンボに停泊させてあるため、既に部屋を辞している。ここにいるのは、二人とその副官だけだ。

「まったくだな……陸軍さんも、空軍さんも頭では分かってはいるのさ。ここは退いて戦力を集中させるのが最善だってな。政府の御都合さえなけりゃあ、彼らもさっさとそうしているだろうに」

 サザーランドもそれに同意して見せる。これまで何の接点も持たなかった二人だが、互いに、日本の脅威を説いて上層部に睨まれ、挙句左遷されたが、前任者の尻拭いのために役目を押し付けられた、という点では共通していた。それが、彼らを早期に打ち解けさせた一因なのかもしれない。

「政府の都合ねえ……戦争は外交の一手段ではあるが、そう何度も介入されてちゃあ堪らんな」

「どうせインドシナを放棄できないのも、これ以上負けると政府の威信に傷がつく、とでも考えているんだろうさ」

 開戦以来、“政治の都合”は幾度も軍部の行動に割り込んできていた。開戦後一月で優勢を確立しろと言いつけてきたのに始まり、マレー戦線、通商破壊戦、そしてビルマ戦線。そろそろウンザリとしてくる頃だった。

 とはいえ、最前線ではそういった都合などお構いなし、という行動をする場面も見受けられる。例えば、ドイツ空軍には自前の機材のみを使用させ、英国の機材を提供してはいけない、という命令が下っていたが、それは半ば形骸化していた。尤も、自軍の兵士を温存しておこうという思惑も無きにしも非ず、といったところではあったが。

「そっちもあれこれ言われてきてるんだろう?」

「ああ。この前なんぞ、『潜水艦によるカイナン島への攻撃を行い、撹乱作戦を遂行せよ』と来たもんだ。おかげさまで、潜水艦七隻が無駄に沈んだよ」

 それは先月二六日に生じた、海南島に対する潜水艦による襲撃であった。だが、哨戒網に引っ掛かり、『シュルクーフ』他六隻が戦没判定を受けていた。

「それだけに、今度の作戦はしくじるわけにはいかん。慎重に事を運ばねばな。下手をすると、次は口出しだけではなく、監査官でも乗りこませようとしてくるかもな」

「それだけは勘弁してもらいたいものだな……あんな堅苦しい奴らと同じ空気を吸うなど耐えられん」

「まったくだ」

 身も蓋も無いような言い方をする二人の会話に、彼らの副官は複雑そうな顔をした。気持ちは同じなのだが、いくら非公式の場とはいえ、あまり聞かれてはまずい会話でもある。しかし、彼らはそんなことは意にも介さず会話を続けている。

「……ああ、そうだ」

 不意に、サザーランドが声を上げる。マルローは怪訝そうな顔をした。

「何だ、急に」

「いや、ふと思い出してな……」

 そう言ったサザーランドの表情は、悪戯を企む子供の笑みのようになっていた。

「前線の一部隊からの発案が元になった作戦があってだな。これを、今回の攻勢に織り交ぜようかと思うのだが」

「それは、そうまでする価値があるのか?」

 マルローの問いに、サザーランドはニヤリと笑った。

「ああ。成功すれば、日本人の度肝を抜いてやれるかもしれない作戦だ」










一九四三年九月七日  チューク諸島近海





 海上では、氷を攪拌するような音がひっきりなしに響き続けている。海底に沈座している『呂一六二』号潜水艦はその音をくまなく拾い上げていた。

「……報告。スクリュー音接近。感三。右舷一二〇度より艦艇接近。四軸推進艦二隻を含む模様。及び左舷二〇度にも駆逐艦らしき反応」

「……奴ら、何をやっているんだ?」

 水測長からの伝令の報告を聞き、艦長は腕を組んで考え込んだ。ここ一週間の間に、周辺海域での敵艦隊の行動が活発になっている。同時に潜水艦狩りもより一層強化され、現在までに、僚艦四隻が犠牲になっているのを確認している。只の訓練にしては、動きが激しいようにも思える。

 相も変わらず、スクリュー音は聞こえ続けている。だが、それは心なしか遠ざかっているようだ。

「……水測より艦長。敵艦、遠ざかります。新たに探知される敵影無し」

 伝令の続報に、彼は数十秒間瞑目したかと思うと、命令を発した。

「潜望鏡深度まで浮上。敵艦が何をやっているか、肉眼で確認する」

「危険ではありませんか?」

 航海長が疑問を提起する。今は昼間。潜望鏡を迂闊に突き出せば、発見される可能性は極めて高くなる。ただでさえ、英海軍の対潜能力は侮ることなど出来ないのだ。だが、艦長は断固として意見を翻さなかった。

「しかし、夜間は奴らは動きを起こさない。危険な賭けなのは承知しているが、重大な事態が起こっているのかもしれん。それを突きとめるには、肉眼による確認しかない」

「……宜候。潜望鏡深度まで浮上」

 航海長は観念したように復唱した。この艦長は、潜水艦乗りになってから日が浅い。不吉な影が内心をよぎったが、彼の言うことにも一理ある、と感じたのだ。

 『呂一六二』はゆっくりと浮上していく。やがてそれが止まり、艦長は突き出された潜望鏡で周囲を見回した。そして、“その艦”を見つけ、凝視した瞬間、彼は硬直した。

「な……何をやっているんだ、奴ら?」

 呆然と呟く彼は、潜水艦乗りとして致命的な失態を犯してしまったことにも気付かなかった。

「艦長!潜望鏡を降ろして下さい!」

「右二五度よりスクリュー音近づく!感三……いえ、感四に上がりました!」

 航海長の押し殺した声と水測長からの悲鳴じみた報告が、彼を我に返らせた。彼はうろたえながら命じる。

「潜望鏡降ろせ!急速潜航、深さ五〇!」

 潜望鏡が慌ただしく降ろされ、艦は沈降を開始する。と、その時、艦体を探信音が叩いた。乗組員全員が体を強張らせる。そして、「着水音多数!」の報告が寄せられた直後、『呂一六二』は激しい爆発の衝撃に晒された。

 前後左右からの攻撃に、彼らは為すすべもない。翻弄される『呂一六二』に決定的な破局が襲いかかったのはその時であった。至近距離で炸裂した爆雷の衝撃波が、艦体を易々と切り裂き、その破孔から海水が轟々と渦巻いて侵入した。

 大量の海水は、『呂一六二』の乗組員たちに何か行動を起こさせる猶予もなく呑み込んでいく。海水で内部を満たされた『呂一六二』は、自然の法則に従い、ゆっくりと沈降を続け、そして圧壊した。生存者など、ありはしなかった。

 こうして、日本軍が迫りくる脅威に気づく最初の機会は、永遠に失われたのだった──。










後書きめいた何か
 今回は、欧州側からみた現状、みたいなもの?をお送りしました。……何か書き足りない。誰か、妄想の具現力を分けて下さい。
 それはともかく、次回は日本側の状況です。では、次回もお楽しみいただけると幸いです。


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