「……なんの開店前準備だ、こりゃ」
その場に立たされてから数十分、いよいよ飽きてきたこの光景に、俺はため息をつかずにはいられなかった。
周囲を見渡せば、決して広いとは言えないこの基地の通路端に、ずらりと整列している黒だかり。俺たちは道の真ん中を空けるようにして、左右の壁を生めるようにずらりと並ばされていた。
さながらデパートの開店前、お客様をお迎えする従業員の列……といったところだろうか。
そしてその感想は、実際間違ってはいなかった。
この地球支部に、遠い銀河から本星ノワールの使者がやって来るというのだ。
おかげでディアナ様は朝から落ち着かずにイライラしているし、ヴェスタはヴェスタで研究室に引き篭もって俺たちに顔すら見せないしで、基地が色々とざわついていることは確かだった。
「なんかすっごいお偉いさんが来るみたいっすね~」
俺の真横に並んでいた少女が、同じく周囲に視線を泳がせながら感嘆するような声を出す。その他の戦闘員達と同じ、黒の戦闘服に身を包んだその姿は、どこかアンバランスな雰囲気を醸し出していた。この場に似つかわしくない――言ってしまえば、その一言に尽きる。
仮面をつけていないのでこの場に並んでいる戦闘員達の顔は一目瞭然なのだが、皆揃いも揃ってがたいの良い、恰幅あるムサ男どもばかりだ。それは決してヴェスタの死体選びの趣味が反映されているのではなく、単純にそうでないと「彼女」との戦いに生き残れないからである。脳死してしまえば、いかに戦闘員と言えども廃棄扱いになる。
そんな中で一際小柄なこの少女は、スレンダーな細身の中に歳相応の丸みを帯びていて、女性と呼ぶよりも少女と呼んだほうがしっくりくるような、そんなどこか愛くるしい外見をしていた。今は黒髪を左側にまとめて結う、いわゆるサイドテールの出来損ないのような髪型をしている。改造人間になってからいったん髪を切ったので、下ろしてもショートとセミロングの中間ほどの長さしかなく、その「尻尾」の長さは実に中途半端だ。
生前は……それこそ、目を奪われるような艶やかな長髪だったのが、今でも記憶に残っている。その彼女との会話は実に数分足らずの時間でしかなかったが、そのどうしようもない儚さ、いまにも消え入りそうな生気は、インパクトを残すに十分な印象だった。
「やー、緊張するっすねせんぱい。ナミ子新入りだし、クレームつけられないよう気をつけないと」
「…………」
今ではのほほんと能天気に笑っているので、その面影もないのだが。
それは、彼女にとっての救いなのだと思いたい。そこにどんな偽善と欺瞞が込められていようとも、それを認めたうえで、俺は自殺する彼女に手を伸ばしたのだから。
俺が殺し、俺が生き返らせた少女――かつての名を捨て、今の肩書きは戦闘員173号。
生前と同じ顔、生前の記憶を持ち、洗脳処置なく戦う、戦闘員Cタイプである。
彼女との馴れ初めは……いずれ、思い返すときもくるだろう。
その時は隣に本人も交えて、それが笑い話になればいいと思う。
「……ナミ子、とりあえず大人しくしてろお前は」
「はーい」
列を乱してきょろきょろと歩き回っていた173号もとい、愛称ナミ子の首根っこを掴んでもとの位置に戻す。彼女は猫のように大人しく掴まれ、俺の隣に帰ってきた。
「……しかし、解せないな」
そうして改めて列を作り、いつまで経っても現れない「客人」を暇を持て余しながらお待ちしつつ、俺は素直な心情を吐露した。
ナミ子が不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんすか? せんぱい」
「考えてもみろよ。お前は知らんかもしれんが、この戦いってもう1年以上もずっと続いているんだぜ? その間、本星はここが超ド田舎だからってずっと傍観してたんだ。……なのに、今になって急に使者を送りつけると言って来たんだ。戦いが佳境に入っているわけでもない、この時期にだぞ? おかしいと思うのが普通だろう」
「そういうもんっすかね? たまたま、ようやく重い腰を上げたのが今ってだけじゃないんですか?」
そう、なのだろうか。
確かにそう考えてもいいし、ヴェスタも似たようなことを言っていた。
しかしどうにも俺には引っかかるのだ。今まで興味がないとばかりに無視していたこの地球事情を、今になって内部を探ってまで知りたいと思う理由が。
何かの意図がある気がしてならない。
「でもせんぱい、仮にそこに上司の思惑があったにしても、うちら下っ端には何も関係ないんじゃないですかね?」
「ナミ子は頭いいなぁ。でもどうせそのとばっちりが来るのはいつも俺なんだよ、……何故か」
がっくしと肩を落として、深いため息をつく。
……と、場の空気がにわかに騒ぎ出していることに気付いた。
「お? よーやくお出ましっすか」
「いかんいかん、敬礼の姿勢だナミ子」
「らじゃっす」
慌ててびしっと背筋を伸ばし、胸に片手を置いてお出迎えの姿勢をとる。周囲の戦闘員も全員狂いなく同じポーズをとっているので、なんだか妙にサマになっていた。
とはいってもこの通路は長い。端からやって来るにしても、俺たちの場所を通り過ぎるにはかなりの距離があいていた。当然、
「……せんぱい、もう飽きたっす~」
堪え性のない元女子高生は早くもへたり顔で根を上げていた。
「我慢しろ」
「いいや限界っす、動き回りたいっす~」
あまり生前のことは知らないが、ナミ子はいかにも体育会系の活発型少女なので、こうしてじっとしていることはどうやら耐えがたい苦痛らしい。
「心を無にしろ。心中滅却すれば暇また涼しだ」
「暇が涼しいってどういう意味っすかー。ああもうダメッス駆け回る寸前ッス!」
「……分かった分かった! 大人しくしてたら後で訓練付き合ってやるから!」
「ビシッ」
敬礼して微動だにしなくなった。
……まあ、いいけど。
そうこうしているうちにゆっくりと足音と気配が近づいてきて、通路の先から、徐々にではあるがその姿が見えてきた。
ディアナ様の後ろを一歩離れた位置に、一人。あれが本星からの使者だろうか。
……って。
(子供……!?)
近づいてくるその姿は、どう見ても長身なディアナ様の身長半分くらいしかない、子供の背丈だった。いや、その外見も、傍から見れば子供そのものだ。
腰まで届くウェーブのかかった栗色の長髪、どこか悪戯っ子を思わせる目つき、口元に常に浮かぶ微笑……遠くから見れば、街のどこにでもいそうな、そんな少女だった。
――その瞳に爛々と宿る、赤い狂気を除けば。
「…………ッ!」
少女の顔がはっきりと見えた瞬間、思わず心臓を鷲掴みされたかのような錯覚に陥った。彼女の目はこちらを向いていないというのに、その紅き瞳は、一瞬でこちらを捕らえたのだ。脳だけが記憶する、今では味わうはずのない冷や汗や鳥肌の感触が、全身に浮かび上がるのが感じ取れる。
戦闘員になってから、どの戦いでも味わったことのなかった焦燥感、恐怖、絶対に対抗できないという“諦め”――彼女は意識すら向けていないというのに、歩くだけでその全てをこちらに押し付けてきたのだ。
俺のような存在が、敵う相手ではない。器も中身も違う。
それは正しく、王の威厳と呼ぶに相応しい貫禄だった。
少女は豪華そうな意匠が全体に及ぶ、絢爛なマントを羽織っていた。そのためか足取りもゆっくりで、まるで自身の存在を見せ付けるかのように俺達の列を歩んでいく。
正直、俺は早く通り過ぎ去ってくれないかと心中で願っていた。
こんな心臓に悪い時間を、ずっと体感していたくはない。
そう願って数分、あるいは数時間経ったろうか。
彼女はようやく、俺の真正面を通り過ぎる位置まで来た。
永らく願った瞬間だが、所詮すれ違うは一瞬だけだ。
「……?」
だがその刹那で、わずかな逢瀬があった。
……今、彼女……。
(――俺に、視線を向けたか?)
気のせいかもしれない。だが確かに、俺の目にはずっと正面を捉えて離さなかった彼女の瞳が、俺の前を通り過ぎたその瞬間だけ、こちらに視線をやったように見えたのだ。
「……いや、流石に……」
気のせい、だよな。
こんな道端の石ころに、王が気をかけるはずがない。
きっと俺ばかり意識するあまり、彼女の狂気がこちらに向いたと錯覚してしまったのだろう。
「どーしたんすか? せんぱい」
完全に少女の後姿が見えなくなってから、ナミ子が小首をかしげて訊ねてくる。
俺はさっきの現象の真偽をナミ子からの意見も踏まえて検証しようと思ったが、すぐに思い直した。そんなことをしても、何も意味はないだろう。
俺は小さくかぶりを振り、
「いや、なんでもない」
肩を竦めるに留めるのだった。
「せんぱい、約束っすよー。ささ、訓練訓練っ」
楽しそうに腕にまとわりついてくるナミ子を引きずりながら、俺はヴェスタの研究室へと向かっていた。先程のお出迎えから、既に数時間が経過している。
「分かってるっつの。まずはコイツをヴェスタに渡してからな」
「なんすかソレ?」
俺の手に収まるバインダーを指差しながら、ナミ子が聞いてくる。
この中には、俺のアイディアを成功させるための大量の資料と、そのための細かい指示が書かれた企画書が入っている。
「ま、今後勝つための準備……ってやつかな。せっかくBランクの戦闘素体になったんだ。どうせなら組織の金、フル活用してやろうと思ってな」
「ふーん。前から思ってたんですけど、せんぱいってかなり『コレ』に意気込んでますよね」
「この資料のことか?」
「や、この戦いそのものにっす。あたしらは別に、戦う意味なんてないのに。せんぱいはまるで、何かと競うように無我夢中で戦ってるように見えるっすよ」
「……へえ」
そう評されたのは初めてだった。まあ、周囲にそんなことを言う話し相手がいなかっただけなのかもしれないが。自身を客観的な意見で指差され、思わず自分で感心してしまった。
「なんかあの子に、因縁でもあるんすか?」
「ま、因縁ちゃ因縁だろ。俺とガーディアン・プリンセスは、敵同士で、悪と正義の味方だ」
コレ以上ないくらい分かりやすい構図だ。
俺は彼女と対抗する力を得るため、ずっと思考を巡らせ、身体を鍛え、そして今新たなる力を手に入れようとしている。
彼女と拮抗し……いや、ひいては『超エネルギー体』を回収するために、だ。
「カードのため――っすか。……そんな風には見えませんけど」
「ん、何か言ったか?」
最後のほうは歯切れが悪くてよく聞き取れなかった。
ナミ子のほうを見ると、彼女はいつものような人懐っこい笑顔を浮かべ、俺の腕にぶら下がってきた。
「なんでもねーっす。とっとと行って、訓練っすよせんぱい~」
「分かってるからそう引っ張るなって!」
なんてじゃれあいながら、ヴェスタの研究室の前まで来る。
勝手知ったるなんとやらである。俺は研究室の扉をノックもせずに開け放った。
「ヴェスタ、入ったぞー」
「ば、バカモノ!」
するといつもは何も言わないくせに、今日に限って着替えを覗かれた生娘みたいな声をあげ、慌ててこちらに駆け寄ってくるヴェスタ。
なんだよヴェスタ俺とお前の仲だろげっへっへ――などと言おうとして、思わず思考が停止した。
部屋には、先客がいたのだ。
「……フム。お主、博士とはだいぶ懇意にしとるようじゃの」
栗色の髪をかきあげながら、紅い瞳が楽しげに弓をつくる。研究室のディスクに座り、頬杖をついてこちらをのぞきこんでくるのは、つい先程すれ違ったばかりの少女だった。
「申し訳ございません、皇女殿下。所詮は野蛮星の田舎猿ですので、未だ躾がなっておらず……」
「よい。博士の良き話し相手ならば、我にとっても同じようなものじゃ。それに、現地の人間の話を聞くのも悪くはなかろう」
「殿下がそうっしゃるなら。……貴様もいつまでも木偶の坊みたいに突っ立っとらんで頭くらい下げんか無礼者が!」
「お、おお?」
いや、この場に彼女がいることもびっくりしたが。
それより何より、こんな態度をとるヴェスタの姿のほうに面食らってしまい、しばらく動けなかった。慌てて頭を下げつつ、横に立つヴェスタをまじまじと見つめる。
「いやお前、そんな言葉遣いもできたんだなー。驚いたよ」
「あ、頭を撫でるな! 殿下の御前だぞ!」
ぐりぐりとヴェスタの頭をかき回すと、それを見た少女が腹を抱えて笑い出す。
「わはははっ! お主ら、よっぽど好きおうているのじゃな! かのヴェスタ・ノワールの新たな一面を拝ませてもらった気分じゃ! うひひひし、しかし、あのヴェスタがのう……ぷくく!」
「し、失礼しました……!」
なんだか顔を真っ赤にして黙りこくってしまうヴェスタ。
……おお、照れてやがるのかコイツ? なんつう斬新なシーンだ。一生もんだぞ。
どうせならもっと遊んでみるか。俺はいつもやっているように、ヴェスタの三つ編みを掴んでパイロットごっこしてみたり、頭に結んでやったりしてみると、その度に少女は声高に笑い転げ、ついには文字通り席から転げ落ちてしまった。
しばらく笑い転げていた少女は、涙を拭いながら紅潮した頬で立ち上がると、こちらを見上げて楽しそうな表情で頷いた。
「たまらんわ! 主よ、我はお主を気に入ったぞ! 博士、案内役はこやつにする!」
「し、しかしコイツは……い、いえ。殿下がそうおっしゃるのなら……」
「うむ!」
満足げに数回頷くと席に戻り、「くくく、何度思い返しても涙がとまらんわ……」と思い出し笑いに夢中になっている少女のことはとりあえずおいておき、改めて赤面中のヴェスタに視線を戻す。
「……とりあえず、資料もって来たぞ。おやお邪魔だったかな席はずそうか?」
「何もかも遅すぎるわ阿呆が!」
叫び、またこちらをニヤニヤと見つめている少女の視線に気付くと、ごほんと咳払いを一つ。ヴェスタはいつもの調子を取り戻そうといったん間をおいて仕切りなおした。
「……資料は預かる。『ファントム・メダル』のシステムは既に完成している。あとはこの情報を詰め込み、それをお前の身体に反映させるだけだ」
「で、結局起動してからどれくらい活動できる?」
「貴様の脳への負担を考えても、10分……いや、最初は5分に設定しておく」
「そんなに短いのかよ!」
「馬鹿を言うな、本来なら1分でも脳が悲鳴をあげるぞ。どのみちその素体では長時間戦えまい。一瞬で決着をつけることを常に念頭においておけ。最初に言ったとおり、強制排出の安全装置は絶対に取り付ける。……貴様を殺すには、まだ惜しいからな」
こちらを一瞥し、強引にバインダーをひったくるヴェスタ。
ま、俺ほど気軽に動かせる研究被験者もそうないからな。重宝するのも分かるが、それで勝てないんじゃあ意味はないんだが……まあ、慣れるまでは仕方ないか。
とりあえずこの件はこれで仕舞いにしておき、次の話題に移る。
「……で、彼女の紹介が欲しいんだが」
「アルシャムス皇女殿下だ。我らが黒き星ノワールを統治する四大国家、その一国の姫君であり、此度総帥の命を受けて地球視察に参られた使者でもあらせられる」
「はあ……」
なんと言ってよいやら分からず生返事を返す俺の脛に、ヴェスタの蹴りが直撃する。無論痛みはないが、敬えということだろう。
「よろしくお願いします、皇女殿下」
「うむ」
「……で、えーと、さっき案内役がどうたら言ってた件は?」
「殿下は今回の戦いの舞台である御門市を直接その目でご視察なさりたいと仰っていてな。丁度さっきまで、その護衛役を誰にするか話していたところだったのだ」
で、それが俺、と?
「えー、駄目っすよせんぱい! せんぱいはこれからナミ子と訓練するって約束だったじゃないっすかー!」
すると今まで黙っていた隣のナミ子が、猛然と抗議の声をあげる。
……お姫様の直接の願いだっていうのに、どんだけ度胸あるんだこいつ。
「バカモノ、小娘は黙ってろ! 殿下自らのご指名なのだぞ!」
「やだやだやだっす~! それならナミ子も一緒に行くっす~! どうせせんぱいなんて街のこと全然知らないし女の子が行きそうなところなんて思いつきもしない素人童貞なんすからー!」
俺の右腕にぶらさがり、駄々っ子のように首を左右に振って揺れるナミ子。いやあの、どさくさにまぎれてすごいこと言ってませんかナミ子さん?
「ふむ。確かに男だけでは街案内に不便かもしれんのう。一人くらい従者がついても我は構わんぞ」
「やったー!」
あっさり承諾する殿下に、目が点になるヴェスタ。いやそれよりさっきの発言が気になるんですけど。
「で、殿下!? しかしこの娘は死体から造っているので、あまり外には……」
「変装させれば文句あるまい。戦いにでるわけではないし、他人の空似などどこにでもおる。……特にその娘の場合、“問題はなかろう”。のう? ナミ子とやら」
「そうっすよせんぱい。どうせあたし昔から存在感なくていてもいなくてもどうでもいい存在だったし、気にする人なんていないっすよ」
「そういう問題じゃねえだろ、バカたれ」
ぐりぐりとナミ子の頭を撫でる。くすぐったそうに目を細めるナミ子を見やり、殿下に視線を戻した。
「……じゃ、俺らじゃ不足かもしれませんが。殿下がよろしいのなら、ご案内しますよ」
「うむ、実に楽しみじゃのう」
「……不安しかないんですが……」
三者三様の表情を浮かべる。なし崩し的に、皇女様に街案内することが決まってしまった。
※ロリババア書きたかっただけという。
あれ、しかしおデートまでいきませんでしたね。いっそ次は全部デート茶番編にしようかな。その次が戦闘回だし。
たまにはラブコメ分いれたほうがいいでしょう。ラブコメ謳ってる以上。
というわけで次回、全編茶番。
その次で殿下退場します。