パープルアイランド。それはやや都市部から離れた市町村にはもはやつきものともいえる、超ローカルな行楽施設――すなわち遊園地だった。
敷地は大した大きさではなく、半日もあれば全ての乗り物に乗れてしまうだろう。
唯一の目玉とも言える巨大ジェットコースターはコース上に1回転する箇所すらなく、ただ急速落下と上昇を楽しむという、お年寄りにも配慮した素敵な設計になっている。
こんなのでも、ここパープルアイランドは御門市を代表する立派なテーマパークの一つだった……数年前、観光地になる前は。
今では世界メジャー級の遊園地が小規模ながらちゃんとオープンされており、瞬く間にパープルアイランドは廃れ、閉園――今ではまるでゴーストタウンのような扱いで放置されている。
もう何年も誰も足を踏み入れていなかったこの地は、しかし今、かつての盛況を取り戻すかのように大勢の人たちで賑わっていた。
いや、正確に言うのなら。
「キュウウウウウウウウウウウッ!!!」
巨大なネズミと怪しげな大勢の黒服集団のみで盛り上がっていた。
「どんな皮肉だよこれ……」
愛くるしさは欠片もない、獰猛な瞳をギラギラに血走らせながら、手当たり次第に施設を破壊している巨大ネズミを見上げながら、俺はただため息をつくしかなかった。
子供泣くぞこれ。
向こうでは瓦礫の崩れる音と、巨大な生物が歩く足音だけが不気味に地面に響き渡っている。今回の憑依獣は何が気に食わないのかとにかく遊園地の乗り物を破壊して回っているので、馬鹿正直に足元にむらがるわけにもいかず、こうして俺を含む一部の戦闘員は本体から距離をとって、事の成り行きを見守っていた。
「せんぱーい、あっち準備できたそうっすよ~」
戦闘服を着た仮面の一人が、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
俺はソイツに一つ頷くと、「じゃあぱっぱと終わらせちまおう」と答え、仮面についてる通信機でこちらからはやや離れた位置にいる、B班に指示を飛ばした。
彼らはホラーハウスの屋根に上り、ネズミの中腹あたりとほぼ平行線上にいる。
「ブランクカード、射出」
耳元に手を当て俺が指示を出すと同時、ホラーハウスから一条の光がまっすぐ憑依獣に向かって伸びた。それは障害物に当たることなくネズミの腹部に命中し――瞬間、真白の閃光が破裂する。
それは一瞬で遊園地内を強烈な光で染め上げた。
ネズミの甲高い叫び声が場に響き、……やがて光が収まる頃には、巨大な生物はその姿を消していた。
「成功っすか?」
「だな。……位置的には俺らが一番カードに近い。回収に向かうぞ」
「らじゃっす」
へこへここちらの傍を走るソイツと、他のA班の戦闘員を引き連れ、最後にネズミがいたポイントに急ぐ。
さて、しかしまあ、ここらが登場する絶好のチャンスだろう。
「そろそろかな」
「へー?」
「――そこまでよ!」
カードまであと数百メートル……といったところで、ふいに遊園地にこだまする一つの声があった。
それは不思議とその場にいた全員に透き通るような声で、しかし周囲を見渡しても、声の主らしき人物はどこにも見当たらない。
けど、俺には予想がついていた。
彼女が、どこにいるのか。
だから茶番に付き合ってやる義理はない。俺はすぐに、確信を持って真正面の上空を見上げた。
「……上だ!」
俺の叫びに、全員が従うようにして天を仰ぐ。
そしてそこには、予想通り――お約束どおり、ジェットコースターのコース上てっぺんに、ふんぞり返る一人の美少女の姿があったのだった。
「星の純潔を汚そうとする、悪の組織ノワールの手先たち! これ以上の破壊活動は許さないわっ! この白き惑星の守護者、プリンセス・フリージアがいる限り、地球を好きにはさせやしない! ――とうっ!!」
完璧な名乗り口上を決め、彼女はその場から助走もなく飛び降りた。
当然彼女の膝上しかないミニスカートは、慣性にしたがって天を向く。
「あ、青っすね」
「……下がるぞ、戦闘員173号」
「ほーい」
ちょうどこちらとカードの中間あたりに彼女が着地すると同時、俺達二人の間を縫って、A班の戦闘員たちが前面に躍り出る。
位置から考えればカードに逆走すれば、それだけでフリージアの勝利なのだが……
「行くわよ!」
毅然とこちらに走る彼女に、そんな理屈は通用しまい。
瞬く間に戦闘員たちと取っ組み合いを始めるフリージア。しかしこちらも戦力は、先程の憑依獣と戦うために分散してしまっている。そう長い時間は持たないだろう。
「最後の奴が倒れたと同時、俺がフリージアの視界を遮るように飛び出る。そこを抜けろ。あとは作戦通りだ」
「りょーかいっす」
俺より一回り小柄なその戦闘員は、戦闘中だというのに足を伸ばしながら軽くストレッチをしていた。その妙な“人間臭さ”に、思わず苦笑してしまう。
「――出るぞ」
だがこちらもそんな余裕はない。あっという間に倒された最後の戦闘員と入れ替わるように、一瞬にして距離を詰める。
とはいっても、こちらは彼女の攻撃どれか一撃でも受ければその瞬間にアウトだ。改造人間とはいえ、彼女たちの攻撃はその全てが『星の加護』を受けた特殊なもの。一発でも食らえば脳に至るダメージが凄まじく、一瞬で緊急装置が稼動して「気絶状態」に陥ってしまう。
だからフリージアの懐に飛び込んだとはいえ、俺がすることは避けるだけである。
しかし一撃目を避けた瞬間、目に見えてフリージアの表情が変化した。呆気にとられたかと思うとすぐに額に皺を寄せ、引きつった笑みを浮かべてきたのだ。
「……っ! この動き……! アンタ、あの時の変態ねっ!?」
「誤解を招くようなこと言うな! あれは事故だろうが!」
「どうせあの卑怯な手を使ったのもアンタなんでしょっ! アンタだけは、ぜっったいこの手で始末してやるわ!!」
何故か不当な怒りにあてられ、彼女の攻撃が過激化する。まったく理不尽な話だ。
……なんて、余裕ぶっこいてる場合じゃねえな!
「もらった!」
「……ぐっ!?」
少女のローからミドルへの流れるような蹴りが、俺の右腕に炸裂する。
完膚なきまでの直撃だった。
フリージアは歓喜に表情をほころばせ――その姿勢のまま、突如俺の右腕から爆発的に膨れ上がった光を無防備に浴びせられた。
「きゃあっ!?」
まったくもって予想外だったのだろう。避ける素振りすら見せず、顔を背けてたじろく魔法少女を尻目に、仮面の効果で眩い閃光の中でも視界を保てていた俺は、すぐさま左手で待機させていた携帯ポットを起動させる。
「っ! ま、まちな――!」
彼女の言葉を最後まで聞き終えるまでもなく、小さな粒子は俺を包み、即座に戦闘から離脱させたのだった。
「ヴェスター、右手吹っ飛んだー。直してくれー」
「……貴様という奴は、組織の費用というものを考えて自分を運用しているのか? 何度くっつけては壊すつもりだ。エアマゾか。痛みはなくともマゾの気概は忘れないという精神か」
戦闘終了後、ヴェスタの改造室に直行すると、彼女はうんざりしたような目でこちらを見るや否や、露骨にため息をついてきた。
そんな態度は無視し、部屋の中心に設置されているベッドに腰掛け、ヴェスタに話しかける。
「一応勝てたんだから十分だろ? 今ナミ子がディアナ様にカード渡しに行ってるよ」
「……まったく。あの小娘とつるみ始めてから、貴様の消費は激しくなる一方だな。だから女の戦闘員は嫌だったんだ。特にこの星の女は戦闘に拒否反応を起こしやすい上、異性というだけで組織に不和を生む」
ブツクサ言いながらベッド傍の機械と繋がっているコンソールを力任せに叩く幼女に、俺は小さく肩を竦めた。ヴェスタからこの手の愚痴を聞くのは、もう何度目になることやら。
「でもナミ子は戦ってくれるんだからいーじゃねえか。お前に無理やり言ってアイツを連れてきたのは悪かったと思ってるって」
「あの女は特別だ。戦う理由も、ここにいる理由も、全てお前のみに依存している。貴様が死ねと言わないかぎり絶対に死ぬものか」
「戦士として十分じゃないか?」
「……フン。お前が、生きているかぎりはな。何度も言ったがな、160号。アレを拾ってきたのはお前なんだ。飼い主が最後まで面倒を見ろよ」
こちらには視線をよこさず、それだけをぶっきらぼうに言うヴェスタ。
俺は苦笑混じりに嘆息し、「分かったよ」とだけ答えておいた。
「どこまで分かっているやら……。で、どうなのだ? 貴様の要望どおり、右腕に炸裂閃光弾を仕込んでやったが」
「まあ一回限りのハッタリって感じだな。こっちも永久につけようとは思ってねえよ」
不発したら超不便だし。
自分の欠損した右腕に視線を落とし、その肩をさする。何度見ても、慣れたくない姿だ。
「要領はそれで十分だ。先の戦利で戦闘素体Bランクに上がったお前は、これからは自分の身体にそのような『仕掛け』をつけることが許されている。当然経費も他の戦闘員より上がるので私としては何体も作りたくない、上位の戦闘素体だ。戦ってみてどうだった?」
「まあ確かに、反応速度っていうか、前よりは避けやすくなった気はするな」
「後で指定のレポートに体感を提出しろ。今後私にどんなびっくり改造されたいかもな」
作業をしながら視線だけをこちらに向け、にやりとほくそ笑むヴェスタ。
……こえー。科学者こえー。
「でも、あんま『キワモノ』な改造はできないんだろ?」
「人間の脳が仕様を理解できんからな。例えば私は超天才科学者だから、貴様に翼をつけてやることなど造作もないが、しかしその動かし方を脳が知らないのでは、翼もただの飾りに成り下がる。人間は自分の想像外の物は、理解できても把握することはできないようになっているんだ。鳥の真似をしても人は空を飛べない――絶対にな」
そう、だからこそ、人は人の形で空を飛べるようにしたのだから。
とはいっても、人間が理解できる範囲内で体内にびっくり装置を仕掛けたところで、あのエテルに対抗できるとはとても思えない。
あんな騙し騙しの戦法でそう何度も勝ちを譲ってくれるほど、相手も易しくはないのだ。
Bランクに上がったとは聞こえはいいが、ようするにちょっと金をかけてもらえるようになっただけ。あと現場指揮をたまに任されるようになったくらいだ。後者は憂鬱な対象でしかない。
「……うーん。なんとか上手くいかないもんかねぇ」
「そう容易くいけば、我らもこんな長期戦を呈していないだろうよ」
淡々と応えるヴェスタに、再度ため息。
この先の暗澹とした未来に視線を向けたくなくて、俺はごろんとベッドに寝転がった。
「まだしばらくは、こちら不利のまま膠着状態が続きそうだな……」
(幕間)
ノワール地球支部、作戦室。
広々とした部屋のその最奥で、ディアナ・ノワールは片膝を床につき、地面に向かって深く頭を垂れていた。
彼女は生粋の軍人である。気安く頭を下げるなど持ってのほか、膝を床につけるなど彼女にしてみれば屈辱の極みであろう。しかし同時に、軍人だからこそ、上の人間は絶対であるという考え方が骨まで染み付いているタイプの人間だった。
彼女が頭を下げている先には、文字通り壁しかない。壁にはノワールを示す巨大な紋章が掲げられており、普段はオブジェと化しているそれが、しかし今は不気味な赤い光を煌々と放っていた。
『――守備はどうです? ディアナ・ノワール将軍』
ふいに、作戦室に声が響いた。
それはまったくの突然であり、ディアナも一瞬びくりと身を震わすが、すぐに姿勢を崩さぬまま、言葉を続ける。
「……はっ。恐れながら、未だ回収作業が続いております」
『――貴女とドクター・ヴェスタをそちらに回してから、もう随分と月日が経つのですね』
「……申し訳ございません。現在、大至急で進めているのですが、いかんせん『超エネルギー体』が出現するのを待つだけでは……」
『――責めているわけではないのですよ、将軍。ただわたくしとしても、辺境の星故にそちらの状況を完全に読みきれず、苦心しているのです。たった二人での派遣……貴女に無理ばかりさせていないかと』
「勿体なきお言葉でございます、アテナ総帥閣下」
『――そこで一人、わたくしのほうから極秘にそちらに向かわせておきました』
「そ、総帥自らの御指令で? い、一体どなたを……」
『――我が愛する腹心の一人。血の四天騎士、アルシャムスを』
「こっ、」
それは、よほど彼女の想像を超えていたのだろう。
思わず顔を上げ、ディアナは驚愕しきった表情で顔を引きつらせた。
「皇女殿下を!?」
『――直にそちらに到着するでしょう。彼女の目はわたくしの目であり、彼女の言葉はわたくしの言葉であると思っていただいてかまいません。そちらの戦況、彼女が見届けましょう。良い報告が戻ってくるのを期待していますよ、ディアナ将軍』
※なんかそれっぽい描写を書きたかっただけという。
次回、宇宙からの来訪者