俺が戦闘員になってから、はやいもので一週間の時が流れた。
その間何があったというわけでもなく、例の『超エネルギー体』も出現しなかったので、俺は自分の常識をアップデートすることに多大な労力を費やし、ようやくこの戦闘員暮らしに慣れというものを感じ始めていた。
そこで遅ればせながらではあるが、ここの生活というものを少しだけ紹介しようと思う。
そもそも俺たちが根城としている組織、『ノワール地球支部』が何処にあるのかというと、端的にいえばそれは地下である。といっても穴を掘って地底人よろしく生活しているわけではなく、脅威の宇宙パワーで地下に多元空間を開き、そこに巨大な地下施設を設けているのだ。
理論上、そのスペースは無限。広げようと思えば際限なく広がるため、組織の人間が何人増えようとも安心設計というわけだ。
この地球支部に存在する住人のタイプは、大きく分けて3タイプある。
そのうちの2タイプは本星から派遣されてきた宇宙人、『将軍』と『博士』――すなわちディアナ様とヴェスタのことだ。そして残る1タイプが、俺達『戦闘員』ということになる。
戦闘員にも3種類の人種がいて、一番多いのが洗脳を施された戦闘員。人間の脳による学習能力と判断思考を利用されているだけの、自我を持たない人形兵だ。命令には忠実なものの、人間特有の柔軟性が欠けており、戦闘力は他の戦闘員より著しく劣るという。これはAタイプと呼ばれている。
次に多いのが生きていながらヴェスタの改造手術を受けた狂気の者。通称Bタイプ。その理由は様々だが、彼らは主に提供される大金のために戦っていることが多い。ヴェスタの暗示やこの漫画じみた環境によって戦闘における嫌悪感や恐怖を『ゲーム感覚』で無くしている者が大半で、ディアナ様にしてみれば一番使い易い、死をも恐れぬ兵士ということになる。
そして最後がCタイプ。死者から蘇生し、かつ洗脳を受けずに自分の意思で戦っている戦闘員。本当なら戦う理由がまったくないので、これに該当するタイプは組織の中でもほとんどいない。
死に未練があるものが、なんでもいいから生にすがりつく――そんな理由が多いらしい。
俺のようになんとなく戦っている奴なんて、俺くらいのもんなんだとか。余計なお世話だ。
……それはさておき、そんな個性豊かなノワール地球支部の構成員は、戦闘員Bタイプ以外は基本的にこの地下施設から出ることを許されていない。
何故ならAもCも死体から再起しているため、街に繰り出せばそれはもう問題になるからだ。《ノワール》はこの辺、潔癖なまでに地球への配慮を怠らない。
そのことを以前ヴェスタに訊ねたら、彼女は真顔でこんなことを言っていた。
「我らは侵略目的でこの星にいるのではない。こんな利用価値のない未開惑星で下手に問題が発生し、それが『銀河特警』に知られでもしたら割に合わんからな。……もっとも、この星域は奴らにとっても管轄外だから気付かれることはまずないと思うが」
「ぱとろーる? また新たな宇宙用語か?」
「この銀河の抑止力だ。奴らは戦争行為には介入しないが、惑星間の問題事になら強制的に割り込める権限を持っている。……ただでさえ『我ら』は奴らに睨まれている。ことを大きくしたくないのは、ルピナスとて同様だろう」
そのため二つの星共に、パトロールに気付かれないよう可能な限りの少人数だけをこちらに送り込んだのだという。
……成程、いくらなんでも幹部が二人というのはどういう理由かと思えば、そういう事情だったらしい。宇宙にも色々と面倒なことがあるようだ。
ということで俺もこの一週間、その規律を守って地下施設にこもり、将軍にボコられたり将軍に叩きのめされたり将軍に足蹴にされながら日々を満喫していたのだが、ふとした瞬間、驚愕の事実に気付いてしまったのだった。
「外出許可を貰いたい? 別に構わん。好きにしろ」
2秒だった。
あーあー暇だなー外の空気吸いたいなーはやく憑依獣でてこないかなーとか色々と鬱憤を溜めていた過去の俺はどうしたらいいのだろう。
「ただし作戦開始時にはいかなる理由があってもこちらを優先しろ。いいな」
「はい」
「では、下がれ」
「はっ」
ディアナ将軍に一礼し、作戦室を後にする。
ここら辺の礼儀も、手馴れたものだ。俺もすっかり戦闘員に馴染んでしまったようだ。
「しかし盲点だった……俺の顔、そういや生前と違うんだった」
俺はヴェスタによって死体から蘇生したものの、顔は整形されているので、外を歩いても生前の知り合いが気付くわけもない。そんな当たり前のことに気づかずに今まで時間を無駄にしていたとは、一生の不覚だった。
しかしこれで、晴れて外の世界を見て回れるというもの。
前回は作戦行動中で景色なんて見てる余裕もなかったし、今日はこの御門市という町を探索するのも悪くない。土地勘を得ることは、戦いにおいても役に立つはずだ。
そんなわけで鼻歌も交えつつ浮き足立って廊下を歩いていると、前から小柄の白衣少女が歩いてくる。彼女はこちらを見るなり気持ち悪そうに顔をしかめた。
「なにやら浮かれているようだな、戦闘員160号。度重なる訓練でついに神経が破綻したか」
「出会い頭から失礼な奴だな。ディアナ様から外出許可を貰ったんだ。それで今日は街に繰り出そうと思ってな」
「なに? お前、今までインドア派だったから外に出てなかったのではないのか。いつも私とゲームばかりしているから、太陽を長時間浴びると死んでしまう体質なのかと思っていたぞ」
「…………」
目を丸くしてとても驚かれた。
真相は死んでも言うまい。絶対バカにされる。
「まあお前なら心配いらないとは思うが、地球人には無駄に接触するなよ」
「問題起こすなってんだろ。分かってるって」
ひらひらと手を振ってヴェスタと別れ、施設にある転送ポットから地上に向かう。
この転送ポットは地上の各地に繋がっており、場所を指定することで瞬時にそこに移動できる優れものだ。もっとも街の人に出てくるところや消えていくところを見つかるとまずいので、地上の転送ポットは廃屋やら森の中やら人が通らない場所に設置されている。
地球人の科学力ではまず解析できない仕様らしい。
とりあえず御門市の住宅街からやや離れた場所にある、今は使われない廃ビルに転送先を定め、そこに飛ぶことにした。
ああ一応、服装は先程支給された、ごく普通のパーカーにジーンズである。念のため。
御門市は歩いてみた感じ、温暖な気候の、風光明媚な観光地といった印象だった。
海と山に囲まれ、自然も多く残されている。都会のように極端なビル街もなく、常にのんびりとした空気の漂う、言ってみれば田舎町と呼んでも差し支えない場所のようだ。
適当に歩いていると商店街についたので、そこのコンビニで複数の新聞紙とフランクフルトを購入し、口にくわえながら新聞に目を通す。
改造人間である今の俺には、食事は必要ない。しかし味覚は繋がっているらしく、食べてみれば確かにソーセージの味がした。なんだかひどく懐かしい、奇妙な感触だった。
……ところで疑問なのだが、食事が必要ないということは当然排泄も無用のものだ。そうなると、この食べたフランクフルトはどこにいくのだろう?
いや、やめよう。考えるとすげえ怖い。
宇宙脅威のテクノロジーということで自分を納得させ、新聞をナナメ読みでペラペラとめくる。
「ふうん……やっぱり載ってないな」
記憶の無い自分には、総理大臣がどうとかスポーツで誰々がどうとかアイドルの何々ちゃんが破局とかいうのはまったくちんぷんかんぷんで興味すら抱けない内容である。なので自分の知りたい記事だけを探していたのだが、やはり予想通りというか、『ガーディアン・プリンセス』のことはどの新聞でも一切記されていなかった。
もっとも、これらは全国発行の新聞紙なので、ローカル新聞はまた違うのかもしれないが、とにかく俺達が御門市でやっている小競り合いは、全国的に認知あるものではないらしい。
「報道規制……ルピナス側で地球と組んでるのか?」
あちらの情報は、何一つ掴めていない。
どうも《ノワール》の人間には、《ルピナス》のことを調べるという概念がないらしく、敵組織の情報なのに何も知らないの一点張りだった。あちらも似た様子なら、お互い「調べる価値などない」と思っているのかもしれない。
まあ、数百年の単位で争い続けている星だ。俺たちの常識など通用しないだろう。
だからいつも下っ端が苦労させられるわけだ、と。
「こちらから派遣されてきたのは二人。あっちは最低一人はいるだろうな。地球人を勧誘してお姫様にした奴がいるってことは」
向こうの戦力はまだまだ計り知れない。対するこっちの戦力は明らかな不足かつ劣勢だ。
あっちは重火器を保持しているのに、こっちはまだ竹槍でつついているに等しい。
この圧倒的なパワーバランスを早々に修正しないことには、こちらに勝ち目はない。現状こっちが勝ちにもっていけるパターンは、ルピナス側より先に憑依獣を発見し、あちらが姫様を送りつけてくる前に回収、帰還することだけだ。
そういう意味では、数で勝っている我々が有利ではある。もっとも前回のように、あっちが駒を投入してきた時点で終わってしまうのだが。
「やっぱりヴェスタの完成を待つか、あるいは……って感じだな」
なんにせよ、憑依獣が出てきてくれないことには試せるものも試せない。
結局は待ちの姿勢でしかないのだ。どちらの勢力も。
「……はぁ。ま、知りたいことは知れたしな。街もある程度見てまわれたし、そろそろ帰還するか」
空を見れば、もう夕焼けが茜色に青を塗り替え始めている。
別に門限などはないが、これ以上この街に用もない。
一番近くの転送ポットから、基地に戻るとしよう。
「えーっと、ここから一番近いのは……丘の上公園ってのがあるな」
さっき本屋でヴェスタに頼まれていた漫画本と一緒に購入したマップで、場所を確認する。どうやら御門市を一望できる、街でも有数の観光ポイントのようだ。そのわりには人気も少なく、なんだか穴場みたいな位置づけになっているらしい。
「……本当に流行ってんのか?」
さりとて、この商店街からそう遠くない。俺は地図をまるめてポケットにしまうと、そちらの方向に向かって歩き出した。
地図に従って馬鹿みたいに長い坂を上っていくと、やがて開けた場所についた。
ここが丘の上公園のようだ。
小高い丘の上に、綺麗に整備された土地が広がっている――が、遊具はおろか建物のようなものもなく、中心に噴水が置かれている以外は、丘の先が囲いで覆われ、その内側に申し訳程度にベンチがいくつか置いてあるくらいの、見るからにしょぼい場所だった。
成程これなら観光者は物珍しさに一度は足を運ぶだろうが、現地の人間は用事がない限り近寄りはしないだろう。
実際辺りを見渡してみれば、そこには人の姿なんか――
「おや」
と、思ったが。この入り口から少し離れた場所に、男女数人の姿があった。
というよりも私服の男が三人で、一人の制服姿の女の子をかこんで何やら言い合っているようだ。
「ねね、君現地の人でしょ? 俺達遊びに来たんだけどさ、ちょっと案内してくんない?」
「な、いいじゃん? どうせ君以外誰もいないんだしさ」
「俺達奢っちゃうよ?」
「……あの……その……」
あまり楽しそうな雰囲気とは言いがたい。
女の子はショートカットに前髪で目元が隠れているという、見るからに内気で物静かそうな娘で、あまりこういったナンパには慣れているようには見えない。
男たちの言葉にも不安そうにきょろきょろしながら、俯きがちで言葉少なに拒否反応を示すだけだ。それが強引にもっていけると男たちを確信させたのか、しまいには少女の腕をとって連れて行こうとしている。
(……あー。どうしようか)
俺は正義の味方でもましてや正義感のかけらもない、ただの下っ端戦闘員だ。揉め事に突っ込む義理はなく、とどめに上司からは地球人とトラブル起こすなと釘まで刺されている。
さてさてどうしたものかと呑気に立ち尽くしていると、男たちが少女の手をとってこちらに向かってきてしまった。そりゃそうだ、公園の出入り口はここしかない。
……あっちから来ちゃったんだから、まあ俺のせいじゃないよな。
入り口の真ん中に突っ立って男たちをじっと凝視していると、先頭で歩いていた男が鬱陶しそうにこちらを睨んできた。
「なに? アンタ」
「コイツ超ガンくれてんだけど」
「俺ら急いでるからさ、どいてくんない?」
男の一人が右に避けようとしたので、とりあえずそっちに移動してみる。
は?と更に表情が曇る男。
「いやマジなんなの? うぜぇんだけど」
「何か言えよオイ」
次第に男たちから苛立ちが募り始める。対してこっちは何も言わず、ただ木偶の坊みたいに突っ立って視線を男に向けるだけだ。……うん、我ながらなんというウザさだ。
短気な奴なら我慢できないだろう。
「ウザ! おいマジどけっての! 喧嘩売ってんなら買ってやんぞおらぁ!」
ほらね。血管ぶっちんいっちゃった男の一人が、こっちの顔面めがけて殴りかかってきた。
パンチは見事、俺の左頬に突き刺さる。
「……っ!?」
しかし驚いているのは男たちのほうだった。
それもそうだろう。拳は完全に顔に入っているのに微動だにせず、表情すら変えず自分を見つめてくる奴がいたら、誰だってそんな反応をする。
「……んだよてめぇ……」
右手を引き、不気味そうに後ずさる男に、俺は初めて声をかけた。
「その子、離してくんない?」
首をかしげ、にっこりと笑ってみせる。
場に不釣合いな明るさで、場に不自然な陽気な声で。
我ながら思ったね。
こんな奴とぜってー関わりたくないって。
「……おい、行こうぜ……何かキモいよコイツ」
「ああ……」
ちらちらとこちらを見ながら気持ち悪そうに公園を後にする三人組を見送り、ふう、とため息をつく。
やれやれ、これなら文句ないだろう? ヴェスタ。
「……ぁの」
おそるおそる、といった感じで申し訳なさそうに囁く声が背後で響いた。俺の聴覚でなかったら聞こえなかったかもしれない。
ああ、すっかり忘れていた。俺はその子に向き直る。
彼女は相変わらず俯きがちで、表情は前髪に隠れてしまってよく見えない。
まあこの子も気持ち悪かったろうな、さっきの。いらんPTSDを植えつけてしまったかもしれない。そう思い、素直に頭を下げて謝った。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「ぁ、その……あの、た、助けてくれて! あ、ぁりがとう……ございました……」
助けてくれて、だけは勇気を振り絞ったものの、その後どんどん言葉が尻つぼみになっていくのがなんだか面白い。相当人見知りのようだ。
「俺は何もしてないよ」
これがまた本当に何もしていないのだから格好がつかない。
「あんまり人がいない場所に一人で来ないほうがいいよ」
とりあえず年長者(?)としてアドバイスすると、少女は困ったように唇を曲げてみせた。胸元で右手をぎゅっと握り締めながら、なにやらぼそぼそと口にする。
でも、この場所が好きだから。
彼女の唇はそう動いていた。俺は発達した視覚と聴覚でそれを読み取り、
「そっか。それなら仕方ない。でも次からは誰かと一緒に来たほうがいいね」
「……っ!?」
少女はびっくりしたように顔を上げてよろめいた。ああ、また驚かせてしまった。いかんいかん。
後ろ頭をかき、もう一度「ごめんね」と声をかける。
「とにかく、今日はもう遅いから帰ったらどうかな?」
俺の提案に、しばし返事がなかったが、やがて小さくこくりと頷いたようだった。
送ってあげようか――と言おうとして、さすがに思いとどまる。これじゃあさっきの男たちと一緒だ。自分の思いがけない一面に苦笑して、「じゃあね」と少女に手を振る。
彼女は何度も振り返ってはこちらにぺこぺこと深く頭を下げながら、ゆっくりと坂を下っていった。
その姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、再度嘆息をつく。
「……なんか変なことになってたなぁ」
“生まれて”初めての女の子……に対する反応だ。初々しくなるのは許して欲しい。
周囲に博士やら将軍やら魔法少女やら頭のおかしい奴らしかいなかったから、ああいう普通の女の子と会話するのは実に貴重な体験だった。
これが今日の散策一番の収穫といってもいいな。
他は全部これを盛り上げるための前座だったといってもいいくらいだ。
「うん、これでこの後の潤いのない人生にも耐えられそうだ」
よし、俺も帰ろう。
確かここの公衆トイレに、転送ポットが――
そんなことを感じながら公園を横切っていたそのとき、胸ポケットに締まっていた携帯電話からけたましくメロディが鳴り響いた。
ヴェスタに持たされた、非常用緊急連絡道具。
それが意味することは、一つだけだ。
ついに来たかという緊張で胸を高鳴らせながら、急いで電話をとる。
『戦闘員160号! 目標エネルギー反応が確認された!』
ディアナ将軍の声に、すぐさま踵を返し、公園を出ようと駆ける。
「場所は!?」
『お前の頭上だ!』
「ずじょ――えぇっ!?」
思わず立ち止まって携帯をまじまじと見てしまう。
そこに、ふっと。
予兆もなく、唐突に周囲が暗くなった。
空を、何かが遮ったのだ。それは巨大な影となって俺を覆い尽くしている。
……嘘だろ?
ゆっくり、ゆっくりと、信じたくないといった面持ちで空を見上げる。
「キシャアアアアアアァァツ!!!」
馬鹿でかい凶鳥が、こちらに爪を掲げて急降下していた。
「嘘だろおおおおおおっ!?」
ほとんど無意識に地面を蹴り、その場に勢いよく倒れ伏せる。
俺の背中ギリギリを爪が通り、巨鳥はすさまじい羽音を起こしながら再び上空へと舞い戻る。
慌てて起き上がり、なんとか携帯電話を耳に当てて作戦を乞う。
「いやどーすんすかアレ! 肉体言語でどうにかできる相手じゃないでしょう!」
『応援を待て! その場で囮に徹しろ! 絶対に逃がすなよ!』
そこで通信は途絶えたようだった。ツーツーとお馴染みの電子音を繰り返すそのガラクタを思わず放り投げる。
「無茶苦茶すぎるぞ指令系統!」
半ばやけになって叫ぶ。その声に反応するかのように空で翻った巨鳥が、再びこちらに襲い掛かってきた。
いや落ち着け! こういう場面でこそ、訓練を活かすときだ!
周囲を見渡す。
身を隠す場所は――ないっ!
敵に対抗できる武器は――当然落ちてない!
転送ポットは――こっから100メートルほど先!
「ムリゲー!」
しゃがみこむが、次も上手く避けられる自信はなかった。
もはや敵の脅威に食い散らかされるのを黙ってみているしかないのかと俺が覚悟を決めた、その時である。
「――ウインド・シューター!」
後方から撃ち込まれた緑の光が、巨鳥の顔面に直撃した。
轟音のような鳴き声を上げてその場に羽を散らす巨鳥と、しゃがみこんだまま涙目な俺の間に、上空から勢いよく何者かが飛び込んでくる。
「ガーディアンが一人、プリンセス・サイネリア参上! これ以上私の思い出の場所で、好き勝手暴れさせません!」
それは華麗に地面に着地し、こちらに背を向けて現れた。
……あ、白。
「早く逃げてください!」
少女が顔だけこちらを振り向いて、力強く叫ぶ。
透き通るような、綺麗な瞳だった。
紫色のショートヘアが風に揺れ、彼女の前髪をなびかせる。以前見た戦闘服姿とは色違いである翠の装飾が走ったその麗しき姿は、見間違うはずもない、俺たちの宿敵にして天敵、ガーディアン・プリンセスそのものだった。
「もうひとり……だと!?」
だがそれは、前回対峙した赤の少女ではなかったのだ。
「シャアアアアァァァァアアッ!!」
倒れていた巨鳥が、再び羽を豪快に動かしながら空へとあがる。
鋭い風が巻き起こり、少女の前方から吹き荒れた。
少女はそれによろめきながらも、なんとかこちらをガードするかのように一歩も引かない。
ついでにスカートはバサバサと揺れまくっていた。
「……ウインドスタッフ・ガンナーフォルム」
少女の持っていたワンドに埋め込まれた緑色の宝玉から光が溢れ、その光に包み込まれた杖の形状が、細長いものから、大きな長弓へと姿を変えていく。
自身の身長ほどあるその弓をつがえ、少女は巨鳥へとターゲットを向けた。
上空で旋回する巨鳥に狙いを定めた弓は、方向を固定するとぴたりと停止する。
こちらの動きを翻弄するように回る鳥の動作を追うでもなく、その弓は一点だけを目指していた。
「セット」
少女の小さな呟きに、弓が応える。緑色の矢状の光が弓に装填され、それは瞬く間に上空に射出された。
会の姿勢などなく、あっけなく放たれた光矢は、吸い込まれるように飛び込んできた巨鳥に命中し爆散する。……そうとしか見えなかった。縦横無尽に駆けていた鳥は、自分から矢が飛んだ方向に当たりに行ったのだ。
空への優勢を奪われ地面へと落ちていく巨鳥に、弓から杖へと姿を戻した少女が、上空に向かって印を刻んでいく。
「――我、風の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」
完成した紋章は、少女の掛け声と共に巨鳥へと撃ち込まれた。
「封印( !」
一瞬の眩い閃光。
刹那には場にカードが残され、傍にいた鳩がぱたぱたと空を横切っていく。
戦いの終幕であった。
「……ふぅ」
宙に浮かぶカードを手に取り、少女は胸元に手をあてて、小さく息を整える。
そうして、いまだしゃがみこんでいる俺ににっこりと微笑すると、次の瞬間には大きく跳躍した。彼女はタンタンっと勢いよく地面を蹴りながら、その場を後にしていく――
「…………」
……何もしないまま終わってしまった……。
呆気にとられていたというか、驚いてるうちに全部終わっていた。
とりあえず立ち上がり、頭をかく。
「いやー……何もできなかったな」
ていうかガーディアン・プリンセス、もう一人いたのかよ。全然聞いてねえぞ。
後でヴェスタにじっくり聞いておかないとな。
しかし……あの、もうひとり。
俺はその姿を思い出す。先程俺にくれた笑顔、片目だけ見えたそのあどけない表情、そして胸元で手を握るその仕草――
「……プリンセス・サイネリア。一体何者なんだ……」
新たなる強敵の登場に、俺は顎下に伝わる汗(実際には流れていないのでポーズ)を拭うことしかできなかった……。
その後、ディアナ様にめちゃくちゃ怒られた。
理不尽すぎる。
※対の魔法少女登場の巻き。
最初に言っておきますが、このまま魔法少女が増え続けて少女戦隊!という話にはなりませんので念のため。
しかし戦闘描写は相変わらず空気。
次回、白星。