さて、意気揚々とはじめての狩りに向かうため槍を担ぎ南門へと足を進めていた。
南門が見え、入出者のチェックをしている門番の顔が見えるぐらい近づいたとき、俺は恐ろしい事実に気づいた。
――回復剤を買ってねぇ…!
しかし、今となっては手遅れ。既に残金は8cしかない。
というか、そもそも消費系のアイテムはどこに入れればいいのだろう?
その疑問によって初めて腰についている小さな袋の存在を認識したのだった。
どうもこの袋がいわゆるインベントリという奴なのだろう。
このゲームではアイテム所持数はSTRに依存すると言う話だったはずだ。
この袋は今まで気づかなかったように現状まったく重みがない。
一定以上のアイテムを入れると重くなるのだろうか?
とりあえず、小袋に何か入っていないか確認することにする。
袋の口に手を突っ込む。
明らかに握りこぶしよりも小さい袋なのに手首までしっかり入りきる。見た目の違和感で気持ち悪い。
しかし、外と中の空間が違うことなどVRではよくあること、いちいち気にしていたら始まらない。
肝心の中身だが、手首まで入れてるのに手は当たる感触はまったくない。
なんだか、とても広い空間があるようだ…。
とりあえず、何が入っているか確認するためできる限り手を突っ込みかき回してみる。
一向に手に物があたる感触はないが、不意に脳裏に袋に入っているもののリストが浮かび上がってきた。
それを見た俺は思わずほほを緩めてしまう。
---小袋-------------
初級傷薬 5
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運営さんの心意気という奴だろう。
今の俺には非常にうれしい贈り物だ。
さらに、袋に傷薬が入っていると認識したとたん、手に物が当たる感触が発生した。
それをつかんで引き出してみるとどうやらこれが初級傷薬らしい。
いろいろためしてみたところ、袋に触りながら中身を確認しようと思うと脳裏にリストが浮かぶようだ。
また、袋に手を入れて取り出したいものを思い浮かべると手の当たる位置に出現し取り出すことが可能になる。
さて、期せずして回復剤の問題が解決したところで、心置きなく外に向かおう。
とうとう、南門へとたどり着いた。
門を守る兵士になんとなく会釈しながら門を通ろうとする。
「やあ、そこの旅人の君。君はここから外に出るのは初めてだね。
ちょっと外に行くならお願いがあるんだ。受けてくれないかな?」
こいつ…、ここを出入りしている人間をすべて記憶しているというのか…!?
もしそうだとするなら、なぜこんな優秀な奴が門番なんて下っ端の仕事をしているんだ…?
と、NPC相手に大人気ないことを考えてしまった自分を反省する。
これも強制イベントの類だろうか?
しかし、断ることは可能そうである。
取り合えず、詳細を聞いてから進退を考えることにしよう。
「なに、簡単な仕事だよ。最近、南門を出てすぐの草原にリビが異常繁殖していてね。
道を歩くと結構見かけると思うんだが、やつは弱いくせに数がそろうと凶暴になる性質を持っていてね。
できればいくらか狩って間引きをしてほしいのさ。
もちろん、俺たちもやってるんだがどうしても片手間になってしまってね。
いまいち効率が悪いのさ」
つまり街でNPCから受けるクエストのチュートリアルのようなものなのだろう。
どうせ、外で適当に狩ろうと思っていたところだし渡りに船だ。
受けることにしよう。
「そうか!受けてくれるか、助かるよ。
間引く数自体は指定しないから、適当に狩ってきてくれ。
ただし、狩ってきたことを示すためにリビの牙を持ってきてくれよ」
ちょうどよいクエストも受けることができたし、俺は意気揚々と門をくぐり外壁の外へと向かうのだった。
無事、街からの脱出を果たした俺の目の前には視界いっぱいに草原が広がっていた。
VRではめずらしくない景色とはいえ、現実ではコンクリートジャングルに囲まれて生活する身。
何度見ても心振るわせられる景色だ。
しばし、その景色を眺めていたが視界の端に白っぽい動くものを見つけてそちらに目を向ける。
すると、草むらの間から豚と兎を足して割ったような不思議な生き物がこちらを見ている。
たぶん、あれがリビという動物なのだろう。
俺にはよく分からない感覚だがブサカワイイというやつかもしれない。
それなりに大きな牙を持っていることからして無力な存在というわけでも無いようだ。
確かに集まってれば怖いかも。
よし! いよいよ初戦闘だ!
俺は槍を腰溜めに構えてリビに近づいていく。
やつはこちらを見ていた目を他に逸らしてそのまま佇んでいた。
俺は腰を落とし、行動補助機能で半ば自動に動く自分の体を意識しながらリビに向かって槍を突き出した!
シュッと風切り音を出しながら穂先が奔る。
突き刺さる前にこちらに気づいたリビは体を捻って避けようとするも、避けきれ無かったようでリビの体に傷を残こすことに成功した。
なかなか深そうな傷だが、リビは傷に頓着せずこちらに向かって突進してきた!
俺はあわてて槍を引き戻し縦に構えて持ち手の部分でブロックしようとする。
リビは悠々と構えた槍をやり過ごし、腹に体当たりを慣行してきた。
体当たりを食らった腹にずいぶんな衝撃を受ける。
厚手の服で軽減されたとはいえ、5kgぐらいは有りそうな塊が結構な速さでぶつかったのだ。ダメージは馬鹿に出来ない。
予想外の痛みに咳き込み、たたらを踏みそうになるのを必死にこらえ、縦に構え ていた槍を上からリビにたたき付ける!
若干動きが鈍った攻撃だったが、突進から体勢を立て直そうとしていたリビはその攻撃を避けることが出来ず直撃した。
それで倒し切れたのか、リビは短い鳴声を上げて地に伏した。
そこまで確認すると、たまらず俺は腹を押えてしゃがみこむ。
…、痛い…。
VRシステムでの戦闘ゲームでは痛覚が鈍く設定されているのが大半である。
そのため、痛みに関しては全くの不意打ちだった。
その混乱の中では我ながらいい行動が取れたとは思う。
ステータスボードを呼び出し確認して見ると愕然とした。
すでにHPが4割ほどしか残っていない。
さっきの一撃で6割持っていかれたのか…?こいつ初期の敵じゃ無いのかよ…?門番は弱いって言ってたよな?
さまざまな疑問が頭の中をぐるぐる回る。
やがて俺は答えを見つけた。
――俺のVITは1のままだからか!
答えはとても簡単なことだった…。
まぁ、一撃で6割持っていかれるようなダメージを食らえば、痛覚を鈍くしてあってもそれなりに痛みを感じるのも道理だろう。
ひとまず落ち着いた俺は倒したリビが消えて行くのを見て、後に残った牙らしきものを拾い袋に放り込む。
ついでに回復剤を取り出して使用する。
5本しか無いのに早速使う羽目になったことに先行きの不安を感じる…。