戦神アラナスの神殿を探して街を歩く。
さすがに事前調査ではNPCの配置場所や建物の配置場所などは調べてないので自分の足で探すしか無い。
この町はどうやら区画整理がしっかりしているようだ。
中央公園を中心に十字に大通りが延びており、その大通りから各小道が広がっている。
訓練場は中央公園に面していたため現在値の把握は容易だったのが救いだろうか。
自分の周囲の範囲の地図を確認することの出来るミニマップを脳裏に確認しながら思いつくまま足を進める。
ミニマップの倍率を下げれば街全体を俯瞰することも可能だが、目的地がどこに有るかすら分からない現状では意味が無い。
つまり、今俺は道案内してくれそうなNPC(ノンプレイヤーキャラクター)を探しているのだ。
大きな街には案内NPCがたいていはいるものだし、ましてや初期地点の街にいないわけが無いだろう。
経験的に、衛兵なんかの格好をしているやつが道を教えてくれることが多いのでそんなやつを探しているわけだ。
考えてみるに訓練所のおっさんに聞いておけばよかった気がするが、あの声で街の施設場所の説明などされたら半分以上も覚えていられ無かったに違い無いから悔いはないな。
むしろチュートリアルをスキップしたら開始時に現れた少女が説明してくれたのだろうか?
もしそうだとしたら、そちらは大いに悔いが残るぞ…
俺はくだらないことを考えながら街を闊歩する。
いわゆる中世ヨーロッパ風というのだろうか。
石畳の道路にレンガでできた家が立ち並んでいる。
こういった見慣れない景色の中を歩くのはそれだけでも何だか楽しい。
言ってみれば海外を旅して観光しているような気分とでも言うところだろうか。
程なくして見慣れてしまいこの感覚も薄れてしまうだろうから、今のうちに楽しんでおくことにする。
そういえばVRシステムの普及と同時に旅行客が減少すると言う現象が起きて各地の行楽地は結構な打撃を受けたらしい。
現在では、各地の頑張りや法改正によって旅行者数なんかはだいぶ取り戻したらしいが。
さて、周りには結構人がいるのだが、このうちどれぐらいがPC(プレイヤーキャラクター)なのだろう。
サービス開始直後にログインしたので、それなりに早い部類だと思うのだが…
ちなみに、今日は平日なので昼間からログインしているのは俺のような不良大学生が多いだろう。
大学の講義をサボってやってるわけだが、このゲームのために今期は今までまじめに授業に出ていたのでたぶん大丈夫だろう…
しかし、すぐ見つかるだろうと思ってた案内NPCだが以外に見つからないな。
中央公園の外周のどこかにはいるもんだと思ってたんだが…
しょうがない、そこら辺の適当なNPCに聞いてみるか。返答パターンが登録されていると良いんだが…
とりあえず、近くにいた公園の露天で果物を売ってるおっさんをスルーし、そのひとつ向こうの花売りのかわいらしい少女に近づく。
「いらっしゃいませ!お花はいかがですか?」
「こんにちわ。一輪いただけますか?」
「ありがとうございます!2cになりますっ!」
訓練所のおっさんで減っていた何かが補給されていくのを感じつつ、お金を渡して花を受け取り当初の目的であるアラナスの神殿の位置を聞くころにする。
「ありがとう、ところで戦神アラナスの神殿がどこに有るか知ってるかい?」
「アラナス様のしんでんですか?えっと、あんまりおぼえて無いですけど、
たぶんここから南通りをあるいていったとちゅうにあったはずですよ」
はっきり言って全く期待していなかったんだが予想以上に具体的な返答が帰ってきて驚いた。
分からないといわれると思って案内人の場所を聞きなおすつもりだったが無駄になったようだ。
まぁ、中央公園という場所柄で登録されていたんだろうが細かいところで気が利いている。
「すごい、お嬢ちゃん物知りだね。ありがとうとても助かったよ」
「えへ…」
少し恥ずかしそうにはにかむ少女を見て心の中で何かか溢れるのを感じつつ、手を振って教えられた道を行くことにする。
うむ、有意義な時間だった。
少女に教えられたとおり街を見物しながら南通りを南下していく。
ちなみにcはカッパと呼び、貨幣の最小単位だ。100cで1s(シルバ)となり、100sで1g(ゴルド)となる。
開始地点の街の宿屋が一泊大体20cぐらいだったと記憶している。
ちなみに払ったお金は初期所持分の1sの一部だ。真っ先に装備をそろえるのに使うべきだが俺は全く後悔していない。
少女の笑顔はプライスレスだ。
やはりくだらないことを考えつつ、道を歩いていく。
神殿を探して視線を飛ばしていると興味深いものを見つけた。
武器屋だ。
武器や防具はこんなゲームをやる男にとって逆らえない吸引力を持っている。
当然その一人である俺もその力に抗えるはずもなく、気づくと体が勝手に暖簾をくくっていた。
「いらっしゃい。なにをお探しかな?」
店に入るとすぐに店主であろうおっさんに声をかけられる。
どうやら俺以外の客はいない様だ、しかし常識的な声量でよかった…。
「何というわけでも無いな。興味を引かれたから入っただけだ」
「なるほどね。…おや、お前さん、まだ神の加護を受けてないのかい?」
「確かにそうだが…、なぜ分かったんだ?」
「はは、武器屋たるもの客の腕前を見て分からなけりゃ、高い武器を薦めることもできないだろ?」
親父は闊達に笑って返してくる。
「戦神アラナスの加護を受けようと思って神殿に向かっていたところでこの店を見かけてね」
「ああ、アラナス様ならもう少し南に下った左手に神殿があるよ。
ひときわ大きい建物だし、建築様式もだいぶ違う。見れはすぐに分かると思うよ。
武器屋にくるなら加護を受けて無いと試し切りも出来ないからね。
その後に来てもらわないとどうしようもないよ」
おっさんは丁寧に神殿の場所を教えてくれた。
そういうことならしょうがない。楽しみは後に取っておいて神殿に向かうことにしよう。
「加護を受ける前に入ってくるほど武器が好きとは恐れ入るね。武器屋の身としてはうれしい限りだ。
無事に加護を得ることが出来たらうちに来な。ちったぁサービスしてやるよ」
おっさんの笑いを含んだ有りがたい言葉を背中に受け、後ろ手に振りつつ武器屋を後にした。
しかし、先ほどの花売りの少女といい、この親父といいNPCとはとても思えない返しをしてくる。
話しているとNPCだということを忘れてしまいそうになるぐらいだ。
事実、親父との会話の間は完全に忘れていた。
AIの発達は著しいとは聞いているが、ゲームのNPCにこれほどの技術を使うとは運営陣のこのゲームにかける思いが感じられる。
運営の思惑にのって余計なことを考えずに楽しんでみよう。