松明に照らされた湖面に渡る道を俺たちは駆け抜ける。
俺の通った後に水の集中砲火が続いていく。
もちろん俺は後ろを振り向く余裕などない。たまに、打ち出された水撃同士がぶつかる音がその存在を知らせてくれるのだ。
気分はシューティングゲームで弾を避けるようである。
だが、やはり予想通りカッパたちの狙い自体は荒い様で走っている分には食らうことが無さそうではある。
一方向に一定速度で動いているのだから予測射撃でもされると即座に撃墜されるわけだが、そこまでの知能はないらしい。
前を走るベリトを狙った流れ弾が時折辺りそうになるぐらいだ。
だが、問題となってくるのは後ろに置き去りにしてきたやつが出す水撃だ。
カッパの狙いに対して横に移動すれば当然避けやすくなるが、単に離れるように移動するだけでは飛び道具を食らってしまう。
後ろに置き去りにした奴が打つ水撃は、どんどんその角度が小さくなってしまうためどうしても当たりやすくなってしまう。
ましてや、この道は緩やかに左へと曲がっているため右側にいたカッパの攻撃は特に当たり易くなってしまうのだ。
これを避けるためにはジグザクに移動するのが正解であるわけだが、残念ながらそのような機動を十分するための道幅はない。
もはや、当たらないのを祈って頭を下げて一刻も早く走りぬけるしか方法がない。
逆に言えば、俺が壁になっているためベリトにはそういった攻撃は届かないため安全と言えるだろう。
防具の関係で比較的打たれ強い俺が後ろになるのも当然の選択である。
現に背中に何発かの水撃を貰い、地味にスタミナが減ってきている。
移動速度自体はステータスに影響されないためスタミナ曲線による減算は関係がないが、食らうたびに地味に痛いせいで足が鈍りそうになる。
VR的に不自然だと思っていた鎧なんかがぬれない仕様なのは正直ありがたいな…。
都合4発ほど背中に水撃をもらったぐらいであろうか、とうとうゴールが目前になってきた。
だが、俺のスタミナも既に限界である。あと2発も貰えばスタミナが削りきられてしまうだろう。
そう考えているうちにさらに一発背中に衝撃を食らう。
既に残りのスタミナは少なく瀕死状態だ。
後一発でももらえば死んでしまう。
食らう水撃に体勢を崩されることが有るため大分離されてしまっていたベリトが出口にたどり着き、湖のお立ち台から退場する。
俺ももうすぐ退場できると思うがそれまで攻撃を食らわないとは限らない。
むしろ、先ほどまでの食らう頻度からいってもう一度ダメージを貰う可能性は低いとは言えないのだ。
既に出口に着きこちらを見ていたベリトからチャットが飛んでくる。
『おい、後ろから当たりそうなのが来るぞ!』
俺はその言葉にしたがって前方へ転がって避ける。
だが、進行速度が落ちた俺は再び走り出すまでの間にダメージを食らってしまうだろう。
やむなく俺は手元のボタンを押し、松明の炎を消した。
さっきまでは前をベリトが走っていたため消すわけに行かなかったが、ベリトは既にゴールについているため消しても問題ないだろう。
もっとも、これも愚策といわざるを得ないのだが…
松明を消したことによって止んだ弾幕の隙に小袋から傷薬を取り出しながらベリトに状況を聞く。
『ベリト、そっちの部屋の様子はどうだ?』
『こっちは小部屋みたいだな。上に穴が開いてて月明かりが入ってきてるから明るいぞ』
『それはともかく敵は居ないのか?』
『んー、あ、やべぇ!隅っこにカッパが居る!』
くそ!恐れていた事態になってしまったようだ。
ベリト単体では殲滅力は無に等しい。その状況で敵とエンカウントするのは非常に危険だ。
こういう事態にならないように俺も一気に部屋まで走り抜けたかったのだが…。
『くそ!待ってろ、すぐ行く。それまで気合で耐えろ!』
取り出した傷薬をとりあえず使用して幾らかスタミナを回復させ松明をつけて再び走り出そうとする。
だが、次のベリトの声はまったく緊張感のないものだった。
『あ、なんか大丈夫そうだぞ。ゆっくり来い。あと、カッパも意外とかわいい』
『はぁ?お前は何をいってるんだ?』
ゆっくりしていいと言われたが、そうも言ってられないだろう。
だがまぁ、少なくとも緊急性はないのだろうと思われる。
俺は念のためもう2個ほど傷薬を使用した後、松明をつけて再び走り出した。
ゴールにたどりつくまでに案の定、水撃を一発貰うことになったがスタミナを回復したため特に問題はない。
俺はそのままゴールアーチをくぐるのだった。
ゴールアーチをくぐった先は直径が10mほどの円形をした小部屋だった。
天上は完全に吹き抜けになっており、天頂に浮かぶ月を望むことが出来るために外とまったく変わらない光量がある。
俺は部屋の奥にベリトとその横にいるカッパを見て槍を構えて慌てて駆け寄る。
「ベリト、あぶねぇぞ、離れろ!」
「おいジス!ちょっと待てって!」
そのまま駆け寄りカッパに攻撃をしようとするが、ベリトの制止によって攻撃を中断する。
すると、ベリトの横にいるカッパが口を開いた。
「いじめないで! ぼく わるいカッパじゃないよ!」
カッパが喋れるのが意外ではあるが…
その発言をされると殴るわけにはいかなくなるな…
「な?危険じゃないだろ?」
「まぁ、本家ほどの愛嬌はないけどな…。で、わるいカッパじゃない彼は何でここに居るんだ?」
「あ、あのね…、これさっき君が落としたものだよね?」
そういって差し出してきたのは確かにさっき水の中に消えていった傷薬だった。
「お、ありがとう。持って行ったのはおまえだったのか」
「どうやらそうみたいだな。さすがに3つの選択肢は発生しなかったみたいだなー」
つまりは、前の広間で湖に落としたものを回収してきてくれるのがこのカッパらしい。
もっとも、こいつが持っていかなければ槍を使って回収できたわけだが、それを突っ込むのは野暮というものだろうな。
俺は素直に受け取って礼を言うことにしたのだ。
「無事にお前の傷薬が戻ってきてめでたいことだが、どうやらここで行き止まりみたいだな」
「そうみたいだな。多分、この部屋の中央に咲いてる花が目的の猿花草なんだろ」
「なるほど、いかにもな所に群生してるな」
「これ摘み取ってもって帰ればクエストは終わりかな?」
「みたいだな。確かに話どおりダンジョン自体は浅かったな。その割には精神的にひどく疲れたけどな…」
「疲れた割りにまったくモンスター倒してないからうまみがまったくないしな…」
「さっさと目的の花を回収して、洞窟の外に出ようぜ」
「それもそうだな」
俺たちは、部屋の中央に群生している花に向い、それぞれ一輪ずつ手に入れる。
「なぁ、ジス、これっていっぱい採っていって船着き場の前で売ったら結構稼げるんじゃないか?」
「さすがに無理なんじゃないか?それが出来るんだったらもう船着場で売ってる奴が居てもおかしくないだろ」
「いや、それはわからんだろ。時間的に人が少ない状況なんだし。多めにとっていっても損はないだろうから、取っていこうぜー」
そういってベリトは花を摘んでいく。
膨大な量があるから大丈夫だと思うがこれを全部取ってしまったとしたら次に来る人はどうするんだろうな?
まぁ、多分問題なく復活してるんだろうが…。
ちなみに俺は多分無理だと思うから、採ってはいない。
そもそも、そんなところで売り子をする時間があったら狩場に行ってモンスターの一匹でも多く狩った方が楽しいしな。
暫くして、ベリトは満足するだけ摘んだのか手に持った花束を袋に入れて満足そうに立ち上がった。
「よし、それじゃ、帰るとするか!いい儲けになるといいなぁ」
「おー、せいぜいがんばれ。で、帰りはどうする?」
「また全力で駆け抜けるか?」
「まぁ、それでいいとおもうぞ。というかさ、一回で走りきろうとせずに時々止まりながら行けばいいだけじゃないのか?
さっきお前が途中で松明消して難を逃れたようにさ」
「ああ、それもそうか…。なら、止まるときには合図するから暗くなっても慌てるなよ。あと、止まったときに回復頼む」
「おう、まかせとけ」
「よし、行くぞ!」
俺たちは松明を点けて小部屋の出口からいっせいに走り出す。
当然ベリトが前なのは変わらないがさっきほどは離れていないのが違うところだろうか。
全体の3分の1ぐらいの道のりを越えたあたりで、何発かの水撃を貰いスタミナが減ってきたため休憩をとることにする。
「ベリト、一旦止まるぞ!」
「あいよ」
俺はベリトに声をかけて松明の炎を消す。
当然ながら当たりは真っ暗闇に包まれる。
行き道では傷薬を使用したが、今回はベリトが居るからアイテムを消費しなくてもいい。
早速頼むことにしよう。
「ベリト、回復を頼む」
「任せておけって言いたいところなんだが…残念なお知らせだ。正直、真っ暗で何も見えないからお前を対象に取ることが出来ん」
「なんだそれ…、じゃあ盲目状態とかになったら単体魔法って使えなくなるのか?」
「そういうことなんだろうな…、範囲とかなら適当に指定しても発動しそうだけど…」
「範囲にしたって見えてなきゃ効果は低いだろ。盲目強すぎじゃねーか、魔法封じと言えば沈黙だが立場がないな」
「まったくだな。普通の会話すら出来なくなるのはきついかも知れんがチャット使えばいいだけだろうし…。
いや、沈黙って状態異常があるのかどうか知らないけど。詠唱なくても発動する魔法結構あるし」
「しょうがないな…、傷薬使うか」
俺は小袋から傷薬を取り出すと2つほど使用する。
スタミナを回復させたところで楽しい楽しいランニングの時間が再開される頃合だ。
「ペース的に言って後一回は止まらないといけないんだが、これじゃまた傷薬を使う羽目になりそうだな」
「そうだな…、なんだったら手でもつないで走るか?見えなくても対象が認識できればいいんだし、触ってれば多分大丈夫だと思うぞ」
確かにその提案だとヒールを貰うのは出来そうだが…
暗い洞窟の中、松明の明かりを携えて必死に走る男女2人。
その手は硬く結ばれて、迫り来る脅威から必死に逃げる。
うん、とても絵になる構図だな。
で、その構図を演出するのがベリトと俺なわけで…
「…いや、遠慮しておくよ。手なんかつないでたら走りにくくて余計にダメージ食らいそうだからな。
手持ちの傷薬も持ちそうだから気にするな」
「ん?そうか?お前がいいなら俺はどうでもいいんだが」
…俺は丁重にお断りすることにした。
うん、余計にダメージを食らうわけには行かないからな。
特に精神的に大きなダメージを食らうのが予想できる。
こんな想像をしなければ、何も思わずその手を取ることが出来たのだが…思いついてしまったものはしょうがない。
対価として傷薬数個分など安いものだ。
「良し、次行くぞ」
俺は掛け声をかけてから再び松明に炎を灯し、俺たちは走り出す。
その後、もう一度休憩を挟み無事に出口まで走り抜けたのだった。