川岸にたどり着いた俺たちは、船を浮かべる船頭に話しかける。
「よー、おっさん。俺たち向こう岸に行きたいんだが乗せていってくれないか?」
「おう、一人20cだぞ。…ん?お前さんたち猿花草を持ってないのか?それがないと乗せられないぞ」
「猿花草ってなんだ?」
「なんだ、それも知らないのか。この河を上流に上っていったところに、大きな滝があるんだがその裏に洞窟があるのさ。
そこに生えてる草なんだが、よく分からんがもってると猿の気配がするらしい。
河童どもは猿が大嫌いだからな。それを持ってると寄ってこないのさ」
「持ってないで船に乗るとどうなるんだ?」
「寄ってきた河童のいたずらで船が沈められちまうんだ。そういうわけだから、向こう岸に渡りたいなら猿花草を取ってくるんだな」
なんというか、あからさまな説明台詞だったがとりあえず船に乗るためにアイテムを取って来いというお決まりのクエストか。
で、前情報どおりそのアイテムは洞窟の中にあるというわけだな。
というか、それで客商売として稼いでるんだったら自分で持って置けよと激しく思う。
まぁ、NPCにそこら辺の話をしてもしょうがない。とりあえず、指示通りに猿花草とやらを採りに行きますか。
「ということで、指示通りに洞窟に行くとするか」
「なージス、どうせこのクエストって次の街に行くには終わらせないといけないんだからセシーも誘おうぜ」
「お、それは構わんが…、彼女は起きてるのか?」
「今3時半か…、どうだろうな?ま、声かけてみていないようならしょうがないよな」
そういうとベリトは黙り込む。おそらくセシーにチャットを飛ばしているのだろう。
とりあえずすることのない俺はボーっとその姿を眺めている。…黙っていれば文句なしに美少女なんだよなぁ…
「…んー、つながらないな、俺がブラックリスト入りしてない限りは落ちてるんだろうな」
「相変わらず、お前はさくっといやなことを言うのな…。まぁ、つながらないならしょうがない。二人で行くことにするか」
「あいよ。というか、意外に時間が立ってたな。こりゃ、次の街についたら落ちる時間かな」
「そうだな。なるべく早く終わることを期待しておこう」
俺たちは河を横目に上流へと登っていく。
暫くすると、見たことないモンスターが何匹が見える。
蟹がでかくなった"クラブ"、蛙のでかくなった"フロッグ"。ともに大体中型犬ぐらいの大きさだ。
しかし、相変わらず名前がそのまますぎる。もうちょっと捻っても良いんじゃないだろうか…?
「何だこの名前…、適当すぎるにもほどがあるだろ…」
「いいじゃん分かりやすくて。上位モンスターはなんか枕詞がつくんだろうな。
蟹だと硬いとか重いあたりが有りそうだ。蛙は…、なんだろうな?」
「さあな。ベリト、どうする?殴ってみるか?」
「アクティブかどうかだけ確認して放置しようぜ。こいつらレベルも低いだろうしさっさと進もう」
「了解。ならちょっと確認してくる」
俺は、少しはなれたところに居る蛙に近づいてみるが特にこちらに向かってくる様子は無い。
どうやらノンアクティブであるようだ。同様にして、蟹の方も近寄ってみるがやはりこちらもノンアクティブだった。
その事を確認した俺たち、蟹と蛙が歩いている横をずんずんと進んでいく。
すると不意にベリトがこちらに話を振ってきた。
「なぁジス、そういや、落ちてる石でタゲ取れるかどうかって件はどうだったんだ?」
「ああ、そういえばそんな話があったな…、すっかり忘れてた。河原でちょうどいい石も有るし試してみるか」
俺は、道を河の方に外れ河原に落ちている適当な大きさの石を手に取ると、近くを歩いている蟹に向かって投げる。
当然のことながら動作補助などかからないので実力で当てなければならないが、ナイフのように刃を立てていなければ居ないわけでもなし別段難しくは無い。
案の定、投げた石は狙った蟹に当たった。
だが、当てられた蟹は気にせずにたたずんだままで、こちらをタゲってくる様子はないようだった。
「ダメだな、落ちてる石じゃタゲを取るのは無理みたいだぞ?」
「いや、石が当たってないんだからタゲが取れないのは当然だろ?なに言ってんだ?」
「お前こそなに言ってんだ?ちゃんと当たってたじゃないか」
「お前、投げるモーションをしただけで石を持ってなかったじゃん」
「おいおい、俺はちゃんと投げたぞ?」
どうも、話が食い違っている…
俺はしっかり石を拾って投げたはずだが、ベリトは石自体持ってなかったと言っているわけだ。
うーむ、これは一体どういうことだろうか…
「なら、ベリトも投げてみればいいじゃねぇか」
「おう、分かった。向かってきたときは処理頼むぞ」
「任せておけ」
そういうとベリトは、屈んで石を拾おうとするがまるで見当違いな所を掴み、空手のまま投げるそぶりを見せる。
どうやら一投目は外れたようで、ベリトはもう一度石を拾う動作をし、やはり何も持っていないのに投げる様子を見せる。
「よし!当たった!ふーむ、やっぱりタゲを取るのは無理みたいだな」
「いや、そもそも、お前何も持ってなかったじゃないか」
「はぁ?何をいってんだ?ちゃんともってたじゃん」
「いや、何も持って無かったって」
そんな不毛なやり取りをしていると俺は不意に一つの仮説を思いついた。
俺は早速確認のために足元にある石を拾ってベリトの前に出してみる。
「今俺は石を持ってるんだが見えるか?」
「いや、何も無いな。…なるほどそういうことか」
「まぁ、考えてみれば当たり前といえば当たり前だけどな」
石を見せただけの動作だったが、どうやらベリトも同じ答えに行き着いたようだ。多分だが、原因は分かった。
簡単に言えば、小石程度のオブジェクトは各キャラクターのオフラインで処理され発生してるものであり、オンラインでの同期は取られていないのだ。
考えてみれば当然で、この程度の情報をすべてサーバーに送って同期を取っているとすると膨大な情報量をやりとりしなければならなくなる。
当然、サーバーの負荷が無駄に大きくなるし、通信回線も相当に太くなければやっていられないだろう。
「石とかは同期されないんだな…。そう考えると、そこら辺に生えてる草とか、木の葉っぱとかも非同期なんだろーな」
「モンスターとか、進入禁止のオブジェクト、PC、NPCあたりぐらいか確実に同期されてる物ってのは」
「多分そんなもんだろな」
また一つ新たな事実を発見したところで気を良くした俺たちは足取り軽く先に進むことにする。
しばらく河沿いに上流を歩いていくと、NPCが言っていたものと思われる滝らしきものが見えてきた。
「話にあった滝ってのはあれかな?」
「多分そうだろうな。というか、あれじゃないとすると崖を上らないとこれ以上上流にさかのぼれないぞ…」
「結構な落差が有るな。空気がしっとりしてて気持ちいい。うむ、マイナスイオンの癒し効果という奴だな!」
「お前…、工学部の癖にマイナスイオンとか、似非くさい話を出すんじゃない」
「なに、効果が嘘だったとしても信じて気分が良くなるんだったら効果があるってものだろ?」
「…俺にはお前が何を言いたいのかが分からない」
「相変わらず、頭が固いなぁ。"信じるものは救われる"って言うだろ?」
周りはノンアクティブの敵ばかりなので、雑談しながらのんびりと進んでいく。
滝に近づくにつれ、水が落ちる大きな音とともにひんやりとした空気を感じられる。
こういった大自然の凄さというのは、VRであることを差し引いたとしても気持ちがいい。
こういったものはダンジョンメインのVRゲームでは味わえない良さだな。
「おー、これは凄いなぁ!」
「そうだな!これはぜひとも明るい時に来て見たいもんだな!」
「お!こっちから裏にいけそうな道があるぞ!」
「分かった!そっちに向かう!」
水が落ちる爆音で、会話をするのも大きな声を出さないと聞こえない。
だが、それもなんだか楽しくなってくる一因なのかもしれないな。
俺たちは発見した小道を通り、滝の裏側へと入っていく。
水しぶきがかかって冷たいのだが、別段服がぬれるような感じはしない。VRならではの現象だな…
滝の裏を通る小道を少し行くと、大体滝の中心部あたりで奥へと続く洞窟の入り口があった。
俺たちはそこの入り口にたどり着くと奥を覗き込む。
「なぁ、ジス。真っ暗だな…」
「ああ、真っ暗だな…」
「奥のほう見えるか?」
「お前には見えるのかよ?」
「いや、まったく見えんな」
「…これ、松明とかそういう光源になるようなアイテムが必要なんじゃないのか?」
「おう、俺もまったく同じことを考えていたところだ、気が合うな」
「どうする?一端街に戻るか?」
「まー、取りあえず先に進んでみないか?今町に戻るとそのまま就寝コースだし、中途半端すぎる」
「だからって…。この中で戦闘になったらきつくないか?」
「んー、森の中だって似た様なもんだったじゃん。意外といけるって!」
相変わらずベリトは楽天的に考えているようだが…
本来俺がストッパーになるべきだろうが、若干眠くなってきてどうでもいい気がしてきた。
「まぁ、いいや、行くだけ行って見るか。戻るのも面倒だし…
初めてのダンジョンなんだし必須だったとしたら渡し舟のおっさんもなんか言ってただろしな」
「おう、そう来なくちゃな。んじゃ、初めてのダンジョンに突入だな!」
俺たちは、真っ暗な洞窟の中へと足を進めるのだった。