帰り道は予想以上に難易度が高くなった。
どうやら、シャルロッタが抱えている瓶を落としただけでもまた水を汲みに湖畔まで戻ってやり直さなければならない上に、シャルロッタがまともにダメージを受けるだけでもアウトなのだ。
それなりに進んだところで横から来たウルフがシャルロッタを攻撃し振り出しに戻ることになったとき、俺とベリトは思わず頭を抱える羽目になった。
これではもう一人シャルロッタの護衛を専任する前衛なりが居なければ相当きつい。
だが、すでに受けてしまいここまで来ているのだからどうしようもない。
一度振り出しに戻ったあと、道半ばまで散発的に道に居るウルフを狩るだけで何とか進行できていた。
一対一ならばおれでも危なげなく狩ることが出来るのだ。もっとも、ベリトのヒールが有ればという注釈は付くが。
ゆっくりとしか進めないため、特に慎重に索敵し不意打ちを受けないように注意しながら進むしか方法は無い。
たまに居る群れも投げナイフを駆使して各個撃破で処理をしながら進む。
一番怖いのが横湧きによっていきなりシャルロッタがタゲられることだ。
現に、一度目の失敗はそれに対応出来なかった為に守りきれなかったのだ。
俺が気づいてナイフが間に合えばよかったのだが、そうも行かない場合も十分考えられる。
そういう場合は、ベリトが盾を使って庇うほか無いとの結論になった。
初撃を耐えれば俺の投げナイフで何とかタゲを取ることができる。
正直投げナイフを持ってきていなかったらとてもではないが、クエストを越せたとは思えないな…。
そして、俺が道を進むのに邪魔なウルフを排除しようと戦闘を開始した直後、恐れていた事態が起きた。
『ジス、後ろから来た!タゲ取り頼む!』
『ぐ、こっちの敵と戦闘を開始したばっかりだってのに!
俺が倒しきるまで持ちこたえられるか?』
『お前にヒールしなくていいならいけるがな!』
『それは不味いな…、分かったナイフ投げるぞ!』
素早く右手でナイフを取り出すと、槍を一瞬放す投法で半身に返してベリトを襲うウルフに投げる。
ベリトは俺の射程を考え近寄っていたため、確実に当てることが出来るだろう。
投げたナイフの行き先を確認する暇は無い。
俺は槍を握りなおし、前から来るウルフに相対する。
『ベリト!後ろから来る奴のタイミングを教えてくれ!』
『まかせとけ!』
後ろから来るウルフの攻撃の感知はベリトのアナウンスに任せ、目の前を走ってくるウルフに意識を集中させる。
乱戦が予想されるので、槍は半ばで持って構える。
近寄る前に殺しきるのは難しいだろう。
待ち構えている俺の槍の射程に入ったウルフにすかさず三段突きを発動させる。
三段突きは過たずウルフの体を穿ちダメージを与えた。
『後ろから行ったぞ!避けろ!』
ベリトによるヒールを貰いながら、ベリトの声にしたがってすぐさま横に転がる。
寸前まで俺が居た場所を後ろから来たウルフが通り過ぎていった。
ガチリと牙が噛み合った音が響き、俺の背筋が寒くなる。
俺は転がった姿勢から立ち上がると、手傷を負わせているウルフが襲い掛かってきた。
俺は地面についた手を持ち上げると同時に槍を掬い上げるように繰り出す。
下からの攻撃が予想外だったのか、突進してきた勢いそのままに上ベクトルを付加されたウルフは後方へ弾き飛ばすのに成功する。
『今の奴が戻ってきたときも頼むぞ!』
『おうよ、安心して前向いてな』
心強いベリトの声に後押しされ、前に残る一体に三段突きを繰り出す。
こちらに向かって走り出そうとしていたところだったそのウルフに決まりダメージを与える。
すかさずヒールが飛んできて消費したスタミナを回復すると共にベリトが後ろから来る敵のタイミングを教えてくれる。
『後ろから行くぞ!……今!』
『おう!』
今度は体勢が十分なところで合図があったため、俺は余裕をもってサイドにステップ。
避けた俺の横を牙が噛み合わさる音と共にウルフが過ぎ去っていく。
着地した硬直を狙って俺は三段突きを発動する。
俺は3発目の攻撃が入ったのを確認するとすぐさま横に転がった。
後回しにしていたもう一匹が襲ってくることは分かりきっているからだ。
だが三段突きの硬直もあり若干間にあわなかった。俺の腹をウルフの爪がかすっていく。
まぁ、クリティカルにならなかっただけ儲けものなタイミングだったのでしょうがない。
転がる直前に三段突きを食らわせたウルフはすでに地に伏して動かない。
残るは今しがた俺にダメージを与えた一匹だけだ、もはや消化試合のようなものである。
スタミナがベリトのヒールで回復するのを感じつつ俺は残ったウルフを料理するのだった。
その後はさして大きな山場も無く、散発的にウルフを討伐していくだけで森の出口にまでたどり着いた。
なぜか視界は確保されているとは言え、暗い森の中を集中して索敵していたのだ、精神的な疲労が大きい。
俺たちは、森から出たところで思わず座り込んでしまった。
フィールドに出てしまえばアクティブモンスターは出現しないのだから気楽なものだ。
少しの休憩を挟んだ俺たちは雑談をしながら月明かりの下草原を歩く。
「何度か危ないところもあったけど、何とか無事に終わりそうだな」
「そうだな。とりあえず俺は特別な用がない限り森の中には入らんと決めたぞ…」
「ま、それがいいだろうな。でも意外に何とかなってた様にも思えたが」
「三連突きのお陰だな。ここに来る前にあげておいてよかったよ。
スタミナの消費量も上がるが、元が多いからかそれに比べたらさして増えてないようにも感じるしな…」
「何はともあれ報酬を貰うまでがクエストだ。気を抜かずに帰ろうぜ」
「確かにな。前みたいにドスリビを擦り付けられることもあるかもしれないしな…」
「あと少しだから二人ともよろしく頼むわ」
「おう、まかせとけ!」
重そうな瓶を抱えたシャルロッタは、俺たちのその返事を聞いて笑顔を浮かべている。
彼女はその水がいっぱいに入った一抱えもある瓶をずっと抱えて歩き通しだったわけだが…
一体どういう体力をしているんだろうか…
ああ、いや、VRということでいくら走っても疲れない俺たちもやってみれば案外簡単なのかも知れないが…
見た目というか、状況というかそういったものの違和感はぬぐえない。
これも、遠くに見えてきた南門を入ったら終わりだ。気にしないことにしよう。
無事に南門を通り過ぎ、俺たちはシャルロッタの店へたどり着くことが出来た。
「本当にありがとう!これで当分の間は凌げるわ!」
「こっちも無事に依頼が達成できてよかったよ」
「早速報酬のことなんだけど…。ごめんなさい…やっぱり現物でもいいかしら?
すぐに現金を用意するのは難しそうなの…」
「前にかまわないって言ったじゃないか」
「そう?本当にごめんなさいね。
ただ、ポーション類で支払うとしてもすぐに作れるわけじゃないのよ。
また明日あたりに改めてきてくれないかしら?」
「ん、分かった。明日の何時ごろか分からないが寄らせてもらうよ。ベリトもそれでいいよな?」
「俺は何でもかまわねーぞ」
「それじゃ、明日作って待ってるわ。作るものは回復系のポーションだけでいいのよね?」
「ああ、細かい種類は任せるよ。ただ、できれば回復量が少なめのものを多めでよろしく」
「分かったわ。それじゃ楽しみにしててね。腕によりをかけて作るから!
それじゃ、今日は本当にありがとう!」
そういってシャルロッタは瓶を抱えて店の中に入っていったのだった。
それを見たベリトが締めの一言を述べる。
「よし、これにてクエスト無事完了ってことだな!」
「そうみたいだな。苦労した気はするが、なかなか楽しかったな」
「そうだなー。俺としては、デカい狼とやらが乱入してくるのも面白かったと思うぞ!」
「そんな死亡確定の状況面白くもなんともない」
「わかってないなぁ、そこがいいんじゃないか」
「…お前も大概、支援職に向いてない性格してるよな」
「おいおい、この海よりも広い慈愛の心を持つ俺は支援職に最適だろうが」
「バトルジャンキー的発言をしたその口で何を言うと思えば…
俺が分かったのはお前の辞書では海と言う言葉と雨の後の水溜りが同じ意味だってぐらいだな」
いつも通り軽口を叩きながら移動する。目標はとりあえず宿屋である。
「さて、この次はどうする?」
「んー、そうだな…、そろそろこの街の周りも大体行ったし、Lv的にも次の街に移動してもいいころなんじゃないか?」
「たしかに、いい頃合ではあるかもしれないな。なら、次の目的地は隣町で決定するか」
「隣町なら馬が帰るんだよな。楽しみだぜ!」
まぁ、さしあたっての移動は宿屋、神殿、武器防具屋といった定番の店周りルートだな。
俺たちはまず宿へ行き、隣町の位置を調べることにする。
すると予想通り北の川を渡ったところからさらに北に位置するらしい。
さらに北には町のすぐ北を流れる大河と同じような河が有りその河口に位置する港町だそうだ。
今居るタートスの町からはひたすら北に向かえばその内見つかるらしい。
まぁデカい河の河口にあるということならその河さえ見つければどうとでもなる。
余り神経質にならなくてもよさそうだ。
ただ、気になるのは北の河を船で渡してもらうにはちょっとしたクエストを越さないといけないらしい。
どうやら、河口の上流部分に行かないといけないようだ。
初めていく場所なのでどういった場所なのか分からないが、出来れば開けた場所であって欲しい。
狭い場所で神経を削るのは当分勘弁して欲しいところだ…
俺はそれぞれの部屋に分かれていたベリトにチャットを飛ばす。
『ベリト、そろそろ宿屋を出るぞ』
『りょーかい、そっちは何か分かったか?』
『北の河を越えた先に次の町があるらしいぞ。あと、河を越えるのにクエストを越さないといけないらしい。
じゃないと船頭が向こう岸まで送ってくれないんだってよ』
『お、俺もそれは見たぞ。どうやらクエストの一環でダンジョンに入らないといけないらしい。このゲーム始めてのダンジョンだな!』
『ダンジョンか…、やっぱり槍には不向きな気がするな…』
『さすがにそんなに狭くもないだろ』
『そうだといいんだけどな』
俺たちは部屋から出て合流する。
「さて、次は武器屋と防具屋だっけ?」
「それなんだが…、これから次の町に向かうならそっちで買ったほうがいいものがあるんじゃないのか?
当然、ダンジョンに備えるって意味はあるだろうが…」
「まー、それはそうだが…。世話になったんだし、顔ぐらい出していこうぜ。
もしかしたら、次の町での店を紹介してくれるかもしれないしな」
「あー、確かにな…。顔見せるだけでも寄っていくか」
普通だったら、そこら辺のNPCに気兼ねすることなんてないんだが、ああも人間臭いとそんな気になってしまう。
というか、シャルロッタとは知り合ったばかりなのに移動するんだが大丈夫なんだろうか?
街同士で転送機能があるらしいが、その値段によってはわざわざこの街に来て作ってもらうとコストがかかってしまう可能性があるな…
まぁ、明日報酬のポーションを取りに行ったときに聞いてみることにするか。