俺たちは連れ立ってアラナスの神殿へと進む。
「なぁ、俺は他の神の神殿に入ったこと無いんだがどんな感じなんだ?」
「どんなって言われても…、普通に神殿だと思うぞ。静謐な空気が漂ってるっていうか…」
「へー、というかその時点でうちと大分違うぞ。うちはそんな感じじゃないな」
「そっちはどんな感じなんだ?」
「なんていったらいいかな…。例えるなら、地方の診療所待合室?」
「いや、その例えじゃさっぱり分からん」
「んー、アットホームな雰囲気で、信仰してるんだけど結構身近な存在に対する感じというか…。
ほら、うちって治癒神だろ?
健康祈願とか、祈願じゃなくて怪我したのを神官に直してもらったりとかする一般市民が来ているわけよ。
なんで、その順番待ちとか…、基本大人しくしてるけど押し黙ってる感じじゃないし…。
なんというか、やっぱり病院の待合室ってのが一番正しい表現だと思うな。
うちの神の影響で神官連中も堅苦しい雰囲気があんまり無いしな」
ベリトの説明を聞いて俺は唖然とする。俺がイメージする神殿とかまったくかけ離れているにも程がある。
「それは…、神殿というか、もはや病院じゃねぇか。
うちに一般市民が居ることはほとんど無いし、全然雰囲気が違うな。
どちらかといえば、お前のところが異常な気がするが」
「まぁ、よくありがちな荘厳って表現はどうひっくり返しても出てこないのは確かだな」
「うちは、荘厳というよりは静謐って感じだけどな」
「用はまともに神殿らしい神殿なわけだよな。楽しみだな」
「なんだ?中まで来るのか?」
「ダメなのか?」
「ダメじゃないが…。やること無くて暇だろう?」
「神殿の入り口で待ってるよりは中で見物した方が暇つぶしになる」
「それもそうか…。まぁ、他信徒が中に入って怒られるわけでもないしな」
俺たちはアラナスの神殿につくと狭い入り口を頭に気をつけながら中に入る。
中はやはり静謐な空気に包まれており、ベリトとの会話の声も自然と押さえ気味になってしまうのも仕方ないだろう。
「しかし、この入り口が狭いのも疑問なんだよな。入りにくくてしょうがない」
「何だっけ?たしか、神殿に満ちる神の息吹が外に逃げないようにとかそんな意味があるんじゃなかったかな?
それがこのギリシャ調の神殿にあっているかまでは知らないけど」
「なんという無駄知識。お前そういうの変に詳しいよな」
「オタクとしての嗜みだろ。
しかし、やっぱうちの神殿とぜんぜん雰囲気が違うな…。なんか静かだし、確かに静謐って感じ」
「俺も今度シャルライラの神殿行ってみるか。面白そうだ」
「そうだな、来るといいぞ。
というか、神殿めぐりしてみると雰囲気の違いがあって結構面白いかもだな」
「確かにな。狩りに飽きたら気分転換に回ってみるか」
「そうだなー。俺も機会があったら回ってみるとするか。
しかし、こういう人がいるのに静かなところに居ると、『くけ~!』とか唐突に奇声を発したくなるよな?」
「ならねぇよ。ベリト、頭大丈夫か?」
さて、神殿にてスキルの取得を終えた俺たちは、依頼人が居る店を探してさらに南通りを南下する。
掲示板の情報では西とあったので向かって右側に店があるはずだ。
注意しながら、道を歩いていくとフラスコのマークの下に加調封薬と書いてある看板を発見した。
中に入ると、奥にカウンターがありそこまでの道のりの棚によく分からない薬品類が並んでいた。
カウンターに誰も座ってないのだが、いささか無用心なのではないか?
万引きしようとすれば簡単そうだぞ…。
まぁ、この薬類がどんな効果なのかは俺たちには知るすべがないので、手に入れたところでしようもないが。
俺たちはカウンターに行き、上に乗っていたベルを鳴らす。
すると奥から何かをひっくり返す音が派手に聞こえ、ついで悲鳴が聞こえてくる。
「なぁベリト、今の悲鳴は何だと思う?」
「まぁ、状況的にに考えて慌てた店主が何かをひっくり返したって所じゃないか?」
「ほんとにこのゲームのNPCはなぁ…」
「まぁ、この程度は演出としてありえない程じゃないだろ。
規定されていない動作なことも考えられるのがこのゲームの恐ろしさだが」
奥から響く悲鳴と物音をBGMに俺たちは雑談に興じる。
暫くして、奥からなんだか妙に煤けた雰囲気を出しながらなみだ目になった女性が出てきた。
「いらっしゃい…。歓迎したいところだけど、現在開店休業中なの。
何をお求めに来たのかは知らないけれど、ご要望のものは提供できそうにないわ…。
ごめんなさいね…」
「…なんだかすごい音がしてたが大丈夫なのか?」
「ははは、大丈夫な訳ないじゃない…。
ただでさえ材料が切れて崖っぷちだったのに、最後の材料を使って作ってたものを全部ひっくり返したわ…。
ああ…、月末までに溜まった材料費を払わないといけないのに…」
乾いた笑いと共に煤けた雰囲気が加速した女性は、とうとう目がうつろになってきた。
俺は慌てて小声でベリトと話しあう。
「おい…。これって俺らのせいなのか…?」
「そうは思わないけど…、結果的にはそうなんじゃないか…?」
「でも、俺は用意してあったベルを鳴らしただけだぞ…?」
「まぁ、確かにそうだけど…」
「正直、彼女が報酬の1sを払えるとはとても思えないんだが…、どう思う…?」
「確かにな…、でも、この状態の彼女を置いていくのは無理だろ…。
間接的とはいえ、俺たちが止め刺したみたいだし…」
彼女に視線を戻すと、
…確なる上は体を…、…でもまだ私…、…覚悟を決めるときか…
と、カウンターの上で頭を抱えて不穏当なことをつぶやいている。
さすがにこれを放置するだけの強さは俺にはないな…。
「…これはさすがにしょうがないか…」
「まぁ、さすがにクエスト終わらせて報酬がないってのはないだろ…」
「でも、ドスリビ倒したときの商人は値切ろうとしたんだぞ…。ありえないとは言い切れないだろ…」
「…確かにな。でもこれは放置できないだろ…」
「俺も同意見だよ…」
密談の結果、ベリトも同様の意見であるようなのでクエストの件を伝えることにする。
俺は相変わらず、カウンターで頭を抱え、
…最初は好きな…、…でも、それ以外には…
と、不穏当なつぶやきを続ける彼女に話しかける。
「もしもし、お取り込み中のところ申し訳ないんですが、私たちは買い物をしにここに来たわけじゃないんですよ」
彼女は、完全に脳裏から消えていただろう俺たちに意識を向けてくれる。
頭の抱えた状態から、多少意思のこもった目でこちらを見てきた。相変わらずなみだ目なのは変わらないが。
「酒場の掲示板で、護衛の募集をされてましたのはあなたですよね?」
「…え、ええ、そうですけど…」
「その依頼を受けようと思ってきたんですけど…」
「え…、えっと、それほんと?」
「ええ、本当ですけど…」
「ほんとにほんと?うそって言ったら硫酸投げるわよ…?」
「ええ!本当です、なぁベリト!」
「え!?ここで俺に振るのか!?」
うつろな目から一転して鬼気迫る様で向かってて来た彼女の圧力に単身立ち向かうのが苦しかった俺は、ベリトを巻き添えにする。
「なに?やっぱりうそなの…?その綺麗な目に塩酸ぶちまけられたいの?」
「い、いや、ほんとだよ!素材採集の護衛依頼だよね!?」
それでようやく彼女は信じたのかその場に膝を着いて神に祈り始めた。
「ああ!メストレス様、私シャルロッタはたった今貴女の救いを感じました!貴女の加護を得た同胞たちに同様の救いがあらんことを!」
その勢いに、やはり俺とベリトはあっけに取られるほかない。
その後、俺たちを完全に置き去りにした彼女は暫く黙祷を続ける。
黙祷を終えた彼女は、一転して理知的に光る目でこちらを見てくる。
確りとした笑顔をたたえ、こちらに握手のつもりか右手を出しながら自身の紹介をしてきた。
「こんにちは、旅人さんたち。
あなたたちのお陰で最悪の事態にはならなそう。
原因の貴方たちを刺す包丁の代金が必要なさそうで何よりだわ!
お互いの信仰する神にこの出会いを感謝しましょう!」
おい!何気に恐ろしいことを言われたぞ!
俺はこの手を素直に握って良いのか疑問に駆られる。
横に居るベリトを肘でつつき目で言いたいことを伝える。
――お前が握手しろ!
ベリトの目を見ると奴のいいたいことが伝わってきた。
――これはお前の仕事だろ!お前が行け!
なぜかチャットで会話しても目の前の存在には気取られそうなのでアイコンタクトでの牽制が続く。
そのまま、数秒たって最初に動いたのは右手を出したままの彼女だった。
「なに?いまさら受けないって言うの?」
やばい!彼女の目のハイライトが消えかかっている!
俺とベリトは慌てて彼女の右手を両手で握る。
「いやいや!そんなことないですよ!」
「そうです!いっしょに森まで行きましょう!」
そういったわけで俺たちはこのクエストを受けることにしたのだった…。