拠点で待機していたベリトとセシーは戻ってきた俺を見てビータートルをつれて来たことを認識し、戦闘態勢に移る。
俺は槌を構えるセシーの隣まで来ると足を止めて亀に向き直る。
ここからは先ほど決めた戦術通りにことを進めることが出来るかどうかが焦点となる。
主役は俺ではなくセシーに移っているが、俺は改めて気合を入れ、此方に近づいてくるヘビータートルに意識を集中した。
「セシーさん、よろしく!」
「まかせて!」
俺が引き連れてきたヘビータートルをセシーの槌が襲う。
その槌は狙い過たずヘビータートルの頭を打ち据えた。
横から見ている分には無造作に振るっているようにしか見えないのだが、その槌はいつも的確に頭に向かう。
それを見ていると、ひょっとすると実は簡単なのではないかと勘違いしてしまいそうになるほどだ。
だが、俺も打撃属性の武器を持つものとしてそれがいかに難しいかを実感している。
今のも移動中のモンスターの、細長い先についており走るたびにフラフラと揺れる目標であるというのに…
槌の方がその重量ゆえ、繊細な動きが槍よりも難しいはずであるはずである。
なのに、槍を使う俺は彼女のように打ち据えることは出来そうに無いのだ。
毎度のことながらその見事な動きに見ほれそうになるが、この仕事での俺の唯一の見せ場がこの次なのだから気を抜いているわけには行かない。
ヘビータートルは頭に痛烈な打撃を食らって動きを止める。
「おっけー!怯んだよ!」
「よし!俺の番だな!」
ヘビータートルの横につき、腹の下に槍を差し込んで力の限り持ち上げようとする。
ある程度持ち上がった所で、それ以上はぴくりとも上がらなく成ってしまう。
力は変わらずに入れ続けているつもりなのだが、全く上がらない。
やはりシステム上での制限がかかっているとしか思えないな…
ただ、うれしい誤算だったのが予想よりも高く持ち上がったことだ。
作戦検討時には、うろ覚えだったので余りはっきりとしたことが言えなかったのだが…
この作戦において予定より低くて困ることはあるだろうが、高くて困ることは無い。
後はセシーさんがうまくやってくれることを期待するだけだ。
「やっぱり、ここが限界だ。セシーさん任せた!」
「りょうかい!いっくよー!」
セシーは、頭への打撃の後に右へ体を捻って体の後ろで槌を振りかぶっている。
俺が槍を使って亀を持ち上げ広くした隙間を狙い、まるでゴルフのスイングのように振り下ろした!
「てーい!」
若干気の抜ける掛け声と共に振り下ろされた槌は、声とは裏腹に大きな力をもって亀に向かう。
槌の頭は地面のすれすれを通り、そのまま掬い上げるような形で俺が持ち上げた亀の甲羅に上ベクトルを叩き込む!
その一撃が当たった瞬間、亀の甲羅が打撃の衝撃で持ち上がるのにあわせて全く持ち上がる気配がなく止まっていた俺の腕が持ち上がるようになった。
俺はその浮いた甲羅の勢いを殺さないように、曲げていた膝と肘を伸ばしながら力いっぱい持ち上げる。
半ば甲羅が横に立った状態になると、俺は立ち上がった勢いのまま甲羅の上部を蹴りつける!
セシーさんもゴルフスイングを振り切った状態から槌を肩に担ぐようにしつつ、左足を使って同じように甲羅の上部を蹴りつけた。
その2発の蹴りの勢いを持って、横に立った甲羅は臨界点を超え、向こう側に倒れていく。
即ち、その白い腹を太陽の下にさらすように。
あとは、この甲羅の丸みと倒れた勢いによってもとに戻るのを防ぐだけだ。
いつもならば走りよって足で押えるところであるが、前回でそれだけでは押えきれないことは分かっていたし、作戦ではセシーさんが再度甲羅に打撃を入れて転がる勢いを相殺するのが目標だ。
俺が甲羅に足をかけてはセシーさんが甲羅をたたく場所が難しくなってしまう。
だからといって俺も何もせず見ているだけと言うのは芸が無い。
おれも槍と使って打撃による反動相殺を試みるべきだろう。
俺とセシーさんは獲物を握り締め、もとに戻ろうとしている亀の腹に叩きつけた!
それら打撃で甲羅が反転しようとする勢いは殺され、ヘビータートルは無様にその白い腹を空にさらしている。
後は、ヘビータートルがもとに戻る前に殺しきれるように俺とセシーさんでいじめるだけである。
ちなみにベリトは攻撃力に期待できないのと、周りの状況の確認のため取り囲む子供の役ではない。
前回の状況から2人でたたいても、ヘビータートルが復帰する前に殺しきれるのが分かったことも一因だ。
ひっくり返ったあと俺とセシーが2回ずつ腹を殴ったところでヘビータートルは動きを止め、そのまま光になって消えていった。
俺とセシーさんはその様を確認し、目を合わせると全く同じタイミングで息をついたのだった。
「予想以上にうまく行ったじゃん!」
ベリトは喜色を浮かべてこちらに走ってくる。
「まぁ、さっきよりは綱が太くなった気はするな」
「冷や汗ものの場面も結構あったしね」
「ひっくり返った後の攻撃回数が少なかったのを考えると、掬い上げの一撃と反動相殺の一撃もちゃんとダメージとして通ってるみたいだな」
「多分、そういうことだろね。すぐ終わったからびっくりしちゃったよ」
「つまり、最初の方法と比べたらあらゆる面で上位互換ということだな!」
「まぁ、そういえるかもな。というか、えらくテンション高いな、お前」
俺は、なぜかテンションが異様に高くなっているベリトに若干押されてしまう。
「え?そうか?でも、考えた作戦がうまくはまるのを見るとテンション高くなるだろう?」
「まぁ、分からんでもないが、とりあえずお前は上がりすぎだと思うぞ…」
「ベリトちゃんはそういうのが好きなんだ」
「ああ、そういやこいつシミュレーション系のゲームも好きだな」
「おう!後はパズルゲーにも通じるところがあると思うぞ。
なんにしろ、こういう工夫が出来るところがVRのいいところだよな!」
一向にテンションが落ちる気配が無いベリトに付き合っていると疲れそうなので、とりあえず話を進めることにする。
「とりあえず、狩ることは出来たけど何か改善点とか心配なこととかあるか?」
「んー、とりあえず最初のひっくり返すのが失敗したときにどうするかを改めて決めておいたほうがいいんじゃないかな?」
「なるほど、一理あるな!
と言っても、逃げる以外には、もう一回怯るませてひっくり返そうとするしかないんじゃないのか?
セシーにタゲが来るだろうから俺もヒールの集中しやすいし…
さすがに一撃で落ちることは無いよね?」
「死にはしないと思うけど、クリティカル受けたらその後すぐに動けるようになるかは怪しいなぁ…」
「なら、俺はセシーさんがクリティカルを受けないように、ヘビータートルの攻撃に横槍を入れる形で動くことにするか。
どうせ、俺の攻撃じゃタゲを取り戻すのは無理そうだ」
「あ、それなら何とかなるかも」
「それにミスったら逃げるってことにしておこう。あと他になんかある人いる?」
「俺たち以外に狩り場に居ないようだから余り無いかもしれんが横脇したらどうする?」
「それこそ、一目散に逃げるしかないんじゃね?」
「だねー。まぁ、お亡くなりになったら運が悪かったと諦めるぐらいしか無いと思うよ。
一応、一旦離れられたら足は遅い敵なんだし逃げ切れるんじゃないかな?」
「まぁ、俺が一番最初に気づくだろうから、声かけたらどんな状況でもヘビーの居ない方に逃げることにしよう」
「了解。ベリト、期待してるから気づかないで全滅とか言うのは無しにしてくれよ」
「任せとけって。俺がどんだけVRで支援職やってきたかお前なら知ってるだろ?」
「まぁ、確かにな」
「へー、ベリトちゃんは支援職が好きなんだ?」
「そのためにネカマになるぐらいだしな」
「ネカマじゃねぇっていってるだろうが!
まぁ、支援職が好きなのは確かだよ。どこがって言われると困るけど」
「なるほどねー」
「まぁ、雑談は後にして俺から一つあるんだが、ミスって二匹釣ってきたらどうする?」
「へたくそって盛大に罵ってやるよ♪」
相変わらずのいい笑顔でいやなことを言いやがる。
とりあえず俺はその台詞を無視することにした。
「ベリトちゃん…。
まぁ、一旦タゲ切って貰ってから再度釣ってきてもらうしかないんじゃないかな?」
「やっぱりそれしかないか。大きな時間ロスになるけど現状じゃしょうがないもんな。
遠距離系の攻撃手段があれば大分楽になるんだが…。
こういうときばっかりは盗賊系のハイディングがうらやましいな」
「ハイディングはどうにもならないけど、遠距離攻撃なら投げナイフ使えばいいんじゃない?」
「投げナイフ?それってアラナスでも使えるのか?」
「べつにどの神様でも使えるよ?
単に熟練度の補正が入らないから苦手な神様だと強いナイフを使えるようになるのに苦労するだけで。
でも、釣りに使うだけなら別にダメージ関係ないから弱いナイフでも関係ないでしょ?」
「なるほどな…。帰ったら武器屋で相談してみようと思うよ」
「でもDEXが高くないと、当たらないかも知れないけどね。
ジス君はAGIも上げててそっちでも命中が上がってるはずだから結構使えるんじゃない?
熟練度が上がっても命中に補正が入るはずだからやっぱり熟練度はあればあるだけいいけどね。
あと、強いナイフには命中補正がついてることがあるらしいよ」
ありがたくセシーさんの解説を聞いているとベリトが興味を持ったのか話に入ってきた。
「それならさ、そこら辺に落ちてる石を拾って投げたらタゲ取れるの?」
「え!?ど、どうなんだろ?」
「相変わらずお前の発想には意表をつかれるな…。だが、残念ながら無理そうだぞ」
「む、何で確かめたわけじゃないのに分かるのさ」
「周りを見てみろ。ここをどこだと思ってるんだ?砂浜なんだぞ、そもそも投げれるサイズの石が落ちてない」
「あ、ほんとだ。んー、なら、木の枝とか岩砕くとか…」
「オブジェクトを壊すことはさすがに無理だろ」
「そりゃそうか…。いい案だと思ったんだが無理ならしょうがないな」
「とりあえず、俺の遠距離攻撃は町に戻ってからと言うことだな」
俺の中で結論が出て、スッキリするがそもそもまた話題がそれていた。
「というか、また話がそれたな…、話を戻すぞ。
他にヘビータートルを狩る上で問題になりそうなこととかってあるか?」
「私は特に思い当たらないかな」
「俺もだな」
みんな大体話は終わったと認識したようだ。
そろそろ次の獲物を釣ってくることにしよう。
「よし、大体反省も終わったようだし次のヘビータートルをつれてくるぞ」
「はーい、がんばってね」
「おう、行って来い」
待機組み2人に見送られながら、俺はフィールドに向かって走り出した。