セシーが呆れ…いや、感嘆する様に俺は同意する。
「正直、ベリトの発想は常人には計り知れん」
「セシーも参加する?
ジスがひっくり返して、セシーが殴って、俺が応援する。完璧な布陣だな!」
「どこが完璧だ。最後がおかしいだろうが」
「あはは…」
セシーは乾いた笑いを浮かべる。
「いやー、真面目な話セシーがいてくれるとワンランク上のヘビータートルも狩れるんじゃないかと思ってさ。
セシーが怯ませてくれれはひっくり返すチャンスも増えるし」
「で、お前はなにするんだ?」
「勿論、応え…、いや冗談だって。微力ながら殴るのに参加するさ!
というか、お前、この状況で支援職にその質問はいかんぞ。PTが崩壊しかねん」
「お前だから言ってるに決まってるだろうが」
「二人とも仲いいねぇ…」
「まぁ、腐れ縁だしな」
「それとしても、ジス君のさっきの言葉は意地が悪いよ。
エンチャント術を使ってもらってるんだし、もしもに備えるのが支援職なんだから」
ああ、2対1で旗色が悪い…
普段の軽口の延長だったのだが、確かに失言ではあった。
大人しく謝っておこう。
「ああ、すまん、口が過ぎたよ」
「うむ、許してやろう。で、さっきの提案はどう思うんだ?」
「俺は構わんと思うがセシーさんがどうかだろ」
「私も面白そうだから構わないよ」
「それじゃ、何回かここの亀で練習するか」
図らずして、3人目のPTメンバーが加入した。
ベリト以外の人と組むのはこのゲームでは初めてだな。
まず、最初の奇襲をセシーに任せる。
セシーならほぼ100%怯ませてくれるだろうからだ。
俺は亀が怯んだところに槍と足を使ってひっくり返す。
もはやなれてきた作業だ、早々失敗しない。
失敗してもセシーならまた怯ませてくれるだろう。
ひっくり返った後をみんなで殴る…、と言ってもすぐに亀は光へと変わっていった。
やはりセシーの攻撃力は半端ない。
腹といった弱点を殴ることで余計に際立つな。
「うわ、楽だね、これ」
「だろー?」
「お前が威張ってるのを見るとなにか釈然としないものがあるな…」
とりあえず、連携としては問題ないように思える。
「うまく行きそうだし、ヘビータートルが居る所に移動しようぜ」
「そうだな。どっちか分かるか?」
「俺は知らないよ。セシーは分かる?」
「確かここから南のほうだったと思うよ」
三人で移動を開始する。
「タートルとヘビータートルってどこが違うんだ?」
「俺は知らんぞ、狩場を調べたときに名前しか出てなかった。
タートルでまずいって結論だったのにその上位に手を出そうとはしないだろ」
「ヘビータートルってクローズにはいなかったから私も知らないなぁ」
「あ、セシーってやっぱりクローズからやってるんだ。クローズはどうだった?」
「どうだったって言われても…。
今よりワールドは狭かったけどここら辺はあったからね。
ここでうろうろしてる分にはあんまり変わらないよ」
「このゲーム、ワールド広いから狩場行くまで面倒だよな。なんか特殊な移動方法があんのかな?」
「先に進んでる友達が馬を手に入れたとか言ってたよ」
「マウントか…。順当な手段だな。出来れば早く手に入れたい」
「馬に乗れるのは楽しみだな!」
「クローズにはなかったから私も楽しみだなー」
雑談しつつ南に向かうとやがて色違いの亀が見えた。
「あの、黄色いのがヘビーか?」
「緑の亀の中に一匹だけ黄色いと目立つな」
「よく生態が分からないから慎重に行こうか」
「りょーかい」
「多分避けれると思うから威力偵察してくる。ベリト、やばそうだったらフォロー頼む」
「任せとけ!」
「いってらっしゃいー」
二人の声援を背に、俺は黄色い亀に向かって歩いていく。
タートルは知覚範囲は狭かったのだが、ヘビーはどうだろうか。
ある程度近づいたところで、奇襲をかけようと槍を構えて進む。
すると、ヘビータートルは不意にこちらに視線を向けてきた。
どうやら、タートルよりも知覚範囲は広いようだ。
奇襲をするのは難しいかもしれないな。
しかし、その考えがそもそも成り立たないことを理解する。
なんと、こちらを見たヘビータートルはそのまま、俺に向かって突進してきたのだ。
予想だにしなかった反応に対応が遅れるが、所詮亀の突進である。
なんとか避けることが出来た。
――こいつはアクティブなのか!
このゲームで初めてアクティブモンスターに遭遇する。
アクティブモンスターとは、PCを発見すると向こうから襲い掛かってくる敵のことである。
おおむね強力なモンスターは大抵アクティブに設定されている傾向がある。
後のほうに出現するようなモンスターは大半アクティブだと考えても間違いではないだろう。
ファーストアタックを確実に取れなかったり、接近に気づかずに不意をうたれてしまったりと危険な性質だ。
俺はあわてて黄色い亀を引き連れて2人が待つ場所へ引き返していった。
この場にとどまり続け、もう一匹黄色い亀が襲い掛かってくるような事態になったら目も当てられないからだ。
「こいつはアクティブらしいぞ!」
「みたいだね。道理でこのあたりに人がいないわけだね」
「初アクティブだな。俺も仕事のし甲斐があるってもんだ」
ベリトの言うとおりVRRPGにおいて、後衛の仕事は支援や火力だけでない。
周りの状況把握が非常に重要な仕事になる。
VRという性質上、すべてのPCはFPSでのプレイになる。
FPSとはFirst Person Shooterのことで、いわゆる一人称視点。
平面でのゲームが盛んだったころには一部のガンシューティングなどでしか採用されていなかった。
そのころのPRGやアクションゲームなどでは三人称視点、俯瞰型の視点が多い。
つまり自分の操作するキャラを後ろから見下ろしているかのような視点、或いは天上から全体を見下ろしているような視点である。
まぁ、FPSの特性は端的に言えば後ろが見えない。
よって、前衛が敵に相対しているときに周りの状況を完璧に把握するのは非常に困難である。
そこで、後衛が的確に周りを把握することによって状況の確認をしなければならない。
別にいままでのようなノンアクティブの敵ばかりがいるところであれば、後ろから襲われるようなことはありえない。
だが、アクティブモンスターが跋扈するようなフィールドでは、気をつけておかなければ不意を打たれ、そのままPTが崩壊してしまうこともありえるのだ。
そう、俺たちがドスリビリオンの鳴声によって援軍にきたリビリオンたちに蹂躙されたように。
取り合えず、現状では見える範囲に黄色い亀はほかには見えない。
だが、安心は出来ない。
「横湧き」といわれる事態がありえるからだ。
「横湧き」とは、敵のモンスターがいきなり近くに出現することである。
PCはモンスターを狩って倒していくわけだが、フィールドに歩き回るモンスターの数は基本的に変わらない。
なぜかといえば、その分どこからか補充されているからだ。
そして、"どこから補充されるのか?"という質問には、"どこからでも"としか答えようが無い。
もし、ある一点からモンスターが現れるようになっていれば、(たとえば巣穴があってそこから這い出るなど)その目の前に陣取れば一部のPCがその狩場のモンスターを独占することが可能になってしまう。
こういった事態になると、まともにプレイできる人数が激減してしまう。
つまり運営としてはありがたくない事態だ。
このようなことを防ぐために補充のモンスターはどこからとも無く、どこにでも出現する。
それは完全に予測不能だ。
つまり、現状で回りにいないからといって周りの確認をおろそかにしているといつの間にか強力なモンスターが現れていることがあるのである。
そういった事態に備えることもVRRPGでの後衛の仕事なのである。
まぁ、そういったことはセオリーどおりベリトに任せ、俺は連れてきたヘビータートルに対処することにする。
時折仕掛けてくるヘビータートルの攻撃を避けつつ、俺は二人のもとに戻ってきた。
「セシーさん、怯みよろしく」
「まかせて!」
つれてきたヘビータートルの攻撃を避け、セシーが怯ませるのに備える。
セシーの槌がうなりを上げ、避けようと動かしたヘビータートルの頭を動かす先が分かっていたかのように打ち抜く。
流石の技量だ。
ヘビータートルは案の定怯み、俺の仕事の番が来た。
すかさずタートルで散々なれた行動を開始する。
まずは槍を腹の下に突っ込み、力いっぱいに持ち上げ… …れない!
――くそ!重くて持ち上がらん!
予想してしかるべきだった。
名前からしてヘビータートル。直訳すれば重い亀。
タートルと同じように行く保障はまったく無かったのだ。
そんなこんなでもたもたしていると、亀は怯みから復帰してしまう。
このまま、亀の脇に無防備にしゃがんでいるのは自殺行為以外のなんでもない。
舌打ちしながら、亀のもとを離れる。
結果的に、今の怯みはまったく意味が無かった。
なぜなら、持ち上げるのに邪魔になるためセシーは攻撃していないからだ。
もし攻撃していたならクリティカルでそれなりのダメージを与えられたかもしれなかったのに。
「こいつ、タートルよりもだいぶ重くて持ち上がらんぞ!」
「このへたれが、役にたたねぇな」
「ちょっと!この亀どうしよう!?」
俺がタゲを取っているときは攻撃はよければいいが、先ほどの攻撃でセシーにタゲが移ってしまっている。
彼女は防御ステがほとんどないのだ。避けきれるわけではないし、一撃も致命傷になりえる。
本来の彼女のスタイルならば、怯んでいたときに攻撃し、怯みからの復帰の時点で次の怯みを起こすような攻撃が出来るよう立ち回るが、今回はひっくり返すために待機していたためそういったことをしていない。
もちろんヘビータートルはそんなことを察してくれるはずも無い、容赦なくヘビータートルはセシーを襲うのだった。