訓練場に景色が変わった直後、さっきまで対話していた少女が消えていることに気づく。
その代わりに俺の前にいるのは筋骨隆々なむくつけきおっさんだ。
「よう、ひよっこ! 俺の名前はサビーノだ! 短い間だがよろしくな!」
外観通りに無駄に大きい声で話しかけてくる。お前の名前よりさっきの少女の名前のほうが知りたいわ!
そんな俺の思いを置き去りにおっさんは話を続ける。
「さて、チュートリアルだな。お前は戦士、魔術、僧侶、盗賊のどのチュートリアルを受けるんだ?」
どうやら、4系統に分かれた解説をしてくれるらしい。
とりあえず戦士系キャラにしようと思っていたので、戦士を選択する。
「ほう、戦士か。ならば、俺の担当だな! じっくり教えてやる! 期待していろ!」
なんてこった。俺はこのおっさんからは逃げられないらしい。
いい加減音量を落としてほしいと切実に思う。
「さて、基本からだ。この世界には多くの武器がある。戦士系は近接戦闘を中心にするスタイルだ。
使える武器としては、剣、槍、斧、槌、棍だな。
これらは力の大きさに依存して大きなダメージを与えるものが多いぞ。
よし、では好きな武器を選んで、あの案山子を殴ってみろ!」
おっさんはオーバーリアクションで奥にある案山子を指差す。
すると、俺の目の前には5種類の武器が何種類かづつ現れていた。
俺はなんとなく適当な長さの見栄えの良い槍を選んで手に取った。
「お、槍を選んだか。
槍はその長い間合いを生かして中距離もでき、斬る、突く、叩くと3種の攻撃を高い水準で可能にするよい武器だ。
だがその分扱いが難しいといえる。やってみるとわかるだろう」
俺はそのまま、案山子の前に立ち案山子に攻撃しようとする。
しかし、ただ構えて突く、それだけの動作がうまくいかない。
VRシステムでのゲームは実際に体を動かす感覚でプレイするため現実での体捌きなどを修得していると有利であるといえる。
しかし、そのような敷居の高いゲームに人が集まるわけも無く、その対策として多くの基本行動はすでに最適化された動作がキャラクターにインストールされており意識して動こうとすればそれに伴った行動をしてくれるのが一般的だ。
俺は武道など学校の体育でやった剣道ぐらいしか経験が無いが、ほかのVRゲームをやった経験でそれなりに動くことができると自負している。
まさか、このゲームでは動作補助機能が無いというのだろうか…?
「ふむ、うまくいかないようだな。それではこれで試してみるといいだろう」
そういって、明らかに見た目がみすぼらしい槍を手にとって渡してくる。
NPCに逆らってもしょうがない。
かっこいい槍を手放し、ぼろい槍を使うのは抵抗があるが…
俺はそれを受け取り、再度構えて案山子に向かう。
そして、突く!
今度はうまくいき俺の持った槍は案山子の心臓があるであろう部分にきれいに突き込まれた。
「ほう、クリティカルか。筋は良いようだな!
さて、先ほどうまく行かなかった理由だが、武器の性能を十全に発揮するにはそれなりの技量が必要なのだ。
お前は現状、槍に関する技量は全く無いに等しい。
しかし、一本目はなかなかに良い槍であるから、使いこなすための技量がお前には足りなかったのだ。
一方、今お前が持っている槍は最もグレードの低いもので使うのに技量を必要としない。
よって、お前はうまく扱うことができたというわけだな!」
なるほど、これが武器熟練度というやつか…
聞いていた話では足りていない武器を使った場合は、武器のステータスにマイナス修正が入るとのことだったが、まさか動作補助機能が効かなくなるとは…
これはよくよく武器の選択を慎重にやらなければならないようだ。
「さっき言った槍は扱いが難しい武器というのはこういうことだ。
同時期に手に入る他の武器種に比べて槍は比較的扱いが難しいものが多い。
また、若干扱い方を覚えるのも遅い傾向があるという話だな!」
つまりは、必要熟練度が高めの設定が多く、槍の熟練度自体も上がりにくい設定になっているということなのだろう。
他の武器種ではどのような設定になっているのだろうか?
「ん?他の武器の話も聞きたいのか?
いいだろう!戦士たるもの体を鍛えるだけではいかん!
多くの知識を有効に使ってこそ戦術が生きるのだぞ!
やはりお前は見込みがあるな!」
おっさんはそんな事を言い出す。
唯でさえうるさい事この上ないのだから、早く説明してほしいのだが…
「おっと、話がずれたな。
まず、剣だがオーソドックスな武器だけに非常に素直な性格をしている武器が多いな!
使い慣れるのも早いだろう。
ただし、体が硬く衝撃を体に通すような攻撃が有効な敵には梃子摺るかも知れないな!
次に槍だ!
先ほど言ったように扱いが難しいものが多いし、扱いに慣れるもの時間が掛かるな。
だがその分、この武器に苦手な攻撃は無い。
すべての敵に対して有効にダメージを与えられるだろう!
次に棍だ!
この武器は扱いは難しくは無いが簡単というわけでもない。
使い慣れるのには特に問題は無いだろう。
槍の穂先が無くっている分、切断を必要とする敵は苦手だが、衝撃と突きの攻撃は自在に行うことができるだろう!
次に斧だ!
この武器も扱い自体は難しくないし、慣れるのも特に問題ないだろう。
切断や衝撃といった攻撃を自在に行えるが、敵の装甲の隙間を突くような攻撃は苦手だな!
最後に槌だ!
この武器は非常に特徴的だ。
まず、大きな力が無いとまともに扱えないだろう。
扱い自体は難しくないし、使い慣れるのも問題は無い。
しかし、この武器は突いたり斬ったりといった攻撃が全くできないのだ。
その代わりに、打撃の攻撃は他の追従を許さない。
さらに、打撃を敵の頭などに入れるとよろけさせたり、さらには気絶させたりすることが可能なのだが、槌の攻撃は特にこの効果が強く現れるぞ!
一人で旅をするには不向きな武器だが、的確に急所を狙える槌使いが仲間にいれば大きな戦力となるだろう!」
長い…、長いが有効な情報が多く聞けた。武器の性格をつかむのはプレイスタイルの選択に大きく影響を与える。
チュートリアルを受けたのは間違いではなかったようだ。
ただ、ただひたすらおっさんの声がうるさいのと暑苦しいのを除けばだが…。
その後一通りの武器を使って案山子をいじめた後、チュートリアルを終了することにした。
別の職業種を聞くこともできるようだが、ひとまずは良いだろう。
今聞かなくてもこの場に戻ってくれば、いつでも受けることができる様であるから、必要だと思ったときに聞きに来ることにする。
別に耳がおかしくなってきたわけでは決して無い。
「ふむ、そろそろ旅に出るのか!
俺は残念ながら至る前に挫折したが、お前の道行が至ることを祈っているぞ!
ここから出たらまずはじめに加護を願う神を決め、神殿に行って加護を受けると良いだろう。
神への信仰を迷ったら、またここに戻ってくるがいい。
相談にのってやるからな!」
俺は頼もしいがそのときはもっと静かな人がいるときを見計らって来ようと思いつつ、訓練場を後にした。