「おい!大丈夫か!?」
「…っ、痛い…」
よかった、どうやら最悪の事態は逃れたようだ。
俺は袋から傷薬を取り出し、ベリトに使用する。
もともとのスタミナ総量が少ないベリトは傷薬一つでも大分回復したようだ。
立ち上がろうとするのを手を取って手伝う。
そして、ベリトは自分にヒールをかけて回復する。
「…ふぅ、死ぬかと思ったぜ」
「死んでなくてよかったよ」
とりあえず、お互いの無事を喜び、共に放り出したままだった各々の武器を拾いに行く。
俺が槍を刺さったままだった槍を引っこ抜き、傍らに落ちていた羽根を拾って袋に入れると、杖を拾って座りこんでいるベリトの元に向かう。
大分焦っていたため気づかなかったが、考えてみるにアースバードが追撃をしようとしてたのだからあの時点で死んでいないことは確定していた。
もし、戦闘不能になっていたらタゲは即座に俺に来ていたはずだからだ。
ベリトの下にたどり着いた俺は、座り込んでるベリトに声をかける。
「すまなかったな。今のは俺の完全なミスだ」
「全くだ。ただの見込みを確定として振舞うのはお前の悪い癖だぞ」
ベリトの批判にぐうの音も出ない。
ソロで狩っていたときだって、それが原因で何度も危ない目にあったというのに。
「ベリト、さっきの一撃どれぐらい食らった?」
「大体8割近かったな。
曲線のせいで0.6倍に減算食らうし、杖もないし、そもそも痛いしでまともにヒールも出来なかったぞ」
真っ先に傷薬を使ったのは正解だったようだ。
「あれだけ派手に吹っ飛ばされたらクリティカルなのは疑い様はないな。
2倍ダメを食らったとすると通常時で4割程度か。
まったく…、よく耐えたもんだな」
「クリティカルか…。まぁ、なんにしろ防御力を高くしておいて正解だった。
防具屋のお爺ちゃんに感謝しないとな」
「…おじいちゃん?」
「ん?お前の紹介してくれた防具屋のお爺ちゃんだがどうかしたのか?」
「いや…、あの爺をお爺ちゃんなんて呼び方をするのが違和感を感じただけだ」
「そうか?孫娘みたいにお爺ちゃんって呼んでくれって言われたぞ。
いろいろおまけもして貰ったし、あのお爺ちゃんやさしいよな。
今装備してるのもお金が足らなくておまけしてもらったやつだから、それが無かったら耐えられてなかったかもな」
あのくそ爺ぃ!
NPCの癖にPCを差別するとか許されると思ってるのか…!
いや、俺もなにかと世話になってるが、それとこれとは別問題だ。
もはやNPCじゃなくて中に人が入ってるとしか思えんぞ…
「そうか…。それは助かったな…」
「おう!街に戻ったら礼を言いに行かないとな」
それはさて置き、狩りを続けないとな。
まずは恒例となった反省会だ。
「ジスが悪いよな」
「全く持ってその通りだけどな…
一応お前もクリティカル貰わないような工夫をした方がいいんじゃないのか?
クリティカルじゃなきゃ、あそこまで切羽詰ら無かったのも確かだぞ」
「なんだ?責任転換するつもりか?」
「そうは言ってないだろうが…」
「分かってるって、…そこまで凹むなよ。
つっても、どうすりゃいいのか俺には検討がつかないぞ」
「まともに食らわなければクリティカルにはならないんだが…」
「とりあえず、避けるのは無理だったな。避け始めたのが遅かっただけかもしれんが」
「後は防御か…。今度来るときは盾でも持ってくるか?」
「あー、盾か。俺に装備できるのかな?
盾のステ制限って何?STRだと絶望的なんだが」
「そのためにSTR振るとか愚行の極みだな。
おじいちゃんに聞けば分かるだろ。お前になら優しく教えてくれるさ、…お前にならな」
「ん?なんか引っかかる言い方だな…」
「まぁ、とりあえず現状では避けるしかないか。がんばれ」
「やってはみるが期待するなよ。AGI,DEX初期値をなめんな」
これで、ベリトのほうはいいだろう。
「さて、次は俺の問題だな」
「決め付けて動くな。以上」
「…、はぁ…」
まぁ、確かにその通りなんだが…
ある意味、議論の余地は無いのは確かではある。単に俺自身の問題だからな。
思考の幅を広く持たないといけないとは思ってはいるんだが。
うまくレールに乗ってくれるといいんだが外れると一気に弱くなる。
言ってみればアドリブに弱いといえるだろうか。
とりあえず、一撃目の打撃を頭を狙うより上から叩いたほうがいいだろうか。
それなら、頭に当たらずとも体には当てることが出来るだろう。
それから…
…いや、こうやって動きを決めて掛かるからダメだと反省したばかりではないか。
とりあえず最初の一撃さえ当てることが出来たら何とかなるだろう。
それすら出来なかった事態を乗り越えることが出来たのだから。
よし、気を取り直して次のアースバードを狩ることにしよう。
時間も3時半を過ぎ、周りには俺たち以外に人がいない。
もともと人気の無い狩場なのか、この時間までやってるような人たちはこの段階をとうに過ぎたのか…。
何はともあれ、敵を探すのは簡単だ。
近くにいたアースバードに狙いを定め、気を引き締めて近づいていく。
ある程度近づくとやはりこちらに気づいてくる。
やはり、奇襲はさせてもらえないようだ。
そのまま近づき槍を振り下ろす。
アースバードはその槍を避けようと頭を傾けるが、俺は頭に当てるのをあきらめ少し調整することで体に当てることが出来た。
今度こそ最低限はこなせただろう。
被ダメ覚悟の攻撃でアースバードと殴りあう。
二発目を当てたとき、ベリトから知らせる声と共にヒールが飛んできた。
それを受けてやはりアースバードはベリトのほうを向く。
俺はその隙を見逃さず、槍を振り回して石突で頭を狙う。
俺は頭の中で、この攻撃があたった場合、あたらなかった場合共にどうするかを検討する。
あたればそのまま回して穂先で斬りつけ、あたらなければ槍を止めて突きに移行する。
そう方針を決め槍を握る手に力を込める。
幸いにして、狙い通りに頭に打撃が通り、アースバードがひるむ。
一匹目と同じように、反動で止めた槍を右脇で縦に回しながら踏み込んで、上から穂先で切り下ろした。
そのままの姿勢で様子を見るが、あたりが浅かったのか決めきることが出来なかったようで、アースバードはこちらを向いて攻撃しようとしてくる。
俺はそれをみながら下段の構えになっていた槍を跳ね上げ、下から突き上げる。
それは過たずアースバードに突き刺さった。
それが決め手となり、アースバードは鳴声と共に地に伏し、光へと変わっていった。
後に残った嘴を袋にいれてベリトの下に向かう。
ヒールを貰いながら次のことを相談する。
「やっぱり一回俺のタゲに移した方がいいんじゃないか?」
「たしかにその方が楽になるが、今のも結構綱渡りだったぞ。
向いたときの攻撃でタゲが戻らないと、さっきと同じ事態になりかねん」
「最悪の事態でも死ぬことは無いって分かったんだし、やる価値はあると思うがなぁ」
「そうだな…、とりあえず次は3発当ててからヒールしてみてくれ。
それでタゲが移らないようなら、その策の安全性も増すだろ」
方針を決め、次のアースバードに向かう。
一撃目、二撃目を削られながらではあったが当て、三撃目を当てたところでヒールが飛んでくる。
しかし、今度はアースバードはベリトに向かわず、こちらを攻撃してくるままだ。
ベリトのヒールを貰いながら泥臭く殴りあい7発目にしてようやくアースバードは沈んだ。
「正直、今の戦いの方が見てて怖いぞ。
3発当てた時点で曲線の減算域に入りそうだったじゃないか」
「確かにな…、お前のマインド消費量も多いし2撃目にヒールで回復とタゲの移動するのが一番いいようだな。
3発有れば確実にタゲを取り返せるようだし、危険度もそう多くなさそうだ。
しかも今回7発もかかったことを考えると、振り向きなどに当ててるのはクリティカルになりやすいのかも知れない。
2匹目のタゲを取り返せなかったのもその辺りが関係してるのかもしれん」
俺たちは3戦目の戦略を狩りの基本にしてアースバードを狩ることにした。
そして、これが大当たりだった。
確実に2発当て、その間にたまったダメージをヒールで回復しつつ、タゲの移動を図る。
タゲの移動で隙だらけの鳥頭に打撃を浴びせ、当たって怯めば大きな攻撃を入れて討伐時間の短縮を図り、怯まなくても追加で2、3発当てれば沈む。
最悪の場合である当たらなかった場合だが、ベリトに向かう背中を突きで傷つければ安定してタゲを取り戻すことが出来た。
そもそも、ベリトに向くときに狙う頭が回避されることはほとんどなかった。
なぜなら、クリティカルになりやすいタイミングであると言うことは奇襲と同じということでもある。
避けられる可能性自体が低いのだ。
さらに言うなら、クリティカルが出るため怯みやすく一石二鳥どころか三鳥である。
ベリトにしても初めの突進で痛い目を見たため、狙われる緊張感があって楽しいらしい。
ベリトのマインド使用量もタゲ取りを兼ねる1回と戦闘終了後の1回、たまに泥仕合になったときは2、3回と増えるが、少し休めば取り戻せる量だ。
常に泥仕合になるよりもはるかに効率がいい。
安定した狩り方を確立した俺たちは調子に乗って狩り続けた。
ベリトが眠気を訴えるまでの4時間ほどで狩った数は3桁に迫るかもしれない。
尋常ではないペースだが、VRであるため肉体の疲労は無く、徹夜のハイテンションが加わればお星様を手に入れたイタリアの赤い配管工にも似た状態になる。
そこに安定した狩りかたを確立し、ノンアクティブしかいないため事故の起こりようが無く、全く人のいないフィールドでモンスターを全て独占できたのだ。
もう朝の8時近い。俺も腹が減った。
ベリト…いや、武にいたっては昨日はバイトしてたんじゃなかったんだろうか?
むしろよく今まで起きていたと思うぐらいだ。
街にもどること決め、緊張感を切らしたベリトは歩いて街に戻るほどの気力も無かった。
俺は虎の子の魔法の羽根をベリトに渡して先に帰らせた。
俺はじっくり歩いて戻るとしよう。
『そうだ、まだ気力が有ったら宿屋に泊まって落ちとけ。熟練度が上がりやすくなる』
『無理。もう落ちる。また昼ごろ戻る』
『俺も落ちて寝るからおきたら携帯に連絡してくれ』
『了解』
眠さが限界なのか、会話が短い。
その会話を最後に音信不通になる。
ログアウトしたのだろう。
俺はゆっくりと街に戻ることにした。